第2章では、教材におけるハズダの扱われ方を観察した。それでは、学習者は学習過程 において、ハズダをどのように理解し、運用上、どんな点に困難を覚えるのであろうか。
そうした実態を見るために、本節では、2005年から2006年にかけて、日本語母語話者と 各国学習者を対象に行ったハズダの運用意識を探る調査1をもとに、学習者の実際の産出例 を観察し、運用のために必要な情報とはいかなるものかを考えて行くことにする。
3−1.調査の概要
3-1-1.調査の概要
筆者が行なった調査は以下のようなものである。
■ 調査方法
【資料1】(p.71-72)のような調査シートによる記述回答。問題は3種類で、問1が一 文を作成するもの、問2が会話を作成するもの、問3が100~600字(3文以上)程度で短 い意見文を書くものである。また、学習者に対しては、問4として、ハズダという表現を 使用する際に難しい/よくわからないと感じることがあるか、あるとしたらそれはどのよ うな点かということも質問した。
対象者は、日本語母語話者、および、ハズダを既習の中級以上の学習者とし、問1の時 点でハズダという表現を知らないと答えた学習者は対象外とした。また、必要に応じて、
回答後に、フォローアップ・インタビューを行い、該当箇所でのハズダ使用の意図等を確認 した。調査後には直接会うことができず、回答者の了承を得て、メールで意図を確認した ものもある。
■回答者 日本語学習者 273 名 日本語母語話者 147 名
回答者の属性の詳細については、巻末資料③【調査対象者の内訳】を参照のこと。国籍
1 本調査は、平成16年度早稲田大学特定課題研究助成費(課題番号2004A−395)による助成(マ レーシア)、および、平成17-18年度科学研究費補助金(若手研究B 課題番号17720129)によ る助成(中国・韓国・ベトナム・日本国内)を受けて行ったものである。
別の人数は、【表5】の通りである。
【表5】回答者の国籍別リスト(日本語母語話者147名、学習者273名中)
国籍 人数 国籍 人数
日本 147 マレーシア 36
中国 55 ベトナム 92
韓国 89 その他 19
※その他:アメリカ5名、ドイツ 5 名、台湾2名、ロシア、チェコ、フランス、
スペイン、ブラジル、香港、カナダ国籍台湾人が各1名ずつ。
■調査時期・調査対象者・調査場所
① 2005年 3月 マレーシア人学習者36名(クアラルンプール・ペナン・イポー)
② 2005年 6月 日本語母語話者(社会人)13名 (東京)
③ 2005年10月 韓国人学習者69名 中国人学習者2名 (ソウル)
④ 2005年11月 中国人学習者43名 (蘇州)
⑤ 2005年11月 日本語母語話者(大学生)39名 (東京)
⑥ 2005年12月 日本在住留学生47名 (東京)
⑦ 2005年12月 日本語母語話者(大学生・大学院生)95名(東京)
⑧ 2006年 3月 ベトナム人学習者91名 (ホーチミン)
⑨ 2006年 3月 アメリカ人学習者3名 (郵送回答)
■調査シート 次ページ【資料1】
【資料1 アンケート用紙】(現物を縮小したもの)
「はずだ」に関かんするアンケート調査ちょうさ
Ⅰ. にことばを書かいて、文ぶんを作つくってください。
① リンさんは日本に ほ んに留 学りゅうがくしていたから、 はずです。
② ば、病気びょうきはすぐになおるはずです。
③ から、 はずです。
④ はずだから、 。
⑤ はずなのに、 。
Ⅱ.「はず(だ)」を使つかって、AさんとBさんの会話か い わを二つ作つくってください。一つの会話か い わで AさんとBさんは、最低さいてい2かいずつ、話はなします。「はず(だ)」は1かい使つかえばいいです。
① 会話か い わ1 A:
B:
A:
B:
② 会話か い わ2 A:
B:
A:
B:
わたし私
は、早稲田わ せ だ大学だいがくの太田お お た陽子よ う こです。今いま、日本語に ほ ん ごを勉 強べんきょうする人ひとのための文法ぶんぽうを研 究けんきゅうを しています。「はず(だ)」ということばについて、みなさんのアイデアを聞きかせてくだ さい。アンケートの結果け っ かは、研 究けんきゅう以外い が いには使つかいません。
よろしくお願ねがいいたします。
太田お お た陽子よ う こ [email protected]
Research Associate(Waseda.Univ.) 1-7-14 Nishiwaseda Shinjuku Tokyo Japan
Ⅲ.「はず(だ)」を使つかって、「最近さいきんの社会しゃかい」(例れい:最近さいきんの若者わかもの、女性じょせいと結婚けっこん、教 育きょういく問題もんだい、 Globalization など …・・・)、または、「これからの社会しゃかい」(これからの女性じょせいと仕事し ご と、これか らの子供こ ど もと家族か ぞ く、世界せ か いの平和へ い わのために、など…)をテーマに、あなたの意見い け んを書かいてく ださい。文ぶんの数かずは三つ以上いじょうで、「はず(だ)」は、1回かいだけ、いつどこで使つかってもいいで す。
(白しろいところは長ながく書かきたいとき使つかってください。)
Ⅳ.「はず(だ)」という表 現ひょうげんは 難むずかしいと思おもいますか。どんなところが 難むずかしいですか。
★ あなたについて教おしえてください。(書かきたくないところは書かかなくてもいいです)
ご 協 力きょうりょくありがとうございました。
国くに
: □ 男おとこ □ 女おんな 年齢ねんれい 学校がっこう お名前な ま え: 日本語に ほ ん ごがくしゅうれき学 習 歴:約やく 年ねん。 後あと
でメールで質問しつもんしてもいいですか。 □はい □いいえ
(if yes→)メールアドレス:
3-1-2.「誤用」の三つの段階
上記のような調査の結果を分析するに当たり、本稿では、「誤用」には三つの段階がある という立場に立つことにする。その三つとは、「形態的な誤用」「意味的な誤用」「文脈的な 誤用」である。
「形態的な誤用」とは、(90)(91)のように品詞やテンスに応じた適切な形態変化を行 わなかったものである。
(90)*日本に留学していたから、日本語が上手はずだ。(ベトナム)2
(正)日本に留学していたから、日本語が上手なはずです。
(91)*先週、紹介するはずと思うが。(中国)
(正)先週、紹介したはずだと思うが。
「意味的な誤用」とは、次のように、ハズダでは表せない意味をハズダに担わせている 場合であり、本来は、他の表現が用いられるべきものである。
(92)*何か注意するはずなところがありますか。(中国)
(正)何か注意すべきところがありますか。
(93)*明日、私はテニスをするはずなのに、雨でしょう。(アメリカ)
(正)明日、私はテニスをする{予定なのに/ことになっているのに}
雨でしょう。
以上の「形態的な誤用」と「意味的な誤用」という二つの誤用は、一文単位でも、正用 か誤用かの判断をすることができるという共通点がある。
一方、(94)のような例は、一文を見ただけでは正しい表現とも言えるが、(95)のよう な文脈の中では不適切である。このような、ハズダを使うべきではないところでハズダを 使っているものを「文脈上の誤用」とし、♯をつけて表す。
(94)田中さんは、明日は用事があるので、出席しないはずです。(中国)
2 本章の用例は原則として、すべて今回の調査で得られたもの。例文の末尾に回答者の国籍を 記す。文法的な誤りなども原則としてそのままの形で載せる。
(95)A:田中さんは明日の会議が出席しませんね。
B:え〜、どうして。
A:さっき電話がかけてきた。♯明日は用事があるので出席しないはずだ。
(正)明日は用字があるので出席しないそうです B:そうですか。(中国)
こうした例を見ると、その表現が「不適切」であるかどうかは、原則として、その都度、
文脈に照らし合わせ、発話意図を確かめない限り、判定できないものであることがわかる。
本研究では、便宜上、「誤用」「不適切な表現」といった表現を使用するが、何が「誤用」
であり、「不適切」かの判断には、慎重な態度が望まれることには留意していく必要がある。
また、本研究では「文脈」という概念に、単に会話の流れというだけではなく、第2章 でも言及したように、「誰から誰に向かって」という人間関係や、「何のために」という発 話意図も含めるため、「文脈上の誤用」には、このほか、対人的な要素である終助詞の誤用
/非用や、待遇的な不適切さも含まれるものとする。
第2章でみたように、これまでの教材では、品詞による接続の形という形態的なルール や、「客観的な根拠に基づく話し手の判断を示す」という意味的な理解に対しては練習が行 われてきたといえるが、文脈的な誤用については、あまり意識が向けられてこなかったと 言えるだろう。そこで本研究では、学習者がハズダをどのような場合に、どのように用い るかということに焦点を当てた観察を行っていきたい。従って、(90)(91)のような「形 態的な誤用」については分析対象とはしないことにし、主に(95)のような「文脈的な誤 用」に着目する。ただし、「意味的な誤用」については、実際にはどのような表現を使うべ きであったかを考えるには、結局、文脈を検討する必要があること、および、他の類義表 現との相違を見るうえで重要であること等から分析対象に加え、「意味的な誤用」と「文脈 的な誤用」を合わせたものを、「運用上の誤用」として検討していくことにする。
このような立場で今回の調査結果を分析すると、今回の調査対象者である学習者は、一 文単位であれば適切な文が作れる力をある程度持っていても、それを適切な場面で適切な 表現として運用していく際には、問題を抱えていることが多いということが示唆された。
以下に、具体的な観察を通して、その問題となる原因を探ることにする。