• 検索結果がありません。

第7章 抵抗封じの姿勢

7.2 体全体の自由を奪われた姿勢

132

(6a)の下線部は「両腕を水平に横方向へ一杯に伸ばす姿勢をとらせる」概念を、(6b)の下線部

は「両手を水平方向に広げたままにしておかせる」概念を示すが、その命題は両者とも同 じである。この姿勢は、腰の拳銃に手をかけるにも、馬の鞍横に吊るした長銃を(両)手で とるにも時間がかかる。つまり、命令者にとっては相手の抵抗を防ぐのに好都合の姿勢に なる。

133

(3) It’ll happen fast once I start, so just keep yourself moving forward, and they’ll either move or root, maybe even freeze up.

(俺が早く仕掛けるから、あんたは前へ出続けてくれ。相手側は動くか足に根っ こが生えた状態になるかのどちらかだろうが、多分その場に凍りつく。)

―Open Range

ここで用いられているfreeze upとrootはどちらも対象物が「身動きがとれない状態」にあ ることを表しているが、その概念は異なる。前者は上述した通りであるが、後者は「樹木 が根を張る」ように、「その場に身体が固定されてしまい身動きがとれない状態」にある ことを表している。このrootの根底には「樹木の立ち姿」を「人間が立姿勢を取っている 姿」に投影する人間の認識が存在している。このような、投影活動を基盤にした抵抗封じ の表現には以下(4a-b)がある。

(4a) 状況:運送会社に職を得たガンマンのビル(Bill)は、会社の馬を奪った泥棒一味 を捕え武装解除する。

Bill:Freeze! Drop your guns! On your face! Spread-eagled!

(動くな!銃を捨てろ!うつ伏せになれ!大の字になるんだ!)

―The Road to Denver (4b) 状況:保安官(marshal)が二人の容疑者を追跡の上に逮捕する。

marshal:Hit the dirt! Belly down! Spread-eagled!

(地面に顔をつけて腹ばいになれ!大の字になるんだ!)

―True Grit

(4a-b)の下線部‘Spread-eagled!’が示す概念は「(身体を)翼を広げた鷲のようにせよ!」で

134

ある。英語母語話者は「鷲が翼を広げた姿」を「人間が四肢を広げた姿勢」に投影させる。

他方、日本語母語話者は筆者が和訳したように、「大という漢字の形態」を「人間が四肢 を広げた姿勢」に投影する。この‘Spread-eagled!’や「大の字になれ!」は、両者とも相 手をうつ伏せにして抵抗を封じる為の命令である。この「うつ伏せにさせる」ことを命じ る英語表現には、‘Spread-eagled!’の他にも以下(5a-c)のようなものがある。

(5a) Frank: Down! Flat on your face!

(横になれ!うつ伏せになるんだ!)

―The Return of Frank James (5b) 状況:刑事ラッド(Lud)は容疑者宅の戸を蹴破り、次のように命令する。

Lud: Police! Drop it! Get on your face down!

(警察だ!銃を捨てろ!うつ伏せになれ!)

―Fake City

(5c) 状況:NYの地下鉄で強盗事件が発生する。駆けつけた警官隊の一人(Policeman)

が叫ぶ。

Policeman: Everybody down! Come on, face down!.

(みなさん伏せてください。早くうつ伏せになって!)

―The Code

(5a-c)の「うつ伏せになること」を命じる表現で注目すべきは、地面に接する身体の前面の 中でいずれも「顔(face)」に焦点を当てていることである。視覚動物である人間にとって、

もっとも重要な感覚器官である「目」を床/地面につけさせることで、相手の視界を奪う ことが出来る。つまり、「抵抗封じ」の為に相手をうつ伏せにさせる場合には「目」がつ いている「顔」に焦点を当てた表現を用いるのである。この「抵抗封じの為に視界を奪う」

ためには、必ずしも相手をうつ伏せにさせる必要はない。以下(6a-b)の実例は「抵抗封じの

135

為に相手の視界を奪う」ことを目的とした発話の実例である。

(6a) 状況:新任保安官補佐のアレック(Alec)は、銃で威嚇しようとした入植農民の代 表者を逮捕する。

Alec: Keep your back to me. Take your gun belt and hand it over.

(背中を俺の方に向けたままでいろ。ガンベルトを外して手渡せ。)

―The Red Sundown (6b) 状況:私立探偵ゴールトは不審な尾行者に銃を突き付けて次のように言う。

Galt: Face the wall. Legs apart. Lean against it.

(壁の方を向け。両足を広げろ。壁に両手をつけろ。)

―The Dark Corner

(6a-b)の下線部は、いずれも「背中を発話者の方へ向けさせる」ための発話である。「背中」

には当然「目」がついていないので、相手は発話者を視覚認識することが出来ない。視覚 認識できないという圧倒的に不利な姿勢では、抵抗しようがないのである。

さらに、これまで述べた表現のいずれとも概念を異にする表現を以下(7)に挙げる。

(7) 状況:南北戦争終結時、南軍ゲリラの残党であるジェシィ(Jesse)とフランク (Frank)は北軍の馬車を襲う。激しい銃撃戦の中、馬車に近づこうとする ジェシィにフランクが言う。

Frank:Jesse, no! Stay put!

(ジェシィ、やめろ!じっとしていろ!)

―American Bandits: Frank and Jesse James

(7)の下線部‘Stay put!’も「動くな!」の意を示す表現であるが、その概念は‘Freeze!’

136

や‘Spread-eagled!’とは異なる。その概念を明らかにするために以下(8)に、この表現に 関する辞書記載を示す。

(8) 6.b. To stay put: to remain where or as placed; to remain fixed steady; also fig. (of persons, etc.). U.S.colloq.

―OED(s.v. Stay v1)

この記載が明らかにすることは、stay putが「to remain(とどまる)」概念をもっていること である。このstay putを含む実例を以下(9a-b)に示す。

(9a) Simmes, when you get to Southfork and you feel things all right, shine your mirror for zero position like this for half a minute. We’ll move on down but when there’s something wrong, move it like this. We’ll stay put…

(シムズ、サウス・フォークに着いて万事問題ないとわかったら、この様に鏡 を動かさずに30秒間照らせ。そしたら、我々も下へ移動する。しかし、何 か問題があった時はこんな風に鏡を動かせ(て光を反射させれ)ば、我々はこ こでじっと待機する…)

―Springfield Rifle (9b) Stay put! You are all primed for trouble, aren’t you?

(動くな!お前たちはトラブル用に訓練されているんだろう?)

―The Violent Men

ここで用いられているstay putは、いずれも「今いる場所にとどまる」概念を有している。

以上のことから、‘Stay put!’には、以下(10)に示すような省略があると考えるのが論理的 である。

137 (10) Stay [where you are ]put!

つまり、‘Stay put!’が表す概念は「今、身が置かれている場所にとどまれ!」である。

事実、筆者のこの主張を支持する次のような実例が存在する。

(11) 状況:1200キロにも及ぶキャトル・ドライブを終えたマシュー(Mattew)一行は

牛買い業者と商談に入る。冒頭で9000頭以上の牛をどこに置くべきかに ついて、マシューは次のように言う。

Mattew:We could leave them in the streets. They are good and tired. They should stay where they’re put.

(牛は通りに置いて大丈夫ですよ。かなり疲れているので、そこにじっと しているはずです。)

―Red River

本セクションのまとめとして、ここまで論じてきた「動けない」状態を表す表現とその 概念を(12)にまとめておく。

(12) freeze「(凍ったように)身動きがとれない」

root「(木が根を張るように)その場に固定してしまい身動きがとれない」

spread-eagled「鷲が翼を広げたようにうつ伏せになる」

face down/on your face down「顔を地面につけてうつ伏せになる」

stay (where you are) put 「今、身が置かれている場所にとどまる」

138