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子どもの虐待と学校教育

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2019-03-31

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子どもの虐待と学校教育

善 明 宣 夫

はじめに 虐待による死亡事件を背景に、政府は学校を長期欠席 している子どもの安全確認のために緊急調査を実施し、 その結果を先日公表した。調査では2019年⚒月⚑~14日 に一度も登校していない子ども187,462人を対象に面会 を行った結果、面会ができた167,156人のうち、過去に 児童相談所に一時保護されていた等の理由から「虐待の 恐れがある」と判断されたのは2,656人、また面会がで きなかった20,306人のなかで「虐待の可能性が否定でき ない」と判断されたケースは9,889人に上ったとしてい る(朝日新聞,2019年⚓月29日付)。後述のように、虐 待の問題は教育ネグレクトによる長期欠席(不登校)や、 非行、いじめ等とも深く関係しており、生徒指導上の諸 問題の背景に子どもの虐待が見え隠れすることも多い。 そこで本稿では、子どもの虐待について、その定義やし つけとの違い、虐待の現状やその背景、子どもに与える 心理的影響等について考察し、関連機関との連携を含 め、この問題に対する学校教育の役割や課題について考 えてみたい。 (⚑)子ども虐待のとらえ方と定義 子どもの虐待はその心身の発達や人格の形成に深刻な 影響を与えるもので、子どもに対する重大な権利侵害に 当たる。2016(平成28)年に改正された「児童福祉法」 の第⚑条には「全て児童は、児童の権利に関する条約の 精神にのっとり、適切に養育されること、その生活を保 障されること、愛され、保護されること、その心身の健 やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその 他の福祉を等しく保証される権利を有する」とあり、こ れまでの福祉の対象としての子どもから、権利主体とし ての子どもへと視点の大きな転換が図られた。従来、親 が虐待に当たる行為をしつけの一環と主張することも多 く、しつけと虐待との境界については曖昧さがつきま とってきた。虐待防止活動の共通の目的である子どもの 育ちや自立の保証という観点からしても、しつけは子育 てには欠かせないもので子どもの育ちや自立を促すもの と考えられるが、虐待は子どもに深い傷跡を残し、自立 を阻害する重大な要因となる。このように、子どもの虐 待は、家庭内におけるしつけとは異なり親権や懲戒権に よって正当化されるものではなく、権利主体である子ど もの目線に立ったとらえ方が重要であって、子どもの権 利擁護を最優先にした対応が求められている。 2000(平成12)年に「児童虐待の防止等に関する法律」 (以下「児童虐待防止法」という)が成立した。その後 の改正を踏まえた定義によれば、児童虐待とは保護者 (親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現 に監護する者)が監護する児童(18歳に満たない者)に 対して行う身体的虐待(児童の身体に外傷が生じ、また は生じる恐れのある暴行を加えること)、性的虐待(児 童にわいせつな行為をすること、または児童をしてわい せつな行為をさせること)、ネグレクト(児童の心身の 正常な発達を妨げるような著しい減食または長時間の放 置、保護者以外の同居人の児童に対する身体的虐待、性 的虐待、心理的虐待の放置、その他の保護者としての監 護を著しく怠ること)、心理的虐待(児童に対する著し い暴言または著しく拒絶的な対応、家庭内での配偶者に 対する暴力、その他の児童に著しい心理的外傷を与える 言動を行うこと)として、「身体的虐待」「性的虐待」「ネ グレクト」「心理的虐待」の⚔つの行為類型が規定され ている。 (⚒)子ども虐待の現状 「平成28年度 福祉行政報告例」(厚生労働省)や「平 成30年版 子供・若者白書」(内閣府)によれば、マスコ ミの報道による一般や関係機関の意識の高まりに伴い通 告が増加したこと等を背景として、児童相談所での児童 虐待相談の対応件数は年々増加しており、2016(平成28) 年度の対応件数は122,575件で、前年度に比べ19,289件 (18.7%)の増加、また児童虐待防止法施行前年度の 11,631件に比べると約10.5倍増加している(図⚑参照)。 相談の種別をみると、「心理的虐待」63,186件(51.5%)、 「身 体 的 虐 待」31,925 件(26.0%)、「ネ グ レ ク ト」 25,842件(21.1%)、「性的虐待」1,622件(1.3%)と、 「心理的虐待」が最も多く、続いて「身体的虐待」となっ ている。なお、こうした種別間の順位関係は2013(平成 25)年度以降変わっていない。子どもの生命が奪われる といった重大な児童虐待事件も跡を絶たず、同年に警察

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が検挙した児童虐待事件の被害児童1,108人のうち67人 が死に至っている。 被虐待者を年齢別にみると、「⚗~12歳」が41,719件 (34.0%)と最も多く、次いで「⚓~⚖歳」が31,332件 (25.6%)、「⚐~⚒歳」が23,939件(19.5%)となって いる。主な虐待者の割合をみると、「実母」が48.5%、 「実父」が38.9%である。また同年度に児童相談所に寄 せられた虐待相談の経路をみると、警察等からの相談が 54,812 件(44.7%)と 最 も 多 く、次 い で 近 隣・知 人 17,428 件(14.2%)、家 族 9,538 件(7.8%)、学 校 等 8,850件(7.2%)となっている。ここ数年警察等からの 児童相談所への相談が増加している要因として、心理的 虐待に当たる家庭での配偶者等に対する暴力がある事案 (面前 DV)について警察からの通告が増加しているこ とが挙げられている。なお、本稿のテーマと関連する学 校等からの相談は、ここ10年間をみると全体の約⚑割と なっている。 (⚓)子ども虐待のリスク要因 多くの研究者が指摘するように、子どもの虐待に対し て社会的関心が高まり、深刻な社会問題としてマスコミ で取り上げられるようになったのは1990年代以降であ る。今日では、子どもの虐待は貧困や生活基盤の脆弱さ の問題から論じられることが多いが、1990年代当時は子 どもの置かれた社会経済的な状況が、虐待を考えるうえ での主要なテーマとはみなされていなかった。当時の状 況について松本(2010)は、一億総中流化のムードを背 景に、家族や子どもをめぐる諸問題は貧困と関連づけて 論議されるというよりは、むしろ豊かさのひずみとして 説明されることが主流であって、子どもの虐待も富裕化 した社会における家族病理として説明されることが多 かったと指摘している。 精神科医という立場から子どもの虐待問題に早くから 取り組んできた斎藤(1994)は、嗜癖(addiction)と いう観点からこの問題を論じている。嗜癖にはアルコー ルや薬物依存など特定の物質の摂取に関連した物質嗜癖 と、ギャンブルやショッピング、日常的暴力など特定の 行動過程に執着する行動嗜癖がある。斎藤は子どもの虐 待を、暴力衝動の統制不全から虐待を強迫的にくり返す という、一種の行動嗜癖として捉えている。さらにこう した嗜癖の背景として、虐待をする親自身が子ども時代 に虐待を受けた経験を持ち、その影響で自らも虐待をく り返してしまうという家族文化の世代間伝播の問題を指 摘し、上記のような強迫的児童虐待は家族病理現象の一 つであるとしている。 子どもの貧困についての社会的関心の高まりは、2012 年に子どもの貧困率が16.3%となり、貧困状態にある子 どもの割合が⚖人に⚑人というショッキングな実態がメ ディアで頻繁に取り上げられるようになったからであろ う。ここで言う貧困状態とは、衣食住に窮するといった 絶対的貧困ではなく、国際比較等で OECD が採用して いる相対的貧困を意味している。相対的貧困とは、貧困 ライン(国民全体の可処分所得の中央値の50%)に満た 1,101 1,171 1,372 1,611 1,961 2,722 4,102 5,352 6,932 11,631 17,72523,274 23,738 26,569 33,408 34,472 37,32340,639 42,664 44,211 56,384 59,91966,701 73,802 88,931 103,286 122,575 0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000 平成 年度 平成 年度 平成 年度 平成年度 平成 年度 平成 年度 平成 年度 平成 年度 平成 10年度 平成 11年度 平成 12年度 平成 13年度 平成 14年度 平成 15年度 平成 16年度 平成 17年度 平成 18年度 平成 19年度 平成 20年度 平成 21年度 平成 22年度 平成 23年度 平成 24年度 平成 25年度 平成 26年度 平成 27年度 平成 28年度 年 度 平 成 18年 度 平 成 19年 度 平 成 20年 度 平 成 21年 度 平 成 22年 度 平 成 23年 度 平 成 24年 度 平 成 25年 度 平 成 26年 度 平 成 27年 度 平 成 28年 度 件 数 37,323 40,639 42,664 44,211 註56,384 59,919 66,701 73,802 88,931 103,286 122,575 対前年度比 108.3% 108.9% 105.0% 103.6% ― ― 111.3% 110.6% 120.5% 116.1% 118.7% 註⚑)平成28年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数〈速報値〉の一部を修正して作成 註⚒)平成22年度の件数は、東日本大震災の影響により、福島県を除いて集計した数値 図⚑ 児童相談所での児童虐待相談対応件数の推移

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ない暮らしを強いられている状態を指すもので、2012年 の日本の貧困ラインは⚑人当たり年間 122万円となって いる。「平成26年度版子供・若者白書」(内閣府)に掲載 された OECD 報告(2010)をみると、日本の貧困率は OECD 加盟34か国のうち上から10番目と高く、OECD 平均を上回っている。また、ひとり親家庭の貧困率をみ ると、その比率は優に50%を超えており、OECD 諸国 のうちワースト⚑位となっている。2016年度の「全国ひ とり親世帯等調査」(厚生労働省)によれば、就業状況 では父子世帯(父親)の就業率は85.4%、母子世帯(母 親)では81.8%で父子、母子世帯間で就業率にそれほど 差はみられない。ところが、雇用形態をみると父子世帯 では正規雇用の比率が高く、パート・アルバイト等の比 率は6.4%と低い。一方母子世帯ではパート・アルバイ ト等の比率は43.8%で、父子世帯の約⚗倍となってい る。こうした雇用形態の差などから、父子世帯と母子世 帯の年間就労収入には大きな開きがみられ、父子世帯で 398万円、母子世帯では200万円となっている。このよう に、国際的にみても日本の相対的貧困率は高く、特にひ とり親世帯の貧困率が顕著に高くなっている。さらに母 子世帯については、その多くが極めて重大な経済的困難 を抱えているのが現状である。 子どもや家庭の貧困は、それが社会問題化し多くのメ ディアが取り上げるようになる前から、すでに虐待との 関連において注目されてきた。2000年代の初めに、児童 相談所に寄せられた児童虐待に関する相談や対応事例を 対象とした複数の調査が実施されたが、山野(2006, 2008)や松本(2010)はこうした調査資料を分析し、子 どもの虐待と家庭の経済状態との相関関係について言及 している。川松(2009)はこうした調査結果を概観し、 虐待相談を受けた家庭のうち、生活保護受給率はほぼ 10%台半ばで、これに非課税世帯を加えた経済的に困難 な家庭の割合は40%前後、また家族形態では母子家庭が 約30%で父子家庭が約⚕%、さらに集合住宅が多いこ と、親の学歴が低い傾向にあること、実父の就労率が低 いことなどが特徴的にみられるとして、その社会経済的 背景の厳しさについて指摘している。 ここで子どもの虐待のもう一つのリスク要因として の、家族の社会的孤立という問題について考えてみた い。この問題を考えるには、多くの文献で引用されるこ との多い、東京都福祉保健局の「児童虐待の実態Ⅱ」 (2005)が参考になる。この調査は、2003(平成15)年 度に東京都が受理した児童虐待相談2,481件のうち、児 童虐待として対応を行った1,694件の相談事例を対象と したもので、虐待として対応を行った家庭の状況を示し たものが表⚑である。この表から、家庭の状況としては ひとり親家庭と経済的困難の比率が高く、ついで孤立、 夫婦間不和、育児疲れとなっている。さらに、合わせて みられる他の状況(上位⚓つ)をみると、合併要因とし て経済的困難と孤立が全ての状況に絡んでおり、経済的 困難の他に家族の社会的孤立が虐待の大きなリスク要因 となっていることが理解される。この点に関して、川松 (2009)は児童相談所での家庭訪問や保護者との面接と いう経験から、「虐待として関わる家族は、保護者自身 が親族と疎遠であったり、友人がいなかったり、社会的 サービスの存在を知らなかったり、サービスにアクセス する余裕もなかったりすることが多い。そのために社会 的な援助を受けることがなく、自ら問題を抱え込んで破 たんにつながっていることを痛切に感じる」としてい る。 これまでみてきたように、子どもの虐待の背景には、 経済状態、就労、住宅環境、近隣や親族との関係などの 社会経済的問題や、保護者の性格や医療的問題、また子 どもの特性などの家族や個人に関する多様な問題が存在 し、それらが複合的に作用して虐待に至っていることが 理解される。こうしたことから、学校で虐待に関して保 護者に働きかけを行う場合には、社会的孤立の問題を含 め、家族が抱えている生活上の困難や辛さを理解すると ともに、保護者の心情を十分に汲みとりながら、養育状 況を改善するために必要なことを一緒に考えていくと いった姿勢が求められているのである。 表⚑ 虐待が行われた家庭の状況 家庭の状況 あわせて見られる他の状況上位⚓つ ⚑ ひとり親家庭 460件(31.8%) ①経済的困難 ②孤立 ③就労の不安定 ⚒ 経済的困難 446件(30.8%) ①ひとり親家庭 ②孤立 ③就労の不安定 ⚓ 孤立 341件(23.6%) ①経済的困難 ②ひとり親家庭 ③就労の不安定 ⚔ 夫婦間不和 295件(20.4%) ①経済的困難 ②孤立 ③育児疲れ ⚕ 育児疲れ 261件(18.0%) ①経済的困難 ②ひとり親家庭 ③孤立 註)東京都福祉保健局「児童虐待の実態Ⅱ」2005年より

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(⚔)虐待による子どもへの心理的影響 虐待等の不適切な養育は、子どもを傷つけ、その心理 的・情緒的発達に深い傷跡を残すことになる。子どもと 接する教師や学校関係者は、日々の教育実践において、 まずは虐待を受けた子どもにみられる多様な特徴を理解 し、子どもと向き合うことが求められている。虐待を受 けた子どもに生じやすい心理的な特徴を簡略化してまと めたものが表⚒である。虐待を受けた子どもに、記載さ れた特徴のすべてがみられるわけではないが、これらの 特徴を知ることによって、子ども理解がより深まること が期待される。ここでは、愛着とトラウマ等の問題か ら、こうした特徴について補足を加えることにする。 まず愛着(attachment)の問題であるが、一般に愛 着とは子どもと愛着対象(養育者)との間の情緒的な絆 や結びつきと考えられることが多いが、その方向性につ いては誤解もみられる。愛着はあくまでも子どもから愛 着対象に向かうもので、親から子どもに向かうものでは ない。したがって、親の子どもに対する愛着という使い 方は誤りであって、こうした点からも愛着は愛情や愛と は同義ではない。それでは愛着とは何かということにな るが、遠藤(2017)は「個体がある危機的状況に接し、 あるいはまた、そうした危機を予知し、不安や恐れの情 動が強く喚起されたときに、特定の他個体にしっかりと くっつく、あるいはくっついてもらうことを通して主観 的な安全の感覚を回復・維持しようとする心理行動的な 傾向」として、ボウルビィ(Bowlby, J.)の見解をまと めている。こうした行動の意味は、愛着対象に近接する ことで、恐れや不安などの不快な情動が低減され、子ど もに安心や安全の感覚がもたらされることにある。 子どもの愛着行動が親によって繰り返し受け入れら れ、安心や安全の感覚を経験することが積み重なると、 愛着対象である親は子どもにとっての「安全な避難所」 (safe haven)や「安心の基地」(secure base)となる。 さらに良好な愛着関係が進めば、親は何かあれば必ず自 分を守ってくれるという主観的確信が内在化され、自他 表⚒ 虐待による子どもへの心理的影響 ア.対人関係の障害 虐待により、愛着対象(保護者)との基本的な信頼関係の構築ができていないことから、対人的に不 安定な愛着関係となって両価的な矛盾した態度をとったり、無差別的に薄い愛着行動を示すなど対人関 係における問題を生じる場合がある。また、保護者以外のおとなとの間に、虐待的な人間関係を反復す る傾向を示すこともある。 イ.低い自己評価 子どもは自分が悪いから虐待されるのだと思ったり、自分は愛情を受ける価値がないと感じたりする ことがあり、自己評価が低下し、自己肯定感が持てない状態となることがある。 ウ.行動コントロールの問題 保護者から暴力を受けた子どもは、暴力で問題を解決することを学習し、学校や地域で攻撃的・衝動 的な行動をとったり、欲求のまま行動する場合がある。 エ.多動 虐待的な環境で養育されることは、子どもを刺激に対して敏感にさせることがあり、落ち着きのない 行動をとるようになる。ADHD に似た症状を示すため鑑別が必要となる場合がある。 オ.心的外傷後ストレス障害 受けた心の傷(トラウマ)は適切な治療を受けないまま放置されると将来にわたって心的外傷後スト レス障害(PTSD)として残り、思春期等に至って問題行動として出現する場合がある。 カ.偽成熟性 おとなの顔色を見ながら生活することから、おとなの欲求を先取りした行動をとるような場合があ る。精神的に不安定な保護者に代わって、おとなの役割分担を果たさなければならないこともあり、お となびた行動をとることがある。一見よくできた子どもに思える一方で、思春期に問題を表出してくる こともある。 キ.精神的症状 反復性のトラウマにより、精神的に病的な症状を呈することがある。例えば、記憶障害や意識がもう ろうとした状態、離人感等が見られることがあり、さらには強い防衛機制としての解離が発現し、まれ には解離性同一性障害に発展する場合もある。 註)厚生労働省『子ども虐待の手引き』(平成25年改正版)をもとに作成

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に対する基本的信頼が形成されるようになる。こうした 養育者との愛着関係をもとに、自分や他者がどのような 存在であるのかについての、つまり自分は求めれば助け てもらえる存在なのか、また他者は何かあったときに自 分に手を差し伸べてくれる存在なのか等に関する主観的 確信が作られていく。これが内的作業モデル(internal working model)と呼ばれるもので、その後の対人関係 の雛型として機能し、個人の対人関係のあり方を基本的 に方向づけるものとなるのである(遠藤,2017)。 虐待等の不適切な養育は愛着形成を妨げ、対人関係を 含む子どもの心理的・情緒的発達に深刻な影を落とすこ とにもなる。こうした子どもの問題としては、反応性ア タッチメント障害(Reactive Attachment Disorder)と 脱 抑 制 型 対 人 交 流 障 害(Disinhibited Social Engage-ment Disorder)の⚒つのタイプが指摘されている。反 応性アタッチメント障害は、おとなに甘えたり頼ったり できないことが基本的特徴とされ、陽性感情(うれしさ や楽しさ)の表現が少なく、他者に無関心で親密な関係 を形成することができない、また養育者に対して情緒的 なかかわりが乏しく、苦痛時でも接近して安心を求める ことが少ないなどの特徴がみられる。これとは対照的な 愛着の問題として脱抑制型対人交流障害があるが、この 場合の脱抑制とは抑制のきかなくなった状態のことで、 愛着を示す行為を抑制できないことを意味している。見 知らぬおとなに対して過度になれなれしい言葉や態度で 接し(無差別的愛着傾向)、おとなの注意を引こうとす る行動がみられる一方で、同世代の子どもとは表面的な 関係しか作ることができない、また不慣れな状況でも養 育者に接近を求めない等が特徴とされる。これらはいず れも、重度のネグレクトや主要な養育者が度々入れ替わ るなどの劣悪な養育環境を背景とした障害と考えられて いる(山下,2018、玉岡・田中,2018)。 つぎに、虐待を受けた子どもへの影響について、トラ ウマ(trauma)という観点から考えてみる。本来は愛 情を注いでくれるはずの親から受けた虐待という行為 は、子どもに深い傷跡を残すであろうということは想像 に難くない。災害、暴力犯罪、性犯罪、戦争、虐待など、 精神的衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験によって 発症するストレス症候群が心的外傷後ストレス障害 (Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)である。ア メリカ精神医学会診断統計マニュアル第⚕版(DSM-5) によれば、その中核症状として、①侵入症状、②回避症 状、③認知と気分の陰性変化、④覚醒度と反応性の著し い変化の⚔つがあげられている。 「侵入症状」では、トラウマとなった出来事に関する 不快で苦痛な記憶が繰り返し想起されたり(侵入的想 起)、強い感情を伴って突然蘇ってきたり(フラッシュ バック)、悪夢として反復されたり、動悸や発汗等の身 体生理的反応が生じたりする。「回避症状」としては、 トラウマ体験を思い出したり考えたりすることを極力避 けようとしたり、それを思い出させる人物、場所、状況 や会話等の回避がみられる。「認知と気分の陰性変化」 とは、「自分が悪い」、「誰も信用できない」、「世界は危 険である」といった自己や他者あるいは世界に関する否 定的な認知、興味や関心の喪失、周囲との疎隔感や孤立 感、陰性感情(恐怖、怒り、罪悪感、羞恥心など)に支 配されて陽性感情(幸福感、満足感、愛の感情など)が 持てなくなる等である。「覚醒度と反応性の著しい変化」 では、人や物への攻撃、いらいらした行動と感情爆発、 無謀または自己破壊的行動、過度の警戒心、過剰な驚愕 反応、集中困難、睡眠障害等がみられるとされている。 以上が PTSD の中核症状であるが、こうした症状が⚑ か月以上持続し、それによってひどく苦痛を感じ、社会 生活や日常生活に支障をきたしている場合、医学的に PTSD と診断されることになる(友田・杉山・谷池, 2014)。 以上、虐待を受けた子どもの特徴を愛着とトラウマの 問題から考えてきた。ここで、もう一つの問題として、 虐待的人間関係の再現傾向について触れてみたい。この 問題に早くから注目してきた西澤(2004)は、虐待を受 けた子どもが、養護的な立場にあるおとな(例えば、里 親、施設職員や教師)に対して挑発的な言動をくり返し、 それが養護者の苛立ちや怒りを引き出す結果となり、場 合によってはおとなが怒りを爆発させてしまうような事 態を虐待的人間関係の再現傾向と呼んでいる。これは意 図的なものではなく、子どもがその養育環境のなかで虐 待的な人間関係パターンを身につけた結果、無意識のう ちにおとなをそうした関係に引きずり込んでしまうと考 えられている。こうした関係性の再現傾向のなかで、子 どもに対する否定的な印象が形成され、くり返される挑 発的言動によってそれがさらに強化されると、子どもと の関係が破綻してしまうことにもなりかねない。子ども の側からみれば、こうした見捨てられ体験が基本的不信 感を助長することにもなり、さらに虐待的な人間関係が 反復されることにもつながるのである。 (⚕)子どもの虐待と学校教育 程度は様々であるが、虐待を受けた子どもには多動、 攻撃性、衝動性等の感情コントロールの困難さ、フラッ シュバック等の PTSD 症状、強い警戒心や過度のなれ なれしさといった心理・行動面での特徴がみられる。ま た子どもが安定した人間関係を築くうえでの基礎とな り、その発達を支える基盤ともなる自己肯定感や自尊感 情、基本的信頼感がうまく育っていないことも多い。さ らに、学力や学習意欲の低さなどの学習面での遅れの問

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題もある。ここでは、こうした不利を抱えた子どもに対 して学校や教師に何ができるのか、またどう対応すべき なのかといった、学校や教師が果たすべき役割について 考えてみたい。 まずは子どもの安全確保や保護という面での、虐待の 早期発見と児童相談所等への通告や相談の問題である。 2000(平成12)年に施行された児童虐待防止法(以下、 旧法という)では、学校の教職員に児童虐待の早期発見 のための努力義務と通告義務が明記された。また2004 (平成16)年の同法の改正では、通告の対象が「児童虐 待を受けた児童」から「児童虐待を受けたと思われる児 童」に変更され、虐待が疑われるような場合にも通告義 務が生じることになった。さらに、旧法では教職員個人 に課せられていた早期発見の努力義務が、学校という組 織に対しても課せられることになった。こうした背景か らか、同法施行前年の1999(平成11)年度の経路別相談 件数では、学校等(学校、幼稚園、教育委員会)からの 相談件数は1,431件であったが、2016(平成28)年度で は8,850件と約⚖倍に増えている。ただし、他の経路か らの相談件数も増加していることから、全体に占める学 校等の割合に大きな変化はなく、平均すると全体の約 10%前後を推移している。 こうしたことから、学校や教師は虐待の早期発見や通 告に関して一定の役割を果たしてきたともいえるが、こ こで児童相談所、福祉事務所といった他機関へ通告や相 談に関して教師や学校という組織が持つ問題点について みていくことにする。通常、虐待による子どもの身体 的、心理的な面での変化や異常にいち早く気づくのは学 級担任であろう。しかし、虐待が疑われたとしても、自 分の判断の正当性に対する疑念や通告による子どもへの 虐待の激化、また保護者との関係の悪化等への危惧か ら、担任が通告をためらうことは容易に想像される。他 機関への通告の遅れによって虐待がより深刻化すると いった事態は、子どもの安全確保の面からも避けなけれ ばならない。こうした個人の限界による早期発見や通告 の遅れを防ぐには、校内での連携が欠かせない。例え ば、学級担任、学年主任、生徒指導や教育相談担当教諭、 養護教諭、スクールカウンセラー等の立場の異なる関係 者からの情報収集や関係者複数によるアセスメントな ど、通告に関する学内ルールの明確化が求められている のである。 つぎに、虐待を受けた子どもの教育的支援についてみ ていくことにする。玉井(2007)は、虐待を受けた子ど もへの対応の基本は、学校が安全な場所であること、ま た怒りや恐怖といった否定的な感情を含め、周囲から許 容されるようなやり方で気持ちを表現することを教えて いくことにあるとしている。虐待を受けた子どもは、お となへの不信感や強い怒りを抱いていることが多い。先 述した虐待的人間関係の再現傾向にみられるように、ど こまでやれば虐待的な関係がみられるのかを確かめよう として、教師に対して挑発的な言動がくり返されること もある。また抱えこんだ強い怒りやフラッシュバック等 の PTSD 症状などから、感情の爆発や暴発的な行動が みられることも多い。こうした問題行動に対処すると き、教師はややもすれば感情や欲求の表出の仕方の問題 としてではなく、子どもの人間性そのものを否定するよ うな評価にとらわれてしまうことも考えられる。しか し、こうした関係性のもとでは学校が安全で安心できる 場所であるという感覚を持つことはできないし、感情を 社会的に容認される形で表出することを学ぶ機会も失わ れてしまう。こうした状況に陥らないためにも、教師は 虐待を受けた子どもの言動の背後にある心理機制や特徴 についてよく理解し、粘り強く指導に当たることが重要 となる。 ここで、感情表出の問題について考えてみる。玉井 (2007)は虐待を受けた子どもにみられる上記の特徴に ついて、「社会的な基準から見て許されないのは行為で あって、その行為に結びついてしまった感情は認めるこ とが必要である。その感情を、社会的に許される形で表 出させることにつなげていくのが教育の仕事なのであ る」として、感情をセルフコントロールする力を身につ けさせることが、虐待を受けた子どもの支援における大 きな教育的課題と考えている。またセルフコントロール を可能にするには、内的状態への気づきとその言語化が 必要であるとして、感情を言語化することの重要性に注 目している。言葉で表現することで自分のいらだちの理 由を理解できるようになれば感情の統制力は高まるが、 言語化できなければ生の感情として爆発したり、暴発的 行動として表出される可能性は大きくなる。また多くの 場合、子どもはその時の感情や欲求を言葉で表現するこ とが困難であるため、教師の側から子どもの感情を汲み とった言葉かけを行うことが大切になる。こうした言葉 かけを起点として、自分の感情やその変化に気づき、ど のような状況でそうした感情が起こってくるのかについ ての自己理解が進めば、セルフコントロールの力が身に つき、感情爆発や極端な行動化が抑えられるようにな る。さらに、こうした経験の積み重ねにより、自己イ メージや他者イメージが修正されれば、それまでとは 違った新しい人間関係のあり方が学習されることにもつ ながるのである(玉井,2007)。 これまで虐待を受けた子どもに対する学校や教師の支 援について、早期発見と通告の問題、学校が安全な場所 であるという認識や、感情をセルフコントロールする力 を身につけさせることの重要性、またそこでの学校や教 師の役割について考えてきた。他機関への通告や相談の ところでも触れたが、他の問題と同様に、虐待に関して

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も教師個人による対応には限界があり、学校の組織的対 応が求められている。そこで、つぎの問題として、校内 での組織的対応と校外の関連諸機関との連携についてみ ていくことにする。 まず校内での組織的対応についてであるが、子どもは 一日の多くの時間を学校で過ごすことから、子どもにみ られる打撲や切傷、火傷等の外から分かる傷や、深刻な ネグレクトの場合には服装や給食時の様子等によって学 級担任が気づく可能性が高い。しかし、先述のように担 任が虐待を疑ったとしても、間違った判断をすることへ の不安や保護者との関係悪化への懸念等から、通告をた めらう気持ちが働くことは容易に想像される。そこで虐 待の判断に関しては、複数の学校関係者による子どもや 家庭に関する情報の収集や共有が必要になってくる。例 えば、過去に担任として受け持ったことのある教師や養 護教諭、生徒指導や教育相談担当教諭、部活の顧問、ス クールカウンセラー等は関連した情報を持っていること も多く、そうした情報を集約、共有することでより正確 な判断が可能となる。こうしたことから、当該事案に関 するケース会議の開催や出席者の構成等についての校内 ルールを明確にすることによって、他機関への通告や相 談また早期支援に関して学校として組織的に対応してい くことが求められている。 つぎに、学校と学外機関との連携の問題についてみて いく。虐待は、子どもに限らず保護者や家族、また家族 の地域社会での孤立の問題等の複雑な要因が絡んでいる ことから、その対応には他機関との連携が必須の課題と なる。例えば、学校での対応や指導に際し、児童相談所 から助言を受けたり、要保護児童対策地域協議会におけ る他機関との情報や意見交換をもとに、学校での指導や 対応をプランニングするなどの方法が考えられる。要保 護児童対策地域協議会とは、2004(平成16)年の児童福 祉法の改正で努力義務として規定されたもので、現在で はほとんどの市町村が設置している。これは、地域にあ る関係機関の連携、協力よって子どもや家族を支えるこ とを目的とした支援のためのネットワークである。その 構成メンバーには、児童相談所や福祉事務所等の児童福 祉関係、保健センターや保健所等の保健医療関係、教育 委員会や学校等の教育関係、警察や弁護士会等の警察・ 司法関係、法務局や人権擁護委員等の人権擁護関係など が含まれている。こうした地域のネットワークを活用し て児童相談所やその他の機関と情報交換や役割分担を行 うことによって、学校での子どもの見守りや教育的支 援、保護者に対する教育的働きかけ等について計画し、 チームとして対応していくことが重要になってくる。 おわりに 虐待は不登校をはじめ、非行やいじめ等の生徒指導上 の諸問題とも深く関連している。不登校との関連では、 保護者が教師や学校の対応に不満を抱いて登校させな かったり、年下の子どもの面倒をみさせるために学校に 行かせないといった教育ネグレクトがみられる場合もあ る。非行に関しては、虐待関係のなかで暴力による問題 解決を学習した結果、そうしたパターンを家族関係以外 でも適用するようになり、学校や地域での暴力的な非行 につながることが想定される。またいじめとの関連で は、ネグレクトの結果としての衣服の目立った汚れ等 よって、いじめの被害を受けることも考えられる。この ように、虐待は子どもが示す諸問題の背景や要因である ことも多く、それだけに子どもの成長や発達に負の影を 落とす極めて深刻な問題であると言える。 本稿では、子どもの虐待の定義や現状、虐待の背景と なるリスク要因、虐待による子どもへの心理的影響、こ の問題に対する学校での対応等の問題について考察して きた。虐待の背景のところでも触れたが、虐待は保護者 の性格や子どもの特性といった家族の問題ばかりでな く、家族の置かれた経済状態や就労状況、社会的孤立と いった近隣や親族との関係等の社会経済的要因が複合的 に作用していることが理解された。したがって子どもへ の対応に際しては、虐待を受けた子どもの心理的特徴の 理解は勿論のこと、子どもたちの置かれている環境への 洞察や共感が重要となってくる。また教師だけでの対応 には限界があるため、スクールカウンセラーやスクール ソーシャルワーカーといった心理や福祉の専門家や地域 の関係機関と連携しながら、チームとして取り組んでい くことが求められているのである。 引用文献

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参照

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