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森 和俊

(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室)

図 1.哺乳動物小胞体ストレス応答の分子機構(転写誘導を制御する二つの経路)

膜貫通型タンパク質とは気がつかないままs e r u m

responseに関与する転写因子であると結論していまし

た)。PrywesらはさらにATF6が好んで結合する DNA配列をランダムPCRにより同定しATF6siteと 名付けました。恐らくこの頃,我々がATF6は小胞 体ストレス応答に関与する膜タンパク質であると報 告したのを機に方向転換し,ATF6siteが小胞体スト レスに応答することを見いだしてUPRの分野に参入 してきました。ATF6siteの結果はJBC6に報告され たのですが,この論文には我々にとって困った結果 も付け加えられていました。ATF6siteを介した小胞 体ストレス依存的な転写誘導がIRE1のドミナントネ ガティブ体により完全に阻害されたのです。ATF6 siteにはATF6が結合すると誰しも思いますので,こ の結果はATF6の活性化(前駆体ATF6の切断)は IRE1の下流のイベントであることを意味すると捉え られたのです。

我々にとっては「本当かなあ?IRE1がスプライシ ング以外にプロテオリシスを制御できるのだろう

か?」とちょっと困惑していましたが,XBP1がIRE1依存的 なスプライシングの基質であることが判明し,すっきりとした 解答が得られました。つまり,ATF6のATF6 siteに対する親 和性は低く,大腸菌で発現させたATF6のDNA結合ドメイン

in vitroで高濃度に反応させれば結合しますが,細胞内で発

現する生理的条件ではATF6はほとんどATF6 siteを介した転 写誘導を行なうことができませんでした(in vitro translation産 物のゲルシフト解析とXBP1を活性化することができない IRE1ノックアウト細胞を使った解析結果を基にしています)。

そのかわりXBP1がATF6siteに結合して転写を活性化するの です。従ってATF6 siteを介した転写誘導がIRE1のドミナン トネガティブ体により完全に阻害されても何の不思議もありま せん。当然ATF6 siteという名前は不適切であることになりま すので,我々はATF6siteをUPREと呼ぶことを提唱しました。

UPREは出芽酵母においてIre1p依存的なスプライシングによ り活性化される転写因子Hac1pが結合するシス配列として知 られているもので,XBP1 siteとするより進化的な保存状態を よく表すことになると思います。以上の結果は,ATF6が専ら ERSEを介して転写誘導するのに対して XBP1はERSEと UPREの両方を介して転写を活性化すること,さらに言えば,

XBP1がATF6より遅れて細胞内で発現するとATF6によって は転写誘導されなかったXBP1特異的標的遺伝子がUPREを 介して転写誘導されることを意味しています。

ここまでの結果を2001年のCellの論文3に報告しましたが,

哺乳動物がATF6経路とIRE1-XBP1経路という2つの経路を 使うメリットとして以下の二つの仮説を論文の最後に書いてお ります。q1w小胞体ストレス時には分子シャペロンだけでなく小 胞体関連分解ERADに関わる因子も転写誘導されるので,

ERAD因子がXBP1により特異的に制御されるかもしれない

(そうなれば,小胞体における品質管理機構を考える上で非常 に重要な知見となる)。q2wB細胞がプラズマ細胞に分化する際 には小胞体が高度に発達するが(図2A参照),この場合分泌 する免疫グロブリンの品質管理のための分子シャペロンだけで なく脂質成分の合成量も高まらなければならないので,脂質合 成に関わる遺伝子がXBP1特異的標的遺伝子かもしれない(そ うなれば,表題に掲げた品質管理とオルガネラ生合成の接点に XBP1がなるかもしれない)。その後の解析の結果,q1wに関して は,構造異常糖タンパク質のERADにおける鍵分子である EDEMの転写誘導がほぼ完全にIRE1-XBP1経路に依存するこ とがわかり,哺乳動物小胞体ストレス応答における時間依存的 相転移という我々の提唱に発展しています6。q2wの仮説が進展 してまず纏まったのが冒頭JCBの論文です。XBP1を(過剰)

発現する細胞では,小胞体膜の主要な構成成分であるリン脂質 の合成量が実際に高まっていました。

JodyはLinda Hendershotのラボのポスドクだった頃から知 っている独立したての若いAssistant Professorです。彼はUPR お よ び B 細 胞 分 化 に 興 味 を 持 っ て い た の で す が , 大 物

Glimcher相手に戦っていけるだろうかと相談を持ちかけられ

たので,自分が面白いと思うなら相手を気にせずやるべきであ ると励まし,共同研究が始まりました。Jodyは,活性型の XBP1をNIH3T3細胞にアデノウィルスを使って導入すると,

導入していない細胞に比べ粗面小胞体の表面積が2.5倍に,容 積は3.4倍になり,間接免疫抗体法の結果からも明らかに小胞 体が膨張していることを見いだしました(細胞のサイズも1.4 倍に増加していました,図2B参照)。脂質含量を調べてみる と,XBP1発現細胞では,小胞体膜の主成分であるホスファチ

図 2.XBP1 とリン脂質合成

ジルコリンおよびホスファチジルエタノールアミンの総量が2 倍増加しており,ホスファチジルコリンの合成速度は約4倍亢 進していました。一方,小胞体膜には少なく原形質膜に多いコ レステロールの総量にはほとんど影響がありませんでした。哺 乳動物細胞において,ホスファチジルコリンはコリンを材料に 3段階の酵素反応によって合成されることが知られています

(図2C参照)。XBP1発現細胞では,1番目の酵素活性にはあ まり変化はありませんでしたが,2番目の酵素活性が30%程度 増加し,3番目の酵素活性に至っては約5倍亢進しており,酵 素レベルでXBP1発現の効果を確認することができました。さ らに重要なことは,脾臓B細胞をリポ多糖で刺激してプラズ マ細胞に分化させたときに見られるホスファチジルコリン合成 酵素の活性変化が1991年に報告されている7のですが,その結 果と今回の結果とが非常によく一致していたのです。

実は,私のラボでも独自にq2wの仮説を追及していたのですが,

色んな事情があってうまくはいっておりません。実際Jodyが 得た結果も,リン脂質合成に関わる酵素の活性が高まっている のは,その酵素のmRNA量が増えているからではないことが 示されています。よってリン脂質合成酵素遺伝子をXBP1が直 接転写誘導して発現量を高め,酵素活性をあげるわけではあり ませんが,XBP1が哺乳動物の小胞体膜を拡張させる機能を持 つことが示された初めての転写因子であることに違いはありま せん。今後の重要課題として,拡張した小胞体は機能も充実し たものなのかどうか検証することと,XBP1がどのようにして リン脂質合成酵素の活性をあげるのか明らかにすることがあげ られます。

Glimcherらも独立して,XBP1ノックアウト細胞を使ったマ イクロアレイ実験とXBP1導入実験により,XBP1の活性化は 小胞体の拡張と細胞サイズの増加をもたらすことを報告してい ます8。さらに彼女らは,小胞体だけでなくミトコンドリアや リソソームも拡張し,分泌過程に関わる遺伝子が多数誘導され ることから,XBP1は分泌に特化した細胞になるために必要な 細胞機能変化と細胞構造変化をコーディネートするのではない かと結論付けています。ここまでくると,Peter Walterがマイ クロアレイ実験の結果から,出芽酵母のUPRは(翻訳抑制機 構を持たないため小胞体ストレス下でもタンパク合成が続くの で)小胞体内に蓄積した異常タンパク質の量や濃度を下げるた めに分泌過程を再編成させるのではないかという提唱9を彷彿 させます(大物は話を大きくしたがるか?)。

XBP1は出芽酵母Hac1pの機能的ホモログでありますが,酵 母においてもUPRがイノシトール合成と転写後調節によりカ ップルしているところは着目すべき点です。この場合,イノシ トール合成酵素遺伝子の発現をネガティブに制御しているベー シック・ロイシンジッパー型転写因子Opi1pをHac1pがアン タゴナイズすることによって(恐らくロイシンジッパー同士の 結合によるヘテロ2量体化によって)Opi1pによる負の調節が 外れ,イノシトール合成酵素が発現すると考えられています。

当然,Hac1p自身やHac1pの発現を制御するIre1pを欠く酵母 は外からイノシトールを与えないと増殖することができませ ん。また我々は最近,Hac1pのプロモーター上にもUPREが 存在し,酵母にも自律的発現制御機構が存在することを報告し ています10。こうしてみると,XBP1とHac1pはスプライソソ ーム非依存的なスプライシングを受けて活性化するという点だ けでなく,実に色々な点でよく保存されていることがわかりま す。では,制御がそんなに似ているのに何故1次構造は大きく 違うのでしょうか?HAC1 mRNAとXBP1 mRNA以外に IRE1依存的なスプライシングの基質があるのかという問いと 共に,どうしてこんな進化をしたのかずっと不思議に思ってい ます。

UPRは小胞体に高次構造の異常なタンパク質が蓄積すると 活性化されると考えられています。今回,哺乳動物においても UPRの活性化はXBP1を介してリン脂質合成ならびに小胞体 生合成とカップルすることが明らかになり,UPR研究の新し い方向性が示されました。では常にUPRの活性化=リン脂質 合成=小胞体の生合成となるのでしょうか?それとも,小胞体 シャペロンの誘導のみが必要なフェーズ(小胞体の容積は変え ず内部での処理に専念するフェーズ)と小胞体シャペロン誘導 とリン脂質合成の両方が必要なフェーズ(つまり小胞体が機能 的にも構造的にも拡充しなければならないフェーズ)があると いうように,やはり我々の興味をそそる仕分けの問題がでてく るのでしょうか?今後,XBP1活性化の下流で起こるイベント を解析することによって解答が得られることでしょう。また一 方で,哺乳動物は何故ATF6をも活用するのかという問題も依 然として重要な問いであります。ATF6ノックアウトマウスの 解析を通じて答えを見つけていきたいと思います。

1. Sriburi R. et al., J. Cell Biol. 167, 35-412004 2. Haze K. et al., Mol. Biol. Cell10, 3787-3799(1999)

3. Yoshida H. et al.: Cell107, 881-8912001 4. Reimold A. M. et al. : Nature412, 300-3072001 5. Wang Y. et al. : J. Biol. Chem. 275, 27013-27020(2000)

6. Yoshida H. et al. : Dev. Cell4, 265-2712003

7. Rush J. S. et al. : Arch. Biochem. Biophys.284, 63-70(1991)

8. Shaffer A.L. et al. : Immunity21, 81-93(2004)

9. Travers K. J. et al. : Cell101, 249-2582000 10. Ogawa N. & Mori K.: Genes Cells9, 95-104(2004)

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