シンチレーション検出器
藤井涼平
2016 年 7 月 15 日
1 シンチレーション検出器の一般的な
性質
1.1 シンチレーション検出器の仕組み
• 放射線や粒子がシンチレーターに入射し,中の 原子や分子を励起する.
• 励起された原子や分子がより下のエネルギー準 位に戻る際に光を発する.
• 発した光はシンチレーターやライトガイドを伝 わり,光学的に接続された光電子倍増管(フォ トマル)に入る.
• 光は電気信号に変えられ,増幅されて電流とし て検出される.
1.2 シンチレーション検出器の特徴
• エネルギーに鋭敏. 励起エネルギーと放出され る光のエネルギーは比例し,フォトマルに入射 した光のエネルギーと出力される電流も比例す る. 従って,シンチレーション検出器はエネル ギー測定に向いている.
• 高速.応答速度と復帰速度が高く, 2つのイベン ト間の時間差などのタイミング情報を正確に取 得できる. また,デッドタイムが短く,高速なイ ベントにも対処できる.
• 波形による粒子の識別ができる. 放出される 光のパルスの形から,粒子を識別することがで きる.
1.3 発光の仕組み
シンチレーターに使われる物質は, 2つの仕組み で発光する. 1つ目は“蛍光(fluorescence)”で,エネ ルギーを吸収した数ナノ秒ほど後に可視光を放出す る. 2つ目は“燐光(phosphorescence)”で,励起状態
が準安定状態の時に起こる. この場合は,数マイク ロ秒から数時間後に発光する.
シンチレーターに時刻0に粒子や放射線が入射し た時,時刻tに放出される光子の数は
N N0 τd exp
−t
τd (1)
N A exp−t τf
+B exp−t
τs (2)
などと表される. (2)の方がより良い近似になって いる. なお,立ち上がり時間は減衰時間に比べては るかに短いため,通常は無視する. τは減衰定数. 大 抵のシンチレーターでは, 1つの項のほうがもう1 つの項よりもずっと速い(だからf, sの添字がつい ている.). A, Bは物質によるが,ふつうは速い方の 定数Aが支配的である.
1.4 シンチレーターとして適する物質
• 励起エネルギーを蛍光放射に変える効率が高 い.
• 蛍光放射をよく透過する.
• 放出される蛍光の波長とフォトマルの検出でき る波長が一致している.
現在,有機結晶,有機液体,プラスチック,無機結晶, ガラスの6種類のシンチレーターが使われている.
2 有機シンチレーター
2.1 動作原理
有機シンチレーターから出るシンチレーション光 は,ベンゼン環中の自由なπ電子の遷移によるもの である.
基底状態は一重項状態で, S0と表されている. こ の上に一重項状態の励起状態S∗, S∗∗, · · · , 三重項 状態の基底と励起状態T0, T∗, T∗∗, · · · がある. そ 1
れぞれの電子準位の上にある細かい準位は分子の振 動モードに対応する. 電子準位の間隔は数eVで,振 動モード準位の間隔は数十分の一eVである. シン チレーターを通過した粒子や放射線は,電子準位と 振動モードを両方励起する.
S∗∗ 状態は10ps以内に光を出すことなくS∗ に 崩壊する. これは“internal degradation”と呼ばれ る. S∗状態からは,数ナノ秒でS0の振動モードの
いずれかに放射を伴い崩壊する. これは(2)の速い 方の項に対応する. このプロセスで出る光は,振動 モードを考慮しないS0 → S∗の遷移に必要なエネ ルギーよりも小さい. 従って,シンチレーション光 はシンチレーターに吸収されず,透過する.
T∗∗ やT∗ 状態からは, “internal degradation”に よってT0状態に遷移する. T0 → S0の遷移は可能 だが,多重極遷移の選択則によってめったに起こら ない.むしろ,別のT0状態の分子と相互作用するこ とで
T0+T0→ S∗+S0+フォノン (3) という反応が起こる. S∗状態がS0 状態になる際に
光を放出する. この反応は,励起された分子どうし の相互作用によるため遅く, (2)の遅い方の項に対応 する. この項の寄与が顕著なのは一部の有機シンチ レーターのみである.
2.2 有機結晶
■材質 よく使われるのは,アントラセンC14H10, トランス―スチルベンC14H12,ナフタレンC10H8 である.
■利点
• アントラセン(∼30ns)を除けば,応答時間が数 ナノ秒と速い.
• 硬く耐久性がある.
■欠点
• チャネリング効果により異方性をもつため平行 でないビームのエネルギー分解能を高めること が難しい.
• スチルベンは脆く熱ショックに敏感なため加工 が難しい.
■その他
• アントラセンは有機シンチレーターの中で最 も強い発光をする. そのため,他のシンチレー ターのとの比較に用いられ,光量をアントラセ ンに対する%で表す.
2.3 有機液体
■材質 有機液体シンチレーターは, 1つ以上の有 機シンチレーターの溶質を有機溶剤に溶かしたもの である. 溶質として利用されるシンチレーターは, 主にp-テルフェニル, PBD, PPO, POPOPである. 溶媒としては,キシレン,トルエン,ベンゼン,フェニ ルシクロヘキサン,トリエチルベンゼン,デカリンが 使われる.
有機液体シンチレーターでは, 放射線のエネル ギーは主に溶媒に吸収され,溶質に伝達される. こ の伝達は非常に高速,高効率で行われるが,仕組みは 未だにはっきりわかっていない.
測定から, 検出効率は溶質の濃度が高くなるに 従って増加し,飽和する直前に最大となることがわ かっている. 典型的な濃度は3g/lほどである.
■利点
• 有機液体シンチレーターの減衰速度は3-4nsと たいへん速い.
• 用途に応じて添加剤を加える事が可能である.
例えば, Boron-11を加えて中性子の検出効率
を上げたり, “wavelength shifter”を加えてシン チレーション光をフォトマルに適した波長に変 えることができる. “wavelength shifter”は,紫 外線を強く吸収し,フォトマルがより効率的に 検出できる青緑の光を放射する.
■欠点
• 一般的に不純物に弱い. 大きな影響があるのは 溶媒に溶解した酸素だが,純粋窒素を溶媒に吹 き込むことで取り除くことができる.
■その他
• 添加剤を加えると,クエンチ効果によりたいて
2
い光量が落ちてしまう. この現象は,ナフタレ ンやビフェニルなどを加える事で多くの場合除 去できる.
2.4 プラスチック
■材質 有機液体シンチレーターのように,シンチ レーターは固体のプラスチックという“溶媒”に溶 けた溶質である. 最も広く使われているプラスチッ クは,ポリビニルトルエンとポリフェニルベンゼン, ポリスチレンである.
一般的な主溶質はPBD, p-テルフェニル, PBOで, 典型的には10g/lほどの濃度で使われる. POPOP は,波長変更のために,副溶質としてごく少量である が非常にしばしば使われる.
■利点
• 減衰定数が 2-3nsと非常に短く, シンチレー ション光も明るい.
• 頑丈で柔軟性が高い.数µg/cm2のシートから ブロックや円筒まで様々な形や大きさに商業生 産されていて,比較的安い. さらに,光の透過性 や応答速度に応じて,様々なプラスチックが利 用されている.
• 水,純粋なメチラール,シリコングリース,低級 アルコールに強い.
■欠点
• アセトンや他の芳香族化合物などの有機溶媒に 容易に侵される.
■その他
• 原子核・素粒子物理では,プラスチックシンチ レーターは有機シンチレーターの中で最も広く 使われている.
• 減衰定数が非常に短いため,立ち上がり時間が 無視できない.そのため, (1)は
N N0f(σ, t)exp−t
τ (4)
f(σ, t) √1 2πσexp
(
− t
2
2σ2 )
(5)
と修正される1).
• 裸のプラスチックシンチレーターを扱うとき は,手の酸がプラスチックにひび割れを生じる のを防ぐために綿かポリエステルの手袋を着用 するべきである.
3 無機シンチレーター
3.1 動作原理
有機シンチレーターの発光メカニズムは分子によ るものだが,無機シンチレーターのそれは結晶中の 電子のバンド構造によるものである. 放射線や粒子 がシンチレーターに入ると,価電子帯の電子を伝導 帯に励起し,自由電子と自由正孔をつくる. あるい は,励起子をつくることもある. 励起子は電子と正 孔の束縛状態で,電子は結合エネルギーのぶんだけ 価電子帯よりも低いエネルギーバンドに位置する. 伝導帯の電子や励起子の電子が価電子帯に戻る際に 光を発する.
不純物が含まれていると,禁制帯に不純物準位が できる. この場合,電子は不純物準位から価電子帯 に戻る. このプロセスで光が出ない場合,不純物は トラップとなる.
3.2 無機結晶
■材質 無機シンチレーターは主にアルカリ金属― ハロゲン化合物の結晶で,少量の活性剤が混ぜられ ている. 最も一般的に用いられるのはNaI(Tl)で, タリウムが活性剤である. 他にも, CsI(Tl), CsF2, CsI(Tl), CsI(Na), KI(Tl), LiI(Eu)などがある.
ア ル カ リ 金 属 を 含 ま な い も の は, Bi4Ge3O12
(BGO), BaF2, ZnS(Ag), ZnO(Ga), CaWO4, CdWO4などである.
■利点
• 高密度で原子番号が大きいことによりストッピ ングパワー2)が高い.
1)ただガウシアンとしか書いてないから, 係数 1/√2πσ があ るかどうかは不明.
2)シンチレーション光が電子―陽電子対を対生成し, それら がシンチレーション光を発生させる……を繰り返す. この 繰り返しが比較的狭い領域で終わるということ. シンチ レーション光の総量からエネルギーがわかる. この測定器
3
• シンチレーターの中で最も光量が大きく,エネ ルギー分解能が高い. 従って,ガンマ線や高エ ネルギー電子,陽電子の検出に適している.
■欠点
• 一般的に,無機結晶シンチレーターの応答速度 は燐光のせいで500ns程度と遅い.例外はCsF で, 5nsと非常に短い.
• NaI, CsF, LiI(Eu), KI(Tl), BGOなどは潮解性 をもつ. これらは,空気中の湿気から守るため, 完全に密封して保存しなければならない.
■その他
• BGO やBaF2, CsI(Tl)は潮解性がないまたは
弱いため,湿気からの保護無しで使用できる.
• BGOとBaF2が近年注目を浴びている. BGOはNaIに比べてγ線の光電子変換の効率 が3-5倍高い.光量が弱く,エネルギー分解能が NaIの半分程度という欠点はあるが,超高エネ ルギー領域ではNaIへの大きな優位性がある. BaF2は,超紫外領域のシンチレーション光を発
し, (2)の速い方の項は非常に高速である. 減衰
定数は500psのオーダーである. しかし,光量
は小さく,さらなる研究が待たれる.
3.3 ガスシンチレーター
■材質 ガスシンチレーターは主にキセノンやクリ プトン,アルゴン,ヘリウムといった希ガスや窒素か らできている. 個々の原子が励起され基底状態に戻 る際にシンチレーション光を放射する. 検出効率を 増すために200atm程度で使われる.
■利点
• 非常に高速である(≤ 1ns).
■欠点
• シンチレーション光は主に紫外線で,フォトマ ルでは効率的に検出できない. この問題を乗 り越える一つの方法は,容器の壁やフォトマル
をカロリーメーターと呼ぶ.
の窓をジフェニルスチルベンのような“wave- length shifter”でコーティングすることである.
■その他
• 一般的に強い電荷を持つ粒子や核分裂片の実験 で使われる. 近年では,宇宙物理における検出 器としての利用も提案されている.
• 液体や固体状態のキセノンや,液体ヘリウムも シンチレーションを起こすことが発見されてお り,実験が行われている.
3.4 ガラスシンチレーター
■材質 ガラスシンチレーターは,セリウムを添加 されたリチウムガラスまたはホウケイ酸ガラスで ある. ホウケイ酸ガラスはリチウムガラスに比べ 1/10の明るさのため,現在はあまり使われない.
■利点
• フッ化水素酸を除き,すべての有機,無機試薬に 耐性がある. また,融点が高く,頑丈である. こ れらの性質から,厳しい環境で特に有用な検出 器となっている.
■欠点
• 光量は少なく,アントラセンの25―30%を超 えることはない.
■その他
• 主に中性子検出に使われるが, β線やγ線にも 鋭敏である.
• 応答速度はプラスチックと無機結晶の中間で, 数十ナノ秒程度である.
• 6Li成分を増やすことで,低エネルギー中性子 への感度を高めることができる.
• γ線と中性子の識別は,パルス高を識別するこ とで行われる.
4