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Khatme Nabuwaat

ドキュメント内 Microsoft Word _8_9 パキスタン COI 日.docx (ページ 151-200)

19.118 USSD IRF Report 2009では、Khatme Nabuwaat(預言者としての地位の究極(性)を確定す る委員会)を『非アフマディー派宗教団体』と説明している。[3c] (第II節))

19.119 PHRG Report 2007は、ラブワー(Rabwah)において行ったKhatme Nabuwaat (預言者とし ての地位の究極(性)を確定する委員会)との面談の様子を記述している。

『…Khatme Nabuwwat イスラマバード支部のメンバーたちが PHRG の現地派遣団に対 して語ったところによると、Nabuwwat は、ムハンマドこそが究極の[唯一の]預言者 (final Prophet)であることから、彼の後に預言者は決して現れないとする信条を掲げて いるとした。同メンバーらの話によると、そうでない者は全て不信心者(infidel)であ り、彼らの主張は誤りであり、根拠を欠いたものであり、さらには反道徳的行為 (crime)にあたるとした。したがって、Khatme Nabuwwat の使命とは、預言者の究極 (性)(the finality of the Prophet)に関する知識を、説教や書物を通じて人々に広めることに あるとした。彼らが語る限り、自分たちはあくまでもアフマディー教徒を含めたあら ゆる宗派の者を人間として尊敬しているとした。その一方、アフマディー教徒は預言 者の理を信じようとしないことから、同教徒は自らをイスラム教徒であると主張する べきではないと、Nabuwwat は考えている…Khatme Nabuwwat の目的は、預言者の究極 (性)(the finality of the Prophet)を受け容れない者たちに不利な行いをし、こうした者たち の主張に反駁し、さらには自らの信条を受け容れるよう諭すことにある…. 彼らが

PHRG の派遣団に語った内容を勘案してみても、Khatme Nabuwwat は、とりわけアフ

マディー教徒を(相当)意識しているものと思われる。Khatme Nabuwwat (Islamabad

Chapter)によると、アフマディー教徒に敵対する動きは、1974年にラブワー(Rabwah)市

内の鉄道駅において、イスラム社会の市民らがアフマディー教徒によって襲撃された ことを機に見られるようになったとした。彼らが同派遣団に語った言葉では「アフマ ディー教徒は今のテロ組織である」という。[51a] (p8)

19.120 さらに同上の報告書によると、ラブワー(Rabwa)市内にあるアフマディー協団(Ahmadi

community)の代表者らが、主にKhatme Nabuwaatの構成員若しくは支持者らが、アフマ ディー教徒及びこの者たちが所有する財産に対して攻撃の手を加えていると語ったと いう。[51] (p8 第2節、Khatme Nabuwwatの役割(預言者としての地位の究極(性)を確定 する委員会)

19.121 Persecution of Ahmadiyya Muslim Communityのウェブサイトが年次報告書2012の中で報 告したところによれば、Khatme Nabuwwat及び他の反アフマディー教徒集団がラブワー 市(Rabwah)内で集会を行ったにもかかわらず(p98-99)、『反アフマディー法の制定を受 けて、ラブワー市(Rabwah)におけるアフマディー教徒の大会はその大小に関係なく、

1984年4月から全面的に非合法化された。当局は同Communityが主催するスポーツイベン トまで禁止した。[60b] (p197)

19.122 Khatm-e-Nubuwwat がウェブサイト上(2013年6月27日閲覧)でアフマディー教徒に対する 見解を示したところでは、

『カーディヤーン派(Qadiyaniat)(いわゆるアフマディー運動)は、反イスラム帝国主義者 勢力が、イスラム教徒の基盤を揺るがす目的で作り出した、不純な画策されたイデオ

ロギーである。カーディヤーン派(Qadiayanis)は、反逆者集団でも背教者でも異端者で もないが、曖昧で知識が少ないために、これらと混同される。このサイトの目的はこ の異宗派の反イスラム的性質を明らかにし、それを必要とする人々に情報を提供する ことである。言うまでもないが、全てのイスラム教徒に与えられる大事な宗教的義務 はこの悪と闘うことである。』 [109a]

19.123 同報告書はアフマディー教徒を『カルト』信仰とみなしている。それによると、

『カーディヤーン主義(Qadianism (『アフマディズム』)) は、いかさま宗教であり、指導 者は物心両面から信者を搾取している。このカルト集団の指導者は、背信、剽窃、残 忍かつ非人間的な規律を通じて、一般信者に対する主導権を握り続けてきた。このカ ルト集団の目的は、イスラム教の原点を誤って解釈する方法でイスラムのアイデンテ ィティを盗むことである。当サイトの目的は、このカルトの策略及び理論的誤りを明 らかにすることである。』109a]

19.124 南アジア・テロリズム・ポータル(South Asia Terrorism Portal)(SATP)が2011年6月27日付 けの南アジア・インテリジェンス・レビューの週次評価及び状況説明( South Asia Intelligence Review Weekly Assessment and Briefings)の中で報告したところによれば、

『2011年6月10日に、全パキスタン学生(All Pakistan Students Khatm-e-Nubuwat (預言者 としての地位の究極)(End of Prophethood))連盟は、アフマディー教コミュニティの住民 を「wajib-ul-qatl」(死すべき者)とする小冊子を発行した。この小冊子はパンジャブ州 (Punjab Province)のファイサラバード県(Faisalabad District)全域に配布された。それによ ると、「このような人間達に銃を向けることはジハードの行為であり、このような人 間達を殺すことはsawab(神の恵み)」と書かれていた。」』[61f] (第9巻、第51号、2011 年627)

アフマディー教徒に対する暴力及び差別

19.125 アジア人権委員会(Asian Human Rights Commission)は、ラッバーニ・カルパキスタン (Hina Rabbani Khar)外相が国連人権評議会(UN Human Rights Council)のパキスタンの普遍 的定期審査 (UPR)について行った発言について、2012年11月4日に以下のような見解を 述べた。

『アフマディー教徒は国内最大規模の少数民族集団の1つであり、このコミュニティの 構成員はコミュニティの幸福と福祉に寄与する卓越した国民であるが、アフマディー 教徒は信仰を理由に頻繁に攻撃を受けた。礼拝場所が襲撃を受け、宗教上の式典を実 行することができない。アフマディー教徒には選挙権がない。遺体を公共墓地に埋葬 することも許されていない。』[52m]

19.126 HRCP Report 2012によれば、

『2012年を通じて、アフマディー教徒に対するヘイトキャンペーン及び暴力が国内各 地で相次いで発生したが、特に明確な訴えがあるわけではなかった。2012年を通じ て、20人のアフマディー教徒がその宗教的アイデンティティ又は信仰を理由に殺害さ れた。2012年を通じて殺人を意図した攻撃が最大規模で発生したのはカラチで、10人 のアフマディー教徒が殺害された。襲撃が10日間続いた9月に4人、10月にさらに3人が 殺害された。4人目の被害者は10月に同市内で起こった襲撃で負傷し、11月に死亡し た 。 シ ン ド 州(Sindh)ナ ワ ー ブ シ ャ ー(Nawabshah)で2人 、 さ ら に バ ロ チ ス タ ン 州 (Balochistan)のクエッタ(Quetta)でも2人が死亡した。パンジャブ州(Punjab)のライアー

県(Layyah)、サルゴーダー県(Sargodha)、シニョット県(Chiniot)及びシアールコート県 (Sialkot)、ハイバル・パフトゥンハー州(Khyber Pakhtunkhwa)のバンヌ県(Bannu)、及び バロチスタン州(Balochistan)のハラーン地区で合計6人のアフマディー教徒が殺害され た。』[27b] (p103)

19.127 2010年9月24日に公表された、PHRGが派遣したアフマディーヤコミュニティの人権状

況調査パキスタン事実調査団(Fact Finding Mission to Pakistan to Examine the Human Rights Situation of the Ahmadiyya Community)の 英 国 議 会 人 権 擁 護 グ ル ー プ 報 告 (Parliamentary Human Rights Group Report ) (PHRG Report 2010)によれば、『調査団は、

信仰が理由とされる複数のアフマディー教徒殺害事件について伝えられた。事件を見 ると、警察の適切な捜査がなかなか行われず、宗教的動機による殺害の場合でも、被 害者の家族に十分な保護が提供されないことが多いようである。』[51b] (p24)

19.128 USCIRF Report 2013によれば、

『ここ数年で、何十人ものアフマディー教徒が宗教的動機によると思われる攻撃で殺害 された。報告期間[2012年1月31日から2013年1月31日] を通じて、23人の死者を出した22 件を含め、アフマディー教徒を狙って発生した別個の襲撃事件44件がUSCIRFに報告さ れた。攻撃はラホール(Lahore)、クエッタ(Quetta)及びカラチを初めとする国内各地で発 生した... パキスタン憲法及び刑法に基づくアフマディー教徒の弱い法的立場(以下で考 察する)によって刑事免責の風潮が高まり、加害者は攻撃の権限が与えられたように感 じており、逮捕又は訴追の恐怖をほとんど或いは全く感じていない。』 [53d] (p122) 19.129 2012年12月31日に公表されたウェブサイトPersecution of Ahmadiyya Muslim Community

の年次報告書2012によれば、2012年を通じて、信仰を理由に20人のアフマディー教徒 が殺害された。このうち10人はカラチで死亡している。(p27) 同報告書によれば、1984 年から2012年12月31日までに、信仰を理由に殺害されたアフマディー教徒の数は2,012, 226人にも上る。[60b] p197)

19.130 2012年5月7日のエクスプレス・トリビューン紙(The Express Tribune)に掲載された、

2012年5月2日公表のJamaat Ahmaddiyaの報告書『2011年にパキスタンで起こったアフマ ディー教徒の迫害』によれば、『1984年以降、信仰を理由に210人のアフマディー教徒 が殺害され、254件の暗殺未遂事件が発生した。[92j]

19.131 2012年3月12日のAHRCの報告によれば、『標的になっているのは、パキスタンのエリ ート層に入るアフマディー教徒である。ビジネスマン、エンジニア、医者、学者等の 殺害又は誘拐事件が複数発生した。極めて高額な身代金を要求された事件もあれば、

追跡捜査が行われず、警察が確保に興味を示さなかった事件もある。アフマディー教 徒の複数の教師が、信仰を理由に、差別及び場合によっては殺害された。』[52j]

19.132 2013年6月20日に閲覧したウェブサイト、アフマディーヤ・イスラム教徒・コミュニテ

ィの迫害では、2000年からこれまでにパキスタンで発生したアフマディーヤコミュニ ティの事件をまとめた月次報告書を掲載している。[60c]

19.133 HRCP Report 2012によれば、

『パンジャブ州(Punjab)内の警察は、複数の事例で、アフマディー教徒の礼拝施設から

Kalima (イスラム教の宣言)を阻止したり、建物の尖塔を破壊したりした。このような事

件は2012年7月にハリアン(Kharian)で、5月にラホール(Lahore)のガリー・シャーフー

(Garhi Shahu)区 域 及 び ス ル タ ー ン プ ル(Sultanpura)で 、9月 に ム ガ ル ピ ュ ラ (Mughalpura)(ラホール市(Lahore)) 及びクシャブ(Khushab)で発生した。ラホール(Lahore) 及びサルゴーダー県(Sargodha)に住むアフマディー教徒の申立てによれば、一部の地域 では、警察は 犠牲祭(Eidul Azha)の動物の生贄を供えるのを禁じた。伝えられるところ によれば、アフマディー教徒の学生が宗教を理由に嫌がらせを受ける事件が各地で発 生した。アフマディー教徒の墓地が荒らされる事件が複数発生しており、12月にラホ

ール市内(Lahore)で発生した事件では、武装した男性12人がモデルタウンのアフマディ

ー教徒の墓地で120の墓石を破壊した。2012年8月には、ハーフィーザーバード県 (Hafizabad)にあるアフマディー教徒の墓地の墓石にコーランの言葉を入れることを警察 が禁止するという事件が起こった。10月には同じ県内で身元不明の男性が別の墓地で イスラム教の碑文を墓石から削り取る事件も発生した。』[27b] (p103- 104)

19.134 PHRG Report 2010には、2010年2月の調査団の視察訪問後の2010年5月に発生した2箇所 のアフマディー教徒のモスク襲撃も記載された。報告によれば、

『襲撃は2010年5月28日金曜日に発生した。どちらのアフマディー教徒のモスクも大型 で発生当時は、金曜礼拝に集まった教徒で溢れていた。緻密に計画された攻撃で、こ れまであまり知られていなかったが派閥組織の代表と考えられていたパキスタン・タ リバン運動(Tehrik-e-Taliban)から犯行声明が出された。生存者の話では、襲撃者が

「Khatm-e-Nabuwaat」のスローガンと「全員殺せ」を叫んでいるのが聞こえたというこ とである。犯人は教徒が礼拝している時に2箇所のモスク内に侵入し、最後には85人が 死亡し、150人が負傷した。』[51b] (p29)

19.135 同報告書によれば、

『アフマディー教団の代表が調査団に話したところによれば、最近の[差別及び暴力の]

状況は、憎悪と殺人行為を公然と煽り立てる過激派宗教指導者(Mullah)のせいだけでは なく、政府及び現政権の与党 がアフマディー教徒に対する差別及び迫害に加担してい るせいだということである。

『調査団は複数の政府代表と面会した。誰もが口をそろえて政府機関は宗教過激派の 圧力を受けており、これを抑制する政府の能力は非常に限られていると話した。イス ラマバードのアフマディーヤ共同体の代表が調査団に語ったところによれば、政府が 宗教過激派に積極的な措置を講じないのは、政府がその支持を頼みにしているからだ ということであった。

『ラホール調査団(Lahore the Mission)が聞いたところによると[sic]、パキスタン人権委 員会(Human Rights Commission of Pakistan)の勢力基盤を築いてきたのは過激派指導者 (Mullah)であり、政府が逆らえないのをいいことに今も大きな影響力を及ぼしている。

刑事免責が定着しているため、こうした集団を制止することができない。同委員会に よれば、政府は過激派指導者(Mullah)を見せしめにしなければならないと話した。地方 自治体レベルでは、警察は指導者(Mullah) に接触するのを嫌がることが多く、これも 政府がどのレベルの状況にも対応できないことにつながっている。[51b] (p37-38) 19.136 Persecution of Ahmadiyya Muslim Communityは2011年12月31日付けの年次報告書2011の

中で、説教、小冊子、新聞及びインターネットを利用したアフマディー教徒に対する 相次ぐ指導者主導(mulla-led)の『ヘイトキャンペーン』について報告した。(p13) 同報 告書によれば、

『反アフマディー教徒推進運動はさらに勢いを増しつつあり、国中のアフマディー教 徒がその効果を体で感じている。今年は各市町村で標的にされるアフマディー教徒コ ミュニティの数が昨年より増加した。教育機関も例外ではなくなり、複数の生徒がそ の影響で負傷した。当局は何度も状況の悪化を伝えられたが、実行犯、この極めて組 織的なリーダーシップ及び高まり続ける痛烈な推進運動に対する実効的措置を何も講 じていない。』[61b] (p23)

19.137 HRCP Report 2012が認めたように、『引き続き発生したヘイトスピーチはアフマディー

教徒を対象にしたものが最もよく見られ、咎められることはなかった。アフマディー 教徒の社会的疎外をせめてなくそうと訴えるポスターやステッカーが主要都市の壁 や、市内循環バスに掲示される光景はほとんど見られなかった。』[27b] (p100)

19.138 エクスプレス・トリビューン紙(The Express Tribune)2012年5月7日の報道によると、

2011年を通じて、アフマディー教徒はパキスタンのどこにも礼拝所を建設することを 許可されなかった。一部の場所では、警察に強制的に建設を中止させられた... 現在、

国内で係争中のアフマディー教徒に対する事件は1,008件にも上る。』[92j]

19.139 Persecution of Ahmadiyya Muslim Communityのウェブサイト上に掲載された年次報告書 2012によれば、2012年を通じて56人のアフマディー教徒に対し届け出が警察に提出さ れた。これは2011年の20人を上回る。(p2) 報告には、1984年4 月から2012年12月31 日 までの間にアフマディー教徒に対して申立てられた刑事事件の数々が一覧の形でまと められていた。当該一覧には、「イスラム教徒のふり(posing as Muslims)」をしたとし てアフマディー教徒が告発された例が447件、説教を行なったとして告発された例が 747件、さらには「冒とく法(Blasphemy Law)」、すなわち刑法第 295条C項の規定に基 づいて告発された例が299件あったと記載されていた。同概要によると、宗教上の理由 でアフマディー教徒が告発された事例が、合計3,913件に上ったとした。上記に加え て、同報告書によると、2008年6月8日、ラブワー(Rabwah)市内の全住民 (60,000 人超) が、刑法第298 条C項の規定に基づき告発されたとした。』[60b] (p196)

19.140 パキスタン人権委員会(HRCP)が 2008 年7月9日に報じたところによると、2008年6 月8

日、Rabwah 市内のアフマディー住民数千人分の届出[申立書(First Information Report:

FIR)]が警察に提出されたとした。 これらの FIRは、パキスタン全域、なかでも ラブワ

ー(Rabwah) 市内において盛大に行われたアフマディー共同体内の公式祝賀行事の後に 提出された。FIR の中には『... 全国各地のアフマディー住民らがこうした祝賀行事に 参加し、花火、電飾及び(教義に倣い)互いに挨拶を交わすこと(greeting each other)」と の記載があった。(これらは自らの信仰を説く行為に相当するものとされ、同国の異論 の多い法律に則ると、犯罪行為である)。』[27d]

19.141 USSD Report 2009が上記の事件について述べたところによれば、『2008年6月の事件に

ついての進展は見られず、警察はパンジャブ州(Punjab) ラブワー(Rabwah)の全住民を、

反アフマディー法の下に告訴し、花火、電飾及び互いに挨拶を交わすことを理由にム ハマド・ユヌス(Muhammad Yunus)を逮捕した。政府はこれらを自らの信仰を説く行為 に相当するものとされ、法律により犯罪行為である。[3b] (2c節)

19.142 またUSSD IRF Report 2012によれば、『年末の時点で、収監されているアフマディー教

徒はいなかったが、その年を通じて、信仰を理由に26人のアフマディー教徒が逮捕さ れ、保釈されるまで収監されていた。』[3k] (第II節)

19.143 PHRG Report 2010によれば、『複数の証人が調査団に語ったところによると、アフマデ

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