Ⅳ 原子間力顕微鏡による食品の微細構造解析と
微鏡が用いられることが多い。これらの分解能は X 線解析等には及ばないが,高 次複合体のまま解析できるという利点を持つ。しかし,電子顕微鏡では,重金 属による試料の被覆と真空中観察が必要であり,食品本来の存在状態とは異な る環境下での観察にならざるを得ない。そこで我々は,走査型プローブ顕微鏡
(Scanning Probe Microscopy; SPM)による高分解能構造計測技術に着目して研 究を進めてきた。SPM とは各種プローブ顕微鏡の総称であり,生体試料の微細構 造観察には主に原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy; AFM)が用いられる。
AFM は電子顕微鏡と同等の分解能で微細構造を計測できるだけでなく,測定対 象に特別な表面修飾が不必要であるとともに,溶液環境下でも計測できる,と いった大きな利点を持つ顕微鏡である(図 1)。そのため,AFM は食品素材をは じめとした様々な生体試料の構造や相互作用の解析に適していると考えている。
1.2 食品関連分野で使われ始めた AFM
1986 年に Binnig らによって AFM が発明されてから3),AFM を用いた研究 報告件数(原著論文のみを対象とし,プロシーディング等は含めていない)が毎 年堅調な伸びを示している(図 2 A)。2009 年末までに 56,000 件を超える原著 論文が発表されており,2009 年の原著論文数は年間 5,000 件を超えるまでになっ た。個々の学術雑誌がカバーする学術領域から評価した研究分野の内訳(図 2 A)
を見ると,物理,化学,材料分野での報告が大半を占めており,これらの領域が AFM に密接に関連する学術領域であると言えよう。なお,通常 1 つの学術雑誌 は複数の専門分野をカバーしているため,本調査では研究分野毎に論文件数の重 複が含まれていることを予め了解されたい。
一方,AFM を食品関連研究に適用した,もしくは食品関連研究者が AFM を 扱って研究論文を発表した事例を調査したところ,総原著論文数は 400 件を超え ており,2007 年以降急激に論文数が伸びていることがわかる(図 2 B)。これは,
図 1 代表的な顕微鏡とその分解能範囲
それまで続けられてきた装置改良等の研究開発が一段落し,装置関係の専門家以 外でも利用しやすい環境が整ったことが一因と考えられる。また,AFM 関連の 原著論文数全体(図 2 A)に比べて,バイオや高分子関連における報告件数の割 合が比較的高く,物理,化学,材料関連の研究領域が占める割合が相対的に低い ことが特徴である(図 2 B)。これは,食品関連分野では生物由来の試料を観察 対象とするケースが多いものの,ハード面での技術革新にはあまり関与していな いためと推察できる。従来から AFM のセールスポイントは,「溶液中や大気中 での高分解能画像取得」だったが,食品関連分野ではその利点をようやく実際に 活かせる時代に入ったことを物語っているのだろう。
図 2 AFM あるいは電子顕微鏡を用いた研究の動向 A. AFM を用いた研究論文数の推移と学術雑誌の対象分野
B. 食品関連研究での AFM を用いた研究論文数の推移と学術雑誌の対象分野 C. 食品関連研究での電子顕微鏡を用いた研究論文数の推移と学術雑誌の対象分野
さらに,キーワードを AFM から電子顕微鏡に換えて同様の検索をすることに より,食品関連分野における構造観察の推移を見たのが図 2 Cである。2009 年 の AFM の原著論文数は約 20 年前の電子顕微鏡の報告件数程度でしかないが,
AFM と電子顕微鏡とについて共に研究報告数が伸び続けていることから,今後 も食品関連研究での微細構造解析や相互作用解析に高い需要が見込まれると考え ている。
AFM の基本性能は電子顕微鏡と同じくモノを観ることであるが,様々な研究 領域で多様な使い方をされている装置であるため,アイディア次第で独自の解析 手法を構築できる。つまり,研究ツールとして AFM を適用する際には,「いか にうまく AFM を活用するか」という視点がポイントとなる。そこで本稿では,
AFM 技術の概略(2 章,3 章)とともに,食品科学や生化学に立脚して AFM の画像化を適用した研究事例(4 章)と,画像化とは異なる「相互作用力測定モー ド」を活用した新規試験管内食品吸収評価技術の開発状況(5 章)について紹介 する。これらが,今後進展が予想される食品ナノテクノロジーに貢献するととも に,多くの方が食品の微細構造解析や相互作用評価における AFM の可能性を考 える端緒となれば幸いである。