比 喩 的 に 言 え ば
、 わ が 哲 学 研 究 会 と は
、 京 都 大 学 が う っ か り 書 き そ こ な い を し
、そ の 書 き そ こ な い が 自 分 を 書 き そ こな い と し て 意 識 す る よ う に い た っ た 場 合 の よ う な も の で あ る―
―
け れ ど も
、実 をい え ば
、そ れ は も し か し た ら 書 き そ こ な い な の で は な く て
、は る か に 高 い 意 味で は
、京 都 大 学 全 体 の 本 質 的 な 一 部 を な す も の で あ っ た か も し れ な い の で あ る―
―
そ こ で
、こ の 書 き そ こ な い は
、京 都 大 学 に 反 逆 を 企 て
、京 都 大 学 に た い す る憎 し み か ら 訂 正 を こ ば み
、狂 気 の よ う な 反 抗 を し な が ら 京 都 大 学 に 向 か っ て こ う 言 う よ う な も の で あ る
。
い
や
、 お
れ
は
消
し
て
も
ら
い
た
く
な
い
、 お
れ
は
お
ま
え
を
反
証
す
る
証
人
と
し
て
、 お
ま
え
が
平 凡
な
大
学
で
あ
る
こ と
の
証
人 と
し
て
、 こ
こ
に
立
っ
て
い
た
い
の だ
、と
。
京
都
大 学
哲
学 研
究
会 会
誌
非
思
想 非
非
思 想
天
vo
l.7
目 次
自然 観の 転換 とし ての
、相 対性 理論 村 山 洋…
………..……….3
マッ ハの 科学 思想 村 山 洋…
………..………14
決定 論に おけ る人 間の 構造 ツ カサ
・エ クス
・マ キー ナ…
………..………..29
リベ ラリ ズム と「 自由
」の 問題 谷 行 啓…
………..………...46
人生 方程 式が 示す 意味 を考 える 内 海 宙大…
………..………51
プロ ート ディ シプ リナ リー の夢 丸 楠 礼二…
………..……………………………………53
京都 大学 同学 会の 歴史 と日 本学 生運 動 冨 山 小太 郎…
………..………………………………..109
編集 後記…
………..……….………………………………………………….………….…………………116
自
然
観
の
転
換
と
し
て
の
、
相
対
性
理
論
村山 洋 さあ
諸君
、勉 強を 始め よう 勉強 を。 数学 に限 らず
、凡 そ勉 強な んて もの は、 何だ って 辛く て厳 しい 修行 であ る。 然し
、そ れを 乗り 越え た時
、自 分で も驚 く程 の充 実感 と、 学問 その もの への 興味 が湧 きお こっ てく る。 昔か ら、 楽し て得 られ るも のな んて
、詰 まら ない もの に決 まっ てい る。 怠け を誘 う甘 い 言葉 は、 諸君 に一 人前 にな って もら いた くな いと いう 嫉妬 であ る。 思い 切 り苦 労し て、 一所 懸命 努力 して
、素 晴ら しい もの を身 につ けよ うで はな い か。(
吉田 武)
は
じ
め
に
「相 対性 理論 の起 原」 は、 廣重 徹の 科学 史に おけ る業 績の 中で 最高 に充 実し た論 文で ある
。相 対性 理論 の評 価に つい て、 これ 以上 のも のは 書か れえ ない ので はな いか と思 うほ どで ある
。文 章は 全体 とし て平 明で
、論 旨も 一貫 して おり
、不 必要 に長 くも 短く もな って いな い。 相対 性理 論に 興味 を持 つ学 生な ら( アイ ンシ ュタ イン の「 動い てい る物 体の 電磁 気学
」と とも に) 必ず 一度 は 目を 通す だけ の教 育的 価値 があ る。 この 達意 の論 文が
、そ れも 日本 人の 手に なる にも かか わら ず、 私た ちの 多 くに 知ら れな いま まで ある のは 大変 残念 なこ とだ
。相 対性 理論 につ いて の本 格的 な入 門書 を手 に取 って みて も、 廣重 の仕 事を 参照 した 形跡 が見 当た らな い。 小論 の目 的は
、「 起原
」の 読み どこ ろを 解説 して
、廣 重の 仕事 に多 くの 学
生の 注意 を喚 起す るこ とで ある
。
「起 原」 の主 眼は
、相 対性 理論 を正 しく 評価 する ため には マッ ハの 再評 価が 必要 だ、 とい う主 張で ある
。多 くの 相対 性理 論の 入門 書は
、そ の革 新性 のポ イ ント を間 違っ て説 明し てお り、 その ため にマ ッハ の業 績が 見え なく なっ てい る。 廣重 はま ず、( 1) 多く の入 門書 の冒 頭に みら れる よう な相 対性 理論 の評 価の 誤り を指 摘し
、つ いで( 2) ロー レン ツ- ポア ンカ レの 電子 論( 19 04 年) がい った い何 を探 究し てい たの かを 示し
、さ いご に( 3) アイ ンシ ュタ イン の 特殊 相対 性理 論( 19 05 年) の際 立っ た独 自性 がマ ッハ の業 績の どこ に起 原 する のか を明 らか にす る。 この 三つ のポ イン トを
、私 なり に少 々脚 色し て描 くこ とに した い。 本題 に入 る前 に一 言。 読者 は物 理の 理論 にお いて 重要 なの はそ の内 容で あ り、 評価 を云 々す るの は物 理学 の客 観性 に価 値判 断を 持ち こむ こと にな るの では ない かと 思わ れる かも しれ ない
。し かし
、科 学は 人間 の活 動で あり
、科 学 活動 をど のよ うに 評価 する かを 決め るこ とは 人間 の仕 事で ある
。一 般の 入門 書の 理屈 では
、相 対性 理論 の革 新性 が既 存の 科学 の累 積的 な進 歩の 中に 回収 され てし まう
。そ のた め相 対性 理論 を学 ぶ意 義が
、G PS など に利 用で き身 近な 生活 に役 立つ から
、と いっ たも のに なっ てし まう
。し かし 私は
、相 対性 理 論の 意義 は何 より もま ず私 たち の世 界観 を覆 した こと にあ ると 考え る。 それ はと りも せず
、私 たち がこ の世 界を どの よう に理 解す るの かと いう 社会 的な 問題 に直 結す ると 考え る。 それ ゆえ 相対 性理 論の 評価 は一 部の 物理 学徒 に限 らず
、多 くの 人々 に共 有さ れ議 論さ れな けれ ばな らな い。 そし て、 それ は可 能 であ ると 主張 する こと こそ
、小 論の めざ すと ころ であ る。
通
説
の
誤
り
アイ ンシ ュタ イン が相 対性 理論 でノ ーベ ル賞 を取 って いな いこ とは
、今 は よく 知ら れた 事実 かも 知れ ない
。当 時の アイ ンシ ュタ イン は「 相対 性」 の言 葉 とと もに 世界 的な 人気 の絶 頂に あっ た。 同時 に、 ヨー ロッ パに 吹き 荒れ た反 ユダ ヤ主 義の 影響 で、 相対 性理 論の 肩を もつ こと が政 治問 題を 引き 起こ す危 険も あっ た。 ノー ベル 賞委 員会 がこ れら の情 勢を どの 程度 考慮 した のか はわ から ない
。た だ、 相対 性理 論の 名声 に必 ずし も学 問的 根拠 があ った わけ では ない こと も確 かで ある
。そ こで
、喧 騒の おさ まっ た1 95 0年 代に
、科 学史 家 のホ イッ タカ ーに よっ てそ の根 拠が 問い ただ され るこ とに なっ た。 ホイ
ッタ カー はそ こで
〝空 間に おけ る絶 対静 止の 概念 は、 19 00
~4 年に ポア ンカ レ‐ ロー レン ツの 相対 性理 論に よっ て、 根拠 がな いこ とが 示 され た〟 と述 べ、 アイ ンシ ュタ イン には
、ポ アン カレ‐
ロー レン ツの 理論 に
〝い くら か拡 張を 加え
、[ その こと によ って]
多く の注 目を 向け させ た〟 と二 次的 な役 割し かふ りあ てな かっ た( 廣重1
980,p.308)
ホイ ッタ カー の解 釈を めぐ って
、そ の後 20 年に わた って 賛否 両論 が繰 り 広げ られ た。 この 論争 は、 それ だけ で特 筆に 値す るに 違い ない
。と ころ が通 俗 的な 相対 性理 論の 解説 はい やに すっ きり して いる
。す なわ ち、 19 世紀 の物 理学 者た ちは 絶対 静止 のエ ーテ ルと いう 仮構 を信 じ切 って おり
、決 定的 な反 証が 出さ れて もや はり エー テル 説を 捨て よう とし なか った
。ア イン シュ タイ ンだ けが 実験 結果 を率 直に 受け 取り
、エ ーテ ルを 廃し て空 間と 時間 その もの を物 理学 の対 象と して 研究 し、 相対 性理 論を 作り 上げ た…
。 決定 的な 反証 とは
、マ イケ ルソ ン- モー リー の実 験で ある
。エ ーテ ルに 対し
て地 球は 必ず 自転 運動 をし てい るは ずだ から
、地 表面 に吹 く「 エー テル の風
」 に光 を吹 かせ てそ の速 度の 変化 を見 よう とい うの が実 験の 趣旨 であ った
。と ころ がエ ーテ ルの 風速 は、 どの よう に測 って も0 だっ た。 多く の物 理学 者は
、 なぜ エー テル の風 速が 検出 でき ない のか を説 明し よう とし たが
、誰 も成 功し なか った
。ア イン シュ タイ ンは
、エ ーテ ルの 風は 吹い てい ない のだ から
、そ も そも エー テル は存 在し てい ない はず だと 考え てこ の難 問を 切り 抜け た。 この とき アイ ンシ ュタ イン は、 実験 結果 に基 づき 仮説 を修 正す るこ とで 進 歩す ると いう 科学 の常 道を 歩ん だこ とに なる
。当 時の 物理 学者 たち はエ ーテ ルの 先入 観に 眼を 眩ま され て、 科学 の本 来の あり 方を 忘れ てし まっ てい たの であ る。 この 説明 は二 つの 史実 に反 して いる
。第 一に
、ア イン シュ タイ ンは マイ ケ ルソ ン- モー リー の実 験を 知ら なか った
。第 二に
、ポ アン カレ の「 相対 性原 理」 に示 唆さ れて
、ロ ーレ ンツ はエ ーテ ルの 絶対 運動 が検 出で きな いこ とを 説明 する 理論 を完 成さ せた
。特 に後 者は
、特 殊相 対性 理論 の有 名な 変換 公式 が「 ロ ーレ ンツ 変換
」と 名付 けら れて いる 理由 であ る。 それ は、 アイ ンシ ュタ イン が 論文 を発 表す る1 年前 にロ ーレ ンツ によ って 突き 止め られ てい たの であ る。 以上 を考 えあ わせ ると
、ホ イッ タカ ーの 記述 の方 がむ しろ 当た って いる ので はな いか と思 われ るだ ろう
。幸 運に も? ロー レン ツの 業績 を知 らな かっ たた めに
、ア イン シュ タイ ンは 独自 のア プロ ーチ でロ ーレ ンツ 変換 を「 再発 見」 し たの であ る。 これ なら
、ノ ーベ ル賞 委員 会が 相対 性理 論を 受賞 理由 とす るこ とを ため らっ たの も当 然で ある
。 入門 書に 見ら れる 素朴 な理 解は いっ たい どこ で間 違っ てい るの だろ うか
。 一番 のポ イン トは
「エ ーテ ル問 題」 の健 全性 であ る。 多く の入 門書 はエ ーテ ル の仮 想が いか に不 適切 なも ので あっ たか を力 説し てい る。 おそ らく はア リス
トテ レス の天 動説 の権 威が ガリ レオ を宗 教裁 判に かけ たこ との 類推 で、 カン トの 空間
・時 間 論の 権 威が 科学 的 精神 を ねじ 曲げ た のだ と 述べ てい る もの もあ る。 それ なら 話は 簡単 で、 科学 者は 哲学 者の タワ 言に 耳を 貸さ なけ れば いい だけ であ る。 しか しこ のよ うな 態度 は、 哲学 者以 前に 当時 の科 学者 に対 して 敬意 を失 して いる と思 う。 実際 には
、エ ーテ ル問 題の 追求 は極 めて 実り 多い 成果 を生 み出 した ので ある
。そ の最 終的 な帰 結は
、今 の電 磁気 の教 科書 に書 いて ある よう な、 古典 的な
「場
」の 考え 方の 確立 であ る。
エ
ー
テ
ル
問 題
18 20
~3 0年 代に
、電 磁現 象を 定量 的に 扱う こと がで きる よう にな り、 電磁 気学 が急 速に 定式 化さ れた
。こ れは 重要 な展 開で
、ク ーン は第 二の 科学 革命 と呼 んで いる
。そ して
、個 々バ ラバ ラの 法則 を体 系的 にま とめ たの がマ クス ウェ ルの 18 61
~2 年の 論文 であ る。 教科 書に ある こと を繰 り返 せば
、 マク スウ ェル は既 知の 法則 を以 下の 三つ の方 程式 にま とめ
、さ らに そこ から 変位 電流 の法 則を 類推 した
。
(
1) 静止 電荷 が一 定の 距離 にあ る別 の電 荷に 及ぼ す力 を表 わす
、ク ーロ ン の法 則
(
2) 運動 する 電荷 が一 定の 距離 で運 動し てい る別 の電 荷に 及ぼ す力 を表 わ す、 ビオ-
サヴ ァー ルの 法則
(
3) 磁場 の変 化が 閉回 路に 電場 を生 み出 す、 ファ ラデ ーの 電磁 誘導 の法 則 定常
電流 があ る座 標系 Xに 一定 の磁 場を 作り 出し てい ると しよ う。 ここ に、 ある 速 度で 動く 電荷 Qが 通り かか る と、 その 電荷 は ビオ-
サヴ ァ ール の法 則
に従 って 力( ロー レン ツ力)
を受 け、 運動 の向 きが 変わ る。 とこ ろが
、こ の現 象 を電 荷Q と同 じ方 向に 同じ 速度 で動 く座 標系 X’ から 眺め ると
、静 止し てい る電 荷Q が運 動し たこ とに なる ので ここ には クー ロン の法 則が あて はま る。 つま り、 電場 が生 じ、 電流 が流 れた こと にな る。 そこ で、 磁場 は適 当な 座標 変 換で 電場 に直 すこ とが でき ると 考え られ よう
。な らば
、フ ァラ デー の電 磁誘 導の 法則 に対 応し て、 電場 の変 化が 磁場 を生 み出 す法 則が 予想 され る。 もち ろん マク スウ ェル はこ う考 えた わけ では ない が、 電場 と磁 場の 対称 性が ポイ ント であ る。 そこ で回 路に 電流 Iを 流し て、 コン デン サー に電 荷を ため てい くこ とを 考 える
。こ のと き、 電流 Iの 周り には 磁場 がで きて いる(
アン ペー ルの 定理)
。し かし コン デン サー の間 の空 間に は、 もち ろん 電流 は流 れて いな いか ら、 磁場 もで きて いな いの だろ うか
? コン デン サー の極 板に 電荷 がた まっ てい くと
、コ ンデ ンサ ーの 間の 空間 の 電場 は変 化し てい く。 この 電場 の変 化が
、周 囲に 電流 Iと 同じ 磁場 を作 り出 すと 考え れば
、も のご とは 整合 的で ある
。電 流I に相 当す る電 場の 変化 が「 変 位電 流」 であ る。(
山本2
004,pp.240-3)
(
4)
「変 位電 流」( 電場 の変 化) が周 囲に 磁場 を生 み出 す、 マク スウ ェル の変 位電 流の 法則 この
とき
、マ クス ウェ ルは 三つ の法 則か ら形 式的 に四 つ目 を推 測し
、そ の 物理 的実 体に つい ては 棚上 げし てし まっ た。 18 73 年の
『電 気磁 気論
』で は 次の よう に述 べて いる
。
私た ちが 示し たよ うに
、電 気を 物理 的な 量と 見な すこ とを 受け 入れ ると して も、 私た ちは
、電 気は 物体 かど うか とか エネ ルギ ーの 形式 かど うか と か、 とに かく それ が物 理的 な量 の既 知の カテ ゴリ ーに 含ま れる と性 急に 決 めつ けて はい けな いの であ る。(
廣重1
980,p65)
しか し、 マク スウ ェル は電 磁現 象の 具体 像を 考え るこ とは 放棄 して いた け れど も、 それ が何 らか の力 学的 な存 在に よっ て担 われ てい ると は考 えて いた
。 そも そも
、マ クス ウェ ルは 以前 の論 文で は誘 電媒 質( エー テル)
のモ デル を具 体的 に考 えて おり
、変 位電 流の 発想 もそ こか ら生 まれ たの であ る。
「電 磁気 現 象に おけ るエ ネル ギー は力 学的 エネ ルギ ーで ある
。唯 一の 問題 はそ れが どこ に存 在す るか であ る」
。マ クス ウェ ルは
、い ずれ 明ら かに なる であ ろう 電磁 現 象の 力学 モデ ルが 満た すべ き形 式を 与え た。 これ が1 9世 紀末 のエ ーテ ル問 題と なっ た。
ヘ
ル
ツ
の
批 判
電荷 も電 流も ない
「自 由」 な空 間に おい て、 電場 が磁 場を 生み 出し
、そ の磁 場が 電場 を生 み出 すよ うな
「波
」を マク スウ ェル は予 想し た。 この 波動 方程 式 は上 述の(
3)( 4) の 法則 の微 分形 から 導け る。 私た ちは その 解と なる 波動 関 数を 知っ てい るの で、 その 解の 条件 と波 の位 相速 度の 定義 式か ら、
「波
」の 速 さは 真空 の 誘電 率ε
0
と透 磁率μ
0
の積 のル ー トの 逆数 にな る。 これ が光 速に 一致 する が、 マク スウ ェル も思 索の 果て にこ の結 論に 達し た。 つま り、 光も 電 場と 磁場 が作 り出 す「 波」 のひ とつ にち がい ない
。「 波」 が立 つな ら、 それ は媒 質と して のエ ーテ ルが 存在 する 揺る がぬ 証拠 であ る。 この 電磁 波が 18 88 年に ヘル ツに よっ て実 証さ れ、 エー テル 問題 は強 力に 推進 され るこ とに なっ
た。 ヘル ツの 実験 の直 後に その 意味 する とこ ろを 見抜 いた フィ ッツ ジェ ラル ドは
、次 のよ うに 述べ てい る。 すで
にロ ーラ ンド の実 験( 18 76 年) は…
…
電荷 の運 動が それ に相 対的 に生 ずる とこ ろの 媒質 の存 在を 示し ては いた が、 その 関係 はむ しろ 形而 上 学的 で、 多く の注 意を ひく には あま りに 間接 的で あっ た。 しか し、 ヘル ツの 実験 は媒 質の 存在 をあ ます とこ ろな く示 す決 定実 験で あっ た。 こう して
、 マク スウ ェル の理 論は もは や仮 説で はな くな った
。( 廣重1
980,p64)
決定 実験(e
xperimentum crucis
「十 字架 にか けら れた 実験
」) は競 合す る 複数 の理 論の い ずれ かに 軍配 を上 げる 強い 言 葉で ある(
ニ ュー トン が二 重 プ リズ ムの 実験 で用 いた
。今 では
、エ ディ ント ンの 日食 観測 が一 般相 対性 理論 のe
xperimentum crucis
であ った
、と 言わ れる
。フ ィッ ツジ ェラ ルド も電 磁波 の検 出に 肉薄 して いた ので
、く やし かっ たの だろ う)
。「 仮説
」と いう のは マク スウ ェル が、 何が どの よう に電 磁現 象を 担っ てい るの かを 棚上 げし たま ま( 4) の法 則を 推測 した から であ ろう
。マ クス ウェ ルの 論文 はあ まり に深 遠 に過 ぎた ので
、ヘ ルツ は何 がど う棚 上げ され てい るの かを 明確 にす る論 文を 発表 した(
18 90 年)
。 クー ロン の法 則は
、電 荷に(
プラ スと マイ ナス があ るの で) 符号 がつ いて い るこ とを 除け ば、 ニュ ート ンの 万有 引力 の法 則と そっ くり の形 をし てい る。 そこ で、 ニュ ート ンの 万有 引力 の理 論に 倣っ て電 磁気 も遠 隔力 であ る、 つま り離 れた とこ ろに ある 電荷 が時 間ゼ ロで(
無限 の速 度で)
影響 を及 ぼし 合う と 19 世紀 前半 の物 理学 者た ちは 考え た。 とこ ろが ファ ラデ ーだ けが
、何 らか の力 線に よる 近接 作用 を考 えた
。フ ァラ デー はえ らい
。こ れが 電磁 気学 の教
科書 によ くあ る説 明で ある
。そ して マク スウ ェル も意 識的 には 近接 作用 に立 って いる
。と ころ が。 マク
スウ ェ ルは 仮 説的 な電 気 エー テ ルの 分極 を 基礎 と して 議論 を 展開 する が、 この 分極 の生 じ方 や変 化の 仕方 は、 あた かも 遠隔 力に よる もの と 同じ であ ると して いる
。け れど も、 われ われ は電 荷と か、 分極 を生 ずる 遠隔 力と かを きっ ぱり と捨 てて
、分 極を
〝唯 一の 現実 に存 在す るも の〟 とみ なす
。 もち ろん
、マ クス ウェ ルは のち に明 らか にこ れら の仮 説を 捨て たけ れど も、 その 影響 は、 電気 とい う語 がマ クス ウェ ルで は二 重の 意味 をお わさ れて い るこ とに 残っ てい る。(
廣重1
980,p67)
「分 極」 とい うの は今 で言 う電 束密 度D
、す なわ ち電 場E に真 空の 誘電 率を かけ た値 であ る。 この Eと Dと の関 係を
、マ クス ウェ ルは 弾性 体の 類推 で、 E の力(
電気 力) がか かっ てエ ーテ ルに Dの 歪み( 分極)
が生 じる とと らえ た。 こ のD を時 間で 偏微 分し た「 歪む 速さ
」が 変位 電流 の項 であ る。 だが
、こ れで は エー テル と独 立に 電気 力が 存在 する こと にな り、 遠隔 作用 とな る。 つま り、 近 接作 用論 の申 し 子で あ るは ずの 変 位電 流 の考 え方 の 中に 遠 隔作 用が 残 って いる
。こ れは 計算 が間 違っ てい るわ けで はな いが
、理 論の 中の 齟齬 であ る。 ど う齟 齬を 起こ して いる かと いう と、
「物 理的 なも のと して は、 自由 エー テル の 中の 電気 変位 があ り、 数学 的な もの とし ては
、基 礎方 程式 にあ らわ れる ベク トル
・ポ テン シャ ルが ある
」。 自由 エー テル の中 の電 気変 位と はお おま かに は電 磁波 のこ とで
、こ れは 方程 式の 変位 電流 の項 から 導く
。と ころ がマ クス ウェ ルは 基礎 方程 式で 磁場 をポ テン シャ ルで 表現 して いる
。こ のポ テン シャ ルは 力学 では 万有 引力 を表 現す るも ので
、要 は遠 隔作 用で ある
。い った い、 無
限の 速さ で伝 わる 作用 から どう して 波の 速さ が出 てく るの か。 これ らは 近接 作用 の観 点か ら統 一し て説 明す るべ きで ある し、 その 結果 とし て、 基礎 方程 式は 両者 の物 理的 に観 測さ れる 量の 間の 関係 を与 える べき であ る。 まこ とに する どい 批判 であ る、 と廣 重は ホメ てい る。
電
子 論
へ
の
道
この よう にマ クス ウェ ルを 批判 した ので ある から
、ヘ ルツ は当 然近 接作 用 化ら の統 一的 な説 明を 目指 す。 どの よう に目 指す かと いう と、 マク スウ ェル はエ ーテ ルの 具体 的な 歪み を考 えて 変位 電流 の項 を入 れた のだ が、 ヘル ツは その 反対 に、 変位 その もの を最 初に おい てそ こか ら理 論を 組み 立て る。 そう する とエ ーテ ルの 具体 的な 像は 描け なく なる が、 ヘル ツは それ でよ しと する 観測 され る量 の間 を結 びつ ける 方程 式、 それ が理 論の すべ てな のだ
。「 マク ス ウェ ルの 理論 とは マク スウ ェル の方 程式 系の こと であ る」
。 ヘル ツの 組み 立て た「 マク スウ ェル の方 程式 系」 は、 現在
「微 分形 のマ クス ウェ ルの 方程 式」 と呼 ばれ てい る四 つの 方程 式で ある
。エ ーテ ルの 電気 的、 磁 気的 変位( 分極)
をそ れぞ れD,
Bと おく
。そ して
、エ ーテ ル内 の何 らか の乱 れ を表 わす もの とし て、 E, Hをε
0
D,μ
0
Bと おく
。E やH は理 論上 要請 され た もの で、 力学 的な 意味 はな い。 こう して エー テル につ いて の思 弁を 封じ
、ポ テ ンシ ャル を消 して
、相 互の 関係 の簡 潔な 表現 を与 える
。こ のよ うな 形式 的な やり 方を
、廣 重は
「公 理論 的」 と呼 んで いる
。こ れは ヒル ベル トの 公理 主義 に なぞ らえ た呼 び方 であ る。
「遺 著と なっ た『 力学 原理
』を みて も、 ヘル ツが も う少 し のち の 時代 なら 公 理主 義 を標 榜し た であ ろ うよ うな ス タイ ル を好 ん でい たこ とは 十分 察せ られ る」 とさ らっ と書 くあ たり
、か っこ いい
。 しか し、 と廣 重は 切り 返す
。な るほ ど「 公理 論的
」な やり かた をと った から
こそ マク スウ ェル を鋭 く批 判で きた わけ であ るが
、こ のや りか たで 相互 の関 係を 整理 し切 って しま った 後は
「そ れよ り先 には もう 一歩 も進 めな い」
。E や Hは
、エ ーテ ルの 中に も、 導線 や磁 石と いっ た通 常の 物体 の中 にも 生じ る「 乱 れ」 であ る。 だが
、エ ーテ ルと 通常 の物 体と を同 一視 する こと がで きる のか
? この 限界 が露 呈す るの は運 動 物体 の電 気力 学に おい てで あ る。 例え ば1 8 51 年に ファ ラデ ーの 提起 した
「磁 石の 回転 につ れて 磁力 線も 回転 する のか
、 それ とも
、磁 力線 は空 間の 固定 され た位 置に とり 残さ れる のか
」と いう 問題 であ る。 これ は、 磁石 の回 転と いう 物体 の運 動と
、磁 力線 とい うエ ーテ ルの 性 質と の関 連を 問う たも ので ある
。物 体と エー テル とは 同じ 場所 に同 時に 存在 して いる のか
?別 々に 存在 して いる なら
、物 体の 運動 にエ ーテ ルは 随伴 する のか
、し ない のか
?こ うい った 問題 に答 える ため には エー テル の運 動を 考え なけ れば なら ない が、 力学 的な 考察 を最 初か ら放 棄し てい るヘ ルツ は「 自分 の理 論を
、あ る制 約を おい た場 合の 定式 化は どの よう なも のに なる かを 示す もの と規 定し
、そ のよ うな 制約 が現 実に 対応 する とは あま り考 えら れな い」 とす るに とど まっ た。 これ が考 察を 電磁 現象 に限 り、
「エ ーテ ルに つい ての 思 弁」 を封 じた こと の代 償で あっ た。 ここ で電 子論 への 一歩 を踏 み出 した のが ロー レン ツで ある
。近 接作 用は
、な ん ら かの 誘 電媒 質 の状 態 の変 化 であ る
。ヘ ル ツは 変 化を 現 象主 義 的に(
実 験・ 観察 に現 れる もの だけ に限 って)
捉え
、そ の交 通整 理に 徹し たの だが
、ロ ーレ ンツ は荷 電粒 子の ふる まい を具 体的 に考 察し た。 そし てヘ ルツ とは 逆に
、 エー テル と物 質と を切 り離 す方 向に 進ん だの であ る。 ここ は教 訓的 なと ころ なの で、 すこ し踏 み込 んで おく
。ロ ーレ ンツ が実 体的 なエ ーテ ルを いか に問 題に した かを
、単 なる
「思 弁」 とか
「偏 見」 とか
、そ んな 風に よこ しま に憶 測し ては いけ ない
。い ちど ロー レン ツに なり きっ てみ て、
ロー レン ツが 何を どう 追求 して いっ たか を実 感す るの が理 想で ある
。こ うし て廣 重は ロー レン ツの 集大 成で ある
『電 子論
』の 翻訳 まで して しま った
。だ か らと いっ て鵜 呑み にす るわ けで はな いが
、今 は廣 重の 研究 を信 用し てお こう ロー レン ツは 学生 のと き、 フレ ネル の論 文集 を買 いこ み、 マク スウ ェル の理 論に 熱中 して いた
。そ の学 位論 文は ロー レン ツの その 後の 研究 の方 向を 決め たの だが
、こ れは
「フ レネ ルと マク スウ ェル とい う二 人の 師の 業績 を結 びつ ける もの であ った
」。 この 言葉 のニ ュア ンス をも うす こし 説明 した い。 出発 点は フレ ネル が1 81 8年 に提 唱し た「 エー テル の随 伴説
」で ある
。光 の粒 子説 はニ ュー トン が『 光学
』で 唱え て以 来主 流で あっ たが
、ヤ ング が1 8 04 年に 光の 干渉 を波 動説 で説 明し た。 光が 異な る光 路を 経て 同じ スク リー ンに 投射 され ると
、明 暗の 縞が でき る。 これ は光 が強 めあ った り打 ち消 し合 った りし た証 拠で ある が、 粒子 が「 打ち 消し 合う
」と いう のは 考え られ ない
。 逆に
、波 なら 干渉 を良 く説 明す る。 また
、ど の星 から の光 も同 じ速 さで ある こ とが 知ら れて おり
、こ れも 媒質 が静 止し てい ると 考え れば 波動 説で 説明 でき る。 そこ で反 対に
、光 の速 さに 地球 の運 動が どの 程度 影響 を与 える かを 確か める 実験 が1 81 0年
、ア ラゴ によ って 行わ れた
。望 遠鏡 の前 にプ リズ ムを 置い て星 を見 る。 光の くる 方向 とプ リズ ムの 動く 方向 の違 いか ら屈 折角 に違 いが 出る はず なの で、 観測 時刻 を変 えれ ば星 の位 置に 変化 があ るは ずで ある とこ ろが
、変 化は 検出 され なか った
。 フレ ネ ルは これ をエ ー テル の随 伴説 に よっ てう まく 説明 する
。光 が ある 媒 質か ら別 の媒 質に 入射 する とき
、そ の角 度は 媒質 と振 動数 に依 存す る一 定の 比に なる
。こ れを 屈折 率n とよ ぶ。 ここ で、 真空 のエ ーテ ル密 度d とく らべ て 物体 のエ ーテ ル密 度d
’
はい くぶ ん高 く、 この 過剰 分の エー テル が物 体の 速度
v
にあ る割 合で 引き ずら れて
、v
’
で運 動す ると する
。こ のと き弾 性体 の性 質
から
、エ ーテ ルの 密度 の比 と屈 折率 にd /d’=1/n 2
の関 係が ある こと が分 かる
。 ここ から
、引 きず られ る割 合がv
’=(1-1/n 2)v
とな って
、こ れは アラ ゴの 実験 結果 を説 明す る。 特に
、f= 1-1/n 2
を随 伴係 数と いう
。フ レネ ルは
、エ ーテ ルが 弾性 体で ある こと
、そ の密 度が 屈折 率を 決め るこ と、 そし てエ ーテ ルと 他の 媒質 の密 度の 違 いが エ ーテ ルと 媒 質の 相 対運 動を 打 ち消 し 合う こと を きれ いに 結び つけ た( 参考 資料 1)
。こ の随 伴係 数は
、フ ィゾ ーが 18 51 年に 流 水中 の光 速度 を測 定し てさ らに 裏付 けら れた
。な お相 対性 理論 の立 場か らは
、 随伴 係数 は慣 性系 間の 速度 の合 成で 説明 でき る。 なん だか 手で 触る こと がで きそ うな フレ ネル のエ ーテ ル弾 性体 理論 には
、 しか し問 題も あっ た。 媒質 の密 度が 屈折 率を 決め るの はよ いが
、振 動数 も屈 折率 を決 める
。屈 折率 は密 度の 違い に対 応し
、そ の違 い分 のエ ーテ ルが 随伴 され ると すれ ば、 光の 波長 によ って エー テル の随 伴の 割合 が異 なる とい うこ とに はな らな いだ ろう か。 さら に、 フレ ネル に刺 激さ れて 弾性 体の 振動 の理 論が 発展 し、 実験 との 整合 を問 題に でき るよ うに なっ た。 そこ で分 かっ たの は、 横波 と媒 質の 剛性 率に 関係 があ るこ と、 縦波 が必 ず生 じる こと
、な どで あ る。 これ は偏 光、 流体 のエ ーテ ル観
、光 の縦 波が 観測 され ない こと
、な どと 矛 盾を 生じ た。 ロー レン ツは マク スウ ェル の電 磁理 論を 遠隔 作用 的に 解釈 して
、こ れら の 困難 が解 決で きる こと を示 した
。マ クス ウェ ル自 身は 近接 作用 に立 って いた が、 その 理論 が遠 隔作 用的 に解 釈で きる こと は先 に述 べた とお りで
、大 陸で は当 時こ の解 釈が 主流 だっ たの であ る。 ロー レン ツは 反射
・屈 折の 条件 を電 磁理 論か ら与 え、 屈折 率と 密度
・電 気振 動の 関係 を明 らか にし た。 また
、予 測 され る屈 折率 と測 定値 の違 いか ら、 媒質 の分 子の 内部 構造 を論 じ、 これ が物 質と エー テル を分 離し て考 える 最初 の一 歩に なっ たよ うだ
。
ロー レン ツは
、偏 光や 縦波 の有 無と いっ た電 磁現 象と エー テル 理論 の整 合 につ いて もも ちろ ん論 じて いる
。し かし ロー レン ツの 主た る功 績は
、反 射や 屈折 に地 球の 運動 がな ぜ影 響し ない のか とい う、 光学 と力 学に また がる 問題 を電 磁的 に説 明し よう とし たこ とに 求め られ ると 廣重 は言 う。 つま り、 フレ ネル の随 伴係 数を 説明 しな おし たこ とが 重要 だっ た。 ここ で「 静止 エー テル
」 が活 きる
。フ レネ ルは どの 星か らも 同じ 速さ で光 が伝 わる こと を、 エー テル が天 体に 対し て静 止し てい るか らだ と説 明し た。 ロー レン ツも これ を受 け継 ぎ、 静止 する エー テル と運 動す る物 体と を区 別す る。 そし て、 物体 を帯 電し た 粒子 の集 合と 見な す、 とい う分 子論 的な 考え を導 入す る。 例え ば、 ある 微小 な 粒子 が電 荷を もっ てい る。 この 粒子 の運 動は 力学 で記 述さ れる
。粒 子と とも に電 荷が 動い て電 流が 流れ
、エ ーテ ルに 対し て影 響を 及ぼ し、 電磁 現象 が生 じる
。電 磁現 象は マク スウ ェル の方 程式 で記 述さ れる
。そ こで
、エ ーテ ルに 固 定し た静 止座 標と
、粒 子に 固定 した 相対 座標 をた てよ う。 そこ には
、以 下の
「状 態対 応の 定理
」( 18 95 年) が成 り立 つで あろ う。 静止
物体 の系 にお いて
、x,y,z,t
の函 数D
,E,H[
電気 分極
、電 場の 力、 磁気 分極]
で表 され る電 磁的 状態 が存 在 する なら ば、 同 じ系 が速 度p で運 動す ると き、 その なか には
、相 対座 標x
’,y’,z’
およ び局 所 時t’ の上 と同 じ 函数
D’,E’,H’
で表 され る電 磁状 態が 存在 し得 る。(
廣重1
980,p.167)
「電 磁状 態が 存在 し得 る」 とい うの は、 座標 変換 でマ クス ウェ ルの 方程 式が 保た れる とい うこ とで ある
。状 態対 応の 定理 は、 一次 の範 囲で 相対 座標 の速 度を 相殺 する が、 運動 する 荷電 粒子 の効 果で フレ ネル の随 伴係 数が 説明 され る。 しか も、 エー テル の随 伴と いう 考え を廃 して いる ので
、振 動数 との 問題 が
起こ らな いの であ る。 ヘル ツに 比し て、 ロー レン ツの 特徴 は「 単に マク スウ ェ ルの 理論 の自 己運 動的 な展 開を はか るの では なく
、む しろ それ によ って 異質 的な もの を積 極的 に組 み入 れて いっ たこ と」 だと 廣重 は言 う。 特に
、光 学の 視 点か ら運 動す る地 球に 対す る静 止エ ーテ ルを 導入 し、 フレ ネル の随 伴係 数を 電子 論か ら導 いた こと は、 ポア ンカ レが ロー レン ツの 理論 を支 持す る根 拠の 一つ にな った
。 さい ごに ちょ っと だけ 告白 する と、 私は アイ ンシ ュタ イン の研 究姿 勢よ り も、 どち らか とい うと
、ロ ーレ ンツ のそ れに 共鳴 して しま う。 もち ろん 私に 物 理学 の審 美眼 はな いけ れど
、若 いと きフ レネ ルの 理論 の美 しさ に入 れあ げた とい うあ たり がぐ っと くる ので ある
。ア イン シュ タイ ンの 天真 爛漫 さは
、な んだ かち ょっ と人 間離 れし てい る。 話が それ てし まっ た。 エー テル が電 磁場 とな るの は、 あと すこ しで ある
。
場
の
理
論
「エ ーテ ル」 を現 在の 電磁 気学 の教 科書 にお ける
「場
」と 同等 の概 念に まで 引き 上げ たの は、 ポア ンカ レの
「相 対性 原理
」で ある
。競 合す るい くつ かの 理 論の 中で
、ポ アン カレ はな ぜロ ーレ ンツ の理 論を 評価 した のか
。ポ アン カレ は言 う、
「我 々が エー テル を考 え出 した のは 力学 の一 般法 則の 棄損 をま ぬか れる ため であ る」
。そ して
、ロ ーレ ンツ の電 子論 こそ
、こ の希 望に こた える も ので ある
。「 ロー レン ツに よれ ば我 々は エー テル の運 動が どん なも のか を知 らな い。 この 無知 のお かげ で我 々は エー テル の運 動が 物質 の運 動と 相償 うよ うに なっ てい るも のだ と仮 定す るこ とも でき よう
」。 もち ろん これ は皮 肉で
、 エー テル の運 動と 物質 の運 動が どう 相殺 する のか
、し ない のか
、こ れを 理論 的に 追究 せよ と言 って いる
。
ここ で問 題 にな るの が、 かの 有名 なマ イ ケル ソン-
モー リー の干 渉 実験 で ある
。同 じ光 源か らの 光が 別々 の経 路を 通る と、 波長 に応 じて 強め あっ たり 弱め あっ たり する 干渉 がお こる
。ス クリ ーン に投 影す ると
、干 渉縞 が現 れる
。 静止 エー テル に対 して 地球 が運 動し てい ると き、 地球 の運 動す る方 向に 平行 なも のと 垂直 なも のの 二つ の経 路を 用意 すれ ば、 地球 の運 動が 反映 され て干 渉縞 が移 動す るは ずで ある
。干 渉を 使っ て相 対運 動の 影響 を検 出す ると いう やり 方は
、1 85 1年 にフ ィゾ ーが 流水 中の 光速 度を 測定 する とき にも 利用 され た( マイ ケル ソン-
モー リー が1 88 6年 に高 い精 度で 再実 験し てい る)
。 もち ろん この 時も 地球 は運 動し てい るの だか ら、 その 影響 は当 然現 れる
。し かし
、そ れは 静止 エー テル に対 する 地球 の公 転速 度をv
光速 度をc
とし て、 (v/c) 2
とい う二 次の 形で あ る。c
は3 .0×10 8
でv は3 .0×10 4
程度 な ので
、 (v/c) 2
は極 めて 小さ い値 であ り、 無視 でき る。 また 一般 に、 相対 座標 の速 度の 二次 以上 を無 視し た限 りに おい て、 ロー レン ツの 状態 対応 の定 理は 成立 して いた こ 。 の微 小量 を検 出し よう とい うの が、 マ イケ ルソ ン- モ ーリ ーの 18 87 年の 実験 であ った
。二 人は たい へん 精巧 な干 渉計 を作 成し た。 静止 エー テル 説に よ れば 二次 の 項の 影 響で 縞の 間 隔の0
.4
倍 程度 の 移動 が 生じ るは ず で あっ た。 しか し、 得ら れた 値の 変化 はそ の4 0分 の1 程度 であ った(
参考 資料 2)
。も ちろ ん、 なぜ 二次 の項 が検 出さ れな いの かを 考え るべ きで ある
。だ が、 それ 以上 の次 数は どう なの か。 次数 を上 げて いく と、 どこ かで 静止 エー テル との 運動 が検 出で きる だろ うか
。 ロー
レン ツに 反し て私 はも っと 精密 な実 験で も、 物体 の相 対的 位置 変化 以外 のも のを 明白 に知 らせ るこ とは
、い つに なっ ても でき ない と信 じる の
はな ぜか とい うこ とを 説明 しな けれ ばな らな い。 第一 位の 諸項 を見 あら わ すべ き実 験が 行わ れた が、 結果 は陰 性で あっ た。 偶然 そう なっ たの だろ う か。 だれ もそ うは 認め てい ない[
認め なか った]
。普 遍的 な説 明が 求め られ た そう して ロー レン ツが それ を見 いだ した
。第 一位 の諸 項は 相殺 する にち が いな いが
、し かし 第二 位の 諸項 はそ うな らな いこ とを 示し た。 それ でも っ と精 密な 実験 が行 われ た。 この 実験 もま た陰 性で あっ た。 それ はも はや 偶 然の 結果 とは いえ なか った
。説 明が 必要 であ った
。説 明は 見い ださ れた
。い つで も見 いだ され るも のだ
、説 明と は最 も欠 乏す るこ との ない 資本 であ る。
(
ポア ンカ レ1
959,p.201)
これ に限 らず ポ アン カ レは 寸鉄 人 を刺 す よう な鋭 い レト リ ック が得 意 で ある が、 この こと ばも ロー レン ツを 発奮 させ た。 そし てつ いに
、特 殊相 対性 理 論と 数学 的に 等し い「 ロー レン ツ変 換」 に到 達し たの であ る( 19 04 年)
。こ うし て、 静止 エー テル に対 して いか なる 運動 をす る物 体に おい ても
、そ れに 厳密 に対 応す る電 磁状 態が 得ら れ、 運動 の影 響は 現れ ない こと が示 され た。 ロー レン ツの 電子 論は いっ たい 何を 達成 した か、 振り 返っ てみ よう
。そ れ は「 一方 では 光学 から ひき つい だ静 止エ ーテ ルに 電磁 場を 担わ せ、 他方 では 物質 を荷 電粒 子の 集ま りに 分解 して
、こ の荷 電粒 子と 電磁 場の 相互 作用 によ って さま ざま の光 学・ 電磁 現象 が生 じる とみ なす
」( 廣重1
980,p.263)
理論 であ った
。ロ ーレ ンツ はそ れに よっ て、 光の 屈折 や反 射、 偏光
、分 散、 その 他 さま ざま の電 磁波 の性 質を 統一 的に 論じ
、近 接作 用論 に立 ちな がら
、エ ーテ ルを 物質 と区 別さ れる 独立 の実 体と した
。ま た、 エー テル と物 質と の間 に力 学的 な相 互作 用が 生じ ない こと を、 状態 対応 の定 理を 通し て確 立し た。 完成 され た状 態対 応の 定理 の基 礎に ある のは ロー レン ツ変 換と
、局 所時
・
短縮 仮説 であ る。 これ は静 止エ ーテ ルに 対し て運 動す る座 標系 にお いて
、「 局 所的
」に 遅れ たテ ンポ で時 間を 刻み
、運 動す る方 向に 距離 が「 短縮
」す る、 と いう もの であ る。 しか し、 実験 器具 をは じめ あら ゆる 物体 がこ の変 換を 受け るの で、 静止 エー テル と物 体と の相 対運 動は 全く 知り 得な いと いう こと はポ アン カレ によ って 強調 され てい た。 こう して
、電 磁場 とい う考 え方 が、 古典 論 の範 囲で 確立 され た。 電磁 気学 の教 科書 を開 いて みよ う。 そこ に書 かれ てい る方 程式 は、 もは や 無味 乾燥 な計 算の 道具 では ない
。「 エー テル
」に 託さ れた 様々 な物 理的 イメ ー ジが 湧い てく るは ずで ある
。エ ーテ ル問 題の 健全 性を
、こ れ以 上雄 弁に 語る もの があ るだ ろう か。 しか し残 念な こと に、 これ はア イン シュ タイ ンが 見て いた 世界 とは 違う ので ある
。こ のと きは じめ て、 私た ちは
、相 対性 理論 が「 自 然観 の転 換」 であ った こと に気 が付 くだ ろう
。 これ では じめ に示 した ポイ ント の( 1)( 2) につ いて 述べ たが
、マ ッハ につ いて 語る 余地 がな くな って しま った
。こ れは 改め て取 り上 げる こと にし よう 以上 の研 究は すべ て、 廣重 が戦 後一 貫し て取 り組 んで きた もの であ る。
「相 対性 理論 の起 原」 を読 むと
、そ の一 言一 句に およ そ2 0年 にわ たる 研究 の成 果が にじ み出 てい るこ とに 気が つく だろ う。
「起 原」 を書 き進 めて いた 時、 廣 重は すで に末 期の がん で病 床に あっ た。 それ を思 うと 私は この 論文 に、 論理 の精 緻や 考証 の厳 密と いう 以上 の、 何か 鬼気 迫る もの を感 じる ので ある
。 ただ し、 この 小論 を書 いた のは 廣重 の幽 霊が 枕頭 に立 った から では ない
。 エー テ ル問 題 がた いへ ん スリ リ ング かつ エ キサ イ ティ ング で あっ た から で ある
。エ ーテ ルの 真の 姿を めぐ って 繰り 広げ られ た1 9世 紀物 理学 者た ちの 手に 汗握 る大 立ち 回り に私 はす っか り感 じ入 って しま った
。し かも
、そ の終 幕が
「そ もそ もエ ーテ ルは なか った
」と いう のだ から
!
廣重 は言 って いる
。 波動
とは
、振 動が 空間 的に 伝播 して いく こと にほ かな らな い。 した がっ て、 光が 波動 であ ると 立証 され たか らに は、 その 光振 動の 主体
、振 動し てい る〝 もの
〟が 存在 する と結 論さ れる
。そ の〝 もの
〟が 具体 的に どん な性 質を もつ かと いう よう なこ とは 今後 の究 明に まつ とし ても
、そ の存 在は いま や 確実 であ る。 そこ で、 それ にエ ーテ ルと いう 名前 を与 えよ う。……
この 論理 を物 理学 とし て不 健全 だと きめ つけ るこ とは
、け っし てで きな いで あろ う。 こん にち でも
、た とえ ば泡 箱の 飛跡 から 新粒 子の 存在 を結 論す ると きの 論 理は 同様 のも ので あろ う。 装置 に記 録さ れた 現象 から
、受 けい れら れて い る理 論を 用い て、 それ をひ き起 こし たな んら かの 実体 の存 在を 結論 する
。 そこ に非 難さ れる べき もの は何 もな い。 こん にち 素粒 子を 仮説 とよ ばな い なら
、1 9世 紀の エー テル だけ を仮 説と よん で卑 しめ るの は片 手落 ちで あ る。(
廣重1
980,p261)
湯川 秀樹 の研 究室 にい た廣 重ら しい
、い い言 葉で ある
。1 9世 紀の 物理 学 は偉 大だ った
。そ れは 湯川
・朝 永・ 坂田
・武 谷ら 日本 の素 粒子 論グ ルー プと 同じ くら い偉 大だ った
。だ から
、そ の空 気を 呼吸 した 廣重 にと って
、エ ーテ ル と格 闘し た彼 らを 卑し める こと はで きな かっ た。 しか し廣 重も
、ア イン シュ タイ ンに は負 けた と思 った ので はな いか
。い かな る物 理学 者と いえ ども
、研 究課 題そ のも のを 放棄 して
、そ れで もな お物 理学 者で ある こと はで きま い。 アイ ンシ ュタ イン は、 それ をや って しま った ので ある
。エ ーテ ル問 題に 首を 突っ 込め ば突 っ込 むほ ど、 それ をや って しま った とし か思 えな いの であ る。 結局 物理 学を やめ て科 学史 に転 向し た廣 重は
、ど うし てこ の不 可能 が可 能に
なっ たの かを 追い 求め てい くこ とに なっ た。 それ はま た、 別の お話 であ る。 本題 が終 わっ た後 に、 もう 一言
。読 者は この よう な歴 史的 な発 展に 沿っ た 説明 は、 逆に 不必 要な 混乱 をよ びお こし
、電 磁気 学の すっ きり した 理解 を妨 げる と思 うだ ろう
。私 たち はす でに 相対 論の 立場 から 統一 的に 電磁 気学 を説 明で きる のだ から
、そ れを でき るだ け速 やか に身 につ けて より 新し い問 題に 取り 組む のが
、研 究者 とし ては 自然 だろ う。 それ はそ のと おり だ。 しか しそ の 理屈 は専 門家 とな るご くご く限 られ た人 にし か当 ては まら ない よう に見 える 電磁 気学 は理 系の 学生 なら 誰で も学 ぶ通 常の カリ キュ ラム であ る。 そし て多 くの 学生 は、 その すっ きり した 理解 に達 する 前に 電磁 気学 を諦 めて しま うか さも なく はそ れを 部分 的に
、計 算手 法と して のみ 身に つけ るよ うに 思わ れる かく いう 私も
、一 か月 もた たず して 単位 を諦 めた
「脱 落組
」で ある
。電 磁気 学 を、 まし て相 対性 理論 を、 学ぶ 機会 は二 度と ない かに 思わ れた
。廣 重は そこ に 新し い光 を差 しか けた
。そ れは すな わち
、統 一性 や合 理性 から では なく 評価 のポ イン ト、 つま り、 研究 がど う進 めら れた かか ら物 理を 理解 する とい う方 法で ある
。結 果を 学ぶ ので はな くて
、そ の課 程を 学ぶ ので ある
。こ れな らた と え最 終的 に「 失敗
」と 見な され るよ うな 考え 方で も、
「こ こは すご い」 と一 喜 一憂 でき るで あろ う。 それ は確 かに すっ きり とし た理 解に はな らな い。 私に もま だま だよ くわ から ない とこ ろが たく さん ある
。し かし
、世 の中 とは そう いう もの では ない だろ うか
。学 生は そう やっ て大 人に なっ てい くの では ない だろ うか
。私 にと って の一 番の 喜び は、 電磁 気学 が理 解で きた こと では なく て、 電磁 気学 の教 科書 を再 び手 に取 るこ とが でき るよ うに なっ たこ とで あっ た。
お
わ
り
に
哲学 研究 会で アイ ンシ ュタ イン の「 動い てい る物 体の 電磁 気学
」を 読ん だ とき
、会 員か ら、
「読 んだ 感じ 普通 の物 理学 の論 文な んだ けど
、こ の論 文の ど こが すご かっ たの
?」 とい う感 想を 受け た。 私は
「わ りと ふつ うの 人が 読ん で も分 かる よう な具 体例 がか いて あっ て、 シン プル なの がす ごい
」と かな んと か言 った のだ が、
「世 界で 数人 しか わか らな かっ た」 とい う前 評判 をう まく 伝 える こと がで きな かっ た。 とい うか
、実 際の とこ ろ、 どう して
「世 界で 数人 し かわ から なか った
」の か私 自身 わか って いな かっ たの であ る。 アイ ンシ ュタ イン がア メリ カに 行っ たと きの イン タビ ュー で、
「大 学で 講義 した ら普 通の 物理 学の 学生 でも わか って くれ た」 みた いな こと を言 って いた らし いの で、
「世 界で 数人
」は ガセ であ る可 能性 も大 いに ある と思 った が、 もう すこ し調 べ てみ るこ とに した
。す ると
、驚 くべ きこ とに ポア ンカ レは アイ ンシ ュタ イン に一 言も 言及 せず
、ロ ーレ ンツ もア イン シュ タイ ンに 理解 を示 した うえ で自 説の 電子 論を 擁護 して おり
、「 動い てい る物 体の 電磁 気学
」以 降も 数年 間は エ ーテ ル問 題が 持続 し、 物理 学会 の大 勢は ロー レン ツの 理論 とア イン シュ タイ ンの 相対 論と を同 一視 して いた
。こ れで はノ ーベ ル賞 が与 えら れな いの も当 然で ある
。1 91 0年 まで にア イン シュ タイ ンの 相対 論の 本質 を見 抜い たの は、 19 07 年の ミン コフ スキ ーの 論文 があ る程 度で あっ た。 論文 発表 から 十年 近く はほ んと うに
「世 界で 数人
」状 態だ った と言 えよ う。 相対 性理 論の 名 声は
、特 殊相 対性 理論 では なく 一般 相対 性理 論の 完成 とエ ディ ント ンの 日食 の観 測に よっ て決 定的 に高 まっ たの だと 思わ れる
。こ れは 19 20 年あ たり の話 であ る。 以上 をも とに 廣重 の「 相対 性理 論の 起原
」を 読ん だの だが
、会 員の 感想 は
「要 する に、 マッ ハが えら かっ たん だね
」で あっ た。 いや まあ
、そ れは そう で
すが
、ふ つう 物理 学で 物理 学批 判な んて あり えな いか ら、 びっ くり なの です
。 いず れに せよ
、「 アイ ンシ ュタ イン 革命
」は 百年 前の 物理 学の 古き 良き エピ ソ ード と言 える であ ろう
。 この
世に 生を 享け ない のが
、 すべ てに まし て、 一番 よい こと
、 生ま れた から には
、来 たと ころ
、 そこ へ速 やか に赴 くの が、 次に 一番 よい こと だ。 これ
はア ーレ ント が『 革命 につ いて
』の オチ で引 用し た、 ソフ ォク レス の
「オ イデ ィプ ス王
」の 一節
。ア ーレ ント は、 良い 革命(
アメ リカ 独立 革命) はそ れが 成し 遂げ られ ると きが 一番 よか った のだ
、だ から アメ リカ 革命 の精 神に 戻ろ う、 とい う意 味で 使っ てい る。 現在 の物 理学 も、
「生 まれ たか らに は、 来 たと ころ
、そ こへ 速や かに 赴く のが
、次 に一 番よ いこ とだ…
」。 ああ っ、 廣重 先生
、そ れを 言っ ては ダメ なの です
!
参
考 文
献
・
資
料
廣重 徹1
980
『相 対論 の形 成』 みす ず書 房 山本 義隆2
004
『新
・物 理入 門』 駿台 文庫 砂川 重信1
993
『電 磁気 学の 考え 方』 岩波 書店 H・ ポア ンカ レ1
959
『科 学と 仮説
』( 河野 伊三 郎訳)
岩波 文庫 参考 資料 1h
ttp://fnorio.com/0133Fresnel_1818/Fresnel_1818.html
参
考
資
料
2
http://fnorio.com/0135Michelson_Morley_1887/Michelson_Morley_1887.html
マ
ッ
ハ
の
科
学
思
想
村山 洋
「自 然観 の転 換と して の、 相対 性理 論」 でマ ッハ の寄 与に つい て論 じ残 した
。 ひと くち にマ ッハ の業 績と いっ ても
、そ のど こに 着目 する かは 決し て自 明で はな い。 そも そも
、最 近の 入門 書は マッ ハに 言及 しな いよ うで ある
。し かし ち ょっ と古 いも のだ とマ ッハ への 言及 がみ える
。例 えば
『ア イン シュ タイ ン伝
』 で矢 野健 太郎 は、 すべ
ての 現 象を ニ ュー トン の 運動 の 法則 にし た がう 力 学的 なモ デ ルを 用い て説 明 しよ う とす る機 械 論的 な 哲学 の支 配 は1 9 世紀 の終 わ りま で 続い た。 しか しな がら 19 世紀 の終 わり が近 づく につ れて
、こ のニ ュー ト ンの 力学 の法 則で は説 明 困難 な現 象が つ ぎつ ぎと 見出 され てい った
。/ そ して
、機 械論 的な 哲学 に対 する 批判 が現 れる にい たっ たわ けで ある
。 とし
て、 その 批判 者に
、キ ルヒ ホッ フ、 ヘル ツ、 マッ ハ、 ポア ンカ レを 挙げ てい る。 マッ ハは
「そ の発 達史 にお ける 力学
」(
『力 学史
』) でニ ュー トン 力学 の 詳細 な歴 史的 分析 を行 い、 次の よう な見 解に 達し た。 マッ
ハは
、ヒ ュー ムと カン トの 哲学 の影 響を 受け て、 いわ ゆる 実証 論の 立場 から 自然 認識 の本 質を 追究 して
、物 理学 の一 般法 則と いう もの は、 観 測の 簡単 な形 にま とめ られ た要 約で ある こと を主 張し た。/ また
、観 測可 能
なで きる 限り 多く の事 実が
、で きる 限り 少な い原 理の もと に統 一さ れ、 そ こに は思 考の 経済 が存 在す べき で ある とい うこ と を主 張し た。/
こ れに よ って マッ ハは
、ア イン シュ タイ ンの 直接 の先 駆者 のひ とり であ った と言 う こと がで きる
。
「物 理学 の一 般法 則は
、観 察さ れた 事実 の簡 単な 形に まと めら れた 要約 に すぎ ない
」と いう マッ ハの
「思 惟経 済」 が相 対性 理論 を準 備し たと いう のは 定 説で はな い。 しか し、 アイ ンシ ュタ イン が「 何か 実験 的な 結果 が与 えら れて
、 それ に対 する 説明 を求 める
」と いう タイ プで はな く、
「理 論の 論理 的構 成の な かに ひそ む不 整合 を発 見し
、新 しい 原理 的観 点を 導入 する こと によ って
、問 題を 全く 一般 的な 形で 解決 する
。あ るい は、 従来 見過 ごさ れて いた 理論 構成 の含 意を 明る みに 出す こと によ って 新し い展 望を 開き
、そ こに 特徴 的な 現象 を予 見す る
」こ とを 好ん だと い う廣 重の 指摘(
廣重1
980,p269)
を思 わせ る もの では ある
。そ の精 神を 相対 性理 論に 賭し た矢 野ら しい 表現 だと 言え るか もし れな い。 一般 には
、マ ッハ のア イン シュ タイ ンに 対す る影 響は エー テル の放 棄を 促 した もの であ ると 考え られ てい る。 その 要旨 は、( 1)
「慣 性の 法則
」・
「ニ ュー トン の運 動方 程式
」・
「作 用・ 反作 用の 法則
」と いう ニュ ート ンの 三法 則の う ち、
「慣 性の 法則
」は 慣性 系に おけ る加 速度 0の 状態 では なく
、絶 対静 止座 標 の存 在を 示す もの であ ると 解釈 する
。( 2) ロー レン ツ電 子論 のエ ーテ ルの 力 学的 性質 は「 絶対 静止
」の みで ある
。( 3) マッ ハは
「慣 性の 法則
」の 根拠 を経 験
(
観察
・実 験) の総 合に 還元 し、 そこ から 要請 され る絶 対静 止座 標も 経験( 感覚 要素)
に相 対的 で 自明 なも ので はな いと 指摘 し た。 この 指摘 を ロー レン ツ電 子論 に適 用し
、「 絶対 静止
」の 性質 も失 った エー テル は物 理的 に無 意味 であ る
とし て、 アイ ンシ ュタ イン はエ ーテ ルを 放棄 した
。し かし
、ア イン シュ タイ ン がそ もそ もエ ーテ ル問 題に 取り 組ん でい なか った こと は、 先に 論じ た。 とす ると
、エ ーテ ルの 放棄 を促 した とい うマ ッハ の「 寄与
」は 錯覚 とい うこ とに な る。 興味 深い こと に( 2)( 3) は、 マッ ハ云 々を 除け ば、 特殊 相対 性理 論が ロー レ ン ツの 電 子論 に どう 攻撃 を 加え た のか につ い ての ロー レン ツ 自身 の見 解 で ある
。1 91 0年 の連 続講 義で ロー レン ツが 語っ たと ころ によ れば
、 電子
論の エー テル には
、〝 なお
、そ れに よっ て1 つの 座標 系を 確定 する こ とが でき るだ けの 実体 性が 残さ れて いる
〟が
、こ の〝 残さ れた 最後 の実 体物
〟も 相対 性理 論に よっ て攻 撃さ れた
、と
。言 いか えれ ば、 エー テル に対 する 運動 ある いは 静止 を語 るこ とが でき なけ れば
、そ れは もは や( 電磁 現象 の) 実体 では ない ので ある
。( 廣重1
980,p.328)
19 15 年の 講演 でも
、「 エー テル に対 して はす べて の実 体性 を否 定さ れ た結 果、 エー テル 自体 に対 する 静止 ある いは 運動 につ いて 語る こと さえ でき ない
」と 言う
。ロ ーレ ンツ はこ れを 相対 性理 論に 対す る不 満と して 述べ てい るの であ る。
「実 体」 に力 学的 規定 が何 もと もな わな いこ とが
、ロ ーレ ンツ に は気 に食 わな い。 エー
テル が電 磁現 象の 実体 とし て力 学的 規定 を有 し、 した がっ て、 それ に対 する 静止 また は運 動を 語る こと がで き、 また 語ら ねば なら ない とす れ ば、 エー テル に対 して 静止 した 座標 系に おけ る電 磁方 程式 が前 理論 の基 礎 とな らね ばな らな いの は、 ほと んど 自明 のこ とで あっ たろ う。 だか らロ ー
レン ツは
、ア イン シュ タイ ンの 理論 を高 く評 価し なが らも
、エ ーテ ルに も とづ く理 論を とる か相 対性 理論 をと るか の〝 選択 にお いて われ われ は自 由 であ り〟
、〝 物理 学者 は各 人そ の慣 れ親 しん だ思 考法 にも っと も適 合す る態 度を とる こと がで きる
〟と 語っ て、 最後 まで 自分 の理 論か ら離 れな かっ た。
(
廣重1
980,p.328)
その あと すぐ
、引 用し たロ ーレ ンツ の言 葉は
「相 対性 理論 の出 現以 後の も の」 であ るこ とに 廣重 は注 意を 促し てい る。 それ 以前 には
、エ ーテ ルが 電子 論 の中 で「 物理 的に 特別 の意 味を もつ 座標 系を 定め る」 とい う役 割を もっ てい るこ とに
、ロ ーレ ンツ は気 づい てい なか った
。 相対
性理 論が 現れ ての ち、 それ と自 分の 理論 との 比較 を通 じて ロー レン ツは
、自 分の 理論 の根 底に ある[
エー テル が絶 対基 準系 であ ると いう] 考え をあ から さま に定 式化 する に至 った のだ とい えよ う。(
廣重1
980,p.328)
これ は、 最初 から 相対 性理 論の 完成 した 体系 を学 ぶ私 たち にも 共通 する は ずで ある
。す なわ ち、 エー テル の放 棄を マッ ハが 促し たに 違い ない とい う錯 覚は
、特 殊相 対性 理論 とロ ーレ ンツ の電 子論 とを 比較 対照 する
「高 み」 に立 つ こと で生 まれ るの であ る。 マッ ハの 主張 とさ れる( 1) の内 容は
、エ ーテ ル問 題に 寄与 した わけ では ない
。 そも そも 先に 論じ たよ うに
、エ ーテ ル問 題は
、光 学的 観点 から 得ら れた
「静 止エ ーテ ル」 と電 荷を 帯び た物 体と の間 の相 互関 係の 探究 であ り、 ニュ ート ン力 学の 絶対 座標 とは 関係 がな い。 むし ろア イン シュ タイ ンが 力学 と電 磁気 学を 相対 性理 論に 統一 して 初め て、 絶対 座標 と静 止エ ーテ ルと を結 びつ ける