19.01 2013年5月20日に公表された世界各国の信教の自由に関する年次報告書2012年度版
(USSD IRF Report 2012)によれば、
『憲法及び他の法律並びに政策は、信教の自由を正式に制限しており、政府はこの制 限の多くを実際に施行した。信教の自由を尊重及び保護する政府の姿勢は依然として 不十分であった。宗教的少数派及び、寛容を約束するムスリム多数派に対する過激派 の攻撃は増え続けており、攻撃の加害者を調査又は訴追する政府の能力及び意思が不
十分であるために、刑事免責の風潮を許す状況が続いていた。憲法はイスラム教を国 教に定めており、法律はイスラム教に準拠するべきだとしている。憲法によれば、
「全ての国民は、法律、公序及び道徳の範囲内において、自らの信仰につき、これを 告白、実践及び伝承する権利を有する」とされているが、実際には、政府の慣行によ り、信教の自由、特に宗教的少数派の信教の自由は制限を受けた。憲法上、言論の自 由は「神聖なるイスラーム(the glory of Islam)」の利益の下、法律の規定により合理的 な範囲内で一定の制約を受ける」とされている。冒とく法その他の差別的法律を利用 した虐待が相次いで発生したが、政府はこうした事件の防止又は虐待防止に向けた法 改正を意図する適切な措置を講じなかった。2012年8月17日には、精神障害者と伝えら れるキリスト教徒の少女、リムシャ・マシー(Rimsha Masih)が、冒とく罪で警察に拘留 された。この少女がコーランの頁を破り捨てるのを見たという地元のムスリム聖職者 の申し立てを受けたものだった。警察職員が宗教的少数派を拘留中に虐待したとされ る事例が複数あった。現在、少なくとも17人が冒とく罪による死刑執行を待ってお り、20人が終身刑に服しているが、政府はこれまで冒とく法による死刑を執行したこ とはない。
『宗教的所属、信仰又は宗教的実践に基づく社会的虐待又は差別が複数報告された。
2012年を通じて、社会的不寛容が相次いで見られた一方、シーア派ムスリムコミュニテ ィに対する攻撃が増加した。人権擁護団体及び信教の自由擁護団体並びに宗教的少数派 の住民によれば、不寛容の風潮と恐怖感による自己検閲を行っている。武装過激派集団 による宗教的少数派に対する暴力及び脅迫行為は、これまで以上に宗派間の緊張を高め ている。武装過激派集団は一部の地域で、その権威主義的イスラム解釈に従うことを要 求し、従わなければ悲惨な結果になると脅迫した。』
『武装過激派集団は寛容と多元主義を支持するイスラム教徒も標的にした。スーフィ ー教徒、ヒンドゥー教徒、アフマディー派イスラム教徒、シーア派及びキリスト教徒 の集会や礼拝所を狙った襲撃が多数発生し、これによって多数の命が失われ、多大な 損害が生じた。一部の宗教集団は、冒とく法改正案又は冒とく法違反とされる行為の 批判が公に論じられていることに抗議した。』[3k] (要旨)
19.02 国連総会は2012年8月13日に、人権理事会が設置した2012年10月/11月の普遍的定期審査 (UPR)に関する作業部会のために、『人権理事会(Human Rights Council)決議16/21 - パ キスタンの付属書第5項に従って、人権高等弁務官事務所が作成した[報告書]の要約 書』を公表した。報告書によれば、『[人権]高等弁務官事務所は、深く根付いた制度的 差別 – アフマディー教徒が特に大きな被害を受けている – に、立法、行政及び社会レ ベルで取り組む必要があると述べた。』[83c] (第20段落)
19.03 2013年4月に公表された、2012年1月31日から2012年1月31日までの出来事を扱う世界各 国の信教の自由に関する年次報告書2013年度版(USSD IRF Report 2013)は、2002年か ら、パキスタンを『特に懸念される国』、略してCPCに指定するよう米国務省に勧告し ている。それによると、 2013年4月に公表された、2012年1月31日から2012年1月31日ま での出来事を扱う世界各国の信教の自由に関する年次報告書2013年度版(USSD IRF Report 2013)は、2002年から、パキスタンを『特に懸念される国』、略してCPCに指定 するよう米国務省に勧告している。それによると、
『パキスタンにおける、信教の自由が極めて乏しい環境は、報告期間を通じてさらに 悪化した。パキスタン政府は、シーア派ムスリムの少数派コミュニティを標的にした 暴力及び、他の少数派に対する相次ぐ暴力への実効的介入に失敗した。2013年5月に予
定される選挙を控えて、宗教的少数派及び、「非イスラム的」とみなされる候補者に 対する攻撃が増えることが予想される。非ムスリム宗教的少数派の劣悪な社会的及び 法的立場及び、多数派ムスリムコミュニティが直面する、慎重を期す宗教及び社会問 題の自由な論議を阻む厳しい障害等の、慢性状態も変わらない。主にパンジャブ州 (Punjab province)だが、国全土でも利用される冒とく法の標的は、宗教的少数派コミュ ニティ及びイスラム教徒の反対者で、往々にして終身刑を言い渡される。USCIRFが認 識する範囲では、少なくとも16人の死刑囚が執行を待っており、20人以上が終身刑に 服している。冒とく法及び、様々な宗教の実践を非合法化する反アフマディー法によ って、自警的な性格の暴力行為の風潮が生み出された。ヒンドゥー教徒はこの暴力行 為の風潮に苦しんでおり、数百人がパキスタンからインドに脱出した。特に女性、宗 教的少数派コミュニティの住民及び、「非イスラム的」とみなされる考え方を持つ多 数派ムスリムコミュニティの住民に対する人権及び信教の自由は次第に抑圧されつつ ある。他のイスラム教徒及び宗教的少数派に暴力行為を行う過激派に立ち向かう意思 又は能力が政府にないことはこれまでの経過で証明されてきた。』[53d] (p118)
19.04 また同報告書によれば、
『パキスタン政府は依然として、相次いで発生する組織的且つ重大な信教又は信仰の 自由の侵害に加担している。宗派間での暴力行為又は宗教的動機に基づく暴力は、特 に、シーア派(Shi‘i [Shia])ムスリムに対して慢性化しており、政府は、宗教的少数派コ ミュニティはおろか、多数派も保護しなかった。パキスタンの弾圧的な冒とく法及 び、反アフマディー法等の宗教的差別を認める他の法律は、過激主義及び自警主義の 風潮を醸成した。パキスタン当局は一貫して、加害者を訴追せず、暴力に加担する社 会的アクターに対しても措置を講じなかった。増え続ける宗教過激派は、パキスタン の治安と安定性だけでなく信教及び表現の自由及びパキスタン国民全員の他の人権を も脅かしている。』 [53d] (p118)
19.05 2012年3月12日のアジア人権委員会の報告によれば、
『宗教的少数派に対するパキスタン国内の状況は日増しに悪くなっている。治安及び 法秩序の状況はあまりにも混沌としているため、こうした少数派を保護するための政 府の支配力が及ばなくなっている。原理主義ムスリム指導者(ムッラー)(Mullah)はわが 物顔に行動し、冒とく法を容赦なく利用しては私腹を肥やしている。冒とく法は普遍 的人権を弱体化させ揺るがすように作られている。キリスト教徒、ヒンドゥー教徒を 初めとする全ての信者がこの無慈悲な人権侵害の犠牲者になった。場合によってはシ ーア派さえも犠牲になった。しかし、冒とく法の残虐性が集中するのは何と言っても アフマディー教徒で、政府も憲法もアフマディー教徒の殺害を犯罪とみなしていな い。』 [52j]
19.06 パキスタン人権委員会(Human Rights Commission of Pakistan)が2013年3月に公表した
『2012年の人権状況』(HRCP Report 2012)によれば、
『宗教的少数派コミュニティに対する嫌がらせ及び暴力、そしてそれに取り組む努力を 一切行わないこと、これが2012年の信教の自由に対するパキスタンの定義である。2012 年を通じて、信教の自由を弱体化させた不寛容の蔓延からの脱却という点において、パ キスタン政府の進展を示す徴候は全く見られず、これは、宗教及び宗派的少数派に対す る脅迫及び暴力事件のこれまでにない増加という形で表れた。ヒンドゥー教、キリスト 教及びアフマディー教コミュニティの住民には、最も過酷な形態の差別の指定席が用 意され、一方、シーア派イスラム教徒は暴力行為で過去最大の被害を受けた。クエッ
タ(Quetta)でハザラ人の組織的殺害が発生し、カラチ(Karachi)では標的攻撃が複数発生 したが、宗教学者も作家も有識者も、そしてマスコミも、それに値する注意を払うこ とはなかった。暴力及び嫌がらせの激しさが増したのに加えて、個人法が成文化され ていない上、議会に有効な数の代表がいないことで、宗教的少数派はその権利を守る のにも苦戦した。宗教的少数派の指定議席数を増やす法案は下院で懸案中であり、先 送りが認められた。少数派コミュニティの多くの指導者は、議席数が少ないことに不 満を表明した。
『宗教的少数派の権利尊重を約束する政治及び宗教指導者の発言が多数見られたが、信 仰に基づく暴力及び不寛容の加害者に対する刑事免責についても同様であった。情勢不 安感が高まる中、宗教的少数派コミュニティの住民が平和な生活を求めて、パキスタ ンから他の国に脱出しようとする試みが多数報告された。』[27b] (p100)
19.07 USCIRF Report 2013によれば、
『政府は宗教間の理解を促すための措置をいくつか実施した。2011年3月のシャバズ・
バッティ(Shahbaz Bhatti)少数民族問題相の暗殺後、ギラーニー(Gilani)首相はその兄に 当たる Dr. ポール・バッティ(Paul Bhatti)を全国調和相(Ministry of National Harmony)及 び、異教徒間の調和に関する首相補佐官に任命した...
『報告機関を通じて、Dr. バッティ(Bhatti)及び他の政府職員は、[第23次改正の下に]、 非ムスリム少数派の下院及び州議会指定議席数を拡大すべく努力した... 報告期間の終 了時点で、下院はこの改正案を可決していなかった。』[53d] (p128)
19.08 同報告書によれば、
『パキスタン政府が故バッティ(Bhatti)大臣の下で行った努力が報われたかどうかを判 断するのは難しい。政府は2009年5月に、宗教的少数派コミュニティの下院指定議席数 を全体の5%にすると発表したが、この指定議席は埋まらなかったようである。埋まっ ていたとしても、国全体で見ると不均等であった。政府はまた、8月11日を、「少数派 の日」と呼ぶ国民の祝日に指定した。ザルダリ大統領(President Zardari)は2度目を迎え た2012年に、パキスタンにとっての宗教的少数派の重要性について、演説を行った。
バッティ大臣(Minister Bhatti)は国内全地区の理解を得ることで宗教的寛容を促進する意 図で、地区異教徒間調和委員会(District Interfaith Harmony Committee)も設立した。パキ スタン大使館の報告によれば、2011年に、県レベルで124箇所の異教徒間調和委員会が 設立された。』[53d] (p129)
19.09 パキスタン人権委員会(Human Rights Commission of Pakistan)が2011年4月14日に公表した 年次報告書、2010年の人権状況(HRCP Report 2010)によれば、『少数派の日』に加え、
『連邦少数民族省は[2010年]4月に、パキスタンで正式に祝う宗教祭典を10個発表し た 。 こ れ に は 、 バ イ サ ー キ ー(Besakhi)(シ ー ク 教 の 信 念 の 祭 り)、 デ ィ ワ ー リ ー (Dewali)(ヒンドゥー教の光の祝祭)、ホーリー(Holi)(ヒンドゥー教春祭)、Eid-e-Rizwan、
Chelumjust、Nauroz(イスラム暦正月)、キリスト生誕及び復活祭などがある。』[27e]
(p135)
19.10 2010年2月13日から22日の事実調査団の視察に続く、2010年9月24日に公表された、
PHRGのアフマディー教コミュニティの人権状況を調査するPHRGパキスタン事実調査 団(PHRGFact Finding Mission to Pakistan to Examine the Human Rights Situation of the Ahmadiyya Community)の議会人権擁護団体の報告書(PHRG Report 2010)によれば、
『PHRGは今のパキスタンを見て、宗教的少数派に自由がないことがわかった。モスク 及び教会は宗教狂信者の襲撃対象になり、信徒は迫害されたり殺されたりしている。
政党又は幹部の政策でこれが改善される望みはない。司法制度は特にアフマディー教
徒を[sic] 、最高裁判所から下は地元警察に至るまで組織的に差別している。被害者の
弁護で提起される勇敢な意見は1つか2つしかない。』[51b] (p3)
19.11 2010年2月に公表された、アジア人権委員会(Asian Human Rights Commission)(AHRC)の 報告書、パキスタンの人権状況2010(AHRC Report 2010)によれば、
『暴力の標的に最もなりやすいのは宗教的少数派の女性である。このため、暴力、特に 性的暴力を最も頻繁に受けるのは宗教的少数派の女性である。宗教的少数派は定期的 に暴行、拷問又は殺害され、その財産及び礼拝所を荒らされ汚されている。冒とく法 では、イスラム教に反する犯罪のみを冒とく行為と解釈しており、警察、政府及び宗 教原理主義者はこれを利用してキリスト教徒、アフマディー教徒及びパキスタンの宗 教少数派全般を脅迫している。被害者は圧倒的に女性が多い。農村地域では、イスラ ム原理主義者が女性を拉致し、強制結婚させる方法でイスラム教に強制改宗させる事 例が普及しつつある。2010年前半を通じて、女性に対する犯罪のおよそ30%が拉致事件 であった。』[52e] (p62)
女性: 女性に対する暴力も参照のこと。
19.12 米国務省(US Department of State)が2010年3月11日に公表した国別人権報告書2009(USSD
Report 2009)によれば、『イスラム教からの改宗被疑者に対する報復及び報復の脅迫が
複数発生した。宗教的少数派の人々は暴力及び嫌がらせに遭っており、警察はかかる行 為の防止又は、かかる行為の実行者の告訴を拒否することもあった。これは刑事免責の 風潮を作り出した。』[3b] (2c節)
キリスト教徒の改宗者及び、第8節: 治安状況も参照のこと。
19.13 USCIRF Report 2013によれば、政府は2005年半ばから全ての宗教学校(イスラム神学校)
を登録し、外国人の生徒を追放するよう努力したが、
『大半は登録したが、伝えられるところによると、これはカリキュラムにほどんど影響 を与えず、多数の学校が不寛容及び暴力を促すような教材を取り入れている。政府は、
イスラム神学校の資金調達源についても十分に把握していない。内務省は2010年に、カ リキュラムの改正及び資金調達の規制を行う意図で、イスラム神学校全体の制度を監 督し、主要な5つのイスラム神学校委員会は覚書に署名した。』[53d] (p127)
第24節: 子ども – 教育 – イスラム神学校も参照のこと。
宗教上の分布(Demography)
19.14 USSD IRF Report 2012によれば、
『1998年に実施された直近の国勢調査によれば、全人口の95%がイスラム教徒であった (イスラム教徒人口のうち75%はスンニ派で25%がシーア派である)。5%若しくはそれ未 満の者のなかには、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒、パーシ人/ゾロアスター教徒、バ ハーイ教徒、シーク教徒、仏教徒はじめとする他の宗徒がいた。アフマディー教徒は 自らをイスラム教徒であると認識しているが、法律ではそのようなものとして認識す