茨城新聞6/25
「安全の羅針盤」
生きるための脱原発、原子力防災は果たして成り立ちうる
か
村上達也 FUD
「原発は安全だというのが、従来の前提だった。原子力の防災対策・計画は、これに基 づいて立てればよかった。しかし百パーセント吹っ飛んだ。
『原発は安全』という前提がなくなり、原子力防災は果たして成り立ち得るのか、との 考え方が必要になった」
原発は、核燃料を冷却できなくなればメルトダウンを起こし、強固とされた閉じ込め 機能は意外なほど脆弱だった-。大量の放射性物質を広範囲にまき散らした東京電力福 島第1原発事故は、「安全神話」に寄りかかったこれまでの原子力防災対策を土台から突 き崩した。(中略)
「日本は、推進となったらそれ一辺倒になり、コントロールできずに暴走する。戦争も そうだった。
脱原発の動きは『国権』に対する『民権』の動き。脱原発の選択肢は変えられないし流 れは止まらない。人類は無限の太陽エネルギーの活用に転換すべきだ。それができずに 技術先進国だなんて、ちゃんちゃらおかしい」(中略)
「原発をなくしたら生活ができなくなる、といった言い方は短絡的だ。与えられたカネ で生きていくには限界がある。立地地域が、原発依存からいち早くどう脱却するかが求 められている。それには県の力も国の支援も必要だ」
事故発生による甚大な被害と、手に負えない核のごみ。解決への道筋は見えない。 「天災と違い、原発事故は運命だとは諦められない。
家族が分断され、生活の基盤を支える故郷を失う。原子力は、人類が処理できない放射 性廃棄物も生み出す。
人類が生き残るには原発があってはいけない。原発はやめるべきだ。 それが『生きる』ということだ。(村上達也 東海村長)