リューメリンに趣ける統計學の構造ぐ﹂性格
ードイッ赴会統計学の形式化の問題・そのマーi有
田正
三
ドイツ統計学はその学問的性質について変転の稀に見る特異な歴史をもつ。この歴史において最も著しい出来事の一つ は﹁実質科学としての統計学﹂︵Q∩養生。・叶涛節訂ぎp叶⑦凱。︷Ho毫♂。。o塁。鍔饗︶から﹁形式科学としての統計学﹂︵。。酔p江。,窪.9一。。♂、b日四一① ① 毛望。塁魯鉢︶一方法論としての統計学︵砿鐙二。・酔穿紀。。竃①夢。動じ巨二.o︶一への転化である。形式化とも呼ばれるべきこの転 化は、二十世紀に入ってから始まり最近になって蔽い難いものとなった。 いまこの点を簡単に特徴づけると吹の如くである。十九世紀後半・ドイツ社会統計学の確立期に・マイヤー︵Ω・質 蜜象。回.L。。念一町b。α︶によって代表された支配的ないし主流的見解によれば、統計学は﹁立会的集団﹂曾。・覧・寓霧器︶の数量 的把握を基礎とする社会的人聞生活の説明ならびに合法期性の定立を課題とするところの・一個の独立の社会科学であっ ② た。統計学の名において・おこがましくも一つの壮大な完結的社会科学体系を打立てようとする・この見解は、二十世紀 ③ に入ると、その矛盾を暴露し始める。﹁統計学は方法︵鼠①昏。号︶であるかそれとも科学︵キ蓼8需冨εであるか﹂の論争 リューメリソにおける統計学の構造と性絡⋮ Uリューメリンにおける統計学の構造と性格 二 は明かにこの見解の脆弱さを露わにするものであった。第で次世界大戦と第二次世界大戦とを結ぶ約二十年置間ドイツ社 会統計単の理論的代表者であったジージェック︵周.濤N①∬目。。♂一目り・。。。︶にはもはやマイヤーにおけるがごとき迫力と確信 がない。しかも晩年の著作における﹁結果科学としての統計学﹂ ︵QQ§聾涛霧雪卑碧び昆署一。・ω窪。。曾塾︶の主張は伝統的見解の ④ 換骨三胎以外の何者でもないのである。次の世代を見よ1主張に多少の張弱と不一致があるとは貰え認許学を形式科学 とすることにおいてはもはや動かし難いものをもっている様に思はれる。フラスケムパー︵層﹁暢一鱒コロ犀高富p℃Φ目.噛 ]﹁cooQ①一︶は云っ ている−一﹁統計学は一方において一般方法論であって、統計的集団現象が現れるところ−i⋮これは自然科学および精神 科学の殆どすべての事実領域にあり得る一ではどこにでも用いることが出来るところの一般方法論である。それはまた 他方においてこの方法論の特殊化であって、この特殊化は祉会的事実への適用からその最も重要な結果の叙述と結合して ⑤ 現れる。こ、で吾々は後者の意味における統計学だけを問題にする﹂と。社会の記述を專らの課題として生れたドイツ統 計学は方法論的科学となることによって本来の性格を全く掘棄するに至ったかのごとく思われる。その幾多変転の帯皮は 一路社会忘却の歴史ででもあったのであろうか一。それはそれとしてドイツ社会統計学における学問的性質の形式化は 二十世紀に入って争われ得ぬ傾向となっているのである。 ところでこ、に留意しなければならぬことは1統計学の形式化が支配的となったのは上面の如く最近のことであるが 一既に十九世紀の後半期に、かのマイヤーを代表者とする一団の人々によって﹁独立の学問としての統計学し︵聾9毎静 駐。。。回び。。警臼鵯5、霧。塁9捧︶と云う花やかな旗印の下に壮大な社会的実質科学の体系構威が專念されつ、あったとき、こ れと並行しつ、、しかもこれに拠り所をさえ提供しつ、、統、計学の形式化が一部の入達によってなされつ、あったことで ある。吾々はこの理論的代表者をリューメリン︵9く■汐ぎa♂目G。嵐一。。⑩︶に見る。 リエーメリンにおける統計学の形式化は、国情記蓮派統計学の崩壌と政治算術無目ケトレー的算計学の侵入,続計調査
事業の急激な展開を背景として統−計学の新しい編成が焦眉の課題としてのしか、つている時期に、この課題を果すために ⑥ 試みられたものである。それは或.る側面においてはたしかに論者の指摘する様にクニース的な意味においての政治算術へ の加担を意味する。ドイツ社会統計学がこの方向において確立され、この方向へのドイツ統計学の定置にリューメリンに よる統計学のこの形式化の試みが大きな役割を果したと云う事情を思うとき、上記の解釈は無意義ではないが、事の本質 をつかんだものとすることが出来ない。事の本質はこの解釈の外にあ・る。しかして﹁形式科学としての統計学﹂の見解が 動かし得ぬものとなった今日においてそれは明かにされねばならす、また明らかにされ得る可能性をもつたと云わねばな らぬ。では事の本質は如何なるものであったか。ζれを明かにするためには先ずリェーメリンにおける統計学の概念と購 造を分析し、統計学の形式化がそれらを如何に貫いているかを検討しなければならぬ。 リュ竃メリンの諸労作のうち、学問としての統計学を対象とするものとしては、何よりも先ず﹃統計学の理論に就て﹄ ⑦ ︵Nミ、Sミミ錯乱、鍵ミミ隷︶と題された・一八六三年執筆の善女とこれへの一八七四年執筆の補遺とをとう上げねばなら ぬ。統計学と国情論との分離を主張することによって大きな時代的意義をもつたこの論文は、今日また科学的研究方法と しての続計方法の性質の究明、統計学の本質と学問的地位の照察に古典杓意義を担うものである。更に、シェーンベルグ ︵90Q。H各嵩ご。套μc。ら。O一]¢審︶の﹃政治経済学提要﹄︵嵩讐きq主辞HH、9憂島露O集。・9託。・h>=PHc。・。溝︶における﹃統計学﹄ (G∩ 剄]工臨︵︶・第一部・﹃学問としての統計学﹄︵GQミミ隷ミ動﹃き§h昏ぎ談︶は、統計学の全般に亘って、年来の研究の理論 的成果を極めて要約的組織的に論述したもので意義が深い。特にこの論蓮に見られる統計学の学問面構威に関する構想 は、 ﹃統計学の理論に就て﹄が書かれた無期のそれに比べると非常に具体化しており、またより休系的となっていること を知る。本稿はこれらの労作を基礎としてリューメ翌ンにおける統計学の概念と構造とを分析して課題を渠すことに努め ねばならぬ。 リューメリンにおける統計学の構造と性格 三
① ② ③ ④ リューメリンにおける統計学の構造と性格 蘭 ドイツ統計学の学間的性質の変転の罐史における大きい出来事として筆者は他に次の二つを考慮している。一つは寒圏情幻滅甑統計 学の発展の渦程一−牛おいて生じた詑述内客の国家的法制的なものから経済的物質的なものへの変化もいま一つは、統計方法を墓礎とす る社会的実質科学として形成、これである。この二者に比して﹁形式科学としての統計学﹂への転化はその変化がより漢刻τある。 O・質置畠さ窪①C皇Φ9B詳。,・,軍門。騨一丁Ω霧①峯w9臥叶巴・・σ。訓一G。耳・︷昌同論岩三郎訳﹃社会生活に於ける合法則性﹄︵統計学古典選集︶・ 噌九四四年・第一出版刊二九−一二三頁。。α舜謬捧毎期螢窪①=m。ぎ藷一書葬H賊W二・︸6び。9①蜜。ぎmぎ蕊雪ぎ同学亀r蕊譲﹄︾鼠ト・乞鼠・ QQ・。。O−G。大橋隆憲訳﹃統計学の本質と方法﹄・一九四三年・小島欝店刊・七七一九七頁。 マイや曾は云っているi﹁統計の科堂、或 はまた科学としての統計とは統計に捉え得る社会集団に現れるかぎりにおいての、社会的な人聞生括の状態および頚象を統計法によ つて得た材料にもとすいて鮮明を行うことである。製本巻樽誹素材につきもこの様に科学約に徹底を期しで縫⋮成され極度に純化を経 た形相は、祉会の状態および現象に認めうる一般的なi一一般的と云っても吾もちろん相対的な制約⋮をうけているものではあるが 一合法則性と類型とを摘出することのうちに駆れている。しかしながら統計学は、 このような具体的なものから看取される拙象 的・一般的典型のみの認識を事とするものではない。むしろ統計学の課題は、其体的な観察結果を統討的に統制された社会集団全体 と組織的に関聯させて、科学的に醸化整序して薄明を与えろことにあろのであ・る。この意味で統計掌は社会諸田螺の領絨にある一個 独立の学問であり、同時にまた近時﹁国家諸科学﹂ーーもちろん私はこれを﹁転嚢的な意昧で﹂用いているのであるが一と睡・ばれ る諸科学の複合領域におい︵もまた確固たる地位をもつているのである﹂︵b・騨O・”oQ・㏄ご大橋隆憲訳・離掲書.七九一八○頁︶。 ρ切昌02圃簿鉦¢し。卵円。。盛︵①ヨ。菱置器ご岨。匿9●<①コ話ぎ言霊幽望9鍔歴象vおトし。.色漆導3調2㍑冒包2護8曽︹すQQ#①一旬薦①⋮容 岳Φω貯自a院㊦汐①冨。時。号&雪巧ヨ転転。ぼ3陶︸旨め聴きF禦・ゆ含ら。。‘H鎗8 ジージェックは初期の労作において次の如く云っているi﹁実質的統計掌は科学なりや否やの問題には過大の意義を与えるべきでな い。これは単に科学の分科の問題の問題、科学の体系における統’計学の地位に関する問題たるにとゴまる。この問題が如何に解答せ らるるとも、統計的調査結果が吾入の知識の中において如何に分顛せらるるとも、その如何なる場合においても社会生活の統計的研 究は必要にして欠くべからざるものである。科学における一個淘有の地位を笑質的統計学にたとえ与えなくとも、少くとも常に特劉 なる研究科目、教擾科目として承認しなければならぬ。このことには﹁実質的統計学を科学としては否定する論者﹂の多くも承認 するであろうし、 また﹁この意味において了解された実質的統計学は方法論と結合して一つの学問を形成することが出来る﹂と。
■ ⑤ ⑥ ⑦ の ︵Q旨猛勢。。﹄母しQ§﹃辟節導励﹀=身H⑩b。。。︸祓・圏卜。︸竹田武男訳。﹃応用統計学﹄・一九二四年・有斐閣刊。四−五頁参照。この愛協的見 解は多くの支持者を獲得した。省晩年の著作毛ざ葺無ζ一﹃島。N帥﹃害ロ⑪淳馨各。♂Ho騨Sにおいては官庁統計の科学化にともない統計 調査結果の総休は一つの﹁社会的実体科学﹂︵蓉§巴㊦知・p空語浮Φ墓G一葺ε11﹁固有の社会科学﹂を形成し得る様になると牛張する。この 重張は﹁実質科学として統計学﹂を外延的に拡大することによって社会統計一般に解無し、後者の方法的構造を研究対象とする﹁形 式科学としての統計学﹂をきわだ∼せることによって、実質的に統計学の形式化を承認ないし促甦するものである。 歪嘗鍵︼︵野5需ご≧㎡①一ご。三。しQ臨画ざ男臼︵Ω円巷脅謎㏄q包、し∩3け巨魁F、門。にH︶鳩留︾競rH窯節6Q・峯・大橋彗足利訳。﹁一般統計学﹂・一九 五三年・農林統計協会刊・七一八頁。 ﹀.づ、箇讐。﹂G。§響砕弦﹄︶2宕ぎ融。Q隔日撃≦、α隊。ひ蕊戸ザ渥.<9戸主一葺駐。営一μ岩蟹一マp醇・H︵︶回w鎚.H。。①メ 大内兵衛訳・﹃統計学﹄︵統 計学古典選集︶・剛九四二年・栗田書店刊・一七八r矧八∼頁。塞塁59.p・︵︶こω・㏄︽9爾 昔が国においては、大内兵衛・﹃統計学者 としてのワグナー﹄・前掲訳書附鋒∵二八七頁。 この論文は因。誹。町罫噛貯臼の鴨工四5す碧鑓$乱書。霧岳9F一。。器・に発表せられ、後に韓。山葺¢巳浮=融舞Nρド。。ヨ・に補遺を附して 牧録された。 国 ” リュ三脚リンは、﹃統計学の理論に発て﹄において統計学の定義を与えた。モール︵響く・尾。茎雲竈一目。。謂ψ︶の云うように 正に﹁心理学的顕著事項﹂とも称せられるべき・区々に分れて帰一するところのない﹁統計学﹂︵oΩ跨ぎ算︶の定義を前に してリューメリンもまた一つ新しいものを創り出してそれをみすから﹁第六十三番目﹂の定義とし、 ﹁学問的研究の領野 において最も美くしい意義を有するあの古いアカデミゾシユな言葉く響巽ω①ツq蝿2ωにをもって﹁第六を四番氏﹂を迎え ① ようとしたのであるが、 ﹁第六十四番氏﹂のそれにもまして﹁第六十三番目﹂にあたるリューメリンの定義はそれ以前の ② 諸家の定義と同列におかれるべきものではなく、またそれらに対して内容的にも著しい相違を含むものであったQ﹂ リューメリンにおける統計学の構造と性格 五
リューメリンにおける統計学の雛⋮造と性絡⋮ 六 リューメリンの所説によると、﹁統計学﹂は先ず第=馬﹁雪間的実践﹂ ︵’“ぼ切O置ωO﹃9誇嵩OげO 団同P︶︻冨︶そのものである。か、る ものとして統計学は対象︵自然または社会︶の実質的知識の体系ではなく、実践的・理論的目的のための技術または熟練 、 ③ であって、この点において﹁解釈学﹂︵國国O下げ=H①口Oβ口脚︶や﹁批判学﹂︵累﹃三回目︶と同じ性質を有する。これらと異るところは実 践の形式にある。﹃統計学の理論に就て﹄は形式的に特殊なこの実践を規足して、﹁方法的集団観察﹂︵置。爵。象ω号㊦室9。。。。㊦ロー 8︸、・9慧義︶とする。﹁この観察の本質とするところは、 一個の方法にしたがってあらゆる同種現象を観察記録するため ④ に観察所網が個体の杢集団の上に拡げられると云う点にある﹂。観察の普遍性を特徴とするこの観察形式は﹁統計方法﹂ ︵ω叶点け一Q厚齢溢し自070 セ︻①酔げOΩ①︶と称せられるもので、個闘的戦勲的経験の不充分さを縮減し・信頼性のある経験材料を経験科学に ⑤ 提言するところの・特殊な研究方法である。統計学はかくて﹁統計方法﹂h15る﹁一つの特殊な研究方法の使用﹂︵︾口唱茎暮貌 ⑥ ・ 魯H。二Ψ。・,8︵す①9H8屋=。︸回彦法話陣。号︶と云う﹁実践﹂に外ならぬ。ーー統計学がか、るものであるならば、それは一つの 学問であっても、もはや﹁独立の学問﹂?のhご。・鍵民祠①謀、h麗。一μ訟。冨頴︶でなく、他の経験科学の﹁補助学﹂︵回凶一囲融メく凶ψ訟の口訟O犀P津︶で なければならぬ。では如何なる経験科学の補助学であるか。この点に就てりューメリンは次の如く規定する−統計方法 の適用条件が人間に関する諸科学または社会諸科学の領域に優越的に存在すること、統計方法の使馬によってえられる結 果が上記の科学の特殊部門によって共通的に利用されること、これらの事惰は他の事情と相侯って統計学を人聞に闘する 諸科学または社会諸科学の共通約補助学たらしめる。こ、に云う入闘に関する諸科学または赴会諸科学の概念に就ては りューメリンに詳細な説明があるが、こ、ではζれに立入・らない。筆者の関心はむしろ11・ユーメリンが統計方法なる一つの ﹁形式的手続の単なる応用﹂、﹁観察手段の使用﹂を以て統計学とする点にある。 統計学の学問的内容に関し多岐に分れた諸家の見解も十九世紀の中葉までは国家或は社会に関する知識から統計学を構 魚しようとする点において一敏していた。問題は、か、るものとしての斯学を社会科学の他の.分科とは別個に存立させる ●
特殊的制約である。大学統計学派が主流をなしていた時代には大休において所謂﹁国家顕著事項﹂︵。。門密密き鱒藍強㈹一肉葺︶ と云うーーその其体的内容は最初は主として政治的制度的なもの、これが漸次経済的物質的なものとかわる一実質的に 特定したものが老えられていたが、クニ1スの論断以後は形式的方法的なものが前面に押し出され、統計‘学は統計方法に よって得られる知識を以て構成されるとなす見解が支配的となった。統計方法の使用はいまや統計学の構成において基本 的な制約としての役割を獲得するに至ったのである。しかし乍ら看過してはならぬ一それが如何に大きな役割をもつに 至ったとしてもあくまで統計学の方法的契機としてのことであって、内容そのものとなるには至らなかったことを。統計 学の内容をなすものは、統計方法によって得られる知識でなければならぬところに根本的な制約をもちつ、もなお依然と して国家或は社会の知識である点に変りはなかったのである。 以上の点を考慮しながらリューメリンのさきの所説を見るとき、統計学の学問的内容の規定はこ、に大きな転換をなし ていることが判る。国家或は社会に関す乃実質的または形式的に特定した知識から﹁統計方法の使用﹂と云う純然たる方 法的過程へ一さてこの転化は如何に分溶せらるべきであるか。 ﹁統計方法の使用﹂は﹁使用される客体﹂とともに従来 統計学の学問的内容とされていた﹁統計方法によって得られ届国家或は社会の知識﹂をつくり出す要素である。それ故に この﹁転化﹂は﹁統計方法によって得られる国家或は社会の知識﹂を分解して﹁統計方法の使用﹂と﹁使用される客体﹂ ⑨ と云う二つの要素に還元し、後者を捨て∼前者をとったことを意味する。 ﹁方法と題材との分離﹂とりューメリンの呼ぶ ところの、この分解・抽出の手続は如何なる基礎の上において行われたか。知識が﹁方法﹂を﹁客体﹂に対して﹁便用﹂ することによって得られるものである限り、この分解・抽出は全く観念的にこれをなすことも可能である。しかしそう であるならばそれは観念的な遊戯で意味がなく、せいぜい統計學の定義に新奇なものをまた一つ附加するにとぜまった であろう。リューメリンにおいては決してそうでなかったのである。 統計学および統計方法の発展の過程において現実に リューメリンにおける統計学の構造と性格 七
リェーメリソにおける統計掌の構造と性格 八 成立していた或る事態とその認識とかリューメリンをしてこれをなすことを可能にし、また必至ならしめたのである。 か、るものとして吾々の先ず挙げねばならぬことは統計方法の所謂普遍的意義の獲得ならびにその認識である。統計方 法の普遍的意義に就てはりューメリンに詳細な雪明があるが、その骨子は次の如くである。すなわち、統計方法は祉会科 学のような実質的に特定した学問領域の研究方法としてその意義を限定されるべきものではな・\形式的に一定の条件さ ⑩ えみたされるならば如何なる学問領域にも応用することが出来るところの、独立的な一つの論理的手段である。一1要す るに統計方法における方法の心象に封ずる独立性と応用の普逓性と云うことである。一−統計方法の故郷は社会であり、 社会を影野としてその組織体系をと∼のえて来たのであるが、ひとたびその組織体系をと、のえ絡ると社会昼写象に対し て独立性を獲得し、その組織体系から要求される条件さえ満されるならば−iそれが如何なる領域であろうをも、その実 質的性質の如何にか、わらす応用の可能性を獲得するに至る。いまや続計方法は対象に拘束されぬだけでなく、逆に条件 を提示してみずから対象を決定する。そしてそれまでに統計方法を育み来った社会は一その寄与を忘れられてーー統計 方法の提示する条件を満足しさえずれば応用.され得るところの一つの領域として自然と同性質の地位に引下げられる。本 質とは逆の形をとる現象形態−方法の確立は同時にこの転倒的な現象形態の確立ででもあったのであるGしかしてこの 現象形態による方法の理解ρ一いは9現象形態の絶対視一がリユーメリンの立論の・基礎をなしている訳である。 統計方法の普遍約意義はリューメリンにおいて始めて認識された訳ではなく、ワグナー︵﹀・ぞ孚筆巽H・。繊1Hり嵜︶も指摘す ⑪ る様に、ケトレーにおいて既に﹁統計方法は人⋮間に塾する研究を越えてある種の自然現象にも適用され得るに相異ない﹂ ⑫ と信ぜられていたし、リューメリンもまたフランス及びベルギーの諸学者にこれが明確な認識があったことを記している。 しかし吾々のこ、で留意しなければならぬことは、醜に遠べた様に、これらの諸学者がなお依然として統計学を統計方法 によって得られる知識で以て構成しようとする立場に立っていたことである。1一統計方法の普遍的意義を認めるときこ
の立場は守り通すことが串来なくなる。と購うのは、統計方法が普遍的意義を有するかぎり、それによって獲得される知 識は実質的には社会のみでなく自然をも内容として含み、その結果、統計学の内容は余りにも広範且不統一なものとなる からである。リエーメリンはこのことを椰楡して、﹁等暑線と等濫線、家蓄飼養試験の結果、熱病患者の治療法の効果、死 亡表、犯罪及び自殺の度数、種々なる農事の社会的影響を一冊の書物で取扱わんとする⋮⋮⋮﹂奇々怪々たる学科が現れ ⑫ ると云っている。統計方法によって得られる知識でもつて統計学を構成しまうとする立場は、それが社会にのみ統計方法 を結びつけているかぎb理論的概念的に指摘されても表面化することのなかったところの欠陥をこ、に大きく露出するこ と、なるのである。 この破綻を前にして吾々は無慈悲ではあるがりュ三三リンとともに云わねばならぬーー統計方法によ って得られる知識を以て統計学を構成しようとする立場は学問分科の年期をわきまえぬものである。 ﹁学問の分類にあ ⑭ たっては対象の物的相似性ならびに差異性がその原則とならねばなら濾﹂。統計方法によって得られる知識は対象の実質 的性質にしたがって、例えば気象学・生物学・医学・経済学等の実質的特殊科−学に帰膓せしめらるべきである。かくて吾 々は統計方法によって得られる知識の体系化としての統計学が−一統計方法の意義の普遍化を契機として⋮⋮当面しなけ ればならなかった解休の必至性に注目しなければならないのである。 ﹁方法と題材との分離﹂一統計方法の使用を以て続計学とする規定は、上述のごとく、統計方法の意義の普遍化と云 う現象を虚心に受入れるとともにそのことによって必然化する統計学の解体を救おうとする博識明敏なリューメリンの苦 ⑮ 衷から出たものであった。これによって統計学の進むべき這はク八雲スの論断ならびにこれを全き形において継承する人 々のそれと相異るものとなった。統計学は解体することを救われるとは云え、 いまや性.格を変え、更に学問体系上の地 位の大きな転換を甘受しなければなら露ものとなった。統計学はもはや独立の学問たることを止めて補助学と云う云わば ⑩ ﹁鉾﹂の地位に下る。このことは統計学に一切の閥学の女王たる王冠を冠しようとしたあの勲狂感奮の時代を知る者にと ・聴 リューメリンにおける統計学の構造と性格 九
リューメリンにおける統計掌の構造と性格 一〇 つてはたとい些も統計学の学堂を含むものでないとしても酔ざめの白々しさを感じさせすにはおかないのである。 ① ② ③
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(9)@ ⑩ 舜離籠巴ぎ︸劇¢創9霞鉱︸[慶鐸N①㌍HG。“辞oQ.bり象・い古田保之助訳。﹃統計学の理論に就て﹄。統計学古典選集・一九四二年・栗田書店刊・ 四三七頁。 リューメリンが﹁吾々の後継者第六十四番氏﹂として迎えた考を大内丘︵衛氏は﹃︸見恣意的に見える人間行為に診ける合法冷性﹄︵hζ① ︵冷器言=蜀譲薩a軒註島2融︵汐鼠口ご重三一一]︵ぎ当言實葺。霧良μぎ﹃呈露き鼻腸σqo一ごHつ。設︶のワゲナー︵b・毒p讐。びト○。じ。惣一崔嵩︶とし、 ﹁この蓮命児は何よりもかのケトレーを全面的に支持していることに汚いて第六・工二番氏までのどの人よりも革命的だった﹂として おら一れる︵大.内兵衛・前揚書・二九六頁︶。 痴餌筥。ぎご国。急窪琶画・〆調渇望Nρ♂o費・卜。“c。・権田・前掲訳書。なおこの簡所に次の如き文言がある一﹁統計学は決して固有の教え ︵bo洋。︶ではなくて、例えば解釈学や批豊島と云ったものと趨Oく、学問的笑践なのである﹂。更にリューメリンはこれに謎を附し ても。巨聾節がi穿で終っていることは上記の主張の正当性を語源的諸法約に示すものとしている。 影毎昌O嵩ジ鉾9.O略ω.トり一㊤.燦悩田・払剛楊⋮訳肇百・三八六頁。 些醐菖&∼四・帥・O・層Gっ・b。一〇一b。9器9権田・前摘訳書・三八四一八、三九四頁。 國自;Φ穿ごoo蜜飢ω巳︵ぎ乙。。まコげ霞遷頃p。5島ごβ。7心︸亀.⊆。艶♂HG。りG。︸こQ.b。OP 寿ぎち屋どヵ。島自蛋昌幽趣器重言ρおω・認OiG。O・権田・前揚訳書・三八八i三九八頁。統計学をかくの如く人間に関する諸科学また は社会諸科学に結びつけることは、後述するところの・統計方法の普遍的意義の規髭と矛盾する様にみえるが、実は決して矛盾する ものではない。これに就ては後に読明する。 窮︷﹃さ自﹂㌍9・O遥ω.﹄。愈・権田・前掲蟄百・三九二頁。 リュ二心リンは統計方法の普遍的意義の獲得が上記の﹁方法と管財との分離﹂の契、機をなすことを指摘して次の檬に云っている、﹁統 計学は本来b語源的ならびに屡史的に一つの国家学を示している。しかしながら普遍的計算なるかの効果ある観察手段︵統計方法一 念出︶の応用は間もなく生埋学的・病理学的・心理学酌等の問題の如き国家にも機会にも関係のない多数の客体の上にまで及び、や がて考を方法と題材との分.離へ近づけざるを得なかった﹂と︵寄量;落雪爵号Mど。,●圏“孕権田・前褐訳書・三九二頁︶。 リュ蚕下リンは云っている一﹁通例統計学︵Go富q。a叶涛︶と云われるものと統計的方法︵5・貯嵩上謎鼠の蜜。§o島。︶と称せられるものと昏 @@@ C2) @ ⑯ は厳密に区別せらるべきである。統計学とは広義における国家科学の一部門であって、どんなに詳細に形式立て∼、限界づけがなさ れようとも、何時までもそうであることに変・りはないであろう。然るに多数の個別事象を合理的に通算し分類ずることにその本質的 な特徴を有しているかの独得な研究の方法と云うものは、成る程歴史的には先ず統計学的目的、従って国家学的目的のために使用され てこの領域に対してはこの方法には極めて卓抜な値打が与えられているために、統計訥なる名称を得てはいるのであるが、しかしこ の方法はその応用の点で、又その本質上、決してこの経験の範囲に制限されているものではなくて、普遍的な意義を有している﹂ ︵切。︹剛Ω二厳島︾q寒嘗ρ﹃Mの.留76・面出・前提訳書・四四一一二頁︶。別の方向から︵形式酌に︶これを規定すると家の様になる。 ﹁此の方法は考察のために早旦められた三脚象の中に可変的な要因が存するところでは到るところに関係をもつて来る。﹂︵﹀・鶉・○・匂 ¢留メ権田・前掲訳書・四四三頁︶。シェーンベルグの﹃提要﹄の﹃統計学﹄では更に組織的に次の如く規定される、﹁この統計方法は 他のすべての研究手段と同様に特定種類の笑質的対象︵G。8皆汀げ2.9首葬︶に結びついてはいないで、その形式的前提条件、すなわ ち、複数ないし集合概念を規定すると云う課題が存在するところではどこにでも.応用することが出来る﹂︵撃p二釜が甘曽7曾ご。茜印 寓琶きgFG。切︵副.砕b。OO︶。 ︾・≦ゴ讐①訓。oけ葺。・曹^︸㌍卸○.大内・前掲訳書・=一四頁。 菊凶ぽθ①罫ポゆ巴碧剛き畠︾ロ詮鐸Nρ㌍ω.舘高一9権田・前掲訳善・三九二頁。 弟ヨ昌。同ご”㌍帥・04己慶■憩oO.権田∵払剛楊⋮訳由貢。四四五頁。 殉︷﹃ち︼一♪ 島⊃■p・OG興図8・権田。前揚訳書・四四四頁り 統計方法の普遍的意義の承認、 ﹁方法と題材との分離﹂をあえてなしつ∼も,爾統計学を人間の科学または社会科学に共通的補助学 として結びつけることを忘れぬリューメリンーーこの点にみられる現実‡義を看過してはならぬ。 ﹁哲学は神学の碑なりと呼ぶ者があったときに一−とりューメリンは云っている一これに答えてカントが〃然り、されど炬火もて 照し導く瞬なり”といったのは周知の如くである。吾々は統計学の補助.機能をこれ嵩高く据えようとは思わないが、しかし似た様な 比喩で言わせて貰うならば、統計学は成る程奉仕的地位にはあるが、しかしそれは負債のある放縦な家政に明朗と秩序とをもたら し、役に立たない世帯道具を物置へ投げこん.だり売り払ったりし、一切の買物の心配をし斗主婦が依然として不注意にしがちな牧支 の均衡を絶えず注意して監視する女中頭なのである﹂︵諺・p・O・uじ自・鵠O・権田・前掲醤・三九七頁︶。 リューメリソにおける統計学の構造と性﹁格 二
リューメリンにおける統計学の構造と性格 =一 三 統計方法の使用をもつて補助的ではあるが一個特殊な学問としたりュ二三リンは更にこれとは別個に二つの学問の存在 を認める。それらは何れも方法論的性格のもので、統計方法そのものを対象とする。 一つは﹁続計学の理論﹂ ︵、穿。。忌 ① 創霞の茱韓罪︶であ、り、いま一つは﹁続計学の技術﹂︵、門。巳5岸餌碧ω建ニコ。邑く︶11﹁技術的統計学﹂︵晒。。︸日・ぎHお。。算翼降︶である。 ② 目最初に﹁統計学の理論﹂を問題にしよう。これは﹁統計手続の形式的側面﹂をとり上げる。換言すれば﹁統計方法の使 用﹂と云う特殊な方法的過程がもっところの形式的構、造を規定することを課題とするのであるが、そのためには、形式的 構造が規定せらるべきt﹁統計方法の使用﹂と云う一かの特殊な方法的過程が純粋に下士されていることを前提する。 ところで、この前提は﹁統計方法の使用﹂を統計学と規定するときすでにみたされていると云うことが出来る。統に述べ た如く、統計学のこの規定は実質科学的統計学を分解して﹁統計方法の使用﹂と﹁使用される薄象﹂とに還元し前者をと ったものに外ならぬ。したがってそこには問題の方法的過程が純粋に抽出されている。これを客体化するところに﹁統計学 の理論﹂が成立する。かくて﹁統計学の理論﹂はさきに問題にした﹁統計方法の使用﹂の意味における統計学の概念、﹁統 計方法の使用﹂と﹁使用される対象﹂との分離を基礎とするのである。 ﹁統計学の理論﹂の・威立のこの事情はその方法論的性格を根本的に制約する。こ、に方法論的性硲とはその方法論が課 題とする諸規.定の態度と基礎づけの仕方を云ひ、それはまた必然的にその方法論の構成原理ともなる。さてリューメリン における﹁統計学の理論﹂の方法論的性格は対象に対する方法の独立と優位によって特役付けられる。 ③ 先ず最初に方法規定についてみるに、統計方法を産み出したものが社会であることのすぐれた認識は方法規定において 何の役割をも演じない。むしろこれを否定することの中に方法規定の完成があるものの如くである。まさに、癬象の制約
は全く無視されているのである。統計方法がその組織の一応の完、灰期に膿遣した・かの普遍的適用性が極めて皮相的にと らえられて方法規定を支配したと云わねばならぬ。ところで対象の制約を無視するとき方法規定の根拠は何に求められ るであろうか。リュ1メリンはシェーンベルグの﹁提要﹄の﹃統計学﹄において﹁凡ゆる人聞的思惟の基本的方向﹂から出 発して統計方法の﹁本質﹂を規定する。統計方法の﹁本質﹂は州、凡ゆる人間的思惟の基本的方向の一つ﹂をなすものと続 ④ 計方法の構造とが重なh・合う部分に外ならない。統計方・法の﹁本質﹂が規定されると、これより続計方法の適用条件が誘 導される。 ﹃統計学の理論に款て﹄において、けんらんたる・そして才気あふれる文章をもつて示された所謂﹁個性的﹂ ⑤ ︵言︵嵩く笠=巳︶の概念はすなわちこ∼に云う適用条件の規定に外なら転15い。遮用条件をみたすものが統計方法の﹁対象﹂とさ れる・所謂撃墜︵一︵O園一〇一︵篇㍉︶または藁団概念L︵内g.・aぐξ・δがこれにあたる㌔こ、ではこれらに与えられ窺 定内容にまで立入って論明することを省いて坊く。リューメリンの﹁統計学の理論﹂の性格を知るためには、それらが続 計方法の﹁本質﹂から・一・適用条件を介してーー定まることを指摘するだけで一応の目的を蓬成することが出来るであろ う。かくて対象規定は方法規定の一前提または基礎ではなく一結果または結論をなすのである。対象規定が絡るとこ れが妥当する客体を研究対象としてもつ学問領域が応用領域︵2毫窪溜毒騎。・ご費Φ三ことして探索される。如何なる学問領域が 統計方法の応用領域となるかは薄墨規定の愛窮する客体がその学問領域において存在する頻度による。すなわち問題はす ⑧ ぐれて量的である。しかして、統計学を人煙に関する経験緩怠の共通穂助’学・ζする前遮の所論、或は統計方法を社会科学 ⑨ の研究方法とする前述の所論はかくの如.き探索を経て到還した結論である。 以上、要するに応用領域の規定は対象規定を前提し、難象規定は方法規定より誘導される。しかして方法規定において は人間思惟の基本的生掲的性質が方法の基礎として考えられているのである。 リュ三曲リンにおける一切の方法論的諸規定は著しく抽象的・形、式的である。方法規定ぱ統計方法における思惟形式的 リューメリンにおける統計学の構造と性格 ;︼
リューメリンにおける統計掌の構造と性格 ﹁四 側面の規定であり、対象規定は方法規定の外書11討象化で一片の実質性をも含まぬ。かくの如き抽象性と形式性はこれら の諸規定が人聞思惟の基本的生得的性格より直接間接誘導されることから結饗する。入聞の思惟形式は自然ならびに社会 の構造と蓬動制禦とが盗聞的実践を通して入聞的意識へ昇華したものである。この麗係を逆にして思惟形式から研究方法 を誘導し更に対象を規定することは大きな困難と欠陥を俘うことを覚悟しなければならぬ。思惟・形式・抽象性から導き 出されるものはいつまでもその様なものとしてとゴまるのである。リューメリンにおける方法論的諸規定もこれが例外を なすものではない。尤もリュ暑気リンにおいて抽象的形式的な諸規定の且一体化・実質化が全然なされておらぬかと云うに 決してそうではなく、多くの努力が払われているのであるが、その効果には大きな制約があるのである。けだし思惟・・形 式・抽象性の実在・内容・其休性への転化は外的にしか、したがって偶然的転化としてしか可能となり得ないからであ る。差当って対象規定の実質化について見よう。 リューメリンは対象規定が袋隠する客体を現実界に求めてこれを摘出する。例えば社会的集合概念。更にこれを分けて 人聞社会の﹁自然的﹂集団︵家族・氏族・麓族・民族・地方自治体・身分階級.・職業団体∴示教団体・組合︶と﹁人工的﹂ ⑩ 集団︵同年令者・既婚者・未婚者・盲人・自殺者︶。1これは明かに形式的なものにとゴまらざるを得なかった対象規 定の実質化を意味する。しかし現実界にもとめられ摘出されたこれらの客休について統計方法の適用の必然性を姐何にし て導きmそうとするのであろうか。その摘出が対象規定の外的袋当性によるかぎり、これらの客体の実質的基本的性質と ⑪ 対象規定との間には本質的な関係が成立していないし、統計方法の使用については可能性が論証されているだけで必然性 は毫も論証されていないのである。 次に方法規定の具体化の問題に移ろう。対象規定の髪当する客体は、対象規定に紺応合致する性質の野に蓮々なる実質, 的性質を有し、その中には前者と矛盾し統計方法の適用を阻止するものもある。敢てこれを措いて問わぬとしても統計方
法の適用のためには特殊な配慮を必要ならしめる性質も存在する。この配慮は云うまでもなく客体の如何によって相異ら ざるを得ないし、それ故にまた適用客体を特殊的に前提して問題にされねばならぬ。 リエーメリンの云う﹁統計学の技術﹂は適用客体を祉会とし、 これに対する上記の特殊な配慮を方法論的に規定するこ とを課題とする。 ﹁之は主要要当領域たる社会科学と最も重要な管掌形態たる冒庁統計を特恥に考慮した統.計方法使用の ⑫ ための技能論である﹂。こ、に吾々は対象規定の実質化にともなう警笛規定の其体化を見る。ところでこの具体化は方法規 定を完結したものとして前提した上でのことであり、その内容は完結した方法規定をそのま、実現するための具体的な手 続措置である。この手続措置の根拠は適用客体に一しかもこれにおける・方法規定安当の基礎となった性質以外のもの ⑬ に求められる。このことは注目されねばならぬ。 さて、﹁統計学の理論﹂は続計方法の基本的応用客体が社会であることを示し、祉会への方渉規定の機体化の問題を介 して﹁統計学の技術﹂と関係するに至った。いまやリューメリンはこの関係を基礎として﹁理論﹂と﹁技術﹂とをそれぞ れ構成部分とする統一的な方法論的学問八統計方法論﹀を構想する。ところで問題はこの統計方法論でめる。これに統含 されて構成部分となる﹁理論﹂と﹁技衛﹂とは基礎を異にする。すなはち、理論はその根拠を人閥思惟の基本的生得的性 ⑭ 質にもち、 ﹁技術﹂は社会にもつ。かくの如く基礎を異にするものを結合して﹁統計方法論﹂とすろことは便宜主義と云 ⑮ うより外にない・﹁理論﹂と﹁技術﹂との聞に横わる深淵は結合によってなくなることがなく、そのために統計方法論は 克服することの出来ぬ二元性をもちつゴけねばならないのである。
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閑︷醐葺①目P望9一蓉涛一旨の。客ロぎ﹃げqこ。=彗費レ=oFG。富q・博曇bo同トっ一G。● ズヨ岸。劉♂pp.ρM鉾PHH● 閑離巳巴一夢國①山。口一ぎ島︾目諒無け麟①v﹃”ω●卜σ瓠ら。・権田・前楊⋮訳臼田・四〇一頁。 リューメリンにおける統計学の構造と性格 3 一五@@
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⑫ リュ!メリンにおける統計学の構造と性絡 ’ 一六 男量毎犀きし。楚窪出︵ヨOQ。ぽ窪び窪陰麟碧色∪琴Fこ。ヒσへr6Q・b。Oメ 、 ﹁個性的﹂とはb伺類の纂例相互印圓の馬繋が著しく、二悪例の観察結某を他事例に及ぼし得ぬ状態を云い、 ﹁類型的﹂︵ξ三。・oεに 対立する.、この対立は集団概念と類概念︵︵糞⇔§﹂。昏遷.§︶との、また統計方法と愚管法︵穿島三^藁5︶との対立に関課する。人間 界ぱ個性的で自然界は類型的である。 謁Φ瓢2回暮畠﹀鼠3鋒Nρ﹄・尊q◎曽9なお﹃統計学の理論に就て﹄・補丁丁では﹁個性的﹂を﹁可 変的要因の存在﹂と規定している︵箆・評○ここα・饗ゴ権田・前掲訳書・四四三頁︶。 寮”唇。る翫ρ雷。ア蚕権出●前揚訳書西四五ヨ七頁・なお。・竃琵︵ぎし。§=謬巳図塾︶昼ら・目論b・。メにおいて は﹁複数もしくは群概念﹂︵℃冒昼∵皇窪¢﹃毛℃o昌び護ロ跨︶となっている。 閑職昌Φ鐸こし∩島Oロご。、鵯躍琶監製07も。ご09輝ψ団Oり一=臨なお﹃統計学の理論に就て﹄の中心的な部分撤この探索にき、げられている。 ︵因亀雪琵並≧券彗NρH”ψ鵠O一爲・ 権出・前掲書・三九八一四三五頁︶。 ﹁統計方法は他のすべての研究手段と同様に⋮⋮その形式的前提条伶が存在するところではどこにでも応用することが出来る﹂と既 に引用した様に規定した後、リュ西田リンはつゴけで云う一﹁如何なる駈でこの前提条件が許されるかを一般的規範において確定す ることは出来ない。しかしこの糠の概念︵複数または群概念1一−有閏︶の関与する機会が全くありえないか或は稀にしかありえない か或は屡々ありうるかと云うことは種々なる知識分野の性質によるものである﹂と︵oQ軍戸。。巳︵ぎ比島9ぴ。﹁窃薄き創ご=。Fo費・b。O㊤︶。 こ、では適用条件の満される頻度とそれを規定する学問領域の性質が問題にされているが、墓本的には頻度−1一量の問題である。 統計学および統⋮計方法を人⋮聞に関する科学または社会科学に結びつけること、統計万法の普遍帥出府義に関する規定との間に一見しτ 存在するかの如き矛盾は八統計方法の適用条件の規定←対象の規定←応殿領域の探索﹀と云う関蓮によって解漕する。 蒙ゴの目旦帽〃巴窪葺日︵一跨・郵罠ρ却澱.碧Oi磨権出・前町訳書・四四七−五唄頁。 この点についてのキスティァコフスキi︵目7主裁譲跳○〆<巴ハ一︶の批到は当を得ている︵肇①器ぎ。ヨ浄§山国一コNa≦霧曾﹂c。⑩ρQQ論ドb。・︶。 尤も彼は甚会約隻合概念、自然約ならびに静劇的集団のもつ上着の方法論的意義を看過しているが。 統計方法の社会への適用は国家の権力の下においてはじめて可能である︵統計が一般に官庁統計として現れる必然性︶。しかも特別 の機関・組織・手続を必要とする。これらの構成と蓮用は個々の場合において﹁自由にして変化的な任意﹂にゆだねらるべきもので はなく、一般的な規定を必要とする。こ、にこの一般的規定を課題として﹁統計藤.丁の技術﹂が﹁方法論的性絡をもつ一つの特殊な学 問﹂として成立する。それは﹁誓言餐当領域たる祉会科学及び最も重要な管掌形態たる官庁統計を特鶏に考慮した統計方法使用のた⑬ ⑭ ⑮ めの捜能論﹂である︵︼会琶。詳ごしり,鼠斡︷犀ぎこ。9∼ご日ごoH.咳=§き蓉F。。じσ︵︷4訟・b。諮f←。・︶。 統計調査のために国家権力を必要ならしあるところの往会の特殊な諸性質−−−塞間性、構隊員の多数性と意志︵調査に対する協力性︶ 等がこ\で問題になる.. リューメリンの湿声によると、 ﹁統計学の覆術﹂は本来ならば国家科学、特に行政学もしくは政治学に所圃すべきである。けだし統 計方法の使用が一般的麦認的には国家によってなされu ﹁統計掌の援術﹂ぱこのことを前提において形成された方法論的学科である から。これに対、して統計学の理論ぱ論理学に騎すへ﹀・9・︵︶ご界曽ご。 雰ロご。ヨポ壁帥.︵∀・−oな.皆P リューメリンにおける統計学の概念と構造を詳細に検討して来た吾々はこ、で一応その成果を要約して示すことが適当 である様に思われる。 吾々の得た成果は、先ず第一に、リエーメリンにおいて﹁、統計学﹂と観念されたものには二つのものがあった−一と云 うことである。それは﹁妙計方法の使用﹂の意味における続計学と統計方法論の意味における統計学である。第一の意味 における統計学は従来の実質科学的統計学を−一・鼻聾方法の普遍的意義の獲得を動機として一−﹁方法の使用﹂と﹁使用 される対象﹂とに・分解することによつて成立する。分解による﹁統計方.法の・便用﹂と云う方法的過程の純粋抽出は統計方 法論の形成の基礎を提供する。統計方法論はいまや純粋抽・出されたこの方法遍程を客観化しその形式的椿造の規定を課題 とするところに成立する。 また吾々は統計方法論に就て若干の結論を用意することが出来た。 先ず第一にその性格に就てQリューメリンは対象と は独立に方法規定を与え、方法規定より対象規定を誘導するQ封象に対する方法の独立と優位の見地が全構造を貫く。こ りューメリンにおける統計学の構造と性格 一七
リューメリンに鞍ける統計学の構造と性絡 一﹁八 、に見られる転倒性と皮相性iこれは統計方法論成立の条件にもとつく。第二にその点語に就て。 ﹁理論﹂と﹁技徳﹂ から成る。この一一つの構.成部・分は基礎を異にする。この二元的構成は続計方法論の上記性婚から云って必然的である。 ところで第一の・﹁統計方.法の使用﹂の意味における統計学の概念は、統計方法の普遍的意養の獲得を契.機とする実質 科学的統計学の解体の危機を収拾する上からそれ自体として意義をもつものであったが、論理的には第二の・統計方法論 の意味における統計学の形成のための前提としての媒介的な役割しかもたぬ。かくて二つの意味の統計学を関連的にとら えると、第一の意味における統計学は第二の意味における統計学によって形式的稽留を規定せらるべき対象となる。すな わち、第二の意味における統計学に第一の意味における続計学は全面的に収徹し、その結渠、そこにはたゴ一つ方法論的 統計学H︿形式科学としての統計学﹀、実質的には八第二の慧味における統計学﹀が残るだけである。かくてりエーメリン は形式科学としての統計学を志向するものであり、その統計.学の全構造は統計学形式化の傾向一−一よつて貫かれていると云 わねばなら諏。しかして第一の意味における続計学にみられる統計学の方法化は第二の意味における統計学の形成そのも のとともに統計学形式化の一階梯をなすと云うことが出来る。それらはいすれも統計学形式化の傾岡との関屋においてと らえられて始めてその本質をあらわにするのである。 ① リュ毒牙リンの統計学けドイツ祉会統計学の形・成確立に犬きな影響を与えた。特にドイツ祉会統計学の方法論的分野は リューメリンから有力な麦柱を提供された。リュ!メリンの統計学にドイツ祉会統箭学の方法論的﹁原型﹂を求める者があ っトー−としても、その人はおそらく不当の減りを受けることがないであろう。しかし事がリューメリンの統計学を貫くとこ ろの・かの形式化になると零態は橿.異って来る。下土の如く、リュ︷メリンによる統計学の形式化は国情応諾涯豹統計学を 疎外して統計岸の主流を政治算心的1ーケトレ量的続、計學とすることに拍車を加えてドイツ社会面計学の形成確立に大きく 寄与したけれども、さて形威確立されたドイツ社会統計学の支臨的潮流は形式科学としての統計学とかなりかけはなれた
ものであった。形式科学としての統計学の主張は無視し得ぬものであったが、なお統計学を実質科学として維持しようと する意慾には打ち勝つことが出来なかったのである。マイヤーは統計学に﹁実質的意味﹂におけるそれと相営んで﹁形式 内意味﹂におけるそれがあることを認め、しかも後者を﹁悉皆集団観察﹂︵①暑﹃曾蓼三。と塁窪き8訂3↑・・昌σq︶の手続とし、 ﹁集団事象を基礎とする社会生活を捕捉するために第一義的に重要である﹂とともに﹁社会言入聞生活の範囲外にも集団 状態と集団現象の存在するところいすれの場所においても用いることが出来る﹂とした。しかしながらこの普遍的意義は マイヤーにとっても実質科学としての統計学の解体に導くことが明かであっただけに、統計学を﹁形式的意味﹂において のみ見る見地は断乎拒否されねばならぬものとなったのであるQマイヤーは云っている一この見地は、 ﹁厳密に云えば 理論上必然に社会生活の状態と面謁についての、統計によって得られる一切の知識を結局はいろいろな他の一般祉会諸科 学や特殊社会諸科学にゆすり渡さねばならぬこと∼なる。概して努力を払って得た統計主謀の総体をこの様にして崩壌さ ② せることは健全な入間悟性に逆う〃認識論的11あるいは〃社会学的μ暴力行為である﹂と。しかし二十世紀に入ると事 情は相異るものとなった。統計学の形式化は既に遠べた様に実現する。あたかもリューメリンはこ、に復活したかの如く である。しかし果してそうであろうか−一吾々は前論に早急であっ・てはならぬ。ドイツ社会統計学の形成確立期に支配的 潮流となり得なかったところの。統計学の形式化と今Bにおけるそれとは果して同じものであるか。二十世紀におけるド イツ社会統計学の展開を跡づけることによってこの点に関する深く掘り下げた検討がなお吾々には必要である様に思わ れるのである。 ① ドイツ社会統計掌が社会的笑質費掌休系を作り上げるとき方法として統計方法をとる論拠は著しくリ紅玉メリン的である。すなわち リューメリンにおける統計学︵統計方法の使用︶の赴会科掌への、また統計方法の社会への結合を直接的に前提している様に思われ る。例えばマイヤτの﹃社会生活における合法則性﹄を見よ。統計方法、就中、大量観察法の対象を社会とすることにドイツ社会統 リューメリンにおける統計学の構造と性格 ﹁九
② リューメリソに方ける統計学の槽造と惟格 二〇 計学の独断を見る主彊︵杉巣・﹃理論統計学研究﹄・一九四〇年・立命舘出版部︶は上記の如き学史的媒介を看過したものと云い得な いであろうか。 o●︿・寓ξ♪し。巨裂岸・三〇畠亀訟︸pP葵二戸β噛同w∩fω﹀自hポ己○■。。b。臨大橋・前提訳書・八一一二頁。 ︵本稿は文部省昭和二十兀年度剤学研究助成金を受けて行・いつ、ある﹃ドイツ社会統計学史・特にその俵期変質過程の研究﹄の一部をな すものである。︶