国立国際医療研究センター研究所1),国立感染症 研究所2)
狩野 繁之1)高崎 智彦2)
地球温暖化などの環境の変化や人の移動手段の多様化・
高速化に伴い,熱帯・亜熱帯の感染症が我が国に侵入して 国内発生する可能性が高まっている.すなわち,我が国へ の感染症の輸入が危惧されるなか,昆虫やダニといった節 足動物が媒介する輸入感染症は,一度国内で定着すると根 絶することが厄介である.そして,うまく根絶できても再 び侵入を許し,国内流行が新たに発生することがありうる ことは,2014 年の東京を中心とした 70 年ぶりのデング熱 国内流行の再興をみても明らかである.
デング熱はデングウイルス感染によって引き起こされる 蚊媒介性感染症で,その媒介蚊はネッタイシマカとヒトス ジシマカである.1942 年から 1945 年には毎年夏季にデン グ熱が流行し,患者数は合わせて 20 万人規模の大流行と なった.また,マラリアはハマダラカで媒介される原虫性 疾患で,過去にはわが国でも土着マラリアとして,本土で は主として三日熱マラリアの流行がみられ,南西諸島には 熱帯熱マラリアの流行があった.1946 年には,戦争中に 海外で感染した多くの人達の帰国に伴い,3 万人近い( 戦 争マラリア と呼ばれることもある)輸入マラリア患者が みられたが,幸いにも国内でマラリアが大きく再流行する こともなく,患者数は急速に減少し,1960 年には土着マ ラリアは制圧された.しかし,マラリアも毎年,海外から の輸入症例が数十例ある以上は,国内発生のリスクが当然 存在する.さらには,ダニが媒介するウイルス感染症であ る SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は,2011 年に中 国で発見されたウイルス感染症で,2012 年秋に,我が国 での初 SFTS 症例の診断が確定し,日本にも存在する感 染症であることが確認された.
一方で,日本で流行したことのないチクングニア熱,ジ カ熱という聞きなれない名前の蚊媒介性ウイルス感染症も 世界的に流行が拡大している.どちらの病因ウイルスもデ ングウイルスと同じく,日本国内に生息するヒトスジシマ
カが媒介可能である.チクングニア熱は急性症状が治まっ た後も,関節炎だけが残ることがあり,リハビリテーショ ンを含む適切な治療を行わないと後遺症として慢性関節リ ウマチ様の関節の変形を残す場合がある.ジカ熱はデング 熱より症状は軽く死に至ることは稀である.しかし,ジカ ウイルスが新たに侵入したブラジルでは,妊婦のジカウイ ルス感染と小頭症児の発生の関連が報告されている.これ はジカウイルスが本来の流行地域でないところに入って,
大きな流行を起こして先天性障害との関連が見えてきたも のと考えられる.ウエストナイル熱が北米に侵入した当初 もそうであったが,非流行地に侵入した感染症は,しばし ば高い病原性を示して大きな流行を起こすことがある.さ らには,Plasmodium knowlesi という,本来はアジア 太 平洋地域に生息するアカゲザルなどを宿主とするマラリア 原虫が拡散し,ヒトに感染して重症化する例が報告されて きた.この問題は,人間の森林開発や自然環境変化(破壊),
宿主寄生適応など,たくさんの解決・解明しなくてはなら ない課題を含む.畢竟するに,これらの感染症の国内発生 をいち早く探知し,媒介節足動物対策を含んだ新たな感染 症防疫対策を行うことが必要であり,蚊対策やダニ対策な ど住環境の改善や,新たな診断法の開発,ワクチン接種,
薬剤の予防的内服などが重要となってくる.
本シンポジウムでは,デング熱国内再流行を探知した最 初の症例,SFTS の国内流行を証明した最初の症例,そし てチクングニア熱,ジカ熱,サルマラリア原虫ヒト感染症 のそれぞれ最初の国内輸入症例の報告をいただき,我が国 の防疫上極めて重要な Key となる症例の診断に到った経 緯,そのような国内初症例を発見できる Sense,Prepared-ness を教示いただく.私たちが,輸入感染症の国内制御 に日頃からどのように備えておくべきか,意見交換するシ ンポジウム企画です.
1.2014 年のデング熱国内流行での最初の確認症例に ついて
さいたま市立病院感染症科・感染管理室 川田 真幹 デング熱はヤブカによって媒介されるデングウイルスの 急性感染症で,ネッタイシマカが生息するアジア,中南米 等の熱帯・亜熱帯地域を中心に広く流行している.近年,
日本国内では,海外の流行地で感染して帰国後に診断され るケースが増加しており,2010 年,2012 年,2013 年には 年間 200 人を超える輸入症例が報告されたが,国内での感 染例は,1940 年代前半に南方の戦地から持ち帰られたデ ングウイルスがヒトスジシマカの媒介によって西日本で大 規模な流行を起こして以来,報告がなかった.
2014 年 8 月 26 日,突然の発熱と全身の痛みを主訴とし て当院内科に入院中であった 18 歳女性がデング熱に罹患 していることが国立感染症研究所における検査で確認され た.本症例は海外渡航歴が生来一度もなく,東京都内でデ ングウイルスに感染したものと考えられ,その後 2 カ月余 りで 160 名を超える国内感染デング熱症例が報告される契
機となった.デング熱は特異的な症状に乏しく,流行地で の滞在歴なければ診断が困難になるが,今回の国内感染例 の診断には,「2013 年 8 月に日本を周遊したドイツ人が帰 国直後にデング熱を発症し,日本国内での感染が疑われる」
との情報や,当院でのデング熱輸入症例の診療経験が役立 てられた.
日本国内にはデング熱を媒介するヒトスジシマカが広く 生息しており,今後も輸入症例を発端として国内感染が発 生する可能性は十分に考えられる.ヒトスジシマカの活動 期に突然の発熱を主訴とする患者が受診した場合,発熱の 原因が不明であれば血液検査を経時的に行い,白血球や血 小板の減少傾向を認め,CRP の上昇が軽度にとどまる患 者では,海外渡航歴がなく蚊の刺咬歴が明らかでないケー スでも デング熱 の可能性について考慮する必要がある と考えられた.
2.わが国における最初のチクングニア熱患者発見の きっかけ
東京医科大学病院国際診療科・渡航者医療セン ター
水野 泰孝 2014 年 8 月にデング熱の国内感染事例が確認されて以 来,蚊媒介感染症に対する危機管理が高まっている.チク ングニア熱はデング熱と同様,Aedes 属の蚊であるネッ タイシマカやヒトスジシマカによる蚊媒介感染症の一つで あり,今後デング熱と同様に日本国内での感染事例が発生 する可能性が危惧されている.
チクングニア熱はチクングニアウイルスの感染によって 引き起こされ,発熱,関節痛,発疹を主症状とする.同ウ イルスはトガウイルス科アルファウイルス属に分類される RNA ウイルスで,1953 年にタンザニアで初めて分離され た.今日までにアフリカやアジアの多くの地域で散発的な 流行がみられており,近年では 2005 年初頭にコモロ諸島 で始まった流行が,2006 年にかけて西インド洋のモーリ シャス,レユニオン,セイシェル,マヨットなどに拡大し,
大流行を引き起こした.その後もスイス,香港,台湾,イ タリアなどで輸入症例が相次いで報告され,わが国でも 2006 年 12 月に初めての輸入症例が確認された.
症例は南アジア地域での流行が認められていた 2006 年 に,スリランカに滞在していた女性で,高熱,歩行困難,
白血球減少,血小板減少により,現地医療機関でデング熱 とチクングニア熱の重複感染と診断された.発熱や検査所 見の改善は認めたものの,歩行時の膝および足関節痛が遷 延するために一時帰国時に受診となった.国立感染症研究 所における血清診断によりデング熱は否定され,抗チクン グニアウイルス IgM 抗体および中和抗体が陽性であった ため,確定診断とした.現地での情報が手がかりとなり診 断に結びついたが,これらがなければ本症の発見には至ら なかったかもしれない.
当時に比べれば,輸入感染症の鑑別疾患として挙がる可 能性も高くなり,感染症法による届出疾患となった 2011
年以降 2014 年までに国内では 50 例の報告がある.しかし ながら,昨年来,誰もが知るようになったデング熱に比べ れば未だ知名度が低く,臨床症状や検査所見も異常値を示 さないことがあることから,検査が実施されずに自然治癒 し,確定診断に至っていない事例が少なからず存在すると 推測される.
最近の傾向では 2010 年にフランス南東部,中国南部で の国内流行,2013 年末にはカリブ海の島嶼国で発生した 流行の北米・中米・南米への拡大,2014 年夏にはスペイ ンでの国内感染事例など,世界的にさらに感染が拡大して いる.チクングニアウイルスはデング熱に比べ,ヒトスジ シマカの方が増殖しやすく,ウイルス血症も高いといわれ ており,日本を含む温帯地域ではデング熱よりもむしろ伝 播しやすいと推測される.したがって,今後デング熱と同 様あるいはそれ以上に注意すべき蚊媒介感染症である.
3.わが国における最初のジカ熱患者 3 例の報告 国立国際医療研究センター国際感染症センター
忽那 賢志 ジカ熱はジカウイルス(ZIKV)による蚊媒介感染症で あり,近年新興感染症として注目を集めている.ウエスト ナイルウイルス,デングウイルス,日本脳炎ウイルスや黄 熱ウイルスと同じフラビウイルス科に属し,ネッタイシマ カやヒトスジシマカなどのヤブカ属が媒介する.アフリカ,
東南アジア,ミクロネシアでの感染例が報告されているが,
これまで本邦では報告がなかった.今回,我々はフランス 領ポリネシアおよびタイ・サムイ島で感染したと思われる ジカ熱症例 3 例を診断したので報告する.症例 1:生来健 康な 27 歳の日本人男性が 2013 年 12 月 2〜7 日まで観光の ためにフランス領ポリネシアのボラボラ島に滞在した.12 月 9 日より頭痛,発熱,10 日より関節痛,12 日より咽頭 痛と皮疹がそれぞれ出現した.13 日に当院を受診した際 は,体温 37.2℃ で,顔面,体幹,四肢に掻痒感を伴わな い紅斑を認めた.血液検査では白血球減少および血小板減 少がみられた.国立感染症研究所で行った 12 月 13 日の血 清の realtime RT-PCR 検査で ZIKV RNA を同定し,同ウ イルスによる感染症と診断した.受診翌日に解熱し,紅斑 はその後緩除に消退した.症例 2:生来健康な 33 歳の日 本人女性が 2013 年 12 月 14〜23 日までフランス領ポリネ シアのボラボラ島に滞在した.12 月 23 日頃より 37℃ 代 後半の発熱が出現し,29 日から頭痛,後眼窩痛が出現し た.31 日から顔面,体幹,四肢に皮疹が出現した.1 月 2 日には発熱,頭痛は消失したが,皮疹の掻痒感が増強した ため 1 月 3 日に当院を受診した.体温 36.9℃ で,身体所 見上,眼球結膜充血,両顎下・鼠径リンパ節腫脹および顔 面,体幹,四肢に紅斑を認めた.血液検査では白血球減少 および血小板減少を認めた.国立感染症研究所で行われた realtime RT-PCR 検査 で 尿 中 か ら ZIKV RNA を 同 定 し,
同ウイルスによる感染症と診断した.その後数日かけて皮 疹は消退傾向となった.症例 3:副鼻腔炎に対して治療歴 がある以外は特に既往のない 41 歳日本人男性が,2014 年