進行方向に力が働く
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摩擦力 ビス・インプレッサ
インペトゥス
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摩擦力
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『動力源=摩擦力』で静止
『動力源く摩擦力』で減速
(2)人が与える力を考える(人がこいでいないので力は働いていない) (17人)
この設問においては、人の与える力のみを力とみなす傾向がある。しかしここでも自転車
が進行している原因と、スピードが遅くなる原因を考える。
①進行する原因 ②減速の原因
人がこいだ時の何かが残っている(8人) 自然(4人)
人の重さ(1人)
こいだ時にできたものが消費される(2人)
分からない(1人)
慣性(1人) 自然(1人)
分からない(7人) 人に掛かる空気の抵抗(1人)
自然(5人)
人の重さ(1人)
※回答に不明が1名
(2)一1 進行しているが減速する自転車の現象に対し、力学的な何かを意味付ける 進行力としての動力源を考えた時と同じように進行、減速それぞれの要因についての相互 関係について量的に捉えようとするものである。
(2)一1−1 力学的な考察ができない
進行の原因を考える事が出来ずに、力が加わっていないので自然に止まるとする考えであ り、完全な静的自然観10)(止まっているのが当たり前とする考え方)である。彼らにとって、
これは当たり前の現象であり特に力学ということで議論するのに値しない。これは日常生活 でいう自然に起きる現象なのである。
(2)一1−2 動力源的なものを考える。それらは自然に小さくなるので減速する 人が力を加えていないので力は働いていないが自転車を進行させるような動力源的何かが 存在する。これは彼らにとっては力の男呼には入らないが、その話から性質はビス・インプ
レッサである。また慣性により進行しそれが自然になくなるとか、こいだ時にできたものが 消費されるなども、この類に入れることができる同じものである。動力源を力とみなした生 徒たちと合わせるとかなりの生徒がこの同じ考えに立ち、ここでもまさに静的自然観の基盤 が見え、物体のうちに秘められた力を感じることができる。
(2)一1−3 動力源的なものを考える。それらを打ち消すものが存在する。
人がこいだ時にできた何かが人の重さなどによって、小さくなってなくなる。これはイン ペトゥス的な考え方である。ここでも彼らの考え方は中世のいきおい理論と同じものになっ ている。動力源を力とみなすか否かの違いで概念的ものは同じであることが伺える。
ここでの大前提は、力は人が出すものであるために運動の原因となるものは全て力ではな い。進行の原因について力学的何かを考えた時に人が自転車をこいだ時に自転車の中に何か 蓄えられたようなもの(進行の原因)を考えている。これがどの様にして小さくなっていく かを考えることにより子供たちが考える概念の発達の階層構造を知ることができるのは動力 源を力とみなした時と全く同じである。しかしその違いは今回の場合、量的に正の要因と負 の要因を比べるに至るまでの生徒の数が少なく、その考えのほとんどは『人が力を加えてい ないのでやがて止まる』ということを基盤にしているということである。考えているものが 内に秘めた漠然としているものであるた
め考えが深く及ばない。
進行の原因を考える事ができない生 徒は人のこぐ力をタイヤが回る力などの
『力』への転化を考えるため、こぐのを
タイヤが回る力 人がこぐカ
一一一一一一1>
こぐ(力を加える)
回る(力が働いているから回る)
一一一一一一1)〉
こぐのを止める 回る(力は働いていないのに回る)
.
やめた時に力を加えなくても自転車は前へ進み、なぜタイヤが回るのかがよく分からなくな るのである。
構造図
人が力を加えないので力は働いていない
力が働いていないので自然に止まる i純静的自然観)
ビス・インプレッサ的(力ではない)
「一一一騨騨
インペトゥス的
「一一一一一
人の重さ
(3)運動の変化(減速)の原因を考える。(8人)
まず減速の原因に注目した。進行の原因をどのように考えているかを追加質問した。
①運動の変化(減速)の原因 ②進行の原因
摩擦力(6人) いきおい(1人)
スピード(1人)
こいだ時の何かが残っている(力ではない)ビス・インプ 激bサ的(2人)
分からない(2人)
空気抵抗(1人) 分からない(1人)
自転車を止める力(1人) 分からない(1人)
教科書の意図するところがらいえばこれが正解であり、まさにニュートン的パラダイムで ある。つまりこの範疇の生徒が教育の成果を示した子供たちであり教科書の正当制を計るバ
ロメーターになるといえる。まさに一見そう思いがちになるのであるが必ずしもそうではな いようである。
自転車を動かすために力が要る。止めるために力が要るという考え方は子供の中に共存す る。進行力を考える生徒も減速のための力を考え、両者のどちらを優先させるかは確率的で はあるが、前者の方が大きいと考えるのは子供の考えの捉え方として自然な流れといえるの ではなかろうか。しかし後者を選ぶ場合もあるということがここでは示されている。空気抵 抗、自転車を止める力は、子供自身の発想であり生活体験的なものである。摩擦力もそう考 えたいのであるが、対象にした生徒たちが学んだ教科書に全く同じ内容が記載されている。
多くの生徒が進行方向への力を考えたのとは別の観点で考え、そしてその回答は力強く自 信ありげながら進行の原因は一部の生徒を除いてはかなりあいまいで、ビス・インプレッサ 的なところを見ると教科書の内容にいきなりリンクした可能性が高いことを示す。この事が 先に述べた教科書教育の悲観的内容を示すものだと考える。そしてそうであるなら子供の科 学と教科書の科学のギャップが大きく、教科書が子供の科学にどの程度影響を及ぼすかがこ
こでも示されることになるだろう。つまり子供の科学の幹は変わらないが、教科書の内容が 事象として全く同じものに出会ったときにその事だけを部分的に当てはめるのである。この
ことが多くの研究でよくいわれるように教科書の内容と、現実の現象を分けて考えている。
つまり教科書の内容は試験のときのみに使われ、実際には応用されることはほとんどないの である。
3・1・8設問2における潜在カリキュラムの構造図
以上のことから次の構造図を得ることができる。
構造図
既習 体験中心 教科書を適応 進行方向に力がは
スらく
人が力を加えて
「ない
純静的自然観
已ス.インプレ。サ ㎜ u
ビス・インプレッサ的
エネルギ [的
インペトゥス
エネル Mー
インペト Eス的
い き
ィい
速度
消費
まさつ力
動力源=まさつ力で静止
醐 蝿
堰c……i…i……難幽1
動力源くまさつ力で減速
設問2における構造図の見方
設問2は動力学における摩擦力の働く直線運動の問題である。この場合にはまず最初の段 階で大きく2つに分かれる1つは『物体が動いているから力が働く』という進行方向の力を 考えるものと『人が力を加えていないので力は働いていない』とするものである。しかし、
この2つのパラダイムは、後者の方も力でない(力のようなもの)進行方向の原因を考えるた めに両者に大きな差はない。従ってどちらが先かという順序をつけることが出来なくどちら にリンクするかは確率的なものであると思われる。しかし多くは前者の考え方を取るのであ る(データーの数を見ればよい)。
そして次の段階では『進行方向の要因は何か?』である。その要因を構造図には書き出し た。もちろんここでは『進行方向の原因があるそれは』という文を省いていることになる。
さらに子供たちの深まった考え方によるとスピードが遅くなる原因がある。負の要因(ここで は進行方向の要因つまり正の要因を打ち消すもの)をどう考えるかを書き出した。ここでも、
もちろん『進行の要因は○○である。そして負の要因は』という文を省いている。またこれ も蛇足ではあるが自然に進行する方向の要因なくなったりするものは負の要因を考える段階 にはいかない。
そして正の要因と負の要因の量的関係へと考えは深まっていく。少し付け加えをするなら ばインペトゥスの考え方のほうがビス・インプレッサの考えよりも歴史的にも後であるし、ビ ス・インプレッサは自然消滅するという特徴があり、特異な性質を持っている点で、それがな いインペトゥスはそれから発展したものである。
3・1・9 設問2に対する全体的考察
動力学になると速度と力の混乱、人の出す力のみを力とみなすなどの子供の科学の基盤に あるものが大きく影響している。また日常に見る現象は自然な現象(ここではその理由を考 える必要性はないという意味)とみなし『特に止まっているのは自然』という子供の常識(静 的自然観)が大きく効いている。
これ(静止)を打破するものが力であり進行方向への力ないしは、力のようなものを導入 しないとその解決がつかない。『速度があるから距離が生まれる(前へ進むことができる)』
と考えることができていないというより考えられていない。速度が定義ばかりに走りその実 態的なイメージを持つことが困難になっているような気がする。対象にした生徒たちが学ん