アメーバと共生細菌の不思議な関係を探る
大学院保健科学研究院・大学院保健科学院 助教
松尾
まつお
淳司
じ ゅ ん じ
(医学部保健学科)
専門分野 : 微生物学
研究のキーワード : 寄生虫学,アメーバ,共生,クラミジア
現在の研究を始めたきっかけは何ですか?
学生時代は寄生虫学を専攻していました。寄生虫は宿主なしでは発育できない宿主依存 型の生活史をもっていますが、寄生虫にとって宿主は何でも良いと言うわけではありませ ん。ある寄生虫は一部の宿主内でしか発育できないのです。これを宿主特異性といいます。 例えば、ヒトの回虫はヒトの体内でしか成虫になりませんし、ネコの回虫はネコの体内 でしか成虫になりません。何がこの宿主特異性を決定しているのでしょうか?これが寄生 虫という生物に興味を持ったきっかけで、いつしか寄生体と宿主との秘密に焦点を当てて 研究したいと考えるようになりました。しかしながら、いろいろと勉強をしていくうちに、 寄生虫という生物は研究材料として入手や取り扱いがあまり容易ではないと感じました。 そこでより単純化したモデルはないかと探したところ、現在取り扱っているアメーバと 共生細菌という答えに辿り着いたのです。
どんな生物を用いて実験をしているのですか?
実験に用いているのは、アカントアメーバとその共生細菌(特にクラミジアという生き た細胞内でしか増殖できない細菌)です。アカントアメーバは環境中のいたるところに存 在することが知られ、約20%程度の割合で何らかの共生細菌をもつことが報告されていま す。私たちも札幌市内の土壌や河川水からアカントアメーバを分離し、アカントアメーバ から共生細菌のDNAをPCR法や蛍光染色法で検出したところ、約12%程度の割合で何 らかの共生細菌をもつことがわかりました(図1)。
出身高校:奈良県立橿原高校 最終学歴:神戸大学大学院医学系研究科
ミクロの世界
図1 共生細菌をもつアカントアメーバ
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最近では、抗生物質を用いてアメーバから共生細菌(クラミジア)を取り除いて、アメー バの表現型にどのような変化が現れるかという実験を行いました。興味深いことに、共生 細菌を取り除くと、現れるアメーバの表現型の変化は同じではないことがわかりました。 プロトクラミジアという共生細菌はアメーバの増殖能や移動能を高める一方、ネオクラミ ジアという共生細菌ではアメーバの増殖能や移動能を低下させていました。すなわち前者 ではアメーバの生存に有利に働くと考えられる一方、後者ではアメーバの生存に明らかに 不利に働いていたのでした。なぜこのような現象が現れるのでしょうか?その答えは、ア メーバを殺す細菌にあったのです。環境中にはアメーバと共存できる細菌だけがいるわけ ではありません。中にはアメーバを破壊してしまう細菌も存在しています。ネオクラミジ アが共生しているアメーバは、このアメーバを殺す細菌に殺されることなく生存できるこ とがわかりました。そのため、一見アメーバの生存に不利に働く共生細菌もアメーバと長 く共存できるものと考えています。
実験で取り扱うアカントアメーバは、ヒトに角膜炎や脳炎を引き起こす病原体としても 知られていますので、実験作業は安全キャビネット中で行っています(図2左)。またアメー バの培養は、通常の細菌の培養よりは低い温度で培養しています(図2右)。
図2 微生物を取り扱う安全キャビネット(左)と様々な温度に設定された培養器(右)
次に何を目指しますか?
私たちはアメーバ共生細菌の中でも、特にクラミジアに焦点を当てて研究しています。 クラミジアにはヒトに性感染症を引き起こす性器クラミジアや肺炎を引き起こす肺炎クラ ミジアなどの病原性クラミジアが良く知られていますが、アメーバ共生クラミジアはこの 病原性クラミジアとは7億年以上前に分岐したと考えられています。このようにアメーバ 共生クラミジアは病原性クラミジアと極めて近縁な細菌なのですが、そのゲノムの大きさ は2倍以上大きいことが知られています。すなわちアメーバ共生クラミジアは、病原性ク ラミジアが失った遺伝子を未だ失うことなく、保持し続けているのです。したがって、ア メーバ共生クラミジアの研究は、病原性クラミジアの進化や病原性を獲得した経緯を知る ことに繋がるのではと考えています。
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