第 5 章
効処理を行い, 氷水焼入れした. 以上の条件で熱処理を行うことで, 多段階マルテンサイト変態 (MMT: multistage martensitic transformation)[8-10]を示さない試料を作製した. また, 熱処理後, 273 K近傍において, 硫酸メタノール電解液(体積比 H2SO4:CH3OH=1:4)を用いて電解研磨を行った. 電気抵抗測定は, 電流値100 mAおよび振動数 17 Hzの条件で, 四端子法により行った. 試料は 銅製のステージ上にApiezon Nグリースを用いて埋め込み, ステージの温度を測定した. 等温保持を行 う前の温度のオーバーシュートおよびアンダーシュートは, 200 mK 以内であり, 等温保持時の温度の変 動は10 mK以内であった. DSC測定は, 353~123 Kの温度域において, 5 K/minの冷却・加熱速度で 行った. そして, 電気抵抗測定およびDSC のカーブを外挿することにより, 変態点をもとめた. SEM 内そ
の場観察[9-11]において, 環状反射電子(BSE)検出器を装備した電界放出型 SEM(ULTRA 55,
ZEISS), および, 220-320 Kの温度域で冷却・加熱が可能なペルチェステージ(Coolstage, Deben)を用 いた. 等温保持時における, ペルチェステージの温度の変動は, 約200 mKであった.
5-3. 結果および考察
5-3-1. 電気抵抗測定
DSC 測定の冷却時において, B2→R および R→B19’変態に由来する 2 つの発熱ピークが生じた. B2→RおよびR→B19’変態が開始する温度は, それぞれ, 289および238 Kであり, 後述するが, 電気 抵抗測定によりもとめた変態点とよく一致した. 一方, 加熱時には, 1つの吸熱ピークが見られた. これは, B19′-R および R-B2 変態間の温度ヒステリシスの違いによるものである[7-10]. また, 上記の結果より, 本試料においてMMT[8-10]が生じていないことを確認した.
図5-1. 1173 K-3.6 ksの溶体化処理後, 773 K-3.6 ksの時効処理を施した
Ti-51.0Ni合金における, 電気抵抗の温度依存性.
図5-1.に, 2 K/minの速度で冷却および加熱を行った, 電気抵抗測定の結果を示す. 冷却時, 307 K より電気抵抗が徐々に増大し, そして, 290 K において劇的に増大した. この電気抵抗の増加は, DSC 測定における B2→R変態時の発熱開始温度に一致する. また, 約 238 K より電気抵抗が大幅に減
少するが, これはR→B19’変態に由来する. 以上より, 電気抵抗測定とDSC測定の結果は一致する.
5-3-2. 析出相の組織観察
図5-2.に, 時効処理を行った試料における, SEM-BSE像を示す. 母相B2相の平均結晶粒径は約 20 μmである(図5-2.(a)). また, 平均の直径が約110 nmであるレンズ状のTi3Ni4が, 結晶粒界近傍 (図5-2.(b))および結晶粒内(図5-2.(c))において, 均一に析出している. 従って, MMTの原因となる, 析 出物の形態, 分布および大きさにおける大きな不均一性は生じていない[8-10, 12-14].
5-3-3. 等温 B2 → R 変態
B2→R等温変態を検出するため, 試料を330 Kより2 K/minの速度にて冷却した後, 種々の温度で 3.6 ksの間保持した(図5-3.(a)). 287 Kで保持している間に(青色の点および線), 抵抗値は増加し, 冷 却および加熱時における変態ヒステリシスは, 約3 Kである. 抵抗値の増加と5 K以内の狭いヒステリシ
スは, B2→R変態に特有の性質である. 以上より, 287 Kにおいて保持を行っている間, B2→R等温変
態が進行していることが分かる. 図5-3.(b)に, 種々の温度にて3.6 ksの間保持した場合の, 電気抵抗 の変位を示す. Δρは, 等温保持を開始した時点と任意の時間における, 電気抵抗値の変位を示してい
図5-2. Ti3Ni4析出物のSEM-BSE像. (a): 低倍率像. (b, c): 領域BおよびCの高倍率像.
る. 287 K以外にも, 294, 280, 270, 265, 260, 255および250 Kにおいて等温保持を行った. 294~270 K において等温保持した場合に, 抵抗値の明らかな増加がみられた. それゆえ, この温度範囲において, B2→R変態は等温的に進行する. 一方, 265~250 Kにおいて等温保持した場合では, 抵抗値の変化 は見られない. 250 K以上において等温保持した場合, 連続するB2→R→B19’変態は等温的に進行 しない.
図5-3. (a): 電気抵抗の温度依存性. 各温度において等温保持を行った.
(b): 各等温保持における電気抵抗の時間依存性.
5-3-4. 等温 R → B19’ 変態
図5-4.(a)に, 246 K以下の温度にて, 3.6 ks の間等温保持した時の電気抵抗測定結果を示す. 加 熱, 冷却および等温保持の手順は, B2→R 変態の場合と同じである. また, 後述するが, 本実験にお
図5-4. (a): 電気抵抗の温度依存性. 各温度において等温保持を行った.
(b): 各等温保持における電気抵抗の時間依存性.
いて, 熱サイクルの影響, いわゆる, 変態点の降下は生じていない. Ti3Ni4粒子により, 変態サイクル時 における転位の形成が抑えられているためである[1, 15, 16]. 246, 244, 242, 240, 238および228 Kにお いて等温保持した. 各温度において, 抵抗値が垂直に減少しており, これは等温保持の間, R→B19’
変態が進行したことに由来している. 図 5-4.(b)に, 各保持温度における, 試料の Δρ の時間依存性を
示す. R→B19’変態開始温度である238 K以上の温度域において, 保持温度が降下するにつれ, 抵
抗値の変化量および速度は増加する. 一方で 228 K において等温保持を行うと, 抵抗値の変化量お よび速度は減少した. 全ての保持温度において, 保持を開始するとすぐに, 抵抗値は減少し始めた. Fukudaらは, 溶体化処理ままのTi-51.3 at%Ni合金のB2→B19’変態において, 潜伏期間が存在す る事を報告したが[6], 時効処理を行った試料においては, 検出可能な潜伏期間を伴わずに変態が生じ ている. また, 図5-4.(a)で示した228 Kで等温保持を行い, その後330 Kまで加熱を行い, さらにその 後, 238 Kにて等温保持実験を10回繰り返した. 図5-5.(a)および(b)は, それぞれ, 1回目と10回目の 結果であり, 両サイクル時における, 抵抗値の変化量および速度は, 図5-4.(a)における238 Kの結果と
図5-5. 繰り返し等温保持実験結果. (a): 1回目, (b): 10回目.
非常に一致している. 繰り返し等温保持実験において, 熱サイクルの影響が生じていないことが確かめ られた. この事より, R-B19’等温変態の調査において, 十分な信頼性と再現性を示した.
同じ温度において, B2→R および R→B19’変態が生じる, 溶体化処理ままの試料と時効処理を行っ た試料の 2 種類を作製することは難しい. 従って, 溶体化処理ままの試料と時効処理を行った試料の 間で, 変態の時間依存性における相違点と類似点を, 直接的および定量的に考察することは困難で ある. 本研究における図5-3.と参考文献[4]におけるFigs. 2および3を比較すると, 溶体化処理ままの
Ti-44Ni-6Fe 合金を 150 K にて等温保持した場合の抵抗値の増加量と速度に比べ, 本研究の時効
処理を行った試料を 287 K にて等温保持した場合の増加量および速度は大きい. これらの温度は, 抵 抗値の変化が急変し始める温度と終焉する温度の中点に位置している. また, 本研究における図 5-4.
と参考文献[3]におけるFigs. 1および2を比較すると, 溶体化処理ままのTi-51.2Ni合金を155 K-3 ks 等温保持した場合のB2→B19’変態に伴う抵抗値の減少量および速度に比べ, 本研究の時効処理を 行った試料を238 K-3.0 ks等温保持した場合の減少量および速度は非常に大きい. 上記したが, 本研 究において, 238 K は R→B19’変態に伴う発熱反応が開始する温度である. 一方, 参考文献[3]にお
いて155 KはB2→B19’変態に伴う発熱反応が開始する温度より, 1 K低い温度である. 以上の事より,
整合析出物を内包する時効処理材において, どちらの等温変態も容易に進行する事が示された. 別 の言い方をすれば, 析出物と母相間における整合ひずみ, および/あるいは, 応力は, 等温変態の加速 に大きく寄与している.
5-3-5. 等温 R → B19’ 変態の可視化
図5-6.(a-d)に, 240 Kにおいて等温保持を行った場合のその場SEM観察像(BSE)を示す. 240 K は,図5-1.内に示すR→B19’変態が開始する温度より, 2 K高い温度である. 低倍率ではTi3Ni4析出 物は見えないが, 粒界から粒内にかけて析出物の大きさや分布は均一であった(図5-2.(a-c)). 左側の 結晶粒界において, 暗いコントラストで見えるのは非金属の介在物である. エネルギー分散型X線解 析(EDX)結果より, この介在物はTiC(O)[17]と同定した. また, B2→B19’およびR→B19’変態に比べ B2→R変態の変態ひずみは小さいため, R変態は観察されていない. 1.8 ksの間, 等温保持を行うと, 結晶粒内および粒界において, B19’相が明るいコントラスト[9, 10]を伴い生じる(図5-6.(b)矢印). さらに
10.8 ksまで等温保持を続けると, 保持時間が長くなるにつれ, マルテンサイト相の量は増加する(図
5-6.(c), (d)). この観察結果は, 金属組織学的観点より, 時効処理に伴う整合析出物Ti3Ni4を内包した
Ni過剰Ti-Ni合金において, R→B19’変態が時間依存性を示すことを明瞭に表している. 母相中に整
合析出物が存在しているが, Ti-Ni合金のR→B19’等温変態における時間依存性を, 初めて可視化し た観察結果である.
析出物と母相間の整合性が, 等温変態に及ぼす影響についてより詳細に調査するべきであるが, 時 効処理を行ったNi過剰Ti-Ni合金において, B2→RおよびR→B19’の両変態は等温的に進行するこ とを確認した.