―リソース・ツールから統合学習環境に向けて―
蟻末 淳 ボルドー第三大学
要旨
現在、日本語教育において、インターネットは情報・教材のリソース、またはツールと して、教師、学習者双方に活用されている。その一方で、広くコミュニケーションの場とし て利用されているインターネットは、日本語教育においても、重要な「場」であり、「学習 環境」として新しい可能性を秘めている。本稿では、筆者が制作しているサイトnihongo.fr*
の紹介を通じて、インターネット上での E ラーニングにおける、マテリアル・リソース・
ツールという「コンテンツ」から「場」「学習環境」への流れを考えたい。
【キーワード】 E ラーニング、インターネット、リソース、ツール、Web2.0 1 はじめに
現在、日本語教育において、インターネットは情報・教材のリソースとして、重要な役割 を担っている。サイトの内容を従来型の教材として使用することに加え、漢字・語彙辞書や読 みがな添付などの様々なツールがインターネット上に公開されている 1。そういったツールな どを自主的に使用している学習者も増えてきた。その一方で、インターネットはコミュニケー ションの場としても、大きな役割を担っている。語学学習においては、学習者同士の質問など による学習の場、もしくは、ネイティブスピーカーとの交流の場として、掲示板や SNS(ソ ーシャル・ネットワーキング・サービス)などが使われている。本稿では、筆者が制作してい
るサイト nihongo.fr*の紹介を通じて、インターネット上での E ラーニングにおける、リソー
ス・ツールから「場」、「学習環境」への流れを考えたい。日本語学習、及び日本語教育の支 援、環境整備のため、インターネット上に作成されたサイトを紹介する、ということに発表の 主眼があるため、基本的に、理論的前提に関しては触れなかった。また、現在のところ、実験 的な設置、という段階にあるため、実践を通してのデータ収集及びその分析に関しても、本稿 では扱うことができなかったことをお断りしておきたい。サイトは、実運営の中で、利用者の フィードバックを取り入れながら、随時、改変・増補が行われているのだが、それこそが、ま さに、後に紹介する Web2.0 的な在り方であり、インターネット上に学習環境を持つことの最 大の利点である。実際に、2009
年 9 月の発表の時点でいただいた意見なども、いくつかサイトに取り入れているし、本稿 が印刷された今も現在進行形で、新たなサービス・機能・コンテンツが提供されているはず だ。また、コンテンツが作成者から利用者に一方通行で配信されるのではなく、利用者が相 互にコンテンツを配信・利用する場ができつつある。その変化の一端を紹介することが本稿 の目的であるが、そもそも、道具というものはいくら使い方を知っていても使ったことがな ければ意味がなく、場も、いくら詳しく話で聞いていても、行ってみないことに
くださった上で、筆者に意見・感想などをくだされば幸いである。
2 〔マテリアル⇒リソース⇒ツール〕=コンテンツ⇒環境
サイトは大きく二つの部分に分かれている。一つは、ログインをしなくても使え るページで、数年前から公開されている。現在は、質、量共にサイトのメインコン テンツと言えるが、この部分は今後の大幅な変更は考えていない。もう一つは最近 追加されたログインを必要とするページで、今後はこちらの更新を中心にする予定 だ。前者を、あらかじめ用意されたコンテンツを軸とする旧来の内容だとすると、
後者は、コンテンツをユーザー側で作成する「環境」を提供するサービスだと言え るだろう。ここでは、各内容を紹介すると同時に、どのようなコンセプトの基で、
サイトが作成、提供されているのかを見て行きたい。
2.1 マテリアル⇒リソース
元々、サイトの開設の理由は、授業の形態から来るものであり、寧ろ消極的な理由だ った。その年に新しく担当した授業が非専修者のオプションの授業で、時間数が、週 2
~3 時間と尐なく、また、受講者が大学での日本語以外の専門や仕事を持っているため に、しばしば授業を欠席せざるをえないような状況もあった。そのため、受講者が自分 で予習・復習ができるように、また、休んでも自分でフォローできるように、授業で使 用するプリントや語彙などをサイトにアップすることにした(写真 1)。その時点では、
あくまでも、自分が担当している学習者が対象であり、実際に行われている授業を補う ものでしかなかった。その意味では、内容も紙媒体とほぼ変わらず、ただそれらを配布 する方法として、インターネットを利用している、ということになる 2。
その中で、コンピューターの特長を多尐なりとも活かしていたのは、ひらがな・カタカナの 自習用教材だと言えるだろう。かな・漢字などの文字の習得は、ある程度機械的な練習が必要 であり、自習が中心となることから、コンピューター教材と親和性が高い。サイトでも、書き 順を GIF アニメで見せたり、簡単なテスト、復習を導入するなどしている(写
真 2)。
筆者の教室における実際の授業では、文法導入を中心に、常に、イラストが多い自作教 材(プレゼンテーション)をビデオプロジェクターで使用している(蟻末 2007)。学習者 の側から、それをスライド化したものを復習として見たい、という要望があり、公開するこ とにした(写真 3)。紙芝居式の単純な形式なのだが、それでも、実際の授業の内容と近い ものが予復習として使えることは、学生にとっても大きな利点となっている。
また、選択肢式の簡単な練習問題の機能も作成した。これも、コンピューター教材とし ては基本的なものであるが、各問題にタグをつけることにより、問題の種類を選べることに した(写真 4)。更に、読解問題も作成し、読解の理解を確認する練習問題を作成した。
2.2 リソース⇒ツール
ここまでの段階では、基本的には授業で扱うマテリアルをウェブ上に適した形で 公開した、ということになる。
それに伴ない、特に、語彙表には全て例文を付したこともあり、ある程度の数の語彙と
例文のデータができることになった(現在 2000 以上)。それらのデータを基にして、語 彙、及び例文の辞書などのツールを作成した。つまり、リソースとして、データと形式を 分離することにより、一般には、簡単にアクセスできるような教材として提供することが できる一方、辞書などの他の用途には XML 形式などのデータに直接アクセスすることを 可能にした(蟻末 2009c)。また、インターネット上に公開されている、Jim Breen 氏の漢 字データ 3 などをデータリソースとして利用することにより、辞書機能によって、より多 くの言葉を検索できるようになった。漢字に関しても、同氏の漢字データを利用すること により、容易に、文字、読みなどから漢字が検索できる辞書を実装した。漢字の辞書は、
製作者の協力を得て、書き順を紹介するサイト 4 へとリンクされており、それもインター ネットならではと言えるだろう(写真 5)。
また、サイトの特長の一つとして、漢字に自動的に読みがなをつける機能がある。こ れは形態素解析のために mecab5 を利用することによって実現しているのだが、サイト 独自の機能として、任意の漢字リストを指定することにより、かなをつける漢字をレベ ルによって指定できるようにした。これはかな変換の専用ページが用意されている他、
サイト全体にも適用されるようになっている(写真 6)。このことにより、学習者にと っては勿論、教員にとっても、漢字のリストに合わせたプリントの作成などが容易にな ると思われる。なお、勤務先の機関などの漢字のリストをサイトに追加することが可能 なので、興味がある方は連絡をいただきたい(連絡先は後述)。この機能では、語彙や 漢字のレベルの自動集計もできるので、教材のレベルを測る助けにもなるだろう。
ちなみに、この段階で、漢字表などを個人のデータから作成できるようなサイト も一時期公開していたが 6、現在は後述の通り、http://www.nihongo.fr/*に統合する方 向で作成している。
2.3 〔マテリアル⇒リソース⇒ツール〕=コンテンツ⇒環境
ここまで、サイトのコンテンツを中心に紹介したが、サイトを尐し使ってみれば、語 彙、読解、練習問題、スライドなどの「積み上げ」式のマテリアル=リソースに加え、
ページ内の語彙をダブルクリックで検索したり、任意の言葉を検索できる辞書機能、学 習者の自習及び教員の教材作成に使用できる読みがな機能などが、有機的に統合されて いることがわかると思う。コンテンツとして、筆者が現在勤務するフランスでも広く使 用されている『みんなの日本語』初級 1・2、50 課 7 の範囲をカバーしており、初級学 習者にとって、一貫性を持った内容での自習・補習に使え、また、教員にとっても、あ る程度はそのままでも利用できる内容なのではないかと思う。
しかし、サイトから情報・データとしての結果を得る、という従来の構図は変わってお らず、また、学習者及び教員が孤立した形でサイトを利用する、ということに留まっている。
こういったリソース/ツールとしてのサイトの在り方は、ある意味では、一方通行で「閉じ て」おり、言わば閉鎖した教室内で、教師から学習者に一方的に知識を与えるという、伝統 的な教育の形に似ている、と言えよう。そこでは、極言すれば、情報提供者(サイト作成者
=教師)が、マスとしての被情報提供者(利用者=学習者)に、閉じた枠内(サイト内=教 室)の固定した関係において、固定した情報(サイト内の利用目的のためのデータ=教科書 など、規範化された文法)を一方的に提供するに過ぎなかった。現在の言語教育では、寧ろ、
様々な形のコミュニケーションを通じて、教師-学習者間の一方的な関係を越え、教師も含 めた学習の「参加者」同士が相互的なコミュニケーションの中で、学