ヴィシュヌ派の伝統の中で、早期に成立したものがパーンチャラートラ派であるが、そ の思想がMBhの中に見られる。それは「ナーラーヤニーヤ章」(N¯ar¯ayan.¯ıya-Parvan)と呼
ばれ、MBh第12巻第321–339章が該当する。サーンキヤ思想はパーンチャラートラ派
の宇宙論の形成に関して多大なる影響を与えたものであり、「ナーラーヤニーヤ章」の中 にもその影響が見られる。本節では、MBh第12巻第327章と第326章に説かれるサー ンキヤ思想を取り上げ、検証した。
第 5.1 節 第 327 章における 8 つの原理
まず、最初の原理として、至高のアートマン(param¯atman)が言及される。
param¯atmeti yam. pr¯ahuh. s¯am. khyayogavido jan¯ah./
mah¯apurus.asamjñ¯am sa labhate svena karman.¯a//MBh 12.327.24
サーンキヤ・ヨーガを知る人々は、それ(カルパの始めにおいて展開したもの)を 至高のアートマンと言った。それは、大なるプルシャ(mah¯apurus.a)という名を、
自己の行為によって、獲得している。
それは、大なるプルシャ(mah¯apurus.a)とも呼ばれる。そして、それから展開するものは 次の通りである。
tasm¯at pras¯utam avyaktam. pradh¯anam. tad vidur budh¯ah./
avyakt¯ad vyaktam utpannam. lokasr.s.t.yartham ¯ı´svar¯at//MBh 12.327.25
それから生じた未顕現(avyakta)を覚者達はかのプラダーナ(根本原理、第一のも の)と知る。世界創造のために、主宰神(¯ı´svara)である未顕現(avyakta)47から顕
47中村氏は「自在力ある未顕現」と訳す[中村1998a: p. 949]。
現(vyakta)が生起した。
すなわち、至高のアートマンから、未顕現(avyakta)が展開する。そして、その未顕現 から顕現(vyakta)が生じるのである。未顕現から生まれるものは大なるアートマン(マ ハット・アートマン)である。それは、次のように、説かれる。
aniruddho hi lokes.u mah¯an ¯atmeti kathyate/
yo ’sau vyaktatvam ¯apanno nirmame ca pit¯amaham/
so ’ham. k¯ara iti proktah. sarvatejomayo hi sah.//MBh 12.327.26
実に、〔それは〕世界において、アニルッダ、大なるアートマン(mah¯an ¯atm¯a、マ ハットというアートマン)と言われる。そして、この顕現性(vyaktatva)を獲得し たもの(アニルッダ)は、祖父を作り出した。それが、アハンカーラであると言わ れる。実に、それは、あらゆる光からなるもの(tejomaya)である。
この大なるアートマンは、Moks.adharma-Parvanの他の箇所や、MSの例から明らかなよ うに、マハットと同義であり、SKではブッディに該当するものである。そして、この大 なるアートマンからは、アハンカーラが出現する。
アハンカーラからの展開は次の通りである。
pr.thiv¯ı v¯ayur ¯ak¯a´sam ¯apo jyoti´s ca pañcamam/
aham. k¯arapras¯ut¯ani mah¯abh¯ut¯ani bh¯arata//MBh 12.327.27
地(pr.thiv¯ı)、風(v¯ayu)、虚空(¯ak¯a´sa)、水(¯apas)、〔粗大元素の〕5番目としての
火(jyotis)、〔これらの〕粗大元素は、アハンカーラから生み出されたものである、
バラタ族の者よ。
アハンカーラからは、地(pr.thiv¯ı)、風(v¯ayu)、虚空(¯ak¯a´sa)、水(¯apas)、火(jyotis)と いう5粗大元素が生み出される。
以上のように、至高のアートマン→未顕現→大なるアートマン(マハット)→アハン カーラ→5粗大元素というパターンが考えられる。至高のアートマンは、未顕現を生み出 すこと、そして、大なるプルシャと呼ばれることから、SKで見られるような個々人の究 極的主体としてのプルシャというより、原人としてのプルシャとしてのイメージを彷彿と させる。そして、それ以外の8つの原理が、実際に世界を構成し、生み出すものとして考 えられているのであろう。
第 5.2 節 第 327 章における原理と神格の対応
上述した原理展開において、3つの原理には、それぞれ神格が対応していることが見い だせる。すなわち、未顕現(avyakta)には主宰神(¯ı´svara)が、大なるアートマンにはア ニルッダが、アハンカーラには祖父(pit¯amaha)が対応している。この祖父はブラフマー のことである。それは次の偈から明らかである。
ved¯an ved¯a˙ngasamyukt¯an yajñ¯an yajñ¯a˙ngasamyut¯an/
nirmame lokasiddhyartham brahm¯a lokapit¯amahah./MBh 12.327.30abcd
諸々のヴェーダ補助学を含むヴェーダと、諸々のヤジュニャ補助学を含むヤジュ ニャを、世界の祖父であるブラフマー(=アハンカーラ)は、世界の完成のために 創造した。
また、大なるアートマンに対応するアニルッダはヴューハ神の一柱である。ヴァース デーヴァ、サンカルシャナ、アニルッダ、プラディユムナから成る、パーンチャラートラ 派に特徴的なこの創造説は、すでにMBhにおいても言及される48。しかし、この第327 章の説では、他の3神は見いだせず、アニルッダのみが言及されている。
この章では、8種の根本原因と16変異の説に類似した原理展開が想定されるが、16変 異は見いだせない。5粗大元素の展開以降は、不明な点が多い。まず、次のように説か れる。
mah¯abh¯ut¯ani sr.s.t.v¯atha tad gun.¯an nirmame punah./
bh¯utebhya´s caiva nis.pann¯a m¯urtimanto ’s.t.a t¯añ ´sr.n.u//MBh 12.327.28
それ(アハンカーラ)は、諸々の粗大元素を創造し、次に、諸々のグナを作り出し た。そしてまさに、諸々の存在物(bh¯uta)から(のために?)、8つの物質形態を 持つものが生じた。それらをあなたは聞け。
粗大元素の創造の後に、アハンカーラからグナが創造される。そして、次に8つの物質形 態が生じる。8つの物質形態が如何なるものかは、次の偈に示される。
mar¯ıcir a˙ngir¯a´s c¯atrih. pulastyah. pulahah. kratuh./ vasis.t.ha´s ca mah¯atm¯a vai manuh. sv¯ayambhuvas tath¯a/
jñey¯ah. prakr.tayo ’stau t¯a y¯asu lok¯ah. pratis.t.hit¯ah.//MBh 12.327.29
実に、〔その8とは〕マリーチ、アンギラス、アトリ、プラスティヤ、プラハ、クラ トゥ、そして偉大なる魂を持つものであるヴァスィシュタ、さらにマヌ・スヴァー
48次節、第5.3節 を参照
ヤンブヴァである。それらが、そこにおいて世界が安定しているところの8つのプ ラクリティであると知るべきである。
以上のように、8つの物質形態は8つのプラクリティと呼ばれ、それぞれ、マリーチ、ア ンギラス、アトリ、プラスティヤ、プラハ、クラトゥ、ヴァスィシュタ、マヌ・スヴァーヤ ンブヴァという、聖仙たちの名が与えられている。聖仙たちが創造説に関与することは、
『マヌ法典』を想起させるが、その説と一致するものではない。
8つの物質形態は何から生まれるのか。“bh¯utebhyah.”を「存在物(bh¯uta)から」と考え れば、5粗大元素から8つの物質形態が生じると考えることができるであろう。しかし、
次のようにも説かれることも考慮したい。
as.t.¯abhyah. prakr.tibhya´s ca j¯atam. vi´svam idam. jagat//MBh 12.327.30ef そして、8つのプラクリティから、このあらゆる世界は生まれた。
すなわち、8プラクリティということから、現象世界を生み出す原理として想定されてい るのであろう。8種の根本原因と16変異の説では、この8プラクリティは、未顕現、マ ハット、アハンカーラ、5粗大元素を示すものである49。そのため、MBh 12.327.28での
“bh¯utebhyah.”が、「5粗大元素から」ではなく、「存在物のために」8つの物質形態が生ま
れたと解することもできる。そうすると、この8つの物質形態は、未顕現、大なるアート マン(マハット)、アハンカーラ、5粗大元素を示していると考えることもできる。いずれ にせよ、これらの記述だけでは、確定することはできない。
変異については次のように説かれる。
rudro ros.¯atmako j¯ato da´s¯any¯an so ’sr.jat svayam/
ek¯ada´saite rudr¯as tu vik¯ar¯ah. purus.¯ah. smr.t¯ah.//MBh 12.327.31
怒りの性質を持つルドラが生まれ、彼は、自ら他の10のものを生んだ。これら11 のルドラは、変異したプルシャと言われる。
ルドラから、10のルドラが生まれ、合計11となったルドラは、変異したプルシャと呼ば れる。変異と呼ばれること、そして、1+10ということから、マナス、5知覚器官、5行 為器官を示しているのかも知れない。
そして、次のように説かれる。
te rudr¯ah. prakr.ti´s caiva sarve caiva surars.ayah./
utpann¯a lokasiddhyartham brahm¯an.am. samupasthit¯ah.//MBh 12.327.32
まさにこれらのルドラたちとプラクリティとあらゆる神仙たちは、世界の完成のた
49MBh 12.203; 291; 298などで説かれる。その他、CS 4.1、BC 12などにおいも説かれる。
めに生まれたものであり、ブラフマーに近づいたものである。
11のルドラたち、プラクリティ、聖仙たちが世界を完成させるために生まれたと言うこと が説かれる。聖仙たちというのは先に挙げた8人のことであろうか。しかし、同定されて いるはずのプラクリティが単数で示され、判然としない。そして、これら世界を構成する ものたちは、ブラフマーに近づいたということから、ブラフマーと同じく創造者としての 機能を持つものと考えることができる。
以上のように、サーンキヤの原理展開と類似しながらも、神話的要素が混ざり、より一 層複雑な展開を示している。
第 5.3 節 第 326 章における原理展開とヴューハ説
ヴューハ(配置)とは、パーンチャラートラ派の創造説の中で最も特徴的なものであり、
4柱の神々の顕現である。その神々は、ヴァースデーヴァ、サンカルシャナ、プラディユ ムナ、アニルッダである。サンカルシャナは別名Balabhadraとも呼ばれ、ヴァースデー ヴァの兄である。また、プラディユムナとアニルッダはそれぞれヴァースデーヴァの息子 と孫である。ヴューハの神格は、上記の4名にS¯ambaを足した、ヴリシュニ族の5人の 英雄が元になっているとされるが、いつのころからかS¯ambaは除外され、ヴァースデー ヴァを頂点とするヴューハが形成されたという50。LT第2章などで説かれる説では、こ れらの神が6つの属性の配分によりそれぞれ顕現する。「知識」(jñ¯ana)と「力」(bala)の 組み合わせはサンカルシャナ、「自在力」(ai´svarya)と「勇猛さ」(v¯ırya)の組み合わせが プラディユムナ、「潜在力」(´sakti)と「光輝」(tejas)の組み合わせはアニルッダ、ヴァー スデーヴァは6つの属性全てを備えるのである。
まず、第326章では、25の原理が想定されている。
dvir dv¯ada´sebhyas tattvebhyah. khy¯ato yah. pañcavim.´sakah./ purus.o nis.kriya´s caiva jñ¯anadr.´sya´s ca kathyate//MBh 12.326.23
25番目と呼ばれるものが、24番目の原理より〔超えて存在する〕。それは、まさに プルシャ、無活動のものであり、知によって見ることができると言われる。
yam. pravi´sya bhavant¯ıha mukt¯a vai dvijasattama/
sa v¯asudevo vijñeyah. param¯atm¯a san¯atanah.//MBh 12.326.24
再生族の最上者よ。彼に入ってまさにあなたたちに解脱があるところのその者が ヴァースデーヴァであり、至高のアートマンであり、永遠なるものであると知るべ きである。
50[Rastelli 2009: p. 444]