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エキュメニカル対話における職制論 : アングリカニズムの視点から

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(1)

エキュメニカル対話における職制論 : アングリカ

ニズムの視点から

著者

西原 廉太

学位名

博士(神学)

学位授与機関

関西学院大学

学位授与番号

34504乙第350号

URL

http://hdl.handle.net/10236/00028957

(2)

エキュメニカル対話における職制論

一 アングリカニズムの視点から 一

西原廉太

(3)

凡 例

*聖

書 引用箇所 は、すべて、共 同訳聖書実行委員会『 聖書 新共 同訳』(日本聖書協会、

1996年

)を

使用 した。一部 、人名表記 を修正 した箇所 がある。

*人

名事項等 の 日本語表記 は、原則的 に『 キ リス ト教大事典』(教文館 、

1985年

版) の表記 に従 っているが、 日本語表記が定着 していない人名・事項等 については独 自 の 日本語表記 を行 つた。聖公会 関係 な どで、英語表音表記 の方 を優先 した場合 があ る。 また、原則 的に初 出の人名・事項 、会議体等の略称 については、英語原表記 も 併記 したが、読者 の利便 を考 え、再度 、原表記 を付 した場合 もある。

*教

会専門用語 、訳語 に関 しては、『 キ リス ト教大事典』、『 現代 カ トリック事典』(エ ンデル レ書店、

1982年

)等

を参照 しつつ、原則 的には、 日本聖公会 で現在一般的 に使用 されてい るものに準拠 した。特 に、訳語上、議論 が多い ものについては、以 下の通 りに定 めた。

(a)The church of England

「英国教会」

(b)■

adition

4医統」

(c)Sacrament

「サ クラメン ト」

(d)Bishop,Priest,Deacon

「主教」、「司祭」、「執事」 (Bishopは 「監督」 と訳 した箇所 もある。 また、邦語文献引用表記が 「司教」の場合は、原則的に、原文通 り「司教」 とした。)

*`Anglican"に

ついては、「聖公会」「アング リカ ン」等 々の訳語 を使用 してい るが、 特段 、意味の差異は付 けていない。

*

『 二十九箇条』の訳 については、原則 的に、塚 田理『 イ ングラン ドの宗教』(教文館 、

2004年

)収

載 の ものを使用 したが、必要 に応 じて訳 し直 しを してい る。

*

ランベ ス会議諸決議 については、ア ング リカ ン・ コ ミュニオ ン・オ フィス(Anglican

Communion Ottce)の

公式 ウェブサイ ト内に、アーカイ ヴが存在 し、それ を基本 的 に参照 してい る。 http:〃

ww‐

lambethconferenceoorg/arch市

es/index.cfm (2012年

11月 現在)

(4)

「按手 された奉仕職」一般 を指示す る用語 には、教職者、教師、教役者等々がある が、本研究 においては 「聖職者」で原則的に統一す ることとした。 “ministry"(ミ ニ ス トリー)に つ いて は、文脈 に よつて、「奉仕職 」「職 制」「職務 」「働 き」「宣教奉仕 」「ミニ ス トリー」等 々 と使 い分 けた。 “collegiar'の 訳語 の問題 については、神 田健次は、collegialに 「同僚性」 とい う訳 語 を当て ることを試 みてい る。神 田は、『 リマ文書』で重要 なのは、教師間の ヒエ ラ ル キー とい う方 向の理解 ではな く、同僚である とい う「同僚性」 を非常に強調 して い ることである、 と指摘 してい る。確 かに、collegialが 意味す るところは、主教 団 や聖職 団 といったま さに 「同僚性」であ り、『 リマ文書』をは じめ、す でに邦語 で出 版 されてい るア ング リカ ン関係文献、資料がほぼ共通 して 「団体性」 とい う訳語 を 採択 してい るが、本論 においては 「同僚性」 とい う訳語 を用い ることとす る。 “conciliarity"の 訳語 については、本義的に 「教会会議性」等 を使用す る可能性 が あ り、また、日本基督教団等、「会議性」とい う用語 に独 自の意味を付与 してい る場 合 があるが、本論 においては、日本聖公会で一般的に使用 され てい る意味において、 「会議性」 とい う訳語 を用いることとす る。

*

ラテ ン語 表 記 は 、 一 部 英 文 テ キ ス ト中 で使 用 され て い る表 記 をそ の ま ま使 用 した。

(5)

目次

凡 例

1

目次

3

序 論

9

1問

題の所在

9

2研

究史的状況

10

3研

究の課題と構成

19

(1)歴史的主教制成立のプロセス

20

(2)研究の方法論

23

(3)研究の課題と構成

25

1章

アングリカニズム職 制 論 の基 本 的 視 座 一エ ピスコパ シー理 解 を中心 に

- 28

1英

国宗教改革以降のアングリカニズムにおけるエピスコパシー理解

28

2現

代アングリカニズムにおけるエピスコパシー理解

32

3エ

キュメニズムにおけるエピスコパシー理解の深化

37

4第

1章結語 エピスコパシーの象徴論的理解の可能性

42

2章

「ローマの主 教 座 」の権 威 とアングリカニズムの職 制 論 一

ARCIC報

告『 権 威 という賜 物 』 が提 示 す る意 味 と課 題

- 46

1「

ローマの主教座」の歴史的意味

4ア

(1)ペテロの後継としてのローマ主教

4ア

(2)ローマ主教の不可謬性と教導権

51

2『

権威という賜物』が提示する意味と課題

59

(1)「信じる者たちの感覚」(s"sυ

s hdぬ

υガ

59

(2)「シノダリティ」(SynOdality) 61 (3)「不可謬性」と「不可傷性」

63

(4)ローマ主教の普遍的首位性

65

3第

2章結語 新たにされた「普遍的首位性」の再受容

67

(6)

3章

『 アポストリチ ェ・クーレ』をめぐるアングリカニズムの職 制 論 的 理 解

70

1『

アポストリチェ・クーレ』及び『 サエピウス・オフィキオ』要 旨

ア2 (1)『アポストリチェ・クーレ』の “しo■ icaθ Curaの(要

)

ア2 (2)『サエピウス・オフィキオ』(動 ゃ

ms Ottdめ

要 旨

ア8

2『

アポストリチェ・クーレ』をめぐる歴史的背景

82

(1)エドワード『聖職按手式文』の特徴とその歴史的背景

82

(2)『アポストリチェ・クーレ』公布に至る歴史的背景

85

(3)ヴアティカン・アーカイヴ公開によつて判明した特別委員会の議論

89

3『

アポストリチェ・クーレ』をめぐる職制論的議論

92

(1)アングリカニズムとローマ・カトリシズム間のサクラメント論の相違

92

(2)『アポストリチェ・クーレ』によって批判されたエドワード聖職按手式文における「形相」と 「意向」の問題

95

(3)1662年版『祈祷書』聖職按手式文における「付加」の意味

99

(4)アングリカニズムのユーカリストにおける犠牲理解

101

4第

3章結語 新たなコンテキストにおける『 アポストリチェ・クーレ』

105

4章

聖 公 会 一ローマ・カトリック教 会・一 致 と宣教 国 際 委 員会

(IARCCUM)合

意 文 書『 一 致 と宣 教 にお ける共 なる成 長』が提 示 す る課 題 と可 能 性

110

1合

意文書『 一致と宣教における共なる成長』の背景

110

(1)ミシソーガ(Mississauga)会議

111

(2)教会間「共同宣言」から委員会「合意声明」へ

112

(3)IARCCUM特

別委員会の設置

114

(4)後退を許さない

40年

間の対話

115

2第

一部:共通に持つ信仰

(The faith we hold in common) 116

(1)三位一体なる神への信仰

117

(2)宣教におけるコミユニオンとしての教会

117

(3)神の生ける御言

119

(4)洗ネL 120 (5)ユーカリスト

121

(6)奉 仕職 (Ministry) 124 (7)教 会における権 威

126

(8)弟 子性(Discipleship)と 聖性

(Holiness) 129

(9)聖 母マリ7(The Blessed Ⅵrgin Mary) 131

(7)

3第

二部:一致と共なる宣教へ向けて

(Towards Unity and Common Mission) 132

(1)私たちが分かち合う信仰の可見的表現

133

(2)私たちの信仰についての共同研究

134

(3)奉仕職の協働

135

(4)世界における共なる証し

136

4第

4章結語 『 一致と宣教における共なる成長』の可能性

137

5章

エ キュメニカル 対 話 にお ける用 語 法 一ルーテル・聖 公 会対 話 を中心 に

- 139

l WCCに

おける“unity"の 用語法

139

2ア

ングリカンールーテル教会間対話における“unity"を めぐる用語とモデル

141

(1)『プラハ・レポート』

141

(2)『コールドアッシュ・レポート』

143

(3)『ナイアガラ・レポート』・『マイセン共同声明』

144

(4)『ポルヴォー共同声明』

145

(5)『ロイリー共同声明』

146

(6)『共なる宣教に召されて』・『ウォータールー宣言』

14ア

3“

unity"理 解についての神学的基礎

150

4第

5章結語 “unity"を めぐる用語法と残された課題

153

6章

『 共 なる宣 教 に召 され て』(米国 聖 公 会 ―米 国 福 音 ル ーテ ル 教 会 間 フル・コミュニオン合 意)の意 義 とその職 制 論 的 課 題

155

1『

共なる宣教に召されて』で確認された論点

156

(1)『マイセン共同声明』及び『ポルヴォー共同声明』との関連

156

(2)『ナイアガラ・レポート』に示された教理的一致の確認

158

(3)叙任奉仕職をめぐる基本的理解について

160

(4)福音主義的・歴史的エピスコペート

161

(5)按手による歴史的エピスコパシーの再回復

163

2『

共なる宣教に召されて』へ至るプロセスと神学的コンセンサス

164

(1)『共なる宣教に召されて』へのプロセス

164

(2)最難関課題としての歴史的エピスコパシー理解

167

(3)LEDプ

ロセスにおける神学的コンセンサスについて

170

3ル

ーテル教会神学におけるエピスコパシー理解について

177

4『

共なる宣教に召されて』の意義とその職制論的課題

183

(8)

(1)ローカル・エキュメニズム(local ecumenism)の 可能性

183

(2)「シカゴーランベス四綱領」第

4項

と「エキュメニカル解釈学」

185

5第

6章結 語 『 共なる宣教 に召されて』をめぐる課 題と可能性

187

7章

『 教 会 の使 徒 性 の 内にある監 督 の職 務 一ル ーテ ル 声 明

2002-』

に対 す るアングリカ ン・コミュニオンか らの応 答

190

1宣

教・使徒性・使徒継承

190

2使

徒性と按手された職務

191

3イ

グナティウス、エイレナイオス、キプリアヌスの監督職理解

194

4監

督の歴史的継承

198

5主

教と地方教会

201

6監

督の職務の改革と刷新

203

7監

督の職務とグローバル・コミュニオン

205

8第

7章 結語

Emθ

から引き出されるいくつかの課題

208

8章

『 キプロス合 意 声 明』にお ける東 方 正 教 会 の職 制 理 解 とアングリカニズム

210

1主

教職と首位性理解をめぐって

212

(1)エピスコパシーをめぐる

4世

紀に至るまでの展開

213

(2)4世紀以降のエピスコパシーをめぐる展開

214

(3)歴史的分析から引き出される主教職をめぐる教会論的主題

215

(4)「終末論的基調」の重要性と地方教会の自治に奉仕する「首位性」

216

(5)首位性とシノダリティと三位一体論的視座

216

2キ

リストの祭司性と司祭職理解

217

(1)キリストの祭司性

218

(2)按手された司祭職とユーカリスト

219

(3)司祭職の有効性を保証するもの

221

3教

会における女性の奉仕職

222

(1)信徒奉仕職と女性の働き

223

(2)女性の執事職をめぐって

224

(3)女性の司祭職と両教会の見解

225

4第

8章結語 正教会 一聖公会対話の今後

228

(9)

9章

BEMプ

ロセス及 び ロイエ ンベ ル ク合 意 との対 話 の可能 性

229

l BEMプ

ロセスにおける職制論1的議論

229

2ロ

イエンベルク合意職制論との対話の可能性

235

(1)『ロイエンベルク協約』(Zθυ “わ昭 伽 θαめプロセスについて

236

(2)『ロイエンベルク協約』と『マイセン共同声明』、『ポルヴォー共同声明』

239

(3)『ロイエンベルク協約』プロセスにおける教会論的、職制論的発展

243

3第

9章結語 進展する宗教改革プロテスタント内の職制論的コンセンサス

245

10章

同性 愛 主 教 按 手・「アングリカン・カヴアナ ント」をめぐる議 論 と職 制 論 的 課 題

248

1米

国聖公会ニユーハンプシャー教 区の決断が持つ意味 一ARCIC『 権威という賜物』の論 点から

- 248

(1)ジーン・ロビンソンの主教按手という事態

248

(2)『権威という賜物』の論点

250

(3)ニューハンプシャー教区の決断の意味

258

(4)「信頼の解釈学」(hermenOutic of trust)の 必要性

260

2史

上二人 目の同性 愛を公にする主教の誕生と「アングリカン・カヴアナント」(Anglican

Covenant) 260

(1)史上二人 目の同性愛を公にする主教の誕生

261

(2)グローバル・サウス聖公会諸管区の反発

262

(3)「アングリカン・カヴアナントーセクション4」をめぐる議論

267

(4)グラスプール主教按手に至る米国聖公会の歩み

2ア

1

3第

10章結語 日本聖公会に求められる役割

272

結 論 研 究 の成 果 と課 題

275

1各

章における成果概要

275

2本

研究の総括的考察

278

(1)「教会問対話」を基本とする)1980年代以降のエキュメニカル職制論

278

(2)<人

格的・同僚的・共同体的

>要

素によって解釈するエピスコパシー

279

(3)エキュメニカル解釈学基準《ヒしての「シカゴ・ランベス四綱領」第

4項

281

(4)その他の確認と課題

282

3ア

ングリカニズム職制論の責任

284

(10)

参 考 文 献

290

【主要参考文献・論文】

290

【一般教会関係文書】

299

【アングリカン・コミュニオン関係文書】

300

【アングリカンーローマ・カトリック教会間対話関係文書】

301

【アングリカンールーテル教会間対話関係文書】

301

【アングリカンー東方正教会間対話関係文書】

302

【世界教会協議会(WCC)・ エキュメニカル対話関係文書】

302

【主 要 エ キュメニ カル 対 話 関 連 年 表 】

304

謝 辞

305

(11)

序 論

1問

題の所在

近年 、「エ キュメニカル運動冬の時代」な どとい う表現 を耳にす ることが多い。

1948年

アムステル ダムで 「世界教会協議会」(World Council of Churches:WCC)が 結成 されて

半世紀以上 を経 たが、確 か にキ リス ト教各教派 のエ キュメニカル運動 に対す るプ ライオ リ テ ィは低 下 してい る と言 わ ざるを得 ない状況がある。 その背景 には、個 々の教会組織 の深 刻 な財政危機 、「信仰職制」の流れ と「生活実践」の流れの乖離1、 教会一致への展望の喪失 感 、倫理的諸課題 をめ ぐる分裂等が考 え られ る。 しか し、一方 で この数年 の間に、エ キュメニズムの領域 において画期 的な進展 が見 られ た こ ともまた事実である。北欧のルーテル諸教会 と英 国にあ る聖公会諸教会 の対話 である 『 ポル ヴォー共 同声 明』 をは じめ として、『 マイセ ン共 同声 明』(ドイ ツ福音主義教会 と英 国教会 間の合意)、 北米 にお けるルーテル諸教会 と聖公会の対話、また、ルーテル教会 とロ ーマ・ カ トリック教会 との間にお ける義認 をめ ぐる合意等 、 ローカル・ エキュメニズムを 中心 に して数 多 くの重要 な教会 間対話 、歴 史的諸合意 が実現 してい るのである。 ア ング リ カニズムは これ らの対話の多 くで主軸 を担 ってお り、実際、 ランベ ス会議2のエ キュメニズ ム関連セ クシ ョンは毎回大変 な活気に満 ちてい る。 もはや 、聖餐論 、あるいは義認論等 の教理 をめ ぐる普遍 的合意 はほぼ達成 されつつ あ る と言 つて も過言 ではないであろ う。エ キュメニカル対話 の ヴィジ ョンを探 る上での残 る難 関は、「職制論」、 こ とに 「エ ピス コパ シー」3をめ ぐる諸 問題 であることは間違 いない。 こ のエ ピス コパ シー に関す る普遍的合意 の可能性 がある とすれ ば、その時、私たちは全教会

l WCCの

結成 は、主要 には、それ までの信仰職制運動 と、生活実践運動 が

1948年

に合流 して実現 した ものであるが、内実的には

60年

以上 を経 た現在 も合流 し得 ていない との批判 もある。 この ことの反省 は

1998年

12月 にジンバブエ、ハ ラ レで開催 された

WCC第

8回

大会 で も討議 され た。∠∬

"勁

ヶ 蘭

rn"【

Geneva:WCC Publications,1998).

2「

ランベ ス会議 」 とは

10年

に一度開催 され る、全世界の聖公会主教 による会議。 ア ング リカ ン・ コ ミュニオ ンにお ける

4機

能 の一つである (他は、カ ンタベ リー大主教、全聖公

会 中央協議会:Anglican Consultative CouncilttCC)、 首座 主教会議)。 現在 は、カ ンタベ リ

ー のケン ト大学 を会場 に行 われ るが、当初 は、 ロン ドンにあるカンタベ リー大主教公邸 の ランベ ス・パ レスで開かれ ていたため、 この名 が付 け られてい る。 3“episcopacプ

.ギ

リシャ語の、“年鷹θ “ηこ由来す る。「監督性」と直訳 されることもある。 歴史的主教制はあ くまでもエ ピスコパシーの一形態である、とい う前提的理解の上に本論 考は展開 している。

(12)

的なフル・ コ ミュニオ ンの実現 を具体的に描 くことができるのである4。 また、現代エ キュ メニズムの 目標 地点は、諸教会 による共 同聖餐の実現 であるが、それ も逆 に言 えば、職制 論 をめ ぐる諸難題 が解決 され ることが必要条件 とな る。 その際に、重要 な鍵 の一つ となる のは、ア ング リカニズムにお けるエ ピス コパ シー理解 を中心 とす る職制論であろ う。 本論考の研究 目的は、この間、進展す る教会間対話 、エキュメニカル諸合意 における「職 制論」的諸課題 を整理 、分析 、検討す る作業 を通 して、最終的には 「ア ング リカニズムの 職制論」理解 、及びその課題 と可能性 を明 らかにす ることにある。

2研

究史的状況

さて、本研 究が 目的 とす る、ア ング リカニズムが関与す る教会 間対話 、エ キュメニカル 諸対話 を精査 し、 ことに職制論 的諸課題 に焦点 を当て、分析 、検討す ることを通 して、ア ング リカニズム職制論 の課題 を、近年 の教会論的、倫理的諸課題 も踏 まえて、立体的に論 じた、ま とまった先行的単独研究は、海外 において も 日本 国内において も為 されていない。 もつ とも、個 々の個別諸課題 をめ ぐっての研 究 は数多 く行 われ てお り、本論考の関心 と関 連づ けなが ら、それ ら先行研究 を紹介 したい。 聖公会 の職制論一般 をめ ぐる先行研 究 としては、 まず、マイケル・ ラムゼー の『 福音 と

普遍教会』 (Michael Ramseェ 劉物 θοtt」 ′″ご励θ(%滋歯

ab遭

(London:Longmans,

1936)5)を 挙 げなけれ ばな らない。ラムゼーは、ヨー ク大主教、ダラム教 区主教 を経て、第

100代

カ ンタベ リー大主教 として着座 、

WCC議

長 も歴任 した人物 であるが、同書 を執筆 し

たのは、彼 が リンカー ン神学校(Lincoln Theolo」 cal COllege)で教 えていた若 い頃である。

ラムゼー のア ング ロ・ カ トリシズムを基礎 として、聖書学、教会史、組織神 学、ア ング リ

カニズムを総動員 して論 じられ るものである。 同書の重要 な点は、

1936年

とい う時点 にお

いて、エ キュメニカル対話 を通 した教会一致の可能性 を見なが ら、そのための基礎 的共通

4歴

史的三聖職 は、主教、司祭 、執事であるが、本研 究 において主教職 に とりわけ焦点 を当

て るのは、英 国教会法 にあるよ うに、「司祭 は執事であることを辞 めない し、主教 は司祭 と

執事 であるこ とを辞 めは しない」(ci Church of England Canon C l。 2)のであ り、また、マ

イ ケル 0ラ ムゼーが、「主教 は尚司祭 である し、仮 に、主教が、司祭 としての心 と精神 を保

持 していないので あれ ば、その主教 は悪い主教 となろ う」(Michael Ramseヌ 賀bθ αtts励″

PItsι 物 洗夕 revised edition(LondOn:SPCK,1985)p。 96。)と考 え る こ とがで き るか らで あ る。

5c■ Michael Ramsey9`陛lθ Gοψ 」 ′″ごが2θ 〔乃励olic働遭ふ (London:Longmans,1936).

(13)

理解 を探求 しよ うと試 みてい ることにあ る。 ラムゼー は、教会 の職制、 ことに主教職 は、 福音 を伝 える使徒性 の継承 を保証す るものであることを確認 しつつ、そ こに、 この地上 に ある諸教会の可見的再一致の可能性 を見 る。 ここには、エ ピス コパ シーの象徴的意味 を掘 り下げなが ら、ア ング リカニズムのエ キュ メニカル な性格 を明 らかにす る とい う、本研 究 と同一 の方 向性 がす でに提示 され てい るも のの、時代的な限界 ゆえに、エ ピス コパ シー を、人格 的(personal)、 同僚 的(collegial)、 共 同体的(communal)と いった要素で分析す る作業は行 われ てお らず、現代ア ング リカニズム、 エ キュメニズムが要求す る議論 に対す る応答 にはな り得ない。 ラムゼーは、

1968年

に、 当時の教皇、パ ウロ

6世

との合意 に基づ き、「アング リカ ンー

ローマ・ カ トリック国際委員会」仏nglican_Roman Catholic lnternational Commission:

ARCIC)を

開始 し、その後、ア ング リカ ンを基点 とす るエ キュメニカル対話 に積極的に取 り

組 んだ。 そ うした過程 にあつて ラムゼーが発表 した職制論的論考が、『 今 日にお けるキ リス

ト教 の司祭職』 (Michael Ramsey ttθ α蹴趨力″Priesι 乃勿 reviSed edition(London:

SPCK,1985)6)で

ぁ る。 同書 は、 ラムゼーの数 ある著作の中で も、最 も評価 の高い作業の 一つ であ るが、主教職理解 も含 めたアング リカ ン職制理解 を整理 しなが ら、 ことに信徒使 徒職 の意 味 につ いて も展 開 してい る。 ただ し、同書 は、研 究書 とい うよ りも一般読者 向け の入 門書的性格 を意 図 して書かれ てい るため、それぞれの論点の掘 り下げや裏付 けが十分 とは言 えない。 ア ング リカニズム職制論研 究において蓄積 があるのは、礼拝学領域か らの諸研究である。 チ チ ェス ター神 学 大学(Chichester Theological College)教 授 を経 て、 ノー トル ダム大学 (University of Notre Dame)教 授 として礼拝学 を講 じた、ポール・ブラ ッ ドシ ョーは、英国 宗教 改革 か ら現代 に至 るまでの、聖職按手式文の変遷 に着 目し、 ア ング リカ ンの職制理解 が、使徒継承 を保証す る歴 史的三聖職位 を保持す るために、細心の注意 を払 ってきた こと を確認す る と同時 に、ア ング リカニズムの職制理解 の根幹 に信徒 の使徒職 としての参与が

あ ることを明 らかに してい る7。

英 国教会 の祈祷 書改訂作業 に も中心的 に関わつた、 ウール ウィ ッチ(Woolwich)教 区のエ

リア主教 、コ リン・ブキャナ ン(COlin Buchanan)も 、クランマー(Thomas cranmer)以降の

祈祷書改訂 の歴 史 を仔 細 に検討す る作業 を継続 して行 つてい るが、ブキャナ ンが編集 を担

つた、『 リタジー にお ける主教』(Colin Buchanan(ed.),劉物

,M″

力 万 ′ν昭/(BramcOte,

Nottingham:Grove Books,1988)8)は 、ァング リカンの礼拝式文において主教職 の位置づ け、 6c■ Michael Ramsey9`″2θ 働 ″stian hesι Zbiab revised edition(London:SPCK,

1985).同 書は、

2008年

に、

SPCK(London)か

ら再版 された。

7c■

Paul R BradshaL ttθ

ng■ica″ Эrdinノr frsヵヵじ

07′

″グbして疵フ

“θ″ι

hom″

2θ 月赫 ′じiOn′θムゐθ presθ″″dayOtlcuin club Collections 53,London:SPCK 1971).

(14)

役割 が どの よ うに継承 され 、また変化 して きたかを多角的に論 じるものである。 礼拝学 的観 点 か らの優 れ たエ ピス コパ シー論 に、米 国、 ウィス コンシン州 ミル ウォー キ ー にあるイエ ズス会大学、マル クェ ッ ト大学(Marquette University)教 授 である、スーザ ン・ ウッ ド

(Susan K.WoOd)の

論考がある9。 ウッ ドの研 究は、直接 的にア ング リカニズム を対象 とした ものではな く、古代教父の神 学、その後 の典礼 の教会史的発展 と、エ ピス コ パ シー理解 の発展の相 関関係 を手堅 く論 じた作業であ り、主教職 がただ単に、人格的 な次 元 で典礼 において表現 され て きたのではな く、同僚的側面が常に伴 われ ていた ことを明 ら かに してい る。 これ ら、礼拝学、典礼学的視座 の論考か ら学ぶ点は少 な くないのであるが、 当然 なが ら 研 究方法 としては、礼拝式文等 の精密 な比較検討 に重点が置 かれ 、エ キュメニカル対話 、 教会 間対話 か ら引 き出 され る諸課題 に直接 対応す るもの とはな らない。 しか しなが ら、 こ れ ら礼拝学的観 点か らの充実 した先行研 究が存在す るため、本研 究 において聖職按手式文 等 の詳細 な分析作業等 に、敢 えて踏み込む必要 を認 めなかった。 その他 、ア ング リカ ン職制論一般 に言及 した論考 には、以下の諸研 究 を挙 げることがで きる。ユー ジン 。フェア ウェザー(Eugene Rathbone Fairweather)と リチ ャー ド・ヘ トリン

ガ ー (Richard Frederick Hettlinger)の 共 著 で あ る『 主 教 職 と再 一 致 』(Eugene R.

Fairweather and Richard R Hettlinger,五 ンゴSθ(γ〕′θ/′″グ′θυ″■

on(London:Mowbray,

1953)10)、 また 、 ウィ リア ム・ テル フ ァー(William Telfer)11や チ ャール ズ・ ブ リッジズ (Charles Bridges)12、 ェ ドヮー ド・エ ク リン(Edward P Echlin)13ら の研究は、職制論一般 の適確 な整理 ではあるものの、いずれ も、人格的主教職 が最終的には 「正 しい」職制 とい う結論 となってお り、エ キュメニカル に開かれ た ものではまつた くない。 ア ング リカニズ

ム の 教 科 書 的 テ キ ス トで あ る論 文 集 、『 ア ン グ リカ ニ ズ ム研 究 』(動θ ttυαン 〆

∠ng■ica″力

“(London:SPCK/Fortress Press,1988))に お ける、ジ ョン 0ウ ェブスター(John

Webster)の 司祭職 をめ ぐる論考14、 リチ ャー ド・ ノ リス(Richard Norris)の 主教職 について

1988).

9 Cfe Susan Ko WOod,'A LiturJCal The010gy Ofthe Episcopacy'in David Ao Stosur(ed。 ), 助 力i■

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4 as=(collegeville,Minnesota:Liturgical Press,1993),pp.

31-44.

10 Cf.Eugene R.Fairweather and Richard R Hettlinger,4レ

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(γ′″ノ′θν″加

(LondOn:]MOwbray,1953).

1l C■ Villiam Telfer,7乃 θ

O螢

θFa』晩近

P(London:Longmans,1962).

12 ci charles Bridges,6bん :s力′″

Mi五

s3ry(London:Banner of Ъuth,1967). 13 ci Edward R Echlin,7乃θ Stow ЭfAnttica″ 几盪

"お

3ry(London:Paul Publications, 1974).

(15)

の研究15などが優れ た ものであるが、これ らは短 いエ ッセーであ り、概説 的紹介 の域 を出 る

ものではない。

聖公会職制論 を論 じるもの としては、英 国教会 が、教会 として出版 した一連 のブ ック レ

ッ トや レポー トを紹介 してお く必要がある。英 国教会宣教 と一致委員会が、

1986年

に発行

した『按手 された奉仕職 としての司祭職』(Church of England Board for Mission and Unity 動 θ PILsttlθθグαβl力θ Ordaル2θグ』面

"お

″y(GS 694)(London:General Synod Board for

Mission and Unity 1986)16)、 歴 史的主教職 の現代的理解 を主題 とした、一般 に『 キャメ ロ

ン・ レポー ト』 と呼 ばれ る、『 監督 的職 務 』 (Episcopノ ″Ъ力η 」動 θ ttη″ 〆 励θ

∠晨力わふb`Ps'Grottρ θ″z力θ Episθ

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"(The cameron Report)(London:Church House

Publishing,1990)17)な どがあるが、中で も重要なテキス トは、英国教会主教会が編集 した、

『 コ ミュニオ ンにお ける主教』

(3轟

″s力 伽

囲 勧 メ3onegiahty力 励θだレyI“ 〆 励θ

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ふ (London:Church HOuse Publishing,2000)18)で ぁる。 同テキス ト は、主教職 はあ くまで も会議性 との繋が りの中でのみ、その権威 が発生す るのであ り、教 区か ら切 り離 され た形 での主教職 はまった く無意味な ものであるこ とを、明確 に論 じてい る もので ある。 同テ キス トは、本研究 で も言及 され る、ドイ ツ福音主義教会 と、英 国にあ る諸聖公会 の対話 である『 マイセ ン共 同声明』 を意識 して書かれ た ものであ り、そ うい う 意 味では、本研 究 と最 も近接 した関心 を有す る作業 である と言 える。 しか しなが ら、いず れ も、一般信徒 、聖職 を対象 とした薄い 「ブ ック レッ ト」であ り、いわ ゆる研 究書ではな いために、概略的な論述 に留 ま らざるを得 ない。 ア ング リカニズム神学者 であるク リス トファー・ ヒル(Christopher Hi11)と ローマ 0カ ト リックのエ キュメニズム神学者 であるエ ドワー ド・ ヤー ノル ド(Edward Yarnold)が 共同で 編集 した、『 聖公会 の職制』(Hill and Yarnold(ed.),∠ng■ica″ Эrdersr 7乃θ」θθν″

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"(Norwich:The Canterbury Press,1997)19)と い う論文集 が出版 され てい るが、タイ

トル か らす る と聖公会 の職制論全般 を取 り扱 った よ うに見 えるが、実際には、

1896年

に教

(London:SPCWFortress Press,1988).

15c■ Richard Ao Norris,“ Episcopacχ

"勤

θだ財″αンゴAng■ica″Ism(London: SPCWFortress Press,1988).

16 cf.church Of England Board for l唖 ission and Unity9動 θ Prtsl姥θごθ√励 θ OrdaI″ θグ

Minおrry(GS 694)(London:General Synod BOard for Mission and Unity9 1986). 17c■ Episθηa■

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SCOpa"(The

Cameron Report)(London:Church HOuse Publishing,1990)。

18 cf.,動

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〆 励θ(働υ/滋

(London:Church House Publishing,2000).

19C■ Hill and YarnOld(ed。),∠ ng■ica″

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"(Norwich:

(16)

皇 レオ

13世

が出した『 アポス トリチェ・クーレ』20に焦点が絞 られたものである。本研究

でも取 り扱 う『 アポス トリチェ・クーレ』及び、それに対するアングリカン側からの応答

である『サエピウス・オフィキオ』をめぐっては、ポール・エイヴィス(Paul Avis)が 、『 ア

ングリカニズムのアイデンティティーアングリカン・アイデンティティの本質』(Paul Avis,

劉物 丘たりし

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∠ng■ica″Is“ r Fssθ″力bお 〆 ∠ng■ica″ 丘た

"ιity(London and New York:

T&T Clark,2008)21)に お い て 丁 寧 に論 じて い るが 、 そ の 問題 意 識 は む しろ現 代 英 国教 会 の 課題 の一つで ある 「女性 の主教職」 に置 かれ てい るために、『 アポス トリチ ェ0クー レ』そ の ものがいったい何であったのかについての掘 り下げは十分ではない。本研究 においては、 『 アポス トリチ ェ・ クー レ』 の内容 は もちろん、その歴 史的、神 学的背景 をめ ぐつての詳 細 な検討 が試 み られ ることになる。 エ キュメニカル対話 を意識 した聖公会職制論の先駆的研 究 として位置づ けることが可能 なのは、アーサー・ ヒーバー ト仏rthur Gabriel Hebert)の 『 使徒 と主教 ―福音 、奉仕職 、

教会共 同体の研 究』仏

.G.Hebert,Apostle and Bishop一

∠ 駒 ναレ 〆 励θθθψ こ 励θ

腕 力try′′グ励θαb置き com“ν″ゴ

(London:Faber&Faber,1963)22)で

ある。 ヒーバ ー トは、ケラム修道院司祭 で、アング リカ ン礼拝学の基礎 を築いた礼拝学者 の一人である。

英 国教会 の宣教的再生 を求 めた、“Parish and People"23運 動 の創始者 の一人で もある。ヒー

バー トは、同書で、 ことに北イ ン ド教会やパ キスタン合 同教会のスキームをめ ぐる英 国教 会 内の論争 に対す る、議論 の土台 を提供 してい る。 ことに、歴 史的人格的主教 を有 しない 諸教会 の職制 の有効性 について、イエス と弟子たちの有 り様 か ら、古代教会 にお ける実践、 中世期 か ら宗教改革期 にお ける論争 までを俯嗽 しなが ら論 じる貴重 な研究 となつてい る。 しか しなが ら、 ヒーバー トが、ブ ラ ッ ドシ ョーや ブキャナ ン らと同様 に、礼拝学 を専門 としてい るが ゆえに、基本 的 に礼拝学的観 点か らの記述 に偏 り、職制論的問題 点の抽 出に つ いては実はそれ ほ ど明確 ではない。 また、時代的に止む を得 ないのであるが、後 に画期 的進展 を見せ る、ア ング リカ ン とローマ 0カ トリック教会 間対話 、あるいは、ルーテル教 会 との教会間対話への言及 は見 られ ない。 現代 において進展す るエ キ ュメニカル対話 の諸課題 を踏 まえた論考 を発表 してい るのは、

英 国教会 キ リス ト教一致評議会(CounCil fOr Christian Unity)元 担 当主事 で、ア ング リカ ン

教会史研 究者 であ る、コ リン・ポ ドモア(COlin POdmore)で ある。『 マイセ ン共 同声明』や『 ポ

20『 ァポス トリチェ0クー レ』については、第

3章

で論 じる。

21 c■ Paul Avis,7乃 θノυan″ヶ ЭAng■ica″IsmメEssθ″力b力ЭAng■ica″ ιiけ (London

and New York:T&T Clark,2008)21),chapter 8:'Anglican Orders:From Apostolicae Curae to Women Bishops'。

22 ci A.Go Hebert,Apostle and BishOp一 S夕ναン(プ励 θθθ甲 こ 励 θ Min丘ry′″グ励 θ

ε%″滋 ‐comfη″が1ン

(LondOn:Faber&Faber,1963).

231950年

代後半か ら、英 国教会 において開始 され た宣教運動 の一つで、 リター ジカル運動

(17)

ル ヴォー共 同声 明』 にお ける英 国教会のスタンスに言及 しつつ、ア ング リカ ンのエ ピス コ

パ シー理解、首位性理解 な どを論 じている24。 ぃずれ も単著作ではな く、論文である とい う

こ と、ポ ドモ アの専門が歴 史であることのゆえであろ うが、いずれ の論述 も、事実 を整理 す ることに終始 してお り、そ こか らの課題 の抽 出までには至 っていない。 ポ ドモアの代表

的単著研 究 は、『 ア ング リカ ン・ アイデ ンテ ィテ ィの側 面』(Colin POdmore,ム望θθお 〆

∠ng■ica″″b″″ヶ (London:Church HOuse Publishing,2005)25)で あるが、同書は、女′性主

教 をめ ぐって論争 が続 く英 国教会 内にあって、首座 主教や教 区主教 が取 るべ き役割 は何 で あ るか を、 ことに英 国教会 の コンテ キス トにフォーカスを絞 って記述す るものであ り、エ キュメニカル対話 については、ほ とん ど意識 されていない。

個別 的諸課題 を関心軸 として職制論 を展 開 してい る先行研 究は以下の通 りである。 主教

の権 力(Power)と 権威 仏uthOrity)の相違 につ いて議論す るのは、 ステ ィー ブ ン・ ホ ワイ ト

(Stephen Ross White)の 『 権威 とアング リカニズム』(Stephen Ross White,∠ 洸比ガヶ ′″ご ∠n」iCa″ぉ

(London:SCM Press,1996))26で

あ る。 ジ ョ ン・ ハ リバ ー トン (John

Halliburton)も 、『 主教 の権威 』Oohn Halliburton,劉りθИ洸放消ヶ 〆 ′開 の (London:

SPCK,1987)27)で、本来の主教職 の権威 とは、決 して ヒエ ラル キーの最上位 か らの ものであ

るのではな く、む しろ教会共 同体 に下か ら奉仕す る職務 であることを強調 している。 また、アング リカニズム職制論 は、その性格上、英 国教会 内か らの発信 が 中心 とな らざ るを得 ないが、国教会ではない教会、ことに米国聖公会の観点か らの論述 も複数存在す る。 中で も、 ジェー ムズ・ グ リフィス(James E.Grittss)の 『 聖公会の ヴィジ ョン』(James E.

Grittss,劉物 ∠″♂ica″ 閣 錮 (Boston:Cowley Publications,1997)28)は 、入門書ではある

が、パ リッシュ 0シ ステ ムを越 えた非国教会 にお ける主教職理解 の新 たな可能性 の萌芽 を 提示 してい る。

教会法 との連関でアング リカン 0コ ミュニオンの職制理解に言及 しているのは、ノーマ

ン・ ドー(NOrman Doe)の 『 アング リカン 0コ ミュニオンにおける教会法』

(Norman Doe,

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θ″z′″ヵ 励θ∠n」ica″ α

““ν″」開 (Oxford:Clarendon Press,1998)29)で ぁる。確か

24 ci cOlin PodmOre,`Prilnacy in the Anglican■ adition'in Podmore,C。 ,ede,

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聞ロゴヶ 一Dbゴケ ー

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(London:Church

House Publishing,1998)pp.277‐293。 及 び 、 Colin Podmore,`The Church of England's

Understanding of Episcopacy',倒 物如 May―June 2006.前者 は、 ア ング リカ ン・ コ ミュ

ニオ ンのエ キ ュメニカル神 学者 で、

WCCヨ

ー ロ ッパ 地域 プ レジデ ン トも務 めた メア リー 0

ター ナー(Mary Tanner)への献 呈論文集。

25 cfo cOlin POdmore,∠ψ θθl瞥 ЭAng■ica″πa口″ヶ(London:Church House Publishing,

2005).

26 ci stephen Ross White,∠ νttα1ン′″ご∠ng■icarls“ (London:SCM Press,1996).

27c■ JOhn Hialliburton,動 θИυttar」ヶ 〆 ′

3ShcP(London:SPCK,1987).

28 ci James E.Grif■ ss,動θ∠ng■ica″ Zむλ口(Boston:cowley Publications,1997).

29 ci Norman Doe,aarθ″五a″ 力

θ∠nglicatt Commυ燿」θ燿(Oxford:Clarendon Press,

(18)

に、例 えば、 日本聖公会が女性司祭 に道 を開いたのも、実際には、 日本聖公会法憲法規の 司祭条項にあつた要件の 「

24歳

以上の男性」か ら「男性」項を削除 した、 とい うことであ る。教会法の改正経緯 を丹念 に辿 ることによつて、アング リカニズムの職制理解の変遷が より明 らかになる可能性はあるが、本研究においては今後の課題 とすることとした。 本研究でも、エ ピスコパシーを、シノダ リティや会議性(conciliarity)と の関連で論 じるこ とになるが、シノダ リテ ィ、会議性等をめ ぐる先行研究に、エイ ヴィスの『 宗教改革を越 えて一会議的伝統における権威、首位性、一致』

(Paulム

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源開 ′ ∠νttα甕ン Prim′げ ′″グ肋 =ソ

上l ttF Conci■iar mυごじ

iOn(London and New York:T&T

Clark,2006)30)、 ポール・ ヴァリエ(Paul Valliere)の『 会議主義―教会における意思決定』

(Paul Valliere,Conci■ia″Лが ∠ 月■じ

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θθabゴ

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のking力 励 θ働 選ふ (Cambridge:

Cambridge University Press,2012)31)が ぁ る。 職 制 の 同僚 性(collegiality)に焦 点 を 当 て た

研 究 を、ステ ィーブ ン0ピカー ド(Stephen Pickard)が『 協働 的 ミニス トリーの神学的基礎』

(Stephen Pickard,動θD■ogicaゴ fbυ″dり″″ s ttr Collaわ Эra″

“ 几丘 LIsし

7 (Farnham,

Surrey/Burlington,VT:Ashgate,2009)32)の 中で展開 している。 また、ローマ・カ トリック教会史 を仔細 に分析 し、ローマ・カ トリック教会 において も、 明確 な会 議 性 的理 解 が あ る こ とを明 らか にす る労作 と して 、 フ ラ ンシス 0オー ク リー (Francis Oakley)の 『 会議 的伝統 一カ トリック教会 にお ける立憲主義

1300年

-1870年

(Francis Oakley ttθ Conci■ia」s′ hadゴ′λ口「Cons″ ιυ源開 ′力s」

I″ Z力θ ablヵolic働置ふ

ゴθθθゼθη (Oxford:OxfOrd University Press,2003)33)を 挙 げ て お き た い。い ず れ の研 究 も、 教 会 一 般 に お け る会 議 性 に つ い て 論 じる も の で あ り、 本 研 究 が 意 識 す る と こ ろ の 、 エ キ ュ メニカル対話 、教会間対話 にお ける会議性理解 の相違 について十分 に踏み込 んだ ものでは ない。

主教職理解 の 中には宣教 と一致への奉仕 とい う要素が含 まれ るこ とは、本研 究 で も言及 され るが、 この点 についての先行的検討作業 に、エイ ヴィスの『 聖公会の教会理解』(Paul

A宙s,倒物 ∠n」ica″ 働 ders"″

ding〆

励θ tturch(London:SPCK,2000)34)が あ る。 同書

は、ア ング リカニズム教会論 の概説であるので、個 々の課題 についての掘 り下げはないが、 基本 的概念 を簡 明に整理 してお り、俯嗽的議論 を準備す る上で有効である。

ローマ・ カ トリック教会側 か らのエキュメニカル職制論 の代表的な先行研 究 を一例 のみ 30 ci Paul Avis,Bttmご 励 θ Reおrma力勧 ′∠υ励 〕ritェPrimaθ

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Conci■iar hadition(London and New York:T&T Clark,2006). 31 cfo Paul Valliere,伽brism「∠ 瓦 むι

け 〆 クθα冨開 ″ レking力 励 θ

(%遭

ふ (Cambridge:Cambridge Un市 ersity Press,2012).

32 ci stephen Pickard,7乃 θθ″ ι′ノJbυ″あ 励

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Co■abora″И9Min力 tr/(Farnham,

Surrey/Burlington,VT:Ashgate,2009).

33 ci Francis Oakley 7hθ Conci■iarisι aditionメ s″ιυ″励 力

sm力

F6b励

olic 働 置主 ゴθθθゼθZフ(Oxford:oxford University Press,2003).

34 cf.Paul缶is,動θ∠ng■ica″ υbdersォ′″ding θ√滅

`乃

(19)

紹介 しておきたい。ジャン・マ リー・テイヤールOean¨Marie Roger nllard)は 、カ トリッ

ク教会の教会論神学者で、カ トリック教会内の貴重なエキュメニス トの一人であるが、テ

イヤールが若い頃に執筆 した『 司祭職の ミニス トリー とは何か』(Jean‐Marie Roger■1lard,

W力′オPriesttθθご〃鷺 励θ Min力 的/ズCambridge:Grove Books,1973)35)は 、古代教会にお

ける司祭職理解 を紐解 きなが ら、現代のコンテキス トにおける司祭職の意味を提案 しよ う とす るもので、その後の、

ARCICの

議論にも影響を与えた研究である。 本研究において、東方正教会 と聖公会の対話における職制論的議論を紹介す ることにな るが、東方正教会を代表す る教会論神学者 に、ジョン・ジジウラス(John Zizioulas)力ヽヽる。 本研究の中で引用 したジジウラスの著作以外に、正教会における主教職理解 を、エキュメ ニカル対話のコンテキス トにおいて論 じたものに、『ユーカ リス ト、主教、教会―聖なるユ

ーカ リス トにおける教会一致 と古代3世紀までの主教』(John Zizioulas,ユ Ю物″sち_&働

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θZ″」κカメ7乃θ Dbゴヶ 〆 湯θ θZυ」κカカ 湯θ五万亜nθ

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′ris′ ′″グZ力θ

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(Brookline,MA:Holy Cross Orthodox Press,2001)36)が ぁる。 これ

ら一連のジジウラスの神学的考察が、本研究で検討す る、東方正教会 とアング リカニズム

の教会間対話である、『 キプロス合意声明』の職制論的基盤 を提供 していると言つても過言

ではないであろ う。

本 研 究 で 、 数 多 く言 及 され る 「シ カ ゴ ー ラ ンベ ス 四 綱 領 」(Chicago‐

Lambeth

Quadrilateral)に ついての代表的研究は、ロバー ト・ライ ト(Robert Wright)が 編集 した『 シ

カ ゴーランベス四綱領百年記念論文集』0.Robert Wright(ed.),Quadrilateral at One

Hundred, Essays on the Century of the Chicago…

Lambeth Quadrilateral, 1886/1888‐ 1986/88,∠ng■ican l%θ6ヵν

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も山 s lθ(March,1988)

(Cincinnati,OH:Forward LIovement Publications,1988)37)で ぁる。

本研究の後半では、現代アング リカニズムが縫着 しているさま ざまな職制論的難題 を取 り扱 うことになるが、ことに、「女性の主教職」と「アングリカン・カ ヴァナン ト」仏nglican Covenant)を めぐる最近の諸研究を列記 しておきたい。まずは 「女性の主教職」についてで

あるが、聖公会教会史研究者であるヘ ンリー・マ ッカ ドゥー(Henry R.McAdoo)の『聖公会

と伝統 と女性 の按手』(H.Ro McAdoO,∠ ng■ica″s arグ

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励 ′″グ 励θ Ordinaιわり〆

35 ci Jean…Marie Roger Tillard,W力 ′′Priesttθθノ_Z2s ttθ Min力け 入

Cambridge:Grove

Books,1973)。

36 cf.JOhn ZiziOulas,Euα i′sち ″ ′6乃ν資カメ

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iθ 乙わゴゥ/6ノ″iθ こ乃ν■カ ル21カθ

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iuring″2θ F量sι 2b』てθ Cenιzfr」θs(Brookline,MA:Holy Cross Orthodox Press,2001).

37c■ J.Robert Wright(ed。 ),Quadrilateral at One Hundred,Essays on the Century of the Chicago‐Lambeth Quadrilateral,1886/1888-1986/88,∠ng■ica″ 貿Ъθ(」%″(2ノRθylθ

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″ノSettes lθ(March,1988)(Cincinnati,OH:Forward Movement

(20)

"剛

バNorwich:Canterbury Press,1997)38)が 興味深 い。また、英 国教会が公表 した報告

書 で ある、『 ロチ ェスター・ レポー トー英 国教会 にお ける女性 主教 とは』

(励 "3dれ

"カ

励θθZυK力 α′Engla″グ′(The Rochester Report,London:Church House Publishing,

2004)39)も重要 な資料 である。本研究 を執筆 してい る段階において、英国教会 は女性主教 を め ぐる重大 な決 定 を行 うとい う流動的な状況 であつたため、本研 究では、女性 主教 につい て敢 えて踏み込んではいないが、今後 の主要な検討課題 となることは間違いない。 分裂状況 にあ るア ング リカ ン・ コ ミュニオ ンを再結集 させ るためのベ ス トではないが次 善 のプ ラン としての 「ア ング リカ ン 0カ ヴァナ ン ト」 については、本研 究で も一項 を割 い て論 じるが、 これ も本研究執筆時点で大変流動的な状況 となつてい る。「ア ング リカ ン 0カ ヴァナ ン ト」 を拒否 ない し留保す る管 区がかな りの数 に上 ってお り、 このままでは、「アン グ リカ ン・ カ ヴァナ ン ト」プ ロセ ス 自体が座礁す る可能性 もある。 したがつて、本研 究 で は、「ア ング リカ ン・ カ ヴァナ ン ト」 について深入 りす ることを避 け、 ここでは、現時点で 「ア ング リカン・ カ ヴァナ ン ト」に焦点を当てた研究 として、次の

2点

を紹介す るに留 め たい。 ドーの『 ア ング リカ ン 0カ ヴァナ ン トーグローバル な議論 のための神学的、法的考

察 』

(Norman Doe,∠

″ ∠″」ica″ (b“″a″ιr 2%θ3■ogicaF a″ ご

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"(London:Canterbury Press,2008)40)、 ブルース・ケイ(Bruce Kaye)の 『 キ

リス ト教信仰の葛藤 と実践 ―聖公会の実験』

(Bruce Kaye,伽

力bι a″グ 励θ fbθ力むθ〆

aレ壷湯ヵL屁」肋r倒物∠n」iCa″

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erimθ″ι(Cambridge:Lutterworth Press,2011)41)で ぁ

る。「アング リカン・カ ヴァナ ン ト」をめぐっては、本研究においても指摘 され るところで あるが、アング リカニズムが大切 に してきた職制論的理解の重大な変更を惹起す る可能性 があ り、今後 さらに注視 し、検討 を重ねていかなければならない。 日本国内におけるアング リカニズム職制論の先行研究 としては、塚 田理が、『 イ ングラン ドの宗教』42ゃその他著作で、また、八代崇が主に英国教会の歴史的諸研究43の中で言及 し ているが、「職制論」そのものを本格的に扱った単著研究書はない。信徒向けではあるが、 塚 田が『 主教職 とは何か』 とい う小冊子を著 している44。 同書は、「主教職」をアング リカ ニズムの視点で正面か ら取 り扱った、唯一の邦語文献である。一般信徒向き書物であるた 38 cf.H.R.Ⅳ IcAdoo,∠ng■ica″sa″ご隻η″1わ

"′″グ滅2θ Ordination〆

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"(Norwich:

Canterbury Press,1997).

39 cf.″a“θ″ 」BぉヵのsI″ ttυtt af Engla″グ′ 動 θ “力θr」Pq9ort(London: Church House Publishing,2004).

40 ci Norman Doe,∠″∠nttican 6bИ,′′″ιr ttbθ

ノ′″グ

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Considera激

sル

働 わ′ノDeわ′ォθ(London:Canterbury Press,2008).

41 ci Bruce Kaye,Conル

ι′″グ滋 θ Praθ("″F(乃

bι力″F身ゴ励rコ助θ∠ng■ica″

五ヒρerimθ″ι(Cambridge:Lutterworth Press,2011).

42塚 田理『イングランドの宗教』(教文館、

2004年

)参

照。

43人 代崇『イングラン ド宗教改革史研究』(聖公会出版、

1993年

)参

照。

(21)

め、詳細 な検討 は敢 えて省 かれ てい るが、従来か らのエ ピス コパ シー理解 に加 えて、南イ ン ド教会 に代表 され るエキュメニカル対話 に も関心が払われてい る点は重要である。「この よ うに して、世界 にお ける教会合 同運動 は、「主教制」か否か とい う二者択一的な論争か ら、 どの よ うな形態 にお ける 「主教制」 を採 り入れ るか、 とい う議論 に変 わって来た、 と言 っ て も過言 ではない」45、 とぃ ぅ塚 田の整理 は、現代エ キュメニカル対話 にお ける職制論的理 解 の基本 的な共通理解 を適確 に整理 してい る と言 え よ う。 しか しなが ら、紙数 上の制 限 も あ り、同書 中で言及 されてい るエ キュメニカル対話 は、具体的には、初期 、ア ング リカ ン ー ローマ・カ トリック教会間対話文書 に限 られてい る。

WCC信

仰職制世界会議等 の歴 史的流れ を、貴重 な原 資料 に精緻 に当た りなが ら、体系的 に整理 した研 究 に、神 田健次 の『 現代 の聖餐論― エ キュメニカル運動の軌跡 か ら』46がぁる。 同書 は、ことに 「聖餐論」に集 中 した研究であるため、本論考が課題 としてい る 「職制論」 と重 な る部分 は多 くはない ものの、 とりわ けエ キュメニカル運動 にお ける信仰職制 をめ ぐ る議論 の変遷 とその歴 史的、時代的背景 を学ぶ上で貴重 な作業である。 また、神 田の、「今 日にお ける教会の ミニス トリー ー

WCC「

リマ文書」の一考察 ―」(関西学院大学神学研 究会 『 神 学研 究』第

32号

1984年

3月 号

)は

、『 リマ文書』が示唆す るエ キュメニカル職制論 を検討す る上で重要な先行研 究である。 以上、概観 した諸先行研 究 を踏 まえつつ、本研 究 は、ア ング リカニズムが関与す る教会 間対話 、エ キュメニカル諸対話 を精査 し、 ことに職制論的諸課題 に焦点 を当て、分析 、検 討す るこ とを通 して、ア ング リカニズム職制論 の課題 を、近年 の教会論 的、倫理 的諸課題 も照応 させ なが ら立体的に論 じられ る、初 めての邦語単独研究 と位置づ けることができる。

3研

究の課題と構成

本研 究 は、エ キ ュメニカル対話 、教会間対話 、 こ とにそれ らの 中にお ける職制論的議論 を仔細 に検討す ることを通 して、ア ング リカニズム職制論 の論点 を明 らかにす ることを、 中心的主題 として設 定 してい る。 ア ング リカニズムの視点か らの職制論 を語 る場合 には、 と りわ けエ ピス コパ シー、主教職理解 を軸 として論 じることにな る。 したが つて、まず本 研 究 の前提 的課題 として、そ もそ も古代教会 において、主教職 、乃至、いわ ゆる歴 史的三 聖職位 とい う職制 が どの よ うに して成立 したのかを明 らかにす る必要がある。 45同書 、

70頁

46神田健次『 現代 の聖餐論― エ キュメニカル運動 の軌跡 か ら』(日本基督教 団出版局、1997 年)。

(22)

(1)歴

史的主教制成立のプロセス

古代教会か ら宗教改革期 に至 るまでの約

1500年

間は、人格 的な「主教」47(独 一的監督) を基本 とす る歴 史的主教制 が、原則的 に唯一のエ ピス コパ シーの形態であつたが、主教職 の起源 は実際には明確 ではない。「主教職」 として確 立す るのは

2世

紀頃であ る とす るのが 定説 であるが、 さらに初期 にすでに存在 した とす る研 究 も少 な くない。 新約聖書 において主教職 の存在 を示唆す る箇所 は、いわゆる 「牧会書簡」48と 呼ばれ るテ モテヘの手紙I、 及 び、テ トスヘ の手紙 である。テモテ

14章

14節

には、「あなたの内にあ る恵みの賜物 を軽 ん じてはな りませ ん。その賜物 は、長老たちがあなたに手 を置いた とき、 預言 に よつて与 え られ た ものなのです」 とあ り、「長老の按手」 とい う表現が見 られ る。テ トス

1章 5節

には、「町 ごとに長老 をたて る」 ことが挙げ られ 、 さらに、「監督 は神 か ら任 命 され た管理者 であるので、非難 され る点があってはな らないのです」

(7節

)と

、長老の 他 に 「監督」 とい う言葉 が登場す る。

2世

紀以前 は、長老 (プレスブテ ロス

)と

監督 (エピ ス コポス

)の

間に明確 な区別 は見 られず 、長老職 にあ る者 の内の選 ばれ た者 が監督 的機能 を果 た していた と考 えるのが妥 当であろ う。 「主教職」 とい う職務がはっき りと位置づけ られ るのは、アンテ ィオキアの主教イ グナ テ ィウス (c.35‐c。

107)の

時代 になってか らである49。 ィ グナテ ィ ウス 自身 、ペテ ロに よつ て主教 に任命 され た とされ るエ ウオデ ィ ウスの後継者 として、ア ンテ ィオキアの主教 とな つた とされ るのであるが、彼 の名 で各地 の教会 に書 き送 られ た書簡 の中に主教職 の内容 に ついての言及 が為 され てい る。「たかぶ らず、神であるイエス・ キ リス ト及び主教 と使徒 の 命 か ら決 して離れ ない よ うに しな さい。事実、祭壇 に近づ く人 は潔 く、祭壇 か ら遠 ざか る 人 は潔 くないのです。言いか えれ ば、主教 、長老、執事 な しに何 か を営む者 は潔 い良心 を 持 ち得 ないのです」(ト ラ リヤ人への手紙

7節

)50。 「位 階の点か らいえば、主教は神の代理 で あ り、長老団は使徒 団の代理 であつて、またわが友 なる執事 は、初 め よ り聖父の も とに 在 し、ついに現れ られ たイエ ス・ キ リス トヘ の執 りな しの責任者 であるべ きです」(マグネ シヤ人への手紙

6節

)51。 「唯一つのユーカ リス トにあずかつて下 さい。 わが主イエス・ キ 47ェピス コポスは、監督 を意味 し、職位 を表記す る際の 日本語訳語 は、カ トリック教会で は 「司教」、聖公会や正教会では 「主教」 を用い るが、本研究では、東西分裂以前、宗教改 革以前で も、基本 的 に 「主教」 とい う訳語 で統一す る。 48牧会書簡 の著者 がパ ウロである とす る見方 は今 日ではほ とん ど受 け入れ られ ていない。 成 立年代 は、論駁 され てい る異端 の性格 か ら考 えて

2世

紀初 め頃 と想 定 され る。VHasleち J力

3湊

髪り″■hθttθ口sυ″グπιυs(Ziricher Bibelkommentare,NT12,1978).他 参照。

49 cf.Ⅵrginia Corwin,S′.ム豪′″νS a″ノ働 油 励 ″ゴヶあ∠″筋 励(New Haven:Yale

Publications in Religion,1960).

50動

θ々

じO■iCh励餡 ノ(London:William Heinemann LTD,1912)p.218。 (ギ リシ ャ語 原

語 版)

(23)

リス トの肉は唯一つ、一致せ しめる御血 の杯 は唯一つ、祭壇 は唯一つ、私 の同労者 た る執 事及 び長老団 と共 にそれ を囲む主教 は唯一人」(フィラデル フィア人への手紙

4節

)52。 「ュ ーカ リス トは、主教 またはその代理の もとに行われた時にのみ有効」(ス ミルナ人への手紙

8節

)53。 こ ぅした記述か ら、少 な くともこれ ら書簡 が記 された

2世

紀初頭 には、主教職 、 司祭職 、執事職 を中心 とす る三聖職位制 が教会 内に確 立 し、 キ リス トの体 としての教会 の サ クラメ ン トを象徴す る

<じ

る し>と しての、主教職理解 が生 まれ てい ることが読み取れ るのであ る54。 イ グナテ ィウス文書 と共 に、古代教会 にお ける主教制 の定着 について重要 な資料 となる のは、「ク レメンスの第一の手紙」55でぁる。ペテ ロ後 の第

3代

ローマ主教 とい う伝承 のあ るク レメンス 帆.c.96)が コ リン トの教会 に書いた手紙 とされてい るが、実際には、ローマ 共 同体 に よる書簡 である。 この中で、 ク レメンス文書 は、 当時の コ リン ト教会 に生 じてい た長老排 除運動 に対 して警告 を発 しつつ、監督職 の執行 システム としての使徒的長老制56の 重要性 を説 いてい る。信徒 に よる無秩序 な聖職任免 が決 して行 われ てはな らない こ と、ユ ー カ リス トの執行者 の叙任 は使徒 的継承 の下にある主教の権威 であること等 が強調 されて い る。 ク レメンス文書が示す のは、都市共同体 において、主教 と権力 を伴 った法的にはつ き りと決 定 され 、共 同体か ら認 め られ た指導者 の地位 とい う意味での職制 が発展 した、 と い うことである57。

2世

紀末頃になる と、新約聖書の正典化、洗礼式 と共 に形成、定着 され た使徒信条の伝播 と連動す る形で、各地域 に、サ クラメン ト執行 、聖職按手 を主た る働 き とす るエ ピス コポ スが立て られ てい つた。 リヨンの主教エイ レナイオスの関係 文献 に見 られ るよ うに、 グノ ー シス的傾 向にある異端的セ ク トの脅威 か ら、正統カ トリック教会 を防御す る根拠 として 使徒継承 の教理 が作 られた とい う背景 もあるが、確 かに、カ トリックの主教職 のみが、そ 52 1bid。 ,p。242. 53 1bid。,p.260。 54近年 で は、イ グナ テ ィ ウス文 書 を基 に、 当時 の主教 制 理解 を一般 化 す る こ とに対す る批 判 も出て きて い る。 イ グナ テ ィ ウス文 書 の理解 は あ くまで もア ンテ ィオ キア とい う地方 教 会 の状 況 に限定 的 に制 約 され る とい う主 張 で あ る。C■ MIWiles,`Ignatius and the

Church',inだ斃lυdia fbιttstica,edoE.A.Livingstone(Oxford:Pergamon

Press,1982,Vol。18)p。751。しか し、 こ こで は、「い か な る地方教会 も、そ の 中に、三聖職位 制

をは じめ とす る普遍 的教会 の あ らゆ る要素 が 内在 す る 自己充足 的共 同体 で あ る」 とす るH.

チ ャ ドウィ ックの論 考 を支 持 した い。Ci Henry Chadwick,`Episcopacy in the New Testament and the Early Church',in i■)θb/告 ιttυ滋 ′″グlbiayb l夕勧」こed.JOhn Howe

(London:CIO Publishing,1978)p.210. 55 7bθ々 θSし0■ichιんers/,op.cit,pp.8-120. 56ク レメ ンス文書 にお いては、 まだ明確 に 「使徒 的主教制」 とい う言 い方 は為 され てい な い が 、文脈 か らこ こで は実際 には使 徒 的 な主教制度 が指示 され てい る と解釈 す るこ とがで き る。

57c.マ

ル クシース『天を仰 ぎ、地を歩む―ローマ帝国におけるキ リス ト教世界の構造―』 土井健司訳 (教文館、

2003年

)248頁

(24)

の権威 を使徒 の繋が りに根拠づ けることができるとい うのは大切 な要素であった。ただ し、 各地域 に一人 の主教 が置かれ る とい う、いわゆる単独 主教制が確立す るのは、

3世

紀初頭 ま で待 たなけれ ばな らなかった58。

3世

紀 に入 る と、よ り主教職 の内容 が明確 になるが、その発展 を知 る上で第一級 の資料 と な るのが ヒッポ リュ トス (c.170‐c。

236)の

『 使徒伝承』59でぁる。『 使徒伝承』には、主教 、 司祭 、執事 の三聖職 の按手式文が含 まれ てお り、イエ ス・ キ リス トが使徒 た ちに分配 した 権能 が、主教被按 手者 に 「聖霊 と共 に、聖 なる教会 の中で」

(3節

、「主教聖別 の祈 り」

)与

え られ ることが記 され てい る。 主教が使徒 よ り伝承す る働 き とは、福音 の宣教、ユーカ リ ス トを中心 とす るサ クラメン トの執行 、諸教会の牧会 、赦罪 の権能、等である。主教按手 については こ う書かれ てい る。「民全体 によって選び出 された欠 けることのない者 が主教 に 按 手 され る。 まず その者 の名 が読 み上 げ られ 、同意 が得 られれ ば、民は司祭 団、な らび に 列席 してい る各 主教 たち と共 に、主の 日に集 ま る。一 同の同意 に基づ き、主教た ちはその 者 の上 に手 を按 く」

(2節

「主教」)。 ここか ら読み取 ることができるのは、独一的な主教職 が立て られ る際 に、前任 主教 が後任 主教 を任命す る とい うよ うな単純 な理解 ではな く、大 前提 として信徒会衆 を含 めた 「民」全体 の同意 が必要 であること、司祭 「団」の交わ りが 不可欠 であること、 さらには主教 「たち」、す なわち複数 の主教 による按手が必要であるこ とで ある。つま り、主教 「職」 は、他 の主教、司祭 団、信徒 の民 と共 に担 われ る質 を含む とい うことが指示 され てい るのである。 また

3世

紀 には、カル タ ゴ主教 キプ リアヌスが、 ローマ主教座 を一致の象徴的意味 を保 有す る主教座 で あ るこ とは認 めつつ、原則 的 には ローマ主教 も含 めて全主教 が同等 の権威 を有す るのであって、 ローマ主教座 の首位性 とは、あ くまで も同僚 的、共同体的な主教職 全体 に対 して与 え られ た権威 である、 と主張 してい る。 この点 については、第

2章

1節

において再度論 じることになる。

5世

紀頃まで に形成 され た主教職 をめ ぐる一般 的 な理解 をここで簡単に整理 してお きた ぃ60。 主教職 の内容 は、①イエ ス・ キ リス トの福音宣教 、②サ クラメン ト、ことに洗礼、ユ 58同書、241‐

242頁

59『使徒伝承』 (7bditio均 艶話O■ica)は、 ローマ の ヒッポ リュ トスに よつて

215年

頃書か

れ た もので、古代教会 の礼拝式 を中心 とす る使徒以来の伝承 を収載 した重要文書である。 原文 はギ リシャ語 であるが、写本 は現存せず、今世紀 に入 り、『 エ ジプ ト教会規律』が『 使 徒伝承』 の忠実な訳 で あ り、かつ ヴェ ロナ写本 ラテ ン語訳断片 と原典が同一 な ものである こ とが明 らかに された。当初 、G.デ ィックス(Gregory Dix)の 、■bθ乃

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“(London:SPCK,1937).が 良 く用い られ て きたが、近代 語訳 の限界が指摘 され ていた。現在 では、B.ボッ ト(Bernard Botte)訳 が基礎 資料 として使 用 され ることが多い。本論考 で もボ ッ トの、Z′ 物 ご激η 為″働οIゴqυθ」θl%力 ι

ttpttte

aschendorffsche Verlagsbuchhandlung,1963)を 基準 とす る。 60こ の

5世

紀 頃までに形成 され た主教職理解 の整理 については、 ヒーバー トの先行研究 に 依拠 してい る。Hebert,Op.cit。,pp。 58‐ 70。 尚、

313年

に、 コンスタンテ ィヌス大帝及び リキ

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