母のADLの低下や認知症の症状出現を感知した息子介護者は、母の状態に合わせて自 分の生活を変化させていく。I氏、J氏のように母との同居という生活全般に係る大きな 変化だけでなく、A氏のように病院に頻回に付き添うようになったり、B氏のように実家 に顔を出す回数を増やすなどの変化が生じてくる。また、生活変化の中で仕事に関するこ とが多く語られた。介護開始時に正社員として就業していた人が5人いたが、A氏は母の 受診同行のために就業時間が不規則になり仕事を持ち帰って行い、G氏は最初は何とか工 夫して乗り切ろうとしたが定年前に辞めざるを得なくなった。このように仕事を継続する 上での負担が語られた。定年直前で退職した人が3人おり、いずれも就業を継続すること による経済的安定よりも、介護と仕事の両方を行うことによる負担の軽減を選択していた。
2)介護が生活に組み込まれる
介護を開始した息子介護者は、あらゆる場面で初めての介護を体験し、試行錯誤を重ね ながら母の状態に応じた介護方法を身につけていく。また、介護支援専門員と信頼関係を 築くことができれば『母の状態と家庭の事情を考慮した介護サービス』を提供してもらう ことができる。代替者がいない介護者は、身体的負担の大きい入浴や排泄介助をできるだ け介護サービスで補うことができるよう調整したり、介護者の休息のためのショートステ イを定期的に組み入れたりする。G氏は普段は訪問介護の利用はしていないが、母が骨折 して一時的に寝たきりとなり寝たままでのオムツ交換が必要なときだけヘルパーに来ても らった。また、母の性格等から介護サービスへの抵抗が生じると思われるときには、それ を予め防ぐよう介護者、家族、介護サービス職員らが役割を分担し、母への説明や説得、
介護サービス利用中の声かけ等サービスをうまく利用できるような働きかけが行われてい た。
母と物理的に離れる時間を意識してつくることが介護開始後の生活リズムを整えていく 過程において重要である。母と離れるということは自分の時間をつくるという意味でも大 切だが、日課として課せられている食事に関する手間を免れるという解放感をも意味する。
J氏は週2日の母のデイサービス利用時のみ昼食準備を免れることで自分の時間が作れる と話す。母と離れる時間は介護サービスだけでなく、仕事に行くことによってつくること もできる。研究参加者からは仕事により介護から一時的に解放されるという心理的負担感 の軽減などは語られなかったが、40 代で退職したH氏は、「僕がしゃべるのは、かみさん
66
と子どもと犬だけですよ。(中略)これはあかんと。心理的な部分でいうと、ほんとそう。
これはまずいな。」と語り、介護に専念することで社会的接点が少なくなることの不安が吐 露された。介護と仕事の両立は、経済的安定のためだけでなく、社会とのつながりを保つ ことにおいても重要であるといえる。
介護が生活に組み込まれる過程において、息子介護者は経験を積み重ねることによって 介護スキルを身につけていく。日々母の状態に応じた介護を実践することで介護力が高ま る。また、介護者自らが介護サービスやインフォーマルな資源を把握し活用している姿が みられた。父と母のダブル介護を行ったB氏は、「おふくろだけじゃなくて親父もセットで
(デイサービスに)行かせた。」と、同じくF氏は、「父親も認知症でね、かなり困ってた ときがあったんですね。母親もなんというのか、かなり足が弱ってきてて、それで(デイ サービスに)一緒に通い出した。」と、両親が二人一緒であればうまくいくと考え、二人で 利用できるサービスを依頼した。E氏は母の性格から訪問リハビリの担当者を女性にして もらうよう頼んだ。また、B氏は認知症で徘徊を繰り返す母について、近所の人に見守っ てもらえるよう調整した。これらが示すとおり母の性格や周囲との関係を知っているから こそうまくサービスに繋げたり、活用することもできる。このように息子介護者は、経験 により介護力が高まるとともに、介護サービス等を活用しながら自らの介護リズムを形成 し、介護を生活に組み込むようコーディネートしている。
息子介護者は<介護が生活に組み込まれる>なかで母の状態の多少の変化であれば対応 できるようになる。しかし、母の急激な状態変化が起こると、<介護リズムの乱れ>が生 じる。A氏は介護を組み込んだ生活を送るようになっていたが、母が誤嚥性肺炎で入院し、
退院後は介護量が増し身体的にも心理的にも負担が増大した。C氏の母は言語障害により コミュニケーションが十分に取れなくなり、これまで関わりのあった親戚が遠ざかってい った。このように一旦整いつつあった介護生活のリズムに乱れが生じ、新たに介護を生活 に組み入れる作業が必要となってくる。
3)母を看取り、母が居ない生活を送る
母の介護を終えている人はB氏、F氏、I氏の3人だけである。介護は必ず終わりを迎 える。母の最期は在宅・病院・施設など個々によりその場所は異なる。B氏やI氏は母の 最期の瞬間に立ち会い、そのときの状況や思いを詳細に、そして穏やかに語った。この部 分の語りは他のどの内容の語りよりも時間的経過に沿って鮮明に語っており、母との記憶
67
の中で重要な位置を占めるものと思われる。その後、息子介護者は母が居ない生活を送る ことになる。本研究では介護を終えた人は3人だけであるため、母の介護を終えた息子の 生活まで詳細に分析することはできなかったが、男性介護者の会にオブザーバーとして参 加したり、父の介護も終えて自助具製作グループを立ち上げるなど自らの介護の経験を活 かした活動を地域で展開する様子が窺えた。
3.母を介護する息子の心理的プロセス
最初にカテゴリーを用いてストーリーラインを示す。心理的プロセスにおいて作成した カテゴリー数は8である。次に分析結果全体を述べる。
母を介護する息子は、介護前から自分やきょうだいの状況、親の言動などにより<自分 への介護期待を察する>。そして母の状態の変化により介護者の生活に何らかの変化が生 じたときに<介護の始まりを自覚する>。その際、母の状態の変化や自分の生活の変化な どの<現状にとまどう>が、介護が生活に組み込まれるなかで<現状を客観的に受け止め る>ことができるようになる。さらに、介護の終焉では<母の人生の最期を熟慮する>。
そして、息子介護者は介護終了後もなお肯定的感情と否定的感情という<介護を終えてか らの両価的感情>を抱いている。このような心理的プロセスのなかで、息子介護者はあら ゆる時期において<追い込まれた心理状態>に陥る危険性を抱えている。一方、自らの<
介護の積極的意味づけ>を行うことができれば介護を前向きに捉えることができる。
介護前 介護初期 介護中 最期・看取り 介護終了後
図2 母を介護する息子の心理的プロセス 母の状態の変化(疾病や加齢による母の状態の変化)
介護者の生活が変化する
介護リズムの乱れ
母を看取る 母 が 居な い 生活を送る 介護が生活に組み込まれる
自分への 介護期待 を察する
介護の 始まりを 自覚する
現状にとまどう 現状を客観的に 受け止める
母の人生の最期 を熟慮する
介護を終えて からの両価的
感情 介護の積極的意味づけ
介護前から介 護役割を期待 されていること を受け止める
介護の始まりの限ら れた情報に拠る行動
母の状態にとまどう 仕事の変化が与える 心理状態への影響
救ってくれた専門 職の言葉と支援 周囲の人のサポート
介護者の持つ資源 の豊かさ(対処能力・
社会資源・知識)
母の言動を理解する 介護量が少ないとき
の気持ちの余裕 同じ立場であることが 仲間意識を生み出す
入所か在宅かを悩まない 母が居ない生活を見据える
できるだけ長く生きてほしいと願う
介護を振り返り 意味づける
終えてから 悔やむこと 入所か在宅か
で悩む 胃瘻造設(延 命処置)につ いて悩む できるだけ長く生
きてほしいと願う
図 3-2 母を介護する息子の心理的プロセス