有用タンパク質の機能解明
2. NMR 法について
2.3 NMR によるタンパク質の立体構造解析法及び分子間相互作用解析法
溶液中のタンパク質の NMR 解析は,構造が未知の有機化合物の構造解析と 異なり,その一次構造(アミノ酸配列)はすでにアミノ酸シーケンスや DNA 塩 基配列解析等により決定されている。従って,タンパク質・ペプチドの NMR 解析の主な目的は,溶液中での立体構造解析やその動き(分子内運動性),そし て,リガント(例えば,酵素に対する基質や受容体に結合する化合物)等との 相互作用解析になる。NMR による立体構造解析や分子間相互作用解析等で,ま ず,最初におこなうのが NMR シグナルの帰属である。NMR シグナルの帰属 は,まずすでに他の手法で決定されたアミノ酸配列情報に基づき,2 次元プロト ン NMR スペクトルを用いて行われる。すなわち,直接スピン結合しているプロ トン間を観測する COSY(COrrelated SpectroscopY)スペクトル及び TOCSY
(TOtal Correlated SpectroscopY)スペクトルからの各種アミノ酸の側鎖の違 いを反映した特定のパターンによるアミノ酸の種類同定がおこなわれ,次いで空 間的に近接しているプロトン間を観測する NOESY(Nuclear Overhauser Effect SpectroscopY)スペクトルにおける隣接残基間 NOE の相関を利用してのアミノ 酸の結合順序を含めた帰属がおこなわれる。このような配列情報に基づいたシグ ナル帰属は,配列特異的連鎖帰属法3)と呼ばれている(図 3)。最近では,3 次
図 3 2 次元プロトン法および多核多次元 NMR 法による NMR シグナルの 連鎖帰属法
元や 4 次元の多核多次元 NMR 法により,上記のプロトンだけでなく,13C や15N の化学シフト及びスペクトルパターンにより NMR シグナルの帰属が行われてい る(図 3)。多核多次元 NMR 法による NMR シグナルの解析は,直接結合する原 子同士の one-bond スピン結合を用いた連鎖帰属法であるので,2 次元プロトン NMR 法に比べ分解能と感度にすぐれており,より高分子量のタンパク質の解析 が可能である。ただし,天然にわずかに存在する安定同位体である13C や15N を 測定核として使用するため,タンパク質を13C や15N でラベルする必要がある。
NMR による溶液中での立体構造解析では,NMR シグナルの帰属に続いて,
NOESY スペクトルを用いて,空間的に近接しているプロトン間の NOE シグナ ルを帰属する。NOE は基本的に距離の 6 乗に反比例するため,その帰属された NOE シグナルの強度より,空間的に距離の近いプロトン間同士の距離を算出し,
それを構造計算用プログラムで用いる原子間距離情報とする。この距離情報に加 え,さらに,スピン結合定数による二面角情報とアミドプロトンの重水素交換法 による水素結合情報を用いて,ディスタンス・ジオメトリー法やシミュレーテッ ド・アニーリング法による構造計算プログラムによりタンパク質の立体構造が決 定される(図 4) 4)。最近では,ラベルしたタンパク質を用いて分子内水素結合
図 4 NMR によるタンパク質の構造解析の手順
を直接観測する NMR 測定法も開発されている5)。構造計算プログラムとしては,
X-PLOR 6),CNS 7)及び CYANA 8)が現在,主に用いられている。
また,上で述べたような溶液中での立体構造及びその分子内運動性の解析以外 にも,NMR は,タンパク質の機能解明のためにリガンド等との分子間相互作用 解析にも用いられている。いくつもある NMR による分子間相互作用解析法の中 で,我々がこれまでに研究で用いたケミカルシフトマッピング法および NMR 滴 定実験法(図 5)と飽和移動差(saturation transfer difference,STD)-NMR 法(図 6)について,ここで簡単に説明する。ケミカルシフトマッピング法は,一般 に,15N でラベルしたタンパク質を用い,1H-15N Heteronuclear Single-Quantum Correlated(HSQC)スペクトルにおける,主にタンパク質主鎖の15N と15N に 結合した1H との NH の相関ピークを,リガンドを加える前と後で比較し,化学 シフトが変化した NMR シグナルを同定することにより,リガンドとの相互作用 部位を調べる方法である(図 5)。タンパク質のアミノ酸残基配列順(一次構造)
では遠く離れているが,立体構造をとることにより空間的に近接している幾つか のアミノ酸残基がリガンドと結合するため,すでにそのタンパク質の立体構造が 分かっていると,より正確に相互作用部位の推定が可能である。なお,ケミカル シフトマッピング法による相互作用部位同定において,直接結合に関与する部位 のみでなく構造変化に誘起された部位においても化学シフトが変化するため,直 接結合に関与する部位のみを精度良く検出する方法として,嶋田らにより開発さ れた NMR 転移交差緩和法9)がある。
図 5 1H-15N HSQC スペクトルを用いたケミカルシフトマッピング法及び NMR 滴定実験法
さらに,NMR 滴定実験法では,タンパク質溶液にリガンドを一定量ずつ添 加して,HSQC スペクトルを測定し,リガンド濃度変化に対するタンパク質の NMR シグナルの化学シフト変化を調べることにより,リガンドに対するタンパ ク質のアミノ酸残基ごとの結合定数を求めることができる(図 5)。この方法で は,リガンドとの結合において,1 つの NMR シグナルのみ観測され,遊離状態 から結合状態へその量比に従いシグナルがシフトする NMR の観測時間スケール より速い化学交換速度を持つ系についてのみ解析が可能である。しかし,著者 らは,さらに,その方法を改良して,遊離状態の NMR シグナルと結合状態の NMR シグナルの 2 つのシグナルが同時に観測される NMR の観測時間スケール より遅い化学交換速度を持つ系についても同時に結合定数を算出することを可能 にした。それについては,後ほど詳しく述べる。
STD-NMR 法は,近年,Meyer らにより開発された方法10)で,タンパク質に 選択的にラジオ波を照射して飽和させることにより,タンパク質に結合している リガンドに飽和を伝播させ,飽和を伝播されたリガンドのスペクトルを測定し,
その測定したスペクトルからタンパク質を飽和していないリガンドのスペクトル を差し引いて差スペクトルを得る(図 6)。この差スペクトルには,タンパク質 に結合するリガンドのみシグナルが観測されるため,リガンドのスクリーニング
図 6 飽和移動差(STD) -NMR 法の原理
Hc Hb
Ha
に使用される。さらに,タンパク質との結合に関与するリガンドの部位ほど,タ ンパク質からの飽和が伝播しやすく,STD-NMR スペクトルにおけるシグナルの 強度が強くなることから,リガンド中のタンパク質との相互作用部位(エピトー プ)同定にも利用されている。
3. NMR 法を用いた溶液中での立体構造解析及び分子間相互作用解析による機