6.4 計算機シミュレーション
6.4.1 BER 特性
AWGN環境
加法性ガウス雑音(AWGN)環境におけるBER特性を図6.10に示す.なお,図では 受信アンテナ数を1としアダプティブアレーを用いない場合(以下,1ブランチと呼ぶ)
も合わせて示している(”w/o array (1branch)“と表記).1ブランチの場合と比較すると 所要C/N は約3 dB改善しており,アレーの持つ自由度により合成利得が得られている ことがわかる.従来法と提案法に有意な差は認められなかった.
同一チャネル干渉環境
同一チャネル干渉環境における BER特性を図6.11に示す.ただし干渉波のD/U は 6 dB,到来角度は50度とした.1ブランチの場合は所要BERを得ることができないが,
アダプティブアレーを用いることで干渉波が抑圧されている.所要C/Nは,比較のため 図中に示したAWGN環境における1ブランチの場合のそれよりも約2 dB低い.これは,
所望波と干渉波の到来角度によって決まる空間相関係数が約0.36と低い値となる受信環 境であるため,干渉除去効果とともに合成利得も得られたと考えられる.また,従来法と
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
10 15 20 25 30
BER
C/N (dB)
Required BER
AWGN conventional
proposed
w/o array (1branch)
図6.10 AWGN環境における受信信号のC/Nに対するBER特性
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
10 15 20 25 30
BER
C/N (dB)
Required BER AWGN (w/o array)
Interference : D/U 6dB, DoA 50degs conventional
proposed
w/o array (1branch)
図6.11 同一チャネル干渉環境における受信信号のC/Nに対するBER特性
提案法に有意な差は認められなかった.
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
10 15 20 25 30
BER
C/N (dB)
Required BER AWGN (proposed)
Multipath : D/U 10dB, Delay time 10µs, DoA 50degs
conventional proposed w/o array
図6.12 マルチパス環境における受信信号のC/Nに対するBER特性
マルチパス環境
マルチパス環境における BER 特性を図 6.12 に示す.ただしマルチパスの D/U は
10 dB,遅延時間 10µs,到来角度 20度とした.マルチパスによる周波数特性歪みによ
り,AWGN環境と比較すると所要C/Nは0.8 dB程度劣化している.一方で1ブランチ の場合との比較では約3.5 dBの改善が得られている.AWGN環境よりも改善量が大き いのは,ブランチ間でマルチパスの位相が異なっていることによると考えられる.
マルチパス,同一チャネル干渉環境
マルチパスおよび同一チャネル干渉が受信される環境におけるBER特性を図 6.13に 示す.条件は干渉波のD/Uが6 dB,到来角度50度,マルチパスのD/Uが10 dB, 遅延 時間が10µs,到来角度が20度である.前述の同一チャネル干渉環境と同様の傾向にあ り,従来法と提案法に有意な差は見られない.
ここまでの評価では,従来法と提案法に有意な差は見られなかった.マルチパスのD/U が比較的大きく,遅延時間が短い場合には,従来法でも干渉除去効果や,2ブランチのダ イバーシティ合成による効果が得られており,また提案法において逆数フィルタ処理や逆 数補間を導入したことによる特性劣化はないと考えられる.
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
10 15 20 25 30
BER
C/N (dB)
Required BER AWGN (w/o array)
Multipath : D/U 10dB, Delay time 10µs, DoA 50degs Interference : D/U 6dB, DoA 50degs
conventional proposed w/o array
図6.13 マルチパス,同一チャネル干渉環境における受信信号のC/Nに対するBER特性
低D/Uマルチパス,同一チャネル干渉環境
次に,本章における課題である低D/Uマルチパスおよび同一チャネル干渉環境におけ るBER特性を図6.14に示す.ここではSFNを構築している二つの送信局からの電波が 等電力で到来するサービスエリアにおいて,さらに異なる送信局からの干渉波も受信され ることを想定し,干渉波のD/Uが6 dB,到来角度50度,マルチパスのD/Uが0 dB, 遅 延時間が120µs,到来角度が20度とした.従来法では,重み係数が最適値へと収束せず に,C/Nが高い条件でも所要のBERは得られなかった.一方,提案法ではマルチパスに より所要C/Nは劣化するものの,劣悪な受信環境においても干渉波が抑圧されているこ とがわかる.
6.4.2 マルチパス環境における干渉除去特性
マルチパスのD/Uに対するBER特性
図 6.15 にマルチパスの D/U に対する BER 特性を示す.ただし干渉波の D/U が 6 dB,到来角度は50度,マルチパスの遅延時間は120µs,到来角度は20度,受信C/N
は30 dBとした.従来法ではマルチパスのD/Uが6 dBよりも小さくなるとBERが急
激に劣化しているのに対し,提案法ではマルチパスのD/Uが0 dBの場合でも所要BER が得られている.
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
10 15 20 25 30 35 40
BER
C/N (dB) Interference : D/U 6dB, DoA 50degs
Multipath : D/U 0dB, delay time 120µs, DoA 20degs conventional proposed
図6.14 劣悪な受信環境における受信信号のC/Nに対するBER特性
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
0 2 4 6 8 10
BER
D/U of multipath(dB)
Interference : D/U 6dB, DoA 50degs Multipath : daly time 120µs, DoA 20degs CNR : 30dB
Required BER
Conventional Proposed
図6.15 マルチパスのD/Uに対するBER特性
マルチパスの遅延時間に対するBER特性
図 6.16はマルチパスの遅延時間に対する BER 特性を示している.ただし干渉波の D/Uが6 dB,到来角度は50度,マルチパスの D/U は0 dB,到来角度は 20度,受信
10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100
0 30 60 90 120 150
BER
Delay time of multipath (µs) Interference : D/U 6dB, DoA 50degs
Multipath : D/U 0dB, DoA 20degs CNR : 30dB
Required BER
Conventional Proposed
図6.16 マルチパスの遅延時間に対するBER特性
C/Nは30 dBとした.従来法ではマルチパスの遅延時間が30µs以上のときにBER が
急激に劣化している.これに対し,提案法ではマルチパスの遅延時間がGI長(126µs) までは所要BERが得られている.遅延時間がGI長を越えると,特性が劣化しているが,
これはGI越えマルチパス波が実質的に干渉波となり,干渉波とGI越えマルチパス波の 計2波の干渉波に対して受信アンテナ数は 2であるためアレーの自由度が足りなくなる ため,と考えられる.
6.5 むすび
地上デジタル放送用Post -FFT型アダプティブアレーの重み係数制御において,係数 の逆数を利用した係数最適化アルゴリズムを提案した.提案法は,従来法である最尤シ ンボル判定指向型最適化の繰り返し演算に,係数の逆数の領域におけるLPF処理を組み 込むことで,特に低D/Uのマルチパスにより所望波成分が減衰しているサブキャリヤに ついての係数を最適値へと導くものである.計算機シミュレーションの結果より,特に SFNを構成している場合など,低D/U マルチパス環境における干渉除去特性を改善でき ることを示した.
第 7 章
結論
本論文では,アレー信号処理を地上デジタル放送の放送波受信に適用する際の諸課題を 克服する手法として,MFNおよびSFN放送波中継局用の干渉除去アルゴリズム,一般 家庭での受信用としてチャネル歪みを含む再変調時間領域信号を参照信号とするMMSE アダプティブアレー,Post -FFT型アダプティブアレーの低D/Uマルチパス耐性改善ア ルゴリズムを提案した.本論文を俯瞰すると,第1章は序論であり,本論文の研究対象お よび全体としての目的を述べた.
第2章では,本論文の土台となる基礎理論を概説し,従来研究されてきたISDB -T用 の適応等化器およびアダプティブアレーに関して述べた.2.1.1節では,地上デジタル放 送の放送方式であるOFDMについて概要を示した.2.1.2節ではISDB -T方式に固有の 伝送パラメータやその特徴を示した.2.1.3節では放送のネットワークを構築する手段の 一つである放送波中継局について述べた.さらに,第2.2節はアレー信号処理の基礎理論 と従来手法を概説した.
第3章以降は本論文の提案手法である.まず第3章では,MFN中継局で用いることを 想定した周波数領域処理型のアダプティブアレーを提案した.従来のISDB -T用アダプ ティブアレーは受信条件によっては干渉を除去することができないため,24時間,365日 安定に動作することが求められる送信側の装置として用いるには十分ではなかった.本提 案は受信側でも既知であるパイロット信号だけでなく,データキャリヤのシンボル判定値 をも参照信号として用いることにより,パイロット信号の受信タイミングが一致する条件 においても干渉を除去することができる.さらにシンボル判定誤りの影響を軽減するため に,合成–比較–選択に基づく最尤シンボル判定を用いた.これにより重み係数を最適化 へと導くことができる.
第4章は,SFN中継局で用いることを想定した時間領域処理型のアダプティブアレー
と送受アンテナ間回り込みをキャンセルするFBFとを縦続接続した干渉キャンセラを提 案した.これにより同一チャネル干渉環境にある中継局においてもSFN放送波中継が可 能となり,周波数の有効利用を図ることができる.
第5章においては,家庭で用いることを想定したPre -FFT型のアダプティブアレーを 提案した.これは簡易な信号処理および適応制御を採用することで,低計算量でありなが ら,劣悪な受信環境においても所要の誤り率を得ることができる干渉除去手法を提供する ものである.
提案法の最後として,第6章では,第3章で提案したPost -FFT型アダプティブアレー を基に,特にSFNを構築している場合のような低D/Uマルチパス環境における耐性を 高める手法を提案した.提案手法は必要な計算量は多くなるものの,サービスエリアにお けるアダプティブアレーの適用範囲を大きく広げるものである.
結局のところ本論文において,主に以下の問題に解決を与えたと言える.
• MFN放送波中継局における同一チャネル干渉除去
• SFN放送波中継局における同一チャネル干渉と回り込みの除去
• 家庭向けに低コストで実現できる同一チャネル干渉除去
• 劣悪な受信環境における同一チャネル干渉除去
これらは,放送法第15条に定められている地上デジタル放送をあまねく日本全国におい て受信できるように,という日本放送協会に課せられた目的を達成するという動機から行 われた.これにより,同一チャネル干渉環境にあるMFN,SFN中継局における放送波中 継が可能となり,放送のネットワークを構築する際のコストを削減することができる.一 方,受信側においても計算量が異なる二つの干渉除去手法を提案した.一方は低コストで 実現できるPre -FFT型であり,他方は劣悪な受信環境に対する耐性を有し,干渉除去特 性も良好なPost -FFT型である.それぞれの具体的な手法は異なるものの,目的として はアレー信号処理により同一チャネル干渉を除去するというものであり,計算機シミュ レーションや試作装置を用いて実施した野外実験の結果から,その有効性を示すことがで きた.同一チャネル干渉問題に対して,放送事業者が行う送信側の対策として,また一般 の放送受信者が行う受信側の対策として用いることができる.
特に,第 3章における提案手法は放送機器メーカにより製品化され,NHKだけでなく 民間放送事業者の放送設備にも導入された.本論文執筆時点においても日本の各地で動作 し,放送の安定送出に寄与している.
2011年3月11日に発生した東日本大震災は,放送による情報伝達の重要性が改めて