――運用力につながる文法記述のための基礎研究
前章の方針に基づき、本章では、運用力につながる文法記述を目指し、ハズダについて 分析する。特に、その表現を 使っていくため の記述に必要でありながら、これまで十 分でなかったことが明らかになった、①話し手がハズダをどんな時にどのように使用し、
その結果何をするのかといった文脈の中での記述、②複文形式や、ハズダと共起する表現 などを伴った、実際に使える形での提示、③幅広い類義表現の中での表現選択の情報、と いう点に着目し、主にシナリオを中心としたハズダの実例の観察を行っていく。
6−1.ハズダの文脈化
1第2章で見たように、教育現場ではハズダについてこれまで「文型の意味」と「接続の 形式」のための例文や練習は多く提示されてきたが、このような判断の述べ方を話し手が どんな状況でどのように使用し、その結果何をするのかといった実際の運用に不可欠な「文 脈」情報については、あまり扱われてこなかった。そこで本節では、運用力につながる教 育のための文法を目指す基礎研究として、前章で述べた方針に基づき、シナリオを中心に 収集した実例2を分析・整理する。話し手がどういった状況で、どのようにハズダを使い、
その結果何を行うのかという「文脈」のなかで,ハズダの機能を考え,記述していくこと を試みる。
前章の方法に従って観察した結果、ハズダの使用文脈は、【図4】のように、大きく3種 類(Ⅰ〜Ⅲ)、細かく見ればA〜Fの機能を持つ6種類に分類することができた。以下にそ れぞれを記述する。議論をわかりやすくするために、ある人物に対して「今、家にいる」
と判断している次の表現、
(214) (人物) は家にいるはずだ。
1 本節は、太田(2004)を増補・改訂したものである。
2 用例の出典については巻末資料⑦、分析に用いた用例については、巻末資料⑧を参照のこと。
分析対象にはシナリオのほか、本研究で収集した新聞の論説文や投書(巻末資料⑨)、教材の用 例(巻末資料②)なども含める。
【現実と認識の関係】現実の状況は未確認
【話し手の命題に対する態度】
直接的な回答は持たないが、自分なりの判断を示す必要がある。
⇒【機能A】既得情報から演繹的に判断しうる命題を導き出して表明する。
【共起しやすい表現】(理由)から・ので/きっと・たぶんなどの副詞/(ハズダ)よ をすべての機能の例に用いて、この表現が様々な状況で使われる様子から、話し手がハズ ダをどう使用していくかを【図4】に沿って観察する。また、表現の産出のための分類で あることを考慮して、その使用文脈においてハズダと共起させやすい表現も合わせて載せ ることにする。
【図4】 記述の枠組み(p.144の再掲)
6-1-1.現実の状態が未確認である場合
話し手が自らの認識をあえて現実に持ち出す必要が生じる状況には、まず、現状がわか らない中で、自らの「見込み」を表す場合がある。現実の状態が未確認である中で、「自分 の現在の認識で判断すると当然こうだ」と自らの考えを示すことは、基本的には「確信的 な予測」として働くことになる。このような現実と認識が未確認の関係で用いられるハズ ダは、話し手の命題に対する態度から、さらに次のA〜Cの三つに分けることができる。
A: (215)(朝9時に)
甲「田中さんはまだ、家にいるでしょうか?」
乙「さあ。でも、田中さんの家は大学に近いから、たぶんまだいるはずですよ。」
Aは、話し手自身も直接は知らないことを、発話時に既得情報から導き出して述べる場 合である。そのように自分なりの判断を示さなければならない必要が生じる状況には、直 接質問を受ける場合のほか、判断できる人物として要請される場合や自身の思考上必要と なる場合を含む。【伝達効果】の例としては、以下のようなものがある。【伝達効果】は 聞き手との関わりの中で生じるものであるため、【聞き手との関係】も併せて記す。ここで いう【聞き手との関係】には、その場面の中での聞き手のあり方や、話し手の聞き手に対 する心理など、聞き手をめぐる状況についてのすべてを含むことにする。
A-1 <未確認の中での回答提示>
【聞き手との関係】話し手自身も明確な回答を持っているわけではないが、聞き手から の質問、または状況的に、答えが要請されている場合。
(216)「すみません。フェリー乗り場はどこでしょうか。」
「フェリー乗り場ですか。わたしもよくわからないんですが…。 ああ。あそこ にサインが出ているから、あの近くにあるはずですよ。」
(モジュール3 11課:18)
A-2 <論理的考察の過程の提示>
【聞き手との関係】自分の考えを支える論拠を聞き手に説明する必要がある場合。
(217) その時刻に新宿を出たら柴崎に着くのは二十分後。間にお茶一杯と煙草一服の 時間を入れたとしても、六時には家についているはずだ。(推・サンタ:57)
Aはハズダを「根拠に基づく推論」と規定した場合、その意味構造を習得しやすい状況 であるため、初級教材でもよく用いられる機能である。しかし、(216) のように、話し手 が「よくわからない」と思いつつ、推測によってハズダで判断を行うような例は、例えば
(216)が教科書の例であるように、教科書ではしばしば見られるが、実例ではあまり見 られないようである。ハズダは、話し手が知らないことを既得情報からの推測によって新 たに判断して伝えようとする時に使うというよりは、むしろ次のように、直接には現実の 状況は未確認ではあるものの、既存知識として確信している事柄を述べる際に用いられる 場合がよく見られる。このとき話し手の中でAのような推測過程はほとんど意識されない。
B:(218)「妻が家にいるはずです。すぐに持ってこさせましょう。」
ここでの発話意図は「妻が家にいます。」とほぼ同義であり、この時間帯には妻が家に いることを話し手は当然の事実として認識している場合である。同じ発言でも、発話者が
「ええっと…今日は妻の仕事は休みだし、特に外出の予定もないと言っていたし、今なら
…」と発話時に新たに判断を下していく場合にはAとなる。
AとBとの違いは、Aが新しい命題を導き出して判断を下すことを目的とした発話であ るのに対し、Bは現実の状況は未確認ではあるものの、話し手にとってはその命題はすで に確信を持って抱かれている認識であり、ハズダの担う役割は、判断を導き出す過程自体 にはなく、その根拠も問われないことにある。【伝達効果】の例としては、以下のようなも のがある。
B-1 <主張>
【聞き手との関係】話し手の考えを妥当性のあるものとして相手に示したい場合。
(219) 野生動物には感染症の治療薬になる成分があるはずだ。――国立医薬品食品衛
生研究所などのグループは、熱帯地域を中心に植物調査に力を入れている。
(朝040331)
B-2 <励まし>
【聞き手との関係】相手にとって望ましい展開を提示する場合。
(220)あなたが野球を好きなら、どんな色にでもなってまた元に戻れるはず。
(ラジオ・花:放映日040529)
手元の用例を見る限りでは、実際には、Aのようにその場で推論を働かせる状況で使わ れるハズダはそれほど多くなく、むしろBのように自らが持っている確信を主張していく
【現実と認識の関係】現実の状況は未確認
【話し手の命題に対する態度】
真であるかどうかは未確認だが、命題に強い妥当性を感じている。
⇒【機能B】自らの認識を確信のあるものとして提示する。
【共起しやすい表現】きっと・必ずといった確信を表す副詞/〜ば/(ハズダ)よ
ようなものの方が多いようである。もちろん、Bのように述べるうえでも、そのような確 信があるということは、その裏に何がしかの根拠となる経験や理由は存在しているであろ う。しかし、例えば、
(221) ①「彼女の家は千葉にある。」
②「彼女の家は千葉にあるはずだ。」
のどちらにおいても、話し手が自らの発話に誠実である以上、ハズダの有無に関わらず、
その発言には根拠となる裏づけがあると言える。(221)の①と②の違いは、それを事実とし て確認し得ているかどうかにある。ハズダを用いているからと言って、その根拠を産出の うえで利用しているかどうかは別の問題ではないだろうか。これまでもしばしば触れてき たように、Aを基本的意味とし、常にハズダを用いた産出には根拠を示し、「(根拠)から、
(判断)ハズダ」と練習させることの是非は検討の余地があるだろう。
以上のA・Bでは、いずれも話し手はある程度の確信を持って判断を下していた。とこ ろが、本来なら断定を用いることができるような事態に対してハズダが用いられた場合は、
そうした積極的な態度とは反対に、むしろ断定を避けるという消極的な姿勢が現れること になる。
C:(222) (家に電話をして)
教師「今日、太郎くんが風邪で早退したんですが、今、家にいらっしゃいますか?」
母「ええ、いるはずですけど。」 教師「はずっていうのは?」
【現実と認識の関係】現実の状況は未確認
【話し手の命題に対する態度】
妥当性があると認識しているが、断定するだけの確信はない。
⇒【機能C】断定はせず、あくまでも自身の中での「認識」として語る。
【共起しやすい表現】確か・たぶんといった不確かさを表す副詞/(ハズ)だと思う
/(ハズ)ですが