第4章において, Ti-50.8 at%Ni合金を用いた, SEM内その場冷却観察を行い, 自己調整構造の形 成挙動を明らかにした. 本章では, 合金組成や熱サイクル等の諸条件を変化させ, 形成する自己調整 構造の形態に与える影響を定量的に調査した.
6-1. 合金組成の影響 ( 組成依存性 )
6-1-1. 序論
1963年, Buehler らにより, 等原子比近傍組成のTi-Ni 合金において形状記憶効果が発現する事
が発見された[1]. Ti-Ni合金は耐食性, 耐熱性, 耐摩耗性に優れる事から[2], 多数の形状記憶合金 の発見にもかかわらず, 多くの科学者によって未だに活発な研究が行われている. 様々な研究の中でも, B2→B19’熱弾性マルテンサイト変態時において形成する自己調整構造に関しては, マルテンサイト相が 対称性の低いB19’単斜晶であることや, 変態が複雑であるため, 数例しか報告が行われていない. 最
初に, Miyazakiらが光学顕微鏡を用いてTi-50.5 at%Ni単結晶の表面起伏を観察し, 自己調整構造
の形態や晶癖面バリアント(HPV)の組み合わせを報告した[3]. しかし, マルテンサイト変態の現象論
(PTMC)による解析の結果, 報告された自己調整構造では, 形状ひずみを最も緩和しているとは言えな
い. 次に, MadangopalがTEM観察によって, Ti-Ni多結晶体のマルテンサイト組織を調査し, HPVの 組み合わせを考察している[4]. 両者の結果は全く異なっている. これは合金組成や熱処理が異なって おり, 特にNi過剰組成における時効処理は針状析出物の形成するため, 結果に違いが生じたと考えら れる.
最新では, NishidaらがTEMおよびSEM観察を行い, <111>B2軸周りに存在する6つのHPVの内, 2つのHPVが{-1-11}B19’ type I双晶界面で結合したV字状の形態(2HPVC)を自己調整構造の最 小単位とし, さらに2HPVCが3つ組み合わさった6角形の形態(6HPVC)を自己調整構造において理 想形態だと報告している[5-7]. また, これらに加え, HPVが3つ組み合わさった3HPVCと, 4つ組み合 わ さった 4HPVC の計 4 種 類 の 自己 調 整構 造 が存 在 する 事を 明 ら かにし てお り, 3HPVC は
Mandangopalが提案している形態と同一のものである. これらの結果に関してPTMCを用いて解析を行
うと, 6HPVCは自己調整構造の中で, 平均の形状変化行列が単位行列に最も近づくため, 理論的に
も理想形態である事が示された.
一方で, Nishidaらの研究は, Ti-50.0, 50.3, 50.8 at%Niの3種類の組成を用いた結果であり, また Ti-Ni合金はTi-49.5~57.0 at%Niと組成幅を持つ金属間化合物であるため[8], 全ての組成において
同様の自己調整構造が形成するかは明らかになっていない. 現に, Kawano(当時, 西田研究室)によ り, Ni過剰になるにつれ6HPVCの形成が顕著になることが定性的に報告されている[9]. 従って, 自己 調整構造の形態は, 合金組成に依存する可能性がある.
本研究では, Ti-50.00~51.50 at%Ni組成の間で, 0.25 at%ずつ組成を変化させた7種類のTi-Ni 合金をアーク溶解によって作製し, 各組成における自己調整構造を SEM 観察し, 自己調整構造に与 える合金組成の影響を定量的にもとめた.
6-1-2. 実験方法
純Ti(純度: 99.9%)と純Ni(純度: 99.99%)をAr雰囲気中でアーク溶解し, Ti-50.00, 50.25, 50.50, 50.75, 51.00, 51.25, 51.50 at%Niの7組成のボタン型Ti-Ni合金を作製した. 各組成の合金は, Tiと
Ni総量が20 gになるように秤量している. アーク溶解後, 組成の不均一を無くすため, 真空中で1173
K-10h の均質化処理を行った. ボタン型インゴットを板状に切り出し, 室温において圧下率 20%で冷間
圧延を行った. その後, 大気中で873 K-10 minの焼鈍を行い, 再び室温において圧下率20%の冷間 圧延を行った. 圧延や溶体化処理条件を上記の様に決定しているが, 他の条件についても検証を行っ た. 他の条件で実験を行うと, 異常粒成長が生じてしまった. さらに, 異常粒成長を行った母相結晶粒 においては, 通常の結晶粒とは異なる自己調整構造の形成挙動を見せたため, 最終的に上記の条件 で試料を作製することにした. この圧延板材より, 2 mm×2 mmの大きさに試料を切り出し, 真空中で1073
K-3.6 ks の溶体化処理を行い, 氷水焼き入れを行った. 以上のようにして作製した試料を DSC 測定,
SEM観察, 格子定数測定に用いた.
DSC測定は, 湿式研磨を行った後に, DSC-60(㈱島津製作所)を用いて, 0.17 K/sの速さで冷却およ び加熱を行った.
SEM観察試料は, 湿式研磨を行った後, HNO3/CH3OH(体積比 1:3)の電解液を用いてMf点以下 で電解研磨を行った. ただし, Ti-51.25 at%Ni組成に関してはMf以下まで冷却を行うと, 電解液が凍っ てしまい電解研磨が不可能になるため, Ms点上で行った. これらの手法により, 以下の 3種類の SEM 試料が作製される.
試料1. Asが室温以上である組成では, 室温において表面が平滑なマルテンサイト相状態の試料. 試料2. Asが室温以下である組成では, 室温において逆変態レリーフ[5]が形成した母相状態の試料. 試料3. Ti-51.25 at%Ni組成では, 室温において表面が平滑な母相状態の試料.
SEM観察には, 電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM; Ultra55, Carl Zeiss)を用いた. 試料1 の 観察には, 環状の反射電子(BSE)検出器を用いてマルテンサイト相を直接観察した. 試料 2 の観察に は, 二次電子(SE)検出器を用いて逆変態レリーフを観察した. 試料 3 の観察には, 冷却ステージで冷 却を行いながら, SE検出器を用いて順変態レリーフを観察した. 以上のSEM観察結果より, 各組成に おける自己調整構造の形態別の割合を求めた.
Ti-Ni合金の格子定数測定には, Spring-8 BL19B2 デバイシェラーカメラを用いて行った. X線のエネ ルギーは35 keV(波長λ=0.35405 Å)であり, 測定散乱角(2θ)は3~70 °の範囲で行った. 検出器はイ メージングプレート(0.01deg./pixel)を用いている. 先ず, N2ガスを用いて試料の温度を各組成のAf+20 K まで加熱して完全に母相状態とし, 次に同じくN2ガスを用いてMs+20, Ms+10, Ms, Ms-10, Ms-20, Ms -30 Kの計6点の測定温度まで10 K/minの速さで冷却を行った. 各測定温度において, 3 min間の保 持時間の後に, 5 min間露光させた. 以上より, 各温度における母相とマルテンサイト相の格子定数を測 定し, 自己調整構造内に存在するHPV同士の界面を形成するための回転量をもとめた.
6-1-3. 変態温度に及ぼす合金組成の影響
図6-1.(a), (b)に各組成のDSC結果を示す. また, 図6-1.(c)にはMs点と組成の関係を示した. 図 6-1.に示すように, Ni過剰組成になるにつれ各変態温度は低温側へシフトする. この傾向は, Eggelerらに よる報告とも一致している[10-12]. 溶体化処理後に氷水(273 K)に焼入れるが, Mf点が273 Kより高く, さらに As点が室温より上にあるので, 50.00~50.50 at%Ni は室温において M 相状態である. 一方, 50.75~51.50 at%NiはMs点が273 Kより低温側にあるため, 焼入れ時にはM変態は生じておらず, 室温で母相状態である. 図6-1.において51.25 at%NiのMf点を示していないが, 51.25 at%NiのMf
点が測定装置の最低温度の 133 K より低温側にあり, 測定することができなかったためである. そこで, 液体窒素温度(77 K)まで冷却することができるSEM内冷却ステージを用いて完全サイクルの変態点を もとめようと試みたが, 77 Kに到達しても完全にはM相へとならなかった. 従って, 51.25 at%Ni合金の Mf点は77 Kより低温にある. また, 51.50 at%Niの変態点に関しては全く示してないが, これは133 Kま での冷却を行っても, 全く変態せず, さらに 51.25 at%Ni と同様に SEM 内冷却ステージを用いた変態 点の測定を行ったが, 77 Kまでの冷却でも全くM変態を起こさなかった. 従って, Ti-51.50 at%Niの自 己調整構造を観察することは不可能であるので, 以降の実験より除外した.
図6-1.アーク溶解により作製したTi-50.00~51.50 at%Ni合金の各変態点 (a): アーク溶解により作製したTi-50.00~51.25 at%Ni合金のDSC結果.
図6-1.(b): アーク溶解により作製したTi-50.00~51.50 at%Ni合金の各変態点
灰色の部分は, 測定不可, もしくは変態が完全に終了しなかった為, 正確ではない.
(c): Ti-50.00~51.25 at%Ni合金のMs点およびMf点の組成依存性 破線は各点より求めた近似曲線.
6-1-4. 各組成における自己調整構造の形態別の割合
50.00~50.50 at%Niは室温でM相のため, SEM-BSE検出器を用いて観察し, 50.75~51.00 at%Niは 室温で母相のため, 逆変態レリーフをSEM-SE検出器を用いて観察した. 51.25 at%Niは, 上述した理 由により逆変態レリーフ試料を作製することが出来ないため, 母相状態で表面を平滑にし, SEM内冷却 ステージを用いてその場冷却観察を行った.
Ti-50.00~51.25 at%NiのSEM像を図6-2.に示す. 前述したように, Ti-50.00~50.50 at%Niにおい てはマルテンサイト相のSEM-BSE像, Ti-50.75, 51.00 at%Niにおいては逆変態レリーフのSEM-SE像, そしてTi-51.25 at%Niにおいては順変態レリーフのSEM-SE像である. Ti-50.00 at%Niにおいては, 形 成した自己調整構造の大部分が2 HPVC(図6-2. :二頭矢印)であり, 残りは全て3 HPVC(三頭矢印) であった. 4, 6 HPVCは全く形成していなかった. そして, Ti-50.25, 50.50 at%NiとNi過剰組成になるに つれ, 3 HPVCの割合が増えている. Ti-50.75 at%Niにおいて, Ti-50.50 at%Niまでは形成しなかった6 HPVC(図6-2. :四頭矢印)が初めて観察され, さらにTi-51.00 at%Niにおいては非常に多くの6 HPVC が観察された. Ti-51.25 at%Ni においては, 変態温度の項で記したように, 一部未変態の母相が残留 (破線長方形)し, 全面がM変態をすることはなかったが, Ti-51.00 at%Niと同様に多くの6 HPVCが形 成した. また, 6HPVCの形成以外にも, 各組成におけるHPVの大きさに着目すると, Ti-50.00 at%Ni等
の2HPVCや3 HPVCが主に形成する組成においては, Ti-51.00 at%Ni等の組成に比べ, 非常に大
きく, 長さに関しても 10 μm 以上に伸びたものが多く観察された. この様な大きな HPV をよく観察すると,
<011>type II LID 双晶に対して斜めにはしる双晶が多く形成されていることが分かる. これは, Onda や
Nishida らが報告している, マルテンサイト変態中の弾性相互作用により導入される, (100)B19’および
(001)B19’複合変形双晶である[13-15]. 従って, Ti-50.00 at%Ni 等の組成においては, 自己調整構造 の形成(HPVの配列)のみでは形状変化を緩和できていない事を示している.
以上のSEM像より, 各自己調整構造の個数を計測した. なお, 計測した自己調整の個数はあくまで も各種 HPV 同士の界面を観察でき, 確実にどの自己調整構造かを同定できたもののみであり, 自己 調整構造の大きさが非常に小さいもの等に関しては識別不能のM相として個数に含めいていない.
図6-2. Ti-Ni合金における自己調整構造のSEM観察(BSE検出器) (a): Ti-50.00 at%Ni, (b): Ti-50.25 at%Ni.
図6-2. Ti-Ni合金における自己調整構造のSEM観察
(c): Ti-50.50 at%Ni(BSE検出器), (d): Ti-50.75 at%Ni(SE検出器) .