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9. カーエアコン用新冷媒(R1234yf)国内導入における規制緩和への取組み

9.6 R-Map によるリスクアセスメント

9.6.1 危害の発生確率

危害の発生確率を FTA(Fault Tree Analysis:故障の木解析)により算出した.FTA とは,好ましくない事象

(頂上事象)を初めに設定し,その故障・事故に至る道筋を,発生確率と共に,FT 図(故障の木図)で表し分 析する手法である.上位の故障・事故から下位の原因へとトップダウン的に展開していく.

既に SAE では,整備工場における着火リスクを FTA で評価した報告書を発行している(Gradient Corporation,

2008, 2009).ここで得られた知見を参考にして,日本の整備現場の実態等を考慮したFTAを実施した.

FT図を図9.7に示す.頂上事象は「着火」である.着火するには,「冷媒が燃焼する濃度(LFL(下限可燃限界)

~UFL(上限可燃限界))」,「不適切な換気状態での作業」,「最少着火エネルギーを上回るエネルギーを 伴う火炎源の存在」の 3 事象が同時に起こる必要がある.これを表 9.3 のリスクの整理に基づき,「ホース接続 部」,「ホース破断」,「ボンベ」の部位ごとに分け,アンケート,試験,シミュレーションにより得られた データを基に,各事象の発生確率を求めた.

図9.7 FT図

(a) 冷媒の漏洩(図9.7中の※1)

アンケートから得られた漏洩件数により漏洩確率を算出した.

(b) 不十分な換気(図9.7中の※2)

そもそも法令で換気が義務付けられていることもあり,アンケートでは換気不可の回答がなかった.また,着 火試験および漏洩シミュレーションにより,屋内および隙間のある容器内では,換気状態であり冷媒流速が最 大燃焼速度を超える為安定した火炎が生じないことがわかった.作業中の現場で空気の流れが全くないとは極 めて考えにくいため,10-8とした.

(c) 可燃域内の着火源(図9.7中の※3)

着火試験では,約 10 cmの可燃域内でも,屋内での空気の対流により,16 Jのスパークでも安定した火炎が発生 しなかった.更に,教育を受けた整備士が,暖房機や溶接機等の設備を,可燃性冷媒を扱う作業場所から約 10 cm以内の距離で扱うとは極めて考えにくい.また,回収・充填機内で最大着火エネルギーを持つ着火源はコンプ レッサー駆動型リレー接点である.図 9.8 に示すように,カバーで覆われて外気との隙間が微少であるため,

R1234yfの消炎直径(火炎が通過しない最大孔径)が7 ~ 8 mmであることを考慮すると,仮に接点部で着火した

としても周囲への延焼は考えられない.よって10-8とした.

(d) 着火

以上より,着火の発生確率は1 × 10-18となった.一般財団法人日本科学技術連盟R-Map実践研究会の指針に基づ き,重要保安部品である当該部品の発生頻度0レベルを10-8とすると,本最終事象の発生頻度は「考えられない レベル」となる.

作業中にホース 接続部から漏洩

不十分な換気

作業中にホース 破断による漏洩

作業中にボンベ から漏洩

可燃域に十分な 着火エネルギーを 持つ着火源の存在

不十分な換気

不十分な換気 可燃域に十分な

着火エネルギーを 持つ着火源の存在

可燃域に十分な 着火エネルギーを 持つ着火源の存在 ホース接続部での

漏洩による着火

ホース破断での 漏洩による着火

ボンベでの 漏洩による着火

着火

AND

OR

AND AND

4.0×10-3

1×10-8

4.6×10-3

1×10-8

1.3×10-3

1×10-8 1×10-18

「考えられない」

レベル

1×10-8

1×10-8

1×10-8 4.0×10-19

4.6×10-19

1.3×10-19

2

※2

2

※1

※1

1

3

※3

※3

図9.8 回収・充填機内のリレー(汎用品)

9.6.2 危害度

危害度は,着火試験結果より求めた.具体的には,物理的指標(熱,圧力)として火炎温度,輻射熱,音圧,

化学的指標(毒性)としてフッ化水素(HF)濃度に基づいた.

実際の整備作業場および回収・充填機内部を想定した試験では着火しなかったため,熱,圧力,毒性とも認めら れず,危害度は0(無傷)であった(表9.5).

表9.5 整備作業場での危害

測定項目 測定値 危害度

熱 火炎温度 温度上昇認められず 無傷

輻射熱 認められず 無傷

力 音圧(爆風圧) 認められず 無傷 毒

性 HF濃度 認められず

(濃度計で0.0 ppm) 無傷

一方,密閉空間で燃焼する最悪条件を想定した試験では,表9.6のような結果となった.映像を分析すると,

着火の 1.25秒後に 50cm離れた側壁の塩化ビニルシートに延焼し,400℃以上になったと推定できる.ただし,

爆発的な燃焼ではなく,火炎が仮に人体に触れたとしても,火炎の持続は数秒であるため,軽い火傷程度と考 えられる.また,HF 濃度は最大許容濃度を超えるため,作業者が HF を浴びると刺激を感じる可能性があるが,

HF はすぐに拡散し危険域に達するほどの時間的持続はなく,作業者も避難することが可能である.以上より,

最悪条件で着火した場合の危害度はI(軽微)と判断した.

表9.6 着火試験における 最悪条件(密閉空間)での危害

測定項目 測定値 危害度

熱 火炎温度 未測定

(映像より推定400℃以上) 軽微

輻射熱 未測定

圧力 音圧

(爆風圧)

無し

(映像より) 無傷

毒性 HF濃度 最大許容濃度(3ppm)を

超える 軽微

5.6.3 リスクの評価

以上で求めた発生確率と危害度により,R1234yf が回収・充填作業中に着火するリスクは,最悪条件での危害 度を考慮しても,R-Map上でC領域にプロットされる(図9.9).つまり社会的に十分許容可能なリスクである.

図9.9 R-Map