東北大学病院
中島 一敏 有史以前から,感染症は多くの命を奪ってきた.感染症
は嫌忌,恐怖の対象であり,合理的な対応が行われていな かった.が,19 世紀に微生物が感染症の原因となること が明らかとなり,20 世紀にワクチンや抗菌薬・抗ウイル ス薬などによる感染症に対する予防法や治療法が確立,医 療・公衆衛生システムに組み込まれることで,人類に対す る感染症の被害は劇的に減少した.
1960〜70 年頃,日本を含む先進国では,感染症は医療・
公衆衛生の主要課題ではなくなった.しかし,その後,エ ボラウイルス病(EVD),HIV/AIDS など,新興感染症が 毎年のように出現するとともに,コレラ,マラリア,デン グ熱等の感染症による被害が拡大,バイオテロの脅威が現 実のものとなり,感染症対策は,「グローバルな危機管理」
と考えられるようになった.
1992 年,米 国 で は,国 立 科 学 ア カ デ ミ ー 医 学 研 究 所
(IOM)の「健康に対する微生物の脅威」に関する委員会 は, Emerging infections:microbial threats to health in the United States.(新興感染症:米国における健康に対す る微生物の脅威) と題する報告書で,新たな感染症を探 知,コントロールするには,以下の機能強化が重要である と指摘した.
・サーベイランス
・新たな健康被害の集積を探知するシステム
・微生物検査・実験施設
・発生状況の分析・発信する情報システム
・情報のフィードバック,調査対応チームの派遣システ ム
米国では,この報告に基づき,国内の大規模な組織改編 が行われた.
世界保健機関(WHO)は,1996 年,World Health Report
(世界保健報告)で感染症を取り上げた.毎年,世界で 1,700 万人が感染症で死亡している とし, 我々は,今や感染 症による世界的な危機に瀕している.どの国も安全ではな い.どの国もその脅威から目を背けることはできない と 世界が結束して対策に当たる必要性を訴えた.新たな感染 症の発生は,疾患の届出による従来型のサーベイランスで は探知できない.WHO は,1997 年,Outbreak Verification System(OVS)と呼ばれる新たなサーベイランスシステ ムを構築した.OVS は,メディア情報等,時には確証の 無い「噂情報」も疾患発生探知の情報源として取り扱う.
公式,非公式情報をスクリーニングし,国際的な公衆衛生 上重要であると考えられた場合には,WHO のネットワー クを通じ,情報の真偽を含め積 極 的 な 情 報 収 集 を 行 う
(Verification).追加情報をもとに更にリスク評価が行わ れ,必要に応じ現地のアウトブレイク対応や情報発信が実 施される.
新興感染症の多くが,ズーノーシス(人と動物の共通感 染症)である.以前より公衆衛生(Human health),動物 衛生(Animal Health),環境衛生(Environmental Health)
の連携の必要性は認識されていたが,近年,One Health という概念が提唱された.例えば,鳥インフルエンザ対策
では,人のインフルエンザ対策(公衆衛生),家禽類での 対策(動物衛生),野鳥・環境での対策(環境衛生)では,
分野横断的な連携が行われている.
2002〜03 年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の苦い経 験を経て,2005 年,WHO 総会で,感染症対策上唯一の国 際的な法的枠組みである国際保健規則(IHR)が大幅に改 正された.本レクチャーでは,SARS,EVD 等の感染症 危機事例を引用しながら,国際的な感染症危機管理につい て解説する.
ベーシックレクチャー 4
ボ ツ リ ヌ ス 症,破 傷 風,お よ び,Clostridium difficile 感染症におけるベーシックス
国立感染症研究所細菌第二部
加藤 はる ボ ツ リ ヌ ス 症,破 傷 風,お よ び,Clostridium difficile 感染症は,Clostridium 属菌による感染症でありながら,
臨床経過も,発症時の対応も,細菌学的検査も,まったく 異なる疾患である.本発表では,本三感染症の検査と対応 についてポイントをおさらいする.
ボツリヌス症は,四類感染症として全数把握対象疾患で,
現在までに国内で報告された症例は,乳児ボツリヌス症か,
ボツリヌス食中毒か,あるいはその他原因不明である.ボ ツリヌス症が疑われた場合は,保健所に連絡し,地方衛生 研究所か国立感染症研究所で検査を行う.血清および糞便 検体においてボツリヌス毒素検出,糞便検体においてボツ リヌス菌(あるいはボツリヌス毒素産生Clostridium 属菌)
分離培養検査が行われる.重要なのは,乳児ボツリヌス症 か,そうでないのかにより,大きく対応が異なる点である.
ボツリヌス食中毒の可能性がある場合は,疑わしい原因食 品(特に,真空パックなどの容器包装詰低酸素食品)につ いての調査を迅速に開始する必要がある.食品の調査に関 しては,国立医薬品食品衛生研究所が支援する.治療に用 いる乾燥ボツリヌスウマ抗毒素は国が備蓄しており,都道 府県(緊急時には厚生労働省)に供給を依頼する.乳児ボ ツリヌス症の治療にはボツリヌスウマ抗毒素は使用せず,
対処療法を行う.1989 年の事例を最後にハチミツと関連 した症例は報告がなく,1990 年以降発症の乳児ボツリヌ ス症の感染源は不明である.
破傷風は,感染症法に基づき届出を行わなければならな い五類感染症で,日本では年間 100 例以上の報告がある.
破傷風の診断は 100% 臨床症状から行われ,特別な細菌学 的検査はない.2013 年に行われた流行予測調査によると,
1968 年以前に出生した年齢層で血清中抗破傷風毒素抗体 価が低く,全菌体型百日せきジフテリア破傷風混合ワクチ ン(DPT)定期接種が開始された時期と一致する.その 後,DPT は 1981 年に沈降精製百日せきジフテリア破傷風 混合ワクチン(沈降 DTaP)に切り替わり,現在は不活化 ポリオワクチンとの 4 種混合ワクチンとして 1 期接種が行 われる.2 期の接種は沈降ジフテリア破傷風混合トキソイ ドとして 11 歳以上 13 歳未満に行われる.治療には抗破傷
風人免疫グロブリンが用いられる.
C. difficile 感染症(CDI)は,抗菌薬関連下痢症・腸炎 として発症することが多く,ボツリヌス症や破傷風とは異 なり頻繁に認められる疾患である.海外からは,全数把握 するなど国としてサーベイランスを行うことにより本感染 に対する認知度が高まり,適切な感染管理につながったこ とが報告されているが,日本ではサーベイランス施行の意 義を示すエビデンスさえ不十分な状況である.2007 年に 厚生労働省から CDI 院内感染対策の徹底に関して,重篤 な事例等では保健所,地方衛生研究所,国立感染症研究所 に支援を求めるよう「事務連絡」が出ているが,医療機関 においても自治体においても本感染症の重要性が充分理解 されているとは言い難い.CDI は細菌学的検査を行わな ければ診断されない.もっとも重要なのは,臨床的に本症 を疑い,適切な検体採取と検査依頼をするステップである.
一方,治療経過のチェックや隔離解除の判断目的の検査や,
無症候キャリアの検査は行わないのが原則である.CDI は医療関連感染として重要で,しばしば院内アウトブレイ クが発生し対応に難渋する.アウトブレイク発生を早期に 感知するためには,アウトブレイクではない状態での院内 CDI 発生率を正確に把握しておくことが前提である.反 対に,CDI の発生率が非常に低い医療機関や病棟では見 過ごされている症例があることを考えなければならない.
感染対策は,接触予防策に加え,医療機関全体で抗菌薬適 正使用に取り組むことが有効である.また,一部で臨床試 験が開始されたワクチンにも期待がよせられる.
ベーシックレクチャー 5
在宅ケアにおける感染症と感染対策
沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科 高山 義浩 急速な高齢化とともに,慢性疾患を抱えて生活する高齢 者が増えている.また,悪性腫瘍の終末期など,なるべく 最期まで在宅で過ごしたいという希望をもって在宅ケアを 選択する高齢者も増加してきた.
こうした在宅高齢者において,発熱とは頻度の高い症候 である.その多くが感染症であるが,薬剤熱や腫瘍熱など 非感染性による可能性も否定できず,診断に難渋すること が多い.また,病院医療と比して,在宅医療における発熱 診療では,医師の役割は相対的に低下しており,家族の観 察力や訪問看護師の判断力が重要となる.このことは一方 で,家族や訪問看護師の力量によって,発熱診療のスタイ ルも変わってくることを意味している.
とくに,在宅医療を選択したことによるリスクを自覚し ていることが重要で,次に,在宅のリソースを最大限活用 することで,そのリスクを最小化できるかを検討しなけれ ばならない.入院医療であれば,継時的にバイタル管理を 行うことで,敗血症性ショックを早期に発見することがで きるだろう.必要に応じて採血をすることで,薬剤による 副作用も早期に発見して対処できるだろう.しかし,在宅 ケアでは訪問看護師が 1 日 1 回行くのが限度である.訪問