旃
陀
羅
の
史
的
考
察
(三
)大
乗
仏
教
から
密
教
ま
で宮
坂
宥
勝
旃陀羅の 史的考察 (三 ) 〈 論 文 要 旨 〉 従 来、 イ ン ド の シ ュ ー ド ラ ( い O 時 巴 の 研 究 は、 数 少 な く な い 。 が、 チ ャ ン ダ ー ラ に 関 し て は、 と く に 仏 教 の 立 場 か ら の 研 究 は、 ほ と ん ど な い と い っ て よ い で あ ろ う 。 『 ヴ ァ ー ジ ャ サ ネ ー イ・ サ ン ヒ タ ー 』 を 始 め、 ブ ラ ー フ マ ナ 文 献、 古 期 ウ パ ニ シ ャ ッ ド に 散 見 さ れ る チ ャ ン ダ ー ラ は、 『 マ ヌ 法 典 』 を は じ め と す る バ ラ モ ン 諸 法 典 で 法 的 に 規 定 さ れ て い る 。 一 方 ま た、 反 バ ラ モ ン 教 的 立 場 を と る 仏 教 の 諸 文 献 で も チ ャ ン ダ ー ラ に つ い て の 記 述 は、 極 め て 豊 富 で あ る 。 大 乗 仏 教 か ら 密 教 に 至 る ま で の チ ャ ン ダ ー ラ 観 は、 バ ラ モ ン 教 や ヒ ン ド ゥi
教 の 側 か ら み た そ れ と 対 比 し て 重 要 な 問 題 を 提 起 し て い る と 思 わ れ る 。 古 代 中 世 の イ ン ド に お け る 一 般 社 会 の 人 間 観 と と も に 仏 教 の 人 間 観 の 特 質 を 究 明 し て み た い 。 (1
) バ ラ モ ン 法 典 に お け る 法 規 (2
) チ ャ ン ダ ー ラ の 職 種 ・ 義 務 そ の 他 (3
) 社 会 的 差 別 ・ 蔑 視 の 対 象 ( 4 ) 比 喩 契 機 と し て の チ ャ ン ダ ー ラ (5
) チ ャ ン ダ ー ラ の 救 済 ・ 出 家 (6
) マ ー タ ン ガ 呪 ・ 尊 格 化 ( 7 ) む す び チ ャ ン ダ ー ラ の 起 源 と 歴 史 的 変 遷 に つ い てー
。 ア チ ャ ン ダ ー ラ ( o穹
匹 巴 騨漢 訳 音 写、
旃
陀羅
) は 、 文献
上 で は ヴ ェ ー ダ ・ ア リ ア ン 時代
の末
期
に 現 れ る。 ■ ● だ が、 実 際 に社
会
的 階層
で あ る ” 四 種 姓 ” 以 外 の 存 在 す な わ ち い わ ゆ る ア ウ ト ・ カ ー ス ト と し て 登 場す
る の は、 紀 元 前 五 〜 六世
紀
の 仏教
興 起 時代
か ち であ
る 。 チ ャ ン ダ ー ラ の 起 源 に つ い て は イ ン ド 諸学
者 の 間 で も 見 解 の相
違
が 認 め ら れ る 。 し か し ま た、 チ ャ ン ダ ー ラ は当
初 よ り 蔑 視 さ れ た ア ウ ト ・ カ ー ス ト の 存 在 で は な く、 も と は 独 立 し た林
住 種 族 で あ っ た と い う 点 は 一 致 し て 認 め ら れ て い る 。 そ し て 、 ア リ ア ン 社 会 に お け る バ ラ モ ン 中 心 の 社会
体 制 が確
立 さ れ る と と も に チ ャ ン ダ ー ラ は 階 級外
の存
在 と し て ア リ ア ン 社会
の 下 部 組織
に 組 み 込 ま れ る に 至 っ た 。 バ ラ モ ン 諸 法 典 は 、 法 的 に チ ャ ン ダ ー ラ を社
会
か ら 疎 外 し た存
在 と し て 規定
し た の で あ る 。 一53
一
初
期 仏教
以 後 、 仏教
が サ ン ス ク リ ッ ト 文 化 に 同 化 し て い く と 同時
に大
乗 仏教
の時
代
に な る と チ ャ ン ダ ー ラ を 明 ら か に差
別 の 対象
と 見 做 し て 極 端 に蔑
視す
る に 至 る 。 一 切衆
生 の 平 等 を 大 前 提 と す る 釈尊
以来
の 仏 教 の 根 本 的 立 場 と 異 な っ た と こ ろ の 社 会 的差
別 の 観念
が 大 乗 仏教
の 諸経
論
に 投 映 さ れ る よう
に な っ た の は、 そ の た め で あ る 。 し た が っ て、 ひ と り 大 乗 仏教
に の み 根 強 い 社 会 的 差 別 観念
が み ら れ る と い う よ り も 、 そ れ は む し ろ イ ン ド 中 世 の バ ラ モ ン 的 社 会 体 制 そ の も の に基
因 す る と し な け れ ば な ら な い 。 一 方 ま た、 仏教
は バ ラ モ ン 諸 法典
の 規定
の よう
に徹
頭徹
尾
、 チ ャ ン ダ ー ラ を蔑
視 し た わ け で は な い 。 四 姓 平等
の 理念
に 裏 づ け ら れ て チ ャ ン ダ ー ラ に 対す
る 差 別 観 念 を撥
無す
る 立 場も
存
す
る 。 さ ら に は 、 バ ラ モ ン教
的 な 伝 統 に も と つ く チ ャ ン ダ ー ラ 観−
差 別 の 対 象 ーi
− と は逆
に、 仏教
こ と に密
教
に お い て は チ ャ ン ダ ー ラ の 尊 格 化 が 認 め ら れ 、信
仰
の 対 象 と さ れ る よう
に な る 。 こ れ は ヒ ン ド ゥ ー教
の場
合 にも
同 じ で あ る が、 要 す る に 古 い 種 族 社 会 の時
代
に お け る チ ャ ン ダ ー ラ観
の 再 生 と み る べ き で あ ろ う と 思 わ れ る 。 あ る い は 現 実 に チ ャ ン ダ ー ラ の救
い が 説 か れ る の は 初 期 仏 教 以 来 の 四 姓平
等 の 理 念 に 裏 づ け ら れ て の こ と で あ る 。 こ の よ う に 、 大 乗 仏教
か ら 密教
に か け て の チ ャ ン ダ ー ラ 観 は極
め て 複雑
で あ り 多義
的 で あ る と い わ な け れ ば な ら な い 。 と こ ろ で、歴
史 の 展 開 の な か で は 、 中 国 お よ び わ が国
に は、 バ ラ モ ン 的 社会
体 制 を 背 景 に し て 生 み 出 さ れ た 差 別 的 な チ ャ ン ダ ー ラ 観 だ け が伝
え ら れ た の で あ っ た 。 殊 に 封 建 社会
の 時代
に は ( 仏教
の ) 差 別 的 チ ャ ン ダ ー ラ観
は恰
好 な も の であ
っ た に ち が い な い 。 周 知 の と お り に 、 わ が 国 で は 近年
来
、今
日 に 至 る ま で同
和
問
題 の 一 環 と し て 、旃
陀羅
、 蝦 夷 な どを
は じ め と し て、 仏 教 に お け る 差 別 表 現 も し く は蔑
視 観 念 が 問 わ れ 、糾
弾
が繰
り 返 さ れ て き て い る 。 そ れ は た だ に、 仏教
教 学 の 基本
的 立場
が 問 わ れ て い る の み な ら ず、 仏教
の体
質
を糾
す
こ と に よ っ て 仏教
そ の も 一54
一の の 存 立 に 迫 る も の で
す
ら あ る 。 われ
わ れ の 諸 経論
が 差別
的
チ ャ ン ダ ー ラ観
を抱
え た ま ま で 、 こ の 問 題 は ま さ し く 避 け て 通 れ な い 、 と い っ て よ い であ
ろ う 。 イ ン ド 仏 教 以 来 の 社 会 的 差別
表
現 、 差 別 観 念 を率
直
に洗
い直
し て みな
け れ ば な ち な い 。 過 去 二 回 に 亘 っ て 「旃
陀羅
の史
的
考
察 」 の 拙 論 を発
表
し た のも
、 こ の よう
な今
日 的 事情
にも
と つ い て の こ と で も あ る の を 了 解 し て い た だ き た い 。 旃陀 羅の 史 的考察 (三 ) (1
) バ ラ モ ン 法 典 に お け る 法 規 チ ャ ン ダ ー ラ は 文 献 上 で は ヴ ェ ー ダ 時代
末 期 に 『 ヴ ァ ー ジ ャ サ ネ ーイ
・ サ ン ヒ タi
』 に 不 淨 ・ 臭 穢 ( 嘗喜
9。 叶 ω 巴 ら ヨ ユ の 者 と し て、 パ ウ ル カ サ ( oo 巳ざ
ω o ) と と も に チ ャ ン ダ ー ラ を説
く 。 ま た同
じ く パ ウ ル カ サ と チ ャ ン ダ ー ラ は同
ハ ゑ ゑ 等 で あ る こ と が 『 タ イ ッ テ ィ リ ー ヤ ・ ブ ラ ー フ マナ
』『 ブ リ ハ ド ア ー ラ ニ ヤ カ ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド 』 な ど に
も
見 え る 。 チ ャ ン ダ ー ラ と パ ウ ル カ サ と を 並 記 す る の は 初 期 仏典
に も散
見 さ れ る が 、大
乗
仏 教 に お い ても
『 大般
若波
羅
蜜
ア 多 経 』 に 「旃
陀 羅 補 羯 娑等
」 な ど とあ
る 。 チ ャ ン ダ ー ラ は バ ラ モ ン の 女 と シ ュ ー ド ラ (巴
酔
巴 の 男 と の 子 で、 四 種 姓 ( 6肆
旨
く 葭場
聾 )す
な わ ち バ ラ モ ン ハ ヨ を 第 一 階 級 と す る ア リ ア ン社
会
の 四 階 級 外 の存
在 で あ る 、 と法
典
に 規定
す
る 。 仏 教 で も 『 大 般 涅 槃 経 』 に階
級
存
在
の 理由
づ け が説
か れ、 四 種 姓 ・ チ ャ ン ダ ー ラ ・ 畜 生 の 差 別 は 業縁
の種
々 不 ハ む ね 同 な る に よ る と す る 。 こ の 際 、 チ ャ ン ダ ー ラ は 畜 生 と同
等
す
な わ ち 人 間 と は 見做
さ れ な い 。 リ ソ バ ニ 種 姓 は 四 つ の み で、 第 五 は存
在
しな
い 。 チ ャ ン ダ ー ラ は 一 切 法 に 見 捨 て ら れ た も の であ
る 。 チ ャ ン ダ ー ラ が 階 級外
の最
下層
の存
在 で 極 端 に 差別
さ れ たも
の で あ る こ と は、 『 ジ ャ ー タ カ 物 語 』 や最
古層
の 仏 一55
一ハ ユ 典 に
す
で に 説 い て い る 。 の 三 種 の チ ャ ン ダ ー ラ を挙
げ る場
合 も あ る 。 (2
) チ ャ ン ダ ー ラ の 職 種 ・ 義 務 ・ 生 活 状況
ハ ぜ 『 ジ ャ ー タ カ 物 語 』 に よ る と、 死 体 を 焼 く の が チ ャ ン ダ ー ラ の 仕 事 で あ る 。 『 バ ラ モ ン 法 典 』 に は、 チ ャ ン ダ ー ラ は屠
殺
を業
とす
る と 職 種 を 規 定 し、 チ ャ ン ダ ー ラ の殺
し た 動 物 の 肉 は 淨 ( 15V ( 16 ) ち か で あ る、 と 説 く 。 ま た、 王 命 に よ っ て 死 刑 を執
行
し、処
刑 者 の 死 体 の 衣 服、 臥 具 、荘
飾
は 取 っ て よ い 。 チ ャ ン ダ ー ラ が 処 刑 そ の 他 で 人 を 殺 害 す る 者 で あ る こ と は 一 般 に 承 認 さ れ て い た よう
で あ る 。 ま た 王 命 に よ っ ハ レ て 徴相
を つ け て 労務
に 従 事す
る 。 ま た 親 族 の な い 死体
を 運搬
す
る の が 義 務 と さ れ る 。 『 放 光般
若 経 』 の 割 注 に 「旃
陀 羅 は 晋 に 殺 人 を 司 る 獄卒
を い ふ 」 と あ り、『 大 方
便
仏報
恩 経 』 に 釈 迦 族滅
亡 の ハ に故
事
が あ る が、 コ ー サ ラ 国 の流
離 王 (≦
旨
き
餌冨
) が チ ャ ン ダ ー ラ を 呼 ん で 釈 迦 族 の 女 性 を 殺 さ せ た 、 と あ る 。 こ の よう
に 死 体 荼 毘、 死 体 運 搬、 屠 殺、 処 刑 に たず
さ わ る チ ャ ン ダ ー ラ は 不 淨 で あ る と いう
理由
で、 町村
内
に 共住
す
る こ と が で き な い 。 り 『大
智
度 論 』 に よ る と、 賊 ・ チ ャ ン ダ ー ラ と 共 住 す れ ば 瞋 恚 を 発す
と誡
め る 。『
大
乗
集
菩
薩
学
論 』 に は 、 非 人 ・ れ 諸 悪鳥
獣 ・ 盗 賊 ・ チ ャ ン ダ ー ラ の 所 に 共 住す
れ ば、 沙 門 の 功 徳 を 具 足 し な い と 説 く 。 密教
の 『 大 輪 金 剛 總持
陀
羅
尼 経 』 は 、 「 比 丘 ・ 比 丘 尼 ・優
婆 塞 ・優
婆
夷
・婆
羅
門 な ど は 五 種 の氈
陀 羅 女 (8
巳
讐
) と 同 じ く 一 処 に 住 す る こ と を 得ず
」 と あ る 。 ま ヨ い 『 ジ ャ ー タ カ 物 語 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ は村
落 外 に 居 住 す る と 説 き、 ま た 火 葬 場 周 辺 に い る と も い う 。 チ ャ ン ダ ー ラ は特
定
の 血縁
集
団 を 形 成 し 、 ア ー リ ア 社 会 か ら 疎外
さ れ た存
在 と し て 町村
の郊
外 に あ る 小村
落
に 一56
一旃陀羅の史的考察 (三) ハ お り 膤 住 し た 。 こ の よ う な 小
村
落
を大
叙
事
詩 『 マ ハ ー バ ー ラ タ 』 は 描写
す
る 。 チ ャ ン ダ … ラ の村
落
構
成
は 『 付 法 蔵 閣 ハ が り 縁伝
』 に 見 え、『 法 顕
伝
』 に は チ ャ ン ダ ー ラ が ア ー リ ア社
会 の村
に 入 る と き の 光景
が 見 聞 の記
録 と し て リ ア ル に ハ が レ描
かれ
て い る 。 ゑ リ チ ャ ン ダ ー ラ村
が あ り、 彼等
は 共同
体 の 生 活 を し て い た こ と が 『 仏本
行
集
経
』 に も 記 さ れ る 。 ま レ ま 『 出 曜 経 』 に は 「村
落 に 入 っ て 乞食
し … 」 と あ る が、 チ ャ ン ダ ー ラ に 対 す る 施 与 に は 厳 し い掟
があ
っ た ( 後 述 ) 。 へ むソ チ ャ ン ダ ー ラ に は 彼等
の 使 用す
る特
別 の 貯 水 池 が あ る と 『 ア ル タ ・ シ ャ ー ス ト ラ 』 に あ る 。『
摩
登伽
経
』 に 登場
す
る 水 汲 み の 女 性 プ ラ ク リ テ ィ と い う マ ー タ ン ギ … (1
ー チ ャ ン ダ ー リ ー ) が、 そ う し た 貯 水 池 ( 井 戸 ) の存
在
ハ お を 示唆
す
る 。 こ れ は 不 浄 な チ ャ ン ダ ー ラ に は そ れ 以外
の者
の 共 同井
戸 の使
用 が 禁 止 さ れ て い た こ と を 物 語 る 。 『 ア ル タ ・ シ ャ ー ス ト ラ 』 に よ る と、 チ ャ ン ダ ー ラ は ニ ワ ト リ、 マ ン グ ー ス、 ネ コ 、 イ ヌ ま た は ブ タ を所
有
す
ま ま る 。鎖
で つ な い だ イ ヌ を 食 用 に す る の は チ ャ ン ダ ー ラ だ と、 『 長 老尼
の 詩 』 に いう
。 ハ め り 『 マ ヌ 法 典 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ の 財 産 は イ ヌ と ロ バ で あ る、 と 規 定す
る 。 チ ャ ン ダ ー ラ の 雑 多 な業
務
とす
る と こ ろ は 、 古く
『 阿 毘 達 磨 大 毘 婆沙
論
』 に屠
羊 ・ 養鶏
・ 養 猪 ・ 捕鳥
・捕
魚 ・ あ ソ 遊猟
・作
賊 ・ 魁膾
( 殺 人 を 司 る 者 ) ・ 縛 竜 ・ 守 獄 ・ 煮 狗 ・婆
具 履 迦 を挙
げ、『
倶
舎 論 』 も こ れ を 踏襲
し て、 十 二 不律
儀
( 笛鈴
ヨ 〈 節 巴 と し て、 (1
) 屠 羊 者 ( 9 二轟
げ冨
蕣 巴 (2
)屠
鶏
者 ( 7鬢
評 評葺
涛
餌 ) (3
)屠
猪
者
( ω 鋤 二 甥彎
涛 鋤 ) (4
)捕
鳥
者
(鍬
評§
欝 臼。 ) (5
)漁
夫
( ヨ 彎 ω涛
騨 ) (6
)動
物
( ま た は鹿
〉 の猟
者
( ヨ 吋 αq 繊 娯 σ鼻
自。 開 鋤 ) (7
)盗
賊 (8
彊毒
) ● (8
) 死 刑 執 行 人 ( < 蝉爵
旨
σq げ 国 霽 罵 効 ) (9
) 獄卒
( ぴ礬
穿
簿§
冒 巴舞
巴 (10
) コ ブ ラ を 捕 え る者
(墨
ひq9 σ 鋤邑
げ o蚕
) ム レ (11
)イ
ヌ 料 理 人 艨 く 蝉冨
開 9 ) (12
) 漁 師 ( < 鋤 σq貰
貯 餌 ) を教
え る 。 こ れ ら は す べ て 殺 生 を す る 者 で あ る 。 ハ レ屠
殺
者
と し て の チ ャ ン ダ ー ラ は 大乗
仏 教 に 非 常 に し ば し ば 言 及す
る 。 『 ジ ャ ー タ カ 物 語 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ の 服装
を伝
え る 記 述 が い く つ か見
出 さ れ る 。 囲 り に ベ ル ト の 付 い た 赤 い57
( 39 ) 〔 40 下
着
、 よ ご れ た 上 衣 な ど を 衣 服 とす
る 。 ま た黄
衣 を 身 に つ け、 頭 に は 黄 色 の 布 き れ を の せ る 。 さ ら に 手 にす
る 欠 な け た 土 器 な ど で チ ャ ン ダ ー ラ は 区 別 さ れ る 。『 マ ヌ
法
典
』 に よ れ ば 、 ・ 死 体 の 衣 服 を身
に つ け、破
れ た 土 器 を 持 ち、 ハ れ ビ 黒 鉄 を飾
り に し て 巡 歴 せ し め 、 一 処 に 定 住 さ せ な い 。破
れ た 土 器を
使
用 さ せ 、 非 ア リ ア ン 民 族 か ら施
与
を 受 け、 ハ お夜
間 に村
落 ・都
市 を歩
い て は な ら な い 。 (3
) 社 会 的 差 別 ・ 蔑 視 チ ャ ン ダ ー ラ は バ ラ モ ン の 女 と シ ュ ー ド ラ の 男 の 子 だ と規
定 さ れ る 。 だ が、 こ れ は あ く ま で も バ ラ モ ン の 血 の 純潔
性 を保
護
す る 立場
か ら み た場
合 の 法 的 規 定 で あ る 。 そ し て 、 チ ャ ン ダ ー ラ が最
下層
で 被 差 別 的 存 在 で あ る こ ハ れ と は、大
乗
経 典 の 各所
に 多 く散
見
さ れ る 。 あ 『 マ ヌ法
典
』 に よ る と 、 チ ャ ン ダ ー ラ 族 間 で の み チ ャ ン ダ ー ラ の婚
姻
が 認 め ら れ る 。 バ ラ モ. ン を 殺害
し た者
は ハ も チ ャ ン ダ ー ラ の 母 胎 に 入 る 。 ハ リ ソ さ き に 述 べ た よう
に、 チ ャ ン ダ ー ラ と 共 住 し て はな
ら な い 、 と 法 典 に 説く
。 の み な らず
、 チ ャ ン ダ ー ラ と の 共 同、会
話、 接 触 も 法 的 に 禁 止 さ れ、 チ ャ ン ダ ー ラ を 見 る こ と す ら も 禁 忌 と さ れ る 。 チ ャ ン ダ ー ラ は 食 事 中 の再
生 れ 族 を 見 て は な ら な い 、 と さ れ る 。 おり 『 チ ャ ー ン ド ー ギ ヤ ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド 』 に よ れ ば、 チ ャ ン ダ ー ラ は イ ヌ 、 ブ タ、 野猪
と同
列 の存
在 で あ る 。 『 マ ヌ 法 典 』 で は、 イ ヌ、 ロ バ と 同 じ で あ る 演 『 ア ー パ ス タ ン バ ・ ダ ル マ ス ー ト ラ 』 で は イ ヌ や カ ラ ス と同
じ存
在
だ む ね と す る 。 ロ ロ 仏 教 で も 『 大 般 若波
羅
蜜多
経 』 に チ ャ ン ダ ー ラ は 四 種 姓 以外
の存
在 で畜
生 と同
然 で あ る と説
く
。 『大
般
涅
槃
経
』 お り で は、 ま た 、毒
蛇 と チ ャ ン ダ ー ラ と を 同 列 と 見 做す
。『
大
方
広
曼殊
室 利経
』 に は蔑
戻
車
(巨
Φ oo ゴ 国 ) ・怨
賊 .毒
虫 . 一58
一旃陀 羅の史 的考察 (三) カ チ ャ ン ダ ー ラ な ど の 「 雑
穢
の 処 」 と 説 く 。『
大
宝積
経
』 に よ れ ば、 イ ヌ と 同 じ で あ る 。 下劣
想
を 生ず
る か ら 、 と 、遍 レ 、 つ チ ャ ン ダ ー ラ が 不 淨 で あ っ て、 あ た か も 死 体 に
喩
え ら れ る場
合 は、 バ ラ モ ン 法 典 に 非 常 に し ば し ば 説 か れ て い ホ ヨ ホ ソ る 。 そ し て 、 チ ャ ン ダ ー ラ と の 接 触 は 沐 浴 に よ っ て淨
め ら れ る、 と 。 不 淨 の 故 を も っ て、 チ ャ ン ダ ー ラ の 残 食 を食
べ た バ ラ モ ン た ち が バ ラ モ ン の 種 姓 を 失 な っ た と いう
話 が、 『 ジ ャ み ー タ カ物
語
』 に 見 え る 。 チ ャ ン ダ ー ラ が 不 淨 だ か ら 不 可 触 の 存 在 であ
る と いう
の は、 大 乗 仏教
で も 通 念 で あ っ た 。 た と え ば、 『 大般
涅槃
ヨ 経 』 に チ ャ ン ダ ー ラ は 七代
に 亘 っ て そ の業
務を
捨 てず
、 人 の 軽 賤す
る と こ ろ で 不 淨 だ と す る 。 密教
の 経軌
に は チ ャ ン ダ ー ラ な ど を 夢 に 見 る の は不
吉、 凶 で あ る と い う 。 こ れ は バ ラ モ ン 法 典 そ の 他 に は 認 め ら れ な い 点 で あ る 。 』字
仏頂
輪
王 経 』 に よ る と、 チ ャ ン ダ ー ラ の夢
見 は、 猪、 狗、 駝、 駝、驢
、 死 人 な ど の そ れ と と も に 凶 で あ ロ ヨ お ソ る 。『 金
剛
頂
瑜
伽
千 手 観自
在
菩薩
修
行 儀軌
経 』 に 悪夢
の例
と し て チ ャ ン ダ ー ラ を 挙 げ る 。『 最
勝
心 明 王 経 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ な ど を 夢 に 見 る の は 不 吉 で あ っ て 誦 部 の 真 言 百 八 反 を 唱 え れ ば 一 切 の 不 祥 は 消 滅 し て悉
地 を 得 る と 、喩) し 、 つ こ の よ う に チ ャ ン ダ ー ラ は
夢
見 に お い て す ら嫌
悪 さ れ る 。 チ ャ ン ダ ー ラ に 対 す る 不施
は バ ラ モ ン 法 典 、 大乗
仏教
の 諸 経 典 な ど に 共 通 し て、 厳 し い 規 制 が 認 め ら れ る 。 バ ラ モ ン は チ ャ ン ダ ー ラな
ど の 下 姓 族 か ら施
与 を 受 け て は な らず
、 も し 然 ら ざ れ ば最
も
卑
賤 な 行為
と し て 非 難 ハ お さ れ る 。 供犠
(冒
冒 餌 ) の た め に シ ュ ー ド ラ 族 (隷
属 民 ) か ら施
与 を 受 け て 祭 式 を 執 り お こ な う バ ラ モ ン は 死後
、 ハ ロ チ ャ ン ダ ー ラ に再
生す
る 。 ま た 、 チ ャ ン ダ ー ラ の 女 性 と 通 じ、 あ る い は 彼等
のも
の を食
い 、 彼等
か ら 施 与 さ れ た 一59
一バ ラ モ ン は 、 も し
相
手 が チ ャ ン ダ ー ラ だ と いう
こ と を 知 ら な か っ た 場合
は 堕 姓 者 す な わ ち バ ラ モ ン の 身 分 階級
を
お り 失 な い 、 も し 知 っ て な し た場
合
は チ ャ ン ダ ー ラ と 同等
の 者 に な る 。 『=
子 頂 輪 王 経 』 に 、 チ ャ ン ダ ー ラ な ど の食
物
を 食 べ た り、 飲食
の た め に チ ャ ン ダ ー ラ の と こ ろ に お も む き 、 ホ リ そ こ に 止 宿す
れ ば 密教
の悉
地を
破
壊 す る、 とあ
る の は、 バ ラ モ ン 法 典 に あ や か っ た も の と 思 わ れ る 。 『菩
薩
善
戒 経 』菩
薩
布施
品 は菩
薩 の 布 施 に 関 し て 詳 説 す る が、 怨家
、 悪 人、 羅 刹、 悪鬼
、旃
陀 羅 種 に 施 与 し な 〔 67 } い 、 とあ
る 。 バ ラ モ ン 法典
は、 チ ャ ン ダ ー ラ 族 に は 非 ア リ ア ン 民 族 の ム レ ッ チ ャ 族 の み が 施 与 す る こ と が で き る、 と 説 い て い る 。 以 上 は、 た と え ば 『 摩 登 伽 経 』 の 差別
否 定 を 理 解 す る 手 懸 り に な る 。 仏 弟 子 ア ー ナ ン ダ ( 訥 コ穹
魯
) は チ ャ ン ダ ー リ ー か ら 水 を 貰 い受
け る が 、 こ れ は 出 家 修 行 者 が 種 姓 を 捨 て 種 姓 を 超 え た 存 在 で あ る と いう
仏教
の 立場
を前
提 と し て い る こ と が 知 ら れ る か ち で あ る 。輪
回 の 場合
、 チ ャ ン ダ ー ラ に再
生 す る と いう
こ と は 最 も 恐 れ ら れ て い る 。 さ き に み た よう
に 、 バ ラ モ ンを
殺 害 し た 者 は チ ャ ン ダ ー ラ の 母 胎 に 入 る が、 す で に 『 チ ャ ー ン ド ー ギ ヤ ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド 』 に、 野猪
の母
胎 に 生 じ、 チ ャ ン ダ ー ラ の 母 胎 に 生 ず る、 と い う 記 述 が 見 出 さ れ る 。 チ ャ ン ダ ー ラ の家
に 生 ま れ な い た め に は、 ど の よ う に す べ き か 。 大 乗 仏 教 の 立 場 で 種 々 に 説 き 誡 め ら れ る 。 『放
光
般
若 経 』 に は 三合
十 二 法 輪 を 学 ぶ 者 は 三 悪 趣 に 入 ら ず、 辺 地 に 生 ぜ ず、 チ ャ ン ダ ー ラ の家
に 生 ま れ な い 、 ヨ と 説 か れ る 。『 仏 母 出 生 三
法
蔵
般
若 波 羅 蜜 多 経 』 に よ る と 一 切 智 を 学 ぶ 者 に つ い て 類 似 の 文 言 が あ り、 そ の他
に の レ 同 文 が 『摩
訶 般若
波
羅 蜜 経 』 『 小 品 般 若 波 羅 蜜 経 』 な ど に も 存 す る 。 般 若 波 羅 蜜 を聞
い て 棄 捨す
れ ば、 破法
の業
で チ ャ ン ダ ー ラ の家
に 生 ま れ る 、 と 『 摩 訶 般 若波
羅 蜜 経 』 に い う 略 v 一60
一栴 陀羅の 史的考察 (三 ) 『 大 法 炬 陀 羅 尼 経 』 に は 、
悪
業
を 重 ね た 結果
、無
量
百千
万 世 を 経 て、 た と え 人 問 に 生 ま れ る と し て も、 あ る い は チ ャ ン ダ ー ラ の 家、 あ る い は 悪 呪 師 の家
、 あ る い は屠
宰
の家
、あ
る い は 竹作
り の家
、 あ る い は 網 捕 の 家、 あ るハ れ り い は 猟 師 の 家 に 生 ま れ る 、 と
説
く
。 『 大 般 若 経 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ に 再 生、 不再
生 の例
が集
中
的 に 多 く 見 ら れ る 。 た と え ば、 一 切 不 退転
の菩
薩
摩 訶薩
は、 チ ャ ン ダ ー ラ 、 プ ッ カ シ ャ ( b爵
冨
鐙
) な ど に 生 ま れ な い 。 甚 深般
若 波おソ 羅
蜜
多 を 捨 て 諸 仏 を捨
て る者
は チ ャ ン ダ ー ラ の家
、 プ ッ カ シ ャ の家
に 再 生 す る 。 菩薩
摩
訶
薩
に し て 般 若 波 羅蜜
をハ ソ 学 ぶ と き、
再
生 せ ざ るも
の のう
ち に チ ャ ン ダ ー ラ の家
、 プ ッ カ シ ャ の 家 を 数 え る。 チ ャ ン ダ ー ラ が 殺 生す
る者
と い う 理 由 で 恐 る べ き存
在
で あ る と す る の は 大 乗 諸 経 論 の 至 る と こ ろ で 述 べ て い る 。 た と え ば、 『 摩 訶般
若 波羅
蜜経
』 に は 「 昿野
の 怖 れ、 チ ャ ン ダ ー ラ の 怖 れ、 猟 師 の 怖 れ、 悪獣
・毒
蛇 の 怖 れ 」 と あ お ハ お ソ る 。 さ ら に 、 『 大方
便
仏報
恩経
』 に も 「 一 人 の チ ャ ン ダ ー ラ あ り 。 そ の 性 、弊
悪、 人 の 怖 畏す
る と こ ろ 」 と 。 『 放 光般
若 経 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ は 天 上 人中
の 大 賊、 沙 門像
法 の う ち の 大 賊、善
男 子善
女 人 の う ち の 大 賊 で あハ リ リ ハ がソ る、 と 。
『
大
般 若 経 』 にも
、 般 若 波 羅 蜜 多 を遠
離 す る 菩 薩 は 大 賊 チ ャ ン ダ ー ラ で あ る 、 と 断 ず る 。 密 教 経 典 に お い ても
、 た と え ば 『 不 空羂
索 経 』 に よ る と 密教
の 真 理 に 逆 く 者 は大
賊 チ ャ ン ダ ー ラ 種 、極
悪 チ ャ ン ダ ー ラ 種 で あお る と
繰
り 返 し 説く
。ロ の レ こ の よ
う
に、 チ ャ ン ダ ー ラ と 大 賊 と を 同 格 と み る 表 現 は、 『性
霊
集
』 にも
認 め る こ と が で き る 。 そ の他
の極
端
な 差 別 表 現 は、大
乗
経 典 の 各 所 に 見 出 さ れ る 。 まず
、 チ ャ ン ダ ー ラ は 不 淨 ・臭
穢
の 存 在 で あ る か ら 親 近 す べ か ら ざ る も の と す る の は 、 バ ラ モ ン 法 典 の 規 定 と軌
を 一 にす
る 。ぶ ソ 『 法
華
経 』 を は じ め多
く の大
乗
経 典 に は 菩薩
摩 訶薩
の親
近す
べ か ら ざ るも
の と し て チ ャ ン ダ ー ラ を挙
げ る 。 『 大61
方
等
陀羅
尼
経
』 に 三 十 四 重戒
を説
く
う
ち の 第 二 十重
戒 を 犯す
と い う の は 菩薩
に し て チ ャ ン ダ ー ラ処
、 悪 人 処、 悪ハ お ソ 狗 処 、
声
聞
二 乗 人 処 の よう
な諸
難 は悉
く 除 く こ と が で き な い こ と だ と 説 い て い る 。 さ ら に 、 『 不 空 羂 索経
』 に よ る と、 チ ャ ン ダ ー ラ の 業 は 過 去 ・ 現在
に無
間
罪
を
つ く る と い い 、 チ ャ ン ダ ー ラ は今
お 生 に 成 仏 せ
ず
、 過 去 世 の善
根 が 焼 け、後
生 の 善 根 も 壊 れ る と あ る よう
に 、 永劫
に チ ャ ン ダ ー ラ は 救 わ れ な い も の で あ る 。ホ 極 端 な
差
別表
現 は 、 『 大 宝積
経 』 宝梁
衆
会 の旃
陀 羅 沙 門 品 に ま と め て 説 き 示 さ れ る 。す
な
わ ち、 ( 一 ) ( 二 ) ( 三 ) ( 四 ) ( 五 ) こ のう
ち、 『 瑜伽
師 地 論 』 恥 那家
を 挙 げ る 。 塚 間 で 死 屍 を 求 め、 無 慈 悲 の 心 で 衆 生 ( 死 人 ) を 見 て 大 い に 喜 ぶ 。 ( 死 衣 を剥
ぎ 取 っ て よ い ) 一 切 の 人 に 捨 離 さ れ る 。 チ ャ ン ダ ー ラ の 衣 服 ・ 食物
・ 用 具 は、す
べ て他
の者
の 好 まず
用 い な いも
の で あ る 。 愧 恥 の 心 で、 ( 破 れ た ) 器 を も っ て乞
食 す る 。 悪 法を
お こ な う か ら、善
処
に 至 ら な い 。 ( 一 V ( 二 ) ( 三 ) ( 四 ) は 『 マ ヌ 法典
』 に も 法 的 に 規定
し て い る 。 に 比 丘 の 遠 離 す べ き 五 つ の 非 所 行 処 と し て、唱
令
家
婬
女
家酣
酒
家国 王 家
旃
荼
羅
・ 羯 ( 85 )(
4
) 比 喩 契 機 と し て の チ ャ ンダ
ー ラ大
乗
経 典 に は 比喩
契
機 に チ ャ ン ダ ー ラ が さ ま ざ ま に 描 写 さ れ て い る 。こ れ ら は、 以 上 に み て き た と お り の 社 会 的 な 疎
外
、 差 別 、蔑
視 に も と つ い た 比喩
であ
る こ と は、 る 。も
ち ろ ん で あ 一62
一旃陀 羅の 史 的考察 (三 ) ま ず 、 『 大
般
若 経 』 に 般 若 波羅
蜜 を遠
離 す る菩
薩
は 、 チ ャ ン ダ ー ラ穢
汚
菩
薩
摩
訶薩
で あ り、 天 上 人中
の 大 賊 で あ あ る 、 と 。『 放 光
般
若 経 』 に は 増 上慢
に 堕 す も の は菩
薩
の チ ャ ン ダ ー ラ とも
、 ま た貢
高
の菩
薩
の輩
は チ ャ ン ダ ー ラバ ロ の よ う で
あ
る と も 説 く 。『 師 子 月 仏
本
生 経 』 に、 比 丘尼
に し て 八 敬 を修
行
しな
い者
は 釈 種 の 女 で は な く チ ャ ン ダハ の ね ! ラ の よ
う
な も の で あ る 、 と い う 。 人 命 を 害す
る 王 は チ ャ ン ダ ー ラ 王 であ
る 、 と 『賢
愚経
』 に あ る 。殺
人 者 の 喩 え は 『 観 無 量 寿 仏 経 』 な ど に も あ る 。 『 虚 空蔵
菩
薩
経 』 に悪
し き 心 業 を なす
者
は チ ャ ン ダ ー ラ と 名 づ け ら れ る と しれ て、 そ れ ぞ れ の
種
姓 の 者 を例
示す
る 。 『 大方
等
大集
経
』 に よ る と 、 諸欲
の 不 浄 な こ と を観
ず
る場
合 の 諸例
、も
しく
は 欲愛
の嫌
悪す
べ き とす
る 諸 例 のリ リ
う
ち に チ ャ ン ダ ー ラ を指
摘
す る 。ハ ふ 五 蘊 ま た は 五
蘊
身
を チ ャ ン ダ ー ラ に喩
え る場
合
も 少な
く
な
い 。 比 喩契
機
は嫌
悪 で あ る 。 出 家修
行者
な ど の 仏教
者 の あ り方
を
チ ャ ン ダ ー ラ に喩
え る場
合 は 、極
め て 多 い 。 『 華 厳 経 』 によ
る と、 チ ャ ン ダ ー ラ は 最低
処
に 身を
置 い て、 へ り く だ り橋
り 高 ぶ る こ と が な い 。出
家
修
行 者 も そ の よう
に チ ャ ン ダ ー ラ に 見 習 わ な け れ ば な ら な い 。 ま た 、善
男 子 (善
財
童 子 ) が乞
食す
る と き チ ャ ン ダ ー ラ のが よ う に 心 を
卑
下 せ し め 橋 慢 に な ち な い よう
にす
る こ と が で き る 、 と 。『
大
乗本
生 心 地 観経
』 は 、 出家
菩
薩
は そ のあ ワ 心 を
調
伏
す
る こ と チ ャ ン ダ ー ラ の 如く
に し て 、 す べ て チ ャ ン ダ : ラ を範
とす
べ し と 説く
。『 大 威
徳
陀
羅
尼
経 』 にま ソ は 手 に
鉢
(11
破
れ た 器 ) を も つ チ ャ ン ダ ー ラ の 喩 え が あ り 、 仏教
者
の 行乞
の 在 り方
を 示唆
す
る 。 (5
) チ ャ ンダ
ー ラ の 救 済 ・ 出家
チ ャ ン ダ ー ラ の 救 済譚
は 仏 教 に 伝 え ら れ、 バ ラ モ ン教
な ど に は 全 く み ら れ な い 。す
で に 初期
仏教
に 数多
く 認 め ら れ、 ア ヴ ァ ダ ー ナ 文学
に も存
す
る が、 大乗
仏 教、 密教
の 時代
にも
いく
つ か 伝 え る 。 一63
一『 大 般
涅
槃
経 』 に、 次 の よ う に 説く
。 気 嘘 と いう
チ ャ ン ダ ー ラ が い た 。無
量 の 人 を 殺 し た が 、仏
弟 子 大 目 健 連 を 見 た だ け で 破 地 獄 の 因 縁 を 得 て、 三 十 三 天 に 生ず
る こ と が で き た 。彼
の よう
な 聖 弟 子 に し て そう
で あ る か ら、 仏 如来
は 無 上医
と いう
の で あ る 。 こ れ は 六 師 外 道 に は 認 め ら れ な い 竃 の ソ 『 菩 薩 本 生 鬘論
』 に よ る と 、 世尊
は舎
衛 城 中 の 二 十 五 人 の チ ャ ン ダ ー ラ の 女 性 を 他 の 女性
と と も に 教 化 し た 。 『 大 教 王 経 』 は、 チ ャ ン ダ ー ラ な ど の 諸 悪 類 に し て 、 常 に も ろ も ろ の衆
生 心 を 殺 害 す る よ う な者
で も、 よ く 浄 あ 信 解 を も っ て 秘 密 を 修 す れ ば 成就
を得
て 、 よ く 大 乗 秘 密 を成
就す
る、 と 説 く 。『 大 悲 空 智 金
剛
大
教
王 儀 軌 経 』 は、 利 帝 利 ・ 婆 羅 門 ・ 吠 舎 ・ 戌 陀 羅 な ど に親
近 す る こ と を 願 わず
、穢
行 の チ ャ ン ダ ー ラ、 皮作
り、厠
人 な ど も 遠 離 し 繭V な い の を 密 教 の 立場
だ と す る 。 た と え ば、 『 無 垢淨
光
大
陀
羅 尼 経 』 に あ る の は 極端
な差
別表
現 も 認 め ら れ る が、 最 終 的 に は チ ャ ン ダ ー ラ と な る べ き 者 も 救 わ れ る と い う 説 話 で あ る 。 伽 毘 羅 城 に カ ピ ラ ( 国巷
閂 一 簿 ) と いう
バ ラ モ ン が い た 。 外 道 に 帰依
し、 仏 法 を 信 じ な か っ た 。 あ る善
相 師 が 彼 に 告 げ た 。 「 七 日後
に そ な た は 死 ぬ 」 と 。 驚 い た 彼 は 釈尊
の も と へ や っ て 来 た 。 仏 は 彼 に説
か れ た 。 「 そ な た は 七 日 後 に 命 終 す る 。 そ し て、 阿鼻
地 獄 に 堕 し、 更 に 十 六 ( 大 ) 地 獄 に 入 っ て、 そ こ か ら 出 て チ ャ ン ダ ー ラ の 身 を 受 け、 死 後 に 猪 に 生 ま れ る 。 さ ら に 人 と し て 生 ま れ、貧
窮
下 賎 の身
と な る 」 を 予 言 し た 。 ( 皿 ) そ の 結 果、 彼 は 仏 法 に 帰 依 し て 救 わ れ た と 冒 頭 で 語 ら れ る 。 チ ャ ン ダ ー ラ は バ ラ モ ン 的 社 会 体 制 で は 非 人 間 的 な存
在 と 見 做 さ れ る が、 仏 教 で は釈
尊
の時
代
以来
、 出 家 し、 仏教
教 団 の 一 員 と な る こ と が 認 め ら れ て い た 。 た と え ば、 『 大 宝積
経
』 に よ る と、 可 畏 (O
騨巳
四 ? ) と いう
チ ャ ン ダ ー ラ は 世尊
の も と で 比 丘 と な り、 具 足 戒 を 一64
一靤 ) 受 け た 。 『
大
般
若経
』 に 、 「善
現 よ 。も
ろ も ろ の 菩薩
摩 訶薩
は 常 に、 精 進 し て 自 ら の事
業
を修
め、 生 死 を 遠離
し、 三 界 に ゆ 著 せ ず、 彼 の 悪 賊 ・ チ ャ ン ダ ー ラ に お い て 常 に ま さ に 慈 悲 喜 捨 を 起 こす
が よ い 」 と あ る。 ま た、 『 不 空 羂索
経 』 に よ れ ば、 チ ャ ン ダ ー ラ に し て広
大 な 供 養 を す れ ば 四 七 日 に し て、諸
漏
を 淨 治 し、 不 懈 を 念 治 し て、す
な わ ち 成就
す
る、 と 。 ( 轡 丙 大般
涅槃
経 』 に は チ ャ ン ダ ー ラ に 対す
る 無 上 正真
道 の 成 就 の 授 記 が み え る 。 チ ャ ン ダ ー ラ が 密教
の 悉 地 を 得 る こ と は後
期 密教
の経
典 に も し ば し ば 説 か れ て い る 。 旃陀羅の史的考察 (三) (6
) マ ー タ ン ガ 呪 ・尊
格 化 マ ー タ ン ガ ( 日 帥 冨 渉 αq欝
僧 目 鋤 母 ず σq 鉾 女 性 形 は 目 肄当
αq ご も ま た チ ャ ン ダ ー ラ の 名 称 で 呼 ば れ て 両 者 は 同 義 と65
な る 。 マ ー タ ン ガ ーー チ ャ ン ダ ー ラ、 マ ー タ ン ギi1
ー チ ャ ン ダ ー リ ー は 密教
の真
言 陀 羅 尼 そ の 他 に保
存
さ れ て い る 。一 ま た 、 チ ャ ン ダ ー ラ の 首 長 を マ ー タ ン ガ カ ( 日 帥 富 , αq
渠
g。 ) と い う こ と が あ る 。 本 来、 マ ー タ ン ガ は 象 ( 日讐
臥
oq 巴 を ト ー テ ム と す る 独 立 の森
林 種 族 い わ ゆ る象
族 で あ っ た 。 ア リ ア ン 民 族 は 遊 牧 民 で あ っ た が 、 イ ン ダ ス 河 五 河 地方
に移
住
し て き て 以 来、次
第
に 牧主
農 従 よ り 農 主 牧 従 の 社 会 に 変 わ っ て き た 。 後 期 ヴ ェ ー ダ時
代 よ り 仏 教 興 起時
代
に か け て、 マ ー タ ン ガ 族 は ア リ ア ン 社 会 よ り 疎 外 さ れ た存
在 と し て、 チ ャ ン ダ ー ラ の 一 種 と 見 做 さ れ る よ う に な っ た 。 マ ー タ ン ガ 族 の 呪術
呪 文 な ど が 仏教
の な か に 取 り 入 れ ら れ る に 至 る 。 そ の 実 際 に つ い て 概 観 し て み た い 。 『 法 華経
』 陀 羅 尼菩
薩
品 で は本
経 を 受 持 す る も の を守
護
す
る 陀羅
尼 神 呪 を 説 くう
ち に、 チ ャ ン ダ ー リ ー ・ マ ー 兪 ) タ ン ギ ー と あ る 。1 〔 Ψ 》
煢
鋤 日 薗鼠
目錯
費
三
身
胃
帥 冒矧 に 大 羅 刹 女 ( ヨ 塑訂
愚
評招
ω 剛 ) の名
前
を 列挙
す
るう
ち に8
且
帥 一 同畠
日 僧 目 91訂
器
同 と あ り 、 チ ャ ン ダ ー リ ー は羅
刹 女 の 一 種 であ
る 。 ま た 同 じ く 、 諸尊
中
に o 塑 口9
身
Φ ω 〈聾
ρ 日 讐臥
αq 圃 望 Φ ゜・ < 帥審
と いう
帰
● ● 依 の真
言 が あ る 。 因 み に ヒ ン ド ゥ ー 教 で は チ ャ ン ダ ー リ ー は ド ゥ ル ガ ー (一 )霞
ひq 鋤 )女
神 の 別 称 で あ る 。薬
師 如来
の 真 言 に も、 チ ャ ン ダ ー リi
・ マ ー タ ン ギ ー が 認 め ら れ る 。す
な わ ち 、O
日 7震
賃ぎ
毎
8a
帥 = ヨ 彎 簿 か 脱 ω 〈 帥 げ 曽 ( 鵬 ) 〔 璽 こ れ は 『 薬 師 如 来 観 行 儀軌
法 』『 陀
羅
尼集
経 』 に 見 え る が、 他 の 経軌
で は無
能
勝
( >B
冨
旨
鋤 ) 真 言 と し て 、 ま ( m) た は 無 能勝
大
明 と し て 説 く 。 い ず れ に せ よ、 こ の 謎 め い た 真 言 を 解 読す
る ひ と つ の 手懸
り を与
え て く れ る も の は 『陀
羅 尼集
経 』 遮 文荼
呪第
四 十 七 の マ ー タ ン ガ に 対 す る帰
依
の 真 言 を 掲げ
る個
所
で は な い か と 思 わ れ る 。す
な わ ち 、 那 上 立 . 謨悉
陀喃
那 謨摩
登 伽 喃 (量
ヨ o ω 置穿
帥愚
ヨ母
ヨ o 目 帥 鼠 渉 αq 帥畠
ヨ ) と あ っ て 、次
に 摩登
伽
呪 法 が説
か れ、 「 若 呪 病 人時
云 々 」 と あ る の は 薬 師 如 来 の真
言
と 関連
が あ る と 思 わ れ る 。 ホ リ こ の 他 に右
の 呪 に よ る 除熱
病 、 除毒
蛇 な ど が 説 か れ る 。 マ ー タ ン ガ ーー チ ャ ン ダ ー ラ を尊
格 化 し て 信仰
の 対象
とす
る 場合
が あ る 。 こ れ は 古 い 種 族 宗教
を 伝 え る も の と み る こ と が で き よう
。 た と え ば 、 『 チ ャ ー ンド
ー ギ ヤ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド 』 に は、 た と え チ ャ ン ダ ー ラ に 残食
を 与 え よ バ リ う と も、普
遍 我 に 献 げ る 供物
と な る と あ る 。 こ れ は ク シ ャ ト リ ヤ の哲
学
で あ っ て、 の ち の バ ラ モ ン 法 典 で は チ ャ ン ダ ー ラ に 対す
る 施 与 は あ り 得 な い 。 が、 とも
あ れ、 こ れ は チ ャ ン ダ ー ラ尊
格化
の 萌 芽 と み る こ と が で き よう
。 愈 V 『 華 厳 経 』 に よ る と、 仏 説 を聴
聞
す る 者 に 仏弟
子 が あ り、 ま た そ の他
の諸
精霊
の う ち に、 チ ャ ン ダ ー ラ が い る 。 ( m) す で に 『 阿 毘達
磨
大 毘婆
沙 論 』 に チ ャ ン ダ ー リ カ ( oき
α 巴 一惹
旃
荼
履
伽
神 ) が 神 格 を も っ て 登 場 す る 。 ● ● チ ャ ン ダ ー ラ ーー マ ー タ ン ガ が 、 そ れ ぞ れ チ ャ ン ダ ー ラ 呪 ・ マ ー タ ン ガ 呪 を 所有
し て い た こ と は、す
で に み た 『摩
一66
一旃陀 羅の 史的考察 (三 ) 登 伽 経 』 に