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Academic year: 2018

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10│世界史のしおり 2017③

たくさんのみずみずしい野菜と熟した果物。果 物の間からは黄金色の麦やきびがたわわにこぼれ, 下方には色鮮やかな花々が咲き誇っている。種々 多様な植物が精緻に描写されている本作には一方 で,一人の人物の上半身をはっきりと認めること ができる。ふっくらとしたりんごおよび桃の頬と さやえんどうの瞼の間から,さくらんぼと桑の実 の瞳がじっとこちらをみつめているからである。 この二重化されたイメージで見る者を強く引きつ ける絵の作者は16世紀に神聖ローマ皇帝の宮廷で 活躍したジュゼッペ=アルチンボルドであり,本 作は皇帝ルドルフ2世をローマ神話の神ウェル トゥムヌスに見立てて描いた肖像画である。

アルチンボルドを有名にしているのが,本作の ような,多様な動植物が一つ一つ博物学的な精確 さで描写されつつ,全体としては人物の頭像とし て見える奇抜な構成の寄せ絵である。アルチンボ ルドは1526年イタリアのミラノに生まれ,画業初 期を同地で過ごしたあと,1562年に神聖ローマ帝 国の宮廷画家としてウィーンの宮廷へおもむいて いたようである。彼の寄せ絵はこの宮廷において 初めて制作されたと考えられているが,その芸術 活動は皇帝たちを魅了し,マクシミリアン2世と ルドルフ2世の二代の皇帝に仕えたのであった。 アルチンボルドの特異な芸術の源泉については さまざまに論じられている。画業初期の地である ミラノでルネサンスの巨匠レオナルド=ダ=ヴィン チが活動し,その影響が色濃く残っていたことも 重要であった。ダ=ヴィンチは自然観察を重視し ていたが,おそらく彼の追随者たちとの交流を通 しアルチンボルドもその教えに触れ,写実的な自 然描写をきわめていったと考えられるからである。 さらにダ=ヴィンチは人物の醜悪な顔貌をとらえ た素描や,顔を醜く戯画化した素描を残していた。

これらの奇怪な頭像は,アルチンボルドの人物像 を先がけるものであったと指摘されている。画家 が活躍したマニエリスムの時代には,ユーモアや 機知を効かせた奇抜な芸術表現が登場する。この 傾向がアルチンボルドの奇想をこらした寄せ絵の 頭像にも見いだせるのである。

さらにアルチンボルドが宮廷画家であったこと も独自の絵画の形成に重要であった。この時代に 王侯貴族たちは貝や貴石,自動機械など自然物, 人工物を問わず珍奇な品々を競ってコレクション していた。アルチンボルドが仕えた神聖ローマ皇 帝も宮廷に「驚異の部屋」をつくりあげ世界各地 の珍品をおさめるだけでなく,生きた動植物のた めに植物園や動物園を整備していた。こうした場 所に出入りを許されたアルチンボルドは描写対象 をつぶさに観察し,作品の構想を練ることができ たのである。多様な事物からなる彼の寄せ絵は雑 多な品々が収集された,世界の縮図ともいえる「驚 異の部屋」に通じるものとなっている。

さて本作に戻ろう。実りを迎えた四季折々の野 菜や穀物,花々によって,四季や四季の変化をつ かさどる神ウェルトゥムヌスがかたどられている。 ここでは四季の支配者たる神に世界の支配者たる 皇帝が重ねられ,豊かな実りのイメージを通して 皇帝の統治がもたらす平和と繁栄が賞賛されてい る。本作は一見すると植物が寄せ集まった奇妙な 人物像に見えるが,皇帝を称揚する意味合いの強 い作品なのである。ルドルフ2世を喜ばせた本作 はこのたび東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュー ジアムで開催されている「神聖ローマ帝国皇帝ル ドルフ2世の驚異の世界展」に出品されている。 皇帝の愛した珍品も展示された本展は,アルチン ボルドの作品とともにその芸術を生み出した当時 の文化的環境に触れる絶好の機会となっている。 武蔵野大学非常勤講師 

玉井貴子

写実と奇想が織りなす人物像の意味

文 化

で読み解く当時の社会

解説

この絵が日本にやってくる! 2018年1/6〜3/11 ルドルフ2世の驚異の世界展

ウェルトゥムヌス

としての

皇帝ルドルフ2世像

写真:ユニフォトプレス

付録と

いっしょに

(2)

世界史のしおり 2017③│11

16世紀という世紀は,世界史ではとくに魅力の ある世紀である。この世紀,ヒトや国家が動き, モノが動き,さらに「銀」というカネが動き,ひ いては時代が動いた。この時代を生きた人々に とっては過酷な時代であったかもしれないが,歴 史学を学ぶ者にとってこれほど興味深い時代はな い。その終了期に当たる16世紀末,ルネサンス精 神を身につけた一人のイタリア人画家が,モノに こだわった大変おもしろい絵を描いた。ミラノ出 身のハプスブルク家宮廷画家アルチンボルドがそ の人物で,おもしろい絵とは,ときの神聖ローマ 皇帝を花,野菜,果物,穀物などの栽培植物で描 いた,今回のテーマ作品である。本作を通してみ えてくる,16世紀の世界の一端をのぞいてみたい。

まずは絵画の登場である。この合成肖像画は色 なくしては鑑賞に値しない。カラーコピーした図 版を生徒各自に配布して印象を聞き,題名を提示 する。次に,解説にあるように本作が16世紀に流 行したマニエリスムの流れをくむ作品で,キリス ト教世界の支配者である神聖ローマ皇帝を四季の 神になぞらえ,万物をつかさどる存在としてたた えた作品であることを説明する。そのうえで,画 中の野菜のなかに,大航海時代にヨーロッパに伝 わった作物が4種類あることを指摘し,生徒に画 中の「野菜」探索をうながすことにする。手がか りとして,『明解世界史図説エスカリエ 九訂版』 (以下,エスカリエ)p.121の「コロンブスの交換」 の表を示し,このなかから3種を探すように指示 をする。おそらく,まず気づくのは肖像の胸元に 位置しているかぼちゃで,次にその左下にとうが らしが,さらに肖像の左耳として描かれていると うもろこしに気づいてくれるだろう。あともう一 種とは何か,これはこちらで指定しないと確認で きないかもしれない。今日,広くヨーロッパに普 及しているズッキーニで,肖像の首右側を構成し ている。ちなみに首の真ん中はかぶ,左側はなす である。これら4種の野菜のうち,とうもろこし については,やがてこのとうもろこしが世界中に 広まり,16世紀末当時,“17世紀の危機”を迎えつ

つあったヨーロッパで他の穀物より圧倒的に収穫 率の高いこの作物が貧民層の食料として受け入れ られたことを指摘しておきたい。

気になるのはとうがらしである。肖像画全体の なかでは右肩のカーネーションから始まって,タ チアオイ,白バラ,チューリップ,アーティチョー クとつながり,左肩のたまねぎにいたる部分は, 皇帝の首かざりとして作者が描いたと想定できる が,なぜ,その中心に近いところに赤とうがらし を入れたのか。ここからはあくまで筆者の推測に すぎないが,とうがらしはその強いからみゆえに 当時,一部の地域にしか普及せず,観賞用として 栽培されていたが,その形状からハプスブルク家 出身の神聖ローマ皇帝のシンボルともいえる「金 羊毛騎士団」勲章ペンダントとして使ったのでは ないかと考えられるのである。なぜなら,そのペ ンダントは「ぶら下がり羊」を彫金したもので, そのイメージでここに描いたのではないかと思わ れるからである。生徒には,本画と同じ所蔵先に あるルドルフ2世の肖像画模写を拡大したカラー 図版を提示して,「ぶら下がり羊」のペンダントを 確認し,自説の妥当性を考えてもらうことにする。 この説が正しいとすれば,「ハプスブルク」皇帝を 代表する表象の1つが,大航海時代に新大陸から 伝わった栽培植物を用いて描かれるという,16世 紀らしい試みがなされていたということになる。

最後に本画がなぜスウェーデンの城に所蔵され ているのかを生徒に考えさせたい。17世紀前半の 神聖ローマ帝国内では三十年戦争(エスカリエ p.127)という,16世紀宗教改革の負の遺産といっ てもよい宗教戦争・国際戦争が続いていたことに 生徒が気づいてくれれば,この投げかけは成功で ある。ウェストファリア条約の交渉が行われた1648 年,プラハ城に入ったスウェーデン軍は宮殿内の 絵画や財宝類を軒なみ持ち去っていってしまった のである。その略奪品のなかにこの作品もあった ようで,その後の経緯は不明であるが,現在は17 世紀後半に軍人貴族の邸宅として建てられたス コークロステル城に所蔵されるにいたっている。

絵画が語る16世紀のヨーロッパと栽培植物の情報

─アルチンボルド『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像』を手がかりに─

福岡県立東筑高等学校 

今林常美

参照

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