<介護の始まりを自覚>した息子介護者は、母の状態の変化を受け入れられずに、『母の 状態にとまどう』ことが多く、また、『仕事の変化が与える心理状態への影響』を受けやす い。介護者の生活の変化の中でも、特に仕事の変化は経済的な問題にも関連する。A氏は 不安を強く訴える母のそばにいる時間を確保した。「病院行って終わって帰ってきてから、
3時とか4時頃会社に行って、それから仕事してましたけどね。」と仕事継続のための工夫 をしたが、「3か月ぐらいしたときに課長に呼び出されて、まだ休むんかって言われてね。」 と上司の突然の呼び出しに解雇を覚悟した。E氏は就業時の様子を、「(仕事から)帰って きて、(介護を)やって、帰ってきて、やって、1時か2時ごろ寝て、寝入ったと思ったら 4時に起こされて。」と語った。このような苛酷な状況での仕事の継続や、母の徘徊の度に 仕事を中断して対応せざるを得ないという語りもあり、仕事と介護の両立の困難さが浮か び上がった。
4)追い込まれた心理状態
現状へのとまどいや介護役割への負担感、情報不足に加えて、『期待外れの周囲の援助』
『代替者がいない状況で自らの健康に不安を感じる』『母の意思と介護者の意向が異なる』
『自分の介護への自信のなさ』『排泄介助に対する抵抗感』『ダブル介護の負担』などが息 子介護者を心理的に追い込んでしまうことになる。
『期待外れの周囲の援助』は、期待していたがゆえに期待通りに動いてくれない周囲へ の苛立ちを示している。D氏は、「(妻が)介護を拒否してね。それで嫌やって言って。」と 妻から支援を拒否され、現在は妻と別居して母を介護している。また、J氏は近所に住む 妹に母の身体介護を期待するが関わりの少なさに落胆する。
高齢の母を介護する息子は、加齢に伴う身体変化や疾病が出現しやすい年齢でもあり、
自らの健康への不安が大きい。代替者がいない介護者は健康への不安が一層高く、自分が 倒れないようにという気持ちが焦りやストレスを増強する。G氏はがんの疑いで入院を勧 められたが、「母親の介護がからんどったからなかなか取れんでね」と、入院を先延ばしし た。
『母の意思と介護者の意向が異なる』ことについてA氏は苛立ちを表出する。「一週間シ ョートステイに行って、また一週間家におって。それの繰り返しやったらなんとかいける
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かなと思ってるんですけどね。本人がショートステイ嫌やとか言い出すからね。こっちも イライラしてね。」 サービスにより休息を確保している介護者にとって、わずかな休息を 妨げられることになり、身体的・心理的負担が大きくのし掛かる。
J氏は、母の安全のためにコンロの使用を制限したことが母の役割を奪い意欲を低下さ せたのではないかと葛藤する。また、A氏は男性介護者の会で他の参加者のエピソードを 聞き、できていない自分を嘆くなど、『自分の介護への自信のなさ』を表出する。
そして、研究参加者が共通して語った困難感は、『排泄介助に対する抵抗感』である。そ れは排泄物を処理するときに生じる一般的な嫌悪感に加え、異性である親の陰部への接触 への抵抗感、さらには頻度の高さによる身体的負担感であった。E氏は、「なんぼ親でも女 性ですからね。」と異性であることの抵抗感を話す。A氏は、「トイレに連れて行って、い っぱい便が付いて、足も汚れたときですね。(中略)もう拭いても拭いても取れないんです よ。そのうち、わぁーわぁー痛いって言い出してね。」と最初の排便介助の大変さを語った。
異性であることの抵抗感は、E氏やG氏のように介護と割り切ることができると消失する が、嫌悪感や身体的負担感は在宅介護が終了するまで継続することが多い。
息子が親の介護を担うとき、もう一人の親も看る場合が多い。一人を看取ったあとであ れば、介護経験がスキルとして蓄積し次の介護に活かすことができる。しかし両親の介護 が同時に起こる可能性もある。E氏は働きながらダブル介護を行った。B氏やF氏は両親 の介護を続けていたが、母の状態悪化により母の入所を決断した。C氏は、母の介護と同 時に障害を持つ小学生の娘の介護を行っている。介護保険制度、障害者支援制度、母子父 子福祉制度など利用できる制度は存在するが、『ダブル介護』に応じた制度設計にはなって いない。
息子介護者はこのような事柄から次第に心理的に追い込まれていく。母への暴言、暴力 が虐待であることや、すべきではないと認識しながらも制御できないところまで追い詰め られていく。
「(デイサービス等)どこも行かへんときは、ちょっと私も寝坊してしまうからね、ご飯遅 なるんです。ちょっと待っててくれたらいいんやけど、30 分ぐらいしたら、“腹へったー!”
とか言って、泣きわめくからね、腹立ってきまして。」「無茶苦茶腹立ちますよ。何発かひ っぱたいてからですわ。考えるのは。ほんまに、手が出ますね。絶対あかんねんけどね。
腹立ちますね。抑えられないですね。」
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「こっちも寝不足になってきて、やつれてきて、もう当たるわけですね。“息子を先に殺す つもりか!”とかね。なるわけですよ。“死にたい、死にたい。”っていうから包丁持って きたことあるんです。“死ねや、自分で。”ってね。」「ただ、1回布団を被せたことありま した。(布団を母親に被せて上から押さえる仕草)“寝てくれー”言うて。それも、ふっと 止まりましたね。」
「もう厳しいどころか、残酷な。早い話が“はよ死ね。”とか言います。“はよ死ね。” そ れで終わりです。もう、後で録音したのを聞いたら、それこそ虐待です。」
このように<追い込まれた心理状態>では、虐待行為に至る危険性が高まる。日頃熱心 に介護している人が、ストレスや苛立ちからふとしたことがきっかけで虐待行為に至る人 も多い。また、他の介護者からも拳を振り上げたり、手が出そうになったという状況が語 られており、ごく限られた介護者の状況ではないことが確認された。
5)現状を客観的に受け止める
息子介護者が<現状を客観的に受け止める>ことができるように促進する事柄として、
『救ってくれた専門職の言葉と支援』『周囲の人のサポート』など介護者の適応力を高める サポートや、『介護者の持つ資源の豊かさ』『母の言動を理解する』『介護量が少ないときの 気持ちの余裕』『同じ立場であることが仲間意識を生み出す』ことが挙げられる。
虐待行為をするほど追い詰められた介護者は、専門職の言葉や支援に救われたと話す。
排泄介助に苦痛を感じていた介護者は、「わぁー、出た出た、いっぱい出ましたよ。」と看 護師が母の排便を心から喜ぶ姿に感動し、排便介助の苦痛が軽減した。また、母の夜間不 穏による睡眠不足で疲れ切った介護者を救ったのは医師の言葉であった。受診した心療内 科で「寝ている間にお母さんに何があったとしても、あんたの責任じゃないから。」と睡眠 薬を処方してもらい、気持ちが楽になって周囲の人に心を開くようになった。専門職の効 果的な介入により、介助量は変わらなくても、心理的負担が軽減することが示唆された。
E氏、H氏は妻から直接的手段的サポートを得ている。B氏の妻は運転免許を持たない B氏を実家に送迎していた。また、周囲から励ましや賞賛などの評価的サポートを受けて いる場合には、介護者としての自己肯定感を非常に高く維持することができていた。
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介護者の持つ対処能力や人間関係なども含めた社会資源、知識の豊かさが介護者の心理 的負担を軽減させる。B氏は保険関連部署に異動し、損保の資格試験の中に介護保険や成 年後見人などの内容が項目に入っており、母の介護に活用できると前向きに捉えていた。
また炊事に関してはうまく対処している例が多く、レシピ通りに作れば大丈夫といった声 や、最初は惣菜で済ませ徐々に手作りのものを増やすといった状況に応じた対処がなされ ていた。
息子介護者は、認知症により意思疎通が困難な場合においても母の行動を自分なりに意 味づけて、『母の言動を理解する』。母が懇意にしていた医師の死を、母が落ち込むために 伝えることができないというH氏の配慮や、母の好きなテレビ番組のチャンネルを予めセ ットするE氏の行為、徘徊を繰り返す母の行く場所を推測して対応するD氏など母と息子 のあうんの呼吸が介護をより円滑にしている。また、介護の始まりを感じたときに、介護 量が少なければ介護に自分の生活を合わせやすく、気持ちに余裕ができる。母の状態の変 化が緩やかであることが<現状を客観的に受け止める>ことに繋がっていた。
男性介護者の会に参加しているA氏、B氏は思いを共有することの大切さを実感する。
また、D氏のように趣味のサークル等で同じ「介護者」という立場にある人に悩みを吐露 し共有することができれば『同じ立場であることが仲間意識を生み出』し、自分ひとりで はないという実感をもつことができる。
6)母の人生の最期を熟慮する
在宅介護の困難さが増してくると、息子介護者は入所について考えるようになる。『入所 か在宅かで悩む』介護者は、入所の弊害としてショートステイ利用時に経験した母への不 十分なケア、場所が変わることによる母の混乱、家族と離れることによる母の孤独感など を挙げている。A氏「施設に入れると寝たきりになっちゃうからね。ショートステイに行 って戻ってきたら目やにがいっぱい付いていることがあるんですよ。」やD氏「(施設に入 ると家族が)顔を出さんようになってくる。」などである。追い込まれた心理状態に陥った 人は、身体的・心理的負担を強く感じているが故に、それから解放されたいという思いと 入所させることによる弊害の間で迷いが生じ、それがさらに心理的負担を増強する。一方、
『入所か在宅かを悩まない』介護者は、自分が介護できる状態でなくなれば施設入所する と決めていた。
B氏、E氏は『胃瘻造設(延命処置)について悩む』ことを経験した。B氏は、「精神的