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細胞の履歴書

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Academic year: 2021

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(1)最終講義. 細胞の履歴書 東北大学加齢医学研究所分子発生研究分野. 帯刀益夫. 平成 19 年 2 月 16 日(金)於:東北大学医学部臨床大講堂. これから私は、「細胞の履歴書」ということで、お話をしたいと思います。このタイトルは、 ある発生生物学者が The molecular biography of the cell というタイトルでエッセイを書いて いたものを借りたものです。私は「細胞の分化」を中心として研究をして参りましたが、基本的 な考えかたとしては、 「細胞がどのように運命転換をしていくのか」というプロセスに興味を持 って研究を進めてまいりました。我々の体の中には200種を越える多数の分化した組織細胞が ありますが、それぞれの細胞は、人それぞれが誕生して生活をして死を迎えるのと同じように、 我々の体の中で生活をしており、その時々に於いて運命転換をする様になっているわけです。 「細 胞の履歴書」は、同時に私自身の経験してきたこと、また、細胞生物学、あるいは生命科学がど のように変化してきたかということを含めてお話ししたいと思います。 私は、1962 年に大学に入学し、最初は化学をしようと思っていましたが、教養部の講義でお 二人の先生の講義を聴いて非常にびっくりしたわけです。私は高校の時に生物をとっておりませ んで、全く知らなかったことなのですが、我々の体が生化学的にコントロールされているという ことを石田寿老先生に教えられ、木村陽二郎先生は進化の話をなされ、生物学とはこういうもの かとその場で初めて気がつきました。そして、生物学ができるような所に移ろうということ考え たわけです。しかし、生物学はその当時、どのように研究あるいは将来的に活動をしていくかに ついては非常に不安でありましたので、色々なことができる薬学部に進みました。 薬学部では、核酸の代謝を中心として研究をしている水野伝一教授の研究室に進みました。4 年生で研究室に入ってから 5 年間指導を受けまして、その時は、微生物の DNA の分解機構等につ いて研究をしておりました。 この当時はどういう時代だったかといいますと、1953 年にワトソンとクリックの DNA のダブ ルへリックスのモデルができるのをはじめとして、どんどんバクテリアの遺伝学を中心として研.

(2) 究が進んできた時代であります。私が大学院に入る頃は、1966 年ですけれども、オペロン仮説 の実態としてのリプレッサーが具体的に証明され始めるというようなことを経て、どんどん分子 生物学的な方向に研究が進んでいく時期です。私自身の体験としては、生化学で代謝、物質とし ての生物のプロセスが理解できるようになってきたことと、遺伝学的な複製、転写の機構、さら には遺伝子発現の調節がジャコブ、モノーのオペロン仮説によって証明されてくるということが できてきた時期ですので、そういったことを背景として物を考えるようになりました。研究室に 入って、早速ジャコブとモノーの Molecular Biology の review article で、オペロン仮説の論 文を読みました。ここでは、遺伝子の発現においては、調節遺伝子と構造遺伝子があって、レプ レッサーと呼ばれるような物質が関与して遺伝子の発現をコントロールしているということを 明らかにされています。モノーはその後、「偶然と必然」という本を書いて、生物科学だけでは なく社会的にも大きな影響を与えるような仕事をしました。 このような経験をして、三年ほど外国に留学した後、細胞の分化の研究を始めることとなりま す。1975 年に癌研究所のウイルス腫瘍部に入りまして、そこで白血病の細胞の分化誘導の研究 を始めました。フレンド白血病細胞という細胞は、赤血球に分化誘導することができます。癌細 胞として振る舞っているわけですが、DMSO とか酪酸とか簡単な物質を加えることで分化が進む ということで、このプロセスを解き明かせば分化のモデル系としていろいろなことができるので はないかということが考えられました。この細胞を使って、赤血球ですから、グロビン遺伝子の 発現がどんなふうに誘導されるかということを調べようということになりました。この当時考え ていたのは、オペロン仮説と同じように、ある物質を添加するとグロビンが誘導されてきますか ら、そのような遺伝子の制御系を考えればいいというような単純な発想で進めておりました。そ れからこの時代は、分子生物学の発展というのが具体的に進んできて、遺伝子クローニングの研 究が始まる時代でもありました。 動物の遺伝子は大腸菌の約 1,000 倍ぐらいの遺伝子量を持っていて、遺伝子解析がほとんどで きないという状況でありましたが、遺伝子クローニングの技術が完成することによって、動物の 遺伝子を直接単離して、その情報を解読し、色々なことを調べることができて、遺伝子からスタ ートして遺伝学ができるという手法ができるようになります。逆遺伝学とか reverse genetics と呼ばれるような学問がスタートすることになります。 しかし、細胞分化の研究に入った頃には、まだそういう時代ではありませんで、どうやって遺 伝子の発現を調べるかということは、メッセンジャーRNA を同定できるものは、グロビンの様に メッセンジャーRNA を精製してそこから cDNA を作って、ハイブリダイゼーションで調べると言 うことは可能でした。そうでないものはほとんどわからないという状況でした。 当時のやり方としては、メンセンジャーRNA 集団の全体をハイブリダイゼーションして、メッ センジャーRNA の濃度をハイブリダイゼーションのキネティクスから類推し、そこから全体の様.

(3) 相を推定するというような方法を採りました。現在では、クローン化した遺伝子を元に、cDNA マイクロアレイとか遺伝子発現プロファイルという形でどんどん研究が進められていることな のですが、当時は非常にグローバルなアナリシスですけれども、そのレベルで色々なことをいた しました。たとえば、グロビン遺伝子の発現を見てみると、フレンド白血病細胞を分化誘導する と、誘導剤に依存してグロビン遺伝子の発現誘導が見られます。そのほかの遺伝子は、集団とし てメッセンジャーRNA を取り出して測定すると、ある種のメッセンジャーRNA の集団は誘導がか かります。また、別の種のメッセンジャーRNA は、発現が抑制されるというポピュレーションが あって、それから全く変化しないというものがあります。これも非常に荒っぽい手法なのですけ れども、ハイブリダイゼーションのキネティクスからメッセンジャーRNA の数を測定することも 可能でありまして、大体 5,000 から 6,000 種のメッセンジャーRNA はほとんど変わらずにいて、 数千の遺伝子の発現が変わります。グロビン遺伝子は、フレンド白血病細胞の分化誘導による発 現誘導は、全体の中ではほんの少しなのですが、完全に成熟したレティキュロサイトの中では全 体のメッセンジャーRNA の 90%をグロビンのメッセンジャーRNA が占めるようになります。この ように、分化の変換というのは大きな変化をたどるということが分かってきました。 こういうことをやっているうちに、ラクトースオペロンの誘導のような単純なモデルだけでは なくて、細胞にとって、分化そのものは非常に大きな運命変換であることが実感としてわかるよ うになりました。そこで、分化の決定といいますか、細胞の運命転換をどういうふうに追跡する かという事に意識が移るようになりました。 そのころ丁度、東大の薬学部の出身研究室で、名取俊二教授の下で研究を開始することにいた しました。そういう細胞の運命転換を色々工夫していこうと考えた場合に、方法論をどのように するかということが問題になります。いわゆる逆遺伝学という手法を具体的にどうしていこうと いうことが課題となりました。単離した遺伝子を細胞へ導入して、細胞の機能の変化を追跡して、 そこから遺伝子の機能を解き明かす、あるいは細胞自体の中での遺伝子発現のプログラムを追跡 するというような仕事をしようというふうに考えました。そのための準備として、ひとつは動物 細胞へ遺伝子を導入してどのように発現をするかという方法を具体的にいろいろやりました。た とえば、直接にガラスのキャピラリーを使って、顕微鏡下でマイクロインジェクションするとい う方法や、そのほかの遺伝子導入する方法の開発を試みました。それから、遺伝子の発現をコン トロールするための誘導プロモーターやベクターの開発、調べたい遺伝子をクローニングするこ とも同時に必要となってきました。そういう準備を進めていくことで 7 年ほど過ごしましたが、 1987 年に東北大学抗酸菌病研究所の細胞生物部門に赴任することになりました。 細胞生物部門というのは、故山根績教授が前任でおられまして、細胞培養を中心として、日本 の中で細胞生物学をリードする研究を進める研究室でありました。私自身もそういう背景を考え て、分子生物学的な手法と細胞生物学的な手法とをドッキングした形で仕事を展開したいと考え.

(4) て、それ以降今日まで、19 年以上になりますが、仕事を続けて参りました。 東北大学に移る前から準備をしていたことなのですが、分化の決定に関わるような色々な制御 というものを解析するということで、フレンド白血病細胞の分化誘導時の色々な変化を追跡して きたわけですが、c-myc というオンコジーンが分化誘導に先立って非常に大きな発現変化をする ということが分かりました。これはコミットメント、分化の決定とよばれる時期よりも早めに起 きていて、その後にターミナルな分化のマーカーが出てくるというというステップで分化が進行 するということが分かりました。もし、こういう分化の決定に直接関与するような遺伝子として c-myc が働くならば、c-myc 遺伝子の発現を変動させてやることによって、その因果関係を追跡 できるであろうと推測しました。具体的には、メタロチオネインプロモーターに c-myc をつない で、過剰に発現させたり、時期特異的に発現をさせるというようなことをして色々調べることと いたしました。その結果として出てきたことは、フレンド白血病細胞が分化の決定をするときに c-myc の発現が非常に大きな役割を果たしていることが分かりました。c-myc を過剰に発現させ ておけば、全く分化は進行しないで、未分化状態を維持する。一方、c-myc の量が減るような状 態でありますと、分化する。結果的に c-myc の量を決めれば分化のバランスをコントロールでき るということを実験的に証明することができました。実際に c-myc の分化の制御に関わる機能ド メインを、様々なデリーションミュータントを使って調べてみますと、分化の決定に関わるとこ ろとターミナルな分化に関わるところとは同じ役割をしておらず、分割できるということが分か りました。おそらく、c-myc は、増殖の制御と遺伝子発現の制御とを二重に制御できる役割を果 たしていることが推定できました。 一方、赤血球特異的な遺伝子の発現について、グロビン以外にもそういう遺伝子がたくさんあ りますので、我々は赤血球膜の中にあるグリコホリンという膜タンパク質に注目致しまして、そ の遺伝子のクローニングをいたしました。そして、グリコホリン遺伝子の発現制御を色々検討し ておりました。いわゆるプロモーター、転写開始の近傍から 1Kb 程離れた上流に、たくさんの転 写因子が結合するような特異的な領域があることが分かりました。グロビンの場合には、locus control region、LCR とよばれる領域でありまして、ある種の特異的なエンハンサーとして働く 遺伝子の領域であるということが分かっておりました。それと同じように、グリコホリン遺伝子 においても似たような領域があるということが分かりました。ここで面白い点は、GATA1 や NF-E2 をはじめとして、赤血球に特異的な転写因子が結合するという特異性を決めているところと、そ れ以外にすぐ下流に E ボックスと GRBF(glycophorin regulatory element binding factor)と いう二つの制御領域があることが分かりました。この制御領域は、結合する転写因子を調べてみ ますと、YY-1 という転写因子であるということが分かりました。ここでのプロセスを細かく検 討致しますと、グリコホリン遺伝子の誘導に対応して、c-myc が最初に YY-1 と結合していて、 c-myc が減少すると、遊離した YY-1 は EBP と結合して E ボックスに結合する。 その上流側に GATA1.

(5) 結合サイト等がありますので、赤血球分化特異性と分化の時期のスイッチというものが連動して 起こることによってグリコホリン遺伝子の発現が制御されています。転写とセルサイクルのコン トロールがカップリングすることによって、c-myc は分化の制御をしているであろうというモデ ルを立てることができました。このことによって、分化の基本的なメカニズムというか、分化の 決定のプロセスは、モデル系については理解できたと考えられます。c-myc の研究を契機として、 いくつかの遺伝子をクローニングいたしまして、これらの遺伝子の分子メカニズムの追跡も行い ました。 c-myc に関する研究は、モデル系として終了したわけですが、最近の c-myc に関する論文を少 し引用してみます。2004 年にでた論文なのですが、c-myc が血液幹細胞にどのように働くかとい うことを示しています。一番元になる幹細胞では c-myc は非常に低いレベルですが、前駆細胞の 段階ではレベルが高くなって、それにより前駆細胞が増殖するのですが、成熟する段階になると OFF になるというわけです。我々が見ていたのは、丁度、幹細胞から前駆細胞にかけてのことで、 c-myc レベルが変化することと分化が進むということがパラレルに起こるということが最近の 研究で分かってきています。もちろん c-myc が欠如した状態、過剰発現した状態では癌になると いうことが起こります。 分化を決定する遺伝子の働きを調べてきた印象では、遺伝子制御ネットワークの上流で働くも のは、その量によって運命転換の鍵として働くであろうということが推定できました。事実、我々 もやりましたが、Id という転写因子のレギュレータ、それから c-myb とか PU.1 とかというよう な転写因子もその量に依存して分化の制御をするということが分かりましたし、最近になって、 ES 細胞の場合も Oct4 という転写因子の発現量を調節すれば、ES 細胞の未分化状態と分化誘導が 制御できるということが分かりました。ということは、ある種の上位で働くネットワークに関連 した遺伝子を制御すれば、自動的に細胞の運命転換をできる可能性があると類推することができ ます。 そこで、我々は SV40 の T 抗原という癌遺伝子産物を用いて、分化と増殖の変換の制御ができ るのではないかと考えました。これは、細胞生物部門ということで、培養細胞という意識が少し あった事もありますが、我々の体にある色々な種類の細胞を分化した状態で、あるいは分化でき る状態で維持したいということを考えて、SV40 の T 抗原を用いた研究を少し始めることにいた しました。T 抗原というのは、Rb とか p53 といった癌抑制遺伝子産物と直接結合して細胞の増殖 制御をしているということが分かっています。我々は、温度感受性の SV40 の変異株を使うこと によって、温度でのスイッチによって機能的な変換をはかることができるように考えました。 一般的に、培養細胞あるいは初代培養に T 抗原を発現させますと、よく起こるクライシス(増 殖停止)を回避して、細胞が不死化するということが知られておりました。我々は、これでトラ ンスジェニックマウスを作って、全身に T 抗原を発現させる形でマウスを作り、そこから細胞を.

(6) 取り出し、培養することによって不死化細胞を樹立することができると考えて実験を行いました。 そして、予想どおり、色々な組織から色々な種類の細胞を樹立することができることを確認でき ました。 細胞を直接取り出して、不死化して培養系で扱えるということが進行することによって、もう 少し複雑な生体の幹細胞系にアプローチしようと話が進んでまいりました。幹細胞は、多能性と 自己複製という二つの問題を抱えた、非常に複雑なコントロールを受けている細胞であります。 そのプロセスというのは、一つは、自己決定のプログラム、つまり、細胞自身がどんなふうにし たいかという判断を自分の内的プログラムとして発動するということによって決定をしていく ということと、組織の微小環境、周りの細胞による環境に依存して制御を受けるという二つの局 面があります。我々は、自己決定プログラムについてはモデル系ではある程度のイメージができ あがっておりましたので、より複雑な組織の微小環境による制御にアプローチしようと考えまし た。 組織の微小環境を研究するためには、実際に組織内の環境を培養系に取り出してそれを再構築 する、そこで色々なことを見ていこうということで、造血組織である骨髄の間質細胞を樹立して、 培養系で微小環境を作る、それを基にして未分化な血球細胞と間質細胞との相互作用を調べてい くこと、さらに、間質細胞そのものがどういう性質を持っているかということ解析しようという ことを進めていきました。 造血は、マウスの場合、発生段階によってその場所を変えるということが知られています。中 でも、胎児期の肝臓、あるいは脾臓、それから骨髄で盛んに造血が行われています。前述のトラ ンスジェニックマウスを使う前から、マウスの胎児肝臓、脾臓から間質細胞を樹立して調べてみ ましたが、このトランスジェニックマウスを使うことによって、非常にたくさんの種類の骨髄間 質細胞株を樹立してその性質を調べることが可能となりました。具体的には、こういう間質細胞 と血液の前駆細胞あるいは幹細胞を共培養することによって、造血のプロセスを再現させようと したわけです。一つの例ですが、間質細胞に赤血球の前駆細胞を載せて培養いたします。その中 で起きていることを見ますと、間質細胞で作ったフィーダー上に、エリスロポイエチンの存在下 で、赤芽球のコロニーが形成されます。コロニーの中の細胞を見ますと、完成された赤血球に近 いような状態と、細胞にくびれができて脱核するプロセスを見ることができます。間質細胞の助 けを借りて、赤血球が成熟する過程を見ることができるわけです。 こういう培養系での造血の再現を基にして、実際にどのような分子が働いているのかというこ とを具体的に追跡することができますし、場合によっては、新たな遺伝子をスクリーニングする ことも可能となりました。これは、つい最近行われた実験ですが、間質細胞の発現遺伝子プロフ ァイルを調べて、そこで働く遺伝子を取り出して、テネイシン C という分子でありますけれども、 これが実際に必要であるということを証明することができました。赤血球の増殖をサポートする.

(7) 間質細胞にテネイシン C の siRNA を加えると、赤芽球のコロニー形成が抑制されますし、支持し ない間質細胞にテネイシン C をトランスフェクトすることによって支持機能を獲得するという ことによって証明できました。 血液の前駆細胞だけではなくて、幹細胞そのものを培養できるようにするために、セルソータ ーで分離した血液細胞を間質細胞に載せて培養いたしますと、コブルストーンアイランドとよば れるようなコロニーを作る培養系ができるようになりました。どのようなフラクションがこのよ うなコロニーを形成するのかを調べてみますと、lin ネガティブ、Sca-1、c-Kit ポジティブとい う、いわゆる幹細胞に対応するフラクションが非常に効果的に増えていて、ここでは、リンパ球 と骨髄球の両方のプロセスが進んでいるということから、幹細胞の分化のあるプロセスが間質細 胞との共培養で完成させることができると分かりました。 造血幹細胞の支持機能は、間質細胞によって非常に多様であること、非常に良く支持するもの とほとんど支持しないものとに分かれますから、この性質を指標にして遺伝子を探索するという ことで、メッセンジャーRNA のディスプレーを行って、ある種の遺伝子をクローニングすること が可能でした。採られた遺伝子は、非常に複雑な構造をしている遺伝子でありまして、色々なタ イプのスプライスバリアントがあって、その機能も多様であるというものでした。これはまだ完 成していないのですが、細胞内で輸送に働いている新規のタンパク質であるミオシン 18 という ことです。ミオシン 18 の機能ドメインによって細胞内での局在や、輸送系あるいはアクチンと の結合といったようなものが見られるということから、色々な制御に働いているらしいというこ とが分かりましたし、ある種の白血病で、この遺伝子の融合が起きて癌遺伝子として働くという ようなことも分かってきました。 こういう培養系ができますと、これに依存して血液細胞の側も樹立するということが可能とな ります。造血幹細胞は、非常に未分化な時期には、母親に依存したような状態で、間質細胞に依 存性を持っていて、ある程度成熟してきますと間質細胞から離れて、サイトカイン依存性、ある いは自立的に成熟できるようになるであろうと考えられます。そこで、間質細胞に依存して、あ るいは微小環境に依存して維持できるような血液細胞を細胞株として樹立することを試みまし た。 いくつかの血液細胞株を樹立することができましたが、その中で一つ面白い細胞は、DFC28 と いう細胞で、ある種の間質細胞と培養しますと、未分化な状態が維持されます。それを別の間質 細胞の上に移しますと、分化誘導が起きて、この細胞株は B 細胞系の細胞なのですが、リンパ球 系のいくつかのマーカー遺伝子の発現が誘導されます。面白いことに、分化が進んだ DFC28 細胞 を元の間質細胞の上に戻しますと、発現誘導された遺伝子は抑制されて、また元の未分化な状態 に戻るような形をとります。これは、単純に細胞のポピュレーションがシフトしたのではなくて、 全体の細胞が分化のシフトをするということから、どうも、ある時期の未分化な細胞は、可逆的.

(8) な分化のコントロールを受けるポテンシャルを持っている、ある種の可塑性を残したままではな いかということが予想されます。これは、再生医学的な議論の中で、可塑性という問題がこうい った形で調べることができるのではないかというふうに考えています。DFC28 が未分化であった り、分化が進んだりするときには、細胞の形態的にも少し違いがありまして、形態の変化とパラ レルにエフィリンまたはエフィリンのリセプターの発現に大きな差があるということが見つか りました。面白いことに、骨髄あるいは脾臓から血液細胞を採ってきまして、DFC28 で用いた間 質細胞と培養いたしますと、未分化に維持する間質細胞では、血液細胞のエフィリンの発現が誘 導できて、分化を進める間質細胞ではエフィリンの誘導ができないというふうに、間質細胞側が コントロールしているらしいということが分かりました。 実際に、微小環境として働いている間質細胞の持つ役割というものがいくつか分かってきまし た。我々の系で分子間相互作用が確認されてきた分子としては、エフィリン、c-Kit/SCF、イン テグリン、CD47、テネイシン C 等があります。間質細胞と血球細胞との相互作用というのは、1 対 1 の分子だけで物事が起こっていないという意味で、研究の目的を決めてから分子を捜すとい う方法だけでは出てこない色々な遺伝子のプロセスを見てやることができるのではないかとい うふうに考えます。 微小環境側が血液細胞に対して効果的に働いているように思えるわけですが、一方で、血液細 胞の分泌するサイトカインのようなものが間質細胞に影響を与えてコントロールするというプ ロセスがあるということが分かってきました。細胞の間では、相互作用というのは一方向だけで はなく、両方向の制御系があるということが非常に面白いことではないかと思います。 血液細胞のニッチェ、あるいは微小環境の間質細胞と血液細胞の関係ということで、造血幹細 胞の分化と c-myc との関係を扱った論文の中で、c-myc と細胞接着のモデルが提唱されています。 それによりますと、c-myc は、接着に関した分子の発現制御も行っていて、c-myc の発現量に応 じて細胞の接着性が変わり、そのことが血液細胞のニッチェの中に定着してそこで影響を受けて いる状態とニッチェから離脱してコントロールされるようになるという変化において重要な役 割を果たしていることが示されております。自立的な幹細胞側の要因と環境との間の相互作用と いうのが複雑に制御を受けているということが分かってきたと思います。 こういった骨髄の間質細胞は、それ自身が間葉系の幹細胞として働くという性質を持っている ということも分かってきました。脂肪細胞、平滑筋、骨格筋、骨細胞というように多分化能を持 った細胞として振る舞うということも樹立した間質細胞の中から分かってきました。これは、最 近の再生医学の中で、骨髄の細胞が移植によって色々な細胞に分化するということが分かってき ておりますけれども、そういう意味で、骨髄間質細胞が再生医療で興味を持てる細胞であるとい うことが言えます。我々が樹立した間質細胞株は、そういう分化系の制御の研究をしていく材料 としても好適ではないかと思っています。.

(9) 今までお話ししてきたように、私どもの手でいくつかの細胞を樹立し、それによって環境と幹 細胞、あるいは分化のプロセスについての研究を行ってきていますが、こういう細胞株を樹立す るという方法について他の研究者に非常に興味を持っていただけ、いろいろな細胞の細胞株の樹 立が進んで参りました。この中から最近、共同研究で進んだものをご紹介致します。我々の日周 リズム、サーカーディアンリズムをコントロールしている場所が視交差上核というところである ことが知られています。そこの細胞が実際にどのようにしてサーカーディアンリズムをコントロ ールしているかを調べるために、サーカーディアンリズムを持つ細胞を樹立しようといたしまし て、神経細胞株を樹立することに成功いたしました。この細胞は、ある条件で神経分化を起こす と同時に、いくつかのサーカーディアンリズムを起こす遺伝子の発現が、サーカーディアンリズ ムに基づいてコントロールされているということが分かりました。同じ場所からオリゴデンドロ サイトの細胞株が樹立できまして、温度コントロールと培養条件によって、成熟したオリゴデン ドロサイトの形態と機能を持つような面白い細胞であります。それから、これは血管の内皮とリ ンパ管の内皮の細胞株です。特に癌の転移等で血管内皮あるいはリンパ管の内皮というのは、最 近クローズアップされているわけですが、実際にこのような内皮の性質にどのような違いがある のかということは、具体的にこのような細胞株を樹立して調べる必要があります。これらの細胞 は、同じように管空形成をする能力がありますが、実際の遺伝子の発現パターンを調べてみます と、同じ内皮細胞といっても、かなり発現パターンが違うということが分かりました。まあ、そ ういう特徴をどんなふうに評価していろいろな方向に使っていくかと考えると、いろいろな可能 性が出てくると思います。 こういうトランスジェニックマウス、それからトランスジェニックラットを作成いたしまして、 いろいろな共同研究者と共に、数多くの細胞株を樹立することができました。こういう細胞株は それぞれについて特徴的な機能を持っていて、分化の研究やある特定の目的の研究に利用するこ とができます。 我々生物個体の持っている遺伝情報あるいは機能情報というものを別の面から眺めてみます と、現在の分子生物学あるいは細胞生物学的な手段の中では、これを情報あるいは物質ライブラ リーとして集積することが可能であります。遺伝子の情報については、ご存じのように、生物個 体の遺伝情報は、染色体のゲノム情報、そしてそこに存在する機能的な遺伝子の集合として理解 できるようになりました。今では遺伝子の場合は情報でストックすることができるわけですが、 もちろん cDNA ライブラリーやゲノムライブラリーという形で、増幅できるものとして用意する ことができます。一方、生物個体の機能情報という面から見ますと、いろいろな組織の特異性を 持った機能、分化した細胞の機能というふうに置き換えていくことができると思います。現在考 えられる分化した機能を持った細胞というのは、200 種類から 300 種類ぐらいだと考えられます ので、遺伝子と同じように、こういう細胞を全て不死化していくということによって細胞株とし.

(10) てライブラリーを作れば、遺伝子のライブラリーと同じ意味で、機能的な多様性を持った細胞と してストックできる、それをアンプリファイできる形で提供できるようになることが可能だと思 います。 こういうことができていけば、創薬科学等のことを考えた場合には、細胞特性に注目していろ いろな医薬品の開発をできるのではないかと、組織の再生という観点からは、幹細胞の分化の制 御、あるいは微小環境の構築、そこで働いている生理活性分子や分化の制御因子の探索等が可能 になります。もちろん、遺伝子の機能や発現制御が組織特異的あるいは分化した細胞特異的に起 こる事象を細かく解析することが可能ですし、現在行われているハイスループットスクリーニン グ系をこうした細胞で用いていくことが考えられます。また、毒性試験をはじめとして、現在非 常に問題となっている実験動物の代替法を開発するということにも役に立つのではないかと思 います。それをするためにはいくつかのプロセスが必要だと思いますけれども、我々の技術の一 部がそういうことに役に立つであろうことを期待しています。 こういうことで研究を進めて参りました。今日のお話は、ほとんど私自身が直接興味を持って 進めていた仕事を中心としてお話ししましたが、研究室では、ここにお示ししましたように、こ れまでのスタッフとして共同していただいた方、それから私どもの研究室で大学院生としてある いはポスドクとしてあるいは医学部の研究室から派遣されてきた方をはじめとして、協力してい ただいた方々を上げさせていただきました。それから東大で一緒にやっていただいた方々、共同 研究をしていただいた方々をお示しさせていただきます。こういう先生方の協力、それから研究 室の方々の協力を頂いて楽しく研究を進めてこられたことを非常にありがたく思い、感謝をした いと思います。 最後に一つ、スライドをお見せして講義を終わりたいと思いますが、これはたまたま私のふる さとの方に行ったときに、ローカル線につってあった広告のようなものを撮ってきたものです。 金子みすずさんという人の詩ですが、「わたしと小鳥とすずと」という詩です。. わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、 とべる小鳥は、わたしのように地面(じべた)をはやくは走れない わたしが体をゆすっても、きれいな音はでないけど、 その鳴るすずは、わたしのようにたくさんなうたは知らないよ すずと小鳥とそれからわたし、 みんなちがってみんないい. という詩です。これは違いを愛する県民運動とかいてありますが、この詩を講義の最後に持って きたのは、一つは、我々の体を構成している分化した細胞というのは、実にみんな違ってみんな.

(11) いいという状態であります。幹細胞や組織で表立って働いている機能を持った細胞というのは、 我々にわかりやすいのですが、間質細胞や組織構築、あるいは環境を構成している細胞というの は、特徴はよく分からないけれども、結果的に重要な貢献をしている細胞です。そういうことを 考えますと、我々の体の中の細胞というのは、そういう違いを生み出しながら、しかし全体とし て非常に協調的に活動するというふうにして細胞社会を作っているということがよく分かるわ けであります。そういう細胞社会というものが、生物科学あるいは科学の面だけではなくて、我々 の社会がそういうことを学んでいくということも重要ではないかと思います。それからもう一つ は、先ほど謝辞に出しました非常にたくさんの方々に協力をしていただいて研究を進めたわけで ありますが、この研究者あるいは学生さんひとりひとりがみんな違ってみんないいと私は思いま す。 それぞれがそれぞれの特徴を発揮して、協調的に仕事をしていただいたと思っています。そう いうことができて、今日私がこういうふうに最終講義ができるというのは、まさに東北大学に環 境を作っていただいて、そこで自由にできたからだと思いまして、心から感謝を申し上げて私の 最終講義と致します。どうも長い間ありがとうございました。.

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