国立成育医療研究センター病院集中治療科 中川 聡 敗血症は,1991 年 の American College of Chest Physi-cians(ACCP)/Society of Critical Care Medicine(SCCM)
コンセンサス会議では,感染症によって引き起こされた全 身性炎症性反応症候群(systemic inflammatory response syndrome)と定義づけられた.敗血症のうち,臓器障害 を伴う病態を重症敗血症と呼んだ.重症敗血症の死亡率は,
約 3 割とされる.この ACCP/SCCM コンセンサス会議定 義が最近まで広く使用されてきたが,今年,その定義が全 世界的に改訂された.新定義では,敗血症は,感染症に伴 う臓器不全と定義される.すなわち,旧定義の重症敗血症 が,新定義の「敗血症」となったのである.
旧定義の重症敗血症でも,新定義の敗血症でも,感染症 にともなって臓器不全を呈した状態が注目される.その臓 器障害は,心血管系,呼吸器系,腎泌尿器系,肝臓,中枢 神経系,造血器といった多臓器で出現しうる.これらの臓 器障害は,補助療法が必要となり,集中治療の対象となり うる.
我が国の敗血症の死亡者数は,過去 10 年で 1.8 倍に増 加している.これは,高齢化社会に突入し,高齢者の敗血 症罹患が増えていることに他ならない.これは,肺炎によ る死亡者数が増えている状況とリンクしていると考える.
敗血症の初期症状は,発熱を除くと,非特異的な症状か ら判断をせざるを得ず,早期発見が難しいという特徴があ る.救急外来で対応する医師や,病棟急変に対応する看護 師が,敗血症をいかに疑って,その後の治療を続けるかが カギとなる.病院内での早期発見では,Early Waring Score とか Rapid Response Team のような仕組みを活用すると いうのも,一案である.
前述の通り,敗血症の死亡率は約 3 割である.一方,生 存した患者は,すぐに罹患前の状態に戻れるのであろうか.
米国からの報告では,かなりの数の患者が,回復後,日常 生活に支障をきたす状態を有することがわかっている.す なわち,敗血症の生存者にとっては,適切なリハビリテー ションや長期支援が必要となることが多い.
敗血症診療においては,早期発見,早期治療の開始,重 症度に合わせての集中治療,その後の,生存者のリハビリ テーションや長期支援といったシームレスな連携が重要で ある.その連携においては,感染症専門家と集中治療医と いった専門家の連携のみならず,他の領域の医師,看護師,
薬剤師,臨床検査技師,臨床工学士,理学療法士,作業療 法士,ソーシャルワーカーといった多職種によるチーム医 療が重要である.この様な診療体制の確立のためには,医 療従事者においても敗血症の認知をさらに高めること,早 期の認識から早期の治療開始へのプロセスが機能している かどうかを評価すること,さらには,適切な感染症治療や 補助療法によって,患者の生命予後や機能予後がどのよう に改善されるかを評価する必要がある.
ランチョンセミナー 11
1.救 急・集 中 治 療 領 域 に お け る 抗 菌 薬 バ ン ド ル―
MRSA 感染症を中心に―
広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学 部門救急集中治療医学
志馬 伸朗 救急集中治療領域における感染症診療は,重症患者の予 後に直結する重要な診療項目である.対象感染症の多くは,
敗血症/敗血症性ショックの病態をとることが多い.敗血 症に関しては,複数の臨床研究及びこれらをまとめたシス テマティックレビュー/メタ解析,および診療ガイドライ ンが存在する.これらで述べられている感染症診療のポイ ントとして,1)初期経験的抗菌薬の適切性(感染巣に適 切な移行能を有し,のちに判明する原因微生物に対して感 受性を有するものが使用されていること)が,生命予後を 改善させる因子である,2)原因微生物を同定し適切性を 評価するために,抗菌薬投与前に血液培養および想定され る原因臓器からの膿性献体を微生物検査に提出する,3)初 期抗菌療法の後,培養同定感受性結果に基づき適切な標的 抗菌薬に変更する,および/あるいは,可及的早期に抗菌 薬を終了する,などがあげられる.
一方,ICU 内はもとより,院内で発生する感染症は,耐 性 菌 に 起 因 す る 危 険 性 が 高 い.近 年 で は,Extended-spectrum beta-lactamase(ESBL)産生菌や,カルバペネ ム耐性菌などグラム陰性桿菌群への注目が集まっている が,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は依然とし て頻度の高い主要な耐性菌の一つである.これら耐性菌に 対する配慮が,感染症診療における重要課題である.
MRSA に対する抗菌治療に関しては,わが国では本学 会からも MRSA 感染症の治療ガイドライン が報告さ れ,診療指針として広く利用されている.しかし依然とし て,現場の診療では悩む場面が少なくない.とりわけ救急 集中治療患者においては,患者背景や重症度とも関連して,
MRSA 感染症診療において特別な配慮を考慮すべき点が ある.
以上を踏まえ,本講演では,現時点までに得られるエビ デンスに実際の臨床現場の現状も加味し,救急集中治療領 域における抗菌治療の原則を,主として敗血症を対象に 抗 菌薬バンドル として提示する.とりわけ,MRSA が原 因菌である場合の抗菌治療において留意すべき点を,各原 因臓器に分けてまとめてみたい.
2.劇症型感染症の発症メカニズム―呼吸器感染症から の考察―
東邦大学医学部微生物・感染症学講座
舘田 一博 肺炎が死因の第三位となった現在,これまで以上に呼吸 器感染症が注目される状況になっている.過去 20 年の疫 学統計において,高齢者肺炎死亡数の著明な増加,若年者 の呼吸器感染症における死亡数の減少は明らかであるが,
成人年齢における肺炎死亡の割合は大きく変化していない ことが報告されている.いわゆる健常成人における重症 型・劇症型呼吸器感染症の問題である.なぜこの人がこの ような重症肺炎になるのか,臨床的に説明のできない症例 に遭遇することがある.原因菌としては肺炎球菌,レジオ ネラ,あるいはインフルエンザ後の細菌性肺炎などが重要
であるが,その発症メカニズム,劇症化機序に関しては明 らかになっていない.肺炎球菌性肺炎においては,マウス 感染モデルにおいて,CBA/JN マウスが肺炎球菌の莢膜 型 19 に対して特異的に高い致死感受性があることが報告 されており,現在,その遺伝学的背景および致死感受性の メカニズムについて検討されている.またレジオネラ肺炎 においては,気道上皮細胞のアポトーシスが本症の発症病 態に関連していることが明らかとなっており,また高濃度 の酸素が本症の病態の悪化の要因となっていることが報告 されている.臨床で経験されるレジオネラ肺炎では,陰影 に比して強い低酸素血症が見られることが多く,これらの 知見は本症の発症病態および重症化機序として重要である と考えられる.また,インフルエンザ後の肺炎球菌あるい は黄色ブドウ球菌性肺炎の合併が生存率に大きく影響する ことは以前より知られていた.そのメカニズムに関して多 数の報告がなされているものの,依然として不明な部分も 多いと言わざるを得ない.ウイルス感染により惹起される 気道線毛の破壊や感染防御反応が,続発する細菌感染症の 抵抗性を減弱させているという事実は重要である.これら 知見から,抗菌薬以外の新しい治療法が見つかってくるこ とが期待されている.本講演では,健常人に発症する劇症 型呼吸器感染症の発症メカニズムに関して,臨床的特徴を 概説するとともに,各種動物感染モデルを用いた実験系に よる発症病態の解析結果を報告したい.それぞれの細菌が もっている病原因子と,これに対する生体反応の視点から 劇症型呼吸器感染症の発症メカニズムについて考察し,こ れからの治療戦略の方向性についてご参加の先生方と議論 できればと考えている.
ランチョンセミナー 12
成人の肺炎における原因菌の動向と治療 大分大学医学部呼吸器・感染症内科学講座
梅木 健二,門田 淳一 成人の肺炎は呼吸器感染症の代表的疾患で,わが国にお ける肺炎の死亡者数は年間 12 万人を超え,2011 年以降死 因の第 3 位となり,その約 96% を 65 歳以上の高齢者が占 める.高齢化率を先進諸国で比較すると,わが国は 1980 年代までは下位,90 年代には中位であったが,2005 年以 降最も高い水準となり,世界のどの国もこれまで経験した ことのない高齢社会を迎えている.このように世界に例を みない速度で高齢社会が進展したために,肺炎を取り巻く 環境も大きく変化した.欧米には存在しない介護保険制度 が 1997 年に制定され,そのシステムの元に「老健」や「特 養」などの介護施設や自宅で介護を受けている高齢者が増 加し,これらの高齢者は市中肺炎では比較的分離頻度の少 ない肺炎桿菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌などの原因 菌による肺炎を発症することが報告されてきた.
また,悪性新生物による死亡者数は,1981 年に脳卒中 を抜いて以来増加し続けているが,診断率の向上に加えて 化学療法をはじめとする治療も進歩し,副作用対策の改善 もあって治療効果の向上がみられ,外来化学療法へ移行す
るケースが多くなった.さらに関節リウマチなどの難治性 免疫性炎症性疾患に対してはステロイドや免疫抑制薬に加 え,TNF 阻害剤や IL-6 受容体阻害剤などの生物学的製剤 が開発され,既存の治療法と比較して優れた有効性が得ら れるようになっている.しかしながら,こうした最近の医 療の急速な進歩と引き換えに免疫抑制状態をきたし,肺炎 をはじめとした感染症を発症するリスクが増加してきてい る.従って,市中といえども高度のリスクを有する宿主に 肺炎が生じる可能性が増加してきていることに注意すべき である.
このように高齢化,すなわち老化による身体機能の低下 に伴った肺炎や,高度医療(抗癌剤や免疫抑制薬,血液透 析など)に伴う耐性菌性肺炎や日和見感染が増加した社会 背景を考慮して,日本呼吸器学会から医療・介護関連肺炎
(NHCAP)診療ガイドラインが策定された.NHCAP は それ自体が診断・治療のストラテジーを決定する上で重要 な概念であるとともに,このような時代的背景や経緯を考 えると,市中肺炎から多くの耐性菌肺炎や予後不良肺炎を 除外する上で重要な概念であるといえよう.NHCAP は,
多様な環境における種々の病態・基礎疾患・合併症を背景 として発症する肺炎であり,個々の病状は一様でなく,基 礎にある病態によってリスクが異なる.近年国内において NHCAP に関する研究が多数報告されており,耐性菌保有 リスクや死亡に関わる因子の解明が進んできている.
NHCAP の主要な原因は誤嚥性肺炎であるとされている が,多くは不顕性誤嚥によって生じるため,わが国の高齢 社会と踏まえると市中肺炎にも誤嚥性肺炎が含まれている と考えられる.我々は,市中肺炎と NHCAP を含めた超 高齢者の誤嚥性肺炎を,(1)神経疾患または意識障害によ る臨床的な嚥下障害の所見がある,(2)背側・下葉に分布 する陰影が胸部 CT で確認された症例と定義し,死亡のリ スク因子を解析したところ,耐性菌を標的とした治療の失 敗よりも誤嚥性肺炎の存在自体が予後不良の因子であるこ とを明らかにした.つまり予後不良の因子は耐性菌や発症 の場による肺炎の分類のみならず,反復する誤嚥性肺炎な どの患者背景にもあることを認識すべきである.
現在の肺炎診療は,発症の場による分類をもとにガイド ラインで定義されたことで,治療ストラテジーは明確に なっている一方で,病態や背景因子は複雑になってきてい るため,生命倫理等を含めた肺炎を取り巻く環境は混沌と してきている.近年の研究で解明された耐性菌保有リスク や予後規定因子は,NHCAP に特有のものではなく成人の 肺炎に共通していると考えられ,成人の肺炎を統括したガ イドラインの作成が望まれており,現在肺炎のガイドライ ンの改訂作業が行なわれている.本講演ではこのような成 人の肺炎について現状を踏まえ総合的に考察したい.
ランチョンセミナー 13
1.最新 HIV 感染症治療ガイドラインの解説 東京大学医科学研究所附属病院感染免疫内科
鯉渕 智彦