第 4 章 CSR・環境経営と経営戦略
4. 戦略要因としての環境・ CSR
次に、環境・
CSR
を経営戦略の枠組みで考えるという点について考察したい。経営戦略論が経営学分野において登場したのは
1960
年代であるとされ、今日 では経営学はもとより実際の企業経営においても重要な概念となっている。「戦略とは何か」については、これまでに多くの定義がなされているが、代表 的なものとして以下のようなものが挙げられる。
・ 「企業体の基本的な長期目的を決定し、これらの諸目的を遂行するために 必要な行動様式を採択し、諸資源を割当てること」 (Chandler, 1962)
・ 「部分無知の状態のもとでの意思決定のためのルール」(Ansoff, 1965)
・ 「コスト・リーダーシップ、差別化、集中化によって競争優位を実現する ための方策」(Porter, 1980)
・ 「組織活動の基本的方向を環境とのかかわりにおいて示すもので、組織の 諸活動の基本的状況の選択と諸活動の組み合わせの基本方針の決定を行う もの」(伊丹, 1984)
・ 「市場の中の組織としての活動の長期的な設計図」(伊丹, 2003)
・
「いかに競争に成功するか、ということに関して一企業が持つ理論」
(Barney,2003)
・ 「企業を経営資源の集合体としてみなし、経営資源を構築・活用すること によって競争優位を確立する。」(Barney, 2003)
以上のように、経営戦略の定義には様々なものがあるが、いかなる要因が企
営利性 社会性
利他的 事業活動 行動
(利潤極 大化)
CSR領域の 取り込み
CSRと事業活動の統合・両立 を目指した経営戦略の策定
競争優位の確立
図 4-1 CSR における営利性と社会性の両立
業に競争優位をもたらすかという点については、大きく分けて「ポジショニン グ(positioning:市場における位置取り)」によるものであるという主張と、「リ ソース(resource:企業内の経営資源)」によるものであるとする主張の二つが、
今日の経営戦略論における代表的な概念となっている。
5.
ポジショニングによる経営戦略論経営戦略論における「ポジショニング(
Positioning)」とは、企業競争上の成
功要因、すなわち競争優位の源泉を、企業の外部環境である魅力的な産業の発 見とその業界・市場における自社の位置取り(Positioning)に求めるアプロー
チである。ポジショニングという用語自体の登場は、Trout(1969)が、マーケ ティングにおける新しいアプローチとして「自社の商品や企業イメージを、企 業他社との対比関係や顧客の心の中に位置づける(ポジショニングする)べき だ」と主張したのが最初である。その後、マーケティング会社を経営するRies
との共著で雑誌Advertising Age
に発表した論文“Positioning Era Cometh”と著作Ries and Trout(1980)“Positioning: The Battle for your mind”
が発表され、市場 における企業の位置関係を示す市場ポジショニング、競合製品との位置関係を 示す製品ポジショニング、それらを分析するためのツールであるポジショニン グマップなど、「ポジショニング」という用語が一般に広められた。今日では、4P
(Product, Price, Place, Promotion )やRST
(Research, Segmentation, Targeting ) などとともに、マーケティングにおける主要なコンセプトとなり現在に至って いる。このポジショニング概念を経営戦略論分野に導入したのが
Porter
である。Porter(1980)は、企業が儲かりそうな構造を有する市場を探す、あるいは現
時点で事業を営んでいる領域を儲かる構造にするためには、各社の事業が身を 委ねる位置・場所(Position)が経営戦略上もっとも重要であると主張した。そして、企業が属する産業(業界)の競争状態と収益構造を
5
つの競争要因で 分析する理論としての5
つの競争要因分析と、それを踏まえた上で行う長期的 な基本戦略として、コスト・リーダーシップ・差別化・集中化の3
つの基本戦 略を提示した3。Porterは、競争形態から産業毎の市場構造(独占・寡占・完全 競争など)分析を行い、独占・寡占による弊害やそのための障壁は解消される べきとする経済学の産業組織論の考えを個別企業に応用して、その逆、すなわ ち障壁の排除ではなく、競争相手に打ち勝つためには、業界内での企業のポジ ションを基盤とする優位性(競争優位性)の確立を目指すべきだと主張したの である。このようなポジショニングに基づいた戦略策定と分析を行うグループ をポジショニング・スクール(学派)といい、それに対して様々な批判4も見 受けられるが、経営戦略研究のための簡潔な概念を提示した点でその貢献度と 影響力は多大であり、今日の経営戦略論研究においても中心的な概念の一つに なっている。「環境問題と企業経営」の関係についても、
Porter
はいち早く経営戦略論の立場から注目していた人物の一人でもある。
Porter(1991)は、米国の科学雑
誌
Scientific American
に載せた「米国の環境戦略」というタイトルの短いエッセイ中で、「経済競争力と環境対策は相互に補完し合う関係にあり、環境規制 の強化は、短期的にはコストを増大させ、競争力を低下させる要因となるが、
長期的には環境汚染を減らすのみならず、コストを低下させ、技術革新を促し、
製品の質を高め、結果的に国際市場における競争上の優位性の獲得につながり うる。」と主張した5。この逆説的な主張は、それまで一般に考えられていた「環 境規制は、コスト上昇につながり、競争力を失わせる。」という通説を覆させ るものとして一躍脚光を浴びた。このエッセイを引き金として、以後「環境規 制と競争力」を巡る賛否両論含めた様々な議論がなされることになるが、
Porter
の「環境規制による競争優位」に関する一連の主張は、いわゆるポーター仮説 として、1992
年にブラジルのリオで開催された地球サミットで登場した「環境 と経済の両立」の議論と相まって、広く知られるようになる。その後、Porter and Linde(1995)では、改めて環境経営と企業競争力につい て「環境保護はコストであるが、技術、製品、プロセス、ニーズなどすべては 変化するものである。環境に対する負荷の少ない高度な資源生産性を実現すれ ばそれは競争力につながる。環境保護は決してコストにのみ直結するものでは なく、競争力を生み出す。」と主張している6が、これは、生産技術のイノベー ションによってもたらされるコスト削減と、製品開発のイノベーションによる 商品価値の向上によってもたらされる市場競争力の向上の
2
つがシナジー効果 を生み、それが結果的に競争優位につながるということを意味している。さらに
Porter
はCSR
やフィランソロフィ―などについても、経営戦略論の立場から、「CSR は贖罪や保険であってはならず、より積極的な態度で臨むことで企 業競争力の源泉になりうる。」「「受動的」CSR を超えて、「戦略的
CSR
を推し 進めることで、新たな競争優位を築き、企業の持続的成長への道を拓くべきだ。」と説いている7。
6.
環境経営のポジションマップ以上のような「ポジショニング」の概念を用いた企業分析の一例をここで紹 介する。野村総合研究所が
1991
年という、「環境経営」の用語がそれほど世間 に普及していなかった時期に、企業の環境問題への対応について分析したポジ ションマップを公表している(図表4-2)。これは、企業が法規制対応型かニュ
ーマーケット志向かを横軸に、環境倫理性が高いか低いかを横軸にとり、企業 の環境への取り組みを分類したものである8。環境倫理性が高いグループとして、まず、「ニューグリーン」とは、環境に 対する倫理性の高さとビジネスがマッチし、製品やビジネス開発が時代を先取 りする方向で発展する企業群である。エコベンチャーもこのカテゴリーに含ま れる。次に「グリーン」とは、環境に対する倫理性の高さが買われて、従来か らのマーケットで競争力を高め、経営面で様々なメリットを受けている企業群 であり、古典的な意味での環境優良企業を意味する。
一方、環境倫理性が低いグループには、「アニマル」、すなわち環境に対する 倫理性といった意識はほとんどないが、ビジネスとして有望なら参入するとい う企業群と「ダーティ」、すなわち、環境問題をただやっかいなものと位置づ け、規制にひたすら反対し、環境保護運動に敵対的をとる企業群である 。今日 ではこの「ダーティ」に含まれる企業群はほとんど存在しないといえよう。
Porter(1991)および Porter and Linde(1995)の主張によれば、環境経営や CSR
への取り組みについても、「アニマル」ではなく「グリーン」、「グリーン」図表 4-2 環境経営のポジションマ ップ
ニューマーケット指向 法規制対応
古典的(経済優先)経営型 環境主義経営型
環境倫理性 高い
アニマル
低い 環境倫理性
エコベンチャー型
環境あやかり型 環境敵視型
ニューグリーン グリーン
ダーティ
(出所) 野村総合研究所(1991)p.70.