1
中期経営計画を策定し「組織の力」を引き出す
「中期経営計画は大手企業がつくるもの」という認識が一般的だが、中小企業のほうが中 計を有効活用できる場面は多く、大きな効果も期待できる。リーマン・ショック以降、「経営 ツール」としては旗色が悪いが、中計の策定・実行を通じて、対外的に企業価値を高め るとともに、社内的には経営の方向性を共有して全社的な求心力が高められる。
―― 5~ 10 年先を念頭に設定した経営ビジョン の実現に向け、3~5年程度の中期でやっておく べきことを示した「中期経営計画」(中計)を策定・ 公表する企業が増えています。新たな事業への取 り組みによる成長戦略を描いたり、経営戦略の絞 り込みに主眼を置いたり、計画の内容はさまざま です。
渡邊 株式を公開する上場企業の大半は、中計やそ れに類する計画を策定・公表しています。企業IR の広がりを背景に、投資家や取引先、金融機関など 社外のステークホルダー(利害関係者)から、中計 の提出を求められていることが影響していると思い ます。一方、コンサルティングの現場の実感として、 中小企業でも中計を策定する会社が増えてきまし た。年商 100 億円を上回るなど、ある程度の規模の 会社では何らかの計画を策定しているのではないで
しょうか。
中計とは、ひと言でいえば、企業の現時点におけ る環境認識と、3~5年先の目指すべき姿を明らか にし、その目指すべき姿の実現に向けた取り組みを 体系化して明示したもの、といえます。したがって、 中身も、経営トップの方針に基づき、目指す姿へ至 るための基本戦略をまとめたうえで、スケジュール やシナリオ、分野ごとの施策、そして数値計画を明 記します。中計には、会社の中期的な方向性を示す、 いわば「海図」の役割が求められているのです。
―― 社外のステークホルダーとの間では、コミュ ニケーションツールの役割も果たします。
渡邊 中計は、対外的には企業価値を高める役割が あると同時に、社内的には経営トップからミドル層、 さらには現場の社員に至るまで一貫して共有される ので、全社的な求心力を高める「経営ツール」とし ての活用が期待されます。大手に比べると中小は社 員数が少ない分、中計の全社的な共有が進みやすい のではないでしょうか。
コンサルタント ・ オピニオン
2013.12.10経営トップから現場の社員まで
計画を共有して「求心力」を高める
1.社長の頭の中で描かれた「成長の道筋」を明示することで、社員のモチベーションにも好影響。 2.中計は、業績下降・成長鈍化の局面ではなく、余裕がある時期に目線を上向きにして策定する。 3.計画を「絵に描いた餅」に終わらせないため、事業の工夫や差別化の戦略・施策は具体的に記述。
POINT
2
その意味では、「中計は大手がつくるもの」との 認識が一般的ですが、企業規模は関係ありません。 むしろ、中小が策定する意義は大きいと思います。 実際、大手から中小に至るまで、中計の策定支援に 数多くかかわってきた経験を振り返ると、中小にお いても中計を有効に活用できる場面が多く見られ、 計画を策定・実行して大きな効果を得ている会社は 少なくないように思います。
―― 中計の策定・実行には、具体的にどのような プラス効果が見込めますか。
渡邊 大きく分けて、3つの効果が見込めます(図 1)。第1は、先ほども申し上げましたが、社内外 のあらゆるステークホルダーの間で「経営の方向性」 を共有できることです。会社の将来へ向けた成長の 道筋を文書化して共有できると、特に現場の社員に は安心感が生まれます。
とりわけ中小の場合は、「成長の道筋」が社長の 頭の中だけで描かれる傾向にあります。しかし、社 員にとっては、会社が目指している方向性や提供す る価値、事業の成長へ向けた基本的な道のりなどが 見えなくては、モチベーションに影響することにな ります。中計の策定では、経営課題の洗い出しと整 理を行ったうえで、経営戦略の内容などを文書化し ていきますから、その過程で経営トップ-ミドル層
-現場の社員による対話と熟考が促進され、自社の 事業環境や強み・弱みに関する認識を共有できる「ベ クトル合わせ」の効果があります。
――とはいえ、中計を策定するまでには相当に大 きな時間と労力を要するのではないでしょうか。
渡邊 中計の策定は多くの場合、プロジェクトチー ム(PT)を立ち上げて取り組みます。その参画メ ンバーの中から、会社の将来を担っていく「中核人 材」が育成されます。これが中計を策定・実行する ことによる第2のプラス効果です。
ここで想定される参画メンバーは、社内の「エー ス級」の人材となりますが、それは決して「現時点 で経営戦略を上手にまとめられる社員」である必要 はありません。現在はまだ全社的視点で事業全体を 見渡す視野を持ち合わせていなくても、あるいは担 当事業に精通しているだけでも、所属部署が抱える 足元の課題しか見えていなくてもよいのです。自社 の事業について、改革の必要性と方向性を思慮して いるとか、組織動員力を備えているとか、人間的な 幅を持っているといった観点で、会社として自社の 将来を担っていくことを期待している社員を参画さ せます。
――中計策定にかかわった「エース級」の人材は、 結果的に「中核人材」にレベルアップしますか。
渡邊 私が携わった過去のコンサルティングでも、 そのような「エース級」の人材が計画の策定過程 で、経営課題の議論を通じて新たな知識や経験、ス キルなどを獲得し、PT参画前とは違った中長期的 視点で自社の姿を見られるようになったり、成長持 続へ向けた新しい取り組みを考えられるようになっ たり、変化に応じて柔軟に施策を策定・実行できる ようになったり、といった事例がいくつもあります。 経営トップやミドル層だけでなく、現場の社員もレ ベルアップすることで、組織全体の「力」が引き出 される――中計の策定・実行には、そのようなこと も期待できるのです。
コンサルタント ・ オピニオン 2013.12.10
会社の将来を担っていく
「エース級」人材の育成にも活用
・社内外のステークホルダーとの間で「経営の方 向性」を共有できる。
・策定過程において「中核人材」を育成できる。 ・事業環境の認識や戦略・施策といった経営の「基
軸」が出来上がることで、環境変化に的確かつ スピーディな対応が可能になる。
3
―― ただ、不確実性が高く事業環境が激しく変化す る時代に、「中計を策定すること自体が無駄だ」と の声もあります。リーマン・ショックや東日本大震 災のようなテール・リスクが再び顕在化すれば、計 画そのものが成り立たないというのです。
渡邊 そうした指摘は、事業環境の先行きが不透明 であることを理由に、中計の策定・実行を一時的に 凍結したり、更新を延期したりした企業が少なから ずあるからでしょう。しかし、そうだからといって「中 計の策定は意味をなさない」「中計を策定しても役に 立たない」ということにはなりません。意外に思わ れるかもしれませんが、経営環境が大きく変化した り、厳しさを増したりする局面ほど、中計はより大 きな効果を発揮します。中計の策定により、事業環 境の認識や戦略・施策といった経営の「基軸」が企 業の中にしっかりと出来上がるからです。これが中 計を策定・実行することの3つ目のプラス効果です。 中計を策定する際には、自社を取り巻く事業環境 を具体的に分析し、その中で自社が置かれているポ ジションを確認します。そのうえで、自社の強み・ 弱みや優位性などを認識し、目標や戦略・施策を設 定していきます。中計を策定しておけば、事業環境 の大きな変化に直面しても、中計と照らし合わせて 的確な状況判断やスピーディな経営の軌道修正が可 能になります。しかし、中計を策定していない場合 は、環境変化に対応してどの程度、経営を軌道修正 するべきか、合理的な判断を下すのは難しいでしょ う。慌てて事業環境を分析したり、ともすれば短期 的な視点で間違った判断を下したりすることになり かねず、中計を策定している企業に比べ、対応のス ピードや精度が大幅に劣る恐れがあります。
―― 売上高などが下降傾向に転じたり、成長の変節 点を越えた局面で策定にとり掛かっても遅い、と。
渡邊 そうです。「事業承継」や「創業 50 周年」な どの節目に策定する会社もありますが、タイミング としては、企業が成長へ向かう局面や、事業環境に 余裕がある段階で策定するのが望ましいと考えてい ます。目線を上向きにして全体最適を目指した成長 シナリオを描けますし、事業の求心力が働いている ほうがより大きなプラス効果を見込めます。
―― 中計を策定しても、それを十分に活用できな ければ意味がありません。中計を「絵に描いた餅」 で終わらせないためには、どうすればよいのでしょ うか。
渡邊 中計の前提となる環境認識が曖昧だったり、 計画が数値目標だけだったりすると、中計を「経営 ツール」として活用するのは難しくなります。「絵 に描いた餅」となる原因は、中計の策定や管理(社 内徹底)、実行の各段階に潜んでいるはずです。
―― 中計の策定では「SWOT」や「4P」といった 経営分析のフレームワークがよく使われます。
渡邊 フレームワークは中計を考えやすくする枠組 みとしては有用ですが、あくまでツールに過ぎませ ん。現状分析を行ったうえで、戦略策定から計画策 定へ――こうした中計策定の流れを押さえていれ ば、どのようなフレームワークを使っても内容に大 差はないと思います(次ページ図2)。重要なのは、 環境認識や戦略・施策、アクションプランが、会社 の状況を踏まえたスペシフィック(具体的)な内容 で記述されているかどうか、ということです。
―― 例えば、環境認識として、数年前は「リーマン・ ショックの影響が大きい」と記述した計画が少な くありませんでした。
渡邊 リーマン・ショックが自社の経営にどのよ うな影響を与えたのか、会社の状況をよりスペシ フィックに分析しなければ、意味はありません。基 本戦略や事業シナリオにしても「グローバル展開の 強化」「新事業の開発」といった程度の内容では、 現場は具体的にどう取り組めばよいのか、戸惑うば
コンサルタント ・ オピニオン 2013.12.10
4
かりです。「当社が強みとする□□製品を○○国に 投入する」とか「中核技術の△△を改良し、新製品 を開発する」と、具体的な内容を示すことです。自 社が置かれた事業環境下で、「どのような工夫を施 すか」「どの事業領域を注力対象とするか」「どのよ うに競合する商品 ・ サービスとの差別化を図ってい くか」といったアクションプランを明確にすること が非常に重要なのです。
―― 単なる「理想」の設定では意味がない、と。
渡邊 そうです。特に自分たちで策定する場合には、 必ずしも「中計なのだから、自社にしかできない何 か特別な戦略を入れなければ」と考える必要はあり ません。一見ありきたりの戦略でも、工夫や差別化 の戦略・施策を具体的に盛り込めば、十分に内容の ある中計になります。一方、私たちが計画策定を支 援する際は、前述の3つのプラス効果をより高めら れるように、客観的な視点をもって臨みます。
―― 経営トップから現場まで一貫して、「中計を活 用して成果を出していこう」という強い意志を持ち 続けることもポイントです。
渡邊 確かに、中計が「絵に描いた餅」になる背景 には、「意志を保持する」ことの難しさもあります。 計画の策定段階から経営トップ-ミドル層-現場の 社員が対話と熟考を繰り返しますが、計画の策定に 1年以上もかけるようでは「間延び」してしまいま す。PTの立ち上げから半年ほどで集中的に計画を 作成し、実行に移すようにスケジュールを立てます。 他方で、中計の管理の仕方もポイントになってき ます。例えば、バランススコアカードを活用したり して、計画の進捗状況を評価する方法や、現場が自 ら計画を推進・管理できるような枠組みを用意する
方法などが有効でしょう。もう 1 つ、中計を「サブ 業務ではなく主業務」と位置づけることも重要です。 全社でそういう認識を持ち続けない限り、中計を着 実に実行していくことは難しいでしょう。
―― みずほ総研では、どのような中計策定の支援を 行っていますか。
渡邊 企業の規模では大手から中小まで、業種も製 造業からサービス業、医療機関、公的組織に至るま で、多岐にわたる顧客層に中計策定の支援コンサル ティングを行っています。環境分析に重きを置いた り、全体を通してアドバイザー的にかかわったり、 あるいはお客さまと共同で計画策定を進めたり、ご 要望に応じて柔軟に対応しています。私自身、中小 のお客さまを支援する場合は、最終的には、お客さ まが自ら中計の策定や管理・推進ができるようにな ることを目指しています。
コンサルタント ・ オピニオン 2013.12.10
*当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種情報に基 づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected] c 2013 Mizuho Research Institute Ltd.
■図2 中計策定の基本的な流れ
現
状
分
析
戦
略
策
定
計
画
策
定
外部環境の分析
自社環境の分析
経営課題の整理・方向性の抽出
目指す姿(ビジョン)・目標の設定
基本戦略・事業シナリオの策定
個別戦略の策定 取り組み施策の設定
アクションプランの設定
数値計画の策定