この節では「モークシャダルマ篇」第298章38について取り扱う。この章では、8種の 根本原因と16種の変異の説に類似した24の原理の説が見られるが、一方で、9の創造の 説について説かれている。これら2種類の創造説による原理展開を考察する。
第 4.1 節 24 の原理説: 8 種の根本原因と 16 種の変異
ここでの原理展開では、まず始めに、8つの根本と16の変異の説が見られる。それは 次のように説かれる。
38ヤージュニャヴァルキヤ仙とジャナカ王の対話。
as.t.au prakr.tayah. prokt¯a vik¯ar¯a´s c¯api s.od.a´sa/
atha sapta tu vyakt¯ani pr¯ahur adhy¯atmacintak¯ah.//MBh 12.298.10
プラクリティは8つであり、また、変異(vik¯ara)は16であると言われている。さ て、内なるアートマンを思慮する者たち(adhy¯atmacintak¯ah.)は、〔それら8つのプ ラクリティのうち〕顕現(vyakta)は7つであると言う39。
ここでは、プラクリティすなわち生み出すもの、根本的な原因として8つのものが、そし てその変異として16のものが確認できる40。ただし、未顕現(avyakta)以外の7つは、
顕現したものとされ、未顕現のものから生み出されたものということである。8つの根本 原因がそれぞれ何であるかは次の11偈にあげられている。
avyaktam. ca mah¯am´s caiva tath¯aham. k¯ara eva ca/
pr.thiv¯ı v¯ayur ¯ak¯a´sam ¯apo jyoti´s ca pañcamam//MBh 12.298.11
〔8 つのプラクリティとは〕未顕現(avyakta)、マハット(mahat)、そしてアハン カーラ(aham. k¯ara)であり、さらに、地(pr.thiv¯ı)、風(v¯ayu)、虚空(¯ak¯a´sa)、水
(¯apas)、〔粗大元素の〕5番目としての火(jyotis)である。
et¯ah. prakr.tayas tv as.t.au vik¯ar¯an api me ´sr.n.u/MBh 12.298.12ab
さて、これら8つがプラクリティ(根本原因)である。また、〔16の〕変異(vik¯ara) も私に聞け。
以上にように、8つのプラクリティとして、未顕現(avyakta)、マハット(mahat)、アハン カーラ(aham. k¯ara)、地(pr.thiv¯ı)、風(v¯ayu)、虚空(¯ak¯a´sa)、水(¯apas)、火(jyotis)が あげられている。しかし、未顕現以外の7つのものに関して、ここでは展開の順序は説か れておらず41、列挙されているだけである。ただし、203章などと列挙されている原理は 一致する。第203章では5粗大元素のあげられている順序が異なり、この“pr.thiv¯ı v¯ayur
¯ak¯a´sam ¯apo jyoti´s ca pañcamam”の一節は第187章とまったく同じである。
さらに続いて16の変異があげられるが、まずは、5つの知覚器官が教示される。
´srotram. tvak caiva caks.u´s ca jihv¯a ghr¯an.am. ca pañcamam//MBh 12.298.12cd
耳、皮膚、目、舌、そして〔知覚器官の〕5番目としての鼻〔以上が16の変異のう ちの5〕である。
39中村氏は「内我の考察者たち(adhy¯atmacintak¯ah.)は、〔次のものを〕八プラクリティと言う。」[中村1998a:
p. 760]と訳している。
40その他、「モークシャダルマ篇」第294章でも確認できる。第298章では、24の原理をあげているだけだ が、第294章では、25番目の原理として、古典サーンキヤのプルシャに対応するものがあげられている。
41同章の16偈から開展の順序が説かれているが、内容が一致しない。次節を参照。
次に、感覚器官の対象と行為器官が示される。
´sabdaspar´sau ca r¯upam. ca raso gandhas tathaiva ca/
v¯ac ca hastau ca p¯adau ca p¯ayur med.hram. tathaiva ca//MBh 12.298.13
そして、音声、接触、色、味、香り、さらに、発声器官(口)、両手、両足、肛門、
生殖器〔以上が16の変異のうちの10〕である。
以上のように、マナスを除く15の変異として、5知覚器官(耳・皮膚・目・舌・鼻)、5つ の対象(音声・接触・色・味・香り)、5行為器官(発声器官・両手・両足・肛門・生殖器)
があげられている。これらの対応関係は、14偈において説かれている。
ete vi´ses.¯a r¯ajendra mah¯abh¯utes.u pañcas.u/
buddh¯ındriy¯an.y athait¯ani savi´ses.¯an.i maithila//MBh 12.298.14
王の中の王よ。これらは、5粗大元素における区別(vi´sesa)である。そして、これ らの知覚器官(buddh¯ındriy¯an.i)は区別を伴うものである。ミティラーの王42よ。
14ab の“ete” は何を指しているのであろうか。14cdで、知覚器官は「差別を伴うもの」
(savi´ses.¯an.i)とされているので、おそらく5つの対象を指すと思われる。しかし、直前の
5つの対象と5行為器官の10を指すとも考えられ、その場合は、5行為器官の対応関係 も説かれていることになる。そもそも、古典サーンキヤの開展説を鑑みれば、5知覚器官、
5つの対象、5行為器官という説明の並び方自体が不自然に思われる。第203章のように 5知覚器官、5行為器官、5つの対象という並び方で説かれる方が妥当に思われる。ここ では、それぞれの5粗大元素から、知覚器官とそれぞれの対象が生起したという。5粗大 元素に対応してそれぞれの5知覚器官とその差別として対象があるということである。し かし、5粗大元素の順番が対応していないことには注意すべきであろう。つまり、耳・音 声は虚空と、皮膚・接触は風と、目・色は火と、舌・味は水と、鼻・香りは地と対応させ るのが、順序として自然な流れであるが、この説を採用するに当たって前後関係を整理で きていないのである43。
一方、マナスは16番目として以下のようにあげられている。
manah. s.od.a´sakam. pr¯ahur adhy¯atmagaticintak¯ah./
tvam. caiv¯anye ca vidv¯am. sas tattvabuddhivi´s¯arad¯ah.//MBh 12.298.15
内なるアートマンの帰趨を思慮する者たち(adhy¯atmagaticintak¯ah.)、すなわち原理 の知識に精通した者たちである、あなたやそのほかの知者たちは、マナスが16番 目であると言う。
42ジャナカ王のこと。
43MBh第12巻187章も同様の対応関係が見られる。
マナスはどこから生まれるのか、全く説かれていない。しかし、同じ章の中では、説かれ ているため、後に説明する。
つまり、8つの物質原理として、未顕現(avyakta)、マハット(=ブッディ)、アハン カーラ、地、風、虚空、水、火をあげ、16の変異として、5種の知覚器官(耳・皮膚・目・
舌・鼻)、5種の行為器官(発声器官・両手・両足・肛門・生殖器)、5種の対象(音声、接 触、色、味、香り)、マナスをあげている。
以上のように、ここでは展開の順序は説かれておらず44、列挙されているだけである。
しかし、次の第299章45には、以下のように説かれる。
sr.jaty aham.k¯aram r.s.ir bh¯utam. divy¯atmakam. tath¯a/ catura´s c¯apar¯an putr¯an deh¯at p¯urvam. mah¯an r.s.ih./
te vai pitr.bhyah. pitarah. ´sr¯uyante r¯ajasattama//MBh 12.299.7
聖仙は、神聖なる性質を持つ物質的アハンカーラを創造した。大聖仙は、他の4人 の息子を、(粗大元素からなる)身体より以前に、〔創造した〕。実に、彼等は、父 達のための父であると言われている。最上の王よ。
dev¯ah. pit¯r.n¯am. ca sut¯a devair lok¯ah. sam¯avr.t¯ah./
car¯acar¯a nara´sres.t.ha ity evam anu´su´sruma//MBh 12.299.8
最上の人よ。神々は、父達の息子であり、その神々によって、動くものと動かない もの〔からなる〕諸々の世界は、覆われていると、このように伝え聞いている。
parames.t.h¯ı tv aham.k¯aro ’sr.jad bh¯ut¯ani pañcadh¯a/
pr.thiv¯ı v¯ayur ¯ak¯a´sam ¯apo jyoti´s ca pañcamam//MBh. 12. 299. 9
しかるに、最高存在のアハンカーラは、5種の存在物(bh¯uta)を創造した。地、風、
虚空、水、〔粗大元素の〕5番目の火である。
このように、アハンカーラから5粗大元素が生まれる事が説かれている。
この第298章において、8つの根本原因と16の変異の関係は、はっきりしない。おそ らく、5つの知覚器官と5つの対象が5粗大元素からの展開することは想定できるが、文
44同章の16偈から開展の順序が説かれているが、内容が一致しない。同章の16偈からの9つの創造と15 偈までの24の原理との内容が矛盾しているのである。つまり、9の創造ではマナスから5大元素が生ま れるのに対し、24の原理ではマナスは変異であって生み出す力は想定されていないのである。むしろ、ア ハンカーラから5大元素が生まれると考えられるのであって、そうなると、全く異なる原理展開になって しまう。おそらく、前半は「内なるアートマンを熟慮する者達(adhy¯atmacintak¯ah.)」の説で、後半は「覚
者達(budh¯ah.)」の説であると考えられる。次の299章には、アハンカーラから5種の元素を創造する説
を内なるアートマンを熟慮する者達に帰していることからもこのことが想定されよう。いずれにせよ、こ の章の作者は、異なるサーンキヤ説を混交して取りいれてしまったのかもしれない。
45内なるアートマンを熟慮する者達の説である。
脈上、5つの行為器官も5粗大元素から生み出されると考えることもできる。
第 4.2 節 9 の創造説:アハンカーラからマナスが生じる説
16偈から24偈までは、マナスからの展開を説く特殊な箇所で、創造の順序がはっきり と説かれている。
avyakt¯ac ca mah¯an ¯atm¯a samutpadyati p¯arthiva/
prathamam. sargam ity etad ¯ahuh. pr¯adh¯anikam. budh¯ah.//MBh 12.298.16
未顕現(avyakta)から、マハット・アートマン(mah¯an ¯atm¯a、大なるアートマン)
が生じる。王よ。覚者たちは、これを、根本原質に関する第1の創造と言う。
マハット・アートマン(mah¯an ¯atm¯a、大なるアートマン)は、マハットと同義であり、ブッ ディに相当するものである。第1の創造は、未顕現からマハットすなわちブッディの創造 である。
続いて、第2の創造について説かれる。
mahata´s c¯apy aham. k¯ara utpadyati nar¯adhipa/
dvit¯ıyam. sargam. ity ¯ahur etad buddhy¯atmakam. smr.tam//MBh 12.298.17
さらに、マハットからアハンカーラが生じる。王よ。〔覚者たちは〕これを第2の 創造と言い、ブッディを本性とするものと言われている。
第2の創造は、ブッディからアハンカーラの創造である。
aham. k¯ar¯ac ca sam. bh¯utam. mano bh¯utagun.¯atmakam/ tr.t¯ıyah. sarga ity es.a ¯aham.k¯arika ucyate//MBh 12.298.18
また、アハンカーラから、存在物のグナ(性質)を本性とするマナスが生じる。こ れが、アハンカーラに関する第3の創造と言われる。
これが第3の創造である。第3の創造では、アハンカーラからマナスが生じる。
第4の創造は次のように説かれる。
manasas tu samudbh¯ut¯a mah¯abh¯ut¯a nar¯adhipa/
caturtham. sargam ity etan m¯anasam. paricaks.ate//MBh 12.298.19
そして、マナスから諸々の粗大元素が生まれる。王よ。〔覚者たちは〕これを、マ ナスに関する第4の創造と呼ぶ。
第4の創造は、マナスから5粗大元素の創造である。