第 4 章 徽州方言の地理的分布
4.4 ABAC 型分布
ABAC 型分布とは,ABA 型分布の外側にもう一つの語形 C が分布するパターンである。例 えば,地図 18 では,両側に分布する「鼻孔」が,S1(古関)付近で「鼻頭」に分断され,
ABA 型分布となっているが,その分布のさらに西側に,「鼻孔」と接して「鼻子」が分布 している。
4.4.1 [鼻]
語形と分類
徽州で“鼻”を表す語形は三つある。それぞれ「鼻孔」[phi khɤŋ],「鼻頭」[phi thio],
「鼻子」[phi tsɿ]である。文字ずらから見れば,「鼻孔」,「鼻頭」はそれぞれ“鼻の穴”,
“鼻の先”と誤解する可能性があるが,徽州では鼻そのものを指す。
分布
1.「鼻孔」は幅広く分布している。休歙県以西から閶江沿いにかけて,及び新安江と富 資水の東北部の地域ではほとんど「鼻孔」を使う。
2.「鼻頭」は主に豊楽河流域にある徽州区と新安江以南の歙県に分布している。歙県中 心区にある S1(古関),S14(桂林)でも「鼻頭」を使う。そのほか,休寧県の X2(璜尖), X3(白際)にも「鼻頭」が点在している。
3.「鼻子」は閶江以西の祁門県と秋浦河の源にある Q14(城安)に分布している。また,
閶江沿岸の Q8(溶口)でも「鼻子」を使う。
解釈
中国の古典文献では単音節語「鼻」で“鼻”を指す。『漢語方言地図集・語彙巻』(曹志 耘 2008)によれば,福建や広東に単音節の「鼻」が分布しており,古い語形が保存され ている。「鼻孔」の多くは「鼻」と交錯して分布している。『全宋詩』に記載された徽州籍 の作家の作品には,「鼻」や「鼻孔」が見られるが,「鼻頭」や「鼻子」は見つかっていな
39 地図 18 “鼻”の語形分布
い。例えば,宋代の歙県籍の釈嗣宗(人名)は『頌古』(詩のタイトル)を書き,その中 に“鼻孔累垂盖上唇”(鼻が垂れて上唇を覆うほどだ)という一句がある。このことから,
宋代以前の徽州には「鼻孔」があり,その後「鼻頭」や「鼻子」が伝播したと推定される。
「鼻頭」は豊楽河沿岸から H1(信行)や S1(古関)を経由して,安徽・浙江両省境界 線にまで伸びており,浙江省から伝播してきたような印象である。『漢語方言地図集・語 彙巻』(曹志耘 2008)によれば,「鼻頭」は浙江省の呉方言区に幅広く分布している。従 って,徽州の「鼻頭」は浙江省から伝播してきたに違いない。新安江沿岸にある S22(漳 潭),S8(小川)などの地点では今でも「鼻孔」を使っており,「鼻頭」の伝播は最も便利 な新安江水路を利用しなかったことになる。その代わりに,S10(璜田),S7(童川)を経 由する郷道に沿って伝播した。
「鼻子」は北方方言の語形であるが,『漢語方言地図集・語彙巻』(曹志耘 2008)によ れば,南方に侵入しており,特に湖南省・江西省付近で帯状に長く深く南下しているので,
「漏斗型分布」(曹志耘 2011)の一つになっている。徽州の「鼻子」は,秋浦河に沿って 南下してきたか,或いは徽州の西側に位置する東至県から Q15(桃源)などを経由して祁 門県に伝播してきた可能性がある。地域経済及び交通状況を考慮すれば,秋浦河から伝播 した可能性がより高い。つまり,「鼻子」は長江沿岸から秋浦河水路に沿って閶江以西の 祁門県に入ったことになる。
4.4.2 [ミミズ]
語形と分布
“ミミズ”を表す語形は三類型に分類した。それぞれ[xau xuɛ]系語形,[紅]系語形,
[khuaŋ khuɛ]系語形である。
40 地図 19 “ミミズ”の語形
[xau xuɛ]系語形は第一音節の声母が原則として[x]であるが,同じく[x]声母を有する
「紅」を含まない。[xau xuɛ]のほか,[xo xuɛ],[xau khuɛ],[xaŋ khuɛ], u ŋi],
[xu ŋei],[xa
ɚ]などがある。また, [ŋɔ ȵi]もこの類の変異形と見なす。[紅]系語形は第一音節がすべて「紅」であり,「紅蟻」 u ŋi],「紅滾」[xɤŋ kuɤŋ],「紅 女」[xɤŋ y]などを含む。
[khuaŋ khuɛ]系語形は第一音節の声母が原則として[k]である。[khuaŋ khuɛ]のほか,[kh
ɔ
khuɛ],[khaŋ tɕhyen],[khɔ
tɕhyen]を含む。また, [tʃhaŋ tɕyn]もこの類の変異形と見 なす。[tʃhaŋ tɕyn]の第一音節は「虫」であろう。分布
1.[xau xuɛ]系語形は,主に横江と新安江の合流点の辺り,つまり屯溪区と休寧県の中 東部に分布しているが,婺源県の東北部にも伸びている。[khuaŋ khuɛ]系語形と接する地 域には主に[xau khuɛ]が分布している。また,徽州東北部に[xu ŋei],[xa
ɚ]が分布し ている。2.[紅]系語形は徽州区と歙県に分布している。「紅蟻」は豊楽河と富資水流域,及び練 江下流地域に分布している。歙県の新安江沿いとその南部にそれぞれ「紅女」,「紅滾」が 分布している。
3.[khuaŋ khuɛ]系語形は南部の楽安江流域だけでなく,西部の閶江流域から横江上流 と新安江の源の流域にかけて広い地域に分布している。第二音節は,楽安江流域では [khuɛ]であるが,閶江流域などでは[tɕhyen]や[tɕyn]である。
解釈
[xau xuɛ]系語形は[紅]系語形を挟んで分布し,ABA 分布となっている。 [紅]系語形は
41 [xau xuɛ]系語形から派生した語形だと考えられる。語源意識がなくなった[xau xuɛ]系語 形が有縁化した結果だと考える。まず,ミミズは赤いからである。それから,同様に地下 に生活するアリや,ミミズがよく転げ回る状態を連想し,「紅蟻」や「紅滾」が生まれた と考えられる。「紅女」はミミズが「淤泥」[y ni]17という土の中に生活することに由来 したのではないだろうか。
[xau xuɛ]系語形の語源については,「寒䘆」や「黄䘆」だった可能性が高い。『江西省 志・江西省方言志』(江西省地方志編纂委員会 2005)と『浙江方言詞』(傅国通等 1992)
によれば,江西省の大部,及び浙江省の南部に「黄䘆」や「寒䘆」が広く分布している。
それに,『康熙字典』(1716 年)によれば,唐代(618 年-907 年)に編まれた『唐韻』(孫 愐著)に「蚯蚓,呉楚呼為寒䘆」(浙江省から湖南,湖北省にかけて,“ミミズ”を「寒䘆」
と呼ぶ)という記載がある。X11(渭橋)で[xau xuɛ]と発音するが,[xau]は陽平で「黄」
と同音である。T1(隆阜二)で[xɔ xuɛ]と発音するが,[xɔ]は「寒」[xuə]と同音ではな いが,中古音の*xɑn(寒韻)に対応している。第二音節については,[xuɛ]は「䘆」と声母18 が同じである。これらのことから,「寒䘆」は「黄䘆」に由来する可能性が高い。
婺源県の[khuaŋ khuɛ]と祁門県の[khaŋ tɕhyen]を比べると,音声形式に違いがあるが,
第一音節はほとんどは陰平である上に,中古音の唐韻,江韻[aŋ]に対応している。その上 で,祁門県の第二音節[tɕhyen]は婺源県の[khuɛ]が口蓋化と指小辞の付加によって変化した ものであるはずである。以上の事実に基づき,婺源県の[khuaŋ khuɛ]と祁門県の[khaŋ tɕhyen]は同一の語形から変化したものと考える。更に,黟県の[tʃhaŋ tɕyn]は祁門県の [khaŋ tɕhyen]から変化したものであろう。
『江西省志・江西省方言志』(江西省地方志編纂委員会 2005)と『安徽省志・方言志』
(方志出版社 1997)等徽州周辺の方言データを調べたところ,[khuaŋ khuɛ]や[khaŋ tɕhyen] などの記載が全くないので,外来の語形ではないことになる。そのため, [kɔŋ ki](地 図 15 の説明を参照)を代表とするトンボの語形を受け,類音牽引によって[xau xuɛ]系語 形から変化した可能性がある。第一音節はすべて唐韻,江韻[aŋ]に対応しているからであ る。おそらく[xau xuɛ]系に*[xuaŋ xuɛ]のような語形があり,それが[khuaŋ khuɛ]に変化 した後,[kh
ɔ
khuɛ],[khaŋ khuɛ],[khaŋ tɕhyen]などに変化したのではないだろうか。そ れがさらに休寧県の[xau xuɛ]などと接触し,混淆形式の[xau khuɛ],[xaŋ khuɛ]が生ま れた可能性がある。[xau xuɛ]系語形と[khuaŋ khuɛ]系語形の関係について,もう一つの可能性も考えられ る。それは弱化によって,[khuaŋ khuɛ]系語形が[xau xuɛ]系語形に変化したというもの である。[k]と[x]はいずれも軟口蓋音であり,発音方法が異なるに過ぎない。[k]は 破裂音,[x]は摩擦音であり,[k]から[x]に変化しやすい。一方,ミミズは黄色の粘 液を分泌することから民衆語源によって[khuaŋ]から[xuaŋ](黄)に変化した可能性があ る。こう考えると,[khuaŋ khuɛ]系語形は最も古い語形ということになる。恐らく,まず 弱化や民衆語源によって,[xuaŋ khuɛ]になったのだろう。それから,音声変化によって,
現在使われる[xaŋ khuɛ],[xau khuɛ],[xau xuɛ]などに変化したのではないだろうか。
上掲の『唐韻』の記載が正しければ,[khuaŋ khuɛ]系語形は恐らく『唐韻』以前に存在し た古い語形である。
まとめると,[xau xuɛ]系語形はこの地域で最も古い語形である。この語形は,徽州区,
歙県では,有縁化の結果,「紅蟻」,「紅滾」,「紅女」などの語形に変化した。一方,婺源 県と祁門県などで[khuaŋ khuɛ]系語形に変化したのは,江西省のトンボの語形に牽引され
17 これは現代標準語の発音である。
18 『康熙字典』によれば,「䘆」は休謹切や許謹切であり,徽州方言の[x],[ɕ]等に対応している。
42 た可能性や,弱化や民衆語源によって変化した可能性がある。
4.4.3 [台所]
地図 20 “台所”の語形 語形と分布
“台所”を表す語形は三類型に分類できる。それぞれ「竈下」系語形,「厨下」[tɕhy xo],
「家背」[ko pɤ]である。
「竈下」系語形は「竈下」[tsɤ xo],「竈下頭」[tsɤ xo ti
]のほか,「鍋」を付加し た「鍋竈下」[kɤ tsa xa],「鍋竈後」[kɤ tsɤ xɤ]などを含む。また,「竈下」の変異形と 見られる[tsho xɔ],[tʃoɐ xoɐ]などがあり,ここでは「座下」,「茶下」と記す。分布
1.「竈下」系語形の「竈下」は主に徽州中東部に分布しているほか,閶江以西にも分布 している。「鍋竈下」,「鍋竈後」は豊楽河と富資水流域にまとまって分布している。黟県 の Y6(宏譚)では「鍋門口」と呼んでいる。「座下」,「茶下」は主に徽州中部の横江沿い に分布している。また,S24(英富坑),S16(和村)にも点在している。
2.「厨下」は主に閶江沿いから新安江の源の地域にわたって,婺源県の北部にかけて分 布している。また,婺源源南部の W13(遊山),W15(珍珠山),W16(太白)でも「厨下」
を使う。「厨下」は「竈下」系語形に挟まれて分布している。
3.「家背」は婺源県に限り,婺源県の大部を占めている。
解釈
徽州の伝統的な台所には大きな竈を築くのが一般的である。そのため,「竈」で“台所”
を指すのは徽州人の心理に叶っている。「下」は竈の下方又は後方で働くことを反映して いる。
43
「竈」に「鍋」を前置した「鍋竈下」,「鍋竈後」は北から伝播してきた可能性が高い。
『漢語方言解釈地図』(岩田礼等 2009)の地図 44-2 によれば,徽州北部の長江沿いに第 一成分が「鍋」である語形が分布している。この語形が長江に通じている徽青古道などに 沿って徽州の豊楽河と富資水流域に伝播してきた可能性がある。
「座下」[tsho xɔ],「茶下」[tʃoɐ xoɐ]は,第一音節の韻母がすべて円唇母音[o]で ある。それは第二音節「下」の円唇母音「ɔ」や[o]の影響を受けて変化したためと考え る。つまり,逆行同化が発生し,「竈下」は次第に第一音節が円唇母音になった。それと ともに,「竈」への語源意識が消え,民衆語源による新語形が生まれた。Y1(郭門)を例 として挙げれば,現在“台所”を[tʃoɐ xoɐ]と呼び,「茶下」と書く。『徽州方言研究』
(平田昌司 1998)は「竈下」[tʃɤɐ xoɐ]と記している。これは[ɤɐ]が[oɐ]に変化し たことを示す。徽州は茶の葉を豊富に産出し,お茶を飲む習慣が昔から盛んであった。水 を飲むことを「吃茶」と呼ぶ。台所はお茶を沸かす場所なので,「茶下」と呼ぶようにな ったのである。X16(和村)では[tsho xɔ]と発音するが,漢字で書けない。これは「竈」
への語源意識が消え,Y1(郭門)の「茶下」のように再度有縁化する前の段階にあたるだ ろう。
「厨下」は閶江沿いと新安江の源の地域に分布し,「竈下」系語形を分断し,ABA 分布 となっている。即ち,4.2.4 で述べた「閶江型分布」である。4.2.4 の解釈に倣えば,「厨 下」は閶江下流にある江西省の景徳鎮市から流れに逆らって上ってきた語形だと推定され る。『贛東北方言調査研究』(胡松柏等 2009)によれば,景徳鎮市とその付近に「厨房」
や「厨下」が分布している。このことから,景徳鎮市方向から伝播した「厨房」や「厨下」
によって,「竈下」系語形の連続的な分布が分断されたと推定される。また,婺源県にも
「厨下」が分布していることから,「厨房」や「厨下」は,江西省から閶江に沿って伝播 してきたもののほか,婺源県の楽安江に沿って伝播したものもあったと推定される。
婺源県の「家背」は婺源県に特有の語形であり,これまでの所,他方言でも見つかって いない。「家背」は婺源県の「厨下」を分断していることから,ABA 分布の原則によって,
「家背」は婺源県で生まれた新語形だと推定される。「家背」という文字ずらから見れば,
台所が家の背面にあることから来ていると解される。
まとめると,「竈下」系語形>「厨下」>「家背」という変化が発生したと考える。