連続講座
武蔵野市の市民自治の未来を考える
~新しいパートナーシップのかたち~
(第1回~第3回)
報告書
目
次
1 連続講座概要
(1)目 的 ...1
(2)概 要 ...1
(3)出演者紹介...2
2 連続講座 (1)① 第1 回連続講座 ...7
② 第1回連続講座 参加者アンケート集計結果 ...31
(2)① 第2回連続講座 ...37
② 第2回連続講座 参加者アンケート集計結果 ...67
(3)① 第3回連続講座 ...75
② 第3回連続講座 参加者アンケート集計結果 ...103
資 料 ① 第1回連続講座チラシ...110
② 第2回連続講座チラシ...112
1
-1
連続講座概要
(1)目
的
本市では、平成20年度に「分権時代の自治体運営を考えるシンポジウム」(平成20年12 月21日開催)、翌平成21年度には、シンポジウム「武蔵野市の市民自治の未来を考える~ 新しいパートナーシップのかたち~」(平成22年1月31日開催)と題して、武蔵野市らし さを大切にした新しい自治体運営や市民自治について議論を深めてきた。
平成21年度に開催したシンポジウムのパネルディスカッションでは、市内において、商 業振興、まちづくり、健康・福祉の分野で活動している方々に、それぞれの活動内容や地 域とのかかわり、課題などをお話いただき、これからの市民、事業者、他の団体、行政等 のパートナーシップや、これからの武蔵野市の市民自治の可能性について議論した。
このパネルディスカッションでの議論を深めるため、パネリストを一人ずつゲストスピ ーカーとして招き、その活動や体験、考えを詳しく語っていただき、その専門分野でのパ ートナーシップについて考え、異なる分野の話を連続して聴くことで、各分野間を通じた 全体的な視点での市民自治の可能性について考える連続講座を開催した。
(2)概
要
◆第1回
・ 日時:平成22年3月13日(土)午後4時~午後5時30分 ・ 場所:武蔵野市役所 813会議室
・ ゲストスピーカー:庄司 幸江(武蔵野赤十字在宅介護支援センター長) ・ 参加者数:22名
◆第2回
・ 日時:平成22年5月23日(日)午後2時~午後3時30分 ・ 場所:かたらいの道 市民スペース
・ ゲストスピーカー:下田 和弘(武蔵境活性化委員会委員) ・ 参加者数:19名
◆第3回
・ 日時:平成22年7月16日(金)午後7時~午後8時30分 ・ 場所:武蔵野商工会館 第1・第2会議室
・ ゲストスピーカー:森 浩(NPO法人 市民まちづくり会議・むさしの理事) ・ 参加者数:24名
◆第1回~第3回コーディネーター
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-(3)出演者紹介
第 1
回ゲストスピーカー
庄司
しょう じ
幸江
さちえ
【主な略歴】
平成6年3月 上智大学文学部社会福祉学科卒業
同年4月 武蔵野赤十字在宅介護支援センターに勤務 平成 18 年 東京大学医療政策人材養成講座 2 期生修了 平成 20 年3月 東京医科歯科大学院医歯学総合研究科修士課程
医療政策管理学コース修了
平成 21 年4月 武蔵野赤十字在宅介護支援センター長に就任 社会福祉士・主任介護支援専門員・福祉住環境コーディネーター 【主な著書】「あなたの医学書 名医の言葉で病気を治す 脳梗塞」 第8章 患者から生活者へ(富田博樹編著/誠文堂新光社/2009年)
【活動内容】武蔵野赤十字在宅介護支援センターは市内の在宅介護支援センターでは 2 番目に 設置された高齢者の総合相談窓口です。高齢者や障害者をとりまく医療・福祉の環境がめまぐる しく変わる中、市民の皆様が安心して地域での生活が続けられるよう、地域に根ざし、常に身近 な存在であることを心がけて参りました。特に担当地区の境南町の皆様とは日頃から境南地域社 協の活動、境南地域防災懇談会の活動、民生委員の方々との情報交換会など、地域福祉ネットワ ーク作りにつとめてまいりました。
また、急性期病院に併設されている在宅介護支援センターの相談員として感じることは、医療 機関と地域や市民の皆様との間の信頼関係が薄らいでいることです。急性発症して何とか救命し た後、必要な治療を受け、この地域でリハビリや福祉サービスを利用しながら、ご自宅で生活で きるような「地域完結型ヘルスケアシステム」にできないかと考えてきました。医療機関や行政、 市民の皆様とこの地域での新しい信頼関係を構築すること・新しい在宅療養の仕組みを作ること に取り組み始めています。
第2回ゲストスピーカー
下田
しもだ
和弘
かずひ ろ
【主な略歴】
昭和 59 年3月 拓殖大学経済学部経営学科卒業 昭和 59 年4月 有限会社 下田園入社
平成 10 年6月 武蔵野市都市マスタープラン策定委員 平成 12 年6月 武蔵野市路線商業活性化策定委員会委員 平成 12 年4月 武蔵境商店会連合会ファミリースタンプ設立委員長 平成 16 年3月 武蔵野市中心市街地活性化連絡会 委員 平成 17 年 12 月 武蔵野市まちづくり活動推進委員会委員 他に、武蔵野市消防団第8分団団員、NPO 法人 日本茶インストラ クター協会会員、NPO 法人 バーブレスフック普及協会会員
【活動内容】古くからの地元商店として、商店街活動を通して街の活性化活動に関わってきまし た。今年10周年を迎える、武蔵境商店会連合会ファミリースタンプ事業は大型店などのやって いるポイントサービスだけでなく、地域商店会とお客様や商店同士のコミュニティツールの役割 を考えイベント等を行っています。
一昨年より発足した武蔵境活性化委員会の委員として「わくわく元気な街・武蔵境」をスロー ガンに地域の方々に参加していただき武蔵境の活性化に取り組んでいます。今年4月からのプロ ジェクト開始に向けて、「ほっとタウン武蔵境」をキーワードに色々な仕掛けを実行予定でいま す。
自分たちの住む街はこんな処と自慢したくなる街を目指して活動をしています。
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-第3回ゲストスピーカー
森
もり
浩
ひろし
【主な略歴】
昭和 61 年 東京大学大学院工学系研究科修了 工学博士 昭和 61 年 (株)三菱総合研究所入社
平成2年
~4年 アジア工科大学院准教授
平成 14 年 市民まちづくり会議・むさしの副代表
現 在 三菱総 合研 究所主 席研究 員、 中央大 学大 学院公共 政策 研究 科兼任講師、武蔵野市都市マスタープラン改定委員会副委員長 過去に、武蔵野市21世紀委員会、都市マスタープラン策定委員会、 まちづくり条例検討委員会などに参加
【活動内容】「市民まちづくり会議・むさしの」は、平成12年の都市マスタープラン策定に参加 した市民が中心となって同14年に発足した市民団体で、同17年にNPOとなりました。武蔵野 をさらに住みよいまちにするために、自らが活動することに加え、市民が積極的にまちづくりに 参加 できる環境 をつくろうと しています 。今まで、 タウン ウォッチン グやまちづく りフォー ラ ム・研修会、イースト吉祥寺まちづくり提案、地域の方々へのまちづくり出前講座、まちづくり 条例に関する調査・啓蒙活動などを行ってきました。現在は、コミセン協議会や地域の方々の御 協力を得て、市役所と協働で都市マスタープランの改定作業を進めています。
コーディネーター
酒井
さかい
陽子
よ う こ
【主な略歴】
平成19年3月 日本社会事業大学大学院博士前期課程福祉経営 計画研究科修了
5月 武蔵野市第四期長期計画調整計画策定委員会 副委員長
平成21年4月 武蔵野市市民協働サロン コーディネーターと して勤務
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(1)① 第1回 連続講座
7 -(1)第1 回連続講座
ゲストスピーカー:庄司 幸江(武蔵野赤十字在宅介護支援センター長) 会場:武蔵野市役所 813会議室
○酒井 それでは、早速、始めたいと 思います。本日のゲスト スピーカー、 武蔵野赤十字在宅介護支 援センター長 の庄司さんにお願いしたいと思います。
今日の進め方ですが 、まず最初に、 庄司さんから武蔵野市の 地域リハビリ テーションのシステムの 取り組みに向 けてのお話をしていただきます。もし、 「 こ れ は 何 ? 」「 こ の こ と が わ か ら な
い」という疑問が出たときや、「そうだ」というような合いの手は、途中で入れていただい て かまいま せん。 言葉が わからな かった ら内容を理解 すること はでき ません ので、ど う ぞ 質問をしてください。後半は皆さんとのやりとりということにさせていただきます。
まずは庄 司さん のお話 に集中し ていた だきた いと思 いますの で、今 日はあ えてあら か じ め 資料をお 配りす ること はいたし ません。これ もちょ っと新し い試み なので すが、ど う ぞ ご協力いただいて、後ほどアンケートの方で、ご意見をいただければと思っております。
では、庄司さんお願いします。
○ 庄司 よ ろしく お願い します。 ちょっ と緊張してお りますの で、ぜ ひ皆さ ん、私が 話 し ているときに「そうだ、そうだ」「うんうん」という顔をして、温かい応援をくださると助 か ります。 どうぞ よろし くお願い いたし ます。それか ら、今日は行政 の偉い 方もちら ほ ら お 見受けす るので すが、 一参加者 と思っ て私は お話を させてい ただき ますの で、ご容 赦 く ださい。
ス クリー ンには自己紹介 を「武 蔵野赤 十字病 院」とい うふう に書き ましたけ れども 、私 の所属は、武蔵野赤十字在宅介護支援センターの職員ということです。1月31日にシンポ ジウムに関わらせていただいたときに、「武蔵野市の市民自治の未来を考える~新しいパー トナーシップのかたち~」というお題をいただきました。「なぜ福祉分野の私が?」と思い ました。今日、私が、医療や福祉の分野で―これでも実は16年この仕事に携わっている わ けなの ですけ れども― その中で 考えて きたこ と、 気がつ いてき たこと、 そして 、実 際 に実践したことについて、皆様と一緒に考えたいと思います。
医療と福 祉とい う分野というの は、皆 さんか ら言い ますと、非常に 高圧的 で不可侵 条 約 的 な、そし て、自 分から は意見を 言って はいけ ないの ではない かと思 うよう な領域か も し れ ません。 だけれ ども、 病気を負 っても 、障害を負っ ても、安 心して 長く住 み続けら れ る 地域といったときには、この分野は欠かせないことだと思います。
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-これから 、私が お伝え するのは 、地域の医療 従事者 、行政、在宅支 援者な ど全く違 う 箱 の 中で、市 民や患 者さん という同 じ人を 対象に してき た、そう いった 場面で の協働で す 。 協働というのは、協力をして一緒に働くということです。
今日はい ろいろ な病気のお話の 中でも、脳卒 中の地 域連携の お話で す。こ の中での 登 場 人 物という のは、 武蔵野 赤十字病 院や杏 林大学 病院の ような、救急車 が来る 、いわゆ る 第 三 次救急の 医療機 関と、 在宅療養 のコー ディネ ートや 介護保険 制度を 活用し て皆さん か ら 相 談を受け る私た ち在宅 介護支援センタ ー職員、そし て、こう いった 医療政 策や地域 制 度 を つくる東 京都や 保健所 、そして 武蔵野 市です。この 大きな三 者がど のよう に話し合 い を 行って、脳卒中の地域連携をつくっていったかということです。
( パワーポ イント の説明)さて、 これか らお話するの は「脳卒 中の地 域連携 は、どん な ふ うに話が進んでいたか」という大まかなアウトラインです。
皆様、ま ず、こ の地域はどんな 地域だ と思い ますか ?例えば、テレ ビでは 、医療崩 壊 の 話 になると 、よく僻地や 山村の映 像が出 てきた りしま せんか。では、 ここは 僻地や山 村 か と いうと、 そうじ ゃない ですね。 という ことは、この 地域は一 体どん な地域 なのだろ う と いうふうに背景を理解する必要があるのです。
次に、医 療分野 、保健 分野、福 祉分野 、そし て、市 民の立場から見 たこの 地域の課 題 は 何だろうといったときに、「医者はこう言う、行政はこう言う、市民はこう言う」実は同じ 課 題につい て話を してい るのだけ れども 、どう も使っ ている言 葉が違 う。使 っている 言 葉 が 違うため に、相 手に伝 わらない 。伝わ らない と、相 手が「な んだ、 結局一 緒に協議 を す る ほどの相 手では なかっ たのでは ないか」とい うふう に変わっ てしま うこと がありま す 。 そ のために 、相手の文化、言語を 理解す る必要があり ました。文化や 背景が 違うとい う こ と は、まる で異国の世界ですよね 。この ような中で武 蔵野市が「医療 ・保健 ・福祉」 の 課 題 にどう取 り組ん だのか というの が今日の話の中心で す。このプロセ スが、 これから 先 に いろいろな場面で、私たちが多くの分野の方々と協働するときの「共通の課題解決の方法」 につながっていくことだと思っています。
さて、話を戻しますが、この地域はどんな地域なのでしょうか?
「背景を理解する」そして、「課題を知る」それから「そこに携わる人々の考え方を知る」 い え、先に 、私た ちが「 市民の感 じてい ること を代弁 する」そ れから 、感じ ているこ と を 伝 える。患 者と生 活者は 、医療機 関に物 申す。このく らいの手 順を踏 まない と本当の こ と を私たちは語れないのではないでしょうか。
先ず、皆さんが今感じていることについてちょっとお伺いしたいと思います。 「この地域はどんな地域でしょうか?」
最近、医療についての報道が多くなっていますね。何か気になる報道などはありませんか? 特 に、医療 分野に 関する ことで最 近のテ レビ報 道など で気にな ること はあり ませんか ? あ まりいい話がトップニュースになることはないですね。「事故」だったりなどが多いですよ ね。
○来場者 「たらい回し」
○庄司 「たらい回し」という報道は多いですよね。
(1)① 第1回 連続講座
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-の 看護師 さん-の 、―人間 関係が 複雑化 してい る-のか もしれ ない-の ですけ れども 、―な ぜ そこまで きても 看護師 さんが働 かなけ ればい けなか ったのか。もっ と人事 面で管理 で き なかったのでしょうかね。
○庄司 そう思いますね。やはり報道というのは、私たちの知りたいこと全部ではなくて、 ある一つのところだけを切り取っているような感じを受けます。
さて、次 の質問です。 皆さんは 最近病 院へ通 院しま したか?ここ1 カ月以 内の間に 行 か れ た方は? (会場に挙手を求める。何人か手を挙げる )…大丈 夫です か?で は他の質 問 で す 。皆さん のなか で、ご 家族どな たかの体調の ことを 心配して いらっ しゃる 方はいま せ ん か?例えば、遠くのお母さんのこと。「ちょっと頭が痛い」と電話越しの近況が続いている と 、ただの 頭痛じ ゃなく て、何か 大きな病気が隠れて いるでは ないか な?と いうふう に 心 配することがありますよね。
では、ほ かに知 り合い の方が入 院した話、最 近、知 り合いの方がど なたか ご入院さ れ た 方はいらっしゃいますか。(会場に挙手を求める。何人か手を挙げる。参加者に対して)
どのようなご様子ですか?その方は大丈夫でしたか?
○ 来場者 救急車 で運ん だのです 。かか ってい る病院 が杏林病 院だっ た。救 急隊に「 杏 林 病 院がかか りつけ の医療 機関なの です」 と言い ました ら、救急 隊は「 杏林病 院にはす ぐ 行 けない。幾つか回って探します。」何か勘違いしちゃったようです。とのコメント。 お 上はこの 地域に は幹事 病院があ る。こ こだっ たら日 赤さんが 元にな ってい るらしい の で すが、回されて昭和病院に回って、それから、杏林にいきました。
○庄司 その方は脳血管障害だったのですか?
○来場者 そうそう。病院をぐるっと回って。最終的には杏林病院に行ったのです。 ○庄司 最終的には杏林病院に行けたのですか?
○来場者 行けた。
○ 庄司 よ かった ですね。…今の 救急車 の話も、今ご 発言いた だいた 方の周 りに特別 に 起 こっていることではなくて、明日もしくは今夜、皆さんに起こることかもしれません。
さて(パワーポイントを示し)東京都の平成18年度都民の生活意識調査で、地域保健医 療に関して、どのようなことが必要ですかと尋ねたところ、「地域医療体制の充実、福祉施 策の充実」ということが、トップに上がっています。これについては皆さんも同感ですか? (会場からはうなずく様子がみえる)
ご賛同いただけるようですね。では、「地域医療体制の充実とか、福祉施策の充実」につ いては一体誰に言えばいいんでしょう。
例えば、 先ほど の皆様のお話の ように 、今、医療機 関の課題として テレビ 報道など で 言 及されていることがありますね。「医療従事者が不足している、医師が不足している、医師 が 不足して いるた めに診 療が低下する、 市民病 院をや めてしま う」な どとい うことが 、 言 われています。
それから 、救急 車が到 達する病 院と、 傷の手 当てが 終わって 療養す る次の 病院の話 。 ど うして3カ月はここにいられないの?といった診療報酬の問題。
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-次には、福祉分野の課題です。「リハビリは病院でなくてもいいのだから、お家に帰りな さ い」と言 われた ときに、一日を 生活リ ハビリ をしな がら、治 療を継 続する ような施 設 が 大変不足しておりました。
現在、武蔵野市では約 200 人弱のケアマネジャーがいます。ケアマネジャーは、皆さん も ともとの 専門の 資格を お持ちで、その資格で5年以 上働いた方がケ アマネ ジャーの 勉 強 を して試験 を受け るので すけれど も、そ の元の資格は 8割方が福祉分 野の資 格になっ て い ま す。です ので、 こうい った医療との連 携が必 要だと 言われて いる今 、福祉 分野のケ ア マ ネジャーさんは非常に困っています。皆さんと同じように、医者の言うことがわからない。 それから、地域の医療資源の活用方法がわからない。こんなふうに思っています。
さて、3 番目で すが、 皆さんは この地 域の福 祉分野 の課題と して、 どんな ことを課 題 だ と 思ってい ますか。課題というと 、また ちょっ と違う かもしれ ません けれど も、皆さ ん が 困っていることで結構です。お聞かせ下さい。
○酒井 どうですか。自由に発言してください。
○ 来場者 一般的 に言わ れている のは、 高齢者 があま り病気に かから ないで、医療保 険 に 加 入しても 使わな い。あ るところ へ行っ たら、使えな いのじゃ ないか と思っ ているの で は な いか。行 政に対 しては 、日本全 国にそ のため に適度 な医療を進めて 、どう いうふう な こ とにしていくのか、ということが一番大変なんじゃないかなと思います。
○庄司 ありがとうございます。
日本の医療制度というのは、私たちは日本にしかいないのでわからないのですけれども、 皆 さんが持 ってい る保険 証でどこ の病院でもか かれま す。北海 道に行 っても かかれま す 。 こ んな国は 実は地 球全体 でも他に ないの ですね。ちょ っと前にオバマ 政権の 中でも、 ア メ リ カで国民 皆保険 制度を 、みたい な話が ありま した。 私たちに とって は当然 のことだ っ た の ですけれ ども、 かなり 反対があ りまし たね。イギリ スでは、自分が 持って いる保険 で 、 か かるべき 医療機 関が決 められて しまう のです 。でも 、私たち は、こ の地域 の中に住 ん で い る人は、 中央線 に乗っ て慶応大 学病院に行く ことも できます。東京 大学で 手術を受 け る こ ともでき ます。 そうい う意味で は、先 ほど発 言いた だいた方と同じ ように 、私たち 日 本 に おいては 本当は どうし たらいい のかな 、とい うこと も考えな ければ いけな いのかも し れ ません。
次に、行政の課題です。
私は行政 の方々 に、「 医療分野は不可 解だ、何 のこ とかわか らんと 。医者に 物を話 すと 、 必 ずお金を つけろ とうる さいので 、なん とか触りたく ない」と いうこ とを言 われたこ と が あります。
(1)① 第1回 連続講座
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-ね 。実際、 武蔵野 市なら ではの機 能とい うのも たくさ んあると思いま す。で すので、 行 政 の 課題とし ては、 今ある組織がも っと有 効に機 能して 、ともか くお互 いが有 効に活用 で き るように再編する必要があるというふうに思っていました。
さて、今 、行政の中の 課題とし てはど んなこ とが挙 げられる でしょ うか。 ご意見聞 い て も よろしい ですか 。自分たちには ここが 問題な のだよ なと思っ ている ところ はありま せ ん か。
○ 来場者 全体的 には福 祉の関係は縦割りにな ってい るのじゃ ないか なとい う気がし ま す ね 。障害の関係 、―武蔵 野は結構 先進的 にやっ てき たのだ けれど も国の制 度の介 護保 険 に なって からと いいうこ とで、― 介護保 険、老 後の 関係、 それか ら、もう 一つは、個 人 情報の問題で、なかなか機動的に動けないというのがあるのかなと思います。
○庄司 ありがとうございます。
○ 来場者 武蔵野 市に来 て働いて いたと きには、医療 との連携という のは非 常に壁が あ る と 感じてい まして、例え ば、何か 医療と 連携し てやり たいと思って先 生のと ころに行 っ て も 、いや、 私は今 のとこ ろ困って いない からと いうこ とで、な かなか それ以 上先に何 か を 進めるというのは難しいなという気がしています。
私 は認知 症の施 策の担当 だった のです けれど も、その ときに、例え ば市役所 に「う ちの お ばあちゃ ん認知 症なの だけれど も、ど この病 院へい けばいい の?」 といっ たときに 、 本 来 ならまず かかり つけ医 に相談し てくだ さいと言いた いところ なので すけれ ども、か か り つ け医の先 生もな かなか認知症の ことま で手が回らな くてあま り対応 できな い。ここ を 行 政 と医療― 例えば 武蔵野 赤十字病 院なり 杏林大 学病 院なり 、大き な病院が 連携し て、 ど こ のかかり つけ医 に行っ ても認知 症のこ とが見てもら えるよう な、そ ういう ふうな展 開 を し ていきた いと思 ったの ですが最 初にか かりつ け医の 先生に行ったと きにも 、なかな か い い反応がいただけませんでした。今後そこをなんとかしていきたいなと思っています。 ○庄司 ありがとうございました。
○来場者 明日からも認知症になるかもわからんので。
○ 庄司 皆 さんに とって は、医療 制度や 技術が よくな ることは いいこ とかも しれませ ん 。 今 まで救命 できな かった方が救命できる ように なりま した。で も、そ のかわ りに障害 を 負 っ て、地域 で長く 療養生 活を送ら なけれ ばなら ず、介 護が長期 化しま す。そ れと、例 え ば 分 譲のマン ション でも2 LDKだ ったり します と、ど なたか一 人が寝 つかれ ますと、 ご 家 族 のプライ ベート スペー スという ものが なくな ってき ます。核 家族化 が増え るという こ と は 、私が学 生のと きから社会で言 われて いるこ とで、 家族全体で見る 、もし くは長男 が そ の家を守るといった非常にアジア的な考えは日本で通用しなくなってきたと思います。
皆さんにとって、今、大変なことは他に何かございますか。
12 -○庄司 ありがとうございます。
これは、私が16年の間に、病院、患者さま方、市民の皆様からご相談を受けてきたとき に あったお 話です が、私 は武蔵野 赤十字 病院に勤めて 最初の3年ほど は、病 院の中の 入 院 患 者さんの 相談を 受けて おりまし た。そ して、現在は 在宅介護 支援セ ンター の仕事を し て おりますので、病院を退院した在宅で療養する患者さんのお気持ちを聞くことになります。 つ まり、入 口と出 口を両 方見るこ とがで きたの ですね 。それで すごく 感じた ことは、 病 院 の 中の医療 者は一 生懸命 やってい るのだ けれど も、病 院を退院してし まうと 自分の患 者 さ ん ではなく なるの です。 しかし、 私たち在宅の受け手 側という のは、 それか ら先ずっ と 、 病 気の療養 と生活 課題に ついて相 談をし ていか なけれ ばいけな い。ど うして 同じ人が 入 院 し て患者に 、退院して生 活者に戻 ったと きには医療者 には話が つなが らない のだろう と 思 ったことがとても心に残っています。
皆さんの中で実際にご自分がご入院された方はいらっしゃいますか。(何人か挙手) ○庄司 ありがとうございます。
そのとき 専門用 語がわ からず病 状が理 解でき なかっ たという ご経験 はござ いません で し ょ うか。も しくは 、ご家 族が入院された ときに、先生 の話を聞くのは 、夫で ある、父 親 で あ る自分だ った、 ことが あったの じゃな いかと思いま す。そし て、病 状につ いて説明 を さ れ たときに 、本人 以上に 混乱して話を全 然聞け なかっ た。それ から、 本人に かわって さ ま ざまな判断をするのはとても負担が大きい。例えば、「急性期の治療はこれでおしまいなの です、次の病院に転出していただきます。転院先は?」と言われたときに、「幾つか並べら れ ても、ど こに行 ったら いいのか わから ない。それが 本当に本 人のた めにな るのだろ う か ということを私が決めなければいけないの?」など。
あとは、いつ行っても点滴で寝たきり。リハビリされているような気がしない。
それから 、入っ たと思 ったら、 とたん に転院 話。追 い出され たよう な、見 捨てられ た よ うな気分がする。
急性期病院以外でも、病院に入院されたときにお困りになったことはありませんか。 ○来場者 68歳なのですけれども、20年前の48歳のときに大腸がんになって、危ない状 態 だったの で家内がいて くれたの ですが 、技術 的には 安全で助かりま した。 がんの本 な ん か を見て自 分でい ろいろ調べてい たので すが、質問を すると嫌な顔を するの ですね。 非 常 に優秀なのだけど、ちょっと聞きたいことが聞けなくて…。
○ 庄司 な るほど 。私も 病院での相談を 受ける ときに 、患者さ んはソ ーシャ ルワーカ ー の いる相談室に来てようやく質問が出るのですね。私たちは「それは先生に聞いた方がいい」 と 思うのだ けれど も、結 局、先生に聞け ないか ら、思 い悩んで ここで 話すの だなとい う こ とが度々ありました。
そして、 入院し てから 日も進ん できま すと、そろそ ろ退院だ という ことが言われる よ う に なります 。そう しますと、皆さ ん、「 いつ退院する のですか ?」と 聞くので すが、「そ れ は先生に聞いてください」と言う看護師さんがいたり、「ご家族の準備が整ったらね」とい うふうに言われたり、誰に聞いてもはっきりしない。
(1)① 第1回 連続講座
13
-だ と思った の-だけ れども 、いつの タイミ ングで やった らいいか わから なかっ たので、 自 分 たちで対応するしかなかった」という話が聞かれたりもしました。
医療機関 と話を すると きには、 必ず私 は「患 者」と いう言葉を使わ なけれ ばいけま せ ん で した。皆 さんの ことを表現する ときに も「患 者」と 言わない と、医 療機関 は自分の 相 手 だと思ってくれないのですね。そのために、「市民のために」と言っても話が通じなかった の で、これ から「 患者」 と「市民」とい う言葉は両方 とも皆さ んのこ とを指 すのです が 、 こんなふうに使い分けています。
先ほども お話し いただ きました が、医 療に対して感 じた疑問、不安 を言え ない雰囲 気 、 そ れから、 何がわ からな いかとい うこと すらわ からな いぐらい難しい 言葉を 並べられ て し ま う。それ から、 どうや って医者に聞い たらい いのか わからな い。そ れは患 者がドク タ ー に聞いてもいいことなのかどうかということもわからない。
皆さんに は医療の専門 知識や経 験がな い。そ れから 、こうい ったこ とを聞 いてもい い の かどうかという経験もなく、孤独、不安を感じます。特に脳卒中で後遺症を持たれた方は、 そ れまで全 く自分の話で はないだ ろうと 思って たこと が実際に目の前 にあっ て、動か な い 手足に焦燥感を持ったりします。
…さて、 皆様の お気持ちをお伺 いした ところ で、実 際、この地域は どんな 地域なの か と いうことを少し学びたいと思います。
私たちが 住む、 武蔵野 市という ところ は、東 京都が 北多摩南 部医療 圏とし て線引き を し て おります 。その隣に市 西部、北 部、区 南部と いうの があって、世田 谷区、 杉並区が あ る の ですけれ ども、 そこに は杏林大 学病院や武蔵 野赤十 字病院の ような 大きな 救急病院 が な い ので、こ の辺り の患者さんたち 全員の 救急車 が流入 してくる という 、救急 車のメッ カ と いうのが、私たちの住んでいる北多摩南部の大きな特徴なのです。
98 万人口圏を この4つの大き な救急病院が 担っ ています。(パワーポイントの 地図を示 し )北にあ ります のが武 蔵野赤十 字病院 ですね 。そし て西にあ るのが 都立府 中病院で す 。 た だいま大 改築を してお ります。 それか ら、杏 林大学 病院です。それ から、 東京慈恵 会 医 科大学病院ですね。
第5次医 療改正 法では、先ほど の分け られた 医療圏 の中で医 療機関 間の整 備をしな さ い というふうに国や東京都が言っています。「この病院ではどんなことができるのかという情 報開示をしなさい」「事業ごとの連携体制を組みなさい」「具体的に組むのはいいけれども、 ど れぐらい の患者さんを 収容でき て、ど んな目 標を立 てている のかと いうこ とを明ら か に しなさい」などなどですね。
その中で も、介 護型療 養病床の 廃止に ついて はこの たび、政 権が変 わった ので、ち ょ っ と頓挫としておりますけれども、第5次医療法の改 正のときには、23 万床 あるものを 15 万 に減らす という ような 方針が出 されて いまし た。そ して、後 期高齢 者の医 療保険証 を 持 っ ていらっ しゃる 方も( 会場に) いると 思いま すが、 そのとき にこの 制度の ことが決 ま り ま した。そ して、 在宅医 療の充実という ことも挙げら れていま す。で も、そ れを任さ れ て いるのはこの地域、「地域ごとに考えてください」ということなのですね。
14 -というのはどんなものがあったのですか。
○ 庄司 1 次だ、 2次だ 、という のは昔 のこと なので 詳細は定かでは ありま せんが、 一 次 の 頃は、感 染症を 蔓延さ せないた めには どうす るかと か、基本 的なこ とであ りました 。 そ れ が、日本 の医療という のは本当に発達をして きたと 思うので すけれ ども、 今は「慢 性 疾 患 という、 急性期 で救命された後 をどう するか という こと」が課題に なって います。 だ ん だんこういう医療費の適正化とか、数値目標とか、予算と絡んでくるようになりましたね。 ○ 酒井 最 初は本 当に戦 後の衛生 面とい うとこ ろから で、途中で、例 えば医 療の無料 化 と かありますよね。高齢者の医療の無料化というのもこの中にありますよね。
○庄司 そうです。この医療計画の中に入ってきています。
と にかく 、国庫 負担を押 してい る、逼 迫して いる介護 保険の予算と 、医療保 険の予 算と い うものを 何とか しなけ ればいけ ない。 という ことは 、行政の課題の 中にも あった既 存 の 施設を再編して、有効活用しようということをうたっているわけですね。
また、第 5次医 療法改 正では事 業ごと の医療 連携体 制の構築という のがあ ります。 こ の 事 業ごとと いうの は、4 疾病5事 業と言 われて いるも ので、4つの病 気に対 して、5 つ の 事 業に対し ての連 携体制 を構築す れば、 この地 域は医 療につい ては問 題ない といわれ て い る わけなの ですね 。その4疾病と いうの が、が ん、脳 卒中、心 筋梗塞 、糖尿 病、そし て 5 事業というのが救急医療、災害医療、僻地医療、小児救急を含むものとあります。
今、テレ ビで話 題にな っている のは、 この全 部だと 思いませ んか。 救急医 療、周産 期 、 小児救急といったもの。それから、僻地医療というのは、何も離島の話ばかりではなくて、 その地域に少ない診療のことを僻地医療というように考えます。
その中で 、私と しては 、5疾病5事業、もし くは6 疾病5事 業とす るので あれば、 そ こ に認知症が入ってきたり、在宅医療というものが入ってくるのではと思っています。
要 介護度 5―寝た きりの 方とい うのは ほぼ半 数が脳 卒中と認知症 、心筋 梗塞と いう こ とが原因になっているわけです。
さて、国 が脳卒 中の医 療連携体 制とい うもの をこの 地域では こんな ふうに 組みなさ い と い うふうに たたき 台を投 げかけて いるわ けです 。国が イメージをする 脳卒中 の医療連 携 で は 、発症し たら速 やかに 急性期の 病院に 送られ る。次 は回復期 で、脳 卒中の 治療は終 わ っ た ので、そ の後に 残った障害を病 床に療 養して行うリ ハビリを する病 院に転 院をする 。 そ の 次は、維 持期で 、老人 保健施設。それ から、お家に 帰って在 宅療養 等でケ アプラン を 立 て て、それ でそれ ぞれの ステージ を活用する。…では 、この地 域は、 これら がきちん と 整 っているのでしょうかという話です。
(1)① 第1回 連続講座
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-それから 、先ほ ど話が ありまし た「行 政の縦 割りの 問題」で すが、 行政の 取り組み や 主 管 課がばら ばらで、既存のシステ ムがき ちんと有効活 用されて いない と書か れていま す 。 皆 さんの中 からも お話が ありまし たが、 病院を変わる たびに関 係者同 士が話 し合える 機 会 もない。そのためには、「地域連携パス」を使用した私たち在宅支援者との連携が必要だと いうのが18年度の課題の提案の投げかけでした。もちろんそれに対して具体的に、こんな ふ う に や っ た ら い い ので は な い か と いう 提 案 の ない こ と が 、「い つ も の 行政 の 報 告 書 だな あ」と思っていました。
さきほど 「地域 連携パ ス」とい う言葉が出て きまし た。思い出して くださ い。この 地 域 は、98 万人の人口圏の中で4つの救急病院、その他に市中病院がありましたね。この地域 は、市中病院の中で、2001年のときには、回復期病院というものがこの地域には皆無でし た 。そのた め、私 たち武 蔵野にい る人が もし脳 卒中に なった場 合には 、武蔵 野赤十字 病 院 か 杏林大学 病院か 都立府 中病院に 搬送さ れたと しても 、この地 域の中 でリハ ビリをす る こ と ができな くて、 青梅や 八王子、 遠くは川崎と いった ような遠くのリ ハビリ 病院に転 院 し て戻ってくるしかないという地域だったのですね。
ここで、 医療機 関、在 宅支援者 、武蔵 野市、こうい った登場 人物が この地 域連携を ど ん なふうに作っていったかというプロセスについて、これからお話しします。
急 性期の医 療機関 が集ま って、北 多摩南 部脳卒 中ネッ トワーク研究会 という 研究会を つ く りました。この医者⇔医者集団の目的は、「この地域に回復期リハビリ病棟を新設すること」 で した。た くさん ある一 般病院に 皆さん どうぞ この地 域を変え るため に、回 復期病院 に 成 り代わってくださいというお願いです。
2001年からこの2次医療圏、先ほどの98万人口圏の脳卒中診療にかかわる21病院の理 事長、院長と 6 市の医師会長が世話人として就任しました。こういった研究会を医者が立 ち 上げたの ですね。この医者集団 のやり 始めた ことは 、確かに的を得 ている なと思う こ と が幾つかあります。
1つには 、理事 長と院 長をまず 集めた のです ね。要 するに、その首 長を集 めること に よ っ て方針の 転換を より早 くする。 これは ボトム アップ ではなく て、ト ップダ ウンとい う 段 取りですね。
この脳卒 中ネッ トワー ク研究会 は、先 ほどの 保健所 や東京都 と同じ ように 、この地 域 の 医 療機関に アンケ ート調 査をしま した。 この地 域には どれぐら いリハ ビリの スタッフ が い って、何床の病院がどこに点在しているのだろうということを調べ始めました。
その後、2002年から病院長たちの意識改革です。どうせ回復期なんかやったって儲から ないのでしょうという人たちに対して、先行事例を調べ、その地域の調査をしたのですね。 で も、先行 事例と いうの がその当 時は北 海道や熊本の 事例しか ない。 これで は都市型 の こ の 地域に合 わない という ことで、 ここで はどん なこと をしたら いいか という ことを考 え 始 めました。
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-て、200 床できました。結果、回復期リハビリ病床が、この4つの病院で今は 450 床、こ の地域にできるようになります。
この話は 、聞こ えはい いのです けれど も、こ の裏と しては、地域連 携パス の整備が 必 要 だ ったので 、回復 期リハ ビリ病院をつく らなけ ればい けなかっ たとい う医者 の命題が あ り ま した。こ れだけ 見てみ ますと、 病院と 病院の連携し かまだで きてい ません 。そして 、 医 者 のトップ 集団で すから 、物事を 決めら れるの ですけ れども、私たち 市民の 課題を拾 う と ころではなかったのです。
そこで、 ちょう ど同じ ときに武 蔵野市 の行政の中で は、地域リハビ リテー ションを 検 討 す るワーキ ングの 活動が 始まって いまし た。そ れは、 医療分野との地 域連携 での課題 を 考 えて、生活に反映させるというワーキングでした。
その中 でも、 行政の職 員―障害 者福祉 課や高 齢者 福祉課 の職員 から出て いた話 の中 で は 、医療 機関は 生活レベ ルでの 視点の 不足。 医療機関 は地域 の社会 資源―つま り私た ち を 全く知 らない 。それか ら、退 院時の カンフ ァレンス の問題― 関係機 関と患者 さんの 話 し 合いがな く、在 宅の準 備が整わ ない。 それか ら、医 師会のお医者さ まにも 、俺のと こ ろ に いきなり 来なく なった のだけれ ども、 入院し ていた なんて知らなか った。 また、僕 は 内 科 医なのだ けど、 脳卒中 を見ろと言われ たって困るの だよね、といっ たこと 。医師会 の 医 師にも入院中の治療経過が伝わりにくいという課題がありました。
それと、 先ほど、国の 制度設計 は4疾 病5事 業だと か、いろ いろ大 きく構 えていま し た が 、それと 武蔵野 市の福 祉保健政 策とは連動し ていな いのでは ないか 、こう いう課題 を 持 っていたのです。
ところが 、今、 話に出 てきた登 場人物 が、実は話し 合いをし ている 目的と いうのは 、 脳 卒 中ネット ワーク研究会 (医者⇔ 医者集 団)で は、脳 卒中の患 者さん に対す るシーム レ ス ―継 ぎ目の ない医 療やケ アのサー ビスの 提供と 、武 蔵野市 ではリ ハビリテ ーショ ンが 市 民 のために 切れ目 なく効 果的に提 供され るよう に、今 あるもの を一生 懸命再 編しよう じ ゃ な いかと いうこ とでした 。次に 、保健 所―東京 都で すが、 圏域に おける4 疾病5 事業 の 脳卒中に関しては、リハビリテーション推進をしようと考えていました。
この3者は全く同じことを言っていると思いませんか。
実は、 この国 がイメー ジする 脳卒中 の医療 連携のあ るパー ツは、 行政―武蔵 野市が 関 係 する部分 がある のです。例えば、老人 保健施 設とい った介護 保険施 設の利 用、在宅 療 養 生 活に関係 する介 護サー ビス、発 症する前の生 活習慣 の改善、こうい ったと ころは、 実 は 武 蔵野市の 福祉・ 保健の 領域の仕 事だっ たわけ です。 というこ とは、 実際に は医療機 関 と 「連携」をしないと、私たち市民へのサービスの流れは完成しないということになります。 武蔵野市 が協働する理 由は、ま さにそ こにあ りまし た。脳卒 中は、 長期間 、療養と 介 護 を 余儀なく されま すので 、急性期 、回復 期、維 持期、 そんなこ とはど うでも いい、そ う で は なくて、 在宅療 養生活まできち んとみ て、発 症して も救急車 で適切 な医療 機関に運 ば れ て 、その後 治療や リハビ リを経て 、在宅 療養が できる ように、途切れ なく医 療・保健 ・ 福 祉 サービス が提供される 仕組みが必要だ と考え たから で、ここ で3者 の考え がマッチ し た わけです。
(1)① 第1回 連続講座
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-病院に転院したら、看護婦さんが少ない。呼んでも来ない。そんなことがよく聞かれます。 そ れから、 リハビ リテー ションの スタッ フやナ ースが やってい ること をうち の奥さん に や ら せるのは 無理で すよ、 みたいな ことで すね。なので 、先ほど ご発言 いただ いたよう に 、 安 心して在 宅療養 を送れ る仕組み がなけ れば、家族に 迷惑をか けてし まうと 思われる 方 も 少なくありません。
それと、 今は医 療に対 するニー ズが高 い。昔だった ら、救命もされ ない方 、もしく は ず っ と入院し ていた ような方も、今 はいろいろな 医療の 装備をし て自宅 に帰ら れます。 そ う す ると、地 域では受け取 り側の先 ほどの 8割福 祉職と いったケ アマネ ジャーは、そう い っ た 新しい在 宅医療 の形に 対応しな ければ いけま せん。 そのため、武蔵 野市と しても、 ケ ア マ ネジャー の知識、対応 力のレベ ルアッ プやボ トムア ップをし なけれ ばなら ないとい う こ とが迫られていたのですね。
先ほど、2001年にできた脳卒中ネットワーク研究会の 2007年までの活動のお話ししま した。2004年には武蔵野赤十字病院と医師会と武蔵野市で、「脳卒中を考える-住み慣れた 街 で暮し続 けるた めに- 」という 連携フ ォーラ ムが行 われてい ます。 多分こ れを開催 し た ときには武蔵野市は「協働」したつもりはなく、「共催」だったと思います。気持ちの中で は 、場所を 貸して、一緒に議事を 進行し てと、その位 のつもり だった と思い ます。医 師 会 も当院もそうだと思います。
この後か ら、武 蔵野市 が「取り 組まな ければ いけな い課題」を見つ けたの で、積極 的 に 参 画を始め ます。 連携パ スを作成するワ ーキン グチー ム、病院の中で 行われ る医者集 団 の 会議に、市の職員の方がたくさん来てくださいました。
次に、こ ういう 連携シ ステムを つくろ うとし ていた としても、使い 手のケ アマネジ ャ ー が 知らなけ れば全 く意味がないと いうこ とで、連携パ ス、地域 連携、 カンフ ァレンス の と き にケアマ ネジャ ーはど んなこと を医療 者に聞いたら 、市民の皆さん が安心 して療養 生 活 を送れるようになるかということを、劇で勉強したり、グループワークをおこないました。 市役所の会議室で80余事業所、百何十人の方が見えて、地域連携について勉強する機会を 武蔵野市が設けてくれました。
その「連 携パス」と言 われるも のが、 皆さん のお手 元にある 「地域 連携診 療計画書 」 で す。この在宅・医師会・行政分科会なのですね。本当は、医者の分科会、看護師の分科会、 リ ハビリの 分科会 、専門 職種別だ ったの ですけ れども 、ここは まさに 協働の 一つのポ イ ン トだと思います。多職種が違う言語で話し合う場だったのですね。
ただ、多 職種の 皆さん それぞれ に話を させて おくと 、自分の言語で しか語 らないの で 、 必ずこの会を設けるときには、「多機関多職種が良好な相互関係を築く。医療中心の話じゃ な い、最終 的には在宅に向 かうた めのプラ ンなの だ。」それ と、「 医療機関の一方 的な話 を 尊重するのではなくて、私たち在宅側とつなぎ合わせるための共有の情報が必要なのだ。」 そ ういった ことを まず念 頭に、お 題目と して最 初に唱 えるわけ なので す。そ れから会 議 を 始めます。そうでないとみんな忘れてしまうのですね。
○酒井 進行、仕切りは誰がやるのですか。
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-で も、この ときに は武蔵 野赤十字 病院が 会場-で、そこ -で会議を してい たの-で、全部が 武 蔵 野 でまとま ってし まうと 、ほかの 人たち が参加しにく いのでは と考え 、この 分科会の 司 会 は三鷹市医師会長にお願いをしました。皆さんが話しやすいように工夫をしたわけですね。
在宅・医 師会・ 行政分 科会では三鷹市 医師会 長が司 会を担当、もち ろん各 在宅介護 支 援 セ ンター職 員も参 加しま した。そ れから 、回復 期の病 気の先生 方も来 ていま す。障害 者 福 祉課の職員も来ています。毎回45名ほどの参加を見て、半年でつくり上げたものが皆様の お手元にある連携診療計画書です。
地域連携診療計画書の流れですが、地域連携診療計画書(その1)は、この地域での市民を 取 り巻く医 療・福 祉サー ビスの流 れを見 えるよ うにし た概念図 です。 急性期 病院から 回 復 期 病院に転 院する ときは、まずは 回復期 病院職 員にわ かるよう な情報 を提供 しましょ う 。 そ れから、 在宅療 養を始 めるとき は、在 宅支援 チーム にわかる ような 情報提 供をしま し ょ う。決して医療者がわかる言葉だけで話を進めるのではない。「患者さんが生活者となって、 在 宅療養を 継続で きるよ うに支援する」 ことが 、それ が地域連 携診療 計画書 の本懐だ っ た と考えています。
皆さんのお手元にあります地域連携診療計画書(その1)は、一番初めに皆さんが療養する ときに、急性期医療機関に入院してから、「どんなことが起こるのだろう…」ということを 俯瞰的に見たシートです。
今までこ ういっ た概念を可視化 したシ ートと いうも のはなか ったの ですね。急性期 医 療 機関の医師に言われました。「僕たちが連携パスとして患者さん用のシートをつくるときに 考 えていた のは、 発症し てから急 性期医 療機関を退院 するこの短い期 間のこ とだけ。 こ こ だ けが、僕 たちの 中では退院すれ ばゴー ルだと思って いた。だ けれど も、脳 卒中の人 た ち は 、これか ら長い 間を地 域の社会 資源に 支えら れなが ら療養す るのだ ね。こ れは初め て だ よ 」と言わ れまし た。確 かにこの 「退院がゴー ルでは ない」と いう考 え方は 、東京都 に と っ ても斬新 だった ようで す。これ から後 発で様々ない ろんな地 域が脳 卒中の パスをつ く る ときに、これを持ったものが非常に多くなっています。
次に、地 域連携 診療計 画書(そ の2) です。これは 、急性期 の病院 から、 例えば陽 和 会 病 院や、杉 並リハ ビリテ ーション病院の ように 、リハ ビリを続ける病 院に転 院すると き に 渡される情報提供用紙です。
一番下の欄には、「私は、地域連携に基づく診療計画の説明を受けました。書かれた内容 が皆さんの連絡調整に使用されることに同意します。」とあり、本人、家族の署名をするよ う になって います 。これ も、今ま ではお 医者様 の情報 というの は封を されて 、皆さん が 見 ら れない状 況で次 の病院に渡して いまし た。で も、そ れではい けない 。患者 さんの情 報 と いうものは自分のものなので、この紙面は「開いて」「この情報で説明を受け」て、それで 患 者さんが ここに「サイ ン」をす る。だ から、患者さ んが、書いてあ る内容 をわかる ま で 医者は患者さんと向き合わなければいけないということです。
(1)① 第1回 連続講座
19 -です。
患者にな ってし まった 皆さんは 、急性 期病院を退院 するとき には障 害を負 っていて 、 と てもショックを受けています。ですから、地域連携診療計画書(その2)には、「患者さん の希望するゴール」、「ご家族が希望するゴール」、「実際の主治医からの家族への面談内容」 を 書くよう にして います。ここが 一番医 療者の理解と 患者さん の理解 とが、 違うとこ ろ な のです。「自分は歩けるようになりたい」と患者さんは思っている。家族もそう思っている。 性 格もつい でによ く直し てもらい たいと 思って いるか もしれな い。だ けれど も、お医 者 さ んは、そうは思っていないのですね。病状を知っているので、「この方は右に麻痺が残る」 と いうこと をわか っていま す。だ けれども 、「次 の病 院でリハ ビリし てね」と 言われ たら 、 自 分は歩け るよう になり たいと思 ってい た患者さんは 、絶対に歩ける ように なると思 っ て 次 の病院へ 行くの です。 そのとき のギャ ップと いうの が回復期 病院の 治療中 では一番 克 服 するのに大変なことなのです。「いつまでたっても治らないじゃないか」という不平不満に つながったりします。
そのため、「実際の主治医からの家族への面談内容」には、患者さんがどれぐらい病気に 対 して理解 してい るのか、それか ら、確 かに今そのす べてを告げるべ きでは ないとい う 判 断 をしたお 医者さ んが、 どこまで は患者さんに 説明し たのかと いうこ とを書 くように な っ ています。
次に、地域連携診療計画書(その3)です。これが私たち在宅の支援者側が北多摩南部脳卒 中 ネットワ ーク研 究会の 分科会の 中で6 カ月間、2週 間おきに 7時か ら9時 まで、本 当 に 喧 々諤々( けんけ んがく がく)の 話し合 いをし て決め た中身な のです 。今ま で看護師 さ ん の 情報提供 は、封 をして 看護師さ んに、 リハビ リの情 報は、違う封筒 に封を してリハ ビ リ の 人にとい うふう に、そ の人は3 つも4 つも封 筒を持 って次の病院に 転院し なければ い け なかったのが、この1枚だけになります。
医師と看 護師と リハビ リとソー シャル ワーカ ーが記 入すると ころが ありま す。そし て 、 こ こが重要 なので すけれ ども、退 院をす るとき に、関 係者と家 族を交 えて、 皆さんで 退 院 の調整のための話し合いをした記録を書くようになっています。「書かれた内容が病院・施 設 間の連絡 調整等 に使用されるこ とに同 意しま す」と いう署名 欄があ ります が、必ず ご 本 人 とご家族 を交え て、こ の話し合 いをし てくだ さいと いう気持ちがこ もった ものなの で す ね。
一番医師 に知っ てもらい たかっ たことは 、「再 発予 防だよ」「転ば なけれ ばいいの だよ 」 と いうふう に言う のでは なくて、 あなた の障害はどう いう障害なのか という ことを皆 さ ん にわかるようにやさしい言葉で書いてあります。例えば、「障害」のところを見てください。 「半側空間無視」と書いてあるところがあります。「半側空間無視」ということを口頭で言 わ れても、 片仮名 がサッと過ぎる だけで、何の ことか わからな いと思 います 。視野の 半 分 が 見えなく なるの で、右 半分が見 えなく なるか ら、右 側に気を つけて 歩いて ください ね 、 というふうな表現を、お医者さまから聞けるように工夫をしてあります。
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-生 方が急性 期の先 -生に宛 てて書く お手紙のよう なもの です。今までは 、急性 期の病院 の 先 生 も、自分 が手術した患 者は意識がない から知らなか ったけれ ども、 6カ月 後にはこ う や って在宅で療養しているのだなということがわかるようになるものです。
一番下に は、ケ アマネ ジャーや ご家族からの 急性期 の先生の相談の 欄があ ります。 こ の ままいいの?たまには検査しなくていいの?ということも聞きたいかもしれません。
次に医師会の先生からの相談。「自分は内科医なのだけれども、どういうところに気をつ け てこの患 者を見 たらい いだろう か?」そうい ったこ とを急性 期の先 生とや りとりが で き る ようにな ってい ます。 というこ とで、 私たち が考え たものは、国が イメー ジしたた た き 台 に、はか らずも 「連携」の大事なとこ ろを、皆さん がお手元に持っ ている 3枚の紙 の シ ートをつけ加えることができたわけなのですね。2008年の5月、この地域連携パスを皆さ ん に公開を した会 議には、武蔵野 市内の 介護保 険事業 所の方々が大勢 来られ ました。 こ の 当時は、連携に賛同してくれる病院の院長クラスの先生方も一緒に参加をしています。
さて、作 っただ けでは いけませ ん。生 んだ子どもは 育てなけ ればい けない ので、次 に 武 蔵野市がやったことです。
パスを作 ること に参加した人た ちは、 すごく すばら しいもの ができ たと思 っていて も 、 参 加をして いない人たち もこのパ スを使 わなけ ればい けないの で、皆 さんに 知らしめ な け れ ばいけな いので すね。 そのため に、医 師会や保健所 の会議な どへ武 蔵野市 の職員の 方 々 が出ていって、ここに至るまでの経過を話す。そういったことをしてくださいました。
それから 、医療 業界の 学会にも乗り込 んでい って、 皆さんが 在宅と の連携 が課題だ よ ね と いうふう に話を 終わら せている けれど も、私たちは それより も先に 進みま したよと い う ふうに学会でも発表していきました。
次に、合 同記者 説明会です。武 蔵野市 、三鷹 市、杏 林大学病 院と武 蔵野赤 十字病院 、 こ の首長が集まって、新聞記者に向かって会見したのです。11 の新聞社を呼んで、医療と行 政が一緒に取り組んできたことについての説明会を行いました。この波及効果というのは、 こ れだけ知 らしめ ると医 師会の先 生も後 に引け ないと いうこと です。 やらな ければい け な いのだなというところに立たされたのですね。
次に、 市民の 方々にも、―今日 私がこ うやっ て説 明でき るのは 大変貴重 な機会だと 思 っ ています が、こ ういっ たことを 皆さん にも伝えない と、皆さ んが安 心して ご自宅に 退 院 で きないの ですね 。せっ かくこう いう連 携が始まるの だとした ら、ぜ ひ安心 してご自 宅 に 退 院してく ださい、皆さ んにこの ことを 伝えて いくと いうこと も私た ちの仕 事ですよ ね と い うことで 、市報「むさ しの」に 医師会 や病院の話が ドーンと出まし た。こ れほど大 き く 載ったのは、インフルエンザ以外ではなかなかなかったというふうにも聞いております。
さて、作 っただ けでは いけませ ん、育 てなけ ればと いう話で すが、 パスで 実際に連 携 を と られた、 もしく は、入 院されて 、この連携パ スを使 って次の病院に 転院さ れた方に 追 っ か け調査を 実施し ました 。今までアンケ ートと いうの は、まい て回収 できれ ばラッキ ー で し たよね。 でも、 このと きは、患 者さん のお宅を訪問 してイン タビュ ーさせ ていただ き ま した。これは武蔵野市の職員の方がやったのですよ。
○酒井 どこの課が。
(1)① 第1回 連続講座
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-こんな質問をしてきました。「転院をしたときに、地域連携について説明がちゃんとあり ましたか?」「皆さんは、大事なご自身の情報であるパスのシートをお手に持っていらっし ゃいますか?」
○酒井 これってもしかして、自分も持っているわけですか。 ○庄司 そうです。
○酒井 お医者さんも。 ○庄司 医者はコピーです。 ○酒井 医者がコピー。
○ 庄司 オ リジナ ルは皆 さんの手 元にい って、そのコ ピーが医 療機関 に残り ます。先 生 が 直筆で書いたものを皆さんがお手元に持っているというわけなのですね。
「 転院時に、実際にその転院について説明があったときに不安はありませんでしたか?」 それから、「退院後、脳卒中以外についての健康管理についての相談先がありましたか?」 そして、「皆さん、このパスは役に立ちましたか?」というインタビューをしてまいりまし た。
そうしたら、81 歳の女性がいらっしゃいまして、この方は他の病気もお持ちになって脳 卒 中になら れたの ですね。この方 の話を 聞いた ときに 、インタ ビュー に回っ た私を含 め て 4 人の職員 は非常に感動したので す。こ の方は、武蔵 野市の市 報を読 んでい たのです 。 そ れで、「こんなことが始まったのよ。私の住んでいる地域では、病院とかかりつけの先生が 脳 卒中のこ とにつ いて取 り組みを始めた のだっ て」と 、お友達に電話 をした その晩、 脳 梗 塞 になった のです ね。冗 談みたい な本当の話な のです けれども、この 方が入 院をして 目 を 開 けたらば 、目の 前に展 開される ことは、市報に書い てあった とおり だった とおっし ゃ っ た のです。 つまり 、予備 知識があ ると、 転院に対して も追い出される 感がな くて、市 報 に 書 いてあっ たとお りに対 応が早く 、とて も支え られて いる感じ がした と言っ てくださ い ま した。
それから 、病状 説明に 対しては 不安が なかっ たし、 理解がし やすい 。それ に自分の た め に 書かれた 情報だ と思う ので、特 に「3 枚目の家に帰 るときのシート は、よ く読み返 す の よ」と言ってくださいました。
しかし、いい話ばかりじゃ当然ありません。63 歳の男性でタクシーの運転手さんの話で す 。運転し ていて おかし いな、熱 中症か なと思って、 すぐ受診をしな いでお 家に帰っ て 様 子 を見てい たので すね。 そうした ら、自 宅で倒れて救 急搬送に なりま した。 これは確 か に スムーズにできた。だけれども、「病状説明は俺にはわからなかったし、急性期でのリハビ リはばかばかしいと思った。早くここを退院して、仕事に復帰をしなければと思っていた。 だ けれども 、回復 期病院に転院を すると 、自分の中に 麻痺が残ってい て運転 ができな い と い うのがだ んだん わかっ てきた。 こうい った勝 手な思 い込みを反省し て、回 復期病院 で 何 度も説明をされたときに、少しずつ納得することができた。」と、私が説明していると、穏 や かっぽい ですけ れども 、1時間の間、 ほぼ怒りなが ら話をさ れてい た。た だ、最後 に 言 われたことは、「自分は、こうやって聞いてもらうことで、本音を語れて振り返れた。こう やって検証する作業はぜひ続けてくれ」というふうにおっしゃっていました。
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-シートを利用しての病状説明というものは、「転院するのは追い出しではなくて、リハビリ 専門の病院に行くのだ」ということ、それから、「転院するのは連携している病院なのだ」 と いうふう に理解ができ て不安が 軽減し たとい うこと です。それから 、回復 期の病院 の 面 接に行ったときに、「自分の情報は個人情報として漏れているのではなくて、ちゃんと今ま で の治療が 先方の 病院に 伝えられ て自分を知っ てくれ ているの だ」と いう安 心感にな っ た ということですね。
ただ、一 度は脳 が壊れ ています から、 当然そ の説明 をご自身が覚え ていな い例もあ り ま す し、ご家 族は、 次の病 院に転院すると いうこ とを「 一家の大 黒柱に 相談し たいのに 、 本 人 が病気に なっち ゃって、妻の私 が決め るのは すごく 困るわ」と困惑 されて いる方も い ま した。
実際にケ アマネ ジャーに対する研修や 市民の周知が あったと いうこ とは有 効である と い う ことが幾 つかの エピソ ードから聞かれ ていま す。た だ、ご家 族には 説明す るけれど も 、 ど うしても その場 に在宅 支援者で あるケ アマネ ジャー を呼びに くかっ たとい う病院が 多 か っ たので す。カ ンファレ ンス―退 院のと きに相 談す る機会 を家族 には持っ たけれ ども 、 そ こにケア マネジ ャーを 呼ぶとい う機会は少な かった という病 院が多 かった のです。 実 際 に 話し合い をした ってつ なげるべ き社会 資源が ないと いうのも この部 分の課 題だと思 い ま す。
インタビューをした 13 人の武蔵野市民の方は、ご自身でお話ができる方だったのです。 脳 卒中でも お話が できる ぐらいの 軽症の 障害を お持ち の方でし た。で は、お 話ができ な い ぐ らいの重 症の方 は本当はどうし ている のだろ う。こ この部分も実際 はどう している の か ということを追っていかなければいけないと私は思っています。
先ほど、2001年には、北多摩南部の中ではこんなような医療機関の分布でしたという話 を しました 。急性 期の病 院はある けれど も、リ ハビリ の病院は全くな いとい う状況だ っ た のですね。こういった脳卒中の疾患別連携の活動を通して、今はこのようになっています。 考 えてみて くださ い。一 般病院が 患者さ んに必ず説明 をする、話し合 いの機 会を持つ 。 そ れ から、連 携パスも、患 者さんに わかり やすい、イラ ストも入ったよ うな、 あまりア カ デ ミ カルじ ゃない― アカデ ミカルで はない と言わ れる ような パスに 書くとい うこと は、 医 療 機関にし てみれ ば、目 から何か が落ち るぐら い、エ キセント リック なこと だったの で す ね 。でも、 それに 対して も、患者さん、 そして 市民、 地域つく るため という 大きな使 命 と ミ ッション に賛成してく れる医療 機関も ありま した。 ですので、今は 救急病 院も2つ 増 え て 、急性期 の脳卒 中の治 療ができ るとこ ろは、この地 域では6つあり ます。 それと、 連 携 パスを使ってリハビリができるように協力をしてくれる病院が、平成22年1月の段階で2 6施設できるようになってきました。