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4 .菜種栽培から廃食油回収・バイオ ディーゼル生産へ

ドキュメント内 ™…O瘻ム (ページ 57-60)

(1 )全国に広がった「菜の花プロジェクト ネットワーク」 

 以上、第3章では、廃食油を回収してバイ オディーゼルを製造する取組みを紹介した が、第2章で述べたとおり、EUでは400万ha

(注)25 .同社小西毅代表取締役、および総務部BDF事業係廃油回収グループ川村文龍氏に取材した。

図表7 バイオディーゼルプラント   

(備考)西播通運㈱提供   

もの耕地で菜種が栽培され、これを原料とし たバイオディーゼル生産が大規模に進められ ている。

 一方、わが国でも菜種は、高度成長期まで は、稲作の裏作作物として全国各地で盛んに 栽培されてきた。しかし、1957年の25.9万ha をピークとして(注)26、その作付面積は、輸入 菜種に押されて減少の一途を辿り、01年に はわずか301haまで減少してしまった。

 こうしたなか、98年、わが国でも、菜種 栽培を復活させバイオディーゼルを製造しよ うという運動が滋賀県で始まった。休耕田を 活用して菜の花を栽培し、食用油として利用 した後に廃食油を回収して、バイオディーゼ ルとしてリサイクルを図り、地域再生に役立 てようという「菜の花プロジェクト」である。

 滋賀県愛東町(現・東近江市)で始まった

「愛 東 イ エ ロ ー 菜 の 花 エ コ プ ロ ジ ェ ク ト 」 は、翌99年には、「湖国菜の花エコプロジェ クト」として滋賀県全体の取組みにつながっ た。そして、01年には27府県から500人以上 が 参 加 し た「全 国 菜 の 花 サ ミ ッ ト 」(開 催 地:滋賀県新旭町)へと発展し、「菜の花プ ロジェクトネットワーク」の設立に至ったの である。今日、同ネットワークには、数県を 除く全都道府県の160か所の地域・団体が参 加し、計約1,000haの農地で菜種が栽培され るようになったという。

イ .琵琶湖を守るための「せっけん運動」か らスタート 

 この菜の花プロジェクトのもとを辿ると、

76年ごろから始まった琵琶湖の水質保全運 動にまで遡る。当時、滋賀県では琵琶湖の水 質悪化が進み、77年に発生した赤潮は湖岸 住民に衝撃を与えた。その原因は、家庭から 排出される生活雑排水に含まれたリン入り合 成洗剤にあるとされたので、合成洗剤をやめ てせっけんを使おうという運動が一気に広 がった。さらに、78年からは廃食油を回収 してせっけんにリサイクルする運動も滋賀県 各地で始まった。これを契機として、80年7 月には、リン入り合成洗剤の使用を禁止する

「びわこ条例(琵琶湖の富栄養化を防止する 条例)」が施行された。しかし、それでも琵 琶湖の富栄養化は進み、83年9月にはアオコ が発生するに至った。

ロ . 廃 食 油 の リ サ イ ク ル 先 と し て バ イ オ ディーゼルに注目

 一方、洗剤メーカーは、無リンの合成洗剤 を開発し普及を図ったので、ひところは7割 を超えたせっけんの使用率は再び低下して いった。しかし、廃食油の回収自体はその後 も着実に増加を続けたので、頭打ちとなった 粉せっけんに代わる第二のリサイクル製品が 必要となってきた。

 こうしたなか、93年、滋賀県環境生協の 藤井絢子理事長は(注)27、前述の㈲染谷商店が

(注)26 .ルーラル電子図書館[2009]参照

27 .滋賀県環境生協藤井絢子理事長に取材した。同生協は、87年に、全国でも初めての「環境生協」として立ち上げられた ものである。

てんぷら油から燃料を製造したという新聞記 事を発見した。そこで早速、滋賀県工業技術 センターの協力を得て、廃食油からのバイオ デ ィ ー ゼ ル 製 造 の 実 験 を 開 始 し た。95年3 月、環境庁(現・環境省)から助成金を得 て、愛東町の施設としてバイオディーゼル製 造のテストプラントを設置したのである。さ らに、96年8月には、環境生協として、バイ オディーゼル製造機「エルフA‑1型」を開発 し、全国各地の自治体やNPO団体等への販 売を開始した。

ハ .「イエロー菜の花エコプロジェクト」の 開始

 ところが、順調に稼働し始めると、今度 は、回収した廃食油だけではバイオディーゼ ルの生産には足りなくなった。そこで、菜の 花を栽培して食用油を生産し、その廃食油か らバイオディーゼルを生産することを考え、

実行に移したのである。

 こうして、菜の花プロジェクトは、地域自 立の資源循環サイクルを目指す取組みとして 誕生した(図表8)。休耕地の有効利用を通 じた農地保全、エネルギーの地産地消、資源 循環型社会の形成を進めることで、地域再生 を図っていこうというコンセプトである。菜 の花自体が、「日本の春の原風景」として観 光資源ともなり、養蜂にも利用される。第5 章でも述べるとおり、搾油後の油粕も肥料と して有効活用できるので、きわめて有効であ るという。

(2 )大和郡山市の取組み:奈良県トラック 協会に奈良信用金庫が協力(奈良県) 

 最後に、地域金融機関が参加して菜の花栽 培に取り組みだした事例として、大和郡山市 を紹介しておこう。同市では、奈良県トラック 協会と奈良信用金庫などが中心になって、07年 秋から2haを使って菜の花栽培が始まった(注)28  大和郡山市では、戦前まではコメ作りの裏 作として盛んに菜の花が栽培され、農家は菜 種油を大阪方面に売りに行っていた。そもそ も、奈良時代から灯心にともす油は、菜種油 で作られてきたという。書道用の墨にも菜種 油が練り込まれているし、刀鍛冶は刀の仕上 げに菜種油が欠かせないとしてきた、等々、

菜種油は、奈良時代以来のわが国の歴史文化 に深く根付いている。芭蕉の弟子が「菜の花 の 中に城あり 郡山」という句を詠んでい るが、それほど菜の花は当市の代名詞であっ たという。そこで、菜の花栽培を再興させる ことによって地域の活性化につなげることを

(注)28.奈良信用金庫城健治常務理事、奈良県トラック協会北川忠克専務理事、川端運輸㈱川端章代代表取締役ほかに取材した。

図表8 菜の花プロジェクトの概念図 

(備考)菜の花プロジェクトネットワーク・ホームページより転載

目的に、当プロジェクトはスタートしたので ある。

 菜種は、稲刈りを終えた直後の9月末に直 播きする。刈取りは6月中旬になるが、稲の 田植えは、その後で間に合う。刈取りは、ヤ ンマー㈱の協力で大豆用のコンバインを借用 した。草丈は1mにもなるが、3時間もあれば 2haの刈取りはできる。

 採取した菜種は、滋賀県の搾油業者に精製 を依頼した。ラベル貼りなどを障がい者施設 に依頼するなど、地域の様々な人たちとの交 流も進めている(注)29

 2年目の09年4月19日には、同市の治道小 学校の校庭を借りて「菜の花フェスタ」を開 催した(図表9)。環境教育として児童の参 加を図るため、金・土に開催し、自治会連合 会の参加も得た。

 今後は、廃食油の回収事業も考えており、

同市では恒例の金魚すくい大会の参加費とし て、廃食油の持込みを提案するとともに、廃 食油からせっけんやラー油を作ることなども 考えているとのことである。

 ただし、これまでのところ、農業関係者の 積極的な協力は得られていない。この事業に は、7,000円/10aの転作奨励金が支払われる ものの、冬場は土木作業などの方が実収入が 多いので、農家はなかなか積極的にならない という。景観保全という目的だけでなく、収 益事業として成り立たせることができない

と、プロジェクトの継続は難しいだろうとの ことである。

5 .バイオディーゼルの普及拡大に向

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