三重県立総合医療センター産婦人科
谷口 晴記 趣旨:現在,本邦における HIV 感染妊娠女性への対策 は,母体への抗ウイルス薬投与,選択的帝王切開,新生児 への抗ウイルス薬投与および断乳となっている.その結果 HIV 母子感染率が 1% 以下に抑えられることが報告され ている.しかし,感染成立例の中には十分な感染予防対策 がなされていたにもかかわらず,新生児のウイルス血症が みられ胎内感染が強く疑われる症例の存在も明らかになっ てきた.選択的帝王切開が母子感染のリスクを下げるため に効果的であることはすでに確立しているが,経膣分娩を 希望される例も報告されている.新生児期の抗ウイルス薬 投与についての議論もある.また低開発国における母乳保
育についての可否について可とする考えも存在する.どの ような条件が胎内感染や産道感染,新生児期への対策およ び母乳感染の基礎的事項についていまだ判明していないこ とが多い.このワークショップでは HIV の母子感染対策 を考える上で重要な基礎的な事柄に関し議論してみたい.
1.HIV 垂直感染における胎盤関門の解析
日本大学医学部病態病理学系微生物学分野1),横 浜市立大学情報システム予防医学2),Vaccine Re-serch Center!NIAID!NIH3),獨協医科大学産婦人 科4),国立感染症研究所エイズ研究センター5)
相澤志保子1)5)泉 泰之1)5)長縄 聡2)
本多 三男3)北村 勝彦2)稲葉 憲之4)
山本 直樹5)早川 智1)5)
HIV 垂直感染の予防は,人類保健上重要な課題の一つ である.わが国の HIV 感染者の数は少数ではあるが,依 然として増加傾向にある.幸いなことに,ここ数年,垂直 感染は 1% 以下にコントロールされているが,HAART による副作用や新たな耐性ウイルスの出現などの問題が生 じている.一方,HIV 陽性妊婦における子宮内の胎児は 典型的な暴露非感染者と考えられ,いわゆる胎盤関門の主 体である脱落膜胎盤局所における免疫応答は極めて興味の あるところである.
当初,演者らは,臍帯血リンパ球は HIV 感染に対して 抵抗性があるのではないかと考え,臍帯血を用いた感染実 験を行ったが,感染効率は成人と差が見られなかった.そ こで,ヒト胎盤・脱落膜のモデルとして絨毛癌細胞株なら びに CD56 陽性大顆粒リンパ球細胞株を用い,1)in vitro で,絨毛細胞は CD4 非依存的に HIV に感染するが,リン パ球に比較してウイルス複製効率が著しく低いこと,2)
細胞株内におけるウイルス複製が TLR を介したシグナル によって調節を受けること,3)HIV が持続感染する CD56 陽性大顆粒リンパ球株 KHYG を培養すると,ウイルスを 複製しないままアポトーシスに陥ることを明らかにした.
この結果より,脱落膜に存在する CD56 陽性の大顆粒リン パ球が HIV に感染した絨毛細胞を破壊すると同時に,そ れ自体が HIV のターゲットとなり,慢性感染の reservoir になりうることが示唆された.胎児血中に存在する何らか の因子によって,胎児循環中に流入した母体脱落膜由来の CD56 陽性大顆粒リンパ球がアポトーシスに陥り,いわば 自然のワクチンとなる可能性がある.
胎盤・脱落膜における HIV 感染と局所免疫機構の解析 により,確実な垂直感染の予防法が確立できると同時に,
HIV 陽性母から生まれた HIV 陰性児における免疫応答の 解析により,ワクチン開発の新たなリソースとなることが 期待できる
2.妊婦における頚管粘液中 HIV-1 ウイルス量測定の意 義
獨協医科大学産科婦人科学教室
大島 教子,林田 志峯,根岸 正実 庄田亜紀子,岡崎 隆行,西川 正能
渡辺 博,稲葉 憲之
【目 的】HIV-1 感 染 妊 婦 に お け る 血 中 HIV-1 ウ イ ル ス 量
(HIV-VL)の高値は,HIV 母子感染成立の主要なリスク ファクターである.妊娠中の抗 HIV 療法で HIV-VL を可 及的に減少させ,選択的帝王切開分娩を導入する事によ り,現在,先進国において HIV 母子感染率は 2% 以下に 抑え ら れ て い る.一 方,血 中 HIV-VL が 1,000copies!mL 以下の妊婦に対する選択的帝王切開分娩の有益性に関する 充分なエビデンスは得られていない.我々は HIV-1 感染 妊婦の頸管粘液中 HIV VL を同定,血中 HIV VL との関 連を調べ,低 HIV-VL の HIV-1 感染妊婦における分娩方 法選択の指標となりうるかを検討,文献的考察を含め報告 する.
【方法】対象の HIV-1 感染妊婦 34 人の初診時の頸管粘液 中および血中 HIV VL を ultra sensitive PCR 法で測定
(cut off value<25 copies!mL),統計処理にはスピアマ ン順位相関係数およびスチューデント t 検定を用いた.
【結果】初診時,対象妊婦の 85% が抗 HIV 療法を受けて いなかった.血中の 85% および頸管粘液中の 68% より HIV-1 ウイルスが検出され,また両群間における HIV VL に統計的有意な相関を認めた.HIV 以外の性感染症の合 併の有無で,血中および頸管粘液中の HIV VL 相関を検 討したが関連は認めなかった.5 人(15%)の頸管粘液中 HIV VL が血中 HIV VL を上回り,このうち 2 人の血中 HIV VL は 1,000copies!mL 以下であった.
【結論】相関しない症例も一部みられたが,大部分の症例 において頸管粘液中 HIV VL は血中 HIV VL を反映して おり,頸管粘液中 HIV VL の測定は分娩方法の選択に際 し,重要な因子になる可能性が示唆された.
3.新生児白血球中の HIV-1 プロウイルス定量の意義 独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター臨 床研究センター
金田 次弘,伊部 史朗 星野 伸,井上 孝実 現在,母子感染成立の有無は血中 HIV-1 RNA 定量によ り判定しているが,この方法は, 現在の感染の有無をモ ニターする のには効力を発揮するが 過去に感染した歴 史を有するか のモニターには適さない.この目的には HIV-1 プロウイルス定量により感染のアーカイブを検出す るのが最適である.我々は,この研究とは別に HAART 著効症例を対象に CD4 陽性 T リンパ球中の残存プロウイ ルス量とその転写活性能が治療中断の指標に成るかの検討 を行なっているがそこで用いている高感度定量 PCR 法(検 出限界は 2 コピー!106)を新生児に対して応用してみた.
2005 年度より研究を開始して 12 例の測定を行なえた.全 例で,出生時のみならず 2 週から 2 年の追跡を行っている が,全時点の検体で血中 HIV-1 RNA は陰性であった.従 来の基準で言い換えれば,全例 HIV-1 非感染の挙児に成 功したといえる.さて,問題のプロウイルス量に関してで あるが,出生当日にプロウイルス陽性と判定されたのは 10
例中 2 例(177 と 9 コピー)であった.出生当日に陰性と 判定された 6 例でもその後(1 カ月から 2 年)極わずかの 量のプロウイルスであるが(8〜33 コピー)検出された.
短期間のフォローのみの 3 症例のうち 1 例は陽性判定,2 例は陰性判定であった.この研究結果から,HIV-1 感染妊 婦より出生した児の多くはプロウイルスの形成という視点 から見ると,極微弱であるが感染した形跡があった.しか し,一旦感染しかかったものの母親や児に対する治療によ り真の感染へと発展しえなかったと想像できる.現時点で のフォローの最長期間は 2 年であるので,確定的な結論を 得るには更なる長期間のフォローが必要と思われる.ま た,母子感染成立の可否を決定する一般的判定基準として は従来どおりの血中 HIV-1 RNA の定量で十分であると思 われる.
4.母乳マクロファージ上に発現した DC-SIGN を介し た HIV-1 の垂直感染
日本医科大学産婦人科教室1),同 微生物免疫学 教室2)
里見 操緒1)高橋 秀実2)竹下 俊行1)
【はじめに】母児感染の経路としては,経胎盤感染,産道 感染,そして母乳感染が存在するが,HIV-1 感染ではその すべての経路を介して感染が成立すると考えられている.
東南アジアやアフリカ諸国における HIV-1 母児感染の 30-50% は,母乳を介したものと推定されている.こうした 母乳感染を阻止するため,我々は初乳中に散見されるマク ロファージに着目し,母乳を介した HIV-1 感染伝播の機 序を探った.
【方法】正常分娩褥婦よりインフォームドコンセントを得 た上で初乳を採取後,母乳細胞を分離・採取し,その細胞 表面マーカーを Flow Cytometry で解析した.また母乳細 胞を種々のサイトカイン存在下で培養し,表面マーカーの 変化を追跡するとともに,HIV-1 に対する感受性を HIV-1 p24 抗原産生能により検討した.また,他の細胞への感染 伝播力を,HIV-1 感受性株 MAGIC-5 を用いて検討した.
【成績】母乳細胞中の大多数の 細 胞 は CD14 陽 性 マ ク ロ ファージであり,その大半は CD4 陽性であった.またこ れ ら の 細 胞 上 に は,HIV-1 感 受 性 を 決 定 す る CCR5,
CXCR4,ならびに HIV-1 捕捉能を有する DC-SIGN 分子が 発 現 し て い た.こ れ ら 母 乳 細 胞 は IL-4 刺 激 に よ り DC-SIGN の発現が著明に増強したものの,ケモカインレセプ ターの発現は低下した.そこで,この細胞に HIV-1 を感 染させたところ,ウィルス産生能は未刺激群に比べ低下し たが,MAGIC-5 株への感染伝播力は増強し,この伝播は 抗 DC-SIGN 抗体によりブロックされた.
【結論】HIV-1 は母乳細胞に発現したウィルス捕捉蛋白 DC-SIGN を介して感受性のある細胞へ伝播されることが判明 した.この DC-SIGN の発現は,乳腺炎など細菌感染時に 放出される IL-4 により増強することから,抗菌剤による 母体感染コントロールならびに DC-SIGN 発現抑制法の開 発が,HIV-1 垂直感染の予防につながるものと考えられ
る.
ワークショップ 9
小児科外来診療において問題となる感染症の現状と対策 島根県立中央病院小児科
菊池 清 生活環境の改善,医療の進歩,国民皆保険制度などによ り感染症で不幸な転帰となる子供の数は非常に減ったが,
感染症は昔も今も小児科領域で最も多い疾患である.その 中でも呼吸器感染症,消化器感染症,皮膚感染症は小児科 外来診療において患者数の多さで上位を占める.
今回のワークショップでは,皮膚感染症としては伝染性 膿痂疹と MRSA について,消化器感染症としては腸管出 血性大腸菌感染症の集団発生とその対応について,呼吸器 感染症としては非典型的百日咳の蔓延とインフルエンザワ クチンの有効率の問題をとりあげた.演者らの優れた研究 成果や貴重な経験を共有し,これからの外来診療のあり方 について議論したい.今回の内容は,小児科医だけでなく,
臨床現場で働く多くの方々にとって役立つものと考えてい る.
1.小児伝染性膿痂疹症例から分離された原因菌の種類 とその薬剤感受性から選択する抗菌薬療法
横浜南共済病院小児科
成相 昭吉
【緒言】伝染性膿痂疹は乳幼児に夏に多く認められ,原因 菌として黄色ブドウ球菌が重要である.近年,メチシリン 耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の分離頻度の増加が報告さ れており,以前当院(小児科・皮膚科)でも,約 20% に 認められた(渡辺,成相他.小児科臨床 57:2079-2084 2004.).
【目的】小児の伝染性膿痂疹症例から分離された主要原因 菌の分離頻度および薬剤感受性を検討し,伝染性膿痂疹に 対する適切な経口抗菌薬の選択を図る.
【方法】当科で 2002〜2006 年の間に経験した伝染性膿痂疹 症例を対象に分離菌を調べた.培養は,病巣皮膚を滅菌綿 棒で擦過し血液寒天培地およびマンニット食塩培地を用い て好気培養を行った.分離株の薬剤感受性は微量液体希釈 法で MIC を測定し,CLSI の基準により判定した.
【結 果】5 年 間 で 156 例(男 児 81 例!女 児 75 例,平 均 3.2 歳)に培養を施行した.黄色ブドウ球菌は 119 例(76.3%)
から分離され,MSSA107 例(68.6%),MRSA12 例(7.7%)
であった.A 群βレン サ 球 菌(GAS)は 17 例(10.9%)
から分離され,このうち 14 例は MSSA とともに分離され た.分離例の平均年齢は,MSSA3.3 歳,MRSA1.7 歳,GAS 4.0 歳で,MRSA 分離例が有意に低かった.MSSA 株は,
CEZ!FOM!MINO に 100% 感性であったが,MRSA 株は CEZ には全て耐性,MINO には 70.6% が感性で 29.4% が 中間耐性,FOM には 64.7% が感性で他は耐性であった.
GM には MSSA 株の 58.8%,MRSA 株の 64.7% が耐性で あった.一方,GAS 株は FOM に中間耐性または耐性で あった.