川崎医科大学小児科
尾内 一信 海外旅行者は年々増加し,毎年 1,700 万人を超える日本 人が先進国や途上国を旅するようになった.近年特に開発 途上国への渡航者が増えているが,その感染症対策は欧米 の渡航者に比べてかなり遅れている.本ワークショップで は,海外旅行者の感染症対策をテーマとして演題をお受け したところ,予想以上に数多くの演題を応募頂きました.
いずれもすばらしい内容でしたが,その中で,海外渡航者 の渡航先・目的と疾病構造の変化,海外旅行外来の現状と 問題点,渡航者用未認可ワクチン(腸チフスワクチン,髄 膜炎菌ワクチン)の臨床研究,電子メールを利用した海外 渡航者用健康相談に関する 4 つの演題を本ワークショップ では選ばせて頂きました.それぞれのテーマは,海外旅行 者の感染対策としてはトピックスであり,日本人海外旅行 者の感染症対策の現状と対策について参加者の皆さんと考 えたい.
1.久留米大学病院における海外旅行外来の現状と問題 点
久留米大学医学部感染医学講座臨床感染医学部門 渡邊 浩,後藤 憲志
【目的】近年本邦の海外渡航者の数は増え続け,加えて渡 航先や旅行形態にも変化がみられ,海外渡航者が様々な疾 患に罹患する危険性が増している.欧米ではトラベルクリ
ニックが普及しており,海外渡航者に対する健康指導,予 防接種,予防内服の処方などが行われているが,日本では この様なクリニックはまだ数少ないのが現状である.当院 では 2007 年 4 月より海外渡航者を対象とした海外旅行外 来を開設したので,これまでの現状と問題点について報告 する.
【方法】2004 年 4 月より 10 月の間に述べ 176 名が当院の 海外旅行外来を受診した.受診者を対象に年齢,本外来を 知った方法,渡航先,渡航期間,受診目的などについて検 討した.
【結果】受診者の平均年齢は 32.2 歳(1〜78 歳)で,本外 来を知った方法としてはホームページが 70 名と最も多 かった.渡航先は東南アジア 38%,東アジア 23%,アフ リカ 16% の順で多く,渡航期間は 6 カ月以上 85 名,1 カ 月以上 6 カ月以内 20 名と多くは長期の海外赴任あるいは 出張であった.受診目的は予防接種が 90% 以上と最も多 かった.
【結論】これまで当院の海外旅行外来を受診しているのは 比較的長期の海外赴任あるいは出張者が多く,主な受診目 的は予防接種であった.またホームページを通じて本外来 の存在を知り受診した方が多かった.しかし,渡航までに 充分な予防接種を行う時間がなく,渡航先の医療機関での 予防接種の追加が必要な場合が多くみられるのが現状で あった.今後,旅行医学の啓蒙とともに国内でもトラベル クリニックが普及し,日本人の海外渡航者が受診できる現 地医療機関とも連携をとることが重要と考えられる.
2.日本人海外渡航者の渡航先・渡航目的と疾病構造に 関する検討
在ベトナム日本国大使館1),国立国際医療センター 国際疾病センター2)
水野 泰孝1)2)加藤 康幸2)岩瀬 敬佑2)
金川 修造2)川名 明彦2)工藤宏一郎2)
【目的】日本人海外旅行者数は増加の一途をたどり,2006 年には 1753 万人となった.我が国でもトラベルクリニッ クにおける海外旅行者の健康管理が定着しつつあるが,帰 国後患者の診療を積極的に行っている施設は未だ少なく,
特に渡航先や渡航目的と疾病構造の関連性は不明な点が多 い.今回我々は,当センターにおける帰国後患者の疾病構 造について,渡航先や渡航目的を考慮し,比較検討したの で報告する.
【方法】2005 年 1 月より 2006 年 12 月までに国立国際医療 センター国際疾病センターを受診した海外渡航者で,帰国 後に何らかの健康上の問題点があった者 345 名(男性 200 名,女性 145 名,平均年齢 34.2 歳)を対象とし,臨床診 断名を渡航先,渡航目的などによって分類した.
【成績】渡航目的は休暇(45.8%),就労(42.9%),知人訪 問(8.7%),渡航先はアジア(75.4%),アフリカ(30.4%)
の順であった.最も多かった疾病は消化器系疾患(75.4%)
で,呼吸器系疾患(12.8%),動物咬傷(8.1%),皮膚疾患
(5.8%)と続いた.発熱を主訴として来院した 125 名の
疾 病 構 造 で は,旅 行 者 下 痢 症(24.0%),呼 吸 器 疾 患
(18.4%),マラリア(10.4%),デング熱(9.6%)であっ た.また入院を要した者は 31 名(9.0%)で残りは外来で 診療を行った.
【結論】帰国後患者の疾病構造は渡航先や渡航目的によっ て多種多様である.したがって帰国後患者の診療を行うに 当たっては,臨床症状だけではなく渡航先や渡航目的など も考慮に入れることが重要である.さらに欧米人とは渡航 形態も異なることから,疾病構造を検討するに当たっては 海外のデータとは別に,日本人独自のデータの集積を図る 必要もある.
3.渡航者に対する未認可ワクチン接種の臨床研究〜腸 チフスと髄膜炎菌ワクチン
国立病院機構三重病院・研究班髄膜炎菌ワクチン 事務局1),長崎大学・研究班腸チフスワクチン事 務局2),海外渡航者に対する予防接種のあり方に 関する研究班3),川崎医科大学・研究班主任研究 者4)
中野 貴司1)宮城 啓2)石崎有澄美3)
市村 宏3)庵原 俊昭3)岩田 敏3)
岡田 賢司3)金川 修造3)高山 直秀3)
西山 利正3)萩原 敏且3)濱田 篤郎3)
春田 恒和3)宮津 光伸3)渡邊 浩3)
尾内 一信4)
【目的】腸チフスや髄膜炎菌感染症は,国内での発生頻度 は低いが途上国を中心に流行が見られ,渡航を控えた国民 からワクチンのニーズがあるがわが国では未認可である.
渡航者の健康管理に有用な医療環境整備を目的に,これら ワクチンの安全性と有効性を検討する臨床研究を計画し た.
【対象と方法】厚生労働科学研究「海外渡航者に対する予 防接種のあり方に関する研究」において,健常成人と 2 歳 以上小児の接種希望者を対象とした.腸チフスワクチンは
「TYPHIM Vi」,髄膜炎菌ワクチンは「Menomune A!C! Y!W135」,ともに Sanofi Pasteur 社製のポリサッカライ ドワクチンを輸入した.重篤な有害事象発生に備えて,賠 償責任保険に加入した.
【結果】約 1 年間で腸チフスワクチン 189 例(うち血清採 取症例 146 例),髄膜炎菌ワクチン 197 例(同 131 例)の 接種を完了した.有効性は 1 カ月後の血清抗体獲得率,安 全性は観察日誌による有害事象の発生頻度と程度を解析中 であるが,現状では重篤な副反応の報告はない.本臨床研 究実施の過程で苦心した点についても報告する.
【考察】輸入通関手続きは煩雑で,髄膜炎菌ワクチンは国 際流通市場における品薄の影響を受け,ワクチン入手に時 間と手間を要した.ワクチン,血清抗体測定,賠償保険な どに要する費用は相当な高額であった.メーカー,卸業者,
保管運搬業者など関係者間で前もって打ち合わせたにもか かわらず,髄膜炎菌ワクチンの各医療機関への配送に際し て冷蔵管理品としての取り扱いが十分に成されなかったこ
とが発覚し再輸入した.温度記録用モニターを同時梱包し ていたからこそ気付くことができたが,よい教訓となっ た.
(非学会員共同研究者:岡田純一,松本高明)
4.東京大学医科学研究所病院における電子メールを活 用した海外渡航者に対する健康相談と,旅行医学への取り 組み
東 京 大 学 医 科 学 研 究 所 感 染 症 国 際 研 究 セ ン ター1),東京大学医科学研究所附属病院感染免疫 内科2),東京大学医科学研究所先端医療研究セン ター感染症分野3)
前田 卓哉1)松村 武史2)坂本 勇一2)
菊池 正2)鯉渕 智彦3)遠藤 宗臣2)
藤井 毅3)小田原 隆2)岩本 愛吉1)2)3)
当科では,2004 年 2 月よりホームページ上で海外渡航 者や輸入感染症診療に従事する医療関係者に向けて,主に 輸入感染症に関する情報を発信するとともに,電子メール アドレスを公開し,渡航前後の健康問題に関するメール相 談を行っている.また,住血吸虫症に関する臨床研究も 2005 年から開始し,マンソンおよびビルハルツ住血吸虫 症等を疑う渡航者にも相談窓口を開設しており,必要に応 じて受診を促し,積極的に血清診断および虫卵検査を勧め てきたほか,主要な血液検査,流行地での活動に関するア ンケート調査も実施してきた.
2007 年 10 月末までの集計では,75 件のメール相談があ り,そのうち 36 件が渡航前相談であり,3 件を除きすべ てマラリア予防内服および各種予防接種に関する相談で あった(平均年齢 34.5 歳,渡航までの日程平均 25.8 日).
渡航後の相談は 39 件であり,発熱を主訴とする相談が 24 件と最も多く(平均年齢 31.1 歳,帰国後平均 9.1 日),渡 航中の治療に関する相談 3 件,虫刺症 2 件,動物咬傷 2 件,
嘔吐下痢 1 件等があった.住血吸虫症に関しては 8 件の問 い合わせがあり,全例で血清,糞便および尿検査を実施し たところ 4 例で血清抗体が陽性となり,うち 1 例で糞便中 にマンソン住血吸虫卵を検出した.
熱帯地域への渡航者数は年々増加し,中高年層にまで広 がりつつある.我々のメール相談では若年層が大半を占 め,期間的にも余裕ある相談が多く,すべての渡航者に対 する啓蒙には未だ不十分と考えた.一方,渡航後相談では 消化器症状に比べ発熱の相談がはるかに多く,その後マラ リアと診断されたケースもあったことから,熱帯地域への 渡航者に対する発熱時の対応に関する啓蒙活動も今後の重 要課題である.この他,住血吸虫症に対する臨床検査結果 やアンケート調査結果もふまえ,本症の感染初期スクリー ニング方法に関するアセスメントについても報告したい.
5.日本の海外進出企業における新型インフルエンザ対 策に関する追跡調査
労 働 者 健 康 福 祉 機 構 海 外 勤 務 健 康 管 理 セ ン ター1),関西医科大学医学部公衆衛生学講座2)
古賀 才博1)西山 利正2)濱田 篤郎1)