• 検索結果がありません。

第2章 「立姿勢」に対する認識と言語表現

2.2 背骨/背中に対する認識

2.2.2 Back(背中)に対する人間の認識

上述してきたように我々人間は、spineを「立姿勢」を保持する役割を持つ身体部位であ ると認識し、それを言語表現にも反映させている。以下ではさらに、そのspineを中心と した背面全体、つまり背中(back)に関する言語表現へと論を転ずる。まず、backの語源に 目を向ける。Backはゲルマン語では本来、脊椎動物の背面、特に臀部(buttock)を意味して

42

いた。因みに、食品の「ベーコン(bacon)」は豚の「背中の肉」が原義である。これを示す 実例を(1)に示す。

(1) back n. ⦅OE⦆背;うしろ. ◆ OE bæc < Gmc *bakam (OS, MDu. & ON bak /

OHG bah : cf. G Backe buttock):cf. BACON.

―寺澤(編)(1999: 90)

この「背中(back)」は人間の後方に位置していることから、物理的後方を示す。以下(2)は backが物理的後方を示す実例である。

(2)状況:車で護送中に後部座席に座っている犯罪者が助手席のミルズ(Mills)刑事の方 に身を乗り出してくる。

Mills: Sit back.(シートから身を乗り出すな)

―Seven

ここで言及しておくべきことは、人間の背中を後方にたらしめる理由は何か、ということ である。その理由は、人間は顔、厳密に言えば目が付いている面を前方と考えるからであ る。人間が外界を認識する際に最も重要な役割を持つ目が付いている側を前面と考えるの は至極自然のことであろう。以下の実例には、人間が視覚を重要な感覚であると認識して いることが明白に表れている。

(3) I know what you say to Thomas behind my back. [You say] That I’m weak. [You say] That I’m a coward.

(あんたが私(の目)に隠れてトマスに私のことを弱虫とか臆病者とか言っているの を知っているぞ。)

43

―Harper’s Island ([ ]内表記筆者)

(3)のbehind one’s backは「対象者の背中の後ろで」という意味を表示する。人間の背後に

は、最も重要な外界の認識器官である「目」がないため、対象物の視覚的認識が出来ない。

つまり、人間の背後に位置することは、「相手に知られないように」という意図がある。

つまり、behind one’s backは実際に、物理的に「対象者の背中の後ろで」という事象だけ でなく、「対象者に隠れて/対象者に知られないように」という概念も表示しうる。この人 間の「視覚認識」と「背中」との関係は以下(4a-c)の実例にも表れている。

(4a)a stab in the back (informal) an act that harms sb, done by a person they thought was a friend

―OALD(s.v. stab)(下線筆者) (4b)stab sb in the back to do or say sth that harms sb who trusts you

―OALD(s.v. stab)(下線筆者) (4c)煮え湯を飲まされる

be betrayed cruelly; ≪口≫ be stabbed in the back

―『プログレッシブ和英中辞典』(s.v. にえゆ[煮え湯])(下線筆者)

上記(4a-c)における‘stab in the back’が表す「煮え湯を飲まされる(信用している人にひど い目に合わされる)」事象は「視覚器官がない無防備な背中を信用している人に向ける」事 象と「その人に背中を刺される」事象との結合によって表されているのである。

さらにbackは物理的後方だけでなく、抽象的後方をも表す。その実例を以下(5a-c)に示 す。

(5a) She knew me back then.

44 (彼女は昔のオレを知っていたんだ。)

―Unforgiven (5b) 状況:父が昔のことを娘に語る

…those things I said to you back then, about your mother, that was in a moment of anger…

(昔のあの頃、お前の母さんについて言ったこと、あれはつい憤りからだったんだ)

―Harper’s Island’(省略筆者) (5c) 状況:実戦演習の際に目印となる青色腕章を赤色腕章に替えながらジョゼフ

(Joseph)が監督官に言う

It’s all right, Major. We are going to change back later.

(大丈夫です、少佐。後で元の青色に変えますから)

―The Dirty Dozen

(5a-b)は、抽象的後方へ過ぎ去った過去の「時」を表しており、(5c)のchange backは「過

去の状態に替える(戻す)」ことを意味している。また、以下(6)の実例はbackを用いて人間 の過去を表示する。

(6) 状況:ある作戦実行の人材発掘のため軍刑務所の独房に囚人を訪ねた少佐が、

その囚人の経歴書類を見ながら色々と質問すると、反駁される。

Why don’t you get off my back? You didn’t come to visit me.

(一度も面会に来たことのないあんたが、なぜ俺の過去をほじくるんだ。)

―The Dirty Dozen

To get off one’s backは対象者の過去(back)から分離(off)させる事象を表しているのであっ

て、物理的に対象者の背中から分離させる事象を表しているのではない。

45

また、先にも述べたようにback(背中)は支柱となるspine(背骨)を持っている。それゆえ、

backは動詞用法で「支える」概念を表しうる。以下(7a-b)にその実例を挙げる。

(7a) 状況:文無し、無職状態のラット・エヴァンズ(Lat Evans)は町のホースレースで 優勝した時の審判をしてくれた銀行家のコンラッド(Conrad)を訪ね、牧 場経営のローンを申し込む。

Conrad:You know, Evans, a bank isn’t a racetrack. We can’t afford to back gamblers.

(いいか、エヴァンズ、銀行は競馬場とは違うんだ。一か八かに賭け る者を支える余裕はないんだ。)

―These Thousand Hills (7b) 状況:借地牧場主が地主デニーン(Deneen)の所へ農民入植者の対処について相談

に来る。しかし、デニーンは、入植は政府に認められた権利であると答 える。

Deneen:He’ll do as he will. That’s his right., and I’ll back up his right.

(入植者のリーダーは思い通りにするだろう。これは権利だ。私は彼 の権利を支持する。)

―Saddle the Wind

2.3 「直」概念表示表現

我々が「立姿勢」を正常な姿勢であると捉えている認識については既述した。「立姿勢」

は、「足」や「背中/背骨」の上に上体を支えた姿勢であることから、「直」概念と繋が りうる。そして、「直」概念と「立姿勢」とが結びつくことから、「直」概念は人間とっ て正常概念として捉えられるのである。以下では、「直」概念表示語であるstraightについ て分析し、物理的概念から抽象的概念への転移の過程を明らかにする。

46