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立憲主義の理論とルソー (滋賀大学経済学部開学十周年記念論文集)

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(1)

二三二

立憲主義の理論とルソー

 立憲主義という政治原理は、典型的には、市民階級が市民的自由の確保を目ざして絶対王政を打倒したときに現われた

ものであって、そこには、自由主義と民主主義とが巧みに結合せられているといえる。この場合、民主主義とは、国民自

治、つまり、国民U治者U被治者という等式をもって示される政治形態を指す。民主主義の語は、種々の意義に解せられ

殊に戦後のわが国では多義的であるが、右に示したところは、その本来の意義と認むべきものであり、プライスも﹁民主

主義︵U。日。。鑓。団︶なる語は、ヘロドトスの時代このかた、不断に使用され、国家権力が合法的に、一個または数個の特定

      

の階級ではなく、大体において、その社会の全成員の手に納められている政治形態を現わしておった。﹂ と述べている。  このような意味の民主主義の理論づけに最も貢献した学者としてルソーQ①き古。ρoΦの即。器ω窪F一刈這−刈。。︶を挙げること

には、何人も異議を唱えないであろう。しかしルソーの理論がそのまま立憲主義理論の一礎覧たり得たわけではない。と

りわけ、後に述べるように、ルソーは一種の専制主義者であると解する有力な学説さえある。若しかかるルソー観が正し

いとすれば、彼の民主主義理論は、立憲主義とは本来的に無縁であるとされるほかないであろう。冒頭に示したように、

立憲主義は、市民的自由の確保を目ざすものであり、専制主義者の理論から何ものをも負うべき筈はないからである。本

稿はルソーの理論がどのように立憲主義の理論と関連づけられるかを明らかにすることを目的とする。

(2)

一 ﹁社会契約論﹂の概観  ルソーは、国家・政治・法・経済・宗教・文学・演劇など、すこぶる広範囲にわたる著作をものした思想家であるが、        彼の民主主義理論を示す中心的な著述は、周知のように、社会契約論︵O。コ環簿oDo。戴=刈ひ悼︶である。  社会契約論の第一編第一章は  ﹁入間は自由なものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれている。自分が他人の主人であると思っているようなものも、 実はその人々以上にドレイなのだ。どうしてこの変化が生じたのか?わたしは知らない。何がそれを正当なものとしうるか? わたしは この問題は解きうると信じる。﹂

 という有名な言葉で始まり、引きつづいて人民の自由と服従について語っている。これによって知られるように、社会

契約論は、本来自由なるべき人間が国家権力によって拘束せられていることを如何にして理由づけることが出来るか、つ

まり、人間の自田との関係において、国家乃至国家権力の正当性を如何にして論証するか、という問題をとりあつかった

ものである。この問題に対するルソーの解答は、結論だけをいえば、祉会契約による国民の自律という考え方を用いて、 国家権力の拘束は国民自らの意志に由来するものであるから、国家権力の拘束を受けながらも、実は人間は自由である、

と解することによって、国家乃至国家権力の正当性を認めようとするのである。それは、国民自治を前提条件として、国

家権力の拘束の中に人民の自由を認め、国家の法において人民の自由の実現を見出す考え方といえる。  この考、兄方は必らずしもルソーの独創にかかるものとはいえない。彼以前に、既にイギリスのジョン・ロックが         ﹁政治権力は、專ら共同社会を構成する人々の契約と協定と相互の同意に、その起源をもつ。﹂﹁社会における入間の自由とは、国民の同 意によって設立された立法権以外のものに服しないことである。即ち、立法府が自己に与えられた信託に従って制定するもの以外には、 如何なる意志の支配にも、また如何なる法の抑制にも服しないことである。それ故に自由とは、ロバート・ブイルマーが﹃アリストテレ     立憲主義の理論とルソー︵森︶       二三三 駆

(3)

噂       二三四  スについての覚書﹂五五で言っているような﹁各人にとって妊きなように行動し、気儘に生活し、如何なる法によっても束縛されない自由﹄  ではない。政治社会に入った後の人々の自由とは、当該社会の中に樹立された立法権によって制定された所のすべての人に共通した生活         規範たる永続的な法をもつことである。﹂﹁自由とは他人の抑圧や暴力から解放されることであるから、法のないところには、自由があり          得よう筈がない。﹂

 などと論じているのは、根本において趣を同じくするというべきである。しかし、曽て述べたことがあるように、ロッ

クは右の如き所論を論理的に徹底して国民主権の理論にまで到達せしめることをしなかったし、また国家権力の制限によ

      

る自由の保障という別な原理に依拠する態度にも出ている。これに比するとルソーは一筋に、国家権力の根源を人民の意

志に求める国民主権の立場から、国家権力による拘束が人民の自由を侵すものではなく、却って国家権力乃至法の制約の

中にこそ自由が実現せられることを説いた。それは、遡れば、イエリネックが

 ﹁盲代の国家は、自由思想を実現する形式としては民主的国家形態以外にこれを知らなかったが、それは尤もなことである。何となれば  一元的に構成された国家においては、すべての人が支配に参与することが自由の唯一の可能な形態である  支配者が同時に暴君に服従          ⑦ することはあり得ない。﹂  と論じ、また、ロバート・フォン・モールが国家学全書の中で﹁古代では統治.への参与の中に自由が存するのに対し、         近代では出来る限り少く統治されることの中に自由が存する。﹂ と論じたギリシャ・ローマの民主政に通ずるものがある というべぎである。

 以上のようにルソーの所論の結論とも見られる点は、独創的ではないが、その結論に到るまでの理論の立て方は極めて

独創的、且つ透徹・一貫した論理の上に立っており、その中で彼は整然たる国民主権の理論を展開したのであった。以下

において、その概観を試みよう。        一  ルソーも亦、他の近代自然法思想の立場に立つ学者達と同様に、国家の成立の根拠を社会契約にもとめる。彼はいう。

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 ﹁いかなる人問もその仲間にたいして自然的な権威をもつものではなく、また、力はいかなる権利をも生みだすものでない以上、人間の あいだの正当なすべての権威の基礎としては、約束だけがのこることになる。﹂︵第一編第四章︶

このように、あらゆる正当な権威の基礎となる約束−社会契約が、如何なる機能をはたすか、という点について、彼は

 ﹁﹁各溝成員の身体と財産を、共同の力のすべてをあげて守り保護するような、結合の一形式を見出すこと。 そうしてそれによって肩入 が、すべての人々と結びつきながら、しかも自分.自身にしか服従せす、以前と同じように自由であること。﹄ これこそ根本的な問題であ り、社会契約がそれに解決を与える。﹂︵第一編第六章︶

と論ずる。さぎにも述べたように、これこそ、国家権力の制約の中に自由が実現せられているごとを明らかにしょうとし

た﹁社会契約型﹂の主題であるが、これを論証する鍵は、彼独自の一般意志︵︿。δ暮⑰な鼠邑①︶の概念である。彼はいう。  ﹁第一編で明らかにされた諸原則から、第一に生まれてくる、そして最も大切な結果は、国家をつくった目的、つまり公共の幸福にした がって、国家のもろもろの力を指導できるのは、一般意志だけだ、ということである。なぜなら、個々入の利害の対立が社会の設立を必 要としたとすれば、その設立を可能なものとしたのは、この同じ個々人の利益の一致だからだ。こうしたざまざまの利害の中にある共通 なものこそ、社会のきすなを形づくるのである。そして、すべての利益がそこでは一致するような、何らかの点がないとすれば、どんな 社会も、おそらく存在できないだろう。ところが、社会は、もっぱらこの共通の利害にもとづいて、治められなければならぬのである。﹂  ︵第二編第一章︶

 このように一般意志は、当該社会の構成員の共通の利益に立脚し、その実現を目ざす。それ故に

 二期意志は、つねに正しく、つねに公けの刹益を目ざす。L ﹁全体意志︵くO一〇旨叶⑪ 鎚Φ 仲O¢Q励︶と一般意志のあいだには、時にはかなり相 違があるものである。後者は、共通の利益だけをこころがける。前者は、私の利益をこころがける。それは、特殊意志の総和であるにす ぎない。しかし、これらの特殊意志から、相殺しあう過不足をのぞくと、相違の総和として、一般意志がのこることになる。﹂︵第二編第 三章︶  と説く。また、このような一般意志は投票による多数決によって決まるが︵第四編第二章︶、       サ  ﹁意志を︸般的なものにするのは、投票の数よりもむしろ、投票を﹁致させる共通の利害であることが、理解されなければならない。な 立憲主義の理論とルソー︵森︶ 二三五

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      二三六 ぜなら、この制度においては、各人は、他入に課する条件に必然的に自分もしたがうからである1公共の決議に公平の性格をあたえる 利益と正義とのすばらしい調和。ところが、すべて個別的な事がらを議論する場合には、裁判官の行動原理と当事者のそれとを一致させ 同じものにする共通の刹害が存在しないから、この公平は消えてしまうのだ。L︵第二編第四章︶

 とも説く。かくの如く、一般意志は、当該社会の各構成員が一切の私的。個別的利害を離れ、均しく共同の利益を志向

することによって成立し、従って常に正しいものである。一般意志がこのような特殊な性格をもつものであればこそ、人

はそれによって制約をうけ乍らも、依然として自由であり得るのである。そして彼によれば、かかる一般意志の行使が主

権にほかならず︵第二紐帯︸章︶法も亦一般意志の現れである。そこで一般意志が既に述べた如き性格のものであるとすれ

ば、彼においては、法をつくるのは誰の職分か、君主は法を超えるものか、法が不正でありうるか、人が自由であってし

かも法に従っているのはどうしてであるか、などという問題は、すべて不必要になってしまう。 ︵第二編第六章︶法は一般 意志である、という命題の中に、自明的にこれらの問題の解答が示されているからである。法をこのように考えた彼は、 更に、  ﹁わたしは、法によって治められる国家を、その行政の形式がどんなものであろうとすべて共利国とよぶ。なぜなら、その場合において のみ、公けの利益が支配し、公けの事がらが軽んぜられないから。すべて合法的な政府は、共和的である。﹂︵第二編第六章︶  と述べ、この最後の﹁共和的﹂の語に註を附して      .  ﹁この言葉によって、わたしは、貴族政または民主政だけを意味しているのではない。一般に、一般意志  すなわち法一1によって導 かれるすべての政府を意味している。合法的であるためには、政府は主権者と混同されてはならす、主権者のしもべでなければならない。 この場合、君主政そのものさえ共和的・となる。﹂  と記している。我々は此処に、あらゆる国家において、主権者は常に国民でなければな.らないという、徹底的な国民主

権の主張を見ることができる。彼が

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 ﹁︹国家の︺構成員についていえば、集合的には人民︵℃窪覧Φ︶という名をもつが、個々には、主権に参加するものとしては市民︵Q仲㌣ 因襲。。︶、国家の法律に服従するものとしては臣民︵ωε①誘︶とよばれる﹂︵第一斎宮六章︶﹁政治体の本質は、服従と自由との合致にあり、  ﹃臣民﹄と﹃主権者﹄という言葉は、盾の両面であって、この言葉の意味は、 ﹃市民﹄という一語の下に結合している。﹂︵第三編第二二 章︶

 と述べているのも、同様の考え方である。かくてルソーは、彼独自のコ強意志しの概念に拠って、国民11治者11被治

者という等式をもって示される民主主義の政治形式を最も明確に理論づけた、ということができる。 ニ ルソーは専制主義者か

 ところが、このように徹底した国民主権の理論を提唱するルソーを目して、専制主義者と解する有力な説がある。また

彼の所論の中には、外観上これを裏付けるとみられる所もある。例えば彼は社会契約の諸条項について述べたあとで

 ﹁この諸条項は、正しく理解すれば、すべてが次のただ一つの条項に帰着する。すなわち、各構成員をそのすべての権利とともに、共同 体の全体にたいして、全面的に譲渡することである。⋮⋮もし社会契約から、その本質的でないものを取りのぞくと、それは次の言葉に 帰着することがわかるだろう。 ﹃われわれの各々は、身体とすべての力を共同のものとして一般意志の最高の指導の下におく。そしてわ れわれは各構成員を、全体の不可分の一部として、ぴとまとめとして受けとるのだ。﹂﹂ ︵第一編第六章︶といい、また﹁ちょうど、自然 が各々の人間に、その手足のすべてにたいする絶対的な力を与えているように、社会契約も、政治体に、その全構成員にたいする絶対的 な力を与えるのである。そしてこの力こそ、一般意志によって指導される場合、すでにいったように、主権と名づけられるところのもの なのである。﹂︵第二編第四章︶

 と述べている。このような所説からみると、彼は、国家権力をもってしても侵し得ない自然権  天賦人権を認める自

然法思想から離れて、一般意志乃至主権の絶対性を認める法実証主義の立場に移り、ホッブスを思わせるような仕方で主

権の絶対性を主張しているとみられる。この点を強調したのはイエリネックである。イエリネックは、フランスの学者ジ

     立憲主義の理論とルソー︵森︶      二三七

(7)

二三八 ヤネーが従来の通説にしたがって、フランス人権宣言の思想をもってルソーの社会契約論に淵源するとしたのを批判し、  ﹁余はジャネーの如きルソーの研究家にして、如何にして此の如き世俗の見解に従える意見を主張し得たるやを怪しまざるを得ず.。社会 契約論の主張せる所は、唯一あるのみ、即ち個人のすべての権利は全然これを社会に譲与することこれなり。⋮⋮人類が社会においても 原来の権利を有し、その権利は、以て主権の法律上の制限たる可しとの思想は、ルソーの明らかに自ら排斥せる所なり。⋮⋮然るに入権 宣言は国家と個人との間に永久の限界線を劃し、立法者をして常にこの限界を遵守せしめ、永久に﹃入類の巨然的の、譲るべからざる、 神聖の権利﹄としてこれを束縛せんと欲するものなり。この故に社会契約論の主義は、人権宣言とは恰も正反対なるものなり。社会契約         論の結果は、個人の権利には非す.して、法律上無制限なる一般意志の万能力なり。﹂  と述べている。またデュギーも、社会契約論について  ﹁自由主義的個人主義に充たされ、而も国家権力を制限すべき基本的義務を世界に宣言しているところの入権宣言の対賑に立つものであ る。﹂﹁ルソーは。シャコバン的専制主義とケーザル的独裁主義との父である。しかも一層精密に観察するなら、カントやヘーゲルの絶対主       ⑩ 義理論の鼓吹者でもある。﹂

 というようにイエリネックよりも一層激しい批難を加えている。このほか、ルソーを専制主義者とする見解は、広くア

   ⑪       ⑫         ⑬ ドラーやラードブルッフやハスバッハなどによっても承認されている。

 ところが社会契約論の中には、右の如き見解に鋭く反伍する記述が見出される。例えば

 ﹁自分の自由の放棄、それは人間たる資格、人類の権利ならびに義務をさえ放棄することである。何びとにせよ、すべてを放棄する人に は、どんなつぐないも与えられない。こうした放棄は、人間の本性と相いれない。そして、意志から自由を全くうばい去ることは、おこ ないから道徳性を全くうばい去ることである。要するに、約束するとき、 一方に絶対の権威をあたえ、他方に無制限の服従を強いるのは 空虚な矛盾した約束なのだ。﹂︵第一編機四章︶ ﹁われわれは、この公けの人格︵国家を意味する  筆者︶のほかに、これを構成してい る私人たちを考えねはならない。そして後者の生命と自由とは、本来、前者とは独立のものである。そこで、市民たちと主権者との、そ れぞれの権利を区別し、また市民たちが臣民として果さねばならない義務を、人間としてうくべき自然権から、十分に区別することが問 題となる。⋮⋮そこでわかることは、主権は、いかに絶対的であり、いかに神聖であり、いかに侵すべからざるもので誤ろうとも、 ↓般

(8)

 的な約束の限界をこえないし、また、こえられないこと、そして、すべての人は、これらの約束によって彼にのこされているかぎりの彼  の財産、自由を十分に用いるこどができる、ということである。﹂︵第二編第四章︶

 などという記述をみると、彼は自然法思想に拠り、自然権を承認し、主権の本来的な制限を主張していると思われる。

そしてこの点を重視する学者は、社会契約において放棄されるのは、すべての自由ではなく、単に身体と所有物に対する

        事実上の支配、つまり自救権のごときものにすぎないと解する。

 以上の如き二種のルソー観は、ルソーの所論に矛盾のあることを思わせる。たしかにルソーは、主権乃至国象権力の絶

対性を認める法実証主義の立場に足を踏み入れ乍ら、しかも自然法思想を離脱していない。この矛盾にはルソーも悩んだ

ことであろう。一つの解決方法は、従来の自然法思想家とは趣を異にして、社会契約を以て歴史的事実とは考えず、主権

.を説明するための論理的仮設と老えることである。これはルソーも考えたことで、 ﹁ジュネーブ草稿﹂では、はっきり社        

会契約をフィクショナルなものとしている。しかし社会契約論ではこの考え方は顕わに示されていない。社会契約論にお

いて、この矛盾を除去する鍵と老えられているのは、﹁常に正しく常に共同の利益を目ざす﹂一般意志の性格であると思わ

れる。一般意志が常に正しいものであれば、それが専断的権力として人々の自由を不当に侵すことはあり得ない。まこと

にブートミーが指摘したよう.に﹁ルソーは哲学者が神について形作る所の観念を主権者に適用する。彼は自己の欲するこ       

とは何でもできる。然し彼は悪を欲することはできない。けだし悪は彼の本質に反するから。﹂従って人々は一般意志即

ち主権に絶対的に服従することによって、却って自然状態におけるよりも安定した自由を享受することできる。ルソーが

 ﹁社会契約によって人間が失うもの、それは彼の自然的自由と、彼の気をひき、しかも彼が手に入れることのできる一切についての無制  限の権利であり、人間が獲得するもの、それは市民的自由と、彼の持っているもの一切についての所有権である。このうめあわせについ  て問違った判断をくださぬためには、個々人の力以外に制限をもたぬ自然的自由を、一般意志によって制約されている市民︹盛会︺的自  由から、はっきり区別することが必要だ。さらに、最初にとった者の権利︹先占権︺あるいは暴力の結果に他ならぬ占有を、法律上の権      立憲主義の理論とルソー︵森︶       二三九

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二四〇 原なくしては成り立ちえない所有権から、はっきり区別することが必要だ。﹂︵第⋮編隊八章︶

 と述べているのも、この意味であろう。このように見てくると、ルソーを以て専制主義者とするのは、彼の一般意志の

性絡を理解しないことに基く謬見であるといわざるを得ない。社会契約論の内容を革命的民主主義、人民独裁の国家の理

   

論づけとみるのも当らない。ルソーは市民的自由を何よりも価値高いものとしているのである。ただ彼は、一般意志即ち

主権が常に正しいという前提に立つために、主権に対する不信の念に立脚する自由主義的立場に予々し得なかった。国家

権力の濫用に対して市民的自由を確保するための三権分立制  自由主義の制度的表現と呼ばれる一は、ルソーからす

      

れば、主権不可分の原則に反する荒唐無稽の手品である。︵第二編第二章︶彼においては、主権は常に正しい﹁.一般意志﹂

の行使であるが故に、主権による拘束の中に、おのずから市民的自由が完全に確保せられる。かかる彼の所論は、民主主

義と自由主義との相違を明確に示す。ルソーは徹底した民主主義者であるが自由主義的ではなかった。 三 立憲主義理論とルソーとの関連

 ルソーが立憲主義の理論に大きな貢献をしたのは、その徹底した民主主義論によってであるが、それを更に詳しく検討

するためには、彼が現実の政治制度としてどのようなものを考え、主張しているか、を見る必要がある。

 ルソーは﹁臣民と主権者との間の相互の連絡のために設けられ、法律の執行と、市民的および政治的自由の維持とを任

務とする一つの伸介団体﹂を﹁政府﹂と呼び︵第三編第一章︶、かかる政府の形態によって君主政・貴族政・民主国の三種 を区別する︵第三編第三章︶。彼によれば政府の構成員は行政官と呼ばれ、これに一人をあてるか、少数の人をあてるか、

人民全体をあてるか、によって、右の三種の区別があらわれるのであるが、どんな政府が絶対的にもっともよい政府であ

るかは決定し得ず︵第三編第八章・第九章︶一般的には、﹁民主政は小国に適し、貴族政は中位の国に適し、君主政は大国に

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適する。L︵第三編第三章︶ ﹁君主政は、富みさかえた国民にしか適さない。貴族政は規模においても、富においても、中 ほどの国家に適し、民主政は貧しい小国に適する。﹂︵第三編第八章︶また﹁正確にいえば、単一︹形態︺の政府なるもの は存在しない。﹂として混合政府について論じている︵第三羅綾七章︶。そして彼は、これら各種の政府形態について、それ

ぞれの利害得失を詳論している。ここで特に注目されるのは、政府形態としての民主政について

 ﹁民主政という言葉の意昧を厳密に解釈するならば、真の民主政はこれまで存在しなかったし、これからも決して存在しないだろう。⋮ ⋮もし神々からなる人民があれば、その人民は民主政をとるであろう。これほどに完全な政府は人間には適しない。﹂︵第三編第四章︶

 としてこれに対し批判的な見解を示していることである。しかし君主政や貴族政を承認し、また民主政に対してかなり

否定的な言葉さえ述べている彼の政府形態の説明は、余り重要視されてはならない。重要なことは、これらの政府形態の

いずれを採るかを決めるのは、常に主権者たる人民である。彼においては、主権が一.般意志の現れである以上、政府形態

は人民によって自由に取捨選択さるべきである。だから、前にも述べたように、政府形態の如何にかかわらず、あらゆる

国家は、彼のいう﹁共和政﹂でなければならないのである。

 更にまた、法が一般意思である以上、政府形態の如何にかかわらず、あらゆる国家において、立法者は人民でなければ

ならない。彼はいう。  ﹁法は一般意志の行為に属する以上、法をつくるのは誰の職分かと問う⋮⋮ことは、もはや不必要なことだ﹂ ︵第二編第六章︶、﹁法は本 来、社会的結合の諸条件以外の何ものでもない。法にしたがう人民が、その作り手でなければならない。社会の諸条件を規定することは 結合する人々だけに属することである。﹂︵同上︶、 ﹁立法権は人民に属し、また人民以外のものに属しえない。﹂︵第三編第一章︶

 しかも、彼によれば、こうした人民の立法権は、全人民の集会によって行われねばならない。即ち

 ﹁法は一般意志の正当な働きに他ならないから、人民は集会したときにだけ、主権者として行動しうるであろう。﹂︵第三編第一二章︶  ﹁人民の集会が、一連の法律を承認することによって、一たび国家の憲法を定めたところで、それで十分だといえない。永続的な政府を     立憲主義の理論とルソー︵森︶       二四一

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       二四二 設立したり、または、ただ一度で最後的に行政官の選挙の方法を用意したところで、十分だとはいえない。思いがけない事態がどうして も必要とするような、特別の集会のほかに、何ものも廃止ないし延期しえない、定期の集会が必要である。L︵第三編第一三章︶ ﹁人民が 主権をもつ団体として、合法的に集合するやいなや、政府の裁判権は全く停止され、執行権は中絶され、最下層の市民の身体も、最上級 の行政官の身体と同じく神聖で不可侵なものになる。というのは、代表されるものが、みすから出ているところには、もはや代表者は存 しないからだ。﹂︵第三編第一四章︶

 このようにルソーは、立法権について国民集会がこれを行うべきことを強く主張する。そして国民集会を空想と考える

人達に対しては、ローマ共和国の例をあげて、大国においても決して不可能ではないと反論し、更にイギリスの代議政を

        

酷しく批難した。かかる徹底した立法権についての直接民主政の主張は、主権を一般意志の現れと解した彼の論理の必然

的帰結でもあった。彼はいう。  ﹁主権は本質上、一般意志のなかに存する。しかも、 ﹁般意志は決して代表されるものではない。一般意志は、それ自体であるか、それ とも、別のものであるかであって、決してそこには中間はない。人民の代議士は、だから一般意志の代表者ではないし、代表者たりえな い。彼らは、人民の使用人でしかない。彼らは、何ひとつとして決定的な取りきめをなしえない。入民がみずから承認したものでない法 律は、すべて無効であり、断じて法律ではない。﹂︵第三編第一査章︶

 要するにルソーは、彼独自の一般意志の概念を用いて、国民興治者11被治者の等式をもって示される民主主義の政治形

式を、曽って何人も企て及ばなかった程明確に、且つ体系的に理論づけ、それを実現する現実の政治制度として立法権に

ついての直接民主政を主張した。そして、かかる政治形式の中に、人民の市民的自由はおのずから確保せられると考えた。 これは、市民的自由の確保を目ざして絶対王政を打倒した市民階級にとって、珠玉にも比すべぎ価値高い理論であった。

 しかし立憲主義の理論は、ルソーの理論をそのままの姿でとり入れることはできなかった。それは特に二つの点で、重

大な変容をうけた。

(12)

 第一ば㌔主権不可分の主張で曇るひ主権ば一般意志の行使にぽかならないと考えた川ソーにおいては、当然、主権は完

全に一体として国民に存しなければならない。そこで前に一言した如く彼はモンテスキュー1先輩に敬意を払ってか、

この名を顕わにせず、単にわが国の政治学者たちと言っているが︵第二編第二章︶  の三期分立論を荒唐無稽な手品とし

て批難した。しかしルソーの場合は、一般意志一従って主権は﹁常に共通の利益を目ざす正しいもの﹂という前提に立

っている。ところが現実の主権乃至国家権力は必ずしもそうではなく、寧ろ常に専断的権力と化し、人民の自由を侵す危

       ヤ

険性がある。こういう現実の上に立つと、三権分立によって権力の相互的な均衡抑制を計ることは、極めて有益である。

そこで立憲主義は、ルソーの反対にも拘らずこの自由主義的な原理をも採り入れた。そしてルソーの主張した基本的原理

たる国民自治は、行政権および司法権の準則となるべき法を定立する作用、即ち立法権を国民の手に留保する、という形

式でこれを実現した。それは、市民的自由を確保するという究極の目的のために、モンテスキューとルソーとを巧みに結

合したものということができる。

 次に、ルソーの理論で変容をうけざるを得なかった第二の点は、主権不可譲渡の主張である。主権は一般意志の行使に

ほかならないと考えたルソーは、前に述べた如き立法権についての直接民主政を主張し、イギリスの代議政を批難した。 hともかく、人民は代表者をもつやいなや、もはや自由ではなくなる。もはや冷罵は存在しなくなる。L︵第三編第十五章︶

とまでいっている。しかし立憲主義の理論は、彼の反対にも拘らず、イギリスに範をとる議会制度を採り入れた。数百万

数千万の人口を擁する近代国家において、彼の理論を実現することは技術的に不可能であったし、比較的小さな国家にお

いても、﹁権利と自由とがすべてであるところでは、不便は物の数ではない。﹂︵第三編第十五章︶という彼の主張は、やは り抽象論であって、現実的にはその不便に堪えられないのである。

 立憲主義の理論がルソ㌃の所論に忠実に従い得なかった以上の二つの点は、畢寛、彼の理論の中核を構成する二軍意

    立憲主義の理論とルソー︵森︶       二四三

(13)

二四四 志しが一の理念であって、現実から程遠く離れていることに由来するといえるであろう。もともと﹁常に正、しく、常に共

通の利益を目ざす﹂絶対的に正しい一般意志は現実には存しない。ルソーはかかる理念に立脚して主権の不可分、不可譲

渡を説いたのであり、従ってその所説は現実的ではない点を含むことをまぬがれなかったのである。

 けれども、ルソーの一般意志の理論は、純粋な民主主義の理念を示すものとして、今も尚高い価値をもっている。こと

に右の第二の点について立憲主義はいつもルソーに近づこうと努力しているともいえる。例えば選挙制度における比例代

表法の研究・採用は、全人民の意志をいかにして正確に議会に反映するか、の努力の現れであり、議会の意志を﹁一般意

志﹂に出来る限り近づけようとするものと這うるであろう。比例代表法は、極端な場合を想定して国民全部が一入一党で

あるとすれば、国民の数と議員の数とが一致することを要請するものだからである。更にまた二十世紀の諸国の立憲主義

憲法が国民投票制度を採用しているのも、ルソーの理論への接近と見ることがでぎる。議会制度における最も重要な問題

点の一は、議員、従って議会の意志と、国民の意志との不一致という可能性であり、国民投票制はこれに対処するための

直接民主政的原理に立脚する制度といえるからである。 ①bσ曼。ρζoα①毎U①ヨ。。話9①9松山訳岩波交書近代民主政治第一巻三五頁。なカブライスは、民主主義という語が極めて広い意味   に用いられる場合のあることを指摘して﹁民主政治および民主的なる語は、特定の政治形態を表示するものに過ぎないけれども、それ   は特に合衆国、カナダ、オ⋮ストラリや等においては、社会的な、実に殆んど道徳的な性質を帯び、感じのよい聯想を伴うようになつ   ている。この語の形容詞は、単純な友情的な心持ちの温情に富む態度の人物、財産や地位がどのようであっても、その優越した地位を  鼻にかけることなく、注意深く財産・地位の劣っている隣人達と平等な関係に立とうとする調和的な人物を形容するに用いられる。﹂   と述べている。 ︵上掲三八頁︶ ②わが国でも古くから読まれ、邦訳も以下の如く多種存する。民約論・服部徳訳︵明治∼○年︶、民約訳解・申江兆民訳︵明治一五年︶  民約口覆義・原田潜訳︵明治一六年︶、民約論・藤田貞二訳︵大正八年︶、民約論・市村光恵森口繁治共訳︵大正九年忌、民約論・平林  初之輔訳︵大正︼二年人文会、昭和二年岩波文庫︶、社会契約論・井伊玄太郎訳︵昭和ニニ年︶、民約論・根津憲三訳︵昭和二三年︶、   社会契約論.桑原武夫.前川貞次郎訳︵昭和二九年︶。本稿では最も新しい桑原教授等の訳文に拠ることとし允。

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③﹂.い。島ρ↓﹃①。。①8巳膚。彗ω①。︷9註σq。奉言日①一洪⑰三■

④旨r8犀ρ8・o置⑰口P

⑤旨い。簿p8.9け伽零・ ⑥拙稿﹁ジコ.ン・・ソクと立憲主義の理論﹂大畑丈七博士還暦記念論選集︵彦根論叢四六・四七合併号︶ ⑦Ω・冨=言ΦぎとHαqΦ日①言①Qり$鎮。。8冨ρ⊂。.諺口中OQ■G。Pc。一ρこの意味の自由は最近岡本教授によって、﹁拘束からの自由﹂と区別せ  られる﹁拘束力への自由﹂として取扱われている。岡本清一・自由の問題参照。 ⑧国⇔N二巴。℃餌象ρ一︾q酔︵一cqαO︶ω・ωお︵○・匂Φ蒔昌粛−勲Pρω.po刈︾口器こイエリネソクに依ればこの考え方は山臨島Φ昼ぴ目帥コ鎚  ︵OΦG・。三。窪①・.ω逢①βω.悼ひ3嘲富σ薯ξ①︵ぴ.両§gの①ω=巨什①。。=c。ひこ。や§臣︶曽馨・﹃αΦ9巳p轟①︵訂。鼠⇔旨且鼻  や悼ひ繰h目く.目。げ⇔℃.×<昌H.︶ などによっても認められている。 ⑨O■︸亀冒①ぎσ冨団H匹碧ロコσq蜘臼ζo霧島㊦〒ロ⇒温しσ耳σq①昌①。腎ρ図ぎω①帥叶話σqN口Hヨ。餌Φ毎g<Φほp。器ロコσq。。σq①。。。鉱。窪①、美濃部達  吉訳・人権宣言論七頁以下。 ⑩い⑰8Uqσq巳戸日﹃oい㊤名⇔⇒らけげΦ禦象ρ堀真琴訳・法と国家四四頁。 ⑪ ζ罠︾臼興唱.∪冨Go鼠簿ωき庸霧。・ロ昌嘩q山Φのζ錠臨。・日口の.︵︻OP鱒︶ψ一ムP       ヒ ⑫O島雷く幻節匹げ崖。互国5密げ旨p㎝qぼ象①園Φ。算ω三。。も・Φ富ωoげ既叶.NFc。■︾ρ中尾高朝雄・碧海純一訳・法学入門六〇頁。 ⑬芝=﹃鉱日国器訂9、9①ζo餓Φ白ΦUΦ旨。ζ餌鉱p悼、﹀自トらト。一.ω二刈︷■ ⑭恒藤武二・ルソーの﹁社会契約﹂説と﹄般意志しの理論、桑原武夫編・ルソー研究一三五頁。

⑮同右コ三頁。

⑯国巳冨切〇三ヨど国窪阜9娼。一帥瓢ρ器ω℃や冨S加藤新平・国家権力の正統性五一頁。 ⑰ 河野健二・社会契約論解説、岩波文庫社会契約論 二二三頁以下はこの見解をとる。 ⑱彼はいう。﹁日本のヤシが、見物人の目の前で子供のからだをバラバラにし、それから、その手足を次々に空中にほうりあげると、  それらがすべて集って、生きた子供となって再び落ちてくる、といわれている。わが国の政治学者たちの手品も、ほとんど、このよう  なものである。﹂ ⑲﹁イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ば  れるやいなや、イギリス人民はドレイとなり無に帰してしまう。その自由な短い期間に、彼らが自由をどう使っているかをみれば、自  由を失うのも当然である。﹂ ︵第三編第一五章︶ 立憲主義の理論とルソー︵森︶ 二四五

参照

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