第 4 章 徽州方言の地理的分布
4.6 多系分布
多系分布とは,以上の分布パターンに属しないパターンである。地図 26“「茶」と「長」
の声母”のように,明らかな規律がない分布もあれば,地図 24“父の兄の妻”のように,
より複雑な分布パターンもある。
4.6.1 [父の妻の対面呼称(vocative)]
地図 23 “父の妻”の語形 語形と分類
父の妻の対面呼称は8つの形式がある。「母」[m],「姆媽」[m ma],「媽」[ma],「姨」
[i],「姨婭」[i ia],「好婭」[xa ia],「婭」[ia],「娘」[ȵiɛɐ]である。
これらの語形を「母」系語形,「姨」系語形,「娘」系語形の三類型に分類した。
「母」系語形は,[m]で始まる語形であり,「母」[m],「姆媽」[m ma],「媽」[ma]を含 む。
「姨」系語形は語幹がすべてゼロ声母(母音起声)で,「姨」[i],「姨婭」[i ia],「好 婭」[xa ia],「婭」[ia]を含む。
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「娘」系語形はすべて単音節の「娘」[ȵiɛɐ]であり,他の変異形がない。
分布
1.「母」系語形はほぼ全域を覆っている。「母」は主に績溪県に分布しているが,新安 江の源や歙県の東南部にも散在している。「姆媽」は主に閶江と楽安江の沿岸に分布して いるが,休寧県と歙県にも点在している。「媽」は主に休寧県から歙県までの中部地域に 分布している。そのほか,祁門県にも「媽」が分布している。
2.「姨」系語形は婺源県と婺源県に接している休寧県に集中して分布しているほか,歙 県にも散在して分布している。地図では丸で表示した。うち,「姨」は休寧県南部の周縁 部と歙県に散在している。「姨婭」は楽安江以東の婺源県から休寧県にかけの地域に分布 している。「好婭」は楽安江以西の婺源県に分布している。「婭」は楽安江の源にある W10
(河東)にのみ見られる。
3.「娘」系語形の「娘」は,黟県の Y1(郭門),Y2(宏村),Y3(梘溪),Y4(大星)に まとまって分布している。そのほか,T1(隆阜二)と S18(三陽)にも点在している。
解釈
「母」系語形は広く分布し,連続的分布をしているから,最古の語形だと推定される。
「母」系に含まれる三語形の関係については,「母」>「姆媽」>「媽」という変化が想 定される。まず「母」はすべて周縁部に分布し,中部には一つとして存在しないことから,
周圏分布の原則によって最古の語形と見なすことができる。「姆媽」は,現在主に各河流 沿岸に残っている。これは「姆媽」の由来を物語っているかもしれない。『漢語方言解釈 地図(続集)』(岩田礼 2012)の地図 11 によれば,徽州は「姆媽」に囲まれている。それ らの「姆媽」が大きな河川沿いに徽州に入ったことになる。新安江流域の「姆媽」は“父 の兄の妻”を表わす語形の「母」(地図 24 を参照)との同音衝突を回避した結果だった可 能性がある。「姆媽」は後に「姆」が脱落し,「媽」になった。地図から見ると,一つの地 点で発生した変化が各地に伝播したとは限らず,多数地点で平行的に変化した可能性が高 い。また,標準語の「媽媽」の影響を受けた可能性もある。
「姨」系語形は,「母」系語形の勢力範囲内に分散して分布し,特に休寧県と歙県の「姨」
は連続的分布になっていない。それらは各地で平行的に変化したのではないだろうか。話 者は当地の風俗だと答えることが多かった。昔は貧困家庭で子供が成人になるのは難しく,
両親を本来の呼称で呼ぶのを避けてそれぞれ「叔」(父の弟)や「姨」(母の姉妹)と呼ん だり,直接名前を呼んだりすると成長しやすくなると信じられていたそうである。これは
“改称”と呼ばれる習俗である。しかし,「姨」は“母の姉妹”を表わす語形であるため,
同音衝突を回避した結果,婺源県では「姨婭」が生まれたと考えられる。「姨婭」から「好 婭」に変化したのは,これらの地点で親族呼称に接頭辞の「好」を付加することが多く,
それに類推したためであろう。W10(河東)の「婭」は「姨婭」と隣接分布しているから,
「姨」が脱落したものかもしれない。但し,改称習俗によって,「母」系語形を「婭」と 改称した可能性もある。
「娘」は黟県の Y1(郭門),Y2(宏村),Y3(梘溪),Y4(大星)に分布しているほか,
T1(隆阜二)と S18(三陽)にも点在している。改称習俗によって,「母」系語形を「娘」
(父の姉妹)と改称した可能性がある。しかしそうなると,“父の姉妹”を指す「娘」と 同音衝突するため,それを回避するため重畳形式の「娘娘」になったと推定される。
4.6.2 [父の兄の妻の対面呼称(vocative)]
49 地図 24 “父の兄の妻”の語形分布
語形と分類
父の兄の妻に対する対面呼称の形式は種類が多い。中心語によって,「媽」系語形,「母」
系語形,「娘」系語形,「婭」系語形,「伯」系語形の五類型に分類した。
「媽」系語形は「媽」[mɔ]のほか,「大媽」[tɤ mɔ],「媽児」[man]などがある。
「母」系語形は「母」[m]のほか,「大母」[tɤ m],「阿母」[a m],「伯母」[pa m]など がある。「媽母」[ma m]と「姆媽」[m ma]も「母」系語形の下位類型にした。
「娘」系語形は「娘」[ȵiaŋ]のほか,「伯娘」[pa ȵiau]がある。
「婭」系語形には[婭][ia]と[大婭][thu ia]がある。
「伯」系語形はには[女伯][y pa]しかなく,他の変異形がない。
分布
1.「媽」系語形は分布地域が最も広く,ほぼ全域に分布している。但し,中部の休寧県 と歙県には少ない。
2.「母」系語形はほぼ新安江沿いの地域に分布している。但し,屯溪区の T1(隆阜二)
とその付近には見られない。
3.「娘」系語形は「伯娘」が新安江流域の T1(隆阜二),及びその南に位置する X4(幸 川),X5(富溪),X9(古林)に分布し,「娘」が歙県東部の S18(三陽),S19(金川)と 績溪県の J7(金沙)に分布している。
4.「婭」系語形の[婭]と[大婭]は婺源県の楽安江沿いにまとまって分布している。
5.[女伯]は閶江以西の祁門県にまとまって分布している。
解釈
「媽」系語形は分布地域が広く,ほぼ全域に分布しているから,もともと連続的に分布 していたと推定される。「大媽」は長幼の序を表した「大」を付加し,「媽児」は指小辞の
[n]が加わり,いずれも「媽」をもとに作り出された語形である。
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「母」系語形は新安江沿いの地域に分布している。この分布状況から,新安江に沿って 伝播してきた語形だったと推定できる。「媽」系語形は休寧県と歙県に少なく,「母」系語 形によって分断されたような分布形状になっている。つまり ABA 分布である。従って,徽 州では「母」系語形が入る前には,「媽」系語形は全域に連続的に分布していたはずであ る。『漢語方言解釈地図(続集)』(岩田礼 2012)の地図 12 によれば,新安江にある浙江 省にはかなりの「母」が分布しており,徽州の「母」は浙江省から新安江(徽杭水路)を 通じて徽州に伝播してきたものであろう。「母」はもともと“父の妻”を指したが,浙江 省から「母」が伝播してきたため,指示対象が変わり,“父の兄の妻”を指すようになっ たと考えられる。X20(新安源)のように“母”と“父の兄の妻”のいずれにも「母」を 用いる地点もあるが,父の兄の妻”を呼ぶ形式「母」は「大母」,「伯母」のように修飾成 分を付加した二音節形式が多いので,衝突は避けられた。要するに,徽州の「媽」と「母」
はもともと“父の兄の妻”と“母”を指したのである。変化の結果,逆転現象が起きた地 点も少なくない。例えば,X15(江潭)では“父の兄の妻”と“母”をそれぞれ「母」,「媽」
と呼んでいる。
「母」系語形に含まれる各語形の関係については,「大母」は「大媽」のように長幼の 序を表した「大」が加わった語形,「阿母」は接頭語「阿」を付加した語形であり,“父の 姉妹”の「阿娘」と同様である。「伯母」は語源的には“年長の”を表わす「伯」を語幹 の「母」に付加したものであり,標準語の書面形式と同一語形なので,他の「母」系語形 とは別の記号で表している。以上は,すべて「母」をもとに作り出された語形である。
「娘」系語形は「母」系語形を挟んで ABA 分布をなしており,「母」系語形より古い語 形だった可能性がある。つまり,徽州の東部はかつて全体が「娘」系語形の領域であった かもしれない。もう一つの可能性は「伯母」>「伯娘」>「娘」という変化が発生したこ とである。まず「娘」系語形の周辺に「伯母」[pa m]が多く分布している。次に,T1(隆 阜二)と S18(三陽)では“母”を「娘」とも呼んでいる。そのため,「伯母」の「母」
が「娘」に置換され,「伯娘」に変化した可能性がある。その後,「伯」が脱落し,「娘」
になった。
「婭」系語形は贛方言によく見られる語形である。地図 24 では,「婭」系語形によっ て,婺源県の「母」系語形は分断されたような分布形状になり,ABA 分布となっている。
従って,「婭」系語形は楽安江に沿って江西省から伝播してきたのだろう。
「女伯」は周辺地域にこの語形がないため,地元で創出された可能性がある。隣接する 閶江流域の「媽」(mɔ)に対する語源意識がなくなったため,「伯伯」(父の兄)をもと に,性別語の「女」が加わり,「女伯」になったのではないだろうか。
4.6.3 [古全濁声母]
漢語方言では古全濁声母(*b-, *d-, *g-など)は多くが無声音になっているが,地域に よって変化が異なり,無気無声音になったのもあれば有気無声音になったのもある。徽州 周辺の方言から見れば,北部の江淮官話では声調によってそれぞれ有気無声音(中古の平 声),無気無声音(中古の上去入声)に分化し,南西部の贛方言では声調に関わらず,一 律に有気無声音になり,東部の呉方言では多くが全濁声母を有声無気音として保っている が,一部が全て無気無声音になっている。徽州方言では古全濁声母がすべて無声化してい るが,有気音になっている地点があれば無気音になっている地点もある。地図 25 は 24 の古全濁声母字(平皮糖虫爬茶窮墙田权棋橋弹徐尋坐柱近洞地道字局白)を対象とした調 査結果である。