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学 申請論文

都市近郊低湿地における生業の研究

-近現代の河川沿い集落にみる生活戦略-

秋山 笑子

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目 次

序 論 研究の課題 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第1節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 第2節 民俗研究における低湿地につい の生業研究史・・・・・・・・5 第3節 本論の立場 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

1部 都市近郊の内水面沿いの低湿地における環境 生活変化・・・・・21 序 章 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 第1章 手賀沨の開発 生業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 第1節 利根川東遷 新田開発・・・・・・・・・・・・・・・・・28 第2節 手賀沨の漁撈資源をめ る都市 農村・・・・・・・・・・31 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・382章 手賀沨における外来生物の流入 自然環境の変化・・・・・・・40 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 第1節 増田実日記 における環境変化につい ・・・・・・・・42 第2節 外来生物の流入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60 第3章 手賀沨の環境 生活変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・62 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63 1 増田実のライフサイクル 日記・・・・・・・・・・・・・64 2 増田実の青年期の生業・・・・・・・・・・・・・・・・・66 第3節 増田実の婿養子期の生業・・・・・・・・・・・・・・・・72 4 増田実の分家期の生業・・・・・・・・・・・・・・・・・76 第5節 労働時間 生業の構造・・・・・・・・・・・・・・・・・85 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91 終 章 都市近郊の内水面沿いの低湿地における生活戦略・・・・・・・93

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第2部 都市近郊の海付きの低湿地における生業形態の変化 分業につい 96 序 章 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97

第1章 浦安の開発 生業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 第1節 集落の成立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104 第2節 開墾 集落の性格・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 第3節 養殖技術の導入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111 第4節 海苔養殖の技術・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113 第5節 貝養殖の技術・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・125 第2章 浦安における稲作 ハス栽培の導入・・・・・・・・・・・・・127 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128 第1節 低湿地 の稲作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130 第2節 ハス栽培の導入 拡大・・・・・・・・・・・・・・・・・142 第3節 ハス栽培 地盤沈下・・・・・・・・・・・・・・・・・・1504節 地方自治体の政策 土地改良事業・・・・・・・・・・・・152 第5節 浦安における分業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・163 第3章 西脇保男の手帳にみる浦安の生業の変化 生活戦略・・・・・・165 じめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・166 第1節 西脇保男の手帳にみる生業暦・・・・・・・・・・・・・・168 第2節 生業別の作業日数の比較・・・・・・・・・・・・・・・・1823節 地方 都市近郊における生活戦略の比較・・・・・・・・・185 おわ に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・188 終 章 都市近郊の海付きの低湿地における生活戦略・・・・・・・・190

結 論 結論 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・194 第1節 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・195 2 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・198

参考文献及びオンライン文献一覧 図表写真一覧

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序論

研究の課題 方法

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序論 第1節 問題の所在

本論文 民俗研究の立場 都市近郊低湿地の生業の意味 生活戦略を 研究テーマ するもの ある

具体的 課題 し 近現代における つの低湿地における生活戦略 環 境変化 の関連性につい 考察するこ を目的 する

都市近郊 いう言葉 多くの書物 使わ いる その定義に特に定 っ たもの い 1965年に改正さ た首都圏整備法 既成市街地を む相当広 域 半径約50km の地域を近郊整備地 に設定し いる こ 圏央道 ほ 一致する 本論文 この地域を都市近郊 考えるこ する

た 低湿地 いう言葉につい も 明確 定義 い 地理学者 ある籠 瀬良明 相対的に低い 置に横たわる湿地の状態 いう定義を行っ いる 籠瀬 1972:47 本論文 こうした土地を低湿地 考えるこ する 調査地 都市近郊の低湿地 あ 河川沿いの集落 ある手賀沨周辺 浦 安周辺をフ ール する 手賀沨 利根川下流域にあた 利根川の流域面 積 日本第一 あ 都市東京を始め した首都圏の水源 し 重要 役割 を有し いる 明治33(1900) 行わ た利根川改修工事 その下流域の 生活に変化をもた した た 利根川流域の旧江戸川最下流にある浦安 東 京に隣接した地域 あ 地下鉄東西線 開通する 陸 交通の便 悪 った土地 ある た 江戸川 東京 の工業用水 し 使用さ たこ によ 最下流の浦安 影響を けた つの地域 ち も都市東京近 郊の河川沿いにあ 都市化に伴う国策を じめ する様々 影響を け続け

きた

この つの地域 都市近郊の低湿地 いう共通点 ある 手賀沨 内水面 沿い あ 浦安 海付きの集落 あ そ に条件 異 っ いる 都 市化 進む中 つの地域 都市近郊 いう 置に っ いき 生活環境や 生業 大きく変化した

問題意識 し 生業 自然の関係 重要 ある 考える 環境変化 悪化 による生業の変容 伝統的 生業をい む中 の人々の意識につい 考察 する 農業や漁業 の伝統的 生業 い る空間 人間 自然 対峙する場 ある 特に 都市近郊の低湿地 開発や都市への食糧の供給地

し の役割等の影響を けやすい 置に立地し いる 人間 開発するこ 自然環境 悪化し いったこ を 現代の自然保護的視点 のみ論を進め るこ 問題の本質を見失い い 伝統的 生業をい む中 自 然 向き合う人々 う考え いたの 検討する必要 ある その内実やそ こに至るプロ スを知るこ こそ 必要 い う そのプロ スを知 るこ 民俗学における生業研究 こ の社会に向け 発信 きるこ

い 考える

方法 し 民俗学の基本的手法 ある聞き取 調査等に加え 生業従事 者による文 資料 日記や手帳等 の分析を加える 聞き取 調査 け

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く生業にた さわった人による文 資料の分析を加えるこ によ 時系列的 変化の追跡 聞き取 の及 い過去の探求 可能 る 但し 日記や手 帳 個人の問題 し の比重も高く そ によっ のみ地域の生業や生活 そ の変化を一般化するこ 問題 ある う し し 民俗学の手法 もっ も大 にし きたの 一人一人の生活 いう視点 あ その社会の有 たについ 明 にするこ きるこ にある 考える

1

民俗学 近年個人を のように捉える いう議論 目立っ いる 湯 川洋司 村落 個人 いう視点 一個人 抱える個別の事情や行動によ 変化や消滅 あるこ を自覚する必要性を示し いる 湯川 1998 た 和 田健 村落の現在的状況を概念 し む いう生活の場におい 個人 の 価 値 判 断 大 き く 影 響 を え る も の あ る こ を 前 提 し い る 和 田 2012:2123

本論文 も 個人 む 密接に関連し その関係性を明 にする こ に意味 ある 考える 特に 第1部 資料 した 増田実日記 我孫子 市史編さ 室編 1996-1998 自分の考え 個人 の考え の遊い を意識する記述 出 くる 個人 増田実 常にむ を意識し む の中 の自分の 置を考え いる 日記 の記述内容 常に個人の側 記述さ るもの ある そのため 個人 む の関係性を正確に理解するために 日記の記述の中にあるむ の意識を 寧に検証する必要 あ た他の文献 によ 検証を要する

従来 民俗研究 聞き取 調査によっ 得 た資料を中心に行わ るこ 多く 文献資料や日記 補助資料 し 用い きた 生業研究にお い 生業複合論 出 くる 日記 の資料の内容を数値 し 分析す るこ 少 ったように思わ る そのため 生業につい の聞き取 調査

記憶に頼るために年代の確定 難しく 正確 労働形態を明 にし った その点 日記を活用した場合 明確に時間軸に 置 けるこ

きる た 昭和初期以前につい 聞き取 調査 難しいこ 多い 日 記 の文献資料を用い さ に時代を遡るこ 可能 る

具体的に近現代における都市近郊 低湿地の生業 のように営 の よう 生活戦略 生き抜いた を 日記や手帳 の文献資料の分析や聞き取 調査等によ 解明する そうしたこ によ 時系列的 変化の追跡 聞き 取 の及 い過去の探求 可能 生業 自然 環境変化 の問題を主 体的に えるこ きる 考える

本論文 用いる生活戦略 いう言葉 生活を維持するためにそ のや 方 総合的に生活を管理し運営する方策 置 けるこ する 民俗学

山本志乃 市稼 の生活誌--農家日記にみる定期市出店者の生活戦略 の中 生活戦略の用語を生計維持活動 し え いる 山本 2010 本 論文 もその意味を踏襲したい

以 のよう 問題意識 方法によ 第1部 し 淡水域 ある手賀沨周辺 をフ ール し 第2部 東京 岸沿いの浦安をフ ール し 都市

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近郊の低湿地における生業につい 近現代における利根川下流域の生活戦略 につい 検討し いきたい

そこ 本論文 用いる基本的 方法 低湿地における生業研究につい 振 返っ おくこ する

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序論 第2節 民俗研究における低湿地につい の生業研究史

本節 都市近郊低湿地における生業を民俗研究 のように 置 ける につい 従来の研究を確認する さ にそ をふ え 方法論を検 討する

ここ こ の民俗研究における生業の 置 けについ 主 し 柳田国男 渋沢敬 の研究活動 出し 検討を加える こ 柳田

渋沢の視 研究成果 民俗学における生業研究に大き 影響を えた 考える 今後の生業研究につい も影響を え いく 考える さ に近年の生業研究を通覧し 改め 民俗学的に都市近郊の低湿地の生業を のように え 調査研究を進め いくべき 基礎的認識 方法 を提示し

みたい

1 柳田国男の生業研究

柳田国男の生業研究を 農政学 出発し 資本主義経済の発展する 中 変化し いく農村につい の研究を める こ によ 農村 都市の 問題をこ の民俗研究における生業研究に 置 け 検討を加える

柳田国男 明治30年(1997)に東京帝国大学法科大学政治科に入学し 農政 学の松崎蔵之助に師事し農政学を学 そし 明治33(1900)7月に大学 を卒業し 農商務省農政局に勤務する

日清戦 前後の日本経済 飛躍的 発展を遂 1900年頃に 第一次産業 50%を割 日本 農業国 工業国へ 変革し いた 貧しい農村 いう認 識や地域格差を是正するよう 協同組合の法制化 図 た

明治33(1900)に協同組合 ある産業組合法 成立し その直後に農政 僚 に った柳田 ったの 農政学の手法によ 地方へ産業組合を普及 さ るこ った 最新産業組合通解 柳田 1970(1902) の序論 資本 主義経済の発展の中 貧富の差の弊害 苦し いる農民を救済するために社 会改良 必要 あ その一つ し 産業組合制度の必要性を説い いる

当今資本融通の途に乏しく労働の困難にし 利益の少 きこ 農業を以 最甚し するを以 従 産業組合の制度によ 維持 発達 を計るの

必 要 も 農 業 に 於 最 適 に 感 る る 信 柳 田 1970 (1902):11

そし 次に出版さ た 農政学 柳田 1970(1902-1905) 農業の 特性並に日本農業の現状 し 地主 小農につい 述べた後 次のように記し

いる

廃藩の際士族の 農する者亦甚多く 従来土地を以 俸禄を給 しも の 又 新開地国境等に土着 るもの 儘に普通の地主 るものあ

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或 小さき土地を新に取得し 小農 るものも亦少 而し 旧 時代の小農 生活程度の改良を希望する毎に 必 都市に出 他の職 業を択び取 し に明治の代 転業移 の容易

多 数 の も の 農 を 罷 め 今 も 猶 盛 に 他 の 職 業 に 移 つ ゝ あ る 柳 田 1970(1902-1905):217-218

こ 廃藩によっ 士族 農した後のこ を記し いる 農した士族 小農 生活 新しく る度に都市に出 他の職業に っ いく 特に 明治時代以降に転業移 容易に 都市 民 増加し いったこ に注目 し いる そし 労働配分政策概論 し 世の開明に伴 人の職業

分 化 に 分 化 を 重 る 極 め 利 益 る こ 柳 田 1970 (1902-1905):275 職業の分化につい 肯定的 立場を 新田開発 の余地 既に乏し 柳田 1970(1902-1905):276 し お 農地の増加 望め いこ 職業 分化し 都市への人口流入 適正 こ 考え い る 我 国に っ 必要 こ 農業 工業 農村 都市 適正 労働配分 さ るこ 結論 け いる このように柳田 農政学の問題 し 農 村 都市につい 考え いた

農政 僚時代の論考を めたの 時代ト農政 柳田 1969(1910) ある その中 田舎対都市の問題 元来人口の都会集注 即ち今時田 舎の若者 都会へ出た る傾き 人類発展の理法 も言 す 心理 経済 極め 自然 る趨勢 あ す 柳田 1969(1910):29 し その状 況を認め お 是非未来に対し 新しい経済政策を行 の あ る 1969(1910):50 し いる こ 地方にいる若者 都市へ移 する こ 自然 成 行き あ そ に対応した経済政策を行う必要性を説い いる こ も 柳田 地方 都市 いった問題を注視し お そ 出発点 あったこ わ る

つ 農政 僚 し の柳田 取 組 課題 農業の改革 いっ た大き テーマ あった 柳田 生業 いう言葉を積極的に使うこ っ た 柳田の研究対象も生業を含 問題 ある えるこ きるの

その後柳田 大正8年 1919 に貴族院書記 長の職を辞する 大正13、 14年頃(19241925)に早稲田大学 日本農民史 の講義用に執筆さ たテ クスト ある 日本農民史 柳田 1969(1931) 次のように述べ いる

講義に於 最も問題を簡潔にする必要を感 る そこ 主たる標的 を国民生活の未来に置い 研究を始める 即ち我々日本人の現在の生活 の 点 長処 この つを誘発した原因 如何 つ 如何にし 日本 の農民 今日のやう 生活をするこ に ったの を 説明し得るやう に力め 見たい 柳田 1969(1931):169

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つ 現在の生活の 点 長所を明 にするこ によっ のように 日本の農民 現在のよう 生活をするこ に ったの を学問 し 検討し いるの ある こうした柳田の農政学における考え方 明治43年(1910)に新 渡戸稲造を後援者 し 作った郷土会 の集 小田内通敏や石黒忠篤 小 武夫 那須晧 の報告の影響 あった いわ いる

その後 昭和4年(1929)に刊行さ た 都市 農村 柳田 1969(1929) 昭和 6(1931)に刊行さ た 明治大正史 世相篇 の 生産 商業 柳田 1970(1931):326-344 も 農村の問題を取 扱っ いる

農政学を学 柳田 農政 僚 し 農業の改革を考え いる そし その後研究者 し 資本主義経済の発展の中 変化し いく農民の問題 につい 研究を続けたこ 大き 特徴 いえる う 農政 僚 し の 出発点 ある農業改革の問題 都市 農村 いう問題へ 繋 っ お 農 業研究や生業研究 いう枠を超え もっ 発展さ いこう し いた問題 った う そ 藤井隆至 藤井 1975 川田稔 川田 1997 や松田睦彦 松田 2010 検討したように 農政学 提起した問題をよ 進めるこ 日本民俗学へ 繋 っ いった 考え る

た アメ カの人類学界 民俗社会を現代都市社会 の対比によっ 概念化さ 都市研究者や社会学 議論さ いた都市 農村 の区別 相対 的・連続的 ある した都鄙連続体の議論 関連し 検討さ きた この都 鄙連続体論 柳田国男の 都市 農村 柳田 1969(1929) を結びつけ えたの 鶴見和子 鶴見 1998 や 木橋伸浩 木橋 2005 あった

た 都市民俗学を牽引した宮田瘡 柳田民俗学の一つの特色 都 田舎 村 連 続 す る い わ ゆ る 都 鄙 連 続 論 軸 っ い た 点 あ る 宮田 2007 1996 71 記し いる その後の都市民俗学への流 の中にも 都 市 農村の連続性の問題 息 い いる いうこ きる

柳田 問い続け いた都市 農村 の関係性の問題 現在の生業研究にお い も重要 視 を持っ お 多くの民俗学の論考 取 きた し し そ の中 都市近郊低湿地につい 取 た試み 少 い ため 本論文 具体的にその地域を把握するこ を課題 する

2 渋沢敬 の生業研究

次に柳田 交流し も 独自の研究姿勢を貫いた渋沢敬 の水産史研究 における農漁民につい 探る こ によっ 海漁や内水面漁撈 畑作 稲作 の生計活動の連続性につい の視点を め みたい 渋沢の研究を現在 の生業研究の起点 し 置 けるこ によ 本論文の視 の一つ ある生 活戦略 の関連を検討する

渋沢敬 主催したアチックミューゼア の活動 さ 分 に及 漁業研究 民具研究 その主要 柱 っ いたこ 知 いる そし こ の研究の中に 数多くのテーマ 埋め込 お その つ 農漁民 いうテーマ った

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0-1-1 筌の諸形態

河岡 1975 から引用

明治時代に っ 殖産興業政策 農業 漁業 内務省の管轄 内 務省農事修学所 組織的に調査研究 行わ るように っ いった その 後 明治末期 大正期に 帝国大学 海道帝国大学 東京農業大学 に 農学部や水産学科等 き 大学 の研究 盛 に っ いく

し し 漁業経済史につい 研究 進 お その開拓者 し 渋沢 敬 主催したアチックミューゼア 羽原又 挙 る 渋沢 大正 10(1921)にアチックミューゼア ソサエテ 名付け 動植物や化石標本 等の収集を始めた その後 アチックミューゼア 変更し 昭和7年(1932) 豆 内浦漁民史料の発見整理を機に漁業史研究室を新設した

そし 民具研究 し 昭和11(1936)に 所謂足半に就 渋沢 1936 1991 を刊行し その後筌 ウケ の研究に手をつけた 筌研究 渋 沢の昭和13(1938)の年譜に 筌の調査研究 活発 記さ お

研究 進 いたよう ある

昭和17年(1942)に出版さ た 渋沢水産史研究室報告 第2集所収の 式内 水産物需給試考 渋沢 1942 1992 渋沢 筌につい 次のように記し いる

ウケの 語 ウ ある ウケに就い 当研究所に於 も現代に於ける その形態 用法及方言 全国に亘っ 聊 調査し あ 後日の機会に

める予定 ある 之によっ 見 も形態方言共に多様性を持つ 渋沢 1942:409

この時点 ウケについ す に全国的 調査をし い める予定 あったこ わ る た 昭和16(1941)に行った社会経済史学会 次のよ うに講演し いる

小さい漁業 し 百姓 筌や ッタイ 竹製の箕型の 漁具 のよう もの 泥鰌

を獲っ 居る漁業もある そ 如何にも小さく

っ 居 の 下 い漁 業のよう あ すけ も 日本全体 見る 馬鹿に出 来 い 渋沢 1954608 このように 百姓 行う漁業に つい 言及し お 筌 いう民 具を通し 数 に 出 こ い生業の意義等につい 検討し

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よう し いた 思わ る

し し残念 筌の研究 第 次世界大戦による時局の悪化等によ 進 める事 き 一時中断さ し う 河岡 1975:9

その後 昭和26(1951)に刊行さ た 滋賀県漁業史 伊賀 1954 の序 内水面の漁法 海に向 っ 押し出さ いったものもあ し い さえ思わ る 伊賀 1954:2 述べ 内水面の漁業 生命の危険 少 い ために技術的に 早く発達した 境域の狭さや 魚種 海ほ 多種 いこ 多くの制約をうけ 早く停滞し そこにたぶ の 風をも残存 しめ いる し 内水面漁業の研究 漁業技術発展の経過に大き 示唆を える 可能性を示し いる た 内水面 漁民 同時に鳥猟を行っ いる し 漁民 鳥猟を行っ いる事例を取 漁猟・鳥猟・未分化の時代を思 わ る 湖に限 内水面の漁民 同時に鳥猟を行った痕跡 各地に残っ

いる し 漁猟 鳥猟 の関係性にも言及し いる

た 宮本常一 民具学の提唱―民具試論 四 の中 渋沢の筌研究に 触 このよう 漁具 漁業専門の者よ も農民に多く利用さ たの 特色 あった 述べ いる 宮本 1972:17

このように 渋沢の中に 漁業 漁師 農業 農民 分け い考え方 確 に息 い いる

渋沢の漁業研究の特色 民具や魚名 を収集し 文献資料 を海猟し 考察を加えるこ 新た 側面を浮 び る手法にある 渋沢を中 心 した ループ 議論する中 様々 意見 出さ そし 発展し いった 考え る し し 残念 渋沢の筌研究 文章 し め るこ

った

その後 河岡武春や 井善弥によっ 農漁民 漁農民 いう表現 内水 面漁業 海漁 畑作や稲作 の生計活動を論じ た 河岡 低湿地文化論 の中 漁業 水鳥猟 農業 の繋 を検討し 漁民 猟師 いう複合的 視点に注目し 東ア アの低湿地文化論へ 視 を広 いった 河岡 1976

井 浦半島の海辺の村の生活をフ ール ワークする中 農間漁師 多 いこ に注目し 農漁民の概念に到達した 井 1977

このようにアチックミュー ア に関わった人々 持った問題意識 し 農漁民 の概念 立ち現 きた 思わ る

このこ 後 述べる安室知による複合生業論に繋 る視 あるこ し 重要 ある 地域の生業を複合的に捉え 様々 生業の複合形態やそ

の生業の 置 けを捉える方法 し 渋沢たちの研究成果 その起点に っ いたの ある

環境民俗学 複合生業論の視点

自然や環境を対象化する視点を民俗学 当初 持っ お 生業の分 も柳田以降多くの論考 ある 中 も環境変化につい の関心 民俗学に っ 重要 テーマ あった

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ここ 環境民俗学 生成する中 出 きた環境の変化 いった問題を中 心に 複合生業論につい の研究を整理する こ によ 本論文の問題意識 の一つ ある環境 生活戦略につい の視点を明 にしたい

柳田國男 固有名詞を一つも揚 に明治大正史を民俗学の手法 明 にしよう した 明治大正史 世相篇 柳田 1970(1931) 獣交 海 人間 動物 の関係につい 次のように述べ いる

つ 人間の土地利用 追々彼等の生息を不可能 しめ 居たの ある ち う 家々の鼠 同じやうに 言 我々の 意 強く ったの

ある し も最近の狩猟制度 そ 以 に我々 鳥獣 の間を疎隔さ たこ も事実 ある 銃猟 結局他処の紳士たちの 税を払っ 楽しむ 遊戯に っ し った 土地に生 た者 捕獲にす も関係 く っ た 魚 虫 ち 鳥獣 追々に少年の興味の領分 逸出 しよう し 居る 柳田 1970(1931):234

ここ 明治大正の新た 世相によっ 変化したものの つに 人 動物 の間柄 につい 取 あ いる 柳田の関心 人間の土地利用によ 鳥 獣の生息 変化した 無く っ いき その土地や少年たち

離し いくこ にある こ を書いたの 柳田 民俗学の学問 し の体 系化に取 組 いく前 あった その後 環境変化につい 民俗文化の体 系化の中 生業を個別的に検討する研究 多く そこに人 のように関 わっ 変化に対峙し 生き きた いう視点 抜け落ち ちに っ い った 稲作 農事暦を作 漁撈 漁撈暦を作る 生業 技術 け を抜き出すよう 研究も多く さ るように る

し し こうした中 も 世間 を歩き 調査を続ける中 様々 技術や 道具 の物質文化研究も含め いったの 宮本常一 あった 宮本 自 然の中に生きた者 自然 格闘しつつ第 次自然をつく あ いった 地元 の人に っ そこにある自然 そこに む人にゆた 生活をた さ

く るもの よい自然 の ある し もその自然 奪いつ け け 生き ゆけ い人生 あった 宮本 2003(1973)12 述べ 作る自然 作 た自然 宮本 2003(1978):13-46 につい 考察し いる こうした 調査の中 宮本 渋沢敬 の影響 民具研究も行っ お その道具の形 のようにし 生 発達変遷し いった いうこ に文化の重要 意 味 含 いる 述べ いる 宮本 1972

た 千葉徳爾 風土論を民俗学に取 入 るこ 環境論を展開し い る 千葉 1980 外的環境 人間を取 巻く自然環境 人文・社会環境の総体

内的環境 主体 る人間の持つ生理的・心理的条件 に分け 論を進め いる 民俗学に人 自然環境 の関連性を導入した 日本民俗の風土論的考 察 期的 研究 いえる

そうした中 環境民俗学 いう用語を早く 提示し いたの 日本

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各地の生業を詳細に記録し きた 本寛一 ある 本 1987年に刊行した 生態民俗学序説 環境民俗学 将来におい 成立する可能性を示し い る 本 1987:17 本 生態学的 発想 民俗事象を把握しよう す る試みを 生態民俗学 いう新分 し 提唱する し し その研究 生 態的民俗現象を民俗学の対象 するこ の意義 生態学の概念を民俗学に取 込む恣意性の2点におい 篠原徹に批判さ いる 篠原 1987

ほ 同時期に篠原徹 自然を生きる人々 いう語 生業を対象 し 海や山や川の自然を使用し きた人々を意識し 論を重 た 篠原 1989、1995、 200120022005 篠原の調査手法の特色 聞き取 調査 く観察等 によっ 地域の民俗知識の束 し 自然観の全貌を明 にする 篠原 1990:11 こ にある この手法 篠原 植物学等を専門 し 生の生物の 分類や生態に関する知識や感覚を磨くこ によっ 成立しえた 自然知 いう視点 動植物の名称や分類 採集 捕獲 につい の技能を研究対 象 した そし 動植物の生活の科学的 記述 ある生活誌 人々の生活の 総体につい の記述を組み合わ たこ 民俗自然誌 定義した この 研究 観察手法による数量化や個人を対象 した調査手法 生態人類学 的 手法をベース し 自然知 技術の体系化を図ったこ に大き 成果 あ った そし 篠原の研究 後の民俗分類やマイナー・サ システンスの研究 へ 連 る研究 し も重要 あ う

もう一つ 環境民俗学 し 取 いの 鳥越晧之 ある 鳥越 嘉田 1984 鳥越 1980年代に 湖をめ る研究を精力的に展開 した 生活環境主義 を標榜し 居 者の生活の問題を解決するための研究を 精力的に行っ いる 特徴的 の 生活環境主義 のも 行わ る研究 運動 し の実践性 顕著 こ 将来的 環境問題の解決に資するための 研究 し いるこ ある その背景に 1960年代頃 表 くる高度経 済成長に伴う環境汚染 の環境問題 世界的 関心事 っ きたこ ある 環境省 1972

そし 1990年代に る 安室知によ 複合生業論 安室 1998 提唱 さ る こ 1980年代に行わ た民俗学 環境論 の融合を図 う した 民俗の風土論的考察 生態民俗学 民俗自然誌 環境民俗学 いった研 究の影響を け いる 思わ る 安室 日本人を環境 の相互関係の中に 捉え 生態系 主体-環境系 の中に正しく 置 けるの ある 安室 1998

:34 し いる そし ラ生態系モ ル 安室 1998:35 を作成し 環境 人文環境・自然環境 民俗文化 経済・社会伝 信仰・儀礼伝

ラ 主体 の関係性を明 にするこ を試みる そし 複合生業論 民俗学における環境論の生業研究への応用例の つに 置 け る 安 室 199839 し いる こ 1970 年代後半 1980 年代に坪井洋文 によ 推し進め た民俗文化類型論に対するアンチテーゼ し 提示さ たもの もある

昭和59(1984)に 日本民俗学 に発表した 稲作文化 漁撈 筌 -生態

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学的アプローチ 安室 次のように記し いる

基本的に日本人の生業パターン 複合的 ある 考え いる そこ 本 稿 日本人の生業パターンの一 型 し 稲作を中心 した生業複 合 いうものを考えた その結果 今 述べ きたように 稲作 い う生業活動の中に 自給的 漁撈 活動 いうもの システ し 本来組 み込 いたの い 思うに至った 安室 198469

さ に安室 生態学的視点に立っ もう一度 人 いうものを捉え おす必要 ある 述べ いる そし 日本人を環境 の相互の関係 え 生態系の中に正しく 置 ける こ によ 複合生業論の基盤を組み立 た そ 川喜田 郎の資源の再生産性 労働生産性 食生活における栄養 いう つの条件を基本 した生業パターンの研究に影響を け いる 川喜田 1980 その後も安室 稲の力-水田における漁撈活動の意味- 安室 1989

稲作 漁撈の関係につい 論を進め いる た 餅 し正月・再考-複 合生業論の試みー 安室 1991 餅 し正月の伝 大正月・小正月分 化以前の状態に儀礼的に戻すもの し 日本人の生計活動の実態 複数の生業 技術の選択的複合の に成 立つもの ある し いる 安室の 複合生業論

生計 各種生業の選択的複合によ 成 立つ いう前提にたっ その複 合の様相 複合のあ 方やその変遷 を明 にし ゆくこ 生業論の中心 に っ いく 安室 2012:12 し いる

複合生業論 1980年代に坪井洋文 によっ 進め た民俗文化類型論へ の批判 生 たもの あった その坪井の民俗文化類型論 柳田の稲作 単一文化論への批判 し 生 たもの ある 餅 し正月の伝 つ の 稲作文化 パラ ルに存在した畑作文化の痕跡 あ 生業技術を指標 し 例え 稲作文化 対 畑作文化 いうように複数の文化類型の対立構造 し 示そう した そ に対し 安室の複合生業論 実際に稲作 け 畑 作 け 漁撈 け 生計維持をし きた人 い いこ 各生業間の関係 性に注目し 複合生業論にた ついたの ある

安室の複合生業論の特徴 し ベースに 稲作の力 あ 稲作 歴史的展開過程の中 畑作や漁撈 いった他生業を自分の論理の中に取 組む力をもっ いた 考え 安室 1998:37 いるこ にある 考え る

このように 生産技術中心 あった生業研究 民俗文化類型論への批判 生 た複合生業論 生業研究に大き 影響を えた

そし 松井健 生業の中 技術的に 不完全 もの 多く経済性もそ ほ 高く い 個人の裁量や好み 生 さ る生業を マイナー・サ シス テンス いう視点によ 考察し 理論化を進めた 松井 1998 その後 菅 豊の低湿地論 自然資源の共同管理制度 し コモン の概念 示さ た

菅 1999

た そ け く 文献史学 高橋 1995 地理学 溝口 2002

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におい も 複合生業論を取 い た議論 さ いる

こうした労働や技術 いった問題や環境民俗学を検討する際にも複合生業論 大き 影響を え 自然に対する現代的課題へアプローチする学問 し 成 立し いったの ある

本論文も複合生業論の流 の中にある研究 ある 特に生業に関わる人によ っ 記さ た一次資料 ある日記や手帳 を活用した計量的 ータの活用 有効 手法 ある 考え いる た そ に基 い 聞き取 調査や文献 資料 によっ 生業のあ 方をトータル もの し 追求し 生活そのも のへの解明にた 着く方法 し 的確 ある 思わ る

但し 生業複合論 市場経済や産業経済を総合的に捉えよう する視点 見 る 都市近郊 いった急激 社会変化に影響を けやすい地域への目 配 さ い いように思える

本論文 都市近郊の低湿地 いう最も社会変化の影響を けやすい地域 を調査地 し そこ の生業の意味 生活戦略につい 検討したい

4 低湿地農業の研究史

ここ さ に 低湿地農業につい 焦点をし っ 検討を加え おこう 低湿地農業の多く 江戸時代の新田開発によっ 低湿地を開発したため農業 を行うように ったもの ある 以下 民俗学 け く 歴史学や地理学 等の立場 低湿地農業を取 た研究を取 整理し みたい

そうした点 第一に取 るべき の 60年にわた 日本経済史 農業史に関する業績を発表した 島敏雄 ある 島の学問 島史学 呼 歴史学研究に大き 影響を えた 島 湿地に注目し 稲作開始 当初の弥生時代の水田 の低湿地に営 た その後傾斜地を開拓し 河川灌漑やため 灌漑 行わ るように った 考えた 土地に刻 た歴史

島 1996 広く文献や農書を海猟し 航空写真や現地調査 によ っ 景観の片 に残る い姿を明 にしよう した その研究 自然保護 や環境問題 につい も多くの示唆を えた

地理学の立場 低湿地を取 たの 籠瀬良明 低湿地 その開発 変 容 籠瀬 1972 ある 籠瀬 低地 低 生産水田 あるこ を地理学的 に検討し 戦後の高度経済成長によ 開発さ いった低湿地の変容につい 明 にした

農学の立場 玉城哲 1950年代に灌漑システ につい 利根川下流域 の水郷地 や新潟の蒲原 を調査し きた経験 日本の灌漑農業の特質を え その風土 社会を検討した 玉城・旗手 1974 玉城 1979 玉城 日本の社会編成につい フ ール 調査によっ 稲作農耕社会の イエ

ラ の結びつきを水利組織の強い結びつき し 着目し 風土論 し 展開し 日本の近代化や経済発展のあ 方に強く影響し きた し いる

た 大門哲 民俗学の立場 河 潟東 岸域をフ ール し 研究 を進めた 明治以降の耕地整理事業の導入によっ 舟運輸送 普及し収穫後の

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稲の搬送コスト 軽減さ た 劇的に農法 変質 に乾田農法 導入さ った その理 し 地主 倒的 権威を持っ いたこ 小 作農の組織化の停滞や肥料市場 変化 社会・経済的 要因 複雑に影響 を及 した し 地域の社会的 史的背景 低湿地農業に えた影響につい 検討した 大門 2011

た 本論文のフ ール ある 総の低湿地農業につい 千葉県農業 試験場の研究 職員の奥西元一による精緻 研究 ある 戦前の千葉県におけ る排水不良田 低湿地を含む 水田総面積の約90% あった 千葉県農業 試験場 低湿地の稲作につい の調査 稲作技術の改善につい 指導を行 っ いる 特に 1950年代後半 60年代に け の 千葉県農業試験場研 究報告 に 湿地の改善につい の報告 散見する た 山口尚夫・千葉県 農業試験場によっ 刊行さ た 湿田の稲作改善に関する栽培技術的研究 山 口 千葉県農業試験場 1961 等 県内各地 の実地調査の報告 最も正確

ータ 内容 あ 千葉県の低湿地農業研究における基礎的 資料 し 重要 ある

千葉県農業試験場の職員 ある奥西元一 近世期 近代 下総地方 行わ た稲作栽培の方法 水田条件の関係につい 考察した 特に江戸時代の 下総地方の湿田 唐籾 うもみ 全国的に 唐米 よ たイン 型赤 米 広範に摘田(つみた) いう湛水直播法によ 栽培さ たこ に注目し た 唐籾を栽培した水田 たい う土 よ た強湿田 日本型水稲を移 植栽培する 夏・秋落ちし 生育 悪 った 小苗・密植栽培 湿田 穂 数を確保するための栽培法 ある 一般的 明治農法 数本の苗を離し 植えるこ を推奨し お 摘田 全く異 る栽培方法 あった 下総地域の 低湿地 し の水田条件 品種や栽培技術の体系を形成した し 戦前期

の水田条件の改善 立ち遅 た特性につい 明 にした 奥西 2008 奥 西の研究 千葉県農業試験場の丹念 研究の集積 もあ 下総地方の低湿 地 の特性を明確にした

但し こ の千葉県農業試験場の ータ収集 販売農家を中心 し お 生産力 高く い自給的農家やその地域につい 目配 さ い い そこ 本論文の第2部 浦安 いう千葉県内 農業の側面 ほ

注目さ い った地域をフ ール する そ によ 農漁村をト ータル 意味 えた生業 し 研究テーマ する

(5)生業に関わる日記の研究史

近年 近世・近現代に書 た日記や覚書 の記録を 生活史料 し 活 用する研究 進 いる こ 歴史学における農作業の日記を活用した研 究 し 数多くの名主・ 屋の日記や覚書 読み込 きた 山口徹

村社会のあ 様 の わ の中 関連史料 の比較検討をするこ

もっ 必要 ある 山口 2000:145 述べ お 様々 性格を持つ日記を 検討するこ の重要性を説い いる 山口 九十九里地曳網における漁業経

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営帳簿を分析し 帳簿 組織を正確に分析するこ 重要 あ その作業 経営の姿 明 に る し いる 山口 1998

た 近年 庶民 書いた日記も きたこ によ よ 幅広い層の生業 の記録を資料 し 扱うこ 可能 った

農家の日記を使った研究成果 し 豊原研究会の 善治日誌 豊原研究 会編 1977 の意義 大きい こ 農家の日常生活を扱った研究 均的 農家層の生きた農民の記録 し 注目さ た 特に 内地方における具体的 農業技術の定着につい の貴重 資料 あ 個別農家の歴史を考えるきっ け った重要 日記 いえる

雑誌の特集 し 多摩のあゆみ 第32(19833) 特集 日記に みる近世の多摩 に10編の論考 掲載さ た この特集によ 地域における 日記の重要性に注目 集 るように った

西山光一日記 西田 久保編 1991、1998 現新潟県西蒲原郡坂井和 村に生 た小作農民西山光一 19 歳 つけ じめた日記 ある 昭和 7 年 1932 の西山家の借金 同家の年収の十倍以 に達した さ 日記中に 苦しい小作農民の生活や自 商売に飛び回る様子や その後の戦時期 戦後 の農家経営につい の記述 貴重 記録 いえる た 農家の 事を覚え る喜びや い い 商売を じめ 奮闘する様子も書 いる 西山光一 日記 研究対象 し 注目さ その後の日記研究に及 した影響 大きい

た 小松芳郎の 長 県の農業日記-明治・大正・昭和の記録 小松 1994 長 県各地の8冊の日記を資料 し いる 日記の分析 け く 聞き取 調査 合わ 精緻 研究を進め いる点 民俗学における日記研 究にも繋 る視点を持っ いる

高田知和の 田日記 高田 1998200320072008200920102014 都市 農村の問題提起の意識や手法 検討さ た点 地域的 広 を 視 にい た研究 日記におい 可能 こ を示した

た 成232011 日記に読む近代日本シ ー 全5巻 井 勲他 2011、2012 刊行さ 歴史学におい テクスト し の日記 注目 さ いる 当シ ー 近年発掘さ いる庶民によっ 書 た日記も対 象 さ お 日記研究に新しい方向性を示した

民俗学 日記 注目さ るように ったの 主に昭和40年代 ある 各地の市町村史編纂 の事業や博物館 市民による研究会等の中 日記の 発見 解読 進み 刊行さ るもの きたこ による

昭和45年(1970)に市の有形文化財に指定さ た 公私日記 立川市教育委 員会 1982 1983 2011 2012 2014 立川市 中心に っ 復刻を続け いる 立川市の旧柴崎村の名主を勤めた鈴木 九郎の天保8年(1837) 安 政5(1858) の日記 ある 内容 公私にわたる様々 出来事 多摩の 農村の生活ぶ 描 いる 各分 多くの研究 さ 史料 し も引用さ いる た 長期にわたる地道 活動 民俗学における日記研 究の稿矢 った

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昭和47年(1972)に市指定文化財 った 石川日記 諸色覚日記 王子 市郷土資料館 1979-1993 王子市郷土資料館 市民の学習 ループ 読をした農事日記 ある 東浅川町の石川家 の 保5年~明治45年 の 280年にわたる長大 日記 民俗学や歴史学のみ 18世紀の気候復 元の研究 2014 にも活用さ いる

その他 相模原市 社稷準縄録 等 相模原市 1965 横浜市文化財研究調 査会 関口日記 横浜市文化財研究調査会 1971-1985 横須賀史学研究会 浦郡大田和村浅葉家文書 横須賀史学研究会 1980-1991 厚木市文化財 協会 星 日記 農業日誌 厚木市文化財協会 1982-1998 市史編纂室

農事日誌 秦 市史編纂室 1982 刊行さ た

そし 農耕習俗 農具 昼間家日記を中心に 神奈川県立博物館 1990 神奈川県立博物館 編纂さ た報告書 ある 報告書に掲載さ た鈴木良明

昼間家日記 の概要-解題に代え - 昼間家日記の大正6年記事抄を 作成し その内容を整理し いる 小川直之 神奈川県内の日記史料の所在

神奈川県 の日記史料を中心に日記の記述内容を素材 した具体的 研 究 日 記 の 存 在 自 体 に つ い の 研 究 い う つ の 方 向 性 を 考 え い る 永 田

・鈴木通大 獅子ヶ谷の農耕 年中行事 獅子ヶ谷地区の民俗調査 昼間家日記 を合わ 検討を進め お 新た 研究方法 し 日記分析 民俗調査を照 し合わ 比べるこ を提示した この報告書 その後の民 俗学における日記を活用した研究に 大き 影響を えた

た 千葉徳爾 人の生き た につい 当論文第1部 扱っ い る 増田実日記 を資料 し 民俗資料 し の日記につい 検討し いる 次男の増田実に対し 同じ次男 あ 故郷を出 気象学者 った岡田武松 の人生を比較する 日記を使い 増田実のライフヒスト ーを描くこ に よっ 人の生き た を研究対象 し いる 問題設定のあ 方 新 あ

日記研究の新た 方向性を探る論考 ある

永島 彦 農業日記にみる畑作農家の生業 永島 1996 日記 生業の重 具合を検証し ータ化した数 を検討し お その後も群馬 県の山村における事例を丹念に検証し いる 永島 1997、2005

湯川洋 山の民俗誌 湯川 1997 におい 山の暮 しの質の点検 いう視点 個人の日記を分析し 山の近代化につい 検証し いる

山本志乃 市稼 の生活誌-農家日記にみる定期市出店者の生活戦略 山 本 2010 雑誌 家の光 付録の家計簿に書き続けた40年分の日記を使っ

消えつつある商いの一つの形 し の市を研究した

安室知 長 県長 市若穂綿内菱田にある一農家の農家日誌 安室 2003 山口県阿武郡川 村 現萩市 下笹尾のN家に伝わる農家日誌 安室 2010 を 生業のおける周縁的労働の意味や高度経済成長に向き合った村の生活の 変遷 の問題につい 詳しく分析した 安室 成242012 に めた 日本民俗生業論 の中 民俗学 農家日誌を取 扱うこ の意味につ い 下記のように記し いる

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こ 民俗学 聞き書きの及ぶ時代に書 た農家日誌に あ 注目 し こ った そ を利用するメ ット 民俗学の場合 くに大きいに も わ ある 民俗 ータの 点 し 定量化 弱い点 挙

る 伝 に頼 つつ聞き取 遡るこ 可能 時代の文献史料を利用す るこ によっ 今 不得意 った定量的 部分を補完するこ きる そのこ た 対に 民俗学 文献史学以 に有効にそうした時代の文 献資料を使うこ 可能 あるこ を示し いる 近代史や経済史学 も 農家日誌をよく利用し いる 聞き書きによる民俗誌をベース した 農家日誌の解読 そうした文献研究の成果を乗 越える可能性を秘め い る いえよう 安室 2012

このように 民俗学の 点 し ータの定量化に弱い点につい 農家日 誌によっ 定量的 分析をするこ によ 聞き書きによる民俗誌 照 し合 わ 検討を進めるこ によ 相互補完するこ に大き 意味をみ いるの ある

2

そし 成25(2013)の 民具マンス ー 神奈川大学日本常民文化研 究所編 2013 特集号のテーマを 日記 し 井 攻・佐藤広・永島 政彦・増田昭子・安室知 コー ネーター鈴木通大 によ 談会 開催さ

いる その中 現在発掘 進 いる庶民 書いた膨大 日記につい 各分 の研究者 討議するこ によ 日記の持つ大き 価値や課題等 析出 さ た

このように 日記を扱った研究 歴史学 数多く成果 挙 き た 民俗学 昭和40年代 各地の市町村史編纂 の事業や博物館 市 民による研究会等の中 日記の発見 解読 進み 刊行さ るもの きた こ によ 各分 の研究 可能 った そし 生業研究 安室知 の複合生業論の中 生業における農業日誌によ 定量的 分析 行わ るよう に ったこ 民俗誌をベース するこ よ 精緻 研究 可能に った こ を示唆した

た 生業に関わる人によっ 記さ た一次資料 し 家計簿や記録 ート の計量分析 可能 資料も研究の対象 る

卯田宗 総の漁村の一世 内の農漁業労働配分の年周期・日周期を分 析した そこ 漁業 農業を複合的に行う 両テン ン世 潜在的 生産力を最大限に引き出す戦略 ある する 卯田 2003 計量分析 観察 によっ 複合生業の意味を明 にした研究 いえる

今里悟之 定置網漁村における複合生業形態の計量分析―昭和初期の丹後 半島新井集落を事例 し ― 税務関連 ータにも き その生計戦略 につい 分析し いる 今里 2004

計量分析の是非 今里悟之 山下裕作 日本民俗学 論 し いる 山 下 2006 今里 2007 2010 その中 数値 ータや文献資料 を通じ

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生業をめ る客観的状況を きる け精緻に明 にした 現場の人々の 内面に迫るよう 聞き取 観察を行うこ 重要に っ いくの い 山下 述べ いる そし 民俗学における計量分析の方向性につい 記 し いる

本論文も同様に 生業に関わる人によっ 記さ た一次資料 ある日記や手 帳 の分析を行うもの ある 但し 日記や手帳 の分析 もに 聞き 取 調査や文献資料 によっ 考察するこ 生活の実態を明 にする こ を目的 する

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序論 第3節 本論の立場 方法

民俗研究におい 低湿地につい のよう 生業研究 さ きた を第 2 検討を加えた によ 以下のこ を確認した

第一に 柳田国男の提起した都市 常に繋 った生業 いう視点 重要 ある 第 に 渋沢敬 アチックミューゼア に関わった人々 持った問 題意識 し 農漁民 いう概念 出 くる こ 民俗学における生 業研究の 大き 影響を えた そし 自然に対する現代的課題へアプロ ーチする学問 し 環境民俗学 成立し きたの ある

た 本論文 フ ール する都市近郊の低湿地 ある川沿い集落の生業 戦後の地方史研究や農学 地理学 の対象 研究 進め き た

こうした研究史の把握によっ 今後追求するべき課題 方法 析出さ くる 課題 し 柳田 提起した都市 農村の問題の中 都市近 郊の低湿地 の関係を把握するこ ある 近現代の都市近郊の問題を考える 時 明治末 昭和初期の東京における都市の拡大 人口増加 地方に大き 影響を及 した 特に 大正12(1923)に起きた関東大震災 都心部 壊滅 的状況 った 関東大震災による社会への影響につい 歴史学におい こ 研究 積み重 いる そ に対し 民俗学 検討 きるこ

都市近郊の農村に のよう 影響を えたの を日記等の一次資料 民 俗誌によっ 新たに組み立 いくこ にある 考える 従来の民俗研究 聞き取 調査によっ 得 た資料を中心に行わ いたため 昭和初期以前 につい 聞き取 調査 難しいこ 多い し し 日記や手帳 の一次 資料を用い 時代を遡るこ 可能 る 本論文 聞き取 調査 計量的 ータや日記や手帳 の一次資料を活用する方法を取 い 第1

検討する

次の課題 し 渋沢 持った問題意識 ある農漁民 いう概念を 都市 近郊の低湿地 いう環境 考察するこ ある 第2部 フ ール する浦 安 首都圏 10㎞圏内にあ 地下鉄東西線 開通する

漁業 農業を営む農漁村 あった 特に 環境変化 生活戦略 いった視点 農漁村の生活の具体的有 様 その解体 を検討する

3の課題 し 環境民俗学 複合生業論の視点によ 都市近郊低湿 地を研究対象 するこ ある 特に 複合生業論 日本の農村社会に 複合生業のあ 方 し つの大き 異 る志向性 存在し いるこ わ った そ 内部的複合を志向する社会 外部的複合を志向する社会の 種類

ある 安室 2012:25 し いる 安室 こ の複合生業を 海・山・ 里・町に類型化し 検討し いる 本論文 都市近郊低湿地を検討した場 合の類型化や志向性を比較し 検討する

第4の課題 し 低湿地農業 し 手賀沨周辺 浦安を比較し 考察す るこ ある 淡水の内水面 あ 首都圏 50㎞圏内 ある手賀沨周辺

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海付きの集落 あ 首都圏 10㎞圏内 ある浦安を比較し その生活戦略 につい 検討する

た 本論文の方法 し 計量的 ータや日記や手帳 の一次資料を 活用する方法を取 い るこ する 日記や手帳 の一次資料を活用する こ そ の個別事例の社会状況 た 家族や個人的理 等によっ 生業のあ 方 変化の様子を検討するこ 可能 る た 聞き取 調査 や市町村史 文献資料等 併 考察するこ によっ 生活の中にある生業 に触 るこ き その生活のあ 方や考え方やその意義を知るこ 可能 る し し 聞き取 調査 話者 常に調査時の現在 過去を見 い る そこに つ の自己を客観視する視点 存在し 現在を肯定した立場

つ の自分を表現するこ もあ 当時の生の感覚を知るこ 難 しい た 時間経過による記憶の中 の誤差も出 くるこ い め い そこ 計量的 ータや日記 手帳等の一次資料を活用するこ よ 具体 的に生業の形態を明 にするこ き 時代相の中に都市近郊低湿地にお ける生業を 置 けるこ 可能 る

本論文の第 1 部 扱っ いる 増田実日記 我孫子市教育委員会市史編さ 室 1996 我孫子市史資料の近現代篇別冊 し 刊行さ たもの 市 民による解読 ベース っ いる こ の研究 記のよう 日記研究 を踏 え 低湿地農業を考える 日記や覚書等 生業を時間軸に 置 け 定量化を図 聞き取 調査 難しい昭和初期以前に時代を遡るための資料 し 活用する

た 第2部 高度経済成長期の都市近郊低湿地につい 検討するため に浦安の西脇保男の手帳を活用した こ 短時間に目 るしく変化した 浦安に暮 す人々の生業につい 聞き取 調査 手帳の解析 を繋 合 る こ によ 生業の変化を具体的に分析しよう したため ある

以 のよう 資料にも き 低湿地に暮 す人々の様々 生活戦略 いう 視点 検討を加え いきたい

1

社会学 ライフヒスト 生活史 個人史 いう方法につい 1970年代後半 口述の社会学的 資料 の取 扱い 個人につい 議論 特に 1977年に刊行さ た中 編著の 口述の生活史 1977 日本の社会学

の方法 個人をきち 対象 った いる 口述生活史 話者

調査時現在におい 想起し表明する自分史 話者自身に の自己確認 ある 2003(1983):49 いる そし 後に 手記や日記等の記録群につい た生におい 体験さ たこ を時をお 記録した日記や手紙 の場合 時を

回顧談や回想録の場合 生き た生やその体験 た生におけるその回

の間に 前者 小さく後者 大きいこ 避け たい

2003 (1992):86 した によ 社会学 日記等を資料 扱う意味を問い 新た 方法の可能性を示した

2小島孝夫 定量的 分析につい 実体的 ータを収集するこ の重要性を指摘しつ

生活への願いや夢 いった 人び の内実を実感 きるよう 分析手法 に必要 ある 小島 2001:36-37 生業研究の可能性を探っ いる

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都市近郊の内水面沿いの低湿地における環境 生活変化

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1 部 序章

問題の所在

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第1部 序章 問題の所在

第1部 都市近郊低湿地のうち河川沿いの内水面 暮 す人々の生活の あ 様を あ る そし 生活戦略 いう視点によ 河川沿いの低湿地 のうち 内水面 暮 す人び の事例を検討する そ によ 自然資源 都 市 の関係性 生み出さ る生活戦略につい 明 にするこ を目的 する

河川沿いの内水面における生業 検討すべき課題 序章 整理したように 明治末 おこっ くる東京における都市の拡大 人口増加 もた した地方 への影響にある 都市化に対し 都市近郊に暮 す人々 のよう 意識を 持ち 問題 向き合った いう生活戦略を検討する

事例 するの 千葉県我孫子市・柏市・印西市に た っ いる手賀沨周 辺 ある 手賀沨 利根川下流域にあた 江戸時代に 利根川舟運を使っ 江戸への流通 盛 あった その後 明治29年(1896)に 常磐線 開通し 手賀沨に近接する我孫子駅 開業した このこ によ 鉄道による東京への 交通の便 よい地域 し 発展した こ 手賀沨周辺 都市 の関係 強 いこ を意味し お 常に都市 の影響を け続け きた地域 いえる こうした都市 の交通の便 良い都市近郊低湿地 し 淡水の手賀沨周辺を具 体的 事例 し 取 第2部 取 る海沿いの低湿地 ある浦安 対比するこ する

た 利根川 江戸時代 水害 多く 水門完成後の手賀沨 内水被害に 苦しむこ る 近代に る 国策 し 利根川改修事業 計 さ 手賀 沨 その影響を常に け続け 生活変化へ 繋 っ いった

手賀沨周辺の生活変化につい の研究 し 農業経済史の立場 神立 春樹による 近代における手賀沨 その周辺地域 ある 神立 2003:67-84 この論文 手賀沨周辺地域町村の人口や主要農産物 につい 比較し そ の特徴を明 にした た 沿岸の自然風土 自然景観のもつ特性 鉄道沿 線の東京近郊 いう 置によ 手賀沨そのもの 地域に変化をもた す契機 あったこ を明 にした し し この論文に引用さ た文献資料 小 学生の作文や都市 の移 者 ある杉村楚人冠の随筆 ある 小学生の 作文 資料 し 価値 ある 生活の当事者 し の視点 難しい 楚 人冠 東京朝日新聞の記者 あ 地元 の収入によっ 生活を営 いる わけ い 地元に密着した生活を営 いた 地元 の生活者 し の視点 い このように 生活者 し の視点 変化に対し 人々 何を考え のように対処したの いう生活戦略につい ほ 明

にさ い った

そこ 本論文 増田実日記 を資料 し 一人一人の生活の視点 社会のあ 方を明 にしたい 地域に暮 す生活者 し の増田実 変 化に対し 何を考え のように対処したの いう生活戦略につい 検討す る 但し 一個人の日記に 個人の考え 記さ る 面 地域全体の動き 明

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確 い場合や意識的無意識的 誤 等もある そこ こ の研究や市 町村史 によ 地域の状況を確認するこ によ 記述の正確さを確保す る

1章 手賀沨の開発の歴史 生業の関わ につい 注目し 新田開発や 様々 社会的 影響に対応する生活戦略 た環境の変化 の関わ につい 考察する

2章 手賀沨 の外来生物の流入 自然環境の変化につい 注目し 環 境の変化 外来生物に対し の人々の感じ方や態度 につい 増田実日記 を資料 し 検討する

3 章 水辺の環境 生活の変容につい 注目し 増田実日記 を資料 し 大正初期 昭和30年代 の一人の人間のライフサイクルを追うこ によっ 自然や地域社会 の関係性を明 にする

第1部 都市近郊低湿地の生活戦略 いう視点によ 河川沿いの低湿 地のうち 内水面を事例 し あ 検討する

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1 部 第 1

手賀沨の開発 生業

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じめに

第1章 手賀沨の開発 生業に注目し 新田開発や沨稼 等による都市 農村 の関係につい 考察する

千葉県 東部に 置する手賀沨周辺 も 現在の霞ヶ浦 浦 印旛沨 手賀沨 続きに った 香取の海 呼 る広大 内海 った 江 戸幕府 開 利根川の瀬替え 行わ る 利根川 銚子へ 流路を変更 し 手賀沨周辺にも土砂 流入し 堰き め るこ によ 手賀沨 成立し た

こ の手賀沨周辺の先行研究を牽引にしたもの し 市町村史編さ に伴う事業を挙 るこ きる 手賀沨周辺 最初に始め たの 手賀 沨 岸に 置する我孫子市教育委員会 行った我孫子市史編さ 事業 ある

市民の手 創る市民の歴史 いう指針に基 い 発行さ た 我孫子市史 研究 我孫子市史編さ 室編 1976-1998 昭和51年(1976)に創刊さ 第 16 発行した その執筆 学術研究者 く市民による研究 発表

さ る開 た場 あ こ 期的 事業 あった この研究に 民 や生業従事者等による調査も含 い 生業資料 し も大変貴重 もの った 我孫子市史研究 生業に関わる論考を抜き出す 表1-1-1のよ

1-1-1 孫子市史研究 における生業研究 孫子市史研究 から筆者抜粋

号数 発行年 論考名 執筆者

3号(1978年) ・大正十 年増田家農事日誌にみる農業経営の事例 安食 徹雄

・湖 村の行商 -元組合長・大木佐一氏を中心に- 市史編さ

・手賀沨漁業の変遷につい の小論 -近代を中心にし - 深山 正己 4 (1979) ・旧我孫子町における行商 水津 敦子

・ 我 孫 子 市 民 の 一 跡-開 拓 農 玉 根 家 代 の 足 跡- 品 田 制 子 ・ 高 木 繁

・近代手賀沨の自然 人生 谷 和夫 5号 (1981) ・旧 佐河岸の家並 生活 安斎 秀夫

・手賀沨の鴨猟 谷 和夫

6号 (1982) 戸・谷津田の農耕 深山 治・藤掛 省吾・岡本 和男

総小農民の生活の実相 水津 敦子・品田 制子

・鮮魚の輸送 山本 忠良

・沨南町大井・石原家の 冷舎 博夫 7 1983 ・大正期における手賀沨開墾耕地整理 谷 和夫 9号 (1985) ・昭和前期における手賀沨耕地整理-地域の宿願を成就した井 開墾- 谷 和夫

モクト 品田 制子 12 (1988) ・手賀沨沿岸の農業経営 労働 七郎 14号 (1990) ・近世手賀沨周辺における赤米栽培につい 高田 明英

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うに る そし 成2年(1990)に 千葉徳爾等 執筆した 我孫子市史 民 俗・文化財篇 我孫子市史編さ 室編 1990 刊行さ た た 本論文 資料 し 活用し いる 我孫子市史資料 近現代篇 別冊 –手賀沨のほ に生きた一農民の記録 増田実日記 我孫子市史編さ 室編 1996-1998 刊行さ いる 貴重 資料の発掘 いう意味合いも含め 我孫子市史編さ

事業 手賀沨周辺地域の研究を推進する原動力に った

そし 手賀沨南岸に 置する沨南町 現柏市 昭和54年に 沨南町史 1 沨南町 1979 発行さ 昭和59年 沨南町教育委員会 立教大学 学校・社会教育講 博物館学研究室によ 千葉県沨南町における民俗学的調 査 千葉県沨南町教育委員会 立教大学学校・社会教育講 博物館学研究室 編 1984-1988 行わ た 定期刊行物 し 成2年(1990)に 沨南町史研 究 沨南町教育委員会 1990-2003 創刊さ その後 沨南町 柏市 合併し 現在の柏市史編さ 事業へ 引き いる

た 手賀沨の最南端に 置する印西町 現印西市 も 昭和60年 1985 年 印西町の歴史 印西町町史編さ 室 編 1985-1996 刊行さ の後 印西の歴史 印西市市史編さ 委員会 編 1998- 改題し 現在も

続し いる

このように 手賀沨周辺 地方自治体による市町村史編さ に伴う資料発 掘や調査研究 活発に行わ ベルの高い研究体制 整え いったの ある

そうした市町村史の資料を活用し 中尾正巳 手賀沨周辺の水害-水 人 のたた い四○○年- 中尾 1986 中 水害の歴史を独自性 し

え 生活に視点を据え 研究を進めた た 菅豊 千葉県沨南町における 民俗学的調査 立教大学博物館学研究室編 1998:40-106 の資料を活用し 手賀沨における漁業 鳥猟につい 調査し 自 提唱した 低湿地文化論 をコモン 論へ 発展さ いった 菅 2001

本章 こ の市町村史によっ 収集さ た資料を中心に 分析を行う こ する 第1節 利根川東遷 新田開発を中心 した手賀沨周辺の生 業の変遷につい 考察する 次に第2節 手賀沨周辺の漁撈資源をめ る都市 農村の関係につい 分析する

参照

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