第2章 従来の文法記述と現行教材 ―ハズダを例に
20 J-BRIDG
TO INTERMEDIATE JAPANESE J-Br 5 8 ○ × 中上級
21
アカデミック・ジャパニーズ 日本 語表現ハンドブックシリーズ⑥ 会 話で覚える形式名詞
会話で 9・14 16 ○ ×
22
アカデミック・ジャパニーズ 日本 語表現ハンドブックシリーズ⑩ 自然に使える文末表現
自然に 判断 8 ○ ○
23 生きた素材で学ぶ中級から上級へ
の日本語 生きた 10 10 ○ ×
24 日本語中級J501―中級から上級へ J501 9 10 ○ ×
25 文科系留学生のための中・上級学術
日本語練習ノート 国境を越えて 国境 6 14 ○ ○ 上級
26 外国人のための日本語 例文・問題
シリーズ2 形式名詞 荒竹 29 43 ○ ○
27
日本語文法演習 話し手の気持ち を表す表現――モダリティ・終助詞
−
気持ち 想像して
述べる 11 ○ ○
28 日本語文法 セルフ・マスターシリ
ーズ6 文の述べ方 セルフ 3 9 ○ ○
初級教科書では、ほぼ最終段階(概ね初級の3/4が終わった頃から最終課までの時期)
にいずれも「みこみ」用法のみが取り上げられていた。全27課中12課と比較的早い段階 でハズダを扱っていたのは、『Japanese for Everyone』のみであった。「さとり」用法に言 及しているのは、初中級1・中上級1・上級4の6種類のみであり、そのうち、総合教科 書は『国境を越えて』の1種、あとはいずれも、文型のまとめやモダリティ、形式名詞と いった文法的な観点からの整理を目的とした教材である。また、1つの教科書で複数課に またがって扱われているのは、作文教材の「にほんご作文の方法」と、場面ごとの会話を 紹介する「会話で覚える形式名詞」のみで、あとは、どの教科書も1つの課のみで練習さ れるだけである。ただし、ハズダは日本語能力試験においては 3 級の文法項目であるが、
中級以上の教科書においても、導入・練習されることがある点が、他の文法項目とは異な った特徴である。とはいえ、中級以降では、類義表現に言及するものや「はずだった」「は ずがない」などの過去や否定の形のものが多少扱われるようになるものの、文末の肯定・
非過去形に限って観察すると、初級で扱われる用法や場面と、中級以上で扱われる用法や 場面には大差がなく、様々な用法や表現上の機能が段階的に取り入れられているためでは ないことも観察される6。
6 詳しくは第6章6−2・6−3参照。
②説明の内容
ハズダの基本的な意味についての説明には、例えば以下のようなものがある。(斜体・太 字は本稿筆者による強調)
(54) By using this sentence pattern, the speaker implies that he/she has grounds to think so, that it is his/her own judgment and that he/she is quite sure of it.
(みんなⅡ(解説) 46課:129)
(55) 〜はず, which means ‘supposed to’ ‘expect to’ , express one’s conjecture with some certainty. (中級 8課:173)
(56) 客観的な理由があって(例えば計算などをして)、推量にかなり確信があるときに使
う。(どんな200 15課:149)
ハズダの文法説明では、このような「確信を持つ」「推測・推量を表す」「話し手の判断 である」「確たる根拠・客観的理由がある」という点が重要なポイントとして言及される ことが多い。ただし、そのうちのどの点に触れて説明するかについては、【表2】のよう に各教科書で様々になっている。
【表2】各教科書の説明のポイント
<初級>
みんな
Ⅱ
SFJ3 TJ げんき
Ⅱ
東海Ⅱ Every JBⅢ モジュ
ール3 確信を持つ ○ × ○ ○ ○ × × ○ 推測 × × × × ○ × × × 話し手の判断 ○ ○ ○ × ○ × × × 根拠がある ○ ○ ○ × ○ × ○ ○
<初中級・中級>
どんな200 作文 中級 J301 アプローチ トピック
確信を持つ ○ × ○ ○ × ×
推測 ○ ○ ○ ○ × ×
話し手の判断 × × × × × ○
根拠がある ○ ○ × × ○ ×
<上級>
会話で 生きた 国境 J501 自然に 荒竹 セルフ 気持ち
確信を持つ ○ × ○ ○ × × × × 推測 ○ × × × × ○ ○ ○ 話し手の判断 ○ ○ ○ × ○ ○ × × 根拠がある ○ ○ × ○ ○ ○ ○ ○
③対訳7
ハズダの意味合いを訳出するためには、英文では次のように様々な訳語があてられてい た。
・話し手を主語とした動詞によるもの I’m sure / I expect / I believe / I thought ・事態主語・受動形のもの be supposed to / be expected to
・形容詞など be natural / be reasonable / be positive / there is no doubt that ・助動詞 should / would / ought to / must
・副詞など surely / supposedly / with confidence / no wonder
また、中国語では「応該〜/会〜/的确做了」の三つが対訳として挙げられていた。
④類義表現との比較
類義表現との相違については、導入段階では特に触れない教材のほうが多いが、上級に なって数種のモダリティ表現を学んだ後にまとめて比較される。それぞれの教材では、一
7 英語の例は対訳や例文の訳がある12種(みんなⅡ/SFJ3/TJ/げんきⅡ/どんな200/東 海Ⅱ/Every/J301/中級/生きた/国境/会話で)の教材から。中国語は中国語解説のあ る4種(みんなⅡ/東海Ⅱ/どんな200/会話で)から収集。
つか二つの類義表現との比較に終わるが、22種類の教材のいずれかの説明で言及されてい たものを挙げると、以下のように多岐に渡った8。
(57)「だろう/でしょう」(初級2種、中級1種、中上級1種)
「ことになる/ことになっている」(初級1種、上級1種)
「わけだ」(中級1種、上級1種)
「〜に違いない」(中級1種、中上級1種、上級2種)
「べきだ」(中上級1種)
「つもりだ」(中級1種、中上級1種)
「かもしれない」(上級1種)
「ものだ」(上級1種)
それぞれのハズダとの相違点は、概ね次のように説明される。
(58)「だろう/でしょう」 主観的で単純な予測、推測の場合。
「ことになっている」 予定により決まっている自分の行為。
「わけだ」 話し手や聞き手がその状況に、より強い納得を示す場合。
「〜に違いない」 直感を基にした推測の場合。
「べきだ」 話し手が、当然である、正しいと思っている場合。
「つもりだ」 自分の将来の意志的な行動の場合。
「かもしれない」 その事態が生じる可能性がある。
「ものだ」 そういう一般的な傾向があることを断定するときに使う。
類義表現の扱い方に特徴のあるものとしては、『会話で覚える形式名詞』が発話意図を考 え、「Xものと思っている」「Xとばかり思っていた」を挙げるなど、他の教材よりも広く 類似の表現を拾っている。また『表現テーマ別 にほんご作文の方法』では、「意見述べに 使われる表現」として、「〜と言える、〜と言えるだろう、〜と言えよう/ようだ/らしい
/はずだ/にちがいない/わけだ/ものだ」を並べて扱っている。
8 どの教科書がどの表現を扱っているか等、類義表現についての詳細は、第6章(6−3「類義表 現との使い分けについて」)で詳しく扱うことにする。
2-2-2.学生用の文法解説の問題点
以上の解説を見ると、ハズダを概ね「根拠に基づく推測」とする基本的な意味の説明態 度と、「みこみ」と「さとり」という用法の考え方、及び、類義表現との使い分けについて は、先行研究による研究成果が強く反映していることがわかる。ただし、2-1-3で見た「現 実の世界」と「観念の世界」の対比という観点は、教育現場では特には触れられないよう である。
これらの文法解説には、大きく以下の三つ点での問題があると考えられる。
【問題点1】 教科書によって説明の態度が様々で、確定した説明がないこと。
【表2】で見たように、ハズダの説明でどの点が触れられるかは、教科書によってまち まちで、ともすると矛盾した説明が存在することがある。たとえば
(59) 「はず」is not used for making predictions,(モジュール3 11課:18)
と、述べられている教科書もあれば、
(60) 当然の予測・期待(荒竹 29:85)
と説明されることもある。また、
(61) 話し手の判断や確信を表す(国境練習 6課:74)
と説明される一方で、ハズダは、
(62) 誰が考えても、論理的にそうなると思ったときには「〜はずだ」を使って客観的に
説明(アプローチ 17課:174)
するものであり、話し手の個人的な判断には「〜にちがいない」を使うという注意が与え られることもある。(いずれも太字は本稿筆者による強調)
実は、ハズダには推測行為のあるものもあれば、
(63)(時間に現れない相手に対して)5時にお約束したはずなんですが…。
というように、推測行為のないものもある。また、客観的に論理的判断を述べることもあ れば、個人的な判断をゆるぎのないものと提示するためにハズダで述べることもある。こ のように、ハズダの用いられ方は様々であるのに、多くの教科書は1回だけの導入・提示 で、ハズダのある一面にだけ光を当て、その後、他の表現性について改めて扱うことはほ
とんどない。中には、JBⅢのように、第2課で「〜はずだ」という文末の「みこみ」用法 を導入したことをもってハズダを既習とし、第9課の本文で「〜はずはない」という形が 出ても特に取り上げないような例もあるが、そのような扱いで問題はないのであろうか。
ハズダをどのようなものとして学習者に提示し、最初に触れる用法として何をどこまで示 すか、そして、その後、どのように用法を広げていけばいいのか、といったことに対して、
十分に考えられているとは言えないように思う。
【問題点2】 説明が抽象的で理解しにくいこと。
また、現在行われている説明も、学習者がすぐにそれを利用して表現を生み出していく には、抽象的すぎるだろう。例えば、
(64)「はずだ」は確かな根拠をもとに当然そうだと推測する。(気持ち:17)9
という説明は代表的な解説の一つだといえるが、それでは何が「確かな根拠」となりうる のだろうか。各教材では「計算・論理的思考の結果、過去の経験など(気持ち:20)」、「客 観的情報や知識(SFJ3 Notes:218)」、「知識、事実、理由、論理(東海Ⅱ 文法説明英 語版:39)」、「確かな証拠、情報、記憶(生きた(別冊):62)」といろいろとあげられるが、
それでも(53)で取り上げた、
(53) *空が曇っているから、雨が降るはずである。(再掲)
のような、「空が曇っている」という事実を根拠に、「もうすぐ雨が降る」と推測したもの がなぜハズダでは表せないのかの説明とはならないだろう。また、
(65) 話し手の判断を表し、確信を持っている
(みんなⅡ(解説) 46課:129 本文は英語・(54)参照)
といった説明も代表的なものの一つであるが、それではなぜ、話し手は「確信を持って判
9 実際には、「「はずだ」は{確かな・不確かな}根拠をもとに当然そうだと推測する。」と学習 者に答えを選ばせる形で載っている。(気持ち:17)