(12) 在日台湾人身上調査票訂正請求訴訟第1審判決東京地回昭和59年
10月30日判時1137号29頁
(13) 在日台湾人身上調査票訂正請求訴訟控訴審判決 東京高判昭和63年
3月24日判時1268号15頁
(14) 三宅弘 「情報公開立法と知る権利」 法律時報65巻12号 (19 93年) 尚、アメリカでは、 「政府情報の公開請求権と修正1条との 関係は、合衆国においては、刑事裁判に出席する権利が修正1条により 黙示的に保障された権利であるか否かという問題によって論じられ、い わゆるリッチモンド新聞社事件についての、連邦最高裁判決がその主導 的役割をはたした。この判決は、刑事裁判手続き上の情報の開示請求権
を修正1条に根拠づけるものである……その後の連邦最高裁判決の展 開は、合衆国修正1条の影響を受けて制定された日本国憲法21条1項
の解釈適用においても参考とすることができよう」という。(15) 田中・前掲10頁
(16) 伊藤正己 r憲 法新版』 (弘文堂 1993年) 195頁
(17) 学校情報を知る権利に関して、 「高校入試の内申書の記述内容・評価 基準については、 fl教育問題』を父母が認識し解決の方法を見いだすた
めの、すなわち父母の教育権子どもの学習権の保障のための前提的権
利として、知る権利を有すると解される。この権利は、子どもの学習権 と一般人権の保障、父母の教育権に内在した権利であると解されなけれ ばならない」とする見解もみられる。 今橋盛勝 r教育法と法社会学』(三省堂1983年) 201頁
(18) 奥平康弘 「内申書裁判と教育裁量一内申書裁判(昭54(ネ)744・同
745号国家賠償請求訴訟)への意見書」 法律時報第53巻8号 (19 81年) 68〜69頁
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12 児童の権利に関する条約等にみる国際的な親の教育権の動向
わが国の社会は欧米諸国の社会と違って権利意識が極めて希薄であることは 夙に指摘されてきた事実である。学校等における教育に関しても減りである。
まして子どもの権利や親の教育権については関心の対象にすらならなかった。
明治以来、子どもは学校に任せておけば、学習はおろか、躾までも学校が教育 をしてくれるものと大方が期待し、信頼し、また、そのようにしてきたところ である。一般大衆は、お上のすることに疑問を抱かず、従うことに馴致させら れてきた。このような状況の下では子どもの権利や親の教育権を意識する必要 性すら感じさせなかった。戦後、日本国憲法・教育基本法を中心とした新教育 体制が発足し、子どもの学習権iに基づく教育法原理を確立しつつ現在に到って いるのであるが、こと親の教育権に関しては市民権は得たと思われるものの、
その地位が確固不動のものとして教育法上に確立したとは未だ言いがたい。
しかし、欧米先進国においては、憲法上に親の教育権についての根拠条文を 有している国が見られること等からも推し量られるように、早くから親の教育 権に関心が持たれてきたのである。個人教育情報の開示請求についても、ドイ ツ等においては憲法条項から親の教育権や知る権利に基づき具体的に請求でき るものとするのである。ただ、歴史的にみれば、親の教育権は第一次的には宗 教教育、私学教育の自由との関連で語られてきたという経緯がある。
ところで、数年前から児童の権利に関する条約の論議の中から子どもの権利 や親の教育権がわが国においても特別に注目されるようになってきた感がする。
そこで、わが国における親の教育権について幾分なりとも理解を深める橋渡し として、児童の権利に関する条約についてこの論文で必要と思われる限りで考 察を加えてみたい。そして、親の教育権に基づく個人教育情報の開示請求が可 能であるとする核心に触れたい。
周知のように、子どもに関する国際的な考え方、捉え方は、 rr保護の対象』
としての子ども観から、 r権利(利益)の主体』としての子ども観へ、さらに r権利(意思)の主体』としての子ども観」(gへと発展し、その延長線上に 児童の権利に関する条約が位置づけられるのである。児童の権利に関する条約 の内容は、ごく大まかには条約の理念を表した前文、実体的な規定である第1 部、締約国の実施措置について定めた第2部、最後に手続き規定である第3部
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という構成になっている。
さて、この条約の中で子どもの権利と親の権利・親の教育権とは、どのよう な関連があるものとして位置づけられているのであろうか。第5条において、
「締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり、父 母…・がその児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導
を与える責任、権利及び義務を尊重する」(2)と規定している。この規定は、
「表現・情報の自由、思想・良心・宗教の自由、結社・集会の自由等市民的権 利に関して、総則的意味」を持っている(3>とされる。さらに第18条第1・
2項において、 「父母・…は、児童の養育及び発達についての第一次的な責任 を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものと する」。「締約国は、この条約に定める権利を保障し及び促進するため、父母
…・ェ児童の養育についての責任を遂行するに当たりこれらの者に対して適当 な援助を与えるものとし、また、児童の養護のための施設、設備及び役務の提 供の発展を確保する。」と規定する。子どもは大人と異なって自分で自分の権 利を守ったり、行使することが十分にできないのが通例である。そこで、「子 どもの権利と意思を尊重し保障するためには、その第一次的保障主体であり代 弁者である父母の権利と意思を尊重し保障すること」(ωが求められるのであ る。また、子どもの市民的権利行使に当たって、親に指示及び指導を与える責 任、権利及び義務が規定されているのであるが、これは、 「家庭内、社会との 関係だけではなく、学校(教育)との関係でも意味を持ってくる」(5》という。
さらに、 「父母の教育権は・…わが子の教育に関わってr子どもの人権・権利』
(教育を受ける権利をふくむ)を子どもに代わって、または、子どもを補佐し て守るという人権・権利である」・6)とする。これらのことは、親の教育権に 基づく具体的な個人教育情報の開示請求権の可能性について少なからず示唆を 与えるものであると思われる。次に、個人教育情報の開示請求について検討し ていくことにする。
児童の権利に関する条約の中で、教育情報の開示に関係すると思われる箇所
は、第12条と第16条、第28条第1項(d)が挙げられ、それぞれ次のよ
うに捉えられている。第12条の意見表明権を発展させる形で教育情報へのア クセス権を位置づける捉え方、第16条の規定を下にプライバシー一meの一種と一一R8一
して個人情報の開示請求権iを位置づける捉え方、それに第28条第1項(d)
の教育への権利のアクセスの規定を教育情報開示の根拠とする捉え方がみられ
る。
まず、第12条を根拠とする考え方は、自己の意見表明権の保障とのつなが りにおいて参加権の保障への発展がはかられなければならないとする。そして、
参加権の保障をはかるためとして、情報へのアクセス権を引き出すという構造 になっているとするのであるが、第12条を教育情報の開示やアクセス権を保 障したものと拡大解釈することは無理がある(マ)と考えられる。次に、第16 条を根拠とする考え方についてみてみよう。 「16条のr私生活』のなかには
内申書および指導要録が含まれ、かっ、それらは28条のr教育及び職業に関
する情報』にも該当すること、および28条でr利用可能であり』r利用する
機会が与えられる』と規定しているのは、内申書等を児童に開示すべきことを 意味するとしているのである。これらにより教育情報の開示が認められる」べ きであるとする説(8)、 「この規定に関連させて、プライバシーの権利として 自己情報コントロールする権利ととらえ、そのなかに、情報の本人への開示と、誤った情報に対する訂正権の保障を位置づけている」とする説(g)がある。こ れに対し、開示否定の立場から、 「個人情報の開示請求権をプライバシー権の 一種として位置づけることについては、わが国では学説判例上、確定しておら ず、条約16条がプライバシー権を保障することを根拠に、このような権利を 主張することはできないと考えられる。しかも、本条は、児童の私生活が不法 に侵害されないこと等を規定したものであって、一般的な個人情報の開示請求 権までを認めたものではない……。特に、内申書は、…・きわめて慎重な扱 いが要求される公的な文書であり、条約16条が想定しているr私生活』には 当たらない」とする説{la)がみられる。最後に第28条第1項(d)を根拠と する捉え方については、前記第16条の開示可能とする説に関連する最初の見 解(11)や、第28条の規定を、 「単なる学習権の保障に求めず、学習者の主体 的な教育を求める権利を定めたものとする解釈も存在する。そして、この(d)
の条項について、教育情報へのアクセス権を規定したものととらえ、これを根 拠に指導要録や内申書への本人開示を認める」立場[・1・・d・)も見られる。これに対
して開示否定の立場からは、 「同項のi]教育及び職業に関する情報』とは、児
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