国立感染症研究所感染症情報センター
多屋 馨子 日本を含む WHO 西太平洋地域では,2012 年に麻疹を 排除することが目標である.わが国では,2007 年春に 10−
20 代を中心とする麻疹全国流行を経験したが,これを機 に国の麻疹排除計画は大きく始動し,「麻疹に関する特定
感染症予防指針」の厚生労働大臣告示がなされる.また,
2008 年 1 月 1 日から,予防接種歴と共に実験室診断を求 めた麻疹及び風疹の全数サーベイランスが開始される.ま た,2 回(1 歳と就学前 1 年間)の予防接種率を共に 95%
以上にすることが目標であり,2008 年 4 月 1 日から,5 年 間の時限措置で,定期接種として中学 1 年および高校 3 年
「相当世代」に対して 2 回目の麻疹,風疹ワクチンを接種 することが予定されている.更に,95% 以上の予防接種 率の達成・維持のための取り組みとして,任意接種ではあ るが,1.医療従事者,2.学校の職員,3.福祉施設等の 職員,4.その他の学生,1)教育・医療・福祉に関連する 大学の学部・専修学校の実習の機会,2)海外への修学旅 行等,学校として海外渡航を行う機会,5.医療機関受診 者の初診の機会に麻疹含有ワクチンの接種を推奨するよう 求められている.
麻疹対策で最も重要なのは,「麻疹患者が 1 名発生した ら,すぐ対策を講じること」である.数名だからと様子を 見ていると,数十名規模の集団発生が起こる.麻疹に関し ては,診断後 24 時間以内に最寄りの保健所に報告するこ とが求められており,公衆衛生・行政機関では,それに迅 速に対応する必要がある.
麻疹は,死亡あるいは重症化のリスクがあるだけでな く,周りの人に感染させる可能性があることを忘れずに,
対応したい.中 1,高 3 相当年齢の者への 95% 以上の接 種率確保が大きな課題である.国民 1 人 1 人が麻疹,風疹 に対する認識を変えなければ,排除は困難である.2008 年春の本学会中に,国内で麻疹の流行が起こっていないこ とを願いつつ,このワークショップが麻疹排除に大きく貢 献することを期待したい.
1.小児の麻疹の臨床 及川医院
及川 馨 麻疹は予防接種の導入で流行のパターンが変化し,現代 では未接種者,1 回接種者,2 回接種者,修飾麻疹などが 混在するようになった.中途半端な予防接種率が続き,流 行は縮小してきたものの,日本から排除するには様々な問 題点を抱えている.麻疹を診た事がない若い小児科医も増 えており,まして他科の医師は水痘を麻疹の鑑別もできな い場合もある.麻疹を嫌というほど診てきた年配の医師 も,現代の修飾麻疹の存在には十分な情報を持ち合わせて いないこともしばしばである.典型例が多い時代は一瞥で 診断がつくことも多く,臨床診断にさほど困難はなかった が,非典型例や軽症例など判断に迷う例が多くなってきた 今日では臨床診断だけでは診断が不確実となる.さらには 麻疹診断の決め手と思われていた麻疹 IgM も近年感度が あがり,他の発疹性疾患をも交差反応で陽性となったりし て,慎重な判断が必要となる.2012 年までに国内から麻 疹排除を実施することを国際的に公約しており,2008 年 度から 5 年計画で中学 1 年と高校 3 年相当に MR ワクチ ンが実施されることになった.人口の 95% 以上が発病阻
止レベル以上の免疫を保有することが排除には必要条件と なるが,ワクチンへの不信感や些細な副反応を嫌うことな どから,目標の 95% ラインに到達することは並大抵のこ とではない.2007 年関東での麻疹流行は地方都市へと波 及し,10 代後半から 20 代あるいは 30 代の年齢層がター ゲットとなってくすぶり続けている.自分を守ることとと もに周囲への感染源とならぬように積極的な接種が求めら れる.
2.2007 年に多発した成人麻疹の臨床的検討 東京都立墨東病院感染症科
大西 健児,相野田祐介,中村 造 中村ふくみ,古宮 伸洋
【目的】2007 年に関東地方を中心に成人麻疹が大流行し,
多数の患者が都立墨東病院感染症科へ入院した.その現状 を解析する.
【方法】2007 年 2 月から 9 月までに都立墨東病院感染症科 へ入院した 15 歳(中学生は除く)以上の麻疹患者の診療 録を分析した.
【結果】患者数は 59 人(男性 29 人,女性 30 人)で,15〜
19 歳(10 代後半)が 13 人,20〜24 歳(20 代前半)が 22 人,25〜29 歳(20 代 後 半)が 14 人,30〜34 歳(30 代 前 半)が 5 人,35〜39 歳(30 代 後 半)が 5 人 で あ っ た.4 月下旬から 6 月下旬の発症が全体の 73% を占め,コプリッ ク斑は 55 人に認められ,血清の麻疹 IgM 抗体は 53 人中 53 人で陽性であった.肺炎を合併した患者は 6 人(20 代 前半が 5 人,30 代前半が 1 人)で,そのうち 3 人のマイ コプラズマ IgM 抗体が陽性であった.髄膜炎が 1 人にみ られた.肺炎と髄膜炎をのぞいた 52 人の有熱期間は,10 代後半が 8.0±1.2 日,20 代 前 半 が 8.1±2.0 日,20 代 後 半 が 7.7±2.1 日,30 代前半が 8.0±4.2 日,30 代後半が 7.8±
1.3 日であった.入院時あるいは入院翌日に血清 CK が測 定された 57 人中 24 人で CK 上昇が観察され,その内訳は 10 代 後 半 が 13 人 中 5 人,20 代 前 半 が 21 人 中 10 人,20 代後半が 14 人中 6 人,30 代前半が 4 人中 2 人,30 代後半 が 5 人中 1 人であった.母子手帳で麻疹ワクチン接種歴を 確認できた患者は 19 人で,接種歴ありが 3 人,なしが 16 人であった.
【考察】今回の症例分析では,各年代で有熱期間,血清 CK 上昇者の占める割合に明らかな差はなく,年齢が高くなる につれ重症化する傾向は見出せなかった.ワクチン接種の 有無が明らかな症例では接種歴なしが大多数を占めて,麻 疹ワクチンの重要性が再確認された.
3.麻しん 地域発生の現況把握と短・長期流行予測ア ルゴリズムの検討
北海道立衛生研究所企画情報室
長谷川伸作
【麻しん流行の現状】麻しんの地域流行パターンは様々で,
隣接地域とは相似相同する場合もあるが,必ずしも一致し ない.ずれたり,全く発生しない地域も生じる.概して,
人口集中地区人口比,県内居住従業・修学者に対する流入
者割合(%)等が高いと,毎年の流行をみて,低い場合は 4〜5 年の循環周期をもって流行する.また,ワクチン接 種状況が流行周期の延伸に作用している場合も観察され る.発生動向調査 2001 年の全国的流行から,2005・06 年 には大きく減少したが,2007 年には大学での発生が相次 いで増加し,定点からの報告数で 3〜4 千人と予想される.
未だ発生は続き,循環周期に伴う流行が出現すると考えら れる.麻しん流行の観察には,全国・都道府県の集計では なく,第二次医療圏もしくは保健所単位でのレベルで,各 地域毎の状況の把握ならびに短・長期的流行予測が必要で ある.
【流行予測のアルゴリズム】1981 年からの小児科定点から 収集される麻しん,都道府県別・保健所別患者数を用い た.(1)短期的状況把握は,(a)好発週の設定,(b)4 週 報告数の当該年 8 週報告数に対する比,(c)4 週報告数の 過去 5 年間報告数(前,当該,後の各 4 週×5 年間)に対 する比(CPEG),(d)当該週の過去 5 年間報告数(当該 週を含む前 5 年間)における標準化変量,(e)当該週を含 む前 5 年間報告数のベースライン 95,(f)当該週を含む 前 5 年間報告数のベースライン 68 等によった.現況把握 および 1〜4 週間の流行シグナル発令のアルゴリズムを設 定した.(2)長期流行予測(1 年間)では,過去 24 年間 における長期趨勢変動,季節変動周期,循環変動周期,年 間発生(流行)パターンおよび過去流行年などを踏まえ,
合成分析,類似ベクトルの当てはめ,ARIMA FORECAST 等のアルゴリズムを作成し,予測値を算出した.
【参考】1)地域におけるウイルス感染症流行の把握.小児 内科,37,22-30(2005)
4.東京都教育委員会の麻疹対策
東京都教育庁都立学校教育部学校健康推進課 寺西 新
【目的】東京都では,2007 年 3 月から学校での麻疹の流行 がみられた.東京都教育委員会では,都立学校での麻疹流 行を抑制するため,サーベイランス,臨時休業,緊急予防 接種等の対策を行ったので報告する.
【方法】
1.公立学校麻疹サーベイランス
東京都教育委員会は 2006 年 12 月から公立学校麻疹サー ベイランスを始め,2007 年 1 月から 9 月までに小学校 221 校,中学校 140 校,高等学校等 177 校から計 1,238 人の麻 疹患者が報告された.サーベイランス情報は「学校感染症 情報」として適宜発行し,都立学校,区市町村教育委員会 及び東京都医師会等に周知し,情報共有をした.
2.臨時休業
2007 年 4 月から 8 月までに,高等学校で学校閉鎖 8 校
(9 課程)及び学年閉鎖 2 校,特別支援学校で学校閉鎖 2 校の臨時休業を行った.
3.緊急予防接種など
5 月上旬までに学校閉鎖に至った都立学校のうち,緊急 予防接種により接触者の麻疹発症を抑えられる可能性が
あった 4 校で,計 1,395 人に緊急予防接種を行った.また,
5 月 15 日,上記 4 校を除く全都立学校生 137,083 人及び教 職員 5,611 人に予防接種歴調査を行い,未接種・未り患の 児童・生徒 7,722 人及び教職員 403 人のうち,児童・生徒 4,121 人(53%)及び教職員 273 人(68%)に予防接種を 行った.
【結果・考察】緊急予防接種を行った学校では,集団の免 疫力を高めることができたと考え,臨時休業期間内に患者 発生がみられても学校を再開したが,その後の二次感染は 報告されなかった.全都立校生への接種については,都立 学校における 6 月中旬以降の麻疹発生は明らかに減少し,
通常の流行終息の時期とも重なるが,小・中学校からの報 告に比べて高等学校での減少傾向が大きく,流行抑制に寄 与したと考えられた.しかし,麻疹流行下にあっても接種 率の向上は困難であり,今後も麻疹対策を継続していく必 要性が残った.
5.2012 年の国内麻疹排除に向けた今後の麻疹対策 国立感染症研究所感染症情報センター
岡部 信彦 2007 年我が国では麻疹の流行があり,大学や高校の休 校,海外への持ち出しなど,社会的に大きな話題になった.
麻疹ワクチン導入以来,「皆が罹る重い病気,はしか」は 順調にその発生数が減少したが,2001 年 20-30 万人の患者 発生を見た.この時の流行は幼児に多く,ワクチン接種率 が 50% と低い 1 歳児を対象に「1 歳のお誕生日には麻疹 ワクチンのプレゼントを」というキャンペーンが全国的に 展開された.ほどなく 1 歳児の麻疹ワクチン接種率は 80-90% となり 2006 年までに麻疹の発生数は 1 万人を切るま でになったが,2007 年 10−20 代を中心に麻疹の流行が発 生した.小児の麻疹は 2001 年をはるかに下回ったが,15 歳以上で届けられる成人麻疹の報告数は 2001 年を上回っ た.この流行は,麻疹ワクチン未接種で未罹患者,麻疹ワ クチンを接種したが免疫獲得が出来なかった者,麻疹ワク チンによる免疫が減衰した者が学校という場で集団生活す る中に麻疹ウイルスが入り込んだことが要因として考えら れ,彼らの行動範囲の広さが流行を拡大させたものと考え る.2007 年 11 月現在流行は治まりを見せているが,小規 模発生は続いており,このまま何も対策を取らないでいる と同じことが再び起きる可能性が十分考えられる.今回の 麻疹流行をきっかけに,国内での麻疹対策はすすみ,2006 年 6 月から導入された麻疹(および風疹)ワクチンの 2 回 接種法(1 歳児,小学校入学前 1 年間)に加えて,中学 1 年,高校 3 年相当年齢も対象とした補足的接種を 5 年間行 なう方針となった.接種率が上がれば 5 年後には発生もな くなる.また麻疹は「定点」報告ではなく全患者の届出と 改められる方向にある.発生の把握とそれに基づいた対策 実施のために,全数報告のサーベイランスに変更する方針 となり,我が国において麻疹の排除(elimination)を大き い目標とすることが決定された.今年の流行が麻疹対策に 結びつき,社会全体のレベルアップにつながることを願っ