第 4 章 CSR・環境経営と経営戦略
8. CSR・環境経営と経営戦略
経営戦略の観点から環境・CSR を考える際、「ポジショニング」と「リソー ス」のいずれが有効なのであろうか。この疑問に答える前に、環境経営を例に、
現在なぜ企業は環境への取り組みに力を入れているのかについて考えてみた い。環境経営に積極的に取り組むことで得られると考えられる企業側のメリッ トとしては
・生産管理システムにおける資源・エネルギー利用効率の向上によるコスト削 減
・新規事業機会の創出・新製品開発・製品の差別化
・将来予測される行政の環境規制強化・法令への先取りによる競争優位の確
図表 4-3 ポジショニング・リソースの比較
(出所)筆者作成。
立・競合他社との差別化
・環境リスク(環境問題に関わる事故・訴訟)への対応
・有能な人材への訴求効果
・社会的責任の遂行による企業ブランド・イメージの向上 などが挙げられる。
一方で、環境経営の現状を見てみると、現在環境経営はすべての企業が取り 組むべき課題になりつつある。そのような状況の中で、企業が環境経営にどの ように(どういう形で)取り組むかによって、その成果は大きく変わるという 状況が整いつつあるといえる。すなわち環境経営に取り組むからといってすべ ての企業がそのメリットを享受できるわけではないという現状がある。そうで あるからこそ、環境経営には、戦略的視点が必要不可欠であり、環境経営戦略、
あるいは戦略的環境経営といった言葉で今日の環境経営は経営戦略の枠組み で(経営戦略要因として)捉える必要があるといえる。
また、今日の環境経営を巡る方向性としては以下の
2
つが挙げられる。一つ は、環境経営からCSR
経営へと、その範囲が拡大していることである。もう 一つは、地球温暖化の進行や環境汚染の深刻化に歯止めがかからない現状であ る。ここから、環境規制の強化とさらなる環境経営の推進(深化)が求められ ている。以上を踏まえた上で、環境経営戦略で目指すべきところは、環境経営を通じ て、企業利潤の源泉たる持続的競争優位をいかに確立するか。ということであ る。これについて、まず、ポーター仮説からの示唆として、環境マネジメント に基づく生産技術イノベーションによるコスト削減と 製品開発イノベーシ ョンによる市場における製品価値の向上、すなわち、同業他社製品・サービス との差別化が挙げられる。また、ポジショニング・アプローチからは、
1990
年代から2000
年前後にかけて多くの企業で行われた、ISO14001認証取得をは じめとした「環境経営に取り組むこと」自体が、環境経営に取り組んでいない 競合他社との差別化として有効に機能したと考えることができる。特に、現在 の環境先進企業といわれる企業群は、90
年代には環境経営への取り組みを強化 し、2000 年前後にテレビCM
等を通じた先発型「環境先進企業イメージ」の 刷り込みに成功している。例えば、世界初の量産型ハイブリッドカープリウス を、地球温暖化防止京都会議の開催された1997
年12
月に発売したトヨタ自動 車12、アクオスのテレビCM
で、「エコロジークラスで行きましょう。」という キーワードを掲げたシャープ、「革新的な環境技術開発でダントツ環境トップ ランナーとして、持続可能な社会の実現に挑戦」と謳うリコー、「共生」を企 業理念として掲げるキヤノン、日本経済新聞社による「日経環境経営度調査」において、第
13
回(2009年)~第15
回(2011)の最近 3
年間連続で製造業第1
位をキープしているパナソニックなどは、「環境への積極的な取り組み」その ものを同業他社との差別化要因として用い、成功した企業群といえよう。では、このポジショニングによる環境経営戦略は今後も有効であろうか。既 に述べたように、現在、環境経営はすべての企業が取り組むべき課題となり、
通常の事業活動の中に統合されつつあるという現状がある。すなわち、
90
年代 以降有効に機能した「環境経営に取り組むこと」それ自体では、もはや競合他 社との差別化にはつながらない。今から環境対策に力を入れ始めても遅いので ある。世間では、企業が環境対策を行うのはもはや当然である認識が浸透しつ つあるといえよう。筆者は、このような状況下で、現在から将来にかけて有効なのは、むしろ「リ ソース」による環境経営戦略だと考えている。ここでのポイントは、一般に普 及してきた環境経営の中身でいかに差別化を図っていくことが出来るのかと いう点であると考える。すなわち、環境経営の取り組みを持続的競争優位獲得 のための経営資源として企業内で維持・構築・蓄積・活用するという視点であ る。具体的には、環境問題への認識を従業員で共有し、全社的な環境経営推進 への動機づけや通常業務への意味づけ、やりがいに結び付け、自社に対する帰 属意識、誇りの高揚を図り、組織文化、風土として根付かせ、結果としての組 織の活性化や企業業績につなげていくという視点である。ここでは、企業内部 で環境経営手法に関する知識・経験・ノウハウの共有・蓄積をいかに図ってい くのか、そして、対外的には、企業のブランド・イメージ、コーポレート・レ ピュテーションの構築と活用をいかに図るかという点が問題となる。
なお、ポジショニングとリソースによる環境経営への取り組みの違いを図に 示すと、図表
4-4
のようになる。ポジショニングを意味する矢印の太さと長さ はそれぞれ環境への取り組みの度合いと、自社の事業領域と環境分野との距離 を示している。また、リソースの長方形の長さと太さはそれぞれ、企業内で構 築された環境経営にかかわる一連の経営資源の蓄積の期間と、その量と範囲を 意味する。一般に、「ポジショニング」の矢印の太さを表す環境への取り組み の度合いが大きければ大きいほど、企業内で蓄積される経営資源は大きくなる と考えられる。しかし、ポジショニング、リソースのいずれであっても、その 企業が取りうる有効な戦略やタイミング、どの経営活動が競争優位の源泉にな りうるかなどについては、その企業の属する業界でのポジションや業界・市場 構造によって異なる。図表 4-4 ポジショニング・リソースによる環境経営への概念図
9.
経営資源としてのコーポレート・レピュテーション以上のように、CSR・環境経営を経営戦略の観点からみると、ポジショニン グ、リソースという
2
つの概念で考察することが可能であることを示した。ま た、今後、あるいは将来にわたって、CSR や環境経営は、どちらかといえば、ポジショニングよりもリソースに基づいた戦略要因として考えていくことが 有効であるとの筆者の考えを示した。一般に、リソースには、財務資本、物的 資本、人的資本、組織資本の
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つが挙げられるが、CSR
や環境経営に関連して、ここでは、Rumelt (1984)が指摘した、隔離メカニズムをもたらす経営資源 として、組織資本の一つと位置付けられる、コーポレート・レピュテーション を例に挙げて説明したい。
「リソース」による経営戦略(RBV)の観点から、CSR・環境経営への取り 組みをどのように考えていけばよいのであろうか。筆者は、近年の
CSR・環境
経営ブームともいえる状況の中で、このレピュテーション概念は、CSR・環境 経営と経営戦略を結ぶ意味で極めて重要な概念であると考えている。すなわち、CSR・環境経営への取り組みをコーポレート・レピュテーション(評判)とい
う経営資源を醸成する経営活動の一つとして位置付けることで、通常の事業活 動と結びつけ、ひいては競争優位へとつなげていくという考察が可能であると時間 リソース
ポジショニング 既
存 環 境
領域
市 場
・ 産 業
・ 技 術
(出所)筆者作成。
考えている。
レピュテーション(
Reputation)とは評判、世評、名声、信望、風評を意味
する言葉であり、1960
年代には、すでに消費者行動論の分野でレピュテーショ ンの重要性が指摘されている(Levitt, 1965)が、当時のレピュテーションは、顧客に商品を訴求できる能力として位置づけられていた13とされる。その後、
70
年代では、企業の社会的な評価との関係でコーポレート・レピュテーション を定義づけようとする見解が見られるようになり(Moskowitz, 1972, Abbott and
Monsen, 1979)、80
年代から90
年台にかけては、その社会的な評価が形成されるプロセスにも目が向けられるようになった。
一方、経営戦略論の領域(RBV研究)においては、Rumelt(1984)以降、経 営資源としてのレピュテーションの重要性を指摘する研究はほとんど見られ ず、レピュテーションはブランドなどと同様に会計学領域の無形資産に関する 分野で主に研究されるようになった。
櫻井(2005)は、コーポレート・レピュテーション概念に資産の意味づけを 与えて「経営者および従業員による過去の行為の結果、および現在と将来の予 測情報をもとに、企業を取り巻くさまざまなステークホルダーから導かれる持 続可能な競争優位14」と定義し、
CSR
を「コーポレート・レピュテーションの 不可欠な構成要素15」と指摘している。この経営資源としてのコーポレート・レピュテーションは、知的資産ととも に企業の無形資産の中核をなす概念であり、その中には、製品やサービス、顧 客満足といった企業の事業活動そのものに対するビジネス・レピュテーション と、企業の社会的側面や社会活動に関するソーシャル・レピュテーションが含 まれている(図表
4-5
参照)。この二つのレピュテーションは、いわば車の両 輪のようなものであり、いずれかが不足していれば企業全体のコーポレート・レピュテーションは低下するといえよう。 このコーポレート・レピュテーシ ョンの中核をなすのは、株主、債権者、顧客、取引先、従業員、政府、地域社 会といった多様なステークホルダーからの信頼、信用、評判である。一方で、
企業の反社会的な行動は、マイナスのレピュテーション(レピュテーション負 債とも呼ばれる)を生み、昨今の企業不祥事のその後を見ればわかるように、
容赦なく社会の糾弾を受けて、場合によっては、倒産の憂き目にさえあうよう になってきている16。