――教師の文型訂正行為から見られる問題点
1次に、教師がハズダを指導する際、どのようなポイントに着目しているのかという観点 から、現行の教材や文法解説の盲点を探ってみたいと思う。そのために、以下の誤用例を 取り上げる。
(145)*空が曇っているから、雨が降るはずである。(市川1997:67)
その文が誤用もしくは不自然であるかの判断には、前述のとおり前後の文章などととも に慎重な検討が必要であるが、この文は、市川(1997)という誤用辞典のなかにある例であ り、また、この例について今回53 名の調査協力者に適切な文かどうかを尋ねたところ、
45名が「訂正を要する」と答えたことから、一応、この文は「誤用」だと言っていいと考 える。
しかし、この学習者は、「確かな根拠を基に当然そうだと推測する(三枝・中西2003: 17)」といったハズダの説明に基づいて、「空が曇っている」ということを根拠に、「当然、
この後は雨が降る」という推測を行っている。それなのになぜ、この場合にはハズダの使 用が不自然に感じられるのだろうか。
この問題について、筆者は、2005年の3月〜9月に、マレーシア人教師16名・日本人 教師19名・韓国人教師18名を対象として、学習者が(145)のような文を作った場合、
訂正を行うか、また、行う場合は、どのように説明するかということについて意見を聞い た2。本節では、その回答の検討を通して、文型の意味だけに頼った説明では不十分である ことを明らかにする。そして、これまでの文法記述には、これまで見てきた結果と同様、
実際の運用のために必要な文脈への視点が欠けており、教師もまた、誤用訂正において、
文型の「意味」にのみ着目する傾向があるという問題提起を行っていきたい。
1 本節は太田(2006)を改訂したものである。
2 本研究は、平成16年度早稲田大学特定課題研究助成費(課題番号2004A-395「コミュニケ ーションに役立つ文法記述のための基礎研究」)によるマレーシアでの調査、および、平成17 年度科学研究費補助金(若手研究B 課題番号17720129「運用力につながる文法記述のため の基礎研究―「非断定」表現の文脈化と教材化―」)による韓国での調査の一部である。
4−1.調査の概要
筆者が行った調査は、以下の通りである。
■時期:2005年 3月(マレーシア)/6月(日本)/9月(韓国)
■調査対象者と所属機関:
・マレーシア人教師(16名)
【所属機関の内訳】
大学(4名)、日本語協会(9名)、高校(2名)、日本語学校(1名)
・日本人教師(19名)
【所属機関の内訳】
大学(8名)、日本語学校(2名)、日本語協会(6名)、派遣機関(2名)、 個人(1名)
・韓国人教師(18名)
【所属機関の内訳】
教育大学院の現職者対象研修受講者(13名)、大学(3名)、高校(1名)、 日本語学校(1名)
■調査方法:① 質問シートを配布し、各自、持ち帰りによる回答。
② 後日、質問シートの回答をもとに、ワークショップ形式で話し合いを する。
③ ②に参加できなかった調査協力者を中心に、必要に応じてフォローア ップ・インタビュー(メールでのやりとりを含む)を行う。
質問シートは、A3用紙2枚で、1枚目は第3章【資料1】(p.71-72)と同様のハズダの 使い方に関する質問、2 枚目が教える時の問題点や教え方についての質問で、本章に関係 する部分は、以下のような設問になっている。
Ⅳ.次のような文を学習者が作りました。この文はおかしいですか?
「空が曇っているから、雨が降るはずです。」 はい いいえ
「はい」と答えた方は、留学生にどのように説明しますか。
「いいえ」と答えた方は、上の文が適切に使われている会話を一つ作ってください。
質問シートによって得られた回答は巻末資料⑥【教師による誤用訂正の説明例リスト】
としてまとめてある。ただし、質問紙の筆記による回答では、本意をすべて書きつくすの は難しいので、その意図するところを調査方法②および③により、極力聞き取るようにし た。ワークショップは、当初の調査の主な目的が在外日本語教師の意識調査にあったため、
マレーシア(ペナン・イポー・クアラルンプールの3都市)と韓国(ソウル)のみで行った。
また、ワークショップでは「その説明だとこういう反例もあるが?」等の問いかけも行い、
より詳しく説明してもらうようにもした。日本人教師については、必要に応じてメールで フォローアップのための質問を行った。
その結果、(145)の文に対する誤用訂正の態度には、大きく以下の三つのタイプが確認 された。
A:根拠の性質から説明するもの
例)目前の視覚的な根拠で推量の意味ですから、様態助動詞そうだを使って、雨が降 りそうですで直すほうがいいです。(韓国)3
B:事態成立の確実さから説明するもの
例)曇っていても必ずしも雨が降るとはいえないから、カモシレナイのほうがいい。
(日本)
C:ハズダで推測できる「内容」を問うもの
例)ハズダは人の意識があるので、自然のものには使えない。(マレーシア)
各タイプの回答者の人数は、【表18】の通りである。A・B・Cの複数にまたがる解説も 少なくなかった。その他、この文が用いられる場面によって訂正するかどうかが変わると いう回答がマレーシア人教師と日本人教師に各1名ずつ、訂正の必要はないという回答も 計5名あった。今回の調査では、教師の国籍や経験年数などによる傾向は特に見られなか ったが、そもそも今回の調査は、数量的にも少ない上、経験年数や所属機関等に条件設定 を設けず、あくまでも任意に集めたデータであるため、ここから国別、機関別、経験年数 別といった傾向を読み取るには不適切である。ここでは、訂正行動の実例としての分析に
3 以下、調査で得たコメント(シート、ワークショップ中の発言、フォローアップインタビュ ーを全て含む)は、表記や言い回し等が多少不自然であってもそのままの形で載せ、末尾に発 言者の国籍を記すことにする。
とどめたいと考える。
【表18】訂正理由のタイプ別回答者数 ※複数回答あり
4−2.説明のタイプと問題点
【表 18】からわかるように、(145)の文に対する説明は、異なる観点からまちまちに
行われ、決まった説明方法はないことが観察される。そこで次に、なぜこのように説明の 方法が揺れるのか、また、これらの説明はハズダの運用のために十分な説明たりうるのか ということを考えていきたい。ただし、今回は、実際に学習者に対して誤用訂正を行った わけではないので、それぞれの説明が「適切であったか」についての判断は不可能である。
誤用訂正は、学習者のレベルや学習スタイル、また、当該文だけを直すのか、ハズダの使 い方自体を説明しなおすのかといった訂正の目的など、様々な観点から考えられなければ ならないからである。ここでの目的は、「訂正の適切さ」の判断ではなく、ハズダの指導に おいてどのような観点が注目・指導されているかを見ることにある。
上述のA・B・Cの観点は、一般にハズダについて説明される、
(146)話し手が何らかの客観的な事実、根拠を基に(→A)、そのことが当然の帰結 として、必ず成り立つ(→B)という自分の判断・予想(→C)を確信的に述べ る場合に用いる。(国際交流基金日本語国際センター1993:192 下線と( )内は 本稿筆者による)
のそれぞれの下線の箇所に着目した結果によると考えられる。この三つの観点は、いずれ もこれまでの日本語研究や教師用参考書において指摘されてきたポイントでもあり、各教 師の説明もそれに基づいたものだと言える。しかし、実は、A・B・Cのいずれにも、それ
A B C 場面に
よる
訂正
せず 未回答 マレーシア人日本語教師(16) 4 6 4 1 2 1 日本人日本語教師(19) 4 9 5 1 1 0 韓国人日本語教師(18) 3 10 3 0 2 0
だけでは説明のつかない例が存在し、学生に対して十分に納得のいく説明となっていると は言いがたい。以下に、それぞれについて、先行研究での指摘とその問題点を見ていく。
4-2-1.ハズダにおける根拠の性質について
これまでのほとんどの先行研究では、ハズダの基本的な性質として、「客観的な根拠に基 づく」ということが取り上げられている。そして、この「客観的」または「論理的」根拠 とはどのようなものなのかについても、議論がなされてきている。
(147)森田(1980:412)
確たる根拠が話し手の脳中にあって、それを拠りどころに未知・不明の現実 を推測・予測する場合にしか使えない。先の例(本稿筆者注:「少し熱がある。
私は風邪を引いたにちがいない。」→「引いたハズダ」は不可。)のように、現 状から事実を判断したり想像したりする場合は、「はず」の領域からはずれて いる。
(148)森山(1995:174)
そこで考えたいのは「根拠」の質である。ハズダは、現実の事態のありよう とは別に、論理的な根拠だけで判断することを表すと言えないだろうか。
(中略)現実の徴候以外の「論理的根拠(判断理由)」によって判断すると いうことに重点がある。逆に見れば、ハズダは現場で得た情報を直接使わな いという特性をもつと言える。
このような観点から、(145)の訂正にあたっての説明においても、ハズダの根拠となり うるのは「客観的・論理的なもの」であり、「空が曇っている」はハズダの根拠として適さ ないと考えるものが見られた。その一つは、「曇っている」のような「目で見た」事実から の判断には、ハズダではなく、「そうだ・ようだ」を選択するという説明態度である。
(149)目前の視覚的な根拠で推量の意味ですから、様態助動詞そうだを使って、雨が 降りそうですで直すほうがいいです。(韓国)