カナダ・イヌイットの名前,名前の霊魂と社会変化
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(2) . 6巻 北海道教育大学紀要 (第1部B) 第4. 平 成 8 年 2月. 第2号. Februar y ,1996. fEduca i i l i t t ty o onIB) Vo on(Sec Journalof Hokkaido Univers .2 ‐46 , No. カ ナ ダ◎イ ヌ イ ッ トの名 前, 名 前 の 霊魂 と社 会 変 化 N d SociaI Change S l (PersonaI Names , ame ou s an. A mong the Canadian 工nu i t ). 岸. 上. 伸. 啓. 北海道教育大学函館校 総合科学課程文化科学教室. ( 1 ) はじめに シベリア北東端部からグリーンラン ド東海岸にいたる広大な寒冷ツン ドラ地帯で生活を営んできたエスキ モー (自 称 の 民族名 はユ ッ ピ ッ ク, イ ヌ ビア ルイ ト, イ ヌイ ッ トお よ びカ ラリ ッ ト) と 呼 ばれて きた 人々 に. とって, 個人名は人々を単に分類したり同定したりするためだけの手段ではない‐ 名前は彼らの世界観や社 会構造と深く関係しており, 彼らの文化を理解する上で最も重要な文化要素の一つである‐ 「エスキモー」 の人名や同名者関係 (同じ名前を受け継いだ人々に取り結 ばれる関係) に関しては多数の i 研 究 が なされ て きた‐ 特 に, 名 前 と世 界観 と の 関 係 (Wacha tme t s e rl956;Fienup‐Riordanl983), 名 前 の 社. i i 会統合機能や親族関係拡大機能 (He n r chl969; Guemple l965,1972;Saladin d’Anglurel970), 命名と社会 変化との関係. (Trot t l985 tall992 ) な どに つ いて 研 究 が な されて amsonl988 ; 岸 上 199oa ; Nut ; W mi ,1994. きた‐ また, 他の諸民族でも名前の重要性は認識されており, 比較研究な ども試みられている (例え ば, 1984 ford l9 Tooker 87 )‐ ; A1 ,ed‐. 本 論文 で は, カ ナ ダ 国ケ ベ ッ ク州 アク リ ビッ ク 村 のイ ヌイ ッ ト社 会 を 事例 と して,「伝 統 的な」 イ ヌイ ッ ト. の名前, 命名システムと同名者関係について記述し, その歴史的変化を報告する‐ さらにイ ヌイ ッ トの名 前, 命名システムや同名者関係に関する諸機能を検討し, 現代のイヌイ ット社会と名前の関係そして名前の 象徴機能に関し私見を述べてみたい.. 2 ( ) 「伝統的な」 イヌイ ッ トの名前, 命名と同名者関係 カ ナ ダ ・イ ヌイ ッ トの 「伝 統 的 な」 名 前 に は, 地域 的な差 異 が み られる も の の (注 1), 全体 的に は次の よ う な特 徴や 属 性 が ある‐ こ こ では主 にアク リ ビッ ク村 の 事例 を紹 介す る (岸 上 199oa )‐. ① 名前には霊魂が宿っている. カ ナ ダ ・イ ヌイ ッ トの 世 界 は, 悪 霊や 善 霊 を含 め いろ い ろ な 霊魂 か ら構成 さ れて いる と考 え られ て い る‐. すなわちアザラシやカリブーなど野生動物も霊魂を持っていると考えられ, その動物が死ねば, 霊魂はその 体 を離 れ, 再 び別 の個 体 に 宿 っ て 姿を 現わす と され て いる‐ 霊 魂 は通 常, タ ーニ ッ ク (Ta i k ) と 呼 ばれて rn. いる‐ このような考え方やその実践は人類学でアニミ ズムと呼ばれる宗教現象である. イ ヌイ ッ トは一 つ 一つ の 人名 に は, 名 前 の霊魂 (namesou l ) が 宿 っ て いる と 信 じて いる‐ 人名 も名 前 の霊 i 魂 もイ ヌイ ッ ト語 で は, アテイ ッ ク ( t a q) と 呼 ばれて い る (注 2). その 霊魂 に は, 特 定の 性 格, 感性, 意 27.
(3) . 岸 上. 伸. 啓. 志, パ ーソ ナリ ティ ーや 狩 猟 の技 量の よ うな 人 間と して の 属性 が 内在 して お り, イ ヌイ ッ トは新 生 児 に名 前. をつけることによって霊魂とその属性が新生児にのりうつると考えている. この霊魂はそれを持つ人物が死 ねば, その人物の体を離れ次の棲みかを探すと考えられている. 従って名前の霊魂は不滅であるといえる‐ イ ヌイ ッ トに と っ て名 付 けと は, 名 前 の霊 魂 を新 生児 に宿 らせ る 重 要 な 社 会 慣 習 で あ る‐ イ ヌイ ッ ト に. とって, 名前を付与されるということは名前の霊魂をもらうことになり, 新生児はその名前の霊魂に内在す る特 定 の 社会 的 人格 や アイ デ ンティ テ ィ を 受 け取 るの である (注 3).. ② 名前はファースト・ネームのみが存在していた. イ ヌイ ッ ト社会 で は, 本 来, 家 系や 出 目を 特 定す る よ うな名 字 は存 在 せ ず, フ ァ ー ス ト ・ ネ ー ム しか な か っ た. した が っ て親 子 が全 く 異 な る名 前 を持 っ て いる こと が普 通 で, 名 前 か ら出 目関 係を知 る こと は, 第 三者 に と っ て は不 可能 に近 い こ と であ っ た‐ 名 前 と して は, anaut j ak (殴る) な どの 動 詞, nau aq (カ モメ) の よ う な動物名 やqumq (石 ラ ン プ) な どの 事物 の名 称 な どが, 使用 され た‐ こ こで注 目す べ き こと は新 た な. 名前が新生児のために創り出されることは少なく, 既存の名前の中から選 ばれることが多かった. しかし特に1 93 0年代以降は, 政府の指導のもとでの名字の導入やキリスト教の影響下での英名の導入など のために表面的には名前には変化が見られた. しかも白人との接触の結果, 白人の名前を新生児に付ける事 例も でて きた.. ⑧ 名前は無性である. イ ヌイ ッ トの名 前 は, そ れ 自体 は性別 と は結 びつ いて い ない (注4)‐ イ ーヌイ ッ トの社 会 慣 習 では新 生児の. 名前はだれかにちなんで付けられるが, 最後にその名前を持っていた人物の生物学的な性別を持つことにな る‐ 例え ば, 生物学的に男子が生まれたが, 彼の祖母の名前を受け取ると, その子はある時期まで女性とみ なされる. 一方, 生物学的に女子が生まれたが, 彼女の祖父の名前を受け取ると, その子は初潮までは男性 と みな さ れ る‐ t 現 在 で は, フ ァ ース ト・ネ ー ム に英名 や仏名 が 付 け られ るよ う に な り, Pe er Anaut ak の よう に性別 が 付 随す る名 前 が使 用 される よ うに な っ て きて いる. しか しセ ーラ と いう 女性 の名 前 が 男 子 に, ピー タ ー とい う. 男性の名前が女子に付けられている事例が存在する. ④. -人の人が複数の名前をもつことがある.. イ ヌイ ッ トの社 会慣 習 で は, 新 生児 に複 数 の名 前 が 付 け られ る‐ ネ ッ リ ッ ク ・イ ヌイ ッ ト社会 で はひ と り i のイ ヌイ ッ ト が 多 数 の 名 前 を も っ て い る 場 合 が 報 告 さ れ て い る (Rasmus sen l931:221一223 ; Ba五kc l970:199‐200 )‐ 北 ケ ベ ッ ク の ハ ドソ ン湾側 に住 むイ ヌイ ッ トの 場合 も かつ て は多 数 の名 前 を持 っ て い た が, 現在 では 2, 3のイ ヌイ ッ ト名 を 持 っ て いる の が普通 で, 3つ 以上 のイ ヌイ ッ ト名 を持 っ て いる 人 は極め て 少 な い‐. 一人の個人が複数の名前を持つということは, 一人の人間が複数のアイデンティ ティ と社会的人格を持つ こと を 意 味す る. ま た, 後 述す る よ う に複 数 の 同名 者 関係のネー ッ トワーク を持 つ こと が できる の である.. ⑤. 命名は意図的にかつ注意深く誰かにちなんでなされる.. イ ヌイ ッ トの 場 合, いつ 新 生児 に名 前 を 付 ける か は特 定さ れて いな い が, 多く の場 合, 出生後 2, 3 日以. 内であることが多い‐ イヌイ ットの場合は誰かにちなんで新生児の名前を選ぶが, どの名前を子供に付ける かを最終的に決定するのは, その子の両親や近くに住んでいる祖父母である. 決定に関しては, 母親や祖母 28.
(4) . カナダ・イヌイ ッ トの名前, 名前の霊魂と社会変化. の影響力が父親や祖父よりも強いようである‐ 一部の地域では死者の名前が自動的に生まれてきた子供に付けられるということが報告されているが (N‐ i 899:424; Heinr ), el son 1 ch l969:12. アク リ ビ ッ ク 村 に は命名 方 法 と して 依頼 型 命名 法 と 主体型 命名 法 の 2. つのやり方が存在していた‐ 前者は, 女性が妊娠していることがわかると, ある特定の名前を残 したいと 願っている人がその妊婦のもとを訪れ, その旨を願い出るというやり方である. 妊婦とその家族 が 認めれ ば, 依頼された名前が新生児に付けられる‐ 後者は, 妊婦やその家族が主体的に新生児の名前を選んで付け る 場 合 である‐. 新生児の命名は, その両親や祖父母の個人的な意志ないし家族の合意によって最終的には決定されるが, 主体的命名法の場合は, 死去したり他出し身近から物理的にいなくなった人物の名前を, 記念したり, 記憶 ). そ して 祖 父 に留 め た り, 感 謝 の 念 を 表 わす ことを 目的 と して 新 生 児 につ ける 傾 向が ある (岸 上 199oa:489. 5 母などの親類や人格者の名前を新生児に付ける傾向がある‐ 新生児の名前のうち7 ‐6%は, その血族や姻族 の者に由来し, 残りの24 .4%は非親族 (主に新生児の両親や祖父母の友人) にちなんで付けられている‐ 親 族数を増やすためにイヌイ ットが意図的に命名を利用する事例は極めて少なく, イヌイ ットが擬制親族を増 加させるために意図的に命名を利用してきたと主張し, それを命名や同名者関係の本質として見ることには 無理があると思う‐ ⑥ 名前を共有するものは特殊な同名者関係を形成する. 同一の人物に由来する名前を共有する場合, 名前を共有する二人は特別な社会関係を形成する‐ この二人 関係が現実の場面で作動するか どうかはこの二人の自発的な合意によるが, この二人関係を同名者関係と呼 んでおく‐ 親族関係とともに同名者関係は重要な社会関係である‐ f ) に 使用 され る‐ この用 語の 使 同名者間では, 原則と して特 別 の用 語 が 呼称 (address) や 言 及 ( r e er ence 用は, 親族用語も含めて他のいかなる呼称・言及用語よりも優先されて使用されている‐ 親子の場合でさ え, もし同名者関係であれ ば, 親や子を示す親族用語よりも, 同名者を示す特別な用語の方が, 優先的に使 l 用 さ れ る の であ る. この 同名 者用 語 は, 地 域 によ っ て 変 差 が み ら れ る (例 え ば, Guemp e l965; Ben‐Dor l966:70‐72 )‐ ; 岸 上 199oc i アク リ ビッ ク 村 の場 合, 同名 者 間 で は, saun q (「骨」 を意 味す る) と いうイ ヌイ ッ ト 語 で お 互 を 呼 び 合 i う. 第三者 に 自 分の 同名 者 を 紹 介す る 時 にもsaun q と い う 語 が 用 い られ る. 同名 者 の 中 で, 二 人の 年齢 が ほ ぼ 同 じで, 特 に仲 が 良 い 時に はこ の 2人 はお互 を 呼ん だ り, 第 三者 に紹 介 す る 時 に, appakuq (「1つ の物 の 片方」 の 意) と い うイ ヌイ ッ ト語 を用 いて いる‐. 同名者関係の内容は, 親密でかつ気のおけない間柄である‐ 同名者の二人が世代が異なる場合には, 年長 者の方が年下を甘やかしたり, 可愛がったりする‐ 年下の方は, 年長者に甘えたり, 何でも プレゼントをね だることが許されている‐ 両者の関係はまさに祖父母=孫関係とほぼ同じである‐ 同名者が, 性別と世代が 同じで仲が良い場合には, 当事者の関係は兄弟愛のような愛情と連帯によって特徴づけられ, かっこの二人 関係は冗談を浴 びせ合うような一種の冗談関係でもある. 同名者間には特定の義務は付随していないが, ある程度の相互扶助を行なうことが期待される. 同名者関 係の中で, 名前の与え手が存命であれば, 名前のもらい手に玩具や狩猟道具のような物を プレゼントするこ とが期待される‐ そして名前をもらった子供が成長するにつれて, その子供の母親は折りをみて, 衣服や ブーツのような実用品をつくり, 子供の同名者 (名前の与え手) に贈与するのが一般的である‐ いずれかの 同名者やその家族が経済的に困っている場合には, 一方の同名者やその家族に援助を仰ぐことができる. ま た一般に, 必要に応じて, 名前のやり手 (成人) は名前のもらい手 (子供) を世話したり, 助けたりしなけ 29.
(5) . . 岸. 上 伸. 啓. ればならない‐ さらに幼い方の同名者が成長し, 狩猟や家事を行なう年齢に達すると, その子供の同名者 は, その 子供 と一 緒 に狩猟 に 行 っ た り, 仕 事 を行 な っ た りす る こ とも 多 い‐. 同年配で同性の同名者の場合は, 二人の間でプレゼントを交換した り÷ 狩猟パ ートナーとして協力する仲 間と な る こ と が 多 い.. ⑦ 名前は親族呼称や行動に影響を与える. 同名者関係は, 当事者の親族呼称や行動に影響を与えることがある‐ ここで一例をあげておきたい. ここ に 2人の 世 帯主 AとB が お り, 兄 弟 である と 仮定 しよ う‐ A はB の兄 で あ りノ , C は A の 息子, D は B の 息 子, そ してB はD の 息子 である と 仮定 しよ う (表 1)‐ さ らに A, B, C, D とB の 5名 はす べ て 存 命 で, 鳶 の名 前 はAに ち なん でつ け られ た と しよ う. す な わ ちB と A は同名 者 関係 にある の である. この 場 合, A と丑 は, 同一 の名 前 を 持 っ てい る た め, この 2 人 は, 他 の家 族成員 によ っ て 同一 人物 と 見 な され る. A はC の 父親 で ある か ら, C を 「息子」 と 呼ぶ が, A の 同名 者 であるE も C を 「息 子」 と 呼ん でも よ い. さ らに C はB を 「父親」 と, D を 「祖 父」 と 呼ん でも よ い‐ ま た, B (冠 の 祖 父) は, B を -「兄」 と, E はB を 「弟」 と 呼ん でも差 し支え ない‐. . ニーil△. ○. 世帯1. . C. 世帯2. E. 表1. 同名者関係. このような変則的呼称は, フォーマルな親族関係が, 名前の共有の観点から再解釈され, その解釈された 関係をさす親族用語が選択され, 使用される結果である. この再解釈された親族用語が使用される時には, 特定の親族用語に関連する行動が期待される場合もある. ただし, この再解釈による親族呼称はつねにイヌ イ ッ トによ っ て使用 され る と は限 らず, そ の 時々 の 状況 によ っ て 使用 され た り, され な か っ た りす るの で あ る‐. ( 3 ) 社会変化, 名前と命名システム 大航海時代以降, 世界中の多数の民族はヨーロッパ 人との接触を開始し, 世界システ・ ムに接合されたり植 民化されたりしてきた‐ 地球の最北限の地域に住むイヌイ ットも例外ではなく, 徐々に世界システムや国家 の中に取り込まれていった‐ 極北全域の社会変化の外部要因としては,( )探検家, 捕鯨者や交易者の活動と 1 2 )キリスト教の宣教師の活動と接触,( 接触,( 3 )政府の活動と政策の実施 (医療活動, 警察活動, 軍事活動, 教育活動, 定住化, 福祉活動などの国民化政策),( 6 4 )技術革新,( 5 )貨幣経済の導入,( )通信と交通システムの 7 )生態環境の変化および( 発達,( 8 )イヌイ ッ ト社会を取り囲む外部社会の変化などがあげられる‐ また, イヌ イ ッ ト社会の内部運動として( )先住民権運動が考えられる (岸上 199 ). 9 5 その中で, 宣教師の活動と政府の諸活動は, イ ヌイ ットの 「伝統的な」 名前や命名システムに大きな影響 30.
(6) . カナダ・イヌイ ッ トの名前, 名前の霊魂と社会変化. を与えた‐ 次 にアク リ ビッ ク 村 の 事例 を利用 して, イ ヌイ ッ トの 「伝統 的な」 名 前 と命名 シス テ ム の変 化を 記述 し,. その現状も合せて報告したい‐ ①. 社会変化と名前. 1930年 代 末ま でに アクリ ビッ ク 地 域の ほとん どのイ ヌイ ッ トは 欧米 か ら や っ て き た 宣 教 師 か ら 洗 礼 を 受 け, キリ ス ト教 徒 に な っ た‐ この 地域 のイ ヌイ ッ トの 大 半 は, 英 国聖 公 会の 影 響下 に あ っ た‐ この 時に ピー タ ー やマ リ ーの よ う な洗 礼名 がイ ヌイ ッ トに付 け られ る よ う に な っ た が, そ れ らの名 前 に は性 別 が 付 随 して いた. 例 え ば, ア ママ ッ ア ク と い う名 のイ ヌイ ッ ト はア ダム と い う洗 礼名 を貰 っ て い る. 1930年 代 か ら は行 政効 率 を 向上 さ せる た め に カ ナ ダ 政 府 によ っ てイ ヌイ ッ トにE5‐2458の よ う な デ ィ ス ク 番 号 がイ ヌイ ッ トに 付 け られ る よ う に な っ た. こ の 番 号 は, 東 西 どち ら の 極 北 地 域 か, 地 区, コ ミ ュ ー i )‐ テ ィ ー, 家 族 と個 人 を示 して いる (A1 al994:39 ほ ぼ 同 じ時期 に名 字 の導 入 と 固 定化 が 図 られた (注 5). 多く のイ ヌイ ッ ト は, 英名 や 仏 名 を フ ァ ー ス ト ネ ー ムと し, イ ヌイ ッ ト名 を名 字 と した‐ さ き ほ どの 例 を あげる と, ア ダム が フ ァ ース トネ ーム とな りア マ マッ アク は名 字 と な っ たの である‐ このア マ マ ッ ア ク に 子供 が 生ま れ, 仮 に トーマス と名 付け られた とする と こ の子 供 の名 前 は, トーマス ・ア マ マッ アク に な り, ディ ス ク 番号 と とも に名 前 が 政 府 に 登録 され た の で. ある‐ すなわちアママツァクは個人の出目をある程度示す特定の家族の名字となったのである‐ 外 的な影 響 の も とイ ヌイ ッ トの (父 の) イ ヌイ ッ ト名 が 家 族名 と して 固定化 し, 性 別 が は っ き りと 判別 で きる 名 前 が使用 される よ う に な っ た の である‐ 以上 の よ う な 現 象を みる とイ ヌイ ッ トの名 前 や 命名 シス テ ム. は大きく変化してきたようにみえる. ②. 社会変化と命名システム. で は命名 シス テム は, 大 きく変 わ っ た の で あろ うか‐ 実 は, 多 く のイ ヌイ ッ トは政 府に 登 録す る姓名 以 外 に, ミ ドル ・ネ ー ム と してイ ヌイ ッ トの 「伝統」 名 を 生ま れ てく る 子供 た ちに 今 日に至 る ま で付 け続 けた の である. 例 え ば, サイ モ ン・ アラ ホ と い う男 性 のミ ドル ・ネ ー ム はヒ ッ ツ ア ルク である‐ 彼 はこのイ ヌイ ッ ト名 以 外にも 複 数 のイ ヌイ ッ ト名 を 貰 っ て いる の である‐ このイ ヌイ ッ ト名 は英名 と は異 な り無性 で ある.. また白人の接触が密になるにつれて, イヌイ ットの中には村に住んでいた看護婦や教師の名前を子供に付 ける 人々 も でて きた‐ 英名 が 伝統 的 なイ ヌイ ッ ト名 の ごと く 取 り扱わ れ, イ ヌイ ッ トの伝 統 的な 命名 シス テ ムに取 り 入れ られ て いる 場 合も ある‐ ま た, グリ ー ンラ ン ド西 部 の 事 例 の よう にイ ヌイ ッ ト名 が 新 生児 に付 け られ なく な っ た り, 性別 の は っ き り し た 名 前 が 付 け ら れ て い る 事 例 も 存 在 す る よ う に な っ た (Nu t t aロ 1994:67 )‐ ま た飛 行機 な ど交 通 手 段や 電 話 の よ う な通 信手 段 が発 達 する につ れて, イ ヌイ ッ トの 地理 的移動 の 増 大 が み られ, 遠 隔 地 にも いろ いろ なイ ヌイ ッ ト名 が広 が り始 め た‐ 例 え ば アクリ ビッ ク 村 の サイ モ ン・ ア ラ ホ は, 同名 者 を パ フ ィ ン島の ケ ー プ ドル セ ッ ト村, 北ケ ベ ッ ク のイ ブイ ビッ ク 村, アク リ ビッ ク 村 と ボ ブ ソ グニツ ッ ク 村 に数名 ず つ 持 っ て いる‐ こ れ はサイ モ ン が これ らの村 にか つて 住 ん だ こ とが あ り親 戚 が い る 以外 に, 彼 の 息 子 や 娘 が そ こ に住 ん でお り孫 にサイ モ ンのイ ヌイ ッ ト名 を付 けたか らで あ っ た‐ しか しこの よ う な変 化 は, アク リ ビッ ク 村 の場 合を みて も 分 る よ うに 決 して伝 統 的な名 前や 命名 シス テ ム. の消滅や質的な大変化を結果してきたとはいえないのである‐ ③. 現在の名前と命名システム. アク リ ビッ ク 村 では, 1980年 代 後 半 でもミ ドル ・ネ ー ムと して複 数のイ ヌイ ッ ト名 が 注意 深く かつ 意 図的 31.
(7) . 岸 上 伸. 啓. に新生児に付けられており, かつ同名者関係も日常生活や社交性の点では機能し続けているのである. すな わち名字や英名や仏名の名前が導入された後も従前通りのやり方でイヌイ ッ ト名は新生児に付けられ続けて いる の である. た だ し, 全 体 的な傾 向と して北 ケ ベ ッ ク では多 少の 地域差 が み られる も ののイ ヌイ ッ トの 新 生 児を こ付 与 され るイ ヌイ ッ ト名 の数 は 2つ か 3つ へ と 減少 の 傾 向 が ある (注 6). 従 っ て 個 人 が 持 つ 同 名 者 関係 のネ ッ トワー クの 数も 減 少 してい る.. 4 ( ) 名前および同名者関係の諸機能と効果 イ ヌイ ッ トや ユ ッ ピッ ク の名 前や 同 じ名 前 を持つ者 同 士 によ っ て 形成 される 同名 者 関 係 に は色々 な顕在 的. もしくは潜在的な機能や社会的効果があることが指摘されてきている. ここではアクリビック村の事例を基 にしながら幾つかの研究を批判的に検討いたい. ① 名前と世界観の関係 イ ヌイ ッ トやユ ッ ピッ ク は人名 に は名 前 の 霊魂 が 宿 っ て い ると信 じて い る. サラ ダ ソ= ダ ソ グルー レ (S‐ l 77 ) によ れ ば, 胎 児 は骨, 血, 肉と名 前 の霊 魂 の 4つ の 部 分か ら構 成 さ れて いる と a adin d’Anglurel9 ,1978. イ ヌイ ッ トは信 じて いる と い う. す な わ ち名 前 (の霊 魂) を 持つ こと は, 人 間 である た めの 必 要条件 の一 つ である (Br ). odyl986:137 ワ シ ュ ト マ イ ス タ ー (Wachtmes i 56 ) は, す べ て のイ ヌイ ッ トや ユ ッ ピッ クの 社 会 に は妥当 しな い sterl9. が幾つかの社会では新生児に死去した者の名前をつけることはその死者が再生することであると指摘し, 彼 らの 間に は輪廻 の 思 想 が ある ことを 指 摘 してい る. 83 ア ラ ス カ の ュ ッ ピ ッ ク 社 会 を 研 究 し た フ ィ エ ナ ッ ブ = リ オ ー ダ ソ (Fi ) は, 彼 らの 社会 enup‐Ri oTdanl9. 構造, 生業活動や儀礼の根底には循環というイ デオロギーが共通に横たわっていると主張している. このこ とは名前についても妥当し, 同じ名前が隔世代ごとに循環して出現することを指摘している‐ ワ シ ュ トマイ スタ ー とフ ィ エ ナ ッ プ=リ オー ダ ソの 指摘 は, 死 者 の名 前 が 新 生児 に 付 け られる とい う社 会 慣 習 に 関す る もの である‐ アク リ ビッ ク 村イ ヌイ ッ トの 場 合 は, 死者 か ら名 前 を受 け 継 いだ 場 合 は死者 が 再 生 した と考 える が, 現存 者 か ら名 前 を貰 う ことも ある. この 場合 は, 輪 廻 と は 考 え に く い‐ ま た, フ ィ エ. ナッ プ=リオー ダンの隔世代 ごとに同じ名前が出てくるという指摘は統計的に見て新生児の祖父母の名前が 付けられる傾向を反映しているが,40%の名前は祖父母の世代 (二世代上の世代) 以外に由来しており, 循 環 のイ デオ ロ ギ ーを反 映 して い るも の.であるか どう か は判 断が難 しい‐ ベ ーリ ング海 峡のイ ヌ ピ ア トの名 前 や 社会 構 造 を研 究 したヘ ンリ ッ ク は イ ヌイ ピア トの名 前 は コミ ュ , , ニ プィ ー 間や コミ ュ ニテ ィ ー 内の レベ ル で統 合力 と して 作用 す る 象徴 体 系 である と指 摘 し, 人名 は, 個 人を. 社会に統合し, 過去, 現在および未来を結びつけ,,自然環境, 人間とその物質文化の世界および超自然の領 i i 域を 結 びつ け ると 主張 して いる (He )‐ nr chl969:17. ②. 名前の親族関係拡大機能. 名前には社会を統合したり, 個人の社会関係を拡大する機能があることが早くから注目を集めてきた‐ ヘ ンリ ッ ク, ゲ ンプルや サラ ダン= ダ ン グル ー レらは, 命名 に よ っ て 形成 され る 同名 者 関係 は, 非 親族 を i i 親族 に変 換 した り, 遠 い 親族 を近親族 に変 換 させ る 機能 を も っ て いる と 主 張 した (He nr ch l969 ; Geumple ’ l965,1972 )‐ 例 え ば, サラ ダ ン= ダ ン グル ー レは同 ; Saladin d Anglure l970:1034‐1035;Ben‐Dorl966:69. l i l 名 者 関 係 は 親 族 関 係 を 拡 大 さ せ る 機 能 が あ る と し, 次 の よ う に 報 告 し て い る (Sa ad n ぜAng ur e 32.
(8) . カナダ・イヌイ ットの名前, 名前の霊魂と社会変化. 1970:1034‐1035 )‐ ( ) 自分の同名者のすべての親族は自分の親族 である. 1 2 ) 自分の親族のすべての同名者は自分の親族である‐ ( ( 3 ) 自分の親族の親族のすべての同名者は自分の親族である‐. ◎. 自分の親族の同名者のすべての親族は自分の親族である、. 5 ( ) 自分の親族の同名者の親族のすべての同名者は自分の親族である. ( 6 ) 自分の同名者の親族の同名者のすべての親族は自分の親族である‐. しかし同名者関係によって作り出されれる親族は, 何らかの関係があるといった意味の広義の親族であり, nl976:35; Saladin 明確な血縁関係や姻戚関係がある狭義の親族ではないことを強調しておきたい (Maxwe d’Anglure l96 7:146 ).. と ころ でアク リ ビッ ク 村 のイ ヌイ ッ トの場 合 も, 命名 に よ る 同名 者 関 係の 創 出 は親族 関係を 生 み 出す こと. ができることは事実だが, 意図的に命名を通して親族関係を拡大 させた事例 は184事例中3例 (全体の1‐ )‐ む しろイ ヌイ ッ ト は, 個 人 的 な親 愛 関 係や 親族 関係 にある者 の 中 6%) で あ り極め て 少 な い (岸 上 199oa. から両親や祖父母が新生児の名前を決めている. 別言すれ ば, 新生児の両親にとって既に親族関係や友人関 係にある人々の名前が政治経済的な利害以外の理由でその子供に付けられる傾向が極めて強い‐ 従って同名 者関係の形成を経済・政治的同盟者関係の形成とみることには無理があると思う‐ 同様な指摘を グリーンラ ). t t ン ド西 北 部 の カ ラリ ッ ト社 会 を調 査 した ナタ ルも 行 な っ て いる (Nu aul992 ,1994:67. ⑧ 名前と社会変化の関係 イ ヌイ ッ トの名 前や 命名 シス テ ム は, イ ヌイ ッ ト社 会 が世 界 シス テ ムや 国家 の 中 に組 入れ られる に従 い, そ れ ら自 体 も変 化 して き た‐ こ の 変 化 に 関 し 幾 つ か の 研 究 が 公 表 さ れ て い る (Tr t t l985; Nuttau l992 o , 1994 )‐ ; Wn=amson l988 i カ ナ ダ の パ フ ィ ン 島 の ア ー ク テ ィ ク ベ イ (Arct ) は, イ ヌイ ッ ト ) を調 査 した トロ ッ ツ (Tr t tl985 c Ba o y. の活動領域と名前の集合の関係に注目し, 土地占有・生産仮説を提起している‐ 彼は, イヌイ ットの名前は 新生児の両親と同じキャ ンプで協同して生業活動を行なっていた人やその家族の者の中から選ばれる傾向が あるために, 特定のイヌイ ットの名前の集合が特定の地域に残ることに気づいた. イヌイ ットは文字を持た ないため歴史を残す手段が限られている‐ トロッツは, 近くで死んだ人の名前を新生児につけることによっ て, そこの土地がだれによって占有され, 利用されてきたかを記録に残す役割を果すと主張した‐ さらにだ れとだれとが協力して生産活動を行なってきたかも命名を通して記録に残されていると指摘した‐ 彼の解釈 は親族関係と命名を必ずしも相関関係にあるものではないという立場に立っている点が特異である‐ 主 にカ ナ ダの カ リ ブ ー ・イ ヌイ ッ トを研 究 して きた ウイ リ ア ムソ ソ 獅← imamsonl988 ) は,「伝統 的な」 イ ヌイ ッ ト名 がイ ヌイ ッ トの個 々 人 を社 会 的ネ ッ ト ワーク や 世 界 観へ と 統合 させる 重 要 な鍵 を 握 っ て い る と考. えている‐ 歴史的に, 捕鯨者, 毛皮交易者や宣教師との接触やカナ ダ政府の活動の影響を受けて, イヌイ ッ トの 「伝統 的な」 人名 や 命名 シス テ ム は 大 きく 変 容 して きた. 特 にイ ヌイ ッ ト名 の 減少 や消 失 は, イ ヌイ ッ. トの個人のアイデンティ ティ や広範な社会的ネッ トワークの弱体化を招き, 個々人の心理的障害や社会的な 孤 立化 の 問題 を 生 み 出 して い ると ウイ リ ア ムソ ンは主 張 して いる‐ ナ タ ル (Nuttanl99 2 ) は, グリ ー ンラ ン ド北 西 部 のカ ラ リ ッ ト社 会 を調 査 し, 表 面 的 な変 化 にも か か わ ら. ず社会自体は構造的な連続性を保っていることを指摘した. 現在のグリーンランドでは, デンマーク文化の 影響やキリスト教の浸透の結果, 「伝統的な」 カラリットの人名ではなく性別のついたデンマーク化 した名 前 が 使用 され て いる (Nut ). にも か か わ らず名 前 に 関す る 考 え方, 命名 シス テ ムや 同名 者 関係 に t組 1994:67 33.
(9) . 岸 上. 伸 啓. ついては根本的な変化はない‐ ナタルはカラリット社会における名前を通しての個人の連続性は個人の諸関 係, 社会 生活 およ びコミ ュ ニ ティ 意識 の 連 続を 再 生産 し続 けてし・ると 主 張{ して い る‐・彼 は次の よう に 述 べ て い る.. 「最近亡くなった人は 同名者を通して現存する関係を保ち続け , , その同名者の同名者たちや親族に関係づけられるだろう. 連続 性 の この 意識 は, 親 族 関 係の別 の側 面 ととも に コミ ュ ニ プィ ー の永 続 性の た め の確 固た る 基礎 と な っ て いる の である‐ t t ) aUI994:69 」 (Nu こ こ で3人の名 前と 社会変 化 に 関す る 研 究 を 紹介 して きた が アク リ ビッ ク 村 の 事例 と比 較 して み たい , .. トロッツの言うように同じキャ ンプや村にいる人の名前が残る傾向すなわち特定の名前の集合の地縁化はア クリ ビッ ク 村 でも 見 られて いる (岸 上 199oa )‐ しか しアクリ ビッ ク 村 の 場 合 は, 新 生児 の名 前 の75.6% ( 201事例 中152 ) は新生児の親族の者にちなんで 付 け られ, 残 りの24 201事 例 中49 ) は非親 族 にち なん で付 け られて いる (岸上 199oa:488 )‐ 一 方, 新 ‐4% (. 生児の名前の58 197事例中116 ) は同一の村落 (キャ ンプ) 居住者から,41 1 97事例中8D は他村 .9% ( ‐1% ( に住 む者 の 中か ら選 ばれて いる (岸上 199oa:488‐489 )‐ 従 っ て, 名 前の 集合 は, 特定 の 地 域 に 地縁化 す る よ. りも特定の親族関係 (拡大家族集団) とより密接に結びついているといえる. ウイ リ ア ム ソ ンと ナタ ルの 研 究 は, 主 張 に差 異 が み られ る‐ ウイ リ アム ソ ンは変 化 を強 調 し ナタ ル は連 ,. 続性を強調している‐ アクリ ビック村の事例では, キリスト教化やカナ ダ政府の影響下でも 「伝統的な」 名 前はミ ドルネームとして命名され続けており, 名前に関する考え方, 命名システムや同名者関係は大きな変 化 を受 ける こと 無く 存続 して い る‐ 一方, 一 人のイ ヌイ ッ トが持 つイ ヌイ ッ ト名 (同名 者) の数 は全体 と し て 減少 して きて お り, 一 人のイ ヌイ ッ トの 持つ 社 会 的ネ ッ トワーク の数 が 少 なく な っ て きた こと は事実 であ る‐ しか しこの 減少 が, イ ヌイ ッ トの 社 会心 理 的な 問題 の原 因の ÷ つ と な っ て い る と は 言 い 難 い‐ ア ク リ ビ ッ ク 村 の 事例 に関す る 限 りウイ リ ア ムソ ンが指 摘す る よ うな 「伝統 的 な」 名 前 の 減 少 や 消 失 に よ る, イヌ イ ッ トの アイ デ ンテ ィ ティ の 問題 や 社会 的ネ ッ ト ワーク の 弱 体化 はア クリ ビッ ク 村 で は顕 在化 して い ないの である. アクリ ビッ ク 村 の 事例 はナタ ルの 見 解 を 支持 して いる とい える‐. 次にアクリ ビック村の研究に基づき, 名前の象徴効果を指摘してみたい.. ( 5 ) 名前の地縁化と社会の象徴的再生産 イ ヌイ ッ トの 「伝統 的 な」 名 前, 命名 シス テ ムや 同名 者 関係 は, 1980年 代後 半 でも ア クリ ビッ ク 村のイ ヌ. イ ットによって保持されていた‐ 名前をめぐる観念も依然として失われてはおらず, 村人は意図的にかつ注 意深くだれかにちなんで新生児に命名を行なっている‐ 名前, 命名システムや同名者関係にはいろいろな文化的な意義や社会機能が存在するが, 筆者はその中で 名前の地縁化と社会の象徴的再生産という側面を強調したい. 定住生活を開始する以前のイヌイ ッ トのキャ ンプ集団の中核はいくつかの拡大家族から形成されていたが 9ob (岸上19 ), 季節や年が変わるたびにキャ ンプ集団の成員は離合集散を繰り返し, 親族の者がキャ ンプ集 団か ら出て い っ た り, 非 親 族 の 者 が 加 わ っ た り した. した が っ て キ ャ ン プ 集 団の 構成メ ンバ ー は, 毎 年, 少. しずつ変化するのが常であった.19 60年代には, イヌイ ットの間で定住化が進み, 各村落にはいくつかのか つてのキャ ンプ集団 (もしくは拡大家族集団) が共住するようになった. イヌイ ットは死亡した近親族 (特に子供の祖父母) やキャ ンプ集団や村落を去っていった親族 (特に子供 のオジ・オバ) の名前を, 個人的な思い出や記念のために新生児に付ける傾向が顕著である‐ したがってあ 34.
(10) . カナダ・イ ヌイ ッ トの名前, 名前の霊魂と社会変化. る人物がいなくなっても, その人物の名前を持つ替代者が常にキャ ンプ集団や村落に補充されることになっ た. 別言すれ ば, 同じ霊魂を持つ同じ人間がそこに存在し続けることを意味する‐ すなわちキャ ンプ集団や 現在の村落は, 特定の名前のセ ットから構成 され続けることになるのである. これは一種の名前のセットの 地縁化を意味する. しか し1920年 頃か ら1980年 代後 半ま でに 命名 され た アクリ ピ ッ ク 地域 のイ ヌイ ッ トの名 前197を 吟 味 した と ころ, 148の名 前 は親族 の者 に 由来 し (う ち94が ア クリ ビッ ク 地 域 に 在住, 53が他 地 域 に 在住), 49が 非 親 ) に 由来 して い た. この こと は親族 の名 前 が, 非 親族 者 族 のも の (アクリ ビ ッ ク 地域 在 住22, 他 地 域在 住27. (同一村落や他村落に住む友人) の名前よりも, 出身地の村ないしキャ ンプ集団に残る傾向があることを示 している‐ 別言すれば, 親族関係という要因が地縁性よりも命名においては重要であることを示している‐ 筆者は命名において最も重要な要因は既存の親族関係であり, 結果として村やキャ ンプ集団が特定の名前 のセ ッ トから構成され続けているように見えるのは, それらの集団が複数の特定の親族集団から構成されて おり, 各親族集団内で特定の名前の集合が命名され続けているからだと主張したい‐ すなわち命名によって 同名者が作 り出され, 特定の親族集団の成員が象徴的に補充され, 同じ社会関係のセットが象徴的に再生産 され 続け て いる の である‐ フ ィ エ ナ ッ プ = リ オ ー ダ ソ (Fi enup‐Riordanl983:153) が す で に 部 分 的 に せ よ 指 摘 し て い る が, イ ヌ イ ッ. トやュッ ピックは, 同じ名前の霊魂から構成される理想的なコミュニティ ーないし社会関係を命名を通して 象徴的に再生産し続けているのである‐. ( 6 ) 結 論 カナダ・イヌイ ッ トにとって名前は霊魂を持ち, 命名とは新生児に名前の霊魂を付与し, 特定の社会的人 格 と アイ デ ンティ テ ィ を も っ た 人 間 を 生 み 出す こと で ある‐ この考 え は, キリス ト教徒 にな っ た 現 在 でも 多 く のイ ヌイ ッ トに保 持 され 続 けた ま ま で ある‐. アクリ ビック村の場合, 新生児の命名は個々人や家族の主体的な決定によってなされるが, 命名には個人 の意図を超えた社会的な象徴効果がある. 社会を特定の名前のセッ トないし関係の集合体であると考えると 命名を通してほぼ同じ名前の集合からなる社会が通時的に再生産され続けていると言える‐ すなわちキャ ン プや村の成員 が他出したり死去した場合, その人の名前をそのキャ ンプや村の新生児につけることによ っ て, 特定の生物学的個体がキャ ンプや村から物理的にいなくなってもそれらの人の名前が特定の拡大家族関 係集団や村に常に残ることになる‐ 別言すれば, 個々の拡大家族集団や複数の拡大家族から構成される村社 会 は, ほ ぼ 同 じ人名 す な わ ち 霊 魂 の セ ッ ト (集 合) か ら構成 さ れ続 けて い る こと に な るの である‐. イヌイ ットの村落社会を特定の名前の霊魂の集合とそれに基づく社会関係から 構成されているコミ ュ ー テ ィ ー である と考 える と, イ ヌイ ッ ト社 会全 体 は急 激 に変 容 して いる一 方 で, 命名 を 通 して コミ ュ ニ プィ ー が 象徴 的 にせ よ再 生産 され 続 け て いる の である‐ カ ナ ダの イ ヌイ ッ ト社 会 はヨー ロ ッ パ 人との 接 触 以 降, 急 激 な 変 化 を 被 っ て きた こと は事 実 である が, イ ヌイ ッ トの名 前 と 命名 シス テ ムの 通 時 的 持続 はイ ヌイ ッ ト社. 会の構造的持続性を示しているといえよう (注7)‐. 35.
(11) . 岸 上. 伸. 啓. 注 (注1) カナダ国北西準州 ペリーベイ村とヌナ ビックのアクリ ピック村のイヌイ ットの間では, 名前についての考え方や命名のやり方 や同名者関係について多少の違いが見られる 偉≧上 199oa ). ,199oc (注2) 東部極北地域では, 名前をアティ ク ( i t ) と呼び, 名前の霊魂をターニック (Ta i k ) と区別 しているようである (Schne a ‐ r n q i de rl985:46 ,397)‐. (注3) 社会化の過程で周りの人たちが, 特定の名前の人物はどのように振舞べきかをその子供に教える‐ 例えば寛大で 腕の良い漁 , 師であった人の名前をもらった子供は, まわりの人がそうなるようにと期待をこめて育てる‐ (注4) 大半のイヌイ ッ トやユッ ピックの個人名には性別が特定されていない‐ しか し 次のグループでは男女別々の個人名が使用さ ,. れていたこ とが報告されている‐ それらは, ポラー・イヌイ ッ ト (Kroeber1899:268; Gnbergl984), ラ ブラ ドー ル ・イ ヌイ ッ ト (H‐ awkesl916:112), イ ヌ ビ アルイ ト (Smi fans thl984:354‐5 ), ヌ ナミ ュ ー ト .イ ヌイ ッ ト (Gubserl965:206) お son l916:364 ;Ste よ びユ ッ ピ ッ ク 企i 98 3 enup‐Ri ordanl )‐. (注5) 力ナダのパフィ ソ島北部のアークテイ ックベイやアラスカのネルソン島などでは 異なるやり方で名字が付けられている (T- , tl985 9 83 ot r enup-Ri o )‐ rdanl , Fi (注6) カトリック派と関係が深いイヌイ ッ トは, 多数の名前を持ち, 英国聖公会などプロテスタント派との関係が深いイヌイ ッ トは 少数の名前を持つ傾向があることも知られている (Duf ou rl977)‐ 6:139 (注7) プロディ (Br ) は, イヌイ ット, クリーやデネの間では名前の連続性は文化の通時的な連続性や死の否定を確実 odyl98 なものにすると指摘している‐. 引用文献 A辻o rd , R D‐ 1987. Na i d ldent i l I Study o f Pe I Na t tura i i i : A Cr 」 : n ng a 1 ・ os s-Cu t t r sona j ; n KAF ng Prac ces y l 1 e cut : Hm ‐ New Haven , Con Pr es s ‐. i AJ a , V. 1994. Names l i fax i ther l i l lg nber s n Po cy a :Fe r nwood Pub shi ‐ Ha丘 , Nun ,and Nor ‐ , NOVa scot. Ba l i kc i , A. 1970. The Ne i l i k Esk i IHi t ty tura to s l n lo rden Ci rk : The Na s ry Pr es s ‐ Ga . , New Yo. Ben-Dor . ,S 1966. Ma P氷ov i k i l nos a d Se l i t t ty v found l d i証 Un i i : Esk ty of l l e si r n a Labr ador Commun a ・ : Memo I r ve r s . St ‐ Johds , Net Newfound l d i fSoc i la d Economi t tuteo a 1 1 a l 1 c Rese紅ch . ,lns. Br ody , H. 1986. Li i i f No i d Tor them Canad l d Mc lnt th v ng Ar ct c :Hunte r so r an Nor I 1 couve ra 1 1 ont o :Doug asa 1 1 yre . Va .. Duf our , R‐ 1977. Les Noms de Pe i l l n k i f Anthr l I Un i i t dlg sonnes chezl ty r es mu u s opo ogy ve s r ‐ MA Thes ‐o , Dept , Quebec , Lava Ci ty .. Fi i enup-R ord zm, A. 1983. The Ne l i imo i f i i i ty Pre繁‐ sonl s a l .d Esk :A1 aska Pac c Un ve r s . Anchorage. Gi l be rg , R‐ 1984. Po l imo l i 」Adc ねeれcan 』 l d i ▽ア i t th A1 a r Esk c ans ash ngton . m Damas ・pp ・577一594 ‐ Vo ・5 ‐ , D.ed , Handbook of Nor , D-C‐ i i i thson t tut :Smi anlns on .. Gubse r . , N.J 1965. The Nuna imo f Ca i bou l i i ty Pr j mi utEsk : Hunter so :Conn : Ya e Un ve r r s e鮎. ‐ New Haven ‐. Guemp l e , L‐ 1965. “S i r i ng asa Fact i imo Ki i l l aunk” :Na ] 〔 ne Sha or Gove nsh rn ng Esk rm.Ethno ogy p Te ‐ Vo -4:323一335 .. 1972. Ki i i l l imo Soc i l 1 i imo nsh and Au ance i cher l n Be s and Esk et n Guemp e ance i n Esk p’ y ‐l . ‐ 56一78り AI , L. ed , pp Soc i l i 士mo l i ISoc i ty t t t e e : Amer c をm Et og ca e y .Sea ‐. Hawkes ,E. W. 1916. 36. The Labrador Esk imo l i I Survey N 1 i l i I Ser i nes og ca emo r 91 oPo og ca es 14 ‐ Canada . DePt . of Mi . Geo , A轟thr , ot tawa ..
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