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ドキュメント内 日本佛教學會年報 第50号(全) (ページ 57-65)

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蛇及び悪霊の知識

︵ 田 山 岡

阿 ︼ 釦 色

︒ ︿ 町 田

ω

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に通

じて

いる

︵日

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いま﹁予兆﹂と試訳した

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吉川ぺは︑手相などの占いに関する語であると考えられるが︵巴︑それをここに挿入

した伝承の背景を推察するならば︑占いの知識の獲得が︑民衆に対応するうえで︑或いは生活のてだてとして︑婆

羅門にとっても大いに必要なことであった︑ということであろう︒本来占いの必要性を感ずるのは宗教家の側では

ない筈である︒初めは特定の思想傾向とは無関係に占い一般の論議がなされ︑それらを汲み出して整理し理屈をつ

けて自己流のものにしていったのが︑それぞれの宗教家だったのであろう︒三十二相説にもどして言えば︑婆羅門

はその原型になるものの有力な媒介者のひとりではあったが︑底流はもっと深く幅広かったに違いない︒だから︑

婆羅門以外の宗教からの影響もあっただろうし︑叙事詩に伝わるような民間の考えも入り込んできたであろう︒

ずれにしても︑先の仏典の﹁俗論﹂と﹁偉人の特相﹂とを並べた表現が示唆するように︑占いの類は密接に世俗と

関わるものなのである︒

仏教の三十二相の多くはジャイナ教のジナについても言われるとのことであるが︵担︑いまはそのことに触れる余

裕がないので︑ここでは二大叙事詩に登場する神格・英雄に関する伝承例を一瞥する︒まず︑﹃マハlバ1

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li 

ナラ︵

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山 門 釦

とナlラlヤナ︵

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動可

巴百

の身体的特徴を描写して︑次のように述べている︒

﹃威光によって︑すべての世界を照らす太陽を凌駕する︒︹胸上のしるし︺シュリlヴァッツァの徳相︵む巳

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釈尊観の一断面︵関

釈尊観の一断面︵関

パ ー リ 所 伝 Mbh.  Ram. 

I I   h~lkhk'1n~d'.1_tale~u Jatam 

(千幅輸)

jalahatthapada 

l仰 向al

(手足網綬)

ubhohipa9"italehi 

dirghabhuja  ajanubahu  jannukani panmasati 

(手摩膝)

cattarisadanta 

l洲 町

(四十歯)

susukkada tha 

a抑 制 号tra

(〔凹]牙白浄)

giidhajatru  〔修行本起経〕

鈎鎖骨(?)

kambugriva  [k~

; Ju[:;;::

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宮ー︶を有し︑崇拝を受けるべき者であり︑

頭頂に髪を巻いて結んでいる︒

ふたりは︑手足の指聞に水かぎをもち

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︸ 己 ︺

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︶︑足には車輸のしるしがある︵

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−G

白 ・

宮︶︒胸幅広く︑腕長く︑また四つの皐丸がある︒

歯は六十本︑犬歯は八本あり︑音声は︹雷︺雲の流

れるごとくである︒美しい口︑広い額︑美しい顎︑

美しい眉と鼻をしている︒

その二神の頭は傘蓋に似ており︑このような特相

︵ −

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︸内

包宮

︶を

備え

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人︵

自阿

佐書

ロ門

口包

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呼ば

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また

︑﹃ ラl

lヤナ﹄では︑主人公のラ

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﹃大きな口︑大きな腕︑貝殻のような首︵

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︑大 きな 顎を して いる

胸は大きく︑鎖骨はかくれており︵ぬロ4

げと

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︶ ︑

偉大 な射 手︑ 征敵 者で ある

︒ 手は 膝に 達し

︵と 帥・

ロ ロ 忠臣︶︑美しい頭︑美しい額︑見事な歩調をしている︒σ

姿勢 正し く︑

四肢は均整がとれ︑容色は輝き︑品位がある︒胸厚く︑目はきれながで︑吉祥の所有者︑輝ける

特相

の持

主で

ある

︵日

︶︒

このように︑仏典と叙事詩とでは︑いくつかの特相はきわめてよく対応する︒

ただ

︑﹃

マハ

lパ

Iラタ﹄にあっ

ては︑四十歯を八十歯に︑︹四︺牙を八牙にするように︑数量拡大の傾向がみられ︑仏教の所説を意識した様子の窺

しかし︑すべてについてそうであるわけではない︒﹁結髪﹂己主

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4 とと

︑﹁

広い

胸﹂

︵︿

可出

向山

町︒

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︶︑

﹁美

しい

口﹂

︵印

︿営

苫︶

︑﹁

広い

額﹂

︵℃

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巳宮

山︶

︑﹁

美し

い顎

﹂︵

印ロ

宮山

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える もの があ る︒

﹁美

しい

眉と

鼻﹂

︵印

ロσ

げ吋

ロロ

曽野

山︶

などは︑作為のない一般的な表現で︑これらに限って言えば︑仏教の三十二相説にあるような特異さはない︒だか

ら︑それらはむしろ原初的であると見ることも可能である︒

﹃マ

lパ

I

ラタ

﹄で

は︑

そういうものも含めて﹁特

相﹂

︵ E

官官︶とし︑それらを具有する者を﹁偉人﹂︵W

B ω v r

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包︶と呼んでいるのである︒

こう した こと から

仏教が叙事詩に先行した︑或いはその逆であったとは︑すべての特相について一様に言うことはできない︒相互に

影響関係があったと考えるべきであろう︒

以上ごく簡単な対比と分析をこころみた︒いま即座に一定の結論を導くのは安易にすぎるかもしれないが︑次の

ような推察は許されるであろう︒自然なこととして︑はじめにあったのは︑なんであれ偉大な存在には勝れた身体

上の特徴が具わるものだ︑という素朴な受け取りかたで︑それが﹁偉人の特相﹂と称され︑個々の特相の取り上げ

かたや内容規定は︑人と場所を違えて雑然と行われていた︑と︒婆羅門が持ち込んだと伝えられるものは︑そうし

たかたちでの﹁偉人の特相﹂だったのだろう︒次の﹃スッタ・ニパIタ﹄の一節は︑その辺りの事情を反映してい

ると思われる︒婆羅門のセI

ラ︵

ω

ω

︶が世尊に語りかける︒

﹃尊師よ︑あなたは︑身体が円満で︑よく輝き︑生まれが良く︑見て美しく︑黄金色をしている守口︿旦石山︿中

官官

︶︒ 精力 ある 人よ

︑あ なた は︑

きわめて白い歯牙をしている︵帥

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骨 一 m w

岳 山 ︶ ︒

実に︑良い生まれの人には特別のしるし︵︿守山旦山口出︶があるものだが︑そのすべてが偉人の特相として︑あな

たの 身体 にあ る︒

眼は澄み︑顔は立派で︑︹身体は︺大きく︑︹姿勢は︺正しい︒光輝ある人よ︑あなたは︑群れ集う沙門のなか

にあって︑太陽のように輝く︒

見栄えの良い比丘であり︑黄金のような皮膚をしている

︵ ︸ 内 山

口 の 山 口

白 印 釦 ロ

ロ ロ ︶ ︸

岡 山 片 仲

n m 間 凶

︶ ︒

このように︑最上の容色をしていながら︑あなたは︑

どう して 沙門 にな る必 要が ある のか

︵担

︒﹄

ちなみに︑﹁黄金の色・黄金のような皮膚﹂﹁白い歯牙﹂が三十二相に組み込まれるが︑この詩の部分にはコ二十

一一﹂という枠組みはなく︑特異な表現も多くはない︒

インド一般の雑多な偉人の身体観が導入されて︑独自の考案も加わり︑仏教内部に三十二相説という教説として

定着していったのは︑当然のことながらブッダの神格化・超人化が相当程度に達してからのことであり︑教説とし

てごく新しいものであることは︑ことさらに言うまでもない︒三十二相には通常の人間に有り得ないことも多く説

かれているから︑釈尊に直接まみえた人々のあいだにそのような身体観は起こりにくい︑というのが常識的見解で

ある︵立︒したがって成立の時期は孫弟子の時代以降ということにされるが︑その時代設定については︑転輪王説発

生の背景をなすと言われるアショlカ王の存在も一つの推定根拠となろう︒いまはこの件は看過するが︑三十二相

説は︑占相の所産という性格からして︑その成立と定着にはかなりの情熱と時聞が必要だったに違いない︒なぜな

ら︑このような教説は釈尊の心情に適ったものとは思われぬ節があり︑厳格主義を奉ずる人々からは寧ろ一時的に

は反発をかったかもしれないからである︒

釈尊のことばとして︑次のような詩が伝えられている︒

可人は容色守山宮百円ロ宮︶によって容易に知られるものではない︒束の間まみえて︑信を置いてはならない︒

よく自制した人のふりをしながら︑自制のない人たちが︑この世には横行している︒

紛いものの粘土の耳飾りのように︑金の上塗りをした半銭銅貨のように︑虚飾に覆われて暮らす人たちがいる︒

内側は汚れていながら︑外側はきらびやかにして蕊︸

OL

人の内実は外相によって容易に判別してはならない︑という平明な教訓であり︑常識人としての釈尊の一面がし

のばれる︒ところで︑一方でこのような薫陶ぞうけながら︑他方で人の容貌にことさらに関心を寄せたとすれば︑

いささか矛盾したことである︒相手が誰であれ︑その人の身体上の特徴をあれこれ詮索して︑さらにはその人の現

在や将来を判断するということなどは︑大いにはばかられたに違いない︒生活のてだてとしてこのような所作が修

行僧に厳禁されていたことは︑言うまでもない︒

﹁党

網経

﹂︵

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宇田

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沙門

果経

﹂︵

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∞・︶に︑信施によって生活すべき沙門・婆羅門のなか

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に俗事に携わる者がいる︑との指摘がある︒そこでは︑小・中・大の三戒に関説して︑修行者の避けるべき多くの

釈尊観の一断面︵関

稔 ︶

釈尊観の一断面︵関

稔 ︶

俗事が挙げられている︒釈尊自身は︑俗事のすべてを﹁卑賎な知識﹂︵巴

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晋︶として思避したがゆえに︑

大いなる賞賛を世間からかち得たのであった︒

﹃ところで︑ある尊敬すべき沙門・婆羅門たちは︑信心に基づく施しの食べものを摂りながら︑かれらは︑こ

のような卑賎な知識により︑不正な生活の仕方をして︑暮らしをたてている︒

すなわち︑手相官

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宮山

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宮︶︑鼠の噛みあと︵m w

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そのような卑賎な知識から︑沙門ゴlタマは遠ざかってい

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宝石

の相

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宮︶

︑杖 の相

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匹包

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相官

印己

・︶

弓の相

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︑武

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相︵

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女性

の相

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男性

の相

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江田

氏・

︶︑

少年の相︵

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しかじかであるが︑そのような卑賎な知識から︑沙門ゴlタマは遠ざかっている︵初︶︒﹄

﹃ごまかし︑韓舌︑予言言︒

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巳丘︑詐欺︑利得にかさねて利得をむさぼること︑比正たちょ︑これが不

正な 生き かた であ る︵ 色︒

仏弟子のサlリプッタ︵舎利弗︶は︑遍歴行者のスチムキlに︑自分は断じて手相学︵

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となとを活かし

て生活する者ではない︑と告げたという︵包︒また︑モッガッラlナ︵目連︶は︑ひとりの女性が空中で鳥についばま

れ苦悶の声をあげるのを目撃したが︑かの女は以前易者︵−

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白川

日野

動︶

であ

った

とい

う︵

担︒

サ1リプッタやモッガッラlナの挿話は︑必ずしも事実をそのまま語るものではないにしても︑ト占の類︑

にそれを業とする者にたいする強烈な嫌悪の感情は充分に伝えている︒同じ所作であっても︑いくばくかでも報酬

ドキュメント内 日本佛教學會年報 第50号(全) (ページ 57-65)

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