第 3 章 EU 主要国の対英関係と英国の EU 離脱交渉の行方
第 1 節 EU と第三国の経済連携協定~現在の連携モデル
英国では、離脱後のEUとの間の新たな関係について、過去にEUが締結してきた第三 国との協定が連携のモデルになるとの議論が行われてきた。こうした議論はEU内では活 発に行われているわけではないが、今後のEU英国関係構築を考えるうえで参考になると 思われるので、EU がこれまで第三国との間で締結してきた経済連携協定のうち代表的な ものについて以下に概観する。
1. ノルウェーモデル
EUとノルウェーの経済関係は、ノルウェーの欧州経済領域(EEA;EU加盟28カ国プ ラス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)の加盟国としての単一市場への 参加によって決定されている。EEAのメンバー国はEU規則に従い、4つの自由、すなわ ち商品、サービス、資本および人の移動の自由を受け入れることを要求される。しかし、
ノルウェーのEU市場へのアクセスは、例えば農業や漁業における多くの例外や一部の製 品の関税や数量割り当てによって規制されている。
ノルウェーはEUの競争法や国家補助規則を守り、消費者保護、会社法、環境保護、社 会政策などを含む多くの水平的な政策におけるEU法を守る義務がある。また、ノルウェ ーはEU予算にかなりの貢献をしており、ノルウェーが参加している研究・教育プログラ ムや機関にも共同出資している。
ノルウェー商品にはEEA協定によって関税が課されることはないが、ノルウェーはEU との間で関税同盟を締結しているわけではないため、ノルウェー企業は自社が輸出する商 品やその部品が EEAに由来していることを証明するか、または、自社がEU の法令に従 っていることを証明しなければならない。
ノルウェーは経済分野以外でもEUと協力している。ノルウェーはシェンゲン協定に参 加しており、投票権はないが欧州理事会での議論に参加することが認められている。また、
ノルウェーはEUの国境管理機関であるFrontexに参加しており、EUとの二国間協定を 通じて法執行機関であるEuropolやEurojustと協力している。
一方、ノルウェーは、欧州委員会や欧州理事会、欧州議会といったEUの意思決定機関 に代表者を送っていないので、同国のEU政治に対する影響力はかなり限定的で、立法プ ロセスの初期段階での欧州委員会のワーキンググループを通じて影響力を行使する程度に とどまっている。ただし、安全保障分野においては、例えばEUとノルウェーの一体化し た対ロシア政策やノルウェーのNATOへの参加にみられるように、両者の協力関係は比較 的深い。
2. スイスモデル
スイスとEUの経済関係は、スイスがEEAのメンバーになることなしに、EUの単一市 場にアクセスするために締結した二国間の協定をベースにしている。過去 20 年間、スイ スは個別の産業部門・分野の100以上のケースについてEUと交渉を行ってきた。
このモデルは自由貿易地域と単一市場を要素として持つ混合的なシステムであり、スイ スはEUとの二国間協定の交渉を通じてのみEUとの関係を変更することができる。いっ たん交渉が終了すると、スイスはEUの決定に影響を及ぼすことができない。
商品貿易については、スイスは農業分野で多くの例外があるものの、EU 市場への幅広 いアクセスを享受している。サービスについては、会計、会計検査、法律などの専門的な
サービスについてはアクセスが制限されている。またスイスの金融機関にはEU加盟国に 支店を設立する場合に必要な、いわゆる「パスポート」制度が適用されていない。
スイスは長年にわたって EU との間で人の移動の自由の原則を尊重してきた。しかし 2014年に、労働市場へのEU市民のアクセスについての国民投票が実施され、国民の半数 以上(50.3%)がスイスの市民権を持たないEU市民に対する年間の割り当てを設けるこ とに賛成した。これに対してEU側はエラスムスの教育プログラムや研究資金へのスイス のアクセスを制限するという対抗措置をとった。スイス政府は人の自由移動について欧州 委員会と協定の再交渉を協議しているが、この問題の帰結が他の分野の協力にも影響を与 える可能性がある。
スイスはシェンゲン協定に参加しており、Europolにも参加している。また単一市場へ のアクセスと引き換えに、EU予算への負担を受け入れている。
3. トルコモデル
トルコとEUの経済関係は、トルコの工業品や加工農産品がEU市場にアクセス権を持 つ関税同盟をベースとしている。しかし、非加工農産品、サービスおよび政府調達へのア クセスは除外されている。トルコが EU の単一市場にアクセス権を持つ分野においては、
トルコは国内法をEU法に適合させなければならない。トルコとEUは関税同盟により共 通の対外関税を設定しているが、両者の非対称性により、規則を制定するのはEUである。
トルコは第三国と貿易協定を締結することを認められているが、対外関税はEUの関税に 合わせることが求められる。EUが第三国と貿易協定を締結した場合は、トルコはEU が 貿易協定を締結した第三国に、同じ商品のトルコ市場へのアクセスを認めなければならな い。そしてその第三国はレシプロの義務を負わない。
トルコはEU の行う決定に発言権はなく、EUの機関に代表者を送っていない。外交・
安全保障政策におけるEUとの協力も小規模なものにとどまっている。トルコはシェンゲ ン協定に参加していないし、Europol を通じた犯罪取り締まり協力にも含まれていない。
トルコのEUとの政治的、制度的な結びつきは、トルコのEU加盟候補国入りやその後の 加盟交渉により強化されてはきているものの、依然として限定的である。
4. カナダモデル
このモデルは2016 年にEU がカナダとの間で署名し17年2月に欧州議会で承認した
包括的な経済貿易協定(Comprehensive Economic and Trade Agreement=CETA)であ り、その内容は工業品、一部の農産品および特定のサービスを含む拡張された自由貿易協 定となっている。しかし同協定は、一部の産業部門における輸出数量割り当てや、特恵扱 いからの完全な適用除外(例えば、オーディオビジュアルサービスや航空輸送など)も含 んでいる。ほとんどの貿易協定と同様にカナダとの協定も原産地規則を含んでおり、カナ ダ企業は最終製品の価格に占める非第三国の原材料や部品の比率が要求された水準を満た していることを証明しなければならない。
基本的にカナダモデルは貿易関連条項を超える条項を含んでいない。職業資格の相互認 証は限定的であり、人の自由移動や銀行部門の投資の自由についての条項も含んでいない。
また、CETAは政治的な統合の要素を含んでいない。
将来の EU・英国関係が上述のモデルのいずれに近いモデルに落ち着くことになるのか
は英国が今後のEU離脱交渉に当たってどのような方針で臨むことになるのかにかかって いる。